みんな寿命を全うしようぜ

みんな寿命を全うしようぜ
西表島で会った昼の蝶

2012年6月1日金曜日

6月議会一般質問の公開

6月7日から15日までの予定で玉村町6月議会が開かれる。
今回の一般質問の内容は以下の通り。
私の質問時間は7日午後1時30分頃の予定。
                             

一般質問通告書

質 問 事 項

質  問  の  要  旨


答弁者
福島原発事故被災者の子供達を数日でも放射能の心配のない場所で過ごせる施策を講ずべきだ。




役場東側のJAたまむら支所周辺の今後の利用について問う。


来年以降の花火大会の開場について問う。


国や県からの権限移譲と予算の配分について問う。


地域主権、地方分権に見合う職員の協働体制づくりを問う。







原発報道は本当の原発事故の重大さを伝えきっていない。
短期保養は、放射能により低下させられた免疫力の回復という意味でも効果があることは知られてきた。
今も様々な事情で「避難」「疎開」できない人たちのため、特に、子供達のために、震災直後、緊迫した中で避難者受入準備をした時の気迫で、保養できる時間と空間を提供し「絆」を深めるべきと考えるがどうか。

町として今後、勤労者センターを含めて、どのようにJAたまむら支所周辺の利用を考えているのか、もう結論を出す段階に来ていると思うが、現時点での考え方と今後の方針を問う。


今年は何とか田園花火を楽しめそうだが、来年以降の開催状況はどのような見通しか問う。


地域主権、地方分権という言葉が踊っているが、この数年間、国や県からどれくらいの権限移譲と予算の配分があり、どのような職員配置をして対応したか問う。


地域主権、地方分権の時代というなら、県や国にもキチンと対等にもの言いができる職員集団を作っておかないと、時代の要請に応えられない。
国際的に見て、日本は人口当たりの公務員の人数は少ないことなどを勘案すると、職員数をやみくもに減らすことが行財政改革の大きな柱とするだけでは町づくりは成り立たない。
職員数が一定規模を下回ると、その総合力が一気に落ち込む事が懸念され、協働の町づくりは失速し、地域主権も危うくなる。
 さまざまな経験、知識、性格や年齢、個性、職員間の人間関係をも勘案した重層的な職員の協働体制を構築し、地域主権の時代に対応すべきと考えるが、その姿勢と具体的な実践を問う。






町長







町長




町長



町長




町長

2012年5月29日火曜日

「昼下がり、ローマの恋」「ブラック・サンデー」

「ブラック・サンデー」は先週ムービックス伊勢崎「午前10時の映画祭」で観た映画。
パレスチナゲリラ「黒い九月」との戦いを描いたものだが、目が離せなかった。
一人の女性をあそこまで反米の塊にさせたのは間違いなく、イスラエルであるし、それを支援するアメリカだ。
その辺も表現しているが、最後はゲリラたちは殺されて攻撃はぎりぎりのところで失敗する。
 商業映画だからそうなってしまうのだけど、内容はとても興味深い。
現実の世界はもうたまらなく嫌になるほど暴力的だ。

そして「昼下がり、ローマの恋」は3人の大人の恋を描いたものだが、これが面白い。
 恋人のいる青年弁護士が出張先の小さな村で奔放な娘(実は人妻)と恋に落ちる話、周りにたむろする欲のない連中の存在が暖かい雰囲気を醸しだす。
 2人目は、中年有名キャスターがエキセントリックな女性につきまとわれ、恋の大騒動を起こす話。
 動揺した中年キャスターが「オサマ・ビンラデイン」を「オバマ・ビンラデイン」と発言し降格、果ては特派員としてアフリカに派遣され捕虜になってしまう。
 最後は高齢の歴史学者が、パリから帰国したアパート管理人の友人の娘と恋に落ち、ドタバタしながらも結婚、子供までつくってしまう、という話。


還暦すぎのおじさん、おばさん必見の映画だ。
一夫一婦制社会でもこういう枠におさまらない男女の関係があるから、世の中は豊かで面白い。
 シネマテーク高崎で6月1日まで上映。

2012年5月28日月曜日

友の還暦祝いと「太陽がいっぱい」劇団どくんご公演チケット

今年某月某日某所での還暦祝いの秋山局長

秋山君の還暦祝いの写真が届いた。ちと早い感じもしたが、いや、そうでもない、彼が還暦なら私もそうだ。
思えば、よくもここまで生きながらえて来たとつくづく思う。比較的好きなように生きてきたが、まだまだ足りない。
まだまだ現役で走れる。吠えることもできる。
 過ぎた日を感慨深く思い出す余裕もない。
どこまで生きるかわからないが友人たちに言う。「誰が先に逝っても恨みっこなしだ」と。
〈私は今日まで生きてみました
時には誰かの力をかりて
時には誰かにしがみついて
私は今日まで生きてみました
そして今私は思っています
明日からもこうして生きてゆくだろうと
  ・・・・
私には私の生き方がある
それはおそらく自分というものを
知るところから始まるのでしょう
けれど それにしたって
どこでどう変わってしまうか
そうです わからないまま生きてゆく
明日からの そんな私です〉

 どうしても吉田拓郎の歌に行き着いてしまう。

そうこうしていると玉村文化人の町田さんから、劇団どくんごの女子大での公演があるというので早速、似非文化人のような顔をして1枚ゲットした。
今年は「太陽がいっぱい」という夢満載の(ような)演目だ。
しかし、昨年の芝居は私の回りでは酷評ばかりだった。
「何を言わんとしているのかわからない」「恰好が汚なすぎる」等々だが、現実社会の実態こそがそうではないか。正直に抽象的に描くと、あんなもんでしょう。
 この一年劇団どくんごが生存し続けて来たこと自体がすばらしい。わかってくれる人も同情している人もいるということ。
綺麗ごと一色に染まった社会の気持ち悪いことよ。
 酷評の張本人土田君を呼び出し、心の窓を開くよう諭しながら
一枚販売、次は還暦の秋山局長にも1枚つきあってもらい講評を頂こうか。

6月19日(火)、20日(水)毎夕6時20分開場、45分開演
群馬県立女子大広場にて


2012年5月27日日曜日

ぐんまふれあいフェステイバル IN いせさき


開会の挨拶する連合伊勢崎地協渡辺議長

 連合伊勢崎地域協議会主催の今年のふれあいフェステイバルは昨年同様、あずま総合運動公園で開かれた。
 暑いくらいの陽気のなか、昼頃には会場は参加者であふれるほどになった。
「東日本大震災復興支援」を大きなテーマとして掲げ、働く者の連帯を参加者に訴えるものとしての成果はあったと思う。
会場で元気な本郷たかあき君にも会い、久しぶりの話も弾んだ。五十嵐伊勢崎市長、貫井玉村町長、塚越県議、矢島、多田伊勢崎市議も参加した。

 その後、玉村町の北部公園フェステイバル会場に回り、午後からは玉村町消防団消防ポンプ操法大会に来賓として出席した。
 とにかく暑い日だったので、競技に参加する団員にとり、かなりきつい状況だったと思う。
 火事はいかなる時起きるかわからないことを考えれば、それでも頑張れ、というしかないが、消防団員はそれぞれの仕事を抱えながらの使命なので、そのキツサと強い思いには敬意を表したい。

2012年5月24日木曜日

たばこ1箱万引きの罪と罰 寛容さはどこへ

たばこ1箱を万引きしたとして消防署員が逮捕された。「犯罪は犯罪だ。まして社会に範を示す公務員なのに」との論調になるのだろうか。
 誰だってあるだろう。次の信号を曲がろうとしていながら、その直前、ふと違うことを考えてしまい、曲がり損ねてしまったことは。
 その一瞬、思もしないことをしてしまうことは、誰にもあること。「魔」が差したのだ。
 この事件、「故意」か「魔」が差したのかは分からない。
しかし、この程度の事件、数十年前の日本社会だったら、周囲の人々が「魔が差したのだから」と寛大に解釈し、許してくれた。
先人は「魔が差す」という寛容の知恵を授けてくれた。
その知恵を排除する非寛容の社会になろうとしている。
 この件は性犯罪や破廉恥事件とは違う性格のもの。
 社会の寛容さは、魔が差して罪を犯してしまった人を許し、教育する力を持っていた。許された人が今度は他の人を助ける。寛容は悪いことではない。
 微罪を許す寛容さを失った社会の行き着く先は、誰も信用することができない、友にも本当のことを言えない、建前だけの息詰まった社会になってしまう。社会は活気を失い衰退する。これでは暗黒ではないか。
こういう結果も新自由主義の特徴だ。
 この事件で厳罰となってしまったら、彼の人生、たばこ1箱で、全てを失うことになってしまう。
 罪と罰、それは罪に見合った「罰」こそが公平であり、それこそが本人に反省を促し、又、社会の健全性を示すものとなる。
決して見せしめにしてはいけない。許しあえることは社会生活上大切なことだ。

 はたまた、橋下大阪市長、今度は市職員の政治活動に制限を加え、罰則も盛り込んだ条例を準備しているという。
 政治活動は誰もが有する基本的権利であり、まして、お上の許しを得てするものではない。
 自分の意にそわない者を容赦なく排除するという橋下の手法に、ますます怒りがわいてくる。
 職員側もキチンと対応すべきだ。権利の上に眠る者は保護されない。長いの闘いの中で獲得した政治的権利を何の抵抗もなく放棄するなどということがあってはならない。
 先に維新の会が提出した家庭教育支援条例の差別的な内容が全社会的に批判され、取り下げたばかりではないか。
 全く懲りない橋下の権威主義的手法が破綻していることに多くの人は気づく時だ。

2012年5月22日火曜日

7月14日【Fiesta Del Sol ・太陽の祭り】 前橋公園

【Fiesta Del   Sol ・太陽の祭り】が 7月14日(土)、前橋公園で開かれる。
 その大まかな日程が決まってきた。
1部はトーク&ライブ「女性による脱原発」
 出演者は音楽評論家の湯川れい子、ヨガインストラクターの千葉麗子、女優の仲代奈緒、制服向上委員会会長の橋本美香

2部のトークは「生き残れ!放射能時代」と題して、おしどりマコリーヌ・ケンパル(夫婦漫才)、DELI(ヒップホップ)、横川圭希(オペレーション・コドモタチ代表)、山川健一(ロック評論家、東北芸術工科大学教授)

 ここまで膨らんできたが、私自身、全く聞いたことのない人もいる。
 これに地元のうるさ型ミュージシャン群が参戦するのだから暑いことこのうえない真夏のライブの一日となるだろう。
 時間は午前10時から午後5時までぶっ通し。出店もあるので、多くの人たちに気楽に参加して欲しい。
 主催は〈原発とめよう群馬〉
 最高にエエですよ。

2012年5月21日月曜日

杉を伐採し瞬悠庵への出入りがかなり楽になったが...


