2015年2月28日土曜日

群馬司法書士会研修会

講演する茨城会の野中英樹さん

 司法書士会の研修も多彩な分野に及んでいるが、必要と思われる研修にはできるだけ参加しようと心がけている。しかし、土曜日は他でも様々な催しと重なり、思うように参加できない。
 今日の研修は「会社法の一部改正、商業登記規則等の一部改正に伴う実務上の注意点」。
 役員の就任や辞任に伴う本人確認書類の添付が主だが、これはこれまで指摘されてきたことを補強する観点からもうなずけるもの。しかし、慣れるまでには書類作成上の手間はかかりそうだ。
 一方、会社法の一部改正、これは大会社中心の改正のため、群馬での司法書士の多くは取り扱っていないのが現状のためか、とても難しく感じた。
 
 午前は玉村町に本部を置く、群馬生活クラブ生協内での報告会。
生活クラブふくしまから理事長を招いての、ふくしま現地報告だが、甲状腺がんの多発が心配される状況や福島で暮らす人々の思いを語ってくれた。質疑も多くあり参加者の問題意識の深さを示していた。
 
 司法書士会研修会後、群馬会館での「朝鮮人犠牲者追悼碑裁判」集会の会場に着いたときには、すでに集会が終わり、角田義一さん、猪上輝男さんたちとの立ち話しかできなかった。

 これから登記完了書類を依頼者宅(お寺)に持参し、四方山話をしながら日が暮れていく。
 
 

2015年2月26日木曜日

羽仁五郎の言葉を安倍に投げつけたい。「真理はわれらを自由にする」と。


    これを受けてみろ。

 
 批判されることを極端に恐れる安倍に我らが羽仁五郎を贈りたい。

〈自分の国だから我々は日本を批判するのだ。批判するのはよりよい日本をつくるためなのだ。批判の無いところに未来はない。無批判に日本の良さなどと言うのはナルシズムだ。鏡の中の自分の顔をながめていい気分になっているような馬鹿と同じだ。...〉

〈「大人しくしていればひどいことはならない」これは全くの間違いだ。アウシュビッツで死んだ400万のユダヤ人達は、武装蜂起など計画せず、ヒトラーの言うままにみな大人しくアウシュビッツに入れられ殺された。「大人しくなんかしていたら殺されてしまう」のが、現在の独占資本の段階の本質なのだ。〉

〈今日の我が国民の悲惨の現状は、従来の歴史が真理に基づかないで虚偽に基づいていたからだ。「真理が我らを自由にする。」この確信に立って憲法の誓約する日本の民主化と世界平和に寄与すること、これがわが国の国立国会図書館設立の使命である。〉1948年2月の参議院本会議発言
(真理がわれらを自由にする)と国立国会図書館東京本館の中央出納台の上に刻字されている。

〈パリコミューンは生きている。疑う者は三里塚を見よ〉

若い頃、自由人・羽仁五郎の影響を受けた者として、この無知と驕慢な安倍政権に対抗していく。


 

2015年2月17日火曜日

2015年「朝・日友好のつどい」

張さんにはとびっきりの酒をいただきました。
参加者の広がりがすごい
 
いつも楽しませていただきます。

金剛山歌劇団員です。

 毎年、新年会の最後とも言えるのがこの高崎ビューホテルでの「朝・日親善のつどい」。
 今年も例年通り多くの人が集い、話に盛り上がっていた。
この集い、集まる人の層の厚さと広がりが特徴で、初めての参加者は驚く。玉村町議会からは議長を入れて4人が参加した。
「敵対から交流へ」とでも言おうか、朝鮮総連というだけで構えてしまう人士がいるが、歴史を辿れば、「朝鮮半島からの渡来人がつくった日本」とさえ言える史実を知る。
 誰もそう長くはない人生を生きているんだから、楽しく生きたいものだ。
 還暦を過ぎると、政治的に深い議論は疲れるから、気楽に生きたい。
 日本政府は拉致事件を声高に叫び、在日朝鮮人と敵対し、圧力をかけっぱなしの10年が過ぎたが、何か動いたろうか。両者の心が凍ったままでは、時間が過ぎるだけ。
 今年は、戦後70年、日本のアジアでの侵略の歴史をキチンと日本人が見つめ直す時だろう。
 拉致事件の解決を被害者として訴えるなら、関東大震災時に日本人が犯した5000人にも及ぶ朝鮮人虐殺の歴史的事実に対し、加害者として向き合う必要がある。こういう姿勢なしに心は動かない。
 これは決して政治的なことではない。道義的、道徳的、常識的観点からの人間として当然な姿勢といえよう。
 子どもたちにうるさいくらい、「道徳、道徳」と説教を垂れる政治家が昨今たくさんいるが、まずは己から道徳的に生きることだ。
 というわけで、おいしい酒や朝鮮餅を頂き、思わぬ人からも声をかけられるなど、「朝日友好のつどい」ならではのひとときを満喫した。
 

