2013年11月30日土曜日

玉村町12月議会は12月3日から12日まで

 改選後の議員は威勢がいい、といっても新議員は二人だけ。
一般質問が多いのは玉村町の特徴、今回は正副議長以外の14人が演壇に起つ。
 多方面からの質問はいいが、なかなか政策として実現できないもどかしさはある。

 「全国一斉学力テスト」学校別結果公表反対の請願(全群馬教職員組合提出)の紹介議員として臨もうとした矢先の昨日、文科省は公表については、市町村教育委員会の判断に任せるという方針を出した。
 数年前までは、全国一斉学力テスト自体の是非が議論されていたが、安倍政権になってからは急展開、結果の公表、という方向に進んでしまった。
 小学校で国語、算数、中学校で国語、数学、英語、この科目を全国で公表してまでも競わせようという発想が理解できない。
 義務教育課程で必要なことは、たった数科目での競争ではなく、人間としての全人格的成長の基礎を保証すること、好奇心や得て不得ての部分を見分け、補正し合える人間関係を見いだし合うことこそが教育ではないのか。
 排他的な競争を義務教育課程から押しつけては、まっとうな感覚をもつ人間には成長できないだろう。
その上、学校間競争となれば、その評価ばかりに気をとられた教師群間の競争となり、落ち着いた教育環境など望めようはずもない。子どもの未来にも悪影響となり、百害あって一利なし。
 とにかく浅はかで単純な安倍政権は目先の数字しか信用できない愚かな人たちの政権といっていい。

 「日本を取り戻す」といいながら「戦前の日本を取り戻そう」ということだろう。
 安倍政権の一連の動きは関連している。
教育を国家主義の方向へと推し進め、体制従順な人間づくりを狙っている。道徳教育の一層の強化(教科化)ややみくもの競争主義を見れば理解できる。
 一方、特定秘密法案、国家安全保障会議(日本版NSC)の設置は明らかに治安立法、戦争準備体制づくりだ。
日本版NSCはまさに「最高戦争指導会議」。
太平洋戦争をこの「最高戦争指導会議」が指導し、日本を焦土に追い込んだ極めて危険な無責任集団だ。
 教育は、戦争を現実にたたかう国家に従順な若者づくり、と言うとわかりやすい。
 待ったをかける必要がある。

 という意識を持ちながら4期目の議員活動をしたい。
どのような国政でも生き抜く町づくりを考えたい。
一般質問期日は12月4日午後1時30分頃の予定。



                                  
                                                                        
                                                                          玉村町議会議員    石川眞男   
 

 

一般質問通告書

次のとおり通告します

 

質 問 事 項

 

質  問  の  要  旨

 

 

答弁者

激変する時代へ向けた行政姿勢を問う。

1.介護福祉関係について今後予想される課題への対応を問う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 
2.極端な格差社会の是正は健全な社会を維持するためにも必要と考えるが、その対応はあるか。  
 

 3.人口減対策や地域コミュニテイーの増進の観点から、土地利用の積極的な対応を求める。

 

 

 

 

 

 

1.今後、大介護時代が到来するが、要支援は市町村に任せ、特別養護老人ホームには、例外はあれ、要介護3以上の人でないと入所出来ないなど、家族にとっても町行政にとっても深刻な事態が予想されることについての対応。

2.介護保険制度は「介護の社会化」という理念から始まったものだが、現実の政策は逆になり、個人と家庭の負担が急増し、介護のための休職、退職、失業、生活保護、閉じこもり等々社会問題となってきている。これらに対する行政としての対応。

3.ケアプランは本人だけでなく、家族の生活環境も勘案すべきと考えるが現実はどうなっているか。

4.昨年4月から始まった「24時間地域巡回型サービス」はどの程度実施出来ているか。

5.健康寿命を延ばすことは個人にとっても幸せなこと、この点からの対応。

6.財政安定化基金の取り崩しなどを含めた介護保険料の改定時期への対応。                                                                                       

 