伐採前

伐採後の様子

確かにヒマラヤ杉があることにより出入りに不自由したことは事実だが、伐採してしまうと何かひとつの軸がなくなったようで、寂しいものがある。
50年以上つきあって来たこともあり、無意識のうちにも通わせる何かがあったのだろう。
 出入りする人たちが勢いよく道路側に出て、川に落ちなければいいと心配してしまう。
 これも時の流れだろうか。

2012年5月20日日曜日

高崎映画祭最優秀作品「サウダウヂ」を観る



2007年12月三和食堂で、右から2人目が光石さん
 「サウダーヂ」は第26回高崎映画祭最優秀作品だったが見逃してしまったので早速シネマテーク高崎へ駆けつけた。
 長引く不況のもとでの日当暮らしの土方仕事の若者たち、外国人労働者の追い込まれた状況と日本人との対立、ラップを通じた若者の社会への怒りなど日本社会の実相を多数の場面展開で観る者に迫ってくる正直な映画だ。
 新自由主義が世界を覆い尽くし、どこに居ても逃れることはできない。
若者同士が国籍の違いなどで対立している時ではない、と訴えているようだ。
 1972年生まれの富田克也監督自身苦労人なので、目線が評価出来る。
 帰り際、志尾さんから、今夜10時頃、富田監督の舞台あいさつがあるので、是非、と誘われたが、さすがにお断りした。
 〈 シネマテーク高崎で6月1日まで上映予定〉


 沢田研二の新曲「カガヤケイノチ」を買おうと4店ほど回ったがどこにも置いてない。
仕方ないので注文しつつ、何故ジュリーの新曲を置かない、と抗議はしてみたが、これも時の流れだろうか。とほほの事よ。
 ついでに安田浩一著『ネットと愛国ー在特会の「闇」を追いかけて』も注文。読んでやる。


 家へ帰ると妻が俳優の光石研さん宅へ、新鮮セロリを大量に宅配の準備中、何やら奥さんとの電話声も聞こえた。
「今度、玉村町を舞台にした映画を作ることになったんだけど、光石さんにも・・・」


 6月議会での一般質問もほぼ準備出来た。
原発事故がもう遠い過去のように考えている人も結構いる。とんでもないことだ。特に第4号炉の使用済み核燃料貯蔵プールの状況には危機感を持っている。
 報道管制により、事実から眼をそらさせられてはいけない。
注意喚起、警鐘の意味も込めた内容にしたい。

2012年5月19日土曜日

金環日食に思うこと

21日早朝、例えば名古屋では932年ぶりの金環日食が見られるという。平安時代にそれを見た人たちは何を思ったろうか。東京では173年ぶり、大阪では282年ぶりだ。
 宇宙にはそれこそ無数の惑星が存在し、宇宙の摂理に基づいて軌道を描いている。
 地球人は太陽、月、地球が一直線に並びしかも太陽の輪郭をリング状に残す現象を金環日食と名付けた。
我々はその時に丁度居合わせただけ。そのことを味わえばいいだけのこと。
 宇宙は地球人のためだけに金環日食をサービスしてくれているわけではない。
 近くの惑星に知的生命体があれば、またそこからも金環日食やそれに似た惑星の並びの美しさを発見、見物出来るかもしれない。地球の近くに知的生命体が住む惑星がないから気づかないだけのこと。
 どこかの記事で読んだが、記憶に間違いなければ、現代科学は宇宙の暗黒物質の未だ5%も解明していないそうだ。
全宇宙を解明するには未だ駆けだしと言った方がいい。しかし、それでもこれだけの事が分かってくるのは楽しいこと。
 謙虚さや寛容さこそが自然のなかで生き死にするあらゆる生物にとって最善の智惠と考える。
 喜び、悲しみ、憎しみなど人類が経験した過去のさまざまな瞬間の積み重ねが現在となり、悠久へと連なっていく。
 瞬悠庵の名前はここからきた。

地球は宇宙の絶妙なバランスのなかで存在していることにどれだけの畏敬の念を果たして我々は抱いているのか。
 現代世界の生産力をすれば、地上から飢餓はなくなるはず、資本の論理により公正な分配が極端に阻害され、差別や収奪、貧困そして戦争が世界を覆っていく。
「国益」の争い事に終始している現代世界の現実はなんとも情けない。
 国家の存在こそが人類進歩の阻害物となっている。

金環日食から世界を見る眼を問い直したい。

2012年5月15日火曜日

まち映画をつくる準備会・藤橋誠監督

藤橋監督による説明
ここから始まります
鬼石町を舞台にした映画「しゃんしゃんしゃんしゃしゃしゃんしゃん」 を3回観た。
 そんななか顔見知りになってしまった藤橋誠監督から玉村町での映画制作の話を提起され、仲間といろいろ考えたが、上映会ばかりではなく映画制作の現場を経験することも価値あるものと考え、一歩踏み出そうか、という意味での準備会を役場3階の会議室で開いた。
 会場で千代田町を舞台にした藤橋監督作品「あおとんぼ」をみんなで観た。20分程だが「うーん」とうなるほどの秀作。
 参加者の多くは、「玉村でもこういうものが作れたらいいなあ」と思ったようだ。
 しかし、多くは言わないが、私が求めている映画は悪いけどこれ以上の作品。

 藤橋監督が考えている映画のタイトルは「漂泊」、あらすじを見せてもらったがなかなかいい。
 しかし、海千山千の参加者、あれはダメ、これも入れろ、こういうのもある、との意見続出。
 とにかく、船を進めます。
 その後の二次会で一層盛り上がる。ロッカー小林頼司さんのシャイさもいい。

 今年の花火大会あたりから、監督は頻繁に町に通うことになるだろう。
 秋あたりに予定のオーデイションは女子大や町内の住民を対象にするということもあり、徐々に地熱を高くし、少しずつ制作に関わる人を増やしていきたい。
 


2012年5月13日日曜日

7.14さよなら原発アクションat前橋公園

現在、全原発が停止しているが再稼働を模索する動きがある。政府と電力業界を中心にした勢力だが、この動きを封じる行動が必要だ。
 7月16日東京・代々木公園で10万人集会が計画されているが、それを前に、7月14日(土)前橋公園で〈さよなら原発群馬アクション〉を開催する。
今回はコンサート企画が中心となり、「ウッドストック」並みの勢いをつけて、16日の代々木集会へと大挙参加しようとする試みだ。

詳細はこれからだが朝10時から午後4時まで音響使用は可能なので、存分に楽しみたい。

現在までの参加者は、音楽評論家の湯川れい子、ヨガインストラクターの千葉麗子、制服向上委員会5代目リーダーの橋本美香などが決まっている。
勿論、地元バンドがうなりを上げて参加するので楽しみにしている。

2012年5月11日金曜日

正岡子規の終焉の風景に学ぶ・ 安保博史教授

県立女子大の安保教授

第4回の遊学塾は正岡子規の「病牀六尺」の解説だが、いつものように話は逸れ、五木寛之、養老孟司、姜尚中に触れながら、「書けなかったことを書く」までに至る心の葛藤とそれを乗り越えたときの全く新たな感覚・地平を解き明かす。

畢猶(おわりなお)
華の面影 宿すかな (吉野 弘)

高く心を悟りて 俗に帰るべし(松尾芭蕉)

諸事の物に情あり。気をつけていたすべし。
不断の所に むかしより伝ひ残したる情山々あり
                   (芭蕉最晩年の言葉)

安保教授の希望学の神髄に触れるような2時間だった。その評判もあってか貫井町長も参加していた。



2012年5月7日月曜日

だいち君登場 夢に挑戦する若者を応援したい。


小林だいち

小林日出幸さんがCDを2枚持ってきた。「ダンデライオンガール」「黒チョウチョ」「本音~ジャなきゃダメ~」の3曲がはいっているもので歌っている人は長男のだいち君(26才)。


午後は体調管理のため早めに帰り、家で3曲を立て続けに5回ほど聴いた。
いいじゃない。


(心が折れそうな時、今にも泣き出したい時、苦しくて耐えられない時、思い出して・・・。
雨雲がこぼした雨露、 狭い世界で悩みを抱えていることに嫌気が・・・涙に重なり
繰り返し繰り返し繰り返し 回り行くのはどこまで続くの
止まらない日々の時の中で 見つけたものは


 黒チョウチョ FAR AWAY AND IN THE  SKY
I WILL BE THERE  
I WILL BE THERE
I WILL BE THERE
黒チョウチョ FAR  AWAY AND IN THE  SKY
I WILL BE THERE  
I WILL BE THERE
I WILL BE THERE)
【黒チョウチョ】


私はだいち君とは面識はない。小林さんからもそう詳しい事は聞かなかった。何年か音信不通の状態があったのだという。
青春期の親子の葛藤だと理解したい。しかし、数年間、いろんな思いの中、親と連絡を取らずに一途に生き、住処と仲間を見つけ、ここまでこぎ着けた。
 極端な競争社会、御身大切で自分の夢さえ追えない若者がたくさんいる中、だいち君の経験は貴重な人生の糧となって将来きっと活きるだろう。


「夢に挑戦する若者は無条件で応援したい。」これは私の思い。
「ここまで来たらメジャーにしたいよね。」これは父親の想い。
 親の同じ思いが本人にとり、負担になる時期と応援になる時期がある。今がその端境期かもしれない。
いや、いや、日出幸さんこそ、一生夢を追える希有な人です。


 藤橋誠監督からメールが届いた。
玉村町で行われている「水神祭」や「祇園祭」を入れて中編映画製作を企画したいという。
 大崎章監督も玉村町を舞台にした映画を企画しているようだ。
藤橋監督30代、大崎監督やっと50代、まだまだ若い。

 玉村町をいろんな思いの人が縦軸、横軸、縦横無尽にクロスしていると思うと実に面白い。

小・中時代の同級生が集う

玉村町芝根小・中学校の同級生は60人くらいだ。町に残っているのは半数くらいだろうか。身近な友人もこの3月で60才を前に退職した人が何人かいるので、声掛けしたら、9人程集まった。
 風邪も治りきれないなかで、万全の体調ではなかったが、また万全の体調で臨むほどの集まりでもないので、軽い気持ちで会食をした。
場所は使い勝手のいい瞬悠庵、今回は4人の女性同級生が参加したことが特徴で、さまざまな話に花が咲いた。両親がもういない人や介護中の人もいる。「それが終われば俺たちの番だ」が共通の意識なのか、妙に話が合う。
 自分たちの体がまだまだ動く今のうち、久しぶりに同窓会を開こう、という結論になり、木暮博道、新井淳ちゃん、恵子ちゃん、郁代ちゃんあたりに中心になってもらい準備をしようという事になった。


高校の同窓会は3年ごとにしているが来年は「還暦同窓会」、12日には万年幹事として会議を伊勢崎市内の安居酒屋・友栄で開く。
1年に少なくとも2、3回幹事会を開き、幹事でもない連中も入れて飲んでいると、本当の幹事は誰だったか分からなくなり、最後はいつも飲んでいる仲間全員が幹事として責任を取りきるというすばらしい体制が出来ている。


 還暦などという言葉が我々にも当てはまってくるほど遠くへ来てしまったのかとつくづく思う。しかし、全然若いのには自分自身驚く。まだまだ走れるぜ。
 
 フランスの大統領選で現職サルコジ大統領に社会党が勝利した。社会党の勝利というより労働者に一切の犠牲を強いる緊縮財政政策一辺倒のサルコジ政権に否を突き付けたということ。
フランス革命の歴史を持つ国のドラスチックな動きにはいつも注目している。
 日本でも消費税増税などと、大資産家連中をそのままにしておいて苦しむ庶民大衆から一層むしり取ろうという政権に対しては、断固とした対応をとることになるだろう。自民党も民主党も同じだ。
 現在を資本主義の最末期ととらえる立場からすると、これからの展開状況を指をくわえて見ているだけではいられない。

2012年5月4日金曜日

自宅静養の護憲記念日

 毎年の5月3日は護憲集会に行くところだが、風邪気味でもあったので静かに自宅静養、外と一切の連絡を絶った一日だった。
 じっくり寝て休養を取るとかなり回復するのは、まだまだ体が若いからか、それとも風邪が初期のためだったのかはわからないが、回復に向かい大きく好転したことは事実だ。

 護憲派として東京、朝日、読売、上毛4紙を比べると、新聞の姿勢としては東京新聞が断トツだ。
1面に憲法13条(幸福追求権).25条(生存権)をドーンと書き出して、「今こそ憲法の出番」とくる。
幸福追求とはかけ離れた仮設住宅での生活の困難さを訴え、「生命の脅威を排除する観点からは原発は違憲」という法律家の伊藤真の言葉を載せる。
 右に左にウロウロする他紙に比べ、これくらいスッキリした論調の方がいい。


