みんな寿命を全うしようぜ

みんな寿命を全うしようぜ
西表島で会った昼の蝶

2013年8月18日日曜日

玉村町町議選の旗揚げ準備と映画ロケ見学

ロケ地は玉村南中プール
吉田監督を真ん中になじみの面々

 いよいよ10月6日の玉村町町議選に向け動き出した。今回は全体に非常に遅い出足だが、少数激戦を想定しこれから激しい展開が予想される。
 我が陣営は25日に地元箱石公民館で町政報告集会を開催しもって旗揚げとする。
 まずは本人が動かなければ、ということで、地元を中心に朝からあいさつ回りをした。
 最近の昼の暑さは、身動きできないほどなので、朝のうちを選んでのことだ。
 気がつかなかったが10時過ぎに土田君からの着信があった。11時頃折り返しの電話をすると、映画撮影がもう始まっているというので、玉村南中へ行くとプールでの撮影真っ最中。
 青木さん、町田さんもいるではないか。まだ「漂泊」撮影の余韻が残っているようだ。
 今後、町内での映画ロケの時はこのメンバーが基本なるのだろうか。
 吉田康弘監督を土田君から紹介されたが、話を聞いていると、少なくとも2度は会っているのだが全く印象にない。
 聞けば、井筒和幸監督の第一期生で、すでに映画は4本ほど作っている。「キトキト」もそうだ。
 あの個性的な井筒監督といっしょでは、なかなか印象に残らなかったのかもしれない。
 しかし、そこは井筒監督の玉村現地マネージャー土田君の電話番号はちゃんと知っていて今回の玉村ロケとなった。
 この映画、どんな映画になるか分からないが、青春映画だそうだ。
 明日は栃木、夜は前橋に戻り撮影するという。映画づくりは観るほど楽じゃない。
 吉田康弘監督、まだ34才の今後に期待したい。
 
 

2013年8月16日金曜日

逆さ地図で見る日本と不戦を誓わない安倍首相

東アジアとつながる日本

 久しぶりに逆さ日本地図を見た。最初に見たのはもう10年以上前、新幹線に乗っているとき、座席に置いてあった旅行本の中の一枚の写真がそれだった。
こういう角度からみるとこうなんだ、と感心した覚えがある。
 昨日は新聞整理をしていると、「逆さ地図で日本が見えてくる」というJT生命誌研究館館長の中村桂子さんの記事を見つけた。
 富山県では「環日本海・東アジア諸国図」を作製し、環日本海諸国の交流の拠点づくりを国内にPRすること、対岸国に日本列島の重心が富山県沖の日本海にあることを示すためにこの地図をつくった。
 日本海が大きな湖にも見え、それを囲むひとつの生活圏が浮かび上がる。
 日本は本来、中国、韓国、北朝鮮、ロシアとゆったりつながる生活文化圏区域にあるという方が自然かもしれない。
 
 はるか遠くのアメリカとの軍事同盟にのめり込み、近隣諸国と軋轢を生み続ける安倍政権は、昨日の戦没者追悼式で、ついに「加害責任と謝罪・不戦の誓い」に触れなかった。

 韓国からは、「過去を直視する勇気と相手の痛みに配慮する姿勢がなければ未来への信頼を築けない」(朴韓国大統領)と諭され、中国からは、「歴史の正義と人類の良識に公然と挑戦しており、中国などアジアの被害国の国民の感情を著しく傷つけた」(洪中国外務省副報道官)と強烈な抗議を受けた。

 安倍政権はかつての朝鮮植民地政策、日中戦争でどのような残虐行為の数々を行ってきたかを認めたくないらしいが、それでは国際社会で孤立の道を歩むことになる。
 過去の明らかな非を認める勇気もなく、他国を軽んじ、「自国のみの全く一面的で独善的な誇り」しか語れない安倍に、この逆さ日本地図を見せてやりたい。
 日本という島国一国では足下がおぼつかないことくらい理解できるだろう。 
 周辺諸国との連携強化しか日本に進むべき未来はない。
安倍の余りのひどさに鳩山由紀夫が眩しく見えてくる。

 昨日は玉村八幡宮の梅林宮司といっしょに大塚政義先生の自宅を訪ね、短時間だが線香をたむけ、新盆見舞いをした。
 ご家族も元気なご様子で、このような家族の元だから、好きな歴史探訪をしてこれたのかなあ、とつくづく思う。
 誰もが少しずつ時間軸をづらしながら人生を生きている。これが社会だ。
 今は全うされたが、大塚政義先生の人生の佳境の時期に出会えたのは喜びとしか言うことはできない。
 家族のことはほとんど語らなかった先生だが、娘さんは北京で中国人と家庭を持ち生活を営んでいる。
 昨日、彼女の笑顔に会ったとき、大塚先生が日中友好・平和の一手を打ってくれていたような気さえする。
                《前事不忘,後事之師》

 