 
非正規労働者、言葉を換えれば、不安定雇用にある人々の比率がますます高まり38.2㌫(昨年度総務省調査)となった。格差社会が極端に進み、一方が貧困化することは、各種税金、保険料等の社会的負担をすることすら困難になる人の増加が予想される。社会の土台が壊れないうちに、町として、例えば、雇用対策として、非正規から正社員化した企業への税制等での支援、中小・地場企業への設備整備支援制度の拡大などは考えられないか。
 

 市街化調整区域内は原則、住居用としては、分家住宅の建築しか認められていないが、住宅密集地の雑種地や農地の開発、建築許可について、分家住宅以外の住居も建てられるようになれば、その地域で生まれ育った人が、他の地域に土地を求めなくても、なじんだ地域に住み続けることができ、人口減対策やコミュニテイー増進対策として極めて有効と考えるが、今後の町としての対応を問う。

(既存宅地内建物の建築許可基準の現実的運用、大規模指定既存集落についての準備調査等)

町長

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



町長

 

 

 

 
  町長

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2013年11月25日月曜日

地獄谷のサルではないが暇あらば旅まわり・マメです。

ライトアップされた金具屋
                                                                               


夜の温泉街は寒い
                                                                                                           

今年最後の朝市風景



おばさん、待ちない




川中島の戦跡公園の銀杏


 本来まめな性格で、若い頃は、どんどん一人旅をしていたものだ。
 もう還暦になったことだし、時間があるときは思いつきで色々な所へ行って見たいと思うようになった。
 ということで、長野県は小林一茶記念館から玉村町と姉妹提携している山ノ内町の温泉へと足を伸ばした。
 一茶記念館には玉村町(上茂木)出身の中村さんが学芸員として勤務している。
 突然の訪問だが、快く応対して頂き、当時の柏原村の様子などをうかがい、ついでにうまいソバ屋さんまで紹介してもらった。
 山ノ内町といえば温泉、酒の玉村屋、地獄谷のサル、そして志賀高原などたくさん見所はあるが、今回は古久屋ので一泊、偶然にも通りに面し、小林一茶が泊まったという部屋に案内された。
 広くはない道路を隔てた対面に金具屋という古い旅館がある。「千と千尋の神隠し」のモデルになった旅館で夜はライトアップ、多くの人たちが見物に訪れる。
 
 その日は時間もあったので地獄谷まで行きサルに対面、サルもまだ風呂に入る時期ではなさそうだ。
 
 翌朝の朝市は今年最後、リンゴを中心に地元のリンゴ農家のおばさんが完売していた。
 朝市の場所から階段で200段ほど上がった所にある寺まで行くとサルの群れが柿を食べに山を下りて来ていた。
 尼さんが「食べたらお帰り」とサルの嫌いなフマキラーを持って寺から出てきた。「これも共存の方法よ」
 
 山ノ内から小布施までは車で30分ほど、そこから川中島までゆっくり1時間くらい、少し方向を変えれば善光寺もある。
川中島まで来たら松代まで行き、真田一族記念館やら佐久間象山記念館にも行ける。
歴史満載の小旅行だ。
 



2013年11月18日月曜日

産業祭から八ツ場ダム集会まで

刃物屋さんの話に聞き入る
昭和村議員と茶会でひと息
これも収穫祭、鳥に食べられないうちに柿の収穫
執念の八ッ場ダム反対集会、これが希望だ。
たたかう地理学、これでダム建設を止める

 晴天の中、玉村町産業祭が朝から賑わった。私は昭和村議会のお客さんの接待役ということで、会場をくまなく歩いた。
 山之内町、昭和村、茨城町、気仙沼からの特産品の販売もあり、年々賑やかになるようで、秋の収穫祭と言えるのではないだろうか。
 途中、刃物売り場の前でしばらく、いろいろな種類の刃物の説明を受けたり、そばを食べたり、お茶をたしなんだり、土産を買ったりとそれぞれ楽しんだ。
 