 「この道」を連載し終えた瀬戸内寂聴の話がまたいい。
(昔、瀬戸内が書いた魅力ある女性たちの烈しい生と美しい死をいま一度、今の若い人たちに読んで欲しく、わかりやすく書いた。
 昨年は1911年の大逆事件から100年に当たり、1月18日には判決、それから1週間もたたず、24日と25日に12名が処刑され、世界中の非難を浴びた。
その同じ年に平塚らいてう主宰の女性同人誌「青鞜」が誕生した。
 厚い因習の壁に取り囲まれて自由に勉強もさせてもらえなかった女たちが「青鞜」に結集して因習打破の女性解放運動を開始したのだ。
「新しい女」と揶揄に満ちた男達の嘲笑の的にされつつも、彼女たちは自分たちの生き方を発見し、世間の非難や圧迫などものともしなかった。平塚たちが「青鞜」をつくらなければ女性解放の思想はもっと遅くまで眠らされていただろう。
 そして100年後の現在、日本は最悪の時を迎えている。国民は政府を信用していないし、政府は原発事故の真実を国民に教えない。
 若者達は夢を失い、男たちは草食系とかいって生殖の情熱も失っている。
 女たちは100年前に比べたら信じられないほど自由に見える。しかし、100年前の女たちの真剣な因習との闘いにさえ無知である。
 自由らしく見える外形に比べ、内心のむなしさはどうだろうか。
 マスコミさえ2つの100年前の事件を振り返ろうとさえしないなかで、ならば私が書こう、ということで「この道」を書いた。)


 90歳になる瀬戸内寂聴が経産省前テント広場で原発再稼働阻止に向けハンストを闘っている人たちの応援に駆けつけ、一日ハンストを闘った。
「こんな悪い社会を若者に引き継ぎたくないから」と若者に対する決起を体を張って呼びかけた。



2012年5月2日水曜日

メーデーはどこへ行った

1886年、10時間以上の労働に耐えかねたアメリカの労働者が8時間労働を求めてストライキに決起したのがメーデーの始まり、その後、労働者の国際的連帯日として5月1日はデモンストレーションを含めさまざまな催しが各国で行われてきた。
 そのメーデーですら元気がないのが日本の現状、8時間以上の強労働にさらされ、無権利状態の労働者が山ほど出来てしまったではないか。
 自殺者3万人以上が14年連続などという恥ずべき現状に労働組合は何をしていると言いたい。
新自由主義のなれの果てが今の現実、大資本によりバラバラにされてしまっている労働者の現実、特に若者の行き場のない状況を打破する事が決定的に重要だろう。
このままでは自暴自棄になった社会で事件、事故の増加ばかりが予想される。
疎外された環境から信頼・連帯できる社会ヘ。それは可能だ。

新自由主義を突き破れ。

2012年4月30日月曜日

関越道でのバス事故・「みんな新自由主義のせい」

昨日、関越道で凄惨なバス事故が起きた。午前4時40分頃は人間にとり一際眠い時間帯だ。乗客も運転手も気の毒な限りだ。
 この事故の元凶は「新自由主義社会」にあると断定できる。
とにかく「安さ、早さ、便利さ」の追求だけに世の中が動き、規制緩和の流れの中で安全性が真っ先に犠牲にされ、そこで働く労働者の待遇もカツカツに切り落とされているなかでの予想された事故だ。バスの運転手と我々は「不安定」という意味でつながっている。
これほどの長距離バスに交代要員を配置しなくてもいい、という国交省の指針自体がどうかしている。金儲け一辺倒の財界の手先に成り下がっている。
 私も国会見学のため大型バスを終日借りたことが何度かあるが、総じて11万円程度、こんなに安くて大丈夫、と聞くと、「バスを遊ばせて置くよりはいいですよ」の答えだ。
 規制緩和で中小零細規模の会社までが参入すると、もう生き残りをかけ、何でもありの状況となる。採算度外視での運行も出てくる。当然、社員の待遇が改善されるはずもない。
 これが新自由主義の現実、強い者だけが生き残るジャングルのような社会ができてしまう。その強者とて、回りは敵ばかりで安心などできない最悪の現実を人間社会に適応している。
 利用者も冷静に考えないといけない。安いだけでのバス利用は要注意だ。
この事故の教訓はバス業界だけのことではない。もてはやされている格安ツアー、格安飛行機なども危険が盛りだくさん。
 新自由主義のカラクリ、99㌫の人々から絞れるだけ絞り取ろうという1㌫の連中の悪巧みに、そろそろ気づこうぜ。
 実は99㌫が滅びてしまえば、1㌫の連中も生存できないことを自覚できないほど、彼らは追い込まれているのだ。これ以上、彼らにこの社会の運営を任せ続けることはできない。
 全く違った意味でフランス映画「みんなフィデルのせい」を思い出した。


夜は瞬悠庵で「8月のクリスマス(韓国版)」を観た。グッと来ます。

2012年4月29日日曜日

毛呂先生を見舞ってから上野・浅草界隈を散歩

  




 

浅草寺本堂


浅草寺より見るスカイツリー

浅草寺界隈
 午前中、太田市内にある八休苑に入所している毛呂先生を見舞った。80代半ばなのでどんな調子かと心配しながら尋ねたが、なになに元気な様子で安心した。「こういう所に長くいるとよけい悪くなってしまうので自宅へいつ帰ろうかと考えている」そうだ。「文藝春秋」「脳を活性化させる100の方法」などの本を脇に置き、太田市の広報を読んでいた。
 来年は我々教え子の還暦同窓会だ。そこに小此木智先生ともども来ていただき、「還暦後の生き方」の話しをしてもらう事になっている。「弔辞を頼むよ」なんて言わないで欲しい。

 午後からは連れ合いが友人の結婚式に澁谷に行くので、一緒に来て欲しい、ということで東京行き。披露宴の間、東電OL殺人事件の舞台となった澁谷の丸山町付近を散策、その後、上野に回り浅草寺界隈まで歩き回った。
 下町の活気はいいね。ウィンズの雑踏と道路を隔てた映画館でのヤクザ映画3本立て、ポルノ映画3本立てなどは数十年前を思い出させる。
 昼間から軒下に店や屋台を広げての酒盛りなどを見ていると、お江戸の時代もあんな風だったのではと思えてくる。
 八つぁん、熊さん、花子さんが今に生きている。

2012年4月28日土曜日

白い猫でも黒い猫でも消費増税を阻止する猫はよい猫だ

小沢一郎民主党元代表に対する無罪判決が東京地裁で下された。この件に関してはうんざりと言うしかない。
小沢が好きか嫌いかを争点にして国民を巻き込み、この数年間大々的に繰り広げられてきた大茶番劇でしかない。時間のつぶし方としても最低なやり方と考える。
 自民党幹事長を経て、数々の政党を作っては壊し、生き延びてきた小沢自身が身綺麗な政治家などと考えている人がどれだけいるというのか。その過程で政治の悪の部分を知りすぎてしまった小沢は敵が多すぎるためこのような事態に追い込まれてしまったのだ。


もう裁判について語る気もしないが、裁判員制度導入と同時に改正された検察審査会制度も市民感覚をうたい文句にした一種「魔女狩り」の一面を持つ。
その辺の兄ちゃん、姉ちゃん、おっサン、おばはんをまるで正義を語る資格を持つ裁判官や検察官にでもなった気分にさせる悪趣味を実際にさせてしまっている倒錯の制度で、罪深い制度だ。


 しかし、今、小沢一郎の使い道は極めて重要だ。消費増税に突っ走る野田政権に増税阻止でぶつかっていくその力を持っているからだ。こういう力を現在持っている人物は小沢一郎しかいない。
頼むよ、いっちゃん。形だけ身綺麗で、何も出来ない口先政治家など吹き飛ばせ。


極端な格差社会をそのままにしておいて消費増税などもってのほか、300兆円の内部留保金を持つ大企業から拠出させればいい。


 白い猫でも黒い猫でもネズミをとる猫は良い猫だ、と言った鄧小平の言葉を思い出す。

2012年4月27日金曜日

小林一茶「おらが春」から読み解く窮地の生き方

昨日は午後5時から伊勢崎プラザアリアで司法書士会伊勢崎支部(会員37人)の総会、同じ場所で6時から玉村町管理職の歓送迎会そして6時30分から玉村町文化センターでの安保教授による「小林一茶の人生と文学」の講義というわけで、歓送迎会にはちょっと顔を出す程度だった。


一茶の人生は辛酸を極めていただけにそれは深い味合いがある。
一茶、52才での初めての結婚を「五十聟(むこ)天窓をかくす扇かな」と照れも含めて歌を詠む。そして54才の時生まれた長女さとをはじめ4人の子を持つがいずれも病気や事故で早世、加えて妻菊までもが37才の若さで死んでしまう。
そのような中で書かれたのが「おらが春」1819年元旦から歳末に至る1年間の日記体文集で、当時一茶57才、長女さとは愛らしく彼の生涯のうちで最も幸福な時だった。そのさとが同年6月病気で死んでしまう。
「露の世は露の世ながらさりながら」「目出度さもちう位也おらが春」となり最後は「ともかくもあなた任せのとしの春」という句で結ぶ。
この「あなた任せ」の意味を安保教授は、「一茶は誹諧を通して自ら言い聞かせ、励まし、立ち上がろうとしている人生の達人の業」と説明する。


(青春が幸福に値するのは美しいものを見る能力を備えているからだ。この能力が失われると、慰めのない老年と凋落、つまり不幸が始まる。美しいものを見る能力を保っていれば、人生は老いない。)の言葉をヤノーホ「カフカとの対話から引用する。この調子だから、いつも満員の盛況。

2012年4月23日月曜日

こういう機会がないとなかなか行きません。多胡碑と鼻高台

 大学時代の学友が大挙群馬に結集し勢いよく・・・、と言いたいが数人とは寂しい限り。秋山局長と私、群馬の宴会幹事としては今回は失敗だった。しかし、せっかく横浜から来てくれた鷲巣君には真心込めての接待で、来なかった連中の鼻をあかしたつもりだ。新緑の群馬はエエド、エエド。
土曜日は秋山局長の軽自動車に長身の鷲巣が体を折り曲げるようにして乗り込み、妙義山を案内、しかし霧にむせぶ観光だった。夜は少人数でなければ出来ない有意義なひとときを送り、そして日曜日。
 高崎市内の鼻高展望花の丘に行き、菜の花エコプロジェクトを推進しているNPO法人の代表からの説明を受けながら花咲く一帯を散歩、各人の住む地域づくりの参考になるひとときだった。 その後、吉井町の多胡碑まで行き、古代朝鮮と日本の関係を改めて考えさせられた。朝鮮からの渡来人なくして古代日本の進歩発展はなかった。その渡来人は朝鮮に帰った訳ではないから、今の日本人は当時日本に生きていた人々と渡来人(朝鮮人)の末裔といえる。朝鮮人差別はご先祖様に対し唾を吐くようなものだ。 おおらかな時代に想いを馳せ、これからも生きていこう。


鷲巣君と別れた後、夕方からは高崎市内で角倉邦良県議の県政報告会。予定していた細野環境大臣は急遽、公用のため来れなかったが、角倉県議の政治活動を後押ししようと大勢が参加した。群馬の県議の中でも行動力と中央政界の主要人物との人間関係の太さはピカ一だ。顔の広さもさることながら、キチンと庶民の気分を掴み、行動しているところがいい。
八ツ場ダムの問題や脱原発に関しての動きは高評価だ。