2013年8月13日火曜日

激暑のなか8月15日「敗戦記念日」が迫る。

 10日の土曜日、10月6日の玉村町議会選挙に向け、たたかう意志表明と支援のお願いのため、地元箱石地区を阿藤栄後援会長、金子修幹事長と3人であいさつ回りをした。
 自転車を使いながら、3時間ほど回ったが、暑くて暑くて頭がクラクラしてくるのがわかった。
 途中、休憩し、水分補給をしたが、その後も暑さは一層強まり、正午を少し回ったところで、あいさつ回りを何とか無事終了、事務所に帰り、冷たいビールを飲み、軽食を取り、昼休み、ということで何とか命拾い。
 熱中症とはこういう症状だろうと実感したが、戦争中、前線に送られ、戦いをになった兵士たち、とくに、中国戦線、南方戦線の暑い地域に送られた兵士たちは、もう生きているだけで精一杯、現実の戦いなど出来なかったのではないか。
 この時期になると、「語り継ぐ戦争」特集(朝日新聞)が組まれ、その悲惨を描く。
 今朝は、東部ニューギニア第18軍直轄通信隊の通信兵だった吉賀清人さん(92歳)が投稿した「夢にも忘れぬ戦場ニューギニア」。
〈ポートモレスビーを目指し東進するも米豪の制空権下、後退を余儀なくされ、海岸寄りのヤシ林、ジャングルの中を西へ400キロ以上転進を重ねた。この間、食料はない。全員飢えと周期的に発熱するマラリアに侵され、健康な兵士は皆無。
 翌1944年4月には西方アイタペに米軍が上陸。我々は完全に退路を断たれ、山間に逃げ込んだ。体力・気力は消耗し、力尽きる者が続出した。倒れた者はウジがわく死体となり、無間地獄だった。
---飢えた日本兵の中に現地住民の食料を強奪した者がおり、他の中隊の10人くらいが報復で白昼殺された。
 現地住民に期待した食料の供出は乏しく、我々はヘビ、ネズミ、木についた虫は何でも食べた

 戦争体験者は多くを語らない人が多い。その余りにむごい体験だけに口を開けないのだそうだ。しかし、数少ない体験者の話から、死体にわくウジを食べたり、すごいものになると人肉まで食べたという話を聞いた。
 戦争とは人間を人間でなくすることから始まる。まともな人間ならば、出来ないことを戦争という国策のもとで強制されるのだ。
戦争ははじめから非人間的、非人道的なものだ。

 戦争でその意に反し、死んでいった多くの兵士が望むことは、平和であり、後生の人たちを二度とこのような悲惨な目にあわせるな、という強い思いだろう。
 彼らの犠牲のもとに手にした、二度と戦争はしない、政府に戦争をさせないと誓う日本国憲法、これを改正しようとする動きが強まっている。
 戦争の実態を直視しようとしない右翼連中が政権に入ってしまった。
 人の世に仇なし、歴史に仇なし、未来に仇をなそうとする勢力との本格的なたたかいが始まる夏だ。
 
 
 
 

 

2013年8月8日木曜日

松井田町でブルーベリー狩り

ブルーベリーの分配、向こう側には線路
帰り際に全員集合
こういう植物もありました。

 今年のブルーベリー狩りは、勿論、真夏なので暑かったが、曇り空でもあり、炎天下での作業ではなかったので少しは楽といってもよかった。それにしても蒸し暑かった。
 群馬朝鮮学校も夏休み中だが、子供たちの課外授業という形を取ったのだろうか、わざわざ登校し、安重根校長先生をはじめ何人かの若い先生方の引率で、元気な子供たちが、畑の中を自在に動き回りながら、ブルーベリー狩りを楽しんでいた。
 
 
 群馬朝鮮学校には、小学1年生から中学3年生までの生徒がいるが全校でも50人足らず。学校経営も大変厳しい。
大きな家族のような学校なので、年上の生徒はまだまだ幼い小学生のしつけなどもする。
 日本に朝鮮学校があり民族教育をしている。そのことを理解できない日本人もいるようだ。
日本人が逆の立場だったら、全く同じことをするだろう。
 苦難のなかで生きざるを得なかった在日朝鮮・韓国人のこの100年の歴史をもう一度学び直そうかと思っている。
それは日本の歴史だからだ。
 現実には、朝鮮学校で学んでいる子供たちは朝鮮半島に一時的に行くことはあっても、日本で生き抜く人たちだ。
 彼らの帰る場所は朝鮮半島にはもうないのが現実、だから自らのアイデンテイテイーを確認するため民族教育が必要となる。
 また、北東アジアの今後を考えたとき、在日朝鮮・韓国人の果たす役割は相当重要となる。だから、しっかり学び、遊び、成長して欲しい。
 今の日本社会に朝鮮人に対する差別はあっても特権などはない。
 怒りや不安のなか、歯を食いしばり在日同胞達と生きているのが実態だろう。
 しかし、どの民族、どこの国籍に関係なく、未来は子どもたち、若者たちのものだ。このことさえ理解できれば、物事は前進する。
 
 昨日、酒井充子監督作品「台湾アイデンテイテイー」を観た。
子どもの頃から台湾、日本で日本語と日本文化のなかで育った台湾人のドキュメンタリー映画だ。
 1945年敗戦と共に日本軍は台湾から撤退、その後、中国共産党に追われた蒋介石軍が台湾に流れ込み、圧政を続ける。   その中で生きてきた台湾人の話を特集したものだが、高齢化した人たちは必死に自分の拠って立つアイデンテイテイーを求め続ける。
 日本語を違和感なく話す台湾人が自らのアイデンテイテイーを、それでもやはり台湾に求める姿は人を圧するものがある。

 戦争や植民地支配が対象の国々、人々に与える影響はその面的規模という意味でも時間軸の長さという意味でも甚大だという認識が必要だろう。
 現実の姿から歴史を学び、平和な未来への礎とする。
その姿勢こそが求められる。

 午後は、伊勢崎市内で開かれた友人石原仁税理士の群馬県総合表彰受賞祝賀会。
 伊勢崎税務署長、伊勢崎市長、玉村町長をはじめ200人くらいの人が集まっただろうか。
それはそれは派手にやってくれました。
 
 
 
 

2013年8月6日火曜日

「かがや富士子を励ます会」と映画「漂泊」撮影終了後の打上げ

真っ直ぐ語るかがや富士子
選挙戦を支えた伊勢崎選対事務局
食事をしながらの歓談にもキャストの成長がうかがわれる。
藤橋監督と主演キャスト
藤橋監督に花束を

 映画「漂泊」撮影と参院選挙が重なるという状況で悪戦苦闘したが、昨日も日程が重なった。
 
 夕方からの伊勢崎・佐波選対の打ち上げは「かがや富士子を励ます会」に変わり、選挙戦過程の苦労話や安倍政権の危険性と今後どう闘うかなど、話は相変わらず大きな方向に向かった。  しかし、かがや富士子の成長は誰もが認めるところで、今後も仕事をしながら政治活動を続けよ、との声に包まれた。
 角田義一さんの総括提起、中澤經吉さんのアベノミクス批判は的を得たもので、いつものことだが、選挙に負けてもへこたれない集団がここにいる。目先の勝ち負けではなく、人間の未来がかかっているだけに真剣なのだ。
「この勢いで次は10月の玉村町議会選挙だ」という結論に至り、町外で選対ができたような状況。
恐れ入ります。
 