 昼からは瞬悠庵で奥深山農園の秋の収穫祭、奥深山さんを囲み話し込んだ。〈どっこい、まだまだ元気だぜ〉
 庭にある柿の木にハシゴをかけての柿もぎは楽しいものだ。
子どもの頃は柿の木によじのぼり、猿にでもなったように柿を取ったものだが、今の子どもたちは、全く無関心のようだ。
柿はうまいよ。
 
 2時からは中里宅での原発勉強会、集まる人は80歳代が多く、しかし、政治的意気込みはすごいものがある。
「何とか原発を止められませんかね。秘密保護法ができたら、戦前の息苦しい社会になってしまうよ。私は体験しているのだから」
 日本社会、政治を語らない風潮があるなかで、ここに集う高齢女性たちの元気さに押されて、予定時間をすっかりオーバー。
 高崎シテイーギャラリーでの八ッ場集会にたどり着いたときは4時になっていた。
 
 八ッ場ダムの本体工事着工が迫る中、しかし、それを止めたい、と考える人たちが全国にいることがわかる。
 ダム建設決定から60年経ってもできないダムは造ってはいけない、ということ。
 当時と経済、社会状況は激変し、ダム不要の時代となっている。
 推進派はただ、「多額の金をかけて、ここまで工事をすすめてきてしまったのだから、もう完成させるしかない」という論調ばかり。
 総工費5000億円になんなんとする問題だらけの八ッ場ダム建設だが、何世代か後には、ダムを壊す時期も来る。
1000兆円の借金国にそんな余裕はない。
後世に残す負の遺産になることは明らかだ。
 推進派は頭を冷やせ。
小野有五北海道大学大学院名誉教授の話はよかった。
著書「たたかう地理学」を買い込み読み出した。
 まだまだ抵抗の余地あり、何せ、未来が味方している。
あきらめない執念のたたかいこそが最後の勝利をもたらすことは歴史が証明している。
関口茂樹さんにも久しぶりに会えた。
 
 
 
 

2013年11月13日水曜日

玉村町長へ「来年度の政策・制度要求と提言」を申し入れ/連合伊勢崎地協

 昨日、連合伊勢崎地域協議会による玉村町長への「2014年度・政策・制度要求と提言」の申し入れ行動があった。
 1990年から継続して取り組んでいるもので、今年は11000人を越える県民のアンケートを分析、政策・制度要求としたもので、その意味ではアップ・ツー・デートの内容。
 「心配、困り事、関心事」では例年、「自分や家族の老後」が1位となっていたが、今年初めて「生活や所得」が最も高い数値となり、今回の提言では、雇用・労働ならびに社会福祉保障を中心に取り組んでいる。
 格差社会の深刻さが、いよいよ身の回りに迫ってきたということか。

 貫井町長はあいさつで、「連合の政策・制度要求を高く評価し、町の政策にも反映できるよう努力している。一方、労働組合としてもっと元気になってもいいのではないか」と述べ、労働運動への期待と注文をした。

 12月議会、一般質問に、政策・制度要求の中から質問を1項目入れようか。
 


2013年11月10日日曜日

藤沢周平記念館から山寺へ秋の旅路

日本海・笹川流れの海岸
鶴岡市にある藤沢周平記念館
紅葉に染まる山寺のお堂
静かなたたずまいを見て芭蕉が「閑かさや」と歌った。
山寺から見た光景はよくある構図(晩秋はまたいい)
安全に上り下りできるのも参道清掃をする人のおかげ。

 一ケ月ほど前から計画していた、山形県鶴岡市の藤沢周平記念館と立石寺(山寺)への旅は決して思いつきではなかった。
しかし、天候はどうにもならない。予想では曇り、雨だったが土曜日は晴天に恵まれ、今日も山寺に登り切るまで(午前9時半頃)は曇り空だった。
 
 藤沢周平記念館に関しては同級生の新井淳一が何年か前、尋ねたが、準備不足で閉館日に行ってしまった。その話を聞いてから、行きたいと計画を立ててきた。
 藤沢の本は結構読んでいるがまだ半分にもならない。しかし、どれを読んでも、当時の人々が今、そこで生活しているように思えてくる。
 
