群馬県玉村町の町長「石川まさお」のブログです。 「瞬間」と「悠久」は決して対立的な言葉ではなく、「瞬間の中に悠久」が、「悠久の中に瞬間」はあります。何かと対立関係で世の中を見ようとする流れに抗すべく、みんなが集える庵を構えました。 新自由主義政策により社会の格差が広がり、荒んでいくのをくい止めるべく、地域に根ざした活動をします。
2015年4月30日木曜日
高崎電気館で「市川雷蔵祭」主演作品14作品上映中
市川雷蔵主演作品を高崎電気館で上映している。
市川雷蔵、わずか15年の映画俳優としての人生のなかで、159本の作品に出演、37歳という若さで世を去ったその人の作品14作を一挙上映中、上映場所がこれまた古い高崎電気館というのもいい。1931年生まれ、1969年死亡、37歳だった。
広い会場に数十人がバラバラに座り、映画鑑賞する風景がのどかでいい。
私自身、市川雷蔵を知らなかった。しかし、観ると内容が詰まっていて、人の世の一通りにはいかない道がいつの世もあったのかと思い知らされるものばかりだ。
毎日一本のペースで、今のところ「斬る」「初春狸御殿」「薄桜記」「華岡清州の妻」の4作品だが、若き勝新太郎、高峰秀子、若尾文子にも会える。
〈5月15日まで高崎電気館で上映〉
2015年4月26日日曜日
映画「祝の島」上映会で纐纈あや監督舞台あいさつ
舞台あいさつする纐纈あや監督 |
「ひとりじゃ恥ずかしいから」と言われ、つい一緒にパチリ |
〈古代、瀬戸内海を航行する船が危難に瀕したとき、祝島に向かって一心に祈ると、島は霊光を発し、行く先を照らしたという。
自然のなかでつましく暮らし、様々な痛みをかかえながらも,28年もの間、原発建設反対を訴え続けてきた島の人々は、力強く、温かく、潔い。
混迷する現代社会において、祝い島とそこに暮らす人々の存在は、よりいっそう輝きを増し、私たちが進む方向を照らし出すまさに灯台となるだろう。
その光に導かれ、本作は完成した。天と地と海とをつなぐ祝島に、今日も彼らは暮らしを紡いでいる。 監督・纐纈あや〉
この映画は2010年に完成した。福島原発事故の前だ。
反対運動の現場だけを撮るのではなく、祝島に暮らす人々の日常を映すことにより、いかにこの島の人々にとり、海が貴重なのかを浮きだたせている。
高齢化が進んでいるが、一方で、最近は祝島に移り住む人たちも出てきているという。その人たちがつくった「祝島のひじき」を買った。
纐纈あや監督、1974年生まれで自由学園卒業、目線やのびのび感が自然で非常に好感の持てる女性だ。
「応援してください」と言われれば「もちろんですよ」と答えは決まっている。
2015年4月25日土曜日
杉並区議選選挙応援のついでに東京散歩
2015年4月22日水曜日
映画「祝の島」上映+纐纈あや監督トーク シネマまえばし
2015年4月19日日曜日
強制連行追悼碑を守る会総会
主催者あいさつする猪上輝男さん |
石川は連帯のあいさつ |
2015年4月16日木曜日
映画「お盆の弟」玉村町試写会の準備始まる。
薄暗い町長室で懇談 |
貫井町長と大崎監督 |
6月21日(日)予定の映画「お盆の弟」の玉村町試写会の準備で大崎章監督が玉村町に来て文化センターなどの使用条件などを確認した。午後には貫井町長を表敬訪問、この映画にかける思い、宣伝方法などを話し合った。
映画を一本作るには、それは大変な労力がいる。大勢の人たちの協力、理解がかかせない。そして、この映画、玉村町がそのまま全面的に露出するという意味では、記念碑的な映画といえよう。
是非、好評を得たい。大崎監督の玉村入りが今後増えてゆく。
そんな折り、小中学校の同級生の掛川さんから手紙が届いた。玉村町出身の俳優・飯島大介さん主演の映画「時がとまっとる」の紹介だ。この町出身の人もさまざまな分野で活躍しているということ。
かくいう掛川初江さん自身、役者をしている。6月からは日航機墜落事故をモチーフにした芝居を上演するそうだ。
みんなガンバットルなあ。
2015年4月13日月曜日