2012年4月21日土曜日

「記憶、反省そして友好」の追悼碑前での追悼集会

 戦前、日本が行った朝鮮人に対する強制連行と強制労働に対し、猪上さんたち有志が懸命の努力で建てた「記憶、反省そして友好」の追悼碑前での9回目の追悼集会が行われた。
高崎市岩鼻町の「群馬の森」の中にある碑は、曇ってはいたが、新緑の森の中、くっきりと映えていた。
私自身、この集会に参加し始めてもう5回目になるだろうか。
角田義一さんや在日韓国、朝鮮人、群馬朝鮮初中級学校の生徒、支援の日本人総勢100人を越える人たちが集まった。国労高崎唐沢書記長、角倉邦良県議も参加していた。角倉とはこの1週間で3度目だ。明日も会わなくっちゃ。
 日本は侵略戦争と植民地政策という戦前の過ちを二度と繰り返さないということ、当時の軍隊内慰安婦問題を認め、謝罪と賠償をキチンと行い、未来に向けた友好関係を構築しなければならない。それは被害者側の思いを理解してはじめてこの問題は解決に向かう。加害者側が勝手に矮小化してはいけない。
 日朝関係の改善は野田政権のもとでは何の進展も期待できない状況だからこそ、草の根民衆のこうした交流がどうしても必要なのだ。


 同じ時間、玉村町勤労者センターで行われた「玉村町再生可能エネルギー研究会」の発足集会には1時間ほど遅れて参加した。こちらも脱原発社会を目指す運動体になることを期待したい

2012年4月20日金曜日

木嶋佳苗と渡辺泰子

13日、首都圏連続不審死事件で、百日に及んだ裁判員裁判の結果、木嶋佳苗に死刑判決が言い渡された。
 私はそもそも裁判員制度に関しては一貫して反対しているがここではそれには触れない。
 この裁判の特徴は、直接証拠がないなかで、極めて怪しいという状況証拠の積み重ねで死刑判決に至ったということ。和歌山毒入りカレー事件の林真須美の判決と同じだ。< 死刑の重みから考えると、いかにあっても状況証拠だけでの死刑判決はいけない。


この事件と裁判の特徴は「カナエギャル」と言われるほど女性傍聴者が多かったこと。20代後半から50代くらいの女性がこの事件に大きな関心を持ったということだろう。
東電OL殺人事件の渡辺泰子の場合もそうだった。
 木嶋にとって男は金づるでしかなく、愛されようとか結婚とかは考えもしない。
渡辺の生き方も徹底的に自分の体と精神を貶め、何の迷いもなく奈落の底へ向かうその「見事さ」に女性達は、木嶋佳苗、渡辺泰子はもしかしたら別の自分かもしれない、と直感したのかもしれない。
 現代の「愛情で結ばれる男女」という表面上の幻想世界を徹底的に破壊し尽くすそのすさまじさに、同性として、反感と共感を覚えているのだろう。
男と女にとり、「女にだまされた」「男にだまされた」そしてそれを煽る周囲の人間の存在という話は古今東西山ほどある。
 男と女は欲望のぶつけ合い、くんずほぐれつの関係でここまでたどり着いた。それが人類史の一面だ。決定的な事件を回避する能力を発揮してここまできたのだ。回避に失敗するとこのようなことになる。
 誰もが持ち合わせている善と悪、美と醜を見事に露わにし、上っ面だけの現代社会を吹っ飛ばした女性と言えるだろう。

2012年4月18日水曜日

一粒の麦、地に落ちなば(求道の人 角田儀平治)上映会











見応えのある作品だった。
群馬県民会館大ホールでの上映会には多くの参加者があった。連合群馬関係者が駐車場係をし、また角田さんなんかの選挙に出るのかいな、と思えるほどの熱気があった。角田義一さんの人気もあるが、やはり激動の時代を真っ直ぐ生ききった父・儀平治先生への思いが強くあるのだろう。
 観る前は、息子(角田義一さん)が作った父親の映画ということで、甘い評価をしていたが、いやいやすごく良い内容だった。群馬県の歴史の一時期を明確に描いていて歴史的作品といっていい。
 儀平治さんは戦前、侵略戦争に反対して治安維持法により逮捕されるが、その背景にも触れ、戦後の妙義山の米軍演習場建設反対運動を猪上輝雄さんに語ってもらっているなどドキュメンタリー仕立ての作品になっている。
 群馬県知事選出馬、連合赤軍事件の森恒夫、永田洋子の弁護士を受けた心境なども出てくる。
「日本国憲法は法律用語で書かれた福音書」という言葉は印象的だ。

 当時、高崎経済大学で「圧殺の森」を闘った元学生たちの顔もあり、塚越紀一さんや小川晶さんなど多彩な参加者の姿もあった。
  
 次回は5月24日(木)午後6時~高崎シテイーギャラリーで上映される。

2012年4月17日火曜日

原発の全停止は国の集団自殺か。

仙谷由人民主党政調会長代行が講演の中で「原発を止めた場合、経済と生活がどうなるか考えておかなければ、日本がある意味で集団自殺をするようなことになってしまうのでは」と発言した。
 野田政権は、原発推進、原発輸出を未だ追求している。その立場からすると、この夏、原発なしで電力供給が間にあってしまうと、原発は本当に不要なものとなってしまうので、しゃにむに再稼働させて、原発の不可欠性を国民に浸透させようとしている。
しかし、今求められているのは、原発事故対応だろうに。それがなされもしないうちに再稼働し、また事故が起きたらもうアウトだろう。深刻さが感じられない。
 仙谷由人はすでに弱者の味方なのではなく、財界ブルジョワジーの手先になり、福島原発事故により地域が崩壊しようが、日本全体の経済を考えれば原発による電力の安定供給が優先すると言い切るまでに落ちぶれてしまった。
 まさに原発事故被害者と被災地域を切り捨てても経済を優先することをあけすけに主張する姿は、痛ましいばかりだ。
 原発事故収束に向け、危険覚悟で日夜働き詰めの原発労働者のことなど全く眼中にないその姿勢が許せない。
 地震の活動期と合わせ、放射性廃棄物の最終処分についても全く展望すらない無責任な状況での原発維持推進は正気の沙汰とは思えない。
 日本列島を取り巻く形での54基の原発の配置こそが、国の集団自殺装置にさえ見えてくる。

2012年4月16日月曜日

安保博史教授の話す与謝蕪村論は深い

第2回目の玉村遊学塾は与謝蕪村篇、1716年摂津国東成郡毛馬村(大阪市都島区毛馬村)に生まれた蕪村は、親の愛情から隔てられた環境にあったためか、十代後半、毛馬村を出郷、死ぬまで帰郷しなかった。

 春の海ひねもすのたりのたりかな 

離郷数十年間、蕪村は自分の故郷や父母兄弟のことを封印し語らなかった。「書けない」「書いてはならない」過去の事実が、彼をきつく縛っていた。
 しかし、老境に入った蕪村は故郷への封印を解くように郷愁と孤独、表裏する心情を描いた。

 花茨故郷の路に似たるかな(59歳)
 かなしさや釣の糸ふく秋の風(59歳)
 去年より又さびしいひぞ秋の暮(61歳)

その蕪村が62歳の時、帰郷する若い女になりかわり書いたのが「春風馬堤ノ曲」18曲。
 春風や堤長うして家遠し
 むかしむかししきりにおもふ慈母の恩
 矯首はじめて見る故園の家黄昏 戸に寄る白髪の人弟を抱き我を待つ春又春 等々。

 蕪村は「しら梅に明くる夜ばかりとなりにけり」の句を最後に1783年2月25日、「眠れるごとく臨終正念にして、めでたき往生を遂げた」。享年68歳。

 その蕪村が我が友と認めたのが出生に秘密を持つ上田秋成、そして安保先生の話は現代に続く。芥川龍之介の人となりを紹介し、「点鬼簿」「或る阿呆の一生」「河童」の意味を話す。
 いかにも授業をしているようで、途中、文章を読みながら「はい、ここは赤線ですねえ、ここは傍線」などと言ってくれるから大学の講義を聴いているようだ。
 藤沢周平「半生の記」から弱者を見る眼、死と再生を語り、ニートの若者の大量発生(85万人)の現状に対し、「希望学」の提示までする2時間あまりの講演はなかなか深みがある。
 
それにしても、かなりの資料を頂いた。一晩では読み切れないが、なんとしても読み込みたい資料だ。全く贅沢なひとときを頂いた。

 次回は26日午後6時30分から玉村町文化センター研修室3にて、また行きますよ。

2012年4月15日日曜日

原発の再稼働はないでしょう、野田政権

関西電力大飯原発3.4号機(福井県おおい町)を巡り、野田政権は再稼働が妥当と判断した。
 民主党政府は福島原発事故で現地がどのような状態なのか理解しようとしないようだ。収束から廃炉まで今後どれだけの困難が伴うかを考えたとき、全く無責任な対応だ。
福島の広範な地域が途方に暮れているというのに、電力推進派、電力供給側の意向に沿う形でしか政権運営できないとはあきれ果てる。一体誰の代表なんだ。人民大衆の命はどうなってもいいのか。
 又、現在の経済困難な状況での消費増税などもってのほかだ。
300兆円にも及ぶ大企業の内部留保金から一部をはき出させる制度に転換すれば、消費増税など要らないし、また経済循環もよくなる。極端に所得が減っている中での増税など愚の骨頂だ。
 この体たらくでは維新勢力に取って代わられてしまいかねない。
民主、自民、維新、危なっかしさはどっちもどっちなので弱ったもんだ。
 全く逆側からの政治勢力の登場が求められているといえる。呑気に枯れていられない。

2012年4月13日金曜日

満開の桜のもと、諸行無常の響きあり

散歩コース東部スポーツ広場の桜も満開ということで仕事に行く前、カメラ持参で利根川沿いの公園を歩いていると、二人連れがこちらの方に来る。
今年還暦の先輩同業者夫妻だった。仕事前に夫婦で桜見物とは粋なこと。
で、「お互いもう退職年齢ですねえ」と切り出すと、それは誰も同感なのだろう。同級生の兄が倒れた、また他の彼が病気でかなりやせちゃった、などと健康問題に話の傾向がいってしまう。

 ほんの一時の満開桜はもう散り始めている。
 散る桜、残る桜も散る桜、などと感慨深くなってしまうと生きる積極性が萎えてしまいそうになる。いつか萎えてくるのも自然なものとしても、もうちょっとギラギラで生きていたい。
「ザッツ・エンタテイメント」で夢のような演技をしている役者達も今はいない。
「無言歌」で描かれている中国1960年、文化大革命の前に右派として歴史に飲み込まれた名もなき民も今はいない。
 あがいてみてもはかない、はかない。
〈願わくば花の下にて春死なむ その如月の望月のころ〉西行法師

 満開桜の散る姿 諸行無常の響きあり



2012年4月11日水曜日

ヒマラヤ杉の伐採に向けての神事

もう50年は経っているのだろうか。
母親宅の出入り口の真ん中に位置してしまったヒマラヤ杉を切り倒すことを母親をはじめ圧倒的多数の親族(何人もいないが)が主張していた。
 守旧派の私は、父親の植えたものでもあり、出入りに注意をすることになるので、むしろそのままにしておいた方がいいと主張していたが、とうとう母親の死去を期に切ることになった。
 依頼した五料産業の土田社長が「お払いをした方がいいですよ」と言い出した。何かあると困るから、ということだが、普段は無神論者然とした彼が言うのだから何か思いがあるのだろうと、いざ玉村八幡宮の宮司にお払いを頼むに至った。
 確かに50年もおつきあいしてきた大杉の命を絶えさせるのだがら、惜別の思いを大杉に伝えたい、というわけで気心の知れた梅林宮司の登場となった。
 午前8時から、かしこみ、かしこみ、と懇ろにお払いを頂き、我が家と五料産業の無事を祈って頂いた。
 もうすぐあのヒマラヤ杉の姿がなくなると思うと寂しい思いだ。
一方、出入りの際、この杉の木に車を接触させた人が結構いたことも事実だ。
 最後の被害者が神主さんになるとは、神も仏もありゃしねえ。一寸先は闇だねえ。