 彼は映画やビデオもよく観た。そこに一枚の手書きの注文メモがあった。
「ドクトル・ジバゴ」、「暗くなるまで待って」、「昼下がりの決闘」そして「誓いの休暇」(ソ連映画)と書いてある。
 私は「誓いの休暇」は2度観た。藤沢周平も観たのか、と思うと
また身近に感じ、藤沢本を読みたくなる。
 しかし、記念館、藤沢作品の本や関連のグッズを何も販売していないようだ。そこで本を販売していれば間違いなく相当売れるのに、なぜ、欲のないことを、と思ってしまう。
そこも藤沢流なのだろうか。
 庄内藩校・致道館、鶴岡カトリック教会、大寶館を巡り、閑かに落ち着いた晩秋の街並みを歩いた。
 
 そして今朝は9時前から山寺登山、3度目の山寺だが、今回はそれほど千段の石段が、体調がいいのか、長く感じなかった。
 一歩一歩、「煩悩を捨て」奥の院まで行くのだが、そこで突然の雨、しかし、山の木々の葉が傘の代わりをしてくれ、それほど雨には濡れなかった。
 地内にある秘宝館も尋ねた。
仏の道は煩悩を捨て、とはいうが、そう簡単でないことは、誰でもわかる。
 一方、願えば何でも叶う「如意」という言葉もある。
煩悩を捨てた人間が何を叶えようとするのか、とその矛盾を思うようでは、まだまだ仏道の理解にはほど遠い。
やはり表裏は一体なのだろう。
 一段一段参道の落ち葉を掃除し、歩きやすくしているおばさんに会った。「仕事だからね。もう23年してますよ」
仏さんに会ったようだ。

 

2013年11月6日水曜日

映画「約束・名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯」

 上映を楽しみにしていた「約束」をシネマテークたかさきで観ることができた。
 獄中から無実を訴えている死刑囚奥西勝の事件から現在までを映画化したもので、若い日の奥西を山本太郎が演じ、獄中でたたかう今の奥西を仲代達矢が演じる。母親役は樹木希林、ナレーションは寺島しのぶという豪華キャスト。
 阿武野勝彦プロデューサーと齋藤潤監督の渾身の作品だ。
 
 昭和36年、三重県名張市の小さな村の懇親会で、ぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡した事件で、逮捕された奥西は一度は「自供」したが、その後、「警察に自供を強要された」と主張し続ける。
 1審無罪、しかし控訴審で死刑判決、昭和47年最高裁で死刑確定。戦後唯一の無罪からの逆転死刑判決となった。
 事件から51年、際限なく繰り返される再審請求と棄却。名古屋高裁で再審が認められたが、最高裁でまたも棄却。
 その間、奥西は2桁を越える死刑囚が処刑台に行くのを見守った。
 判決に怒りながらも、裁判に期待するしかないところが本当に悔しい。
 裁判官が生きる世界の狭い風通しの悪さも明らかにし、えん罪の犠牲者を救おうと、奥西を支える弁護団や多くの市民の姿も活き活きと描き切ってる
 
 
 《日本の刑事司法がこれほどに歪みきった要因のひとつはメディアにある。ならばメデイアには期待できない。
僕も含めてそう考えてしまう人たちは、絶対にこの作品を観るべきだ。メデイアはここまでできる。これほどに強い力をもつ。
一貫して司法の歪みを問い続ける阿武野プロデユーサーと齋藤監督は、また新しい地平を開いた。見事だ。彼らは仕事を終えた。次は観た側が動かなければ》 
森達也監督の言葉に勇気をもらおう。
 
 シネマテークたかさきの宣伝をしてしまうようだが、おすすめの作品がいっぱいある。
「約束」は15日まで。
「ハナ・奇跡の46日間」と「世界が食べられなくなる日」は22日まで。
 
