2012年10月30日火曜日

議会広報づくりの全国研修会をぎっしり2日間

全国から結集した町村議会広報委員
 6年ぶりだろうか、広報委員として6人のメンバーで第77回町村議会広報研修会に参加した。会場は東京・砂防会館別館会議室。
 議会広報は本当に必要か、と挑発的に講義をした半沢幹一共立大学文芸学部教授、編集・レイアウトのキーポイントをわかりやすく説明した吉村潔さん、撮影方法と表現方法を写真を見ながら具体的に話してくれた川西正幸さん、どの講義も大変勉強になった。
 議会だよりをつくる委員会に入るくらいなら、議員になりたくないという人もいるほど、敬遠される委員会だが、つくり出してみると、なかなか深いものがあり、もっと知りたいという傾向になってしまうから愉快だ。
 我が町の議会の広報委員も例外ではなく、「ほどほどでいいよ」のタイプだが、昨日の研修で、面白さも感じたようだ。
 そして今日の分科会は、「議会だよりクリニック」。
講師の吉村さんが具体的に評価し改善点などを指摘してくれた。
 取り上げられたのは「栃木県・那須町議会」「長野県・高森町議会」「兵庫県・猪名川町議会」「高知県・四万十町議会」「佐賀県・白石町議会」「熊本県・菊陽町議会」そして玉村町議会の議会だより。
 「住民が読みたくなる議会だよりに向け、こんな研修を毎年しているとはすごいね」とは、はじめて広報委員になった村田委員長の弁。
 市議会や県議会では議会広報は議会事務局がつくっているはず。
 その意味では、町村議会の議会だよりは、議員のぎこちないがぬくもりも添えてあることを知って欲しい。
 
 昨夜は、みんなで浅草演芸場で寄席を楽しみ、その後、牛すじの店に立ち寄り、ビール、ホッピー、焼酎のコーヒー割など各人好きなものを注文しながら、庶民の江戸を楽しんだ。
 
 
 


2012年10月28日日曜日

各地で秋の催し

秋山局長は商売上手



総合芸術展の様子

 文化、芸術、食の季節・秋ということで、連合群馬の定期大会の後、高崎問屋町での「上州どっと楽市」に顔を出し、鬼石商工会の秋山局長の奮闘ぶりを拝見した。
会場は大賑わい、アイスクリームシャーベットと小さなサツマイモ(3センチ程)の焼き芋、ポップコーンの販売だ。
 局長のまるで商人のような軽さには、さすが伊達に年齢を重ねていません。
 
 その後、玉村町文化センターでの総合芸術展(玉村町文化協会主催)を見学、子供から老人までの作品、その出品数の多さには、毎年ながら驚かされる。
深いところで、町の文化は育っていることを確認できただけでもうれしい。
 
「上州どっと楽市」「玉村町総合芸術展」の今日28日まで。
 

2012年10月25日木曜日

《「夭折の詩人 長澤延子・中沢清 展》吉岡町図書館

 戦争と終戦直後の混乱期を足早にかけ抜け、たった17歳で自ら命を絶った長澤延子。
 残された詩や手記には懸命に生きた彼女の17年間が表現されている。

    友よ
私が死んだからとて 墓参りなんかに来ないでくれ
花を供えたり 涙を流したりして
私の深い眠りを 動揺させないでくれ

私の墓は 何の係累もない丘の上にたてて
せめて空気だけは 清浄にしておいてもらいたいのだ
旅人の訪れもまばらな 高い山の上に・・・


 中沢清にとり、詩や絵画は宇宙を感じ取り、そして表現するための手段だった。中沢清の詩を読み、絵を見つめることにより、中沢が信じていた宇宙へと通信する。

 僕らは世界を変えなければならない
 僕らはその激しい移り変わりの時代に生まれた
 世界がその古びた衣装を全く捨てねばならぬ時に
 だからといって友らよ
 ぼくらに北十字を殺すことができると思ってはならい
 ぼくらは ぼうぼうの夜の野原に あかりをともす者だ

 「夭折の詩人」の詩を読むのもいい。
彼らの感性と才能がその時代に触れ共鳴もしたろうし、拒否もされただろう。
しかし、生きることを拒否してはいけないとつくずく思う。