 吉田拓郎の曲の一節を思い出す。
「これこそはと信じれるものがこの世にあるだろうか、信じるものがあったとしても信じないそぶり」

2012年4月10日火曜日

新年度がいよいよスタート、そして朝鮮の衛星打ち上げ

昨日、小学校、中学校の入学式が終了、学校現場でもいよいよ新年度が始まった。
子どもたちが生き生きと学べる環境を是非ともつくっていきたい。
それには、教員が生き生きしている必要があるが、どう見ても萎縮しているように見えてならない。規律重視の教育なんて吹き飛ばせ。

 在日朝鮮人の友人から電話があった。明日から2週間ほど共和国へ行く、という。
土産は成田空港で没収されるおそれがあるので、帰ったら土産話をしてくれるそうだ。
 考えてみれば、朝鮮にとっては今は「慶事」なのだ。
人工衛星だかミサイルだか知らないが、お祝いの意味も含めて打ち上げるということだろう。
 日本国内ではまるで戦争でも起きるかのように政府、マスコミが騒ぎ立てている。
3年前もそうだった。
 日本社会の原発事故、大失業と格差社会、そして大増税への怒りの矛先を外のそれも小国の北朝鮮へと向けさせようとしている企みを見破る必要がある。
もう2度と戦争への道は拒否するぜ。

 歴史的に大国支配の犠牲となってきた朝鮮は、特に植民地支配を受けた日本をはじめ、直接交戦したアメリカ、韓国からの政治的、軍事的圧力に対しては決して譲歩しない。

 1回目は津軽海峡上空(1998年8月)、2回目は日本海北方上空を通過(2009年4月)、いずれもどこの国にも属さない公海上空だ。今回は黄海から東シナ海上空を通過するとされ、周辺諸国の安全に配慮している。
 韓国が2009年8月と2010年6月に打ち上げた人工衛星(いずれも失敗)は東シナ海の北方を軌道としており、今回の打ち上げ予定軌道とほとんど同じだ。
そのとき、日本政府は韓国政府に対し、打ち上げ中止を要求せず、ミサイル撃墜態勢も取らなかった。

 朝鮮との関係で、お互いの目線を合わせての対話ができない事態になってしまった原因は、歴史的に見て日本にあると考える。これを打開することに力を割くべきだ。
 朝鮮の人工衛星打ち上げを、国内的な戦争準備の具にされたのではたまらない。
 衛星を花火にしてもらえればそれに越したことはないが、とにかく打ち上げが成功裏に終わることを願うのみだ。

2012年4月9日月曜日

高崎映画祭終わる

65本の映画を一挙上映するのだから相当なエネルギーを要する事は事実だ。
作品もいろんな観点から選ばれているので好評なようだ。
かなりの人数の常連もいるようで彼ら彼女らと会うだけでも、また1年をそれぞれの形で生きてきたことを確認できる。
「歴史は女で作られる」は全く手の込んだ作品で、1度くらいでは消化出来ない。
高崎という身近なところで普段観ることのできないこれだけの作品を鑑賞出来るだけでも有り難いこと。
関係者には頭が下がる思いだ。
結果16作品を観る事が出来た。

午後からは、玉村町文化センターでアクテイブシニア遊学塾、県立女子大安保博史教授の「俳句で学ぶ人生の生き方・感じ方」と題しての全4回の講演の1回目。
最初は松尾芭蕉だ。
   山路きて何やらゆかしすみれ草 芭蕉

 (諸事のものに情あり。気をつけていたすべし。不断のところに昔より伝い残したる情山々あり。)
芭蕉、最晩年の言葉
 ゆえに、不断の所(日常)こそ感動の宝の山なのです、とこうなる。

第2回 4月15日(日)午後2時から4時まで 蕪村「春風馬堤曲」を読む

第3回 4月26日(木)午後6時30分から8時30分
一茶「おらが春」を読む

第4回 5月10日(木)午後6時30分から8時30分
  子規と報国

 いづれも玉村町文化センター研修室3

2012年4月8日日曜日

土曜日は一日中、高崎映画祭

高崎映画祭、「竜馬暗殺」「われに撃つ用意あり」「黄色い星の子供たち」「サイタマノラッパー」の4本立てを午前10時から午後9時までかけて観たが2本目は半分ほど眠ってしまった。
8時間以上座っているのだから結構体力もいる。

「黄色い星の子供たち」は1942年の実話をもとにした映画。
ナチスによるパリ市内でのユダヤ人の大量検挙と大量虐殺への過程を、それに協力する当時のフランス政府と警察を合わせ登場させ描いていく。
「未来ある子どもたちこそ消せ」とはヒトラーの方針、ひどいものだが、ナチスによるユダヤ人狩りからユダヤ人を守り抜いたフランス人もたくさんいたことも描いている。
 このような映画がいくつも作られていることはさすがヨーロッパという感じだ。
ナチスの罪を忘れてはいけない、繰り返してはいけない、という強い意志が社会に通底しているのだろう。
 そこへいくと我が日本、「南京大虐殺はなかった」などということに対して学者やメデイアがキチンと反論し切れていない。
「大虐殺の事実は学問的に確定していることだから言わしておけばいい」という姿勢ではいけない。
悪質な保守派は学問、学者さえ侮辱の対象とし(橋下市長の発言をみればよくわかる)、一般大衆の意識を獲得できればいいというファシズム運動として展開してくる。
だから日本帝国主義の蛮行を徹底批判する映画が作れない。
やはり革命を経験していない社会の不完全さなのだろうか。
批判が天皇制まで届かないのだ。へなへなになってしまう姿がわびしい。

 昼は近くの広場での春まつりの会場でタイ料理を食べたが、風が強く、売り上げは期待できないようだ。しかし、映画祭と相まって、花見をしながら色んな店で賑わう広場での一日もいい。

 帰りがけにメールが鳴った。「あなたの車、駐車場で見たよ。高崎で映画終わったら店に来てください」とは中国スナックの娘さん、さすが目がはやい。
 当方としては獲得目標がないので、年に一度くらいでいいでしょう。

2012年4月6日金曜日

高崎映画祭「しゃんしゃんしゃんしゃしゃしゃんしゃん」と鬼ロック











鬼石町の魅力を引き出したい、との思いで製作された藤橋誠監督作品「しゃんしゃんしゃんしゃしゃしゃんしゃん」の上映が高崎シテイーギャラリーで行われた。
 群馬県民を対象にしたオーデイションで出演者を決定、「まち映画」の旗手として人気の高い藤橋誠監督が2年かけて制作したものだが、鬼石商工会なども力を入れ、鬼石の町おこしの起爆剤としての映画でもある。
 その映画が高崎映画祭の期間中、藤岡市のみかぼ未来館と高崎シテイーギャラリーの2会場で上映された。
さすが志尾さんの目の付けどころはいい。
 私自身、2度目の鑑賞だが、1度目とはまた違う観点から観ることが出来た味合い深い青春映画だ。
主題歌「鬼ロック」を作ったRaiji &Chipsのコンサート付きというのもよかった。
本当、音楽も含めこの映画いけるよ。Uチューブで鬼ロックは聴ける。
 
 当然、秋山局長も参加となれば、「鬼石町の町おこしの映画を上映してくれた高崎市に礼を尽くしたい。」ということで夜の柳川町に流れ込む。
 1年ぶりの中国スナックだが客はひとりだけという状況に歓迎を受け、そこはお人好しな関口ケアセンターを入れた3人組、「私の誕生日がもうすぐだから、ワインで祝ってくれる」と言われれば「いいよ、いいよ」で夜も更けた。

 今日は風も強く寒い中、昭和村の議会議員全員とゴルフとグランドゴルフでの交流会、昭和村からは副村長他幹部職員も参加した。
 打ち上げの懇親会も終わり帰ろうとする昭和村の幹部からそっと一言、「石川さんのブログ拝見しています」と。
  思いを共有してくれる人が少なからずいると思うと益々自由に生きちゃうぜ。

 【汝の道を行け、そして人にはその言うに任せろ】

明日は9時から群馬会館で〈原発を考える連続学習会〉
 「福島の子どもたちと医療。内部被曝・低線量被曝」と題し田島さんの他館林厚生病院医師の布施幸彦さんも講演する。

2012年4月5日木曜日

一粒の麦、地に落ちなばー求道の人 角田儀平治











角田義一さんの父親・角田儀平治先生の人生が映画化された。
治安維持法で検挙されるなどの困難を乗り越えて、キリスト者として民衆に尽くす一生を描いたもので、大いに見応えある作品になっていると角田義一さんは訴える。
 当時、国家総力戦の名の下に軍事化した時代を、若き儀平治は、労働者、朝鮮人など社会的弱者のために、布施辰治弁護士らとともに合法・非合法の両面にわたり救援活動を続けていた。
鉄と火の厳しい時代を民衆とともに生きた姿が映像でよみがえる。
 角田儀平治先生が追求した社会とは裏腹になっている今日だからこそ、私たちはこの映画を観て、もう一度生きるということを再考する機会とすべきだろう。

 企画・制作 角田義一 監督・脚本 池田博穂 主演は真延心得

 4月17日(火)午後6時 ベイシアホール(県民会館)小ホール
 5月24日(木)高崎シテイギャラリー内コアホール
  チケットは1000円
  問い合わせ 角田義一法律事務所 027.234.2321
 
昨日の高崎映画祭上映作品「ヤクザガール 二代目は10歳」は楽しめた。こういうのもいいよね。

2012年4月4日水曜日

したたかにしなやかに抵抗の日々

「したたかに しなやかに」とはかつて佐高信さんから本にサインして頂いた時の言葉だ。
今日一日の予定を記す。
年のせいだろうか、最近は朝も早く起きてしまい、6時前から約一時間利根川沿いを散歩する。今年は寒さのため、桜のつぼみもまだ固く、花が咲くのはいつになるやらと言ったところ。
 新聞は読売、朝日、上毛、東京を読む。その都度、読売、朝日は断っているのだが、販売所側も何とか継続を、と品物攻勢をかけ、連れ合いのせいにしては悪いが断れなくなってしまっている。では少しでもまともな東京新聞も、ということで4紙購読。つきあいで赤旗新聞も見ているので朝は忙しい。聖教新聞も何回かつきあいをしたが、性に合わないので1月も購読しなかった。

 東京新聞で「この道」と題する瀬戸内寂聴の連載が載っているがこれを楽しみに読んでいる。大杉栄と伊藤野枝を中心に綴っているのだが、非常に興味深い。
大杉とともに28歳で憲兵大尉甘粕に虐殺されるというすさまじい野枝の死に方に瀬戸内は強く惹かれたという。青鞜の時代から書き綴る。
大杉は当時「フリーラブ」を実践したのだから、あきれるというか、すごいというか、並みの人物ではなかったようだ。
 大逆事件の際、大杉は獄中にいたので難を逃れた。外にいたなら必ずや大逆事件の渦に巻き込まれていたであろう人物、いずれじっくり彼の生き方を読んでみたい。

朝日新聞には、大阪府立和泉高校の卒業式の記事が載る。教頭が壇上と逆方向の教職員席を向き君が代を教職員が歌っているか口の動きを監視しているのだという。
国家に従順で忠実な教職員がどんな教育をしてしまったかは、戦前の軍国主義教育をみれば明らかなはずだ。色んな教職員がいることが社会の縮図である教育現場としてふさわしい。
 教育現場が調教の場と化さないためにも教育現場に余裕をと叫びたい。

昨日、角田義一弁護士から電話があり、父・角田儀平治先生の映画のチケットの件で午前中にお邪魔する。
儀平治先生のスケールは悪いけど角田義一さんを凌いでいる。
現実に儀平治先生を知っている者として上映会の成功に少しでも役立ちたいと思う。
 その後、平和運動センターに行き、5月3日の憲法意見広告への名簿を提出、その足で、4月21日午前10時から群馬の森の中にある「記憶、反省、そして友好」の追悼碑前での第9回追悼集会への参加手続きをする。

 夜は佳境に入る高崎映画祭へ。
したたかに、しなやかに抵抗の日々です。

2012年4月2日月曜日

連合伊勢崎地協20周年記念「尾木直樹の講演会」はさすがによかった。


 