 一人一人が自信をもって行動すれば、「日本を取り戻そう」などと「戦前の日本」を取り戻そうとしている安倍政権を葬り去ることができる。
 

2013年11月5日火曜日

文化の日を極めて文化的に過ごす

ガツーンと労働者集会(日比谷)
アースデイも楽しむ(藤岡)
青原さとし監督の話を聞く(少林山)

 なんとも忙しい文化の日だった。
3日は新自由主義に反対する全国労働者集会。
今程、ラジカルな政治集会が求められている時はないだろう。
 安倍政権の容赦ない攻撃に対し、中途半端な運動はすべて腰砕けになり消えて行くか、自らを誤魔化して、変節を自己合理化し逃げ出していく。
 それほど厳しい政治、社会状況のなか、日比谷野音を埋め尽くす大集会を打ち抜く政治勢力があることは頼もしいかぎりだ。
 
 帰りには、ららん藤岡でのアースデイの集いに合流、バンド演奏を楽しんだ。
 
 そして4日は、休んでいればいいのに、少林山達磨寺でのドキュメンタリー映画「タケヤネの里」(青原さとし監督)上映会に参加。
《日本中の山々に、この地球温暖化ではびこり、放置されている「竹」やその「皮」が、こんなにも深い文化を作り出し、しかも世界につながっているのか、と驚嘆した。》というチラシの言葉だけ読んで、これはいい映画だと勝手に思い込み、何人かの人に声をかけた。
 とくに上原夫妻に声をかけたのは午前中のこと。
「竹に関するいいドキュメンタリー映画があるので、しかも無料だから、少林山に来ないか」と誘ったら来たではないか。
無料という言葉に引かれたらしいが、実は1500円だった。
よく見るとチラシに小さく書いてあった。
まあ、作り手も大変だからカンパのつもりで、ということで納得してもらい、ついでに「9日、県立女子大での映画3本の上映会こそは無料だから観なよ」と誘い、シネマテークたかさきで9日から2週間上映される「ハナ」、これだけは観とくれよ、と強く勧めた。
 髙階ミチさん、岩城さん、星野さんにも会場で会い、同じことを言った。
 最近、何か映画の営業マンみたいだ。
極めて文化的に過ごした文化の日といえよう。
 

2013年11月3日日曜日

飯倉区作品展

密照さんとその作品群
見事な切り絵の作者櫻井英比古さん

 第8回飯倉区の作品展が2日、3日の2日間開かれている。
文化の日をはさんで色んな催しでどこも賑やかだが、この飯倉地区は格別なものがある。
 40年近く盆栽づくりをしている密照さんや切り絵の見事さで誰をもうならせる櫻井英比古さんの作品を中心にこじんまりとしてはいるが地域に根ざした作品展としてすっかり定着している。
 鑑賞後のお茶を頂きながらの談笑も楽しい。
 
 夕方からはムービックス伊勢崎で「そして父になる」を観賞。
さすが是枝裕和監督、深いまなざしでの作品に、終わってからフー、と一息ついてしまった。是非、観て欲しい映画だ。
 

2013年11月2日土曜日

高崎駅前金曜日集会

継続は力、今夜も脱原発

 すべての原発が止まる中、今年の冬を迎える。
それは原発なくても電力はまかなえるということを示している。
 一方、一度事故を起こしたら、その収束がいかに困難かを福島原発事故は示している。
 今後何百年にもわたり、事故原発の構造、技術を熟知する大量の技術者、労働者を継続的に供給できるかどうかが、今後の大きな課題のひとつだ。
 交通事故の検証、事故現場の復旧とはわけが違うのが原発事故。
 無事故で稼働したとしても大量の放射性廃棄物の最終処分ができない。はじめから、無理な話だった。一刻も早く、原発からのエネルギー転換を進めなければいけない。
 毎週金曜日夜の高崎駅西口での集会は昨夜も50人程度の人が集まり、強く脱原発の訴えをしていた。
「継続は力だ」
 福島原発事故を過去のもの、日本の一部で起きたことにして後景化させ、原発再稼働、原発輸出に突き進む安倍政権を追い詰めよう。