 今日、石原慎太郎が東京都知事を辞職し、新党を結成し、「念願」の憲法改正に向け最後のたたかいを開始すると言い出した。
 80歳の無責任右翼老人の元に老いぼれた右翼老人たちが集まり、時代錯誤の「憲法改正」に向け突っ走るというのだ。
 困ったことに出てくる新党は右翼政党ばかり、若い連中も「戦争ができる国」目指して憲法改正を迷いなく訴える。
 この一連の動きは歴史を前に進めるものではない。
まさに逆行、倒錯の極みで、世界から、アジアから孤立する道を歩むことすら理解できない最悪の反動行為だ。
 感性豊かな若者が現実に失望、絶望したとき、無遠慮で一面的価値観しか持たない右翼連中が跋扈し、暗黒の歴史を再現しようとする。
 若者は死んではならない。
老い先短い老いぼれ右翼に未来を蹂躙させてはならない。
 未来は若者のものだ。

2012年10月24日水曜日

群馬県町村議会議員研修会・吉岡町

高橋正全国町村議会議長会会長

江藤俊昭山梨学院大学大学院教授

片田敏孝群馬大学教授
 年に一度の群馬県町村議会議員研修会の会場は恒例の吉岡町文化センター。
 高橋正榛東村村議会議長は現在、全国町村議会議長会の会長。
 今年の研修会は特にいいよ、と言わんばかりの顔で玉村町議会の席にあいさつに来た。
 江藤俊昭さんは「住民自治の根幹としての議会」と題し、丁寧に話をすすめた。
 もう一人の片田敏孝さんの話は「想定を越える災害にどう備えるか」。
 実際、釜石市での防災教育の実践が多くの人たちの命を救ったこともあり、大きな関心が示された。
 群馬県は火山爆発等自然災害の危険性がたくさんあることを強く指摘、「群馬安全神話」からの脱却を訴えた。
 釜石市では防災教育を受けた子供たちが、親や祖父母を救った事実を示し、大人がキチンと防災への対応を子供たちに示さなければいけないと主張した。
 確かに二人の講演内容は豊かだった。それをどう生かしてゆくかが問われてくる。

  議員16名が2代の車に分乗し、ロイヤルホテルのバイキングで昼食をし、吉岡町に向かったが、車中、「中国の様子はどうだった?中国のどの辺に行って来た?安全だった?」と興味津々の様子で聞いてくる。
「北京を起点とした北東アジア方面、親善訪問だから勿論安全、近隣諸国と仲よくできないような外交ではいけない」と今日のところは話しておいた。
 

2012年10月21日日曜日

「鬼に訊け」(宮大工・西岡常一の遺言)群馬会館で上映」


  評判の映画「鬼に訊け」が10月28日、群馬会館で午前10時、午後2時の2回上映される。
 「1000年の檜には1000年の命があります。建てるからには建物の命を第一に考えなければならんわけです。風雪に耐えて立つ、それが建築の本来の姿やないですか。木は大自然が育てた命です。1000年も1500年も山で生き続けてきた、その命を建物に生かす。それが私ら宮大工の務めです。」
 明治41年奈良県生まれの西岡常一。法輪寺三重の塔、薬師寺金堂・西塔の再建を棟梁として手がけ、飛鳥時代から受け継がれていた寺院建築の技術を後世に伝えた「最後の宮大工」。平成7年没。
 シネマテークたかさきで一度観たが、この機会にもう一度観る。

 北京・平壌の旅行から帰って3日ほど、時差はないが、色々感ずるところもあり、それに浸っているといえば聞こえはいいだろうか。
 きれいに清掃された平壌の街並みに比べ、我が家ときたら草だらけ。秋になれば枯れるだろうと放っておいたが、勢いこそなくなったがまだまだ青々としている。
 少しは草むしりをするか、と始めたものの1時間程度で、疲れ、そして飽きてしまった。
 雑な性格が自分でもよくわかる。これでよくもこの年まで世渡りをしてきたものだ。

 
平壌・朝の通勤風景
 疲れたときはどっぷり岡林信康がいい。「チューリップのアップリケ」、「手紙」、「もずが枯れ木で」、「私達の望むものは」そして「自由への長い旅」。
 