 そして9時過ぎから、すべての撮影を終えた藤橋誠監督ほか現場にいた人たち全員が玉村町の中華料理「大家」に集まり、賑やかに打ち上げ、お互いの労をねぎらった。
 7月7日から始まった撮影は断続的に行われ、ついに昨夜終了した。
 春先に初めて会ったときは、恥ずかしそうな表情をしていた20歳前後のキャストの全員が、今は自信にあふれ、共通の達成感を味わっているようだった。
 監督に言わせると、玉村町の映画製作過程は他のところとだいぶ雰囲気が違っていたようだ。
 確かに、シナリオを何度か書き直させた強者・映画ヤクザ土田文月がいる。
 映画の内容には関心はないが、「映画づくりは楽しいよ」と協賛金集めと宣伝に力を発揮する関口ケアセンター。
 自分の軽トラックを提供し、飲料水などの物資運搬や、県への補助金申請と緻密な会計処理など裏舞台を見事に仕切った青木さん。
 会長の突然の入院により、プロデユーサーに指名され、四苦八苦ながらも見事にやり抜いた町田プロデューサー。
 〈勇壮に舞う龍を見ながら、「ついに蘇ってしまったか。壊せ、潰せ、こんな腐りきったニッポンのなにもかも破壊してしまえ」・・・そして漂泊の題字が鮮やかに浮き上がる〉というシナリオ変更に「面白そうだねえ」と苦もなく、にこやかに笑う病気入院中の製作委員会会長の小林日出幸さん。
 他にもよくもこんなに個性的な曲者たちが集まり、喧嘩もせず無事に終わったと感心してしまう。
おかげでわたしゃ戦力外通告寸前。
 今後の編集・完成に大いに期待したい。
 
 
 
 
 
 

2013年8月5日月曜日

いよいよ「漂泊」撮影も5日に終了予定

藤橋監督と撮影の打ち合わせ
麦わら船と主演の3人

 5日はいよいよ撮影最終日、真夏の撮影は体力勝負ということが心底理解できた。
 勿論、冬は冬でこれまた厳しいものがあるだろうが、玉村町での映画製作の話が出たのが昨年4月のこと、オーデイションから始まり、ロケ対策、撮影支援等思い起こせば色んなことがあった。
 さまざまな人との出会いもあった。そしてキャストが決まり、キチンと演技練習をし(自分自身で)、撮影に臨む姿はなかなか凜々しいものを感じさせる。
 映画はこうしてみんなでつくるもの、ということを実感できたことも成果だ。
 「24の瞳」という訳にはいかないが、手作りの青春映画として誰もが持つ若い頃の「あるひと夏の出来事」を思い出させるものになればいいと思っている。
 多美江役の秋山絵里夏は20才、真世役の加藤愛美は高校3年生、康一役の田中幸城も学生だ。
 自由な発想での映画という芸術に若いとき係わることの意味は後年理解されることだろう。

 今、政治、経済が行き詰まり、極右政権ともいうべき安倍内閣を誕生させてしまった。
「侵略の意味は学問的に定まっていない」(安倍)と過去の侵略戦争を居直り、「憲法改正はナチスの手口を学べ」(麻生)などと公言する国家主義内閣が導くこの国の未来は、決して若者達にとり自由なものではない。

 だからこそ今、自由の持つ意味(力)を身体で味わっておくことが求められている。将来、その自由を制約されそうになったとき、多くの仲間と力を合わせて抵抗していく。
 芸術・文化はそういう時、力を発揮することは歴史が教えてくれている。
 

 

2013年8月4日日曜日

荻村伊智朗と「南北統一コリアチーム」を描いた映画・「ハナ 奇跡の46日間」

《ハナ 奇跡の46日間》
映画「ハナ 奇跡の46日間」では描かれなかった南北「統一コリア」チーム結成の経緯などが今野昇、磯部幸治、申淑玉、佐高信の対談で語られている(週刊金曜日、8月2日号)。
 1991年世界卓球選手権(開催地・千葉県幕張市)で結成された南北「統一コリア」チームを描いた映画だが、当時は韓国の軍事独裁政権の延長線上の時代なので南北間の緊張はものすごく厳しかった。
 87年、盧泰愚大統領が民主化宣言をしたが、まだまだ在日はよく捕まっていた頃、なぜ統一チームができたのか。
 荻村伊智朗が国際卓球連盟の会長になり、彼の努力により実現したのだが、その道は険しかった。
 荻村は選手時代を通じて、長い時間をかけてできた友人が南北にいた。そして中国の周恩来から絶大な信頼を得ていた。
 あの時代に韓国や北朝鮮に行って交渉しようなどという気持ちになること自体が希有な状況の時、彼は韓国に20回、北朝鮮に15回行って交渉した。あきらめないということ。

 しかし映画には統一チームになる経緯が描かれていない。
1980年生まれのムン・ヒョンソン監督がなぜ統一コリアチームができたかという経緯を全く知らなかったのだ。
 単純なエンターテイメントとして、シナリオを作っていた感じだったが、日本に来て卓球関係者に会う度に「なぜ荻村さんが描かれていないの?」と言われ、最終的にパンフレットを作るときに荻村の名前を入れた。