テレビのクイズ番組で高校生達が「月にある山で一番高い山の名前は?」という問いに正解を出す場面を見て、会場は驚きのどよめきだったが、これではダメだ、と確信したのが尾木さん。
暗記ばかりの勉強ではこれからの時代に対応できないと考えているからだ。
ハートと洞察力を深める教育への転換を訴えた。
 昨年パナソニックの採用が840人でそのうち海外からの留学生の占める割合がなんと80㌫だったという。
勉強の内容と仕方が日本と違う。嫌々、暗記することを勉強と勘違いさせられている日本の教育の実態では、想像力も洞察力も育たないから、国際社会で通用しないと見なされてしまうからだ。
 柔らかい口調だが、内容はさすがによかった。
五十嵐伊勢崎市長、貫井玉村町長も参加した。
夕方からはプラザアリアで賑やかに20周年記念祝賀会。

 午前は、シネマテーク高崎で「東日本大震災 東北朝鮮学校の記録」を観る。
地震で使用できなくなってしまった校舎。
保護者と学校関係者は自分の食事を一日二食にして近在の日本人学校や避難所へおにぎりなどの支援をする。
しかし給水車さえ朝鮮学校には来ない。結局、全国の在日同胞の支援で生き延びて行く姿が描かれている。
 宮城県知事は、昨年は人道的配慮から朝鮮学校への補助金は出したが、今年からは、朝鮮半島の政治状況と県民感情に配慮して、朝鮮学校への補助金は出さない、とした。
 なんと言うこと、これでは朝鮮学校は人質ではないか。この程度の感性しかもてない日本人では恥ずかしい。子どもたちを等しく扱わなければならない。その先頭に知事は立つべきものと考えるが、まるでなっていない。それに異をとなえない国内世論も問題だ。
そのようなことだから、教育もどんどん形骸化し、真っ当な人間教育から離れたものになってしまう。
 尾木さんの指摘したことは社会全体の有り様への問題提起として受け止めるべきと考える。

2012年3月29日木曜日

人と引き合わせる映画祭

上映まで1時間程余裕があったので、近くの鳥久で焼き鳥でも、と入口に近づくと自転車が止まり、顔を合わせることになったのが手川さん。偶然もいいとこだが、元気な様子には安心した。
今、埼玉県内の法務局に勤務している。結構、この店に来ているというからまた驚いた。30分程焼き鳥をつまみながらの四方山話しは楽しかったねえ。
 帰った後、店のマスター、「色んな話はするけど、名前は知らなかった」とか。それでいいのだ。
こんな劇的な出会いを女性としたいものだ、と思いながらシネマテークに入ると、中国人女子学生の趙さんとバッタリ。
昨年、彼女は是枝監督の作品「奇跡」の上映会の時、内容のしっかりした質問を監督にしていたので覚えている。
22才の女性との「劇的な出会い」というわけでもないので、受付にいるもてそうもない草食系の青木君、土田君を入れて人生のハッタリ講義でもしようか。
 さて「まなざしの旅・土本典昭と大津幸四郎」はよかった。まなざしのあり方を問い続けたふたりはどのような姿勢で現実に向かい合い、作品に落としてきたかを見事に描いている。
高崎経済大学の闘争を描いた「圧殺の森」や「パルチザン前史」での滝田修、三里塚闘争、水俣病への姿勢まで紹介する。
その筋の人には必見の作品。
 30日(金)午後6時からシネマテーク高崎で最後の上映がある。

2012年3月28日水曜日

「フクシマと人間の復興」と題し、司法書士会伊勢崎支部研修会

島田貞夫会員とは長いつきあいだが、最近ご無沙汰していた。
その島田さんが中心となって群馬司法書士会新聞の震災対策特別号をつくっている。
この間の経緯を含めた意義を伊勢崎支部研修会のテーマとした。
 島田さん自身10回以上現地訪問し、とにかく被災者の話を聞くこと、決して相談にのってやるなどという傲慢な姿勢を見せたら、すぐ見破られ、帰ってくれということになる、という話から始まり、被災者の置かれている厳しい状況を群馬の人も共有する必要があるのではないかとの意識から、特別号を作製している、そして原発に対する根底的な批判へと進めた。
 島田さんが、昨年の夏の昼先、仮設住宅を訪ねると、数人が木陰に集まっていた。
木陰といってもひどく暑いので、仮設住宅に入っていればいいのに、と言うと、住宅の中は直射日光で屋根が焼けエアコンも効かないくらいの暑さでとても入ってはいられないとのこと。
 避難所での生活には費用はかからないが、二次避難所としての仮設住宅での生活は、室内使用料はないが、その他の費用は基本的に自己負担ということもあり、どうしても節約傾向になる。
肝心な情報不足が一番の悩みということで、群馬会が被災者とともにつくり出したのがこの特別号シリーズ。群馬から6000部を仮設住宅へ送っている。
 伊勢崎支部の会員もこの運動に参加している。司法書士業務の他にこのような活動も精力的に行う島田先輩を中心とした若い会員の意気込みに頭が下がる思いだ。
 私が「福島に診療所を作るという運動をしている」というと「住民を被曝の実験台にするような診療所はダメだよ」と言われた。
 まさにその通り、福島の子どもたちを放射能から守り、心と健康の拠り所となる診療所こそが求められている。
 小林悟会員も元気な姿を見せ島田さんを激励した。

2012年3月26日月曜日

高崎映画祭始まる











最優秀作品賞「サウダーヂ」は荒んだ地域社を見事に描ききり、現代社会への問いかけをした作品。
富田克也監督は大泉町に立ち寄り、ブラジル人社会を取材したこともあり、それをひとつの素材にしたという。
 夜のパーテイーに出席したが、富岡高崎市長、松浦前市長等大勢参加するなか、秋山局長、土田文月といった面々もそろい、にぎやかなひとときだった。
 31日には午後7時から、みかぼ未来館で、鬼石町をテーマにした「しゃんしゃんしゃんしゃしゃしゃんしゃん」が上映される。
 さて、何本観ることができるか。

2012年3月24日土曜日

俳句で学ぶ人生の生き方・感じ方

群馬県立女子大学教授安保博史先生の講演会が4回にわたって開かれる。
関心ある人にとり大変有意義なひとときになること間違いなし。
第1回 4月8日(日)午後2時~4時(芭蕉に学ぶ)
第2回 4月15日(日)午後2時~4時(蕪村・春風馬堤曲を読む)
第3回 4月26日(木)午後6時30分~8時30分(一茶・おらが春を読む)
第4回 5月10日(木)午後6時30分~8時30分(子規と報告-生きるとは詠むこと)
(いずれも玉村町文化センター研修室3)

「芭蕉の句碑を訪ねて」という主冊子を入手した。
俳句のふるさと伊勢崎/玉村を副題とする安保先生監修の本で、群馬県には一度も足を踏み入れたことのない芭蕉だったが、芭蕉ゆかりの石碑の分布は全国で長野県に次いで多いという。
当時の俳諧文化の広がりを示すバロメーターと言えると指摘する。

例えば、
山里は 万歳遅し うめの花
(山里には新年を祝う万歳の到来も遅い。正月も半ば、梅の花盛りのころになって、やって来たよ。)
石碑の場所は伊勢崎市市場町1丁目 渡辺邸内といった調子で23カ所を紹介する。

今日から第26回高崎映画祭が始まった。「東京公園」「軽蔑」の2作品を観たが、会場にはお馴染みの顔ぶれもあり、春が来たな、という感じだ。4月8日まで。

2012年3月22日木曜日

連合伊勢崎地協主催「尾木直樹講演会」のお知らせ

4月1日、連合伊勢崎地域協議会20周年記念講演会として、教育評論家の尾木直樹さんが講演する。
「家庭・学校・地域における教育の大切さ」と題して講演するが、尾木さんは最近には珍しい真っ当な人なので講演を楽しみにしている。
 尾木さんはこれまでもまともな事を主張してきたが、社会の中でなかなか受け入れられてこなかった面がある。
それが「尾木ママ」とあだ名されるようになると、爆発的人気となり、主張も聞き入れる人が多くなるという現象もおかしいが、ともあれ尾木さんの考え方に共感を持つ人が増えることは良しとすべきだろう。
 新自由主義に対峙している姿勢がいい。
しかし、世の人々、各方の考え方をキチンともって欲しい。小泉純一郎や橋下徹の無責任なハッタリにだまされているようではお先真っ暗。

 4月1日(日)(午後1時45分~3時30分)
 場所 伊勢崎市境総合文化センター大ホール
    伊勢崎市境木島818

2012年3月21日水曜日

岩倉自然公園(水辺の森公園)の清掃、花植え



玉村町角渕地区にある岩倉自然公園(水辺の森公園)の清掃と彼岸花の植え変えが行われた。
町にある他の公園と違い、ここは自然公園なので、それなりの味わいがあるはずなのだが、今ひとつぱっとしない、ということで、「協働の町づくり」の一環として今後、盛り上げていこうということになった。夏にはコンサートも企てるそうだ。
町長はじめ60人程の人が参加した。
 森の中の散歩は贅沢だと思うけど、人がなかなか行かない。
ひと工夫すればいいものになるはずだ。南を流れる烏川との兼ね合いもいい景観地でもあるのだから。

彼岸の一日、藤岡、伊勢崎、前橋の3病院に見舞いに行った。みんなお世話になっている人だけに、何とか元気になって退院して欲しい。

2012年3月17日土曜日

教育現場を一色に染め上げてはいけない。

卒業式のシーズンだ。ほのぼのとしたものにしたいが、国旗・国歌の起立斉唱の強制をめぐりこの季節になると、私自身ストレスが溜まる。
日本国民なら国旗・国歌に敬意を払うのは当然だ、との声が一際大きく聞こえる。
大阪府では、管理職が起立した教員が歌っているか口の動きまで点検し、口が動いてなければ処分するという。
これではナチス時代の血の強制と同じではないか。
教員の内心の自由にまで踏み込んでは、将来、ろくなことにならない。

はて、日の丸、君が代により日本人がどれほど痛めつけられ、また他国の人々を痛めつけてきたか、少しでも思い出した方がいい。
天皇の赤子として、日の丸の旗に「武運長久」などと寄せ書きされ、「戦って来い、死んで帰って来い」と送り出された戦争が、終わってみれば祖国防衛どころかアジアへの取り返しのつかない侵略戦争だったことは周知の事実。政府見解もそうだ。
戦後は、この反省から始まった。だから、日の丸も君が代も国旗・国歌ではなかった。ドイツ・ヒトラーは自決し、イタリア・ムッソリーニはパルチザンに処刑された。当然、国旗も国歌も変わった。
日本は戦争責任すら「一億総ざんげ」などと曖昧にされ、天皇の戦争責任は追及されず、むしろアメリカにより日本国民の天皇への忠誠心を利用する形での占領政策が始まった。
「慣習法としての日の丸・君が代」に対して一部野党から「法律で規定されていないから国旗・国歌ではない」と批判され、それがむしろ「法律で決められれば国旗・国歌である」という方向に利用され法制化された経緯がある。それでも新たに国民に義務を課すものではないと明言された。
しかし、特に教育現場での日の丸・君が代の強制姿勢が強くなり、東京都から始まり、橋下徹大阪府知事が登場してからは、それが力づくの強制となって来ている。
「職務命令に逆らったら懲罰を与える」との発想で教育行政を進めようとしているが、とんでもないことだ。
侵略戦争の象徴としての日の丸・君が代に抵抗感を持つ感覚はむしろ自然だ。
日の丸・君が代を認める教員がいてもいいし、嫌だという教員もいていい。何の疑問すら抱かない教員ばかりで教育が推し進められて行ったら、子どもたちにかえって悪影響を及ぼすだろう。
世の中の答えはひとつじゃないことを、感覚として子どもたちに教えるべきだ。
「教員同士が職員室で日の丸・君が代について議論していたよ」と子どもたちが知れば、子どもたちも何故なんだろう、と考えるようになるだろう。
歴史を知ることがどうしても必要になる日の丸・君が代問題。
「維新の会」とやらが大手を振っているらしいが、そもそも幕末からの政治転換は「維新」でしかなく、決して民衆革命ではなかった。
お茶を濁した程度の維新の名を名乗る政治勢力に、民衆が期待する政治転換など望むべくもない。