[いつの間にかわたしが わたしでないような
枯れ葉が風に舞うように 小舟がただようように
わたしがもう一度 わたしになるために
育ててくれた世界に 別れを告げて旅立つ
信じたいために 疑い続ける
自由への長い旅をひとり
自由への長い旅を今日も]
 
 

2012年10月20日土曜日

水戸天狗党・下仁田戦争始末記 大塚政義講演会

満席の会場に話にも力がはいる

撮影は秋山局長
 清水市へ次郎長の生家を見に行った時から聞いていた藤岡市神流公民館での水戸天狗党の講演会へ秋山局長と二人で聴きに行ったが会場は満席。何人かの知り合いもいた。
大塚先生の話は相変わらず冴えていて、午後の眠い時間帯にも係わらず、聴く人を飽きさせない。
 藤岡から群馬県に入り吉井、富岡を通過するときの様子、そして下仁田での高崎藩との戦いを詳細に話し、戦争悲話や水戸本陣桜井家女将のはまさんが武田耕雲斎ら天狗党幹部を一括した話、処刑場で首を打つ現場で「そんなに畳を血で汚すなら畳代を上げろ」と要求し天狗党猛者を驚かせたお縫いばあさんのことなど見ていたように話すのはおかしかった。
「遠くで見ていました」とは大塚先生の弁。
 剣術の達人の多い高崎藩に比べ天狗党は銃を使い対抗した。
下仁田戦争に勝利した天狗党は長野県和田峠で諏訪・松本連合軍と戦い真冬の街道を徳川慶喜を頼りに西に進んだが、慶喜は「党派の争い」として冷たく突き放し天狗党の期待を打ち砕く。これは武田耕雲斎の見通しの甘さと指摘する。 
 豪雪の蠅帽子峠越えと新保での加賀藩の厚い待遇。
百万石の加賀藩で厚遇の中、正月を迎えたが、幕府への引き渡し後はニシン倉に押し込められ、結局353人が首をはねられる。     
 婦女子・子供を含め総勢925人の天狗勢は下級武士や神官、農民も混在した反乱軍で騎馬武者150人、歩兵700人、鉄砲隊を持ち大砲15門も引いていた。
 筑波、那珂湊で幕府軍を打ち破ったこの武装軍団が1000キロに及ぶ大行進をしたのだから、これ自体で幕府の面目丸つぶれ。
とにかく幕末の水戸藩は壮絶だった。
天狗党といい諸生党といい、水戸藩の英傑のほとんどは「維新の祭壇」に祭られ、新政府には誰の顔も見えない。
そこの徹底性に惹かれてしまう。
 最後に先生は言う。
「歴史を動かしたのは西郷隆盛、坂本龍馬らではなく農民や民衆だ」
 
 「玉村町でも講演しますよ」とは講演後の大塚先生、昭和13年生まれのとてもお元気な人だ。
 
 
 
 
 

2012年10月19日金曜日

映画「漂泊」のマーク決まる

 北京を起点とする北東アジアの旅行については後日報告するとして、日本へ帰ってみれば、外国人から献金を受けたとかで田中法務大臣が逃げ回っているではないか。
見苦しいの一言だ。
民主党の人材難もいよいよ極まったようだ。
 攻める自民党石破幹事長も外国人からの献金が発覚し火消しに懸命だ。
「身ぎれいさ」ばかり競っていないで深みのある政治を追求しないといよいよ日本落日となるだろう。
 
 実態はほとんどの国会議員は「外国人」からの献金を受けているのではないか。これは何を意味するのか。
 多くの在日台湾人、韓国人、朝鮮人、中国人が日本社会に溶け込んでともに社会を構成していると言うことだろう。
 今後、日本の少子化と並行して進行するのは、外国人労働者の急激な増加だ。
 長い期間が経てば、当然、日本社会は変容し、外国人参政権の問題は必ず起きる。
 そのときの心づもりをしていてもいいだろうに、建前論に終始し、互いの足を引っ張り合い、まともな政治が進まない。
 このレベルの国会議員を多数抱え込んでしまったこと自体が「国難」だ。