 
 今年の5月、パリでの世界選手権で史上初めてミックスダブルスで男女の北朝鮮と韓国が決勝で対決し、北朝鮮が勝った。
「今、北と南は大変でしょうけど、それに関してはどう考えているか」という記者の質問に対し、韓国卓球協会副会長は「スポーツをやりに来たので、そのような質問に対しては、今は答えられない。ただし韓国の代表として、北朝鮮の兄弟が優勝したことに対して祝福します」と述べ、優勝カップを北と南の人が持って一緒に記念撮影に収まっていた。

 北朝鮮は当時の選手が今は選手団の団長になり、韓国でもヒョン・ジョンファという選手がこの間のオリンピックまで専務理事だった。
 幕張の世界選手権「統一コリアチーム」の感動は息づいている。
国境を越えた「おせっかい」がいることが大事、「第二の荻村伊智朗よ、出でよ」と対談は結ぶ。

映画「ハナ」にはハ・ジウオン、ぺ・ドウナが主演する。
 日本の浅はかな政治により日韓、日中関係が不安定になっている時だけに、是非、観て欲しい映画作品だ。




2013年7月29日月曜日

光石研の友情出演で盛り上がった「漂泊」撮影

俳優・佐野元哉さんの演技もさすがなものがある
 
秋山さんたちと歓談する光石さん
秋山絵里夏、おねだりの一枚
ニコニコローン(五料産業)での撮影の様子
光石さん、五料での撮影終了(このとき8時30分)
平賀先生を交えての食事(グランダム)
貫井町長も光石さんのファン

 藤橋誠監督とキャスト、スタッフにとり過酷な一日だった。
なにしろ撮影大詰めでもあり、ロケ地が土田邸、炎天下の五料地区の川原、角田病院、ホルモン屋、五料産業、ふるさと祭の町並み、五料・飯玉神社、グリーンハイツの8ヶ所に及ぶからだ。
まして、かねてからお願いしていた光石研さんの出演日でもある。
 前日の大雨もあり、昨日はどうなるものかと心配したが、夕刻には雨もやみ、撮影はスムースに進んだ。
 光石さんは、予定より1時間ほど早く、勤労者センターに入り、出演者やスタッフと自然な様子で交流を深めた。
 映画の話になれば、土田君がいるから、それはもう大丈夫。世間話は私が対応する。
 青木さんの奥さんが光石さんのファンとのこと、奥さんに変わり青木さんが光石さんの人となりに触れる。
 素人出演者にとって、願ってもないひとときを過ごすことができた。
  そして、ニコニコローンでの撮影に入れば、佐野元雄さんと光石さんプロの神髄を発揮、社員役の小林さやかもすごい刺激を受けたろう。
 土田邸での待機の時間、シネマテークたかさき支配人の志尾さん、小林さんも駆けつけ、映画談義、五料地区での撮影にも少し立ち会った。
 五料地区での光石さんの撮影が終えた時間が8時半頃、それから、上之手のグランダムで平賀医院の平賀先生、貫井町長が参加しての食事、これまた話に華が咲いた。
 
 玉村町での「キャッチボール屋」、「それでも僕はやってない」の上映会は6年ほど前のことだろうか、それ以前に「ツーザフューチャー」を玉村町で撮影し、光石さんとの交流が始まった。
 無理をしない関係を続けて行くうちに、光石さんは活躍の場をどんどん広げていく。
 それを遠くで見ているだけもうれしいが、時にこうして友情出演などのお願いをできる関係になっていることが貴重なこと。
 今後の一層の活躍を期待したい。
 
 ところで、昨夜のその後の撮影はどうなっただろうか、と気にかかる。
 今日はいよいよ撮影最終日、私は議会広報研修会のため、一泊で東京行。製作関係者の健闘を祈るのみ。
 
 
 

2013年7月27日土曜日

複雑に絡み合いながらも日々は確実に進んでいく。夏祭りの季節。

 先週まで参院選挙で大忙しだったが、あれから一週間、政界では自民党大勝ちの結果、惨敗の民主党、社民党では執行部の責任問題となっているが対応が決めきれない。
特に社民党では福島党首辞任となっても次は誰が、という事態に追い込まれている。みんなの党も内紛勃発の様子、維新勢力も行き場を失い、生活の党も存亡の崖っぷち。
大勝ちした自民党も内部での政策矛盾が今後吹き出してくる。

 昨夜から読んだ雑誌や今朝の新聞記事からいくつか拾い出してみよう。
1.新防衛大綱中間報告で、中国や北朝鮮の軍事的動向を踏まえて、離島に強襲上陸する海兵隊のような機能や他国のミサイル基地などを直接たたく「敵基地攻撃能力」の保有の検討を始めて明らかにした。
(専守防衛路線を大きく踏み出すものだ)

1.福島原発3号機の原子炉建屋5階から発生する湯気は、雨水の蒸気だけではなく、格納容器内の水蒸気が外部に漏れた可能性が高いことがわかった。
 また、福島第1原発の敷地内から海へ放射性物質を含む地下水が流出している問題で、東京電力は27日、汚染水の漏えい源とみられる敷地海側のトレンチ(地下の配管用トンネル)にたまっている水から、1リットル当たり23億5000万ベクレルの高濃度で放射性セシウムを検出したと発表した
(オイオイ、アブナイ、アブナイ、何とかしろ。事故収束さえできていないのに、他の原発再稼働は絶対許せない)

1.朝鮮戦争休戦から60年に当たる27日は、朝鮮では戦勝記念日として大々的に記念行事が行われる。その記念行事に関連して、日本から100人を越える人々が訪朝している。アントニオ猪木もそのひとりだ。
(人々の交流が歴史を動かす。もっともっと多くの人が行った方がいい)

1.北朝鮮外交に関し安倍首相と対立した田中均元外務審議官は「国内のナショナリステイックな感覚に従った外交をすると、得られるものは楽しい世界ではないかもしれない」と、安倍政権が中国、韓国を刺激する政策に懸念を示した。
(言葉はおとなしいが、安倍政権の右翼的政策を批判している点は同意できる。)



