2013年9月18日水曜日

辛淑玉が動いた/「のりこえねっと」設立

 
 まだ2度しか会っていないが、彼女の深い怒りとその表現方法に強く共感する者として無断転載する。
 
 
■ヘイトスピートとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク設立■その2

   -辛淑玉から支援のお願い-

はじめに
 こんにちは、辛淑玉です。
 諸先輩方と友人たちにこの文書を送ります。 ...

 私は、日本で生まれて日本で育ち、民族名を名乗り、在日三世として今日まで生きてきました。
 関東大震災を経験した祖母は、夜中になると「日本人が追いかけて来る!」と夢遊病のように歩きまわり、いまわの際には、無意識のうちに韓国語を話していました。二世の父は、心筋梗塞で倒れて事切れようとするとき、私を日本名で「節子」と呼びました。
 私は、大した能力もないのに、差別と闘って来た先輩方や友人たちの眼差しの中で、学び、支えられて今日まで来ました。国籍や民族を超えて、心の痛みを共有する人たちが私を育ててくれました。
 私にとって、在日であること、朝鮮人であること、韓国籍であることは、私の存在そのものであり、誇りなのです。そして、私にとって東京はふるさとなのです。
 50を過ぎて、やっと母や兄弟姉妹が明日の食事の心配をしなくてもいい生活を築けたと思っていたら、この社会には、私にとって厳しい風が吹き始めました。
 かつて匿名のネットの中だけで叫ばれていた憎悪の言葉が街頭で堂々と叫ばれ、「殺せ!」という言葉が飛びかい、平等を求めれば「特権だ!」と叩かれ、「抹殺しろ!」とまで言われる時代になったのです。
 そしてそれらは、在日(韓国・朝鮮人)だけにとどまらず、中国人、台湾人、被差別部落民、戦争の犠牲者たち、非嫡出子、アイヌ、福島の被災地住民、ウチナンチューと、国家が排除し棄民としてきたものすべてに向けられています。
 1947年5月3日の新憲法施行の前日に天皇最後の勅命として出された「外国人登録令」によって「みなし外国人」とされ、1952年のサンフランシスコ講和条約発効を機に、政府によって一方的に日本国籍を喪失したものとされた私たちは、基本的人権を求める権利すらないまま、今日まできました。戦後の日本国家の成立における根幹とも言える差別構造の帰結が、いまヘイトスピーチを叫びヘイトデモを行う人々なのだろうと思います。
 同じように、日米安保条約によって二級市民とされ、生存権さえ脅かされている沖縄の人々には、「ゴキブリ」「ドブネズミ」「売国奴」といった言葉が投げつけられ、原発反対を叫ぶ被災地の住民にも、「キチガイ」という、耳を覆うような言葉が吐かれています。

 右傾化する社会の中で、リベラルはことごとく姿を消しました。
 抑圧された者たちは、その不安と、マスコミによる被害者意識の醸成に過剰適応するかのように、「日本人」であることにすがり、その枠に入らないものを排除することでこの社会を壊しています。そして国家は、それをガス抜きのために放置しています。

 マイノリティにとっては、「生存権」を賭けた闘いとなりました。
 ネット上での人権侵害は、2012年には報告されたものだけでも2万件を超えました(以前は8千~9千件)。人々が恐怖と憎悪を増幅させているいま、社会の崩壊に手をこまねいているわけにはいきません。
 
 2013年9月ヘイトスピーチとレイシズムに抗う国際ネットワーク を立ち上げることにしました。
 団体名は「のりこえねっと」です。

 憎悪と人種差別主義を乗り越えるために行動する会です。
 詳細は別紙をご覧ください。
 そして、私と、この団体を支えて下さい。

 2013年9月11日
 -ヘイトスピーチとレイシ ズムを乗り越える国際ネットワーク-
「のりこえねっと」
呼びかけ責任者 辛淑玉


※9月25日は記者会見を予定。
 活動情報は、追ってお知らせします。
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