 沖縄で女性が複数の米兵に乱暴されたニュースを聞いた。
オスプレイ配備といい、絶えることのない米兵による女性暴行事件といい、これに対して弱々しい「抗議、懇願」しかできない政府に何が期待できようか。

 
 藤橋誠監督から映画「漂泊」のマークが届いた。これを活かしながら映画製作を進めよう。



 

2012年10月11日木曜日

トガニ/幼き 瞳の告発  シネマテーク高崎

〈不条理な社会に変わらぬ良心の力で立ち向かう若者たち。
その純粋で果敢な姿に未来への一筋の希望を見た。〉と蓮池薫に言わせる映画「トガニ」を観た。
 ある聴覚障害者学校で、2000年から6年間、校長を始め教員らが複数の生徒に性的虐待を行っていた。
2005年の事件発覚後も加害者は、教壇に立ち続けていた。
 その事実に怒りを感じた韓国人の人気作家コン・ジョンが事件を題材に小説を発表、大ベストセラーになる。
 更には小説を読み大きな衝撃を受けた俳優コン・ユが映画化を熱望してできた作品が「トガニ」。
 韓国で公開されるや460万人の人々が劇場に足を運び、不条理な司法制度を批判し政府を動かすまでに発展、一大社会現象を巻き起こした。
 映画を観た李明博大統領は「意識改革の必要性」を国民に呼びかけ、事件の再調査、法律の改正、実在する学校の廃校にまで進んだ。
 俗に言う「トガニ法」だ。
国家を動かした「トガニ」は必見の作品。
 シネマテークたかさきで10月26日まで上映中。

2012年10月9日火曜日

燈籠宵まつり/玉村八幡宮

藤橋監督も納得の舞

龍舞衆の龍舞

1800本の燈籠

雅楽の舞

 昨夜の玉村八幡宮の燈籠よいまつりも今年で5回目。
まちづくり玉村塾が中心になり企画運営しているが、年々見事になる。
今年は昨年よりかなり多い1800本の燈籠を境内に並べ幻想的な雰囲気を醸し出した。
 天かける龍の舞や雅楽の演奏と舞も披露、遠い昔を偲ばせてくれる秋の宵となった。
 町の中心部でささやかながらこのような息づかいを感じることができ嬉しい。
この企画にも多くの人の協力があることを認識したい。
 来年、町映画「漂泊」を制作する藤橋誠監督も熱心にカメラを回していた。イメージが膨らんだようだ。


2012年10月8日月曜日

還暦同窓会の幹事会は年金相談会となってしまった。

年金相談会と化した幹事会
11月3日の高校同窓会に向けての最後の幹事会をいつもの居酒屋友栄で開いた。
 居酒屋友栄は伊勢崎市三光町にあり、夜の繁華街(いわゆる緑町)の一番西に位置している。
 緑町と言えば、数年前までは酔客で町も賑わったが、「浄化運動」の結果、「怪しい店」どころかその一帯に人が寄らなくなり、「怪しくない店」まで閉店に追い込まれている。
 行政の手加減ひとつで地域が衰退するいい例だろう。
しかし、我が同窓会幹事会の集合場所は、状況が変わろうと居酒屋友栄に決め決して他の店には行かない。
 高齢のダンス指導者のママが頑張っている限りおつきあいする、との暗黙の決意がある。
心地良く飲める店で気楽に集まりたいということ。
意地で店を維持している姿勢に共感、少しでも応援したいということ。こちらも意地だ。

 その幹事会、当日の役割などを20分ほどで決めた後、自然に年金の話題になっていった。
60歳とはそういうことなのだ。
各人、年金の支給環境が違うので疑問を持っているのだろう。
社会保険労務士をしている木暮清は無料相談員といったところ。
「同窓会の出席率が悪いので、木暮の年金相談会とその後の同窓会]にしようか、との声も上がった。


2012年10月6日土曜日

「厚い手のひら」井上優さんからの一冊・高崎駅前金曜日集会

深町節炸裂

詩人井上優
 
色んな人が参加する金曜日集会となってきたようだ。
 夕方、伊勢崎の深町さんから電話があり、「これから電車で高崎へ行く」との連絡があり、遅れて会場に着くと、マイクを握り講釈を垂れる深町さんの姿。
元気なお姿を拝見しホッとしつつ〈話が脱線しはみ出さなければいいのだけど〉という一抹の不安を抱いた。
その不安は案の定だったが、この日はまだまだましな方、とにかく真っ直ぐ元気でいてくれて良かった。