2015年2月15日日曜日

昭和村・冬の花火

堤盛吉昭和村村長の歓迎のあいさつを受けて熱燗で乾杯
厳寒の花火も美しい
冬の夜空を明るく染める
雪原を赤く染める大花火
立ち見客で会場は一杯

 今年で21回になる昭和村の冬の花火に招待を受け、玉村町から19名で参加した。
 若い人たちが始めた冬の花火企画に村が支援しながら、ここまで続けてきたことはすごいこと。
 交流都市の横浜からのお客さんもいた。
私としては2度目の参加だが、昨夜の花火は天候の加減も良く、見応えあるものだった。
 昭和村との交流は5年ほどになるが、高速道路を使えば1時間程の距離なので、交流には非常に適しているようだ。
 新鮮野菜の生産地でもある昭和村の村長、議会との交流は1年に3回ほど行われてきたためか、話も深いところまでおよぶ。余り構えなくてもいい関係が、お互いの自治体にとり補完の関係を強める役割を果たすだろう。
 
 
 

2015年2月12日木曜日

中毛町村会勉強会は「日本の言葉について」/新井小枝子准教授

吉岡町の視聴覚室で講演する新井小枝子さん
阿久澤榛東村村長から御礼の言葉
懇親会は居眠りをしなかった笠原議員をはさんで賑やかに

 玉村町にとり身近な町村は吉岡町と榛東村になってしまった。東は遠く大泉町、南は藤岡の南の神流町ということで、吉岡町、榛東村と中毛町村会をつくり、毎年交流をしている。
 昨年は相馬が原の自衛隊の話、今年は県立女子大学文学部国文科准教授の新井小枝子さん、演題は「日本の言葉について」。
 「絹の言葉」と群馬の春夏秋冬を重ねての話は方言の話でもあり、参加者も興味津々といったところ。
 学生の頃から、山村地域に入り込んでの聴き取りを実践してきただけに、かなり深い知識と日本の庶民文化のしたたかさを実感しているようだ。
〈真綿色したシクラメンほど清しいものはない〉
歌、シクラメンの香りの最初の言葉、真綿を説明し、その言葉を使った小椋佳に驚嘆するなど、話もわかりやすく、眠狂四郎の笠原議員すら好奇心一杯で聞いていた。
 方言はともすると「共通語」と比べ、田舎くさく自慢できるものではない、という意識が地方にはあるが、日本各地で生まれ、生き、死んでいった多くの人たちの長い生活の歴史であり、あったかいものであることの端緒を新井先生の話は教えてくれた。決して卑下するものではない。
 「お蚕言葉」だけの話をしても尽きない。
(づ)になる、という言葉が、ほとんど養蚕がなくなってしまった今も生きている。桑くれ、ドドメ、ハルゴ、晩秋蚕なども知っている。実際、私自身、子どもの頃、「桑くれ」や「ず拾い」を手伝い、桑畑でドドメを食べていた。
 養蚕こそ江戸時代以来の特に東日本での主要産業だったことの証左だろう。まさに「お蚕様」なのだ。

 懇親会では、3町村の議員もそれぞれの生きてきた地域の歴史を楽しそうに話しこんでいた。方言学は心を豊かにする。

2015年2月8日日曜日

笑顔満開のかがや富士子が届ける「生活は政治」/砂田登志子

この3人,もう60年のつきあいです。
砂田先生も富士子を応援します。
木村さんも勿論です。
会場の同志たちと熱い思いで団結ガンバロー

 伊勢崎市赤堀町で、砂田登志子さんを講師に迎えての「かがや富士子と食育を考える集い」は開場一杯の参加者を得て意義深い集会となった。
《人は食で浮かび食で沈む。人も国も食の上に立つ。今こそ食育をもっと楽しく。食育は知育・体育・徳育の分母。学歴より食暦》
 「食」という字は「人に良い」と読める。お腹だけではなく、心も満たして豊かにしてくれるのが「食」。
 健康の「健」は人がつくる食べ物でできているビルディング。だから良いものを食べている人は、姿勢もいい、表情もいい。集中力もでてくる。
 食は楽しくなければいけない。「楽」は右にハ、左にハ、下にもハ、ハハハの笑い声でできている。・・・・等々の話に参加者は驚きの声を上げながら、講演に聴き入った。
ではどんな食事がいいか。世界で評価が高まっているのは和食、と太鼓判を押した。
 そして、食育の意味を理解し、推進する女性議員を増やすことを訴え、かがや富士子がんばって、と締めた。
 人間の健康もバランスが崩れたとき病気になる。政治の世界もそうだろう。今は危機的にバランスが悪い。
 かがや富士子、出番ですよ。
 