仲間が全員当選 群馬県議会選挙
当選の乾杯 |
2015年4月12日日曜日
かがや富士子選挙戦打ち抜く
2015年4月11日土曜日
ピケティーよりマルクスの「共産党宣言」を読め
《左まき書店の「今こそ左翼入門」という記事を見つけたのでそのまま転載する。》
虐げられた無名の者たちよ。ピケティーよりマルクスの「共産党宣言」を読め。
世界が赤く見えないか。
それは戦火で街が炎に包まれているからか、流された血が大地をおおっているからか。あるいは憤怒で自分の眼球が血走っているためなのか。
世界がどこまでもくすんだ灰色にしか映らない者は、引き攣った愛想笑いを浮かべながら隣人にへつらっていろ。世界が赤く染まって見える者は、途方にくれる前に左巻き書店をたずねろ。ここには、やつらに見えないものが見えてしまう者の存在に根拠を与える本が揃えてある。
しばらく休業をもらった左巻き書店もいよいよ新装開店。左巻き書店の本棚に並ぶ本の中から、いくつかの視点に沿ってブックガイドをお届けしていく。まずは「いまこそ左翼入門」だ。世の中がそろって右へならえをし、左翼といえば唾されるいま。ほんとにみんな左翼が何かわかってるのかよ。この体制への反抗を企てる者も、左翼を批判する者も。いま、だからこそ、左翼とは何かを学べ。
「いまこそ左翼入門」ブックガイドの第一弾はもちろんこれだよ。そう。『共産党宣言』。
『共産党宣言』はカール・マルクスと盟友フリードリッヒ・エンゲルスによって共産主義者同盟の綱領として執筆された。綱領とは組織の基本方針を示した文章だ。1848年ロンドンで刊行。マルクスは執筆当時29歳の若さだった。革命組織の綱領として書かれた本書は、『資本論』などの理論研究書ではなく実践的な政治文書だ。ドイツ語原文にして1万語、岩波文庫にして50ページのこの薄いパンフレットは、世界各国語に翻訳され、長年にわたって読み継がれてきた。流布した冊数としても影響力としても『聖書』に比せられることもある。
ところが、資本主義の暴威やその限界に関する議論がこれだけ世界中で盛りあがっているのに、『共産党宣言』は打ち捨てられたままに見える。資本主義の批判において『共産党宣言』こそが、有効な武器になるはずだのに。
なるほど確かにいま、マルクスをマルクスとして読むのが、つまりテキストをテキストとして読むのが困難になっている。まずは『共産党宣言』を読むことを阻んでいる障壁を取り除き、もっと自由な読み方ができるテキストとして提示することからとりかかろう。
テキストをテキストとして読めないのは、『共産党宣言』を読む際に、この書が執筆されて以降の歴史を読み込んでしまうからだ。もちろん読者も歴史に規定されているからには、それはどんな読書にも常につきまとう。しかし、『共産党宣言』においては特に過剰である。例えば「共産党」という一語をとってみても、日本共産党、あるいはソ連や中国の共産党、そしてその国家体制までを読み込んで理解してしまうのだ。マルクスの時代に存在しなかったものをマルクスのテキストに織り込んで読んでしまっている。
それは読者の政治意識・歴史意識がそうさせているだけではなく、翻訳という作業自体が政治的な改作を忍び込ませ、巧妙に読者を誘導しているからなのだ。
2015年4月10日金曜日
最終盤の県議選
かがや支援の枝野幸男民主党幹事長 |
高崎市文化会館を満員にした角倉決起集会 |
県議選もいよいよ最終盤、枝野幸男民主党幹事長が群馬入りし、かがや富士子事務所を激励、夕刻行われた高崎市文化会館での角倉邦良総決起集会で大演説をした。
安全保障の急坂を転げ落ちるような安倍政権の戦争政策に待ったをかける意味でも、リベラル勢力はすべて当選する必要がある。
戦後70年の意味をもう一度捉え返さなければならない。
負の歴史など忘れたほうがいい、という国家主義者安倍晋三一派は,権力を掌握し、軍事国家として日本を作り直そうとしている。とんでもないことだ。あらゆる場所から反撃しなければならない。県議選もその大きな一歩だ。全員当選に向け突き進もう。