この数年、ノーベル賞を受賞する日本人が増えているが、彼らが子供の頃、学校現場は相当自由だった。教員達が自立し組合を作り、教育、政治、文化そして時代を語っていた。自由な発想を育てる環境が周囲にあった。
子どもたちは保守的な人も革新的な人も混在する中で成長してきた。だから成長したとき、自己選択ができるようになっていたのだ。
国旗・国歌を教員に強制するまでに落ちぶれた政府や教育委員会の元で育った子供達がどんな大人になるかは想像できるだろう。
体制従順の弱々しいお利口さん、自分の本当の考えすら確信できない大人ばかりになって、これからの激動の時代を未来に向かって切り開く力の方向性すら見いだせない状況が来る。
多種多様な人をつくっておかないと、今後起きる多種多様な事態に対応できない。

その意味で、教育現場を一色に染め上げてはいけない。
橋下暴政の中、2月末から実施された府立高校と支援学校の卒業式で起立斉唱を拒否した教職員が29人いた。(大阪府教育委員会発表)
勇気ある行動を取ったこのような教師の存在こそが教育現場の希望だ。
不当な命令と闘わないと、自由や権利までがどんどん侵害されてしまうとの信念での闘いを子どもたちに見せること、子どもたちがそのことから考え、学ぶこと、これこそが教育だろう。

2012年3月12日月曜日

2500人の力合わせた3.11さよなら原発アクション











【力あわせる200万群馬3.11さよなら原発アクション集会宣言】
「お墓に避難します」と遺書を残して自殺した93歳のおばあさん。「私は大人になれますか」と心配する小学生。16万人が未だに故郷を追われたまま―――福島第一原発事故は、すべての日本人に数百年におよぶ被害をもたらしました。群馬県も放射能に広範囲に汚染されています。健康被害がこれから益々深刻化するであろうことは、チェルノブイリ原発事故の経過を見れば明らかです。
 過酷な事故の危険性が指摘されていたのに、安全神話を振りまき、原発を推進してきた政府、電力会社などの「原子力ムラ」の責任は重大です。にもかかわらず彼らは、事故の収束も、原因解明もされていないのに、原発再稼働をすすめようとしています。
 今日、事故一周年の3.11を迎えました。私たちは、亡くなられた方々を追悼し、福島の人々の苦しみを分かち合い連帯し、私たちの暮らしと子どもたちの未来を守るためにここに集いました。
 私たちは、原子力発電からの完全な撤退を求めます。原発を再稼働させず、核燃料再処理システムを断念させましょう。
 政府・東京電力に、事故収束へ向けた万全な対応とすべての被害の完全な保障、放射能から国民、とりわけ子どもたちを守る万全の対策を求めましょう。
 県や各自治体は総合的な放射能対策を立て、農産物や食品の放射能測定、除染をすることを求めます。
 私たちは、日本から原発のなくなる日まで行動しつづけます。

(2012年3月11日 力あわせる200万群馬3.11さよなら原発アクション・参加者一同)

「福島県民は被曝の実験材料にされている。これだけの犠牲があるのに、また安全神話を作ろうとしている。未来の子どもたちのために、私たちの責任で原発をなくし、ずっとフクシマとつながって欲しい」とのいわき市から前橋市に避難している丹治杉江さんの言葉にすべては集約されたすばらしい集会とデモだった。

 チャカポコ洞のカレーもうまかった。生活クラブ生協の豚汁もグッド。
雨模様の空が集会、デモの時だけ雨が止むということで、天まで味方してくれたようだ。
身近なところから多くの参加者を得たことには驚くほどだ。原発に対する想いの強さだろうし、だからこそ全原発廃炉の道しかない。

 15日午後6時30分からの総括会議が決定。場所は県庁昭和庁舎35会議室。

2012年3月10日土曜日

【原発廃止の声を力に】 3.11脱原発集会 IN 高崎

廃炉まで40年?それすら信用できない。
再稼働を目論む政府に原発廃止の声を力として届けよう。
いくら思っていても行動に現さなければ力にならない。
力にならなければ政府を動かせない。福島現地での脱原発集会と連帯し県民の共同行動として11日の高崎城址公園での集会を成功させたい。
午前11時からコンサート開始
12時30分集会開始
13時30分デモ出発
 どこからでも参加ください。

力あわせる200万群馬3.11さよなら原発アクション  呼びかけ人
(2012/3/10現在 512人・ほか賛同人135人)(順不同)
前橋市:
青木亨 青木恭子 青柳晃玄 秋本千晶 秋山達 五十嵐一夫 家坂直子 石井悦子 石本由美子 井野知子 飯野幸一 市川めぐみ 稲村良子 猪上輝雄 岩渕健二 植原e'fa 映子 植原民子 内山恵子 大島洋一 大島純子 大崎章 大谷和昭 大塚正之 大貫正雄 小野沢悠 金井将明 金井慶幸 金子英顕 狩野厚史 金山昭夫 神垣宏 空羽ファティマ 桑原とし子 木暮伸枝 小林千宏 小林薰 小林朝昭 小林ひさ子 近藤よしえ 酒井宏明 酒井すみえ 桜井康喜 佐藤あつし 佐藤千恵 品川正 清水秀俊 清水彰二 新ヶ江晶 新ヶ江会里 杉浦つや子 関口高志 瀬山士郎 瀬山由里子 高橋法子 高橋千明 高山昇 滝沢奈央子 滝沢俊治 田部井充是 丹治杉江 ちづこ 塚越ひかる 土屋久泰 角田潤 角田留美 寺澤寛 東野恵子 戸塚美希 中島直樹 中野奈美 中道浪子 奈良和代 新嶋一也 西田忠寛 沼賀信男 橋爪博翼 長谷川彰 長谷川薫 浜村好子 備藤實 濱田光恵 藤江彰 古川未奈 堀越理英 町田剛 松田美智子 松村長治 松村メグ 三田村道子 持木芳明 森下千晶 森田博 矢端晴美 山根美紀 安田節子 横坂英治 横山美代子 吉川未奈 吉田満洲男 吉田弘美 六本木勇治 
高崎市:
青木延義 朝岡和夫 浅野房子 阿部義一 天笠辰也 新井利江 雨宮栄子 安藤喜代美 井坂和広 石山光洋 伊藤真弓 市塚絢子 伊藤成雄 伊藤祐司 上原篤 牛込えり子 浦野葉月 大塚とみこ 岡田こずえ 小見久美子 金井勉 笠原陽貴 片桐正二 角倉邦良 金子浩士 兼谷純一 兼谷陽子 神山忠夫 川田昇 川島洋輝 神戸かおり 橘髙みさ 木村香織 木村綾花 黒金恵子 剣持裕子 小井土由紀子 近藤利子 後藤真人 齋木信男 坂井土喜 坂口せつ子 桜井正喜 佐藤雅子 静けい子 柴田裕子 澁谷正晴 品田勝 嶋田久夫 島田裕一 下田裕子 新後閑庄平 鈴木隆 須藤光夫 須藤まさ子 高石知枝 高橋あい 高橋千秋 高橋秀直 高階ミチ 瀧口道生 瀧口典子 田口和幸 田口祥子 竹本誠 竹渕進 竹渕智子 田島俊昭 田島基江 田村高弘 田村直美 千葉一哲 常見次郎 勅使河原章雄 登丸進 冨田英子 冨田恵子 長井真由美 中林均 中村文彦 西川圭一 野口裕美 野村喜代子 芳賀陽子 長谷川美由紀 原口ひろみ 原田恵美子 樋口明広 贄田泰宏 平野美恵 藤田芳明 藤田みどり 星野由紀 前田朝子 前田寛 松井正博 松岡勝司 松下明 松本由美子 松本博明 三木優子 宮澤真樹 山内京子 矢島健一 山田白至 山田行雄 湯浅直樹 吉井美晴 吉澤孝志 林順礼 李和雨 若山沙千 若山卓 割田淮子 P.NS子 
伊勢崎市:相沢茂子 青木香織 岩崎真人 岡田貴子 加賀谷独志 加賀谷富士子 北爪郁子 北爪俊男 久保田長治 熊倉美由紀 鯉登健二 小柏和夫 小阿瀬恵子 小池正男 小林悟 小室ひろ 塩島光弘 島田博之 須永貴男 高草木啓子 田村眞喜子 田沼有道 塚越紀一 長谷田公子 長谷田直之 Hisomi-TNP 樋口明 深沢隆 星京子 中島佳子 中島徹弥 真下力 松村よし江 松村元雄 森村圭介 森村幸子 矢島笑鯉子 山形浩則 山田孝子
太田市:
岩崎崇徳 岩瀬光彦 岩瀬るみ子 上武由夏 浦野稔 川口正昭 小林努 小林人志 佐藤敦 清水寛 渋澤俊之 須永江美 土田勉 深井宣男 本城亮俊 宮崎亜由美 宮家章浩 
藤岡市:
秋山博 阿久沢信夫 井上祐子 井上徳久 岩城文枝 大林佐恵子 小野里隆 小野里正子 加藤宏子 加藤俊郎 金田芳華 岸美由紀 金香純 金承姫 久保忠幸 黒沢妙子 栗原靖 小板橋敬子 小林辰夫 小林早苗 櫻井和美 柴山千恵 柴山聡一郎 島田道子 清水雅子 関口まゆみ 高橋保 龍見真理 田中智彰 田村ゆう子 田村広史 田村万紗子 塚本均 塚本知子 西本益子 温井のり子 根岸直己 原加代子 福田進 真砂貞夫 水沼武彦 吉崎みどり 吉崎照二見
桐生市:
阿左美あすか 阿左美裕継 飯山千里 石井信幸 石坂亥士 石井富夫 伊東芳実 伊東美恵子 上野ひさ 歌代礼司 柿沼克弥 金澤和志 黒崎行男 重野勝美 須永朋子 高橋保 高橋陽子 武井則子 庭山由紀 蓮沼久幸 蓼沼豊 濱中明日華 濱中皓世 原田亜希子 原田孝二郎 藤野幾三 藤本常雄 前原義一 和田ゆかり 渡辺淳子 
渋川市:
安藤哲雄 石田清人 沖村律子 狩野恵理 狩野薫 狩野京子 須藤史子 髙田由美子 高野庸 高橋緑 都丸伸幸 萩原貞夫 平石隆則 本田栄二 宮田恵 
沼田市:
青木邦夫 上原和枝 宇敷美智代 宇敷輝男 北原恵美 小林晴美 後藤優美子 髙田由美子 真下淑恵 吉野弘 
館林市:
飯塚伸 布施幸彦 細田貴子 渡辺充徳 和田山繁 
安中市:
伊藤国夫 岡崎るみ 大野貞義 鬼形幸子 鬼形正弘 萩原慧 原田和宣 忰田正志 矢中幸雄 梁瀬光之 米岡直美 
富岡市:
上原貴史 中束作蔵 寺崎勇志 
みどり市:
田中健太 西田敬一 星野由紀子 星野直樹 星野莉穂 星野祐太 森下冴子 
玉村町:
赤見康江 阿藤栄 天田義乃利 新井祐二 新井道子 新井猛郎 新井道夫 石川澄雄 石川眞男 石川洋子 石本将人 宇津木治宣 梅沢実 大澤裕正 唐沢みちえ 小林義典 小山ユキ子 笠原則孝 片亀久恵 片亀光 金子俊之 櫻井英比古 鈴木義昌 鈴木けい子 関口博明 関口泰雄 関根美幸 関根政雄 高橋邦夫 月田均 土田文月 角田香織 手塚紗弥子 徳江仁 戸崎弘 永井幸子 永井美芸 中沢カツノ 中沢経吉 中里知恵子 西園勲 福島幸治 星野繁 堀越真由子 松本千恵子 密照政彦 密照千代子 陸川洋子 山本督次 慮秀鉉 和田晴美 Karl Zucchi
千代田町:
柴崎由美子 柴崎和哉 
下仁田町:
大手博幸 竹内淳子 南條正子 南條 倖司 
板倉町:
武井直美 原田芳美 
吉岡町:
青柳晃敬 塩谷比良 萩原明子 今井洋一 
みなかみ町:
高橋扶吉 千明正一 深津貞雄 田村貞重 深山忠昭 
中之条町:
鏑木兼子 高橋直樹 高橋玲子 奈良保宏 宮崎恒 宮崎和子 山田均 
東吾妻町:
飯塚均 池上貴美子 池上智 小山敬巳 小山和久 菅谷健治 田村正枝 
川場村:太田暁子 黒田まり子 
高山村:山崎真美 
白沢町:奈良英子 
甘楽町:強矢朝子 
栃木県:石島伸哉 栗原純一 
埼玉県:
荒井紋子 伊藤静子 門倉清司 小林勝美 澤井高志 須田英文 中川悟 中山朋子 平居秀子 益永スミコ 益永陽子 松本享 武藤豊子 矢島京子 
神奈川県:白成澤 金子智子
千葉県:太田裕子 
東京都:井筒和幸 遠藤道郎 山本太郎 
ザンビア:黛安希子 黛正伸 
インドネシア:猪股理恵 
地球:AKOちゃん

