2011年4月29日金曜日

「月を指差したとき、愚者は指先を見る」ではいけません


斉藤和義の「ずっと好きだった」の替え歌聴いたことがあるかい、と友人が歌詞を持ってきた。これまでの政府を上げての原発反対運動つぶしに対し、いよいよ多方面から「異議あり」の声が堰を切ったように吹き出している。みんな未来を見ているのだ。この道を進め。
運動の見せかけだけで物事を判断するな。少々粗野でも未来に対する希望を見据えた運動こそ歩むべき道だ。「月を指差したとき、愚者は指先を見る」と仏陀が言ったかどうかは知らないが、5月1日の「集会・デモ」にはその言葉が当てはまる。

「ずっとウソだった」

この国を歩けば、原発が54基
教科書もCMも言ってたよ、安全です。

俺たちを騙して言い訳は「想定外」
懐かしいあの空、くすぐったい黒い雨。

ずっとウソだったんだぜ やっぱばれてしまったな
ホント、ウソだったんだぜ 原子力は安全です

ずっとウソだったんだぜ ほうれん草食いてえな
ホント、ウソだったんだぜ 気づいてたろ、この事態。

風に舞う放射能はもう止められない

何人が被爆すれば気がついてくれるの
この国の政府

この街を離れて、うまい水見つけたかい
教えてよ、やっぱいいや

もうどこも逃げ場はない

ずっとクソだったんだぜ
東電も、北電も、中電も、九電も
もう夢ばかり見てないけど

ずっとクソだったんだぜ

それでも続ける気だ

ホント、クソだったんだぜ

何かしたいこの気持ち

ずっと ウソだったんだぜ

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