今日、群馬司法書士会総会が開かれ、いわゆる「25年表彰」を受けることとなった。同期が13人いた。伊勢崎支部は私と木村康弘、小茂田浩一郎、小林晃の4人の会員、前橋支部は大澤正光さんだ。みんな元気だしまだまだ仕事もできる。しかし、25年という年月の過ぎてみれば早いこと、私も50代半ばを過ぎてしまった。特に大澤さんとは、前橋市立図書館で受験勉強をした縁もあり、また真面目で強欲のない性格も幸いして今だに互いに仕事の相談をしあっている。一緒に勉強をしたといっても、同じ部屋の別の机でそれぞれ本に向かっていただけのことだが、あの時間、あの期間を共有したことの意味は大きいと感じる。当時、一緒にいたのは他に坂内さんもいた。そして今、弁護士として活躍している人もいる。
当時、朝9時から夜7時までの間、実質8時間は本を読んでいた。100円のボールペンのインクが1週間ほどでなくなるほどノートに書き手で覚えた。とにかく、あの当時の集中力を思うと我ながら感心する。
開業当時はまだ申請書もタイプライターの縦書き、数字は漢数字だった。登記簿もブック方式で1筆の閲覧申請で何筆かの登記簿をのぞいていた。今は電子申請と隔世の感がある。
これからどんな社会がくるのか予想することはなかなか難しい。地球の存命時間はまだまだ長いのだから、後先を考えず、未来を食いつぶすような競争の中に埋没することなく、ゆっくり味わい深い人生を送れるような文化社会、経済社会を築き上げるべきとつくづく思う。
誰もがそうだが、同時代の人の生きている現在は未来との関係では過渡期ということ。様々な事象と格闘し合いながら時代は動いていく。だから複雑で面白い、決してデジタル社会などではない。
群馬県玉村町の町長「石川まさお」のブログです。 「瞬間」と「悠久」は決して対立的な言葉ではなく、「瞬間の中に悠久」が、「悠久の中に瞬間」はあります。何かと対立関係で世の中を見ようとする流れに抗すべく、みんなが集える庵を構えました。 新自由主義政策により社会の格差が広がり、荒んでいくのをくい止めるべく、地域に根ざした活動をします。
みんな寿命を全うしようぜ
西表島で会った昼の蝶
2010年5月29日土曜日
2010年5月24日月曜日
韓国哨戒艦沈没は本当に北朝鮮の仕業?
天安沈没事件に関し、北朝鮮の犯行として日、米、韓合同で制裁を検討しているという。
北朝鮮の犯行という前に、この事実を検証しなければならないのではないか。
以下は「河信基の深読み」から
[それは、天安沈没と同時間帯に指呼の海域で米軍潜水艦が沈没し、密かに引き上げられていた事実だ。
米潜水艦沈没を報じたのは、韓国kBSテレビ。事件から間もない4月7日9時からの「ニュース9」特集「謎の第3ブイなぜ?」で米軍ヘリコプターが米兵の遺体を運び去る映像などを流した。
ネットでは、天安と米潜水艦との衝突説が飛び交ったが、韓国政府当局が「誤報」として名誉毀損で告訴し、KBSのウェブサイトから削除された。韓国のテレビは過去の放送もすべてVODで視聴できるが、同特集だけは「法廷闘争のため映像サービスは中断します」となっている。
その後、北朝鮮関与説が堰を切ったように流され、米潜水艦関与説は脇に押しやられていった。]等々と続く訳だが、同地域で演習していた原潜コロンビアの行方が分からなくなっているという。この辺から探していったらいい。
天安の切断面が、強烈なせん断破壊面であり、水中爆発によるバブルジェットによるものと思えない。むしろ潜水艦急浮上による衝突ではないか、と河信基は推測する。
もし米潜水艦による衝突事故だとすると、これも一大事だが、少なくとも、この事件に関し、北朝鮮には「動機がまるでない」のだ。なんでも都合の悪いことは北朝鮮で、その脅威から日本を守るために、普天間基地の移設先を辺野古じゃたまらない。もし米潜水艦による事故だとしたら、やはり沖縄に米軍基地はいらない。