1.日本郵政と米保険大手アフラックはがん保険の販売と商品開発に関する業務提携拡大を正式発表した。
(がん保険市場7割を占めるアフラックと全国24000カ所の郵便局を持つ日本郵政が提携すれば、市場の独占が進み、同業他社との健全な競争が阻害され、サービスの充実や低価格化などの消費者メリットが損なわれる。TPP協議が進む中、日本がまたしてもアメリカに大幅譲歩したということ。TPPはいけません。)

1.朝日新聞・オピニオン
「自民党のみなさん、原発推進頑張ってください。こんな国滅ぼしましょう原発で。こんな国、終わらせましょう原発で。」
活動家・外山恒一登場、
 確かに民主主義は問題を抱えているが、今のところ最善の制度では、という質問に外山は答える。
「民主主義者の人はそう言うが、ファシストにとってはファシズムの方が、マルクス・レーニン主義者にとっては共産党一党独裁の方が、民主主義よりマシな制度です。民主主義者の悪いところは、民主主義もまたイデオロギーであることの自覚がないことです。」「アメリカのウオールストリート占拠やアラブの春のような騒ぎが起これば、どんな政権でも対応せざるを得なくなる。
民主主義では社会は変えられない。議会外でそういう状況をつくることが社会を変えることになると考え、頑固な反原発派の私が「不真面目」に訴えているんです」
(どくんご応援団外山恒一は結構真面目なんです。)

1.巨額債務を抱えデトロイト市が破綻した。市内入り口では「デトロイト市の犯罪率はアメリカ一位です。安全は保障されません」という内容のビラを撒く警察官の姿。
(新自由主義のなれの果てといったところ。日本もTPP加入でその勢いは増すことになる。すべて自己責任なのだ。それでは政治はいらない。)

1.〈私達の前に希望はある。〉とは雨宮処凜。
山本太郎事務所で書いた記事だ。
「(被曝させない。TPP入らない。飢えさせない)、そんなシンプルな訴えを続ける山本太郎にはどうしても当選して欲しかった。」と、選挙期間の日に日に盛り上がる選挙戦の様子を直に見ていた雨宮の思いをつづる。
(あきらめないで。政治を庶民の手に)

 さて、今日から、玉村ふるさとまつり、そして各地域でも夏祭りが順次開催される。
 箱石でも8月3日の夏祭りに向け、今朝から神社の清掃をした。子供会も集まり賑やかに掃除を1時間程かけて行った。
 神社拝殿は女性陣がきれいに掃除、まるで人が住めるようになった。
「夫婦げんかしたら、ここで寝泊まりすればいい考えも浮かぶよ」との神さんの声に大笑い。

 これから甲冑行列でパレード、夕方からは小泉地区の納涼祭。そして映画「漂泊」の撮影も28日.29日だけとなった。
特に明日のロケ地は町内5ヶ所ほどで、お祭りでもあり、人の流れの予想もつかない。
 夕方から撮影に入る光石研さんの対応もあり、手伝って頂ける製作委員を増やして対応することになりそうだ。






2013年7月25日木曜日

映画「漂泊」の撮影も折り返し地点を回った

霧雨のなかの撮影を見守る映画製作委員

 折り返し地点を過ぎた「漂泊」の撮影だが、まだまだ気を抜くことはできない。天候の状況などによりどうしても遅れは出てしまう。
 24日は4時頃、勤労者センターに集合し、主に多美江のアパートの内外での夜の撮影、雨模様でもあり外のシーンの撮影ができるかと心配したが、何とか霧雨の中、午後11時をはるかに過ぎて全部の撮影を終えた。
キャストや撮影スタッフにはタフさが求められるようだ。
 
 夜の撮影は照明が肝要なので、みんな神経を使うが、次第に慣れてきたようにも見える。
 また対応する製作委員の仲間も固定化し、その器量にあわせた仕事を組めるようにもなってきた。
 
 途中、撮影を終えた康一を新町駅まで送る途中、少し話もできた。まだまだ20才ほどの若者が「これからも自由に生きますよ」という言葉はうれしい。
 
 28日は「ふるさとまつり」でもあり、混雑が予想され、ロケ地も東に西に、又中央にと移動する必要がある。
 午後から夜にかけ、光石研さんの撮影も予定されている。
製作委員の協力者を増員して対応したい。
 

2013年7月22日月曜日

自民党圧勝だってよ。だけど希望もあるぜよ。

角田義一さんと市民選対、「ここからスタート」
余裕で急速する大輔「,いい芝居、頼むよ」
夕焼けの五料橋を背に土手に立つ多美江
麦わら船が利根川に運ばれる様子を見つめる多美江

 自民党大勝とのマスコミの予想通りになった参院選結果にあきれかえっている。
 我が民は考える力を失ってしまったのか、政治のバランス感覚すら萎えてしまったのか。
 目先の金銭、経済に目をくらませ、将来リスクなどどうでもいいと考えるようになってしまったのか。
 現代社会総体が追い詰められている。世界史的に見れば、資本主義自体が歴史的に追い詰められているなかでの新自由主義政策の現状が今なのだ。
 民を食わせられなくなった資本主義体制をどうするか、がその根本に実はある。
 
 かがや富士子は懸命に訴え続け、その選挙戦過程で大きく成長した。
 未来を見据えてたたかうことの意味を彼女のたたかいは教えてくれた。真っ直ぐ、愚直なほど真っ直ぐでいい。
 
 東京選挙区では「被曝させない、TPP入らない、飢えさせない」を訴えた山本太郎が当選した。文字通り、民衆の力で国会に押し込んだ構図だ。
 弱肉強食を強制する新自由主義の犠牲者である一部の人たちは在特会なるものを結成し、より弱い立場の在日外国人を罵倒し、怒りのはけ口としている。情けないこと、怒りの方向が真逆だ。
 それに比べ、山本太郎の視点は社会の本質的構図をつかんでいるため、説得力があり、その実践力にも支えられ、多くの人々の支持のうねりをつくりだした。