呼びかけ団体等(順不同)
さよなら原発1000万人アクション群馬県実行委員会
原発とめよう群馬
群馬県労働組合会議
生活クラブ生活協同組合
自然エネルギーを考える会・群馬
NPO 足元から地球温暖化を考える市民ネットたてばやし
原発を考える藤岡の会
放射能から子どもを守ろう!高崎の会
福島原発を考えるための本をおくる会
原発問題住民運動全国センター群馬の会
原子力発電を考える玉村町の会
はるな生活協同組合
群馬県教職員組合
全群馬教職員組合
(北群馬支部、多野支部、甘楽・碓氷支部、吾妻支部、利根支部、邑楽支部、
前橋支部、高崎支部、桐生支部、伊勢崎支部、太田支部、障害児学校支部)
群馬県高等学校教職員組合
(前橋支部、桐生支部、桐工分会、渋川支部、西邑楽高校分会、桐生西高校分会)
群馬県学校職員和太鼓同好会「学鼓」
おひさま倉賀野保育園
おひさま飯塚保育園
全国福祉保育労働組合群馬支部
(おひさま飯塚分会、つくしんぼ分会)
新日本婦人の会群馬県本部、高崎支部
群馬県地域人権運動連合会
全日本年金者組合群馬県本部
STOP八ッ場ダム・市民ネット
群馬の明日をひらく革新懇話会
高崎の明日をひらく革新懇話会
高崎地区労働組合会議
婦人民主クラブ全国協議会群馬支部
玉村町9条の会
憲法を守る市民の会
昭和高分子労働組合
群馬県民主医療機関連合会
とめよう戦争への道100万人署名運動ぐんま連絡会
群馬合同労組
群馬県農民運動連合会
前橋勢多地区平和運動センター
国鉄労働組合高崎地方本部
(高崎支部、前橋支部)
5.3憲法記念日集会実行委員会
全日本建設交運一般労働組合群馬県本部
群馬県商工団体連合会
全日本金属情報機器労働組合群馬地方本部
建交労群馬県本部
日本民主青年同盟群馬県委員会
天台宗宮室山常光寺(下仁田町)、天台宗安養院(前橋市)、天台宗高唱寺(吉岡町)
前橋カトリック教会

NPO群馬情報バンク
プランニング大地(株)
Cool Fool(前橋)、喫茶虫の音(前橋)、ちゃかぽこ洞(桐生)、SLOW TIME(高崎)、ima(伊勢崎)
Mount Spoon(桐生)、noon(高崎市)、Le Confort(前橋市)、赤榛郷塾(渋川市)
mother tool(足利市)、C&B(足利市)、eN design(佐野市)、空島キッチン

2012年3月9日金曜日

大震災からもうすぐ1年

もうすぐあの大震災と原発事故から1年が過ぎる。この辺では「絆」「がんばろう」などと言っていればそれで済むが、被災地ではそんな生やさしいことではすまない。
 二度目の厳寒の季節の真っ直中で、生活することがどれほど困難なことだろうか。
 そんな中、さまざまな歪みが出てきている。確かに、自衛隊、消防、警察は活動した。そして評価も高い。
 その一方、自治体職員はそれこそ日常の行政、支援活動を休むことなく行っている割には、まだまだ評価は低い。華々しい自衛隊の活動は一時的なもの、その後を市民と寄り添っているのは自治体職員ではないか。
 公務員減らしの合唱の中、住民とともに被災した職員の多くは自宅を顧みる間もなく働き続けている。にもかかわらず「税金で給料をもらっているくせに」「ブラブラして金がもらえるんだ」と悪態をつかれている。
 住民からのクレームにより、うつを発症し自殺した職員も出た。弱者が弱者を叩くという転倒した状況だ。
 宮城県東松原市はとうとう、市職員に暴言を吐く被災者は警察に通報する、という方針を出した。
 民主、自民、の国会議員の多くは、「公務員叩き」を「正義」と思いこんでいる。
反抗できない相手を狙い撃ちする様は、DVの構造そのもの。夫が言う「誰に食わしてもらっているんだ」が「誰の税金で食ってるんだ」に変わっただけ。
大衆は声の大きい無能な政治家(例えば橋下徹)と一緒になって公務員を叩く。
 そんなことをしていると、いずれ痛い目にあうぜ。
基礎的自治体の職員は、地域再生の礎だ。地味だが彼らこそ体を張っている。
 大震災と原発事故の悲劇から目をそらさず、少しでも前に進み未来を築こう。デマにだまされてはいけない。
それを自覚するためにも「3.11高崎集会」は重要だ。

 群馬県内全自治体に招待状を送付したが、現在、上野村、藤岡市、伊勢崎市から返答があった。
「所用のため出席できません」と。
返事があるだけいい。共通の思いがあるのだから。

2012年3月7日水曜日

3.11脱原発群馬アクション第4回実行委員会


11日の脱原発群馬集会に向けて、4回目の実行委員会が開かれた。最後の会議でもあり細かな点まで確認できた。出店企画は20を越えた。
デモに参加できず会場で留守番という役割を担う人もかなり出るのではないか。 
なにより、党派の壁を越えてしまったことの意味が大きい。ひとつの党派では原発に対応などできない。
 党派の軋轢などに気を配っているうちにも、福島では被曝が深く進行している。
原発事故の収束に向け決死で働いている労働者それも下請け、孫請け労働という極めて弱い立場に立たされながらも必死で働いている人たちを思うと、再稼働などとよくも言えるものだ。
 古里を放射能で奪われ、今後予想されるさまざまな厳しい事態を考えると、今すぐ原発を廃止するしかない。
 その決断を迫るのは民衆の行動以外にない。選挙を何回繰り返しても、自民と民主じゃどうにもならない。
 11日を歴史の大きな一歩を歩み出す最初の日としたい。

2012年3月5日月曜日

3.11集会へのご招待状

群馬県知事 大沢正明 様

 3.11さよなら原発アクション実行委員会

 力あわせる200万群馬 3.11さよなら原発アクションへのご招待
 日頃の県政執行に敬意を表します。
 さて、東京電力福島第一原発の大事故から1年が経とうとしています。いまだに16万人以上が避難を余儀なくされ、群馬県も広大な地域が放射能に汚染されてしまいました。事故の収束も、汚染された地域の除染も、今後どれほどの時間とお金がかかるのかわかりません。放射能から県民の、とりわけ子どもたちを守ることも焦眉の課題です。
今回の大事故は、電力会社、政府をはじめとした「原子力村」がふりまいた安全神話がどれほど犯罪的だったのかを明らかにするとともに、日本列島で原子力発電を継続することがいかに危険であるかを浮き彫りにしました。脱原発を求める国民世論は圧倒的多数になっています。
私たちは、この国民的な願いを一日も早く実現させるために「脱原発」の一点で力をあわせようと実行委員会をつくりました。立場の違い、党派の違いをこえ、たくさんの市民、団体が参加しています。
事故1周年となる3月11日(日)に、高崎市役所前の城址公園で大集会を開催し、脱原発を求める群馬県民の意気込みをアピールしたいと思います。
貴職におかれましては、多忙なこととは存じますが、集会にお出かけいただき、ごあいさついただければ幸いです。代理の方の参加、メッセージも大歓迎です。
急なことで恐縮ですが、よろしくお願いいたします。

2012年3月3日土曜日

ドイツからの贈り物


3月11日の高崎城址公園での脱原発集会に向け、1日には県庁で記者会見し、各催しの企画もキューピッチで進むなか、ドイツのカール・ツッキーから旗が届いた。ドイツを訪ねていた彼の連れあいの両親に託した旗で、11日当日に高々と掲げて欲しい、というもの。
町内に住む両親も参加する。
自分の思いを意思表示することは大切なことだ。まして、安全神話の大合唱の中でだまされ続けてきた側としては、震災1周年を単なる追悼の日にしてはならない。
ピープルズパワーで「怒りの一日」とし原発の再稼働を許さず、すべての原発を即時停止させる気合いの入った集会・デモにする必要がある。

 昨日は、大学の非常勤講師の待遇の悪さを現実として知らされた。90分一コマの授業を週2日、一コマ2万円で月8回の授業として16万円、ふたつの大学の名前が書いてあるので聞いてみたら、掛け持ちでなければ生活できないとか。高学歴ワーキングプアも深刻なのだ。

 一方、郵政契約社員が期間満了予告通知書を持参し、雇用相談にきた。6ヶ月契約ですでに3年ほど継続しているという。時給770円(基本給710円+加算給60円)というから最低賃金といくらも変わらない。【改めて雇用を希望される場合は、お申し出ください】とのこと。
 そんなに安く労働者を使っておいて、よくも偉そうに言う様が気に入らない。
 郵政大赤字の原因は民営化と経営者の責任で労働者にはない。
 東京新聞には「郵政3事業を元にもどして」との投書も載る。事態は深刻のようだ。

 法務局での登記事項証明書などを発行する部門の待遇も極めて悪い。登記を熟知した職員がいるにもかかわらず、民営化を急ぐあまり、入札での金額を頼りに安い企業に証明書発行部門を任せた結果、さまざまな「違法行為」すら行うそもそもその資質にない企業に任せる結果になってしまった。法務協会がほとんどのところで落札できなかった結果、「安かろう、悪かろう」の状態になってしまい、労働者は時給800円程度で泣かされている。
 JRのグリーンスタッフにしろ全く同じような状況だ。

 総じて、現在は新自由主義政策の極限の状況にあると言える。
労働すること以外に生活を維持する賃金を得ることのできない労働者を非正規職という不安定な立場に追い込み、大企業は搾るだけ搾り、その結果、年収200万以下の労働者が1000万人を優に越えてしまった。社会は不安定になるに決まっている。
 一方、大企業の内部留保は300兆円、アメリカの企業の約2倍の金額だ。労働者から搾り取った内部留保金の一部をはき出せば、労働者の再生産も可能になるし、消費税の増税も必要ない。
 これができなければ、労働力の再生産が破綻し資本主義も終わりだ。

 3.11集会は総じて、大変過酷な生活状況に追い込まれている99㌫の人々が、生きんがために力を総結集し、「我々にとっては原発など不要」と訴え、政治を獲得する実に大事な一日と言える。
「パワー ツー ザ・ピープル」