2012年2月17日金曜日

お薦めの一冊 〈さるぐつわ〉の祖国

〈さるぐつわ〉の祖国 古川利明著
 昨年10月初版の本で内容はかなりなもの。この間全く進展しない「拉致問題」に関し、多角的に背景をえぐり出している内容で大変面白い。
 帰国者5人が全く拉致事件に関し話さないことを「見えないさるぐつわ」として本書は進んでいく。

 朝鮮民主主義人民共和国の成り立ちから触れ、故金正日総書記の権力基盤を盤石にする過程(70年代後半から80年代にかけて)で、謀略活動を最大限利用する期間があり拉致事件が起きたのもその時期と重なる。その意味で一連の拉致事件は「金正日案件」といってよい。
 朝鮮労働党の内部事情、「主体思想」を体系化したのは金正日の大学時代の思想担当教授だった黄長燁(後に韓国へ亡命)で金正日と黄との関係を記し、一介のすし職人でありながら金正日の「専属料理人」になった藤本健二(ペンネーム)の話、(例えば、日本の料理はすべてカツオブシが基本になるのだと感心し、韓国の激辛キムチより日本の白いご飯と黄色いタクアンが好物だった。映画は「フーテンの寅さんが大好きで、見終わると機嫌がよくなって映画のワンシーンを真似する)などを紹介する。
1973年の「金大中拉致事件」、74年の「文世光事件」と続き、日、朝、韓の複雑な絡み合いを指摘する。
1990年9月、自民党・金丸信、社会党・田辺誠を代表する訪朝団が平壌入りし朝鮮労働党との三党共同宣言に合意し、日朝国交正常化交渉が始まった。金丸は当時首相だった海部俊樹の「自民党総裁」名による植民地支配を謝罪した書簡を金日成に手渡し、共和国のメンツを立て、懸案だった冷凍貨物船「第18富士山丸」船長の紅粉勇、機関長の栗浦好雄の釈放を実現した。この過程での双方の水面下の動きを暴いている。
 2002年9月17日の小泉首相の訪朝の目的は「日朝国交正常化交渉」の進展を目的とするもので、当時、韓国大統領だった金大中の仲立ちがあった。方向性は金丸訪朝団の「三党共同宣言」の延長線上にあったが「経済協力」と明記した点では一歩踏み込んだ内容だった。
 この会談の際、金正日は「拉致されるなどした日本人のうち、すでに8人は死亡、5人が生存」と発言した。これは首相秘書官飯島勲と朝鮮総連責任副議長許宗萬との打ち合わせ通りの発言だったが、「8人死亡」の衝撃が余りに重く、当初の目論みとは正反対に、「北朝鮮バッシング」が一気にヒートアップしていった。
 よど号事件にも触れ、よど号グループリーダーの田宮高麿の突然の死に対して筆者は金正日による謀殺説を唱える。(P156)
 そしてタブーとしての「拉致問題」に入り、皇室取材と同様、拉致問題に関して自由な報道がなされない異常な背景に迫っていく。
 まず「家族会」への支援活動を続けてきた「救う会」の異質さを指摘する。
「救う会幹部には日本の核武装や北朝鮮への先制攻撃まで訴える過激なイデオロギーを持っている人が多く、従軍慰安婦もなかった、強制連行もなかった、という立場の人が多い。家族会設立当初は、多彩なメンバーを擁していたが、近年はそのようなイデオロギーを持つ人が中心に座っている。」とは家族会を事実上追放された形になった蓮池透の言葉。(手記・拉致左右の垣根を越えた闘いへ)
 さらに「家族会」「救う会」と行動をともにする形で超党派の国会議員団「拉致議連」がある。安倍晋三、石破茂、中川昭一、米田健三、西村眞悟といった「保守」というより「超タカ派」議員がこぞって参加していた。
 このような状況を受け、「家族会」のスタンスが「救う会」や「拉致議連」のイデオロギーに引きずられていった。その「自民党内のタカ派」がブレイクする路線を縁の下で支えていたのが公明党=創価学会・池田大作である。「自公体制」という安定政権の枠組みがあって、「北朝鮮バッシング」「対米追従の軍備強化路線」に拍車がかかった。
 「建国義勇軍」事件と「救う会」の関係を描き、一方、「拉致」を否定して北朝鮮と日本を行き来する寺越武志にも触れる。
 筆者は帰国者5人を尋ね、彼らがほとんど喋らない背景に迫る。
曽我ひとみの夫ジェンキンスの生い立ちから北朝鮮への脱走、日本に来るまでの経緯を詳細に書き、「蓮池薫が拉致しに来た」と主張する横井邦彦にも迫る。そのことをすぐさま「事実無根、嘘である」と発言した「御用学者」重村智計をキチンと批判し、そのようなデマ発言をしてもメデイアから干されない状況の深刻さを指摘する。
実は、公安警察は、蓮池薫が工作員として日本に密入国していたことを知っていた。
拉致工作員辛光洙に関しては多くのページを使い詳しく書いている。

「新潮45」09年4月号の鹿島圭介の記事「横田めぐみさんは死んでいる」を紹介し、当時、警視庁副総監だった米村敏朗が「横田めぐみさんは死んでいる」と発言、「あくまで個人的な思いだが、俺はそう思う」と加えた。彼は警備・公安畑の中枢にいて捜査情報を当然持っている人物だ。
めぐみさんのものとされた骨のDNA鑑定の問題にも触れ、警視庁がミスリードしたとする。

「家族会」の支援と称して彼らを取り込んでいる「救う会」その背後にいる保守系団体や右翼の存在が、タブーを大きくさせ、真実を語れない要因となっている。拉致被害者や「家族会」のメンバーは政権与党の権力維持や「救う会」のカネ集めのダシにされているに過ぎない、少なくとも「救う会」が本当に「拉致問題の解決を願って運動している」とは思えない。自らの保守的なプロパガンダを訴える「マスコット」にしているだけ、とし今後日本が取るべき外交の選択肢とは、韓国、中国と連携しつつ、むしろ日朝国交樹立により、段階的に北朝鮮の民主化を支援していく方が「急がば回れ」であるような気がする、と書く。
 最後に、ひとりひとりが、勇気をもって、真実を語っていくことで、目の前に存在するタブーをひとつひとつ消し去る努力の中に民主化は存在すると指摘する。(全478㌻)

 誤植が少し気になったが、決して一方に偏った内容の本ではない。むしろ、拉致問題に関する対応の余りの貧困さにしびれを切らした著者が書きつづったもので、納得の一冊だ。是非、読んでみて欲しい。

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