2011年9月15日木曜日

八ツ場ダムを中止し、地元住民の生活再建を優先しろ

八ツ場ダムは自民党時代から利権が絡むダムとして大手建設会社の食い物にされてきた。別名「福田ダム」と言われている。
何しろ58年前に建設決定された年代物のダム計画。同じ時生まれた私が還暦に届こうかという今も完成されていないのだから、それなりの理由があるのだ。
 当時、福田赳夫が推進し、中曽根康弘が反対という構図になっていた。中曽根だって本当に反対していたわけではなかったのだがそういうことになっていた。
地元の絶対反対派も長く奮闘したが、政府、県当局のさまざまな生活妨害等により、そして最先頭で闘っていた豊田さんの死などにより、泣く泣く反対の旗を降ろし、賛成に転じた。
現在、現地に絶対反対を貫いている人がいないのが大変だが、このダムを造ってはいけない。
 何せ、計画当時と社会の状況がまるで変わっている。人口減少社会が進行する中で治水、利水の環境が58年前と様変わりしているのに、未だそのままで推し進めようとしている。
 吾妻川はコンクリートをも溶かす強酸性の水なので、中和するために品木ダムを造った。しかし、そのダムでさえもう沈殿物で満杯になろうとしている。原発ではないが、沈殿物の捨て場がないのだ。そもそも八ツ場はダムを造るべき場所ではなかった。
 ここに来て「八ツ場ダムの中止」を政権交代の一つの公約にした民主党がぐらついている。この政党は何ですか。「後期高齢者医療制度」はそのまま、「普天間基地」はそのまま、「教員免許更新制」もそのまま、「日米同盟の強化」を叫び自民党に限りなく近づいて行く。
落ち目のアメリ帝国主義との関係をこれ以上深入りさせてはいけないのに。
 群馬県民主党の国会議員はまるで頼りにならない。ならば自治体議員が地元県の責任として声を上げ、未来に責任を負っていくしかないだろう。全員に期待はできないが。信念のある人が動き出すしかない。
 小選挙区制度の選挙で社会が変わるなどと言うことがいかに幻想であるかが痛いほどわかる昨今だが、社会を変えるのは選挙だけでは決してないことも理解すべきだ。

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