みんな寿命を全うしようぜ

みんな寿命を全うしようぜ
西表島で会った昼の蝶

2018年2月12日月曜日

戦争以外なら何が起きてもいい/朝鮮情勢


  前へ前へ進めよう。


 平昌冬期オリンピック開幕に合わせ北朝鮮からの高級訪問団が韓国入りし、文大統領への平壌訪問を要請した。
この正月から、もっと言えばこの数日間の状況をテレビでいろんな解説者が様々な評価と予想をしている。
「微笑み外交に騙されるな」「極限的に圧力をかけ続けろ」「日米韓の緊密な連携で対応を」等々。
 北朝鮮状況の予想は本当に見通せないようで、登場人物の分析で終わっている感もある。
 北朝鮮をめぐる戦争を、状況によっては容認する論もあることに危機感を覚える。他人事なのだ。
 私は、戦争以外なら何が起きてもいい、とすら考えている。それほど現在が朝鮮戦争切迫情勢とみているからだ。
 為にする「北朝鮮悪者論」には組みしない。
 一昨年の訪朝時、板門店に向かうバスの中で案内をしてくれた人から説明を受けた。
〈敗戦国である日本をどのように統治しようか議論する過程で、アメリカ軍の中堅将校がレポートを書いた。内容は、今後、米ソ対立が必ず起きるから、反共の砦として日本をアメリカが統治し、朝鮮半島を米ソで分割統治する、という案だが、アメリカが賛成し、ソ連は反対しなかった。ここから解放後も朝鮮の苦悩は続いた。〉〈それより前、中国共産党と国民党の内戦時、アメリカが蒋介石の国民党と結び、圧倒的劣勢になった中国共産党に対し、金日成は日本軍が置いていった大量の武器を渡し、兵も出し共にたたかい勝利した。そのこともあり朝鮮戦争時に中国は援軍を出した。〉
日本の植民地支配から解放されたはずの朝鮮が分断支配され、朝鮮戦争へと続き、未だに休戦状態。これを解消しようとアメリカと交渉する政策として経済・軍事の並進路線を歩んで現在に至っている。
 朝鮮は日本に植民地支配され、過去において中国から600回以上の侵略を受けているそうだ。その総括が「国が弱かったから」という事で、侵略されない為の並進路線の選択となった。
 米韓軍事演習で挑発され、経済制裁を長く受け続ければ、「歪んだ国」になってしまうことは避けられない。
 鮮半島で戦争の惨禍がおこることを望まなければ、「戦争以外なら何が起きてもいい」くらいの姿勢こそが必要だろう。
 日本人の多くは、中国と北朝鮮はつながっていると考えているだろうが、私とて、そう思ってはいるが、朝鮮の人々は中国を相当警戒している。むしろアメリカの方が・・・。
単純な思考では、読み解けないのが今だ。
 戦争回避の為の努力は惜しんではいけない。

2018年2月11日日曜日

「いま天皇・靖国と憲法を考える2.11市民の集い」/群馬県教育会館

あいさつする堀越けいにん衆議院議員
これを読んで勉強します

 戦争する国に向けた憲法改正、天皇の皇位継承をめぐる天皇と政治の関わり、政治利用など見逃せない問題が目の前にある。
 そんな中、今日の(建国記念の日)にあたり、「いま天皇・靖国と憲法を考える2.11市民集会」が群馬県教育会館で開かれた。
 第一部 日本基督教団靖国問題委員会の辻子実さんの「憲法問題としての天皇・ヤスクニ」
 第二部 映画「私たちの日本国憲法ー戦争の放棄とは」の二部構成だが、どちらもその内容がよかった。
 神話期の天皇から今日の象徴天皇制の「大嘗祭」までの流れを知りたくなった。
 神話を本気で信じる姿がいかに滑稽か、そして時には罪深い結果をもたらす事かを歴史として経験している者として、改めて学ぶ必要があるだろう。
 堀越啓仁衆議院議員は会場であいさつをした後も、最後まで集会に参加していた。その姿勢は我々の議員としてのそれだろう。

2018年2月4日日曜日

「思い出 紡いで」片亀歳晴出版記念祝賀会

短編読み物集
あいさつする片亀さん
よく見る人達ですが

 昨年11月上毛新聞社出版部から出された片亀歳晴さんの短編集「思い出 紡いで」の出版記念祝賀会が伊勢崎市内のニューいずみで開かれた。
玉村町に住んでいることもあり、また小学校での読み聞かせなどの活動もあり、学校関係者や子供たちの保護者、小学校時代の友人など様々な人が参加し、本の出版を祝った。
 息子さんが勤務しているのが角田義一法律事務所ということもあり、角田さん、そして堀越啓仁衆議院議員もお祝いに駆けつけた。
「ヤギさんの手紙」「虹のメロデイー」などの童話、「告白」「後悔」「紙飛行機」などの小編小説、「署名」「仲間たち」「竜宮城」の中編小説、そして第53回群馬県文学賞受賞作品(児童文学部門)王様の宝物などが収録されている。
 片亀さんの豊富な知識と優しさ、平和を願う思いが読み取れる。
 会場で上毛新聞社の石倉(旧姓井草)さんに数年ぶりにお会いできた事も喜びのひとつだ。彼女が独身の頃、玉村町議会担当記者として何度か会っていた。今は編集部とのこと、今後の活躍を願いたい。