 沖縄でも糸数さんが反撃している。沖縄と東京で安倍政権に対する反乱が正しくも開始された。
 希望はこの辺から見いだせる。

 映画「漂泊」撮影もいよいよ佳境、昨日は五料地区での麦わら船(水神祭)を流す場面などを撮影、夜はホルモン屋での賑やかな撮影となった。

 撮影現場に立ち会ったり、選挙事務所へ行ったりと、忙しい1日だった。
 
 
 
 


 

2013年7月20日土曜日

富士子疾走。アベノミクスにだまされるな。

玉村町内で訴える富士子、すごくいいよ。
 いよいよ参院選最終版、かがや富士子は走り抜いている。
午後には玉村町にも入り、政策を訴えた。
何日かぶりに聞いた富士子の演説のなんと説得力のあることか。
いつの間にこんなに成長したのかと驚いた。
ウグイスさんからは「彼女は力のある人よ。これからが楽しみ」という言葉が返ってきた。
思いに確信があるから、動じない。いい神経してるのだ。
これから地元伊勢崎市内に入り、とことん自分の声で支持を訴えるそうだ。

 ところで、自民党圧勝とか言われているが、それでいいのかい。

《アベノミクスは「デフレ脱却、消費税増税、社会保障を聖域としない改革」などにより、貧者《アベノミクスは「デフレから吸い上げたカネを富者に再分配するプログラムであり、負債については、逆に富者から引き受けたそれを貧者に再分配するプログラムである。
アベノミクス、要するに貧者から富者へと富の移転をさせるプログラムだ。
「愚か者」とは、貧者から富を簒奪することで私腹をいっそう肥やそうとする富者だけでなく、そうした富者の利益を代弁する自民党や同類政党に、おのれの利益に反して投票してしまうであろう多くの貧者のことでもある。
 そうした「愚か者」を眼前にして、「怒り」ではなく、あるいはそれだけではなく、「恥辱」を感じなければならないということであり、そのときにこそ我々は何か絶対的に新たな可能性を見いだせるはずだ。この世界における「可能性」とはそうしたもののことであって、それ以外ではないということなのである。
廣瀬純・龍谷大学経営学部准教授》
 と、こういう意見も出てきている。

 色んな人が危機感を連ねる。問われているのは、我々有権者の姿勢だ。
極少数のブルジョワジー(1%)に奉仕する政権など不要だ。それらの政党にてこ入れすることの「恥辱」を感じよう。

 「漂泊」の撮影は続く。今日は藤川地区での「悪魔払い」のシーンの撮影が終わり、これから多美江のアパートでの撮影に移る。
藤川地区でのワンシーン(多美江と康一)

2013年7月18日木曜日

かがや富士子高崎集会、断固としてやりきる

富士子が撮った嬬恋のキャベツ畑
安倍・オバマ対談(コント・ニュースペーパー)
海江田代表の激励を受ける富士子

 自民がきわめて優勢などという状況を突き抜ける集会として昨夜、大雨をついて高崎音楽センターでかがや富士子総決起集会が打ち抜かれた。
 海江田万里代表も駆けつけ、アベノミクス批判を展開、連合推薦の比例候補支援の労組もそれぞれの訴えをした。
 連合内には原発推進労組もあるが、かがや富士子は断固として脱原発、憲法改悪阻止、反TPPそして庶民の暮らしを破壊するアベノミクスを批判しつくした。

 現代社会をどう認識するか、そしてどんな未来を展望するか、ということが問われている実に単純な選挙なのだが、各人さまざまな生活環境、政治環境に長い間どっぷりつかってきたため、まして付和雷同の社会環境の中で、周りと違った政治行動をとることをほとんど経験していないので、断固とした判断、決断ができないというのが現実だろう。それこそ不幸なことだ。

 先の戦争の侵略性を否定し、戦前の息も詰まる暗黒社会を模範とするかのような憲法改正を目指す安倍自民党。
その危険性を侵略戦争の被害国である中国や韓国はすでに見抜いている。
 アメリカとて「侵略の定義は定まっていない。従軍慰安婦は強制ではなかった。」などという安倍の主張に対し強く反発している。アメリカが付き合っている日本は侵略戦争を反省した戦後の日本であり、戦前の軍国主義・日本ではない。
 国防軍の次にくるのは徴兵制であり、軍命に有無を言わせないための軍事裁判所の創設だ。すでにそのことを自民党・石破は発言している。

 このようなときだからこそ、かがや富士子の決断は大きい。
原発のない社会、平和と共存を進める国際社会、富の偏在をなくする方向での世界経済の追及。

 選挙期間は残り少なくなったが、トコトン主張しまくり、一人でも多くの支持を得よう。

 東京選挙区では山本太郎が大奮闘している。時代を前に突き動かす、今がその時だ。

2013年7月16日火曜日

五料橋から花火を眺め、夜の映画撮影に立ち会う

女子大での撮影は進む
出演者たちも歓談でリラックス
准教授役の濱本さん(左)と武藤准教授
五料橋でのワンシーン、お気に入りの1枚だ。大人の映画だよ。

 15日は女子大学を中心に撮影、4時頃からアパート、そして五料橋での玉村花火と合わせての撮影となった。
 予定通りにはいかないもので、また花火渋滞も重なり、五料橋でのシーンはぎりぎり間に合ったという感じだ。
橋を車は通行しているし音声的には難しい撮影だったろうに。
五料橋での撮影が終わったのが夜10時頃だろうか。
その後、飯玉神社での撮影となる。
 神社に奉納されている麦わら船が灯りに照らされ浮き上がる中での夜の撮影は荘厳さも感じさせてくれる。
 多美江と真世の二人が最後までがんばり、撮影を終えたのは12時少し前、藤橋監督も朝から重労働だったろう。
 立会ったスタッフも相当疲れていたようだ。しかし、タイミング、旬を逃したらいい映像は撮れない。
 気力・体力・歌唱力でイケイケの真夏にしてやろう。
 
