2011年11月25日金曜日

12月議会一般質問要旨

「起きてはならないことが起きてからでなければ、謙虚になれない人間の悲しい業(ごう)」という言葉がチェルノブイリ事故当時語られたが、日本人にとっては、「それでも謙虚になれなかった」ことが、今年3月の地震と津波に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故によって証明されてしまった。
 やはり日本ではそういうことは起きないだろうとの期待も含め、高をくくっていたといえる。自分たちが生きている時代に起きなければいい、などという思いもあっただろう。やはり他人事にしたかったのだ。
 これでは資本論のなかでマルクスが言う、「洪水よ、我亡き後に来たれ」と願う資本家の無責任な願望と同一ではないか。いつしか日本人はここまで堕落してしまったのか。
何が子どもたちに道徳教育をだ。
 まあまあ興奮を抑えて。
さて今度こそ自然に対し謙虚になれるだろうか、そのことが本当に問われているのが今回の事故と考える。
 考えてみれば、原発は原子力による「湯沸かし装置」であり、薪で沸かすか、原子力で沸かすかの違いに過ぎない。しかし、その違いが天国と地獄ほどの違いになって私たちに迫ってくる。
しかも原発はその熱量の3分の2を使うことができず、海に捨てている極めて効率の悪い蒸気機関でもある。
 54基の原発で1000億トン(日本の全河川流量・4000億トン)の海水を平均7度上げもしている。
膨大に生み出される放射能、処理方法さえない大量の放射性廃棄物のこと等を考えれば原発即廃止以外に人類の未来に対して取るべき道はない。
 これらの思いを込めて一般質問をする。

原発事故情勢下での安全・安心な暮らしのための施策を問う。

東京電力福島原子力発電所の事故は、その収束に向け、懸命に努力をしているのだろうが、廃炉までに30年以上を要するとし、その間にもどのような不測の事態が起こるかもしれない中での町の行政対応について以下質問する。(例えば、政府発表によると、セシウム137の量だけとっても、すでに広島原爆170発分が大気中に放出された。)

1.原発は事故がなくても、その放射性廃棄物の処理方法について未だ対応不能という状態だが、安全神話の洪水の中、反対の声はかき消され、全国に54基の原発が造られてしまった。
今後のエネルギー政策に関し、再生可能な自然エネルギーへと転換する「脱原発社会」を目指すべきと考えるが町長の見解を問う。併せて太陽光発電、太陽熱利用への取り組みを強化する考えがあるか問う。
2.現実に放射性物質が玉村町でも検出され、「この程度なら心配ない」という人もいれば、「それでも心配でどんな対応をしていいかわからない」という人もいる。どちらも住民である。町が放射能に対する認識(特に外部被爆と内部被爆の違い)をキチンと持ち、どのように住民を安心させる方策をとろうとしているか問う。特に子供達への対応と農産物に対しての対応を問う。
3.放射性物質が汚泥に含まれることは今後とも予想される。汚泥処理については悩ましい問題だが、いずれ事故原発はコンクリートの石棺で囲わなければならない。セメントにして石棺用資材として使用することが現実的と考えるがどうか。
4.住民から放射能に関する問い合わせなどに対して機敏に対応できる態勢が求められるが、放射能測定器をどのように活用しようと考えているか。
5.すでに事故原発周辺地域の子供の一部に甲状腺異常が発見された。成長期にある子供たちを内部被爆から守るため、特に学校給食については細心の配慮が求められるが、配膳間際での放射線量調査をして安心して給食を食べられる環境を提供すべきと考えるがどうか。

12月1日午後3時頃の予定

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