 
 会場で金さんから紹介されたのが詩人・井上優さん。いきなり「厚い手のひら」という本を、どうぞ、ということでいただいてしまった。
頂いただけでは悪いので、別の「脱原発・自然エネルギー218人詩集」一冊を買い込んだ。

 集会後、何人かでたまには軽く飲もうということで居酒屋に潜り込み、「現代社会の分析」を話の種にしていると、井上さんが隣のテーブルの客と話し出し、あまり部数もない貴重な写真集を差し出している。
「原発問題を理解していない人にあげてもしょうがない、もったいない、意味がない」と言われても、「そうですかね」といった調子。
 繊細で無防備な詩人・井上優、そんな感じだ。
金曜日集会に集まる人を見回すと、無防備さは共通し、熱い思いも共通する。
 夕べの8人衆は職場、住む地域は別で、何で繋がっているのかと考えたくなるメンバーだった。初めて会う人もいた。
しかし、楽しく有意義な話ができたのは共通の思いがあるからだろう。
 11時になったのでツッキーと一緒に帰ろうとしたが、ツッキー自身がまだ話し足りないとのことなので、他の人を残してひとり帰った。一番早く帰るなんてやはり年かなあ。
 こういう繋がりが実は必要で以外に強いものかもしれない。


井上優の詩集「厚い手の平」からひとつの詩を紹介する。

〈100ミリシーベルトの悪魔
被曝許容の世界基準は 年間1ミリシーベルト(国際放射線防護委員会ICRP)

福島県放射線健康リスク管理アドバイザーY教授の言説は
年間100ミリシーベルトでも大丈夫

そのために どれだけの福島の子供達が
逃げられなかったのか

10年を待たずに 結果が出てしまう

ドイツで『日本の子供を救え』15万人デモ

愛を組織しなければならない

悪魔に打ち勝つまで

ICRPは原発推進組織、そのICRPですら1年間の放射線許容限度を成人1ミリシーベルトとしている。子供は0.1ミリシーベルト、胎児はについては0.01ミリシーベルトとなる。
福島が危ない。


2012年10月4日木曜日

地域の物産/初めましてフェアー会場へ参上

ご機嫌な秋山局長
人気の福嶋屋コーナー
 久しぶりに秋山局長、領土問題でもめている某国女性と3人で高崎市内のインドカレー店で白昼公然と2時間の四方山与太話の秘密会談。
 いつものようにさしたる成果もなく分かれた後、局長に誘われ向かったのが県庁ロビー、地域の物産館/はじめましてフェア会場。
 いやいや会場にぎやかで、地域自慢の果物、菓子、豆腐、弁当、魚等々が展示販売されている。
 わが玉村町からも何か出店があるかと探せば「福嶋屋」が出店していた。
看板娘のお愛想もよく、もう少しで「かりんとう饅頭」も完売の勢い。
 さてさて鬼石の局長はと探せば、会場のほぼ中央に陣取りシャーベットの販売中。
 (個人的なことになるが秋山局長、還暦を機に体重を半年で10キロ以上落とし73キロ、現在も60キロ代に向け奮闘中。
朝飯抜き、昼は普通に食べ、夜は野菜を中心に軽い食事というパターンだ。
 先日の人間ドックの結果、これまで指摘された箇所はほとんど改善された。
 その動機はと問えば、男再稼働とか。前向きの動機で結構なことです。)
 局長の売りは藤岡周辺で採れた食材でつくったシャーベット。
トマト、リンゴ、やよいひめ、みかん、プラムそしてりんごと人参の6種類。
「おひとつどうぞ、少し酸っぱいけど、酸っぱいは成功の母、というから」などと進めてくる。
 帰るまでに溶けちゃうと言うと、持ち帰り用の袋もあるから、と返されれば断れなくなり6個ゲット、という顛末。