次回撮影は20日(土)、21日(日)と続く。参院選最終日だぜー。イッソガシイ-。
 
 

2013年7月15日月曜日

かがや選挙、「漂泊」撮影、そして今日は玉村花火

完成間近の麦わら船(五料)
老人役の河原畑榮作さんはいい味わいを醸し出す
軍配山でも撮影

 
 14日、15日2日続けての映画「漂泊」撮影だが暑さや夕立もあり出演者、スタッフにとり思うように進まないことも出てくる。
しかし、準備万端、関係者も若い人が多いので体力には自信があるのだろう。ぐいぐい進めている様子だ。
 町中から五料の飯玉神社、八幡宮、軍配山そして角渕祇園祭とロケは続いた。しかし、角渕で夕立、撮影中断となる。
 私は主に勤労者センターを拠点とし、物や出演者の送りなどを担当したが、映画づくりには多くの人の協力が不可欠ということを実感する。
 多美江、真世もいよいよ万全の態勢で臨む。
今日は県立女子大を中心に玉村花火大会での撮影が予定されている。

 一方の参院選、かがや富士子は並の候補者ではない。
戦争を正しく恐れ、原発の危険さを根源的に理解し、TPPに象徴されるブロック経済の非人間性を見抜いている人だ。
 人間社会が平和的に持続するためには、安部自民党が進めている政策を押しとどめる必要があることを理解し、そのための行動として、今回の参院選に出馬した。
 「日本復興最後のチャンス」などと、日本をバーゲンセールのたたき売りの対象にしか捉えられない自民党候補とは筋が違う。
  かがや富士子の知名度不足は決定的だが、それを補うものとして、「投票棄権の理由の70%は(誰からも依頼がなかった)から」ということをハッキリさせたい。
「とにかくかがや富士子をお願いします」と周囲の人にお願いすることが、確実で現実的な運動だろう。

 現在の自民党の勢いにはかなわないと誰もが尻込みをする中
での彼女の勇気ある断固とした決断に応える道は、かがや富士子の得票を増やすことしかない。

 
 人類進歩の歴史は参政権獲得の歴史でもあると言える。1925年の普通選挙法、しかしこの時は女性には選挙権は認められなかった。
 女性が選挙権を獲得したのは1945年、実に戦争が終わってからだという現実を思い起こす必要がある。
 この闘い取った参政権をむざむざ放棄してしまっていいのか。

《この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。日本国憲法第12条》

〈権利の上に眠る者は保護しない〉などと権力者が言い出しているではないか。
 血を流してたたかい取った参政権を放棄したとき、新たな独裁が始まる。今がまさにそのときだ。

  7月17日午後6時30分から高崎音楽センターで海江田代表を招いてのかがや富士子総決起集会が開かれる。
現在の勢いを数倍させるためにも総結集しよう。

そして本日、玉村町の風物詩・花火大会、町職員は準備で大忙し、議会も昭和村議会との交流等さまざまな予定が組まれている。
 忙しい1日が始まる。






 

2013年7月14日日曜日

菅直人元総理を招いてのかがや富士子集会

原発事故を語る菅直人元総理

 13日予定通り菅直人元総理大臣を招いてのかがや富士子個人演説会が成功裡に玉村町、伊勢崎市で開催された。
 事故渋滞で菅さんは遅れはしたものの、ほかの参加者との発言順位のやりくりで集会全体は内容の整ったものとなった。
 この間のかがや富士子自身のがんばりで知名度と訴える政策の本気さが地域に浸透しつつあることをうかがわせた。
 原発事故当時の総理大臣としての菅さんの発言は重いものがある。
 放射性廃棄物の処理方法などまるで未完の原発に未来をゆだねることはできない、事故レベルの深刻さを見たとき、原発廃止以外に選択肢はなく、そのことを鮮明に主張するかがや富士子を国会に送り出し、安倍首相の原発再稼働、輸出路線を変更させたい、と主張した。
 
 角田義一さんや黒沢代表、北川連合群馬会長、市民選対の木村香織さんも発言し、会場を大いに盛り上げた。
 後は「かがや、かがや」で投票依頼を巻き起こし、ぐんぐん追い込みを諮ることだ。
 
 
 

2013年7月11日木曜日

7月13日かがや富士子集会、玉村町・伊勢崎市に総結集を

こういう組み合わせも

 いよいよ中盤戦、激しく追い込みをはかる意味でも13日のかがや富士子個人演説会に多くの人々の参加を訴える。
 
会場は午後3時から玉村町文化センター小ホール
午後4時から伊勢崎プリオパレス
参加しやすい会場へ足を運んで頂きたい。
角田義一さん、管直人元総理も応援に駆けつける。
 
 この富岡由紀夫さんとは縁があるようで、先日は高崎市内の信号待ちの交差点で会い、昨日も伊勢崎事務所でばったり会った。先日は玉村町でも会うなど、不思議な巡り合わせだ。
健闘を祈りたい。
 

2013年7月7日日曜日

映画・漂泊の撮影始まる

撮影後女子大のみなさんと
たまたんとのシーンも撮影

 いよいよ映画「漂泊」の撮影が始まった。午前中は麦わら船を作って頂だいている保存会のみなさんの現場を五料に尋ねた。
 午後からは、女子大、玉村町役場での撮影となった。
真夏の時期、今後は屋外での撮影も多くなり、出演者も一気に増える。水分補給等の配慮も一層必要となるだろう。
 予定では今日を入れて8日間、残り7日間の撮影だ。応援部隊のバックアップ体制を固めて対応したい。