 

 

2015年2月6日金曜日

今週のタカキンは福島から椎名千恵子さんも参加


椎名千恵子さんも参加してのタカキン

今週は福島から椎名千恵子さんが参加してのタカキンとなった。 原発事故から4年、事故の収束は、毎日7000人の労働者が必死の作業をしているにも関わらず、いつになるやら展望もたたず、福島現地では子どもたちの甲状腺がんが多数発生している。
 世界では「イスラム国」が後先も考えない非道を繰り返し、「有志連合」も軍事に任せた空爆攻撃を繰り広げている。
 何という無残な有様か。こんなことでは何も解決できない。
私達が立つ大地は世界中に続いている。だから、一見、何の力もないような運動でも、あきらめず継続し、世界の人々と連帯することで必ず展望は開かれる。
 安倍の思惑は、民衆の抵抗をあきらめさせること、だからこそ、不屈に運動を継続し、安倍の思惑通にいかないことを思い知らせることだ。それこそが反戦運動だ。
 
 3月8日(日)高崎城址公園で午前11時から「力あわせる200万原発アクション」を実施する。怒りの総結集を訴える。
また、3月11日(水)正午から郡山市文化センター大ホールで「3.11反原発福島行動」が実施される。是非、参加して欲しい。   国会でおしゃべりしていても戦争は止められない。

2015年2月4日水曜日

砂田登志子さんを招いて「食育をかがや富士子と考える集い」のお知らせ

《私達は食べものでできている。人は食で沈み、食で浮かぶ。食を育み、群馬の農・命・心・愛・絆・未来を育む食育。食育こそ最も配当の高い未来への投資です。》
 砂田登志子さんを講師に招いての「食育をかがや富士子と考える集い」が2月8日開催される。
 戦争政治を進める安倍政権下、翼賛自民党一色の県議会にしてはいけない。
 4月、伊勢崎選挙区から、かがや富士子をキッチリ送り出す選挙戦の一環として、意味合いの大きな集いとしたい。
 命が大事、平和が大事、そのことを学ぶ絶好の機会を共に共有しよう。

 2月8日(日)午後2時から
 会  場   伊勢崎市赤堀町「赤堀芸術プラザホール」
 

2015年2月2日月曜日

「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる」/ワイツゼッカー死去

 ドイツ国民が犯した罪と歴史を直視しなければ、ナチスドイツが迫害したユダヤ人や近隣諸国との真の「和解」はできないとして、1985年5月に「荒れ野の40年」と題し、連邦議会で当時の大統領ワイツゼッカーが演説した言葉、「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる」は今も生きている。
 そのワイツゼッカーが94歳で亡くなった。
また、「イスラム国」に人質になっていた後藤健二さんも殺害された。
 なんと言うこと、安倍首相は「テロとの戦いを叫び、必ず償わせてやる」と息巻き、自衛隊の中東派遣さえ意図している。
 彼には日本人を守れなかったことに対する反省とか謝罪という言葉はないらしい。
 今必要な認識は、こんな残虐非道の集団「イスラム国」を生んだ責任はアメリカに負うところが多いということ。
 遡れば、イラン革命後のホメイニ体制潰しに、アメリカが仕掛けたのがイラク・イラン戦争、ソ連のアフガニスタン侵攻に対してはムジャヘディンを支援しビンラディンの登場となりタリバンに続く。
 「9.11」以降のイラク戦争では、アメリカは多くのイラク人を殺害し、その怒りがアルカイダとなって世界を震撼させ、遂にはアルカイダさえ腰を退いてしまう「イスラム国」が、敵意を世界にむき出しにする今の事態となった。
 「有志連合」の軍事力で制圧などできはしないことをいい加減に悟らないといけない。
 
 宇宙でたったひとつしかないほんのちいさな地球でなんという不幸、何という無様な現実か。
 地上から搾取、収奪、貧困を根絶することが戦争のない世界を実現する道と確信する。