2012年10月2日火曜日

藤橋誠監督・映画「漂泊」製作事業に向けて動き出す。

 藤橋誠監督が企画する映 画「漂泊」製作、まずは後援依頼をということで、貫井町長、小林日出幸さんとともに、県立女子大学と上武大学を訪問した。
 女子大の濱口富士雄学長と面会し、映画製作の趣旨を説明し後援依頼をお願いした。
 
 主役は、玉村町で行われている郷土芸能を卒論のテーマに捉えた群馬県立女子大生という設定なのでどうしても女子大の協力は欠かせないものだった。
 女子大としても最大限の協力をしていただけそうなので、こちらとしても力が入る。
 上武大学でも落合部長に後援依頼し、協力をお願いした。

 映画製作スタッフも大勢必要なので映画製作にかかわってみたいという人は是非声をかけていただきたい。

以下出演者募集要項を記す。

 2013 年6 月~10 月にかけて、群馬県玉村町を中心に映画を撮影します。
玉村町で行なわれている「水神祭」や伝統芸能を背景に、若者たちの今を描く物語です。
そこで出演してくれるキャストを募集します。やる気と情熱あふれるあなたのご応募をお待ちしております。

群馬県内に在住・通学している高校生以上の男女(主役は大学生設定の女子を予定)。演技経験は問いません。
2013 年4 月~2013 年10 月にかけて、玉村町で行なわれる演技の練習、撮影に参加できる人。
☆この映画は営利を目的とした映画ではございません。出演者への謝礼金等はありませんので、ご了承ください。

<郵送先>〒370-1132 群馬県佐波郡玉村町大字下新田1133
       小林会計事務所内 映画「漂泊」キャスト応募係

   1次審査日時:2013 年2/23(土)10:00~16:00 内で20 分程度
                 2013 年2/24(日)10:00~16:00 内で20 分程度


会場:玉村町勤労者センター【群馬県佐波郡玉村町大字下新田227 - 1】

玉村町・映画「漂泊」製作委員会(小林会計事務所内)
群馬県/群馬県立女子大学/上武大学/玉村町(後援予定)
<応募は郵送のみになります>

2012年10月1日月曜日

「水辺の森フェスタ」から「脱原発集会」へ

生活クラブ生協
ツッキーと木村さん

県立女子大生のフラダンス
水辺で遊ぶ子どもたち

「普段からの心がけがいいから」と思わず言いたくなるような台風来襲直前の晴れ間でのフェスタとなった。
 朝のうちは少し雨模様だったので心配したが、開始時刻になるともう晴天、こうなれば一気に盛り上がろうという事で、みるみる人だかりとなり、昼頃までには完売となる店が続出した。
 普段は見かけることのない、子どもたちが小川で遊ぶ姿も見られた。これでなくっちゃ。
 当日の駐車場係の人たちの的確な誘導が目についた。
これまで係わってきた大勢の方々の達成感は相当なものだろう。
 どう総括しどのような形で次につなげるかに注目したい。
 午後からは高崎市労使会館での「脱原発市民集会」。
福島みずほさんとつれ合いの海渡雄一弁護士の講演を中心とした集会で会場は満員の盛況、玉村町での水辺の森フェスタに参加していた「生活クラブ生協」有志もそのまま会場に来ている。
 角倉県議が企てたものだが、まあこのような企画力はそうとうなもの。
 県議の小川あきらさんと両親にもお会いでき、新米を頂いた。感謝します。
 藤江彰前橋市議は来年早々にある市議選の準備に忙しい。三宅雪子議員も殴り込み参加、山田行雄高崎市議も元気で2次会を仕切っていた。
 さて、次の総選挙、野田民主、安倍自民、橋下維新の極右3極の争いにしてはならない。
 その行き着くところ、国民と近隣諸国が泣きを見るだけのこと。
領土問題に関心を向かせ、福島原発事故をもう過去のこととして後景化させてはならない。
 事故の収束そして廃炉までに40年以上もかかるとも言われる原発事故は福島の人々を窮地に追い込んでいる。
福島の現実とこれから起こるであろう厳しい未来を思えば、原発依存の未来などの選択肢はない。
「脱原発、本物の政党はどこだ」の正しい選択しかないはずだ。
逡巡は無用だ。