2013年7月6日土曜日

かがや富士子事務所開き集会・伊勢崎

気合いの入った発言をするかがや富士子
ホルモンやでi井筒監督の「叱咤・激励」を受ける富士子

 公示2日目の5日夕方、伊勢崎事務所で事務所開き集会が盛大に行われた。
 黒沢民主党県連会長、北川連合群馬会長を初め多くの自治体議員も勢揃いしての集会だ。
 かがや富士子という最高の候補者を抱えての大勝負に勝ち抜こうという強い意志が全体で確認された。
 特に角田義一さんは自民党による憲法改正の怖さを強調し、若いかがや富士子にかける思いを訴えた。
 勤務を終えて参加した多くの人たちと連帯し、自民党優勢の序盤を押し返そう。
 
 集会後、友人と食事をしていると、井筒和幸監督が来る、という土田社長からの電話。
 伊勢崎での予定を変更し、いつものホルモン屋へ行けば、すでに土田君は出来あがり、かがや夫妻と角倉県議が井筒監督と親しく?話し込んでいるではないか。
 どなたさんも人見知りする性格の人はいないので、突然だが、良い交流ができたのではないか。
 かがや富士子は監督から非常に強く濃いアドバイスを受けていた。今後、是非活かして頂きたい。
 いよいよ梅雨明け、自民党候補者はほとんど不在の群馬選挙区で自民圧勝はないでしょう。
 
 7月13日(土)午後3時から玉村町文化センター小ホール、午後4時から伊勢崎プリオパレスで「かがや富士子の個人演説会」が開かれる。
 大結集を呼びかける。反撃するぞー。
 
 

2013年7月4日木曜日

参院選「かがや富士子選挙」始まる

ポスター貼りは一番

 いよいよ参院選が始まった。
自然界とは相容れず、人間がコントロール出来ない原発の推進を大事故(危険度・最悪のレベル7)の反省もなく推し進めようとする安倍自民党内閣、超巨大企業による日本という国、社会を餌食にするTPPに参加する安倍自民党内閣、そして暗黒の戦前の日本帝国主義の復活を目指すかのような改憲策動(自民党改憲草案を見よ)を進める安倍自民党内閣。
 彼は、日々、こつこつと生きている庶民のつましい生活など考えていない。
 ほんの1㌫の強者たちが一段と金儲けし、労働者は資本家の膨大な利益の(気まぐれな雫)でもって生きていけ、と言わんばかりの頭脳しか持ち合わせていない。
 このようなことが続けば社会は崩壊する。すでにその兆しは多くの社会事象で現れているではないか。
 
 これにかがや富士子が挑戦するのだ。
ともに闘わなくてどうする、ということで、初日はポスター貼り。
9人の仲間とともに玉村町内を2時間ほどで貼り終え、午後の作業に移った。
 明日、午後6時30分から「かがや富士子伊勢崎選対事務所」で事務所開きが行われる。
 多くの方々の気持ちのこもった激励をお願いしたい。
 

2013年7月1日月曜日

イベント《輝く未来を子供たちに》 やってのけました。

前橋駅での街宣(右は福島党首)
会場を圧倒したアシリ・レラさん
内容満杯の4人のト-クセッション
最後は福を呼び込む乱舞
御輿で富士子を担ぎ上げ
勝ったも同じ

 ベイシア文化会館へ向かう途中、福島瑞穂社民党党首が前橋駅北口で街頭演説をするということで、早速、駅へ向かった。
 日曜日の前橋駅は人通りが少なく、寂しい様子だが、かがや富士子は福島瑞穂さんと元気にマイクを握った。
 脱原発、反TPP,憲法改悪阻止、アベノミクス批判に迷いはない。
 新自由主義批判を満展開した後、「輝く未来を子供たちに」の会場、ベイシア文化会館大ホールへ。
 どんなことになるのやらと見ていると、これが猛者の集まりで、話もそれぞれ深いものがある。

<母なる地球と共に生きる>が一部
 最初は、アシリ・レラさん。
アイヌ民族の聖地・北海道二風谷生まれの自然環境活動家で世界中の先住民族と交流し、母なる地球からの平和メッセージを伝えているビッグ・マザー。
 <食べるものは必要なだけ得ればいいではないか、余分に取る必要はない>
 その彼女が加賀谷独志君の妻・富士子が参院選に立つということで、北海道から応援に来るのだから、富士子の考え方に根底的な共感を得ているのだろう。

 寿(コトブキ)は沖縄出身の宮城喜光と広島出身のナビのユニット。ナビはインドネシアに住んでいて、そこから飛んできた。
仁志君が沖縄で活動していたとき知り合ったとか。
二人の歌が未来に向けた希望のメッセージで心に響いた。

 宮嶋望は前橋市生まれで、現在、北海道に共同学舎新得農場を経営し、障害を持つ仲間たちと酪農・チーズ工房を運営している。
「第3回山のチーズオリンピック」で「さくら」が金賞を受けた。
自然の豊かさに畏敬の念を正しくも抱いている人だ。
著書に「いのちが教えるメタサイエンス」他がある。

 田中徳雲は福島原発から17キロ、南相馬市同慶寺の住職。震災により地震と寺が被災、現在、同慶寺を除染しながら、各地を巡り命の講和を説く。

 この4人の話だけでもそれぞれ1時間くらいは欲しいほど素晴らしい生き方を示してくれる人たちだ。

 そして第2部は<あきらめないで、政治を庶民の手に>
 津田大介が司会をし、安田美絵、山本太郎そしてかがや富士子がトークする。
 覚悟を固め決意をした人たちの社会の本質を見つめる視線はゆるぎないし、誰をも納得させる。

 <自然界と生き物としての人間、欲望と節制、個人と集団、生と死、命の連鎖の尊さという根底的なもののとらえ方を抜きに政治は語れないはずだ。
 目先の損得、弱肉強食を是とする経済成長一辺倒の現代社会を根底から否定する感性こそが、実は新しい世界を生み出す。
 ドタバタの選挙戦のなかで、このような企画を貫徹した意味は大きい。勝利は我等に>