(デビ夫人のブログにも書かれているので参照のこと。彼女のような一見妖しい人は意外に真実を語るのです。)
このような国際問題は、事実と違うことから戦争すら始まることを認識しなければならない。湾岸戦争の発端は、イラクがクウエ-トに侵攻したことから始まった。事実は、イラクの地下油田がクウエートにより浸食されていることに再三抗議していたフセインがクウエートに侵攻し、地下油田の浸食を止めさせようとしたことによるものだが、クウエートのアメリカ大使はその旨了解していた。しかし、実際に侵攻すると、イラクのクウエート侵略と非難し戦争を仕掛けていった。
ベトナム戦争の発端のトンキン湾事件だってそうだ。戦争を起こす口実はどうにでもなるのが現実の国際政治だ。しかし、それを許していいのか、と言うのが私の考え方だ。
北朝鮮の犯行という前に、この事実を検証しなければならないのではないか。
以下は「河信基の深読み」から
[それは、天安沈没と同時間帯に指呼の海域で米軍潜水艦が沈没し、密かに引き上げられていた事実だ。
米潜水艦沈没を報じたのは、韓国kBSテレビ。事件から間もない4月7日9時からの「ニュース9」特集「謎の第3ブイなぜ?」で米軍ヘリコプターが米兵の遺体を運び去る映像などを流した。
ネットでは、天安と米潜水艦との衝突説が飛び交ったが、韓国政府当局が「誤報」として名誉毀損で告訴し、KBSのウェブサイトから削除された。韓国のテレビは過去の放送もすべてVODで視聴できるが、同特集だけは「法廷闘争のため映像サービスは中断します」となっている。
その後、北朝鮮関与説が堰を切ったように流され、米潜水艦関与説は脇に押しやられていった。]等々と続く訳だが、同地域で演習していた原潜コロンビアの行方が分からなくなっているという。この辺から探していったらいい。
天安の切断面が、強烈なせん断破壊面であり、水中爆発によるバブルジェットによるものと思えない。むしろ潜水艦急浮上による衝突ではないか、と河信基は推測する。
もし米潜水艦による衝突事故だとすると、これも一大事だが、少なくとも、この事件に関し、北朝鮮には「動機がまるでない」のだ。なんでも都合の悪いことは北朝鮮で、その脅威から日本を守るために、普天間基地の移設先を辺野古じゃたまらない。もし米潜水艦による事故だとしたら、やはり沖縄に米軍基地はいらない。
(デビ夫人のブログにも書かれているので参照のこと。彼女のような一見妖しい人は意外に真実を語るのです。)
このような国際問題は、事実と違うことから戦争すら始まることを認識しなければならない。湾岸戦争の発端は、イラクがクウエ-トに侵攻したことから始まった。事実は、イラクの地下油田がクウエートにより浸食されていることに再三抗議していたフセインがクウエートに侵攻し、地下油田の浸食を止めさせようとしたことによるものだが、クウエートのアメリカ大使はその旨了解していた。しかし、実際に侵攻すると、イラクのクウエート侵略と非難し戦争を仕掛けていった。
ベトナム戦争の発端のトンキン湾事件だってそうだ。戦争を起こす口実はどうにでもなるのが現実の国際政治だ。しかし、それを許していいのか、と言うのが私の考え方だ。
2010年5月23日日曜日
流動化する政治状況の中で
政治が流動化化してきた。普天間問題で鳩山首相は、ついにというか結局というか、辺野古にそれも埋め立て方式で新基地を建設することを日米合意するという。自民党案に戻ったということ。日米合意を地元や沖縄県民の合意なしにアメリカと合意するなどというやり方は本末転倒であり、民主党が一番嫌っていたことではないのか。
何度も言うが、小選挙区制度で生まれる二大政党は似たもの政党になることははじめから分かっていた。マスコミも小選挙区推進論者も言わなかっただけのこと。支配階級にとって、国民を支配する幅がむしろ広がったという意味では、しばらく安泰と言うこと。しかし、そうはならないのが政治の世界。経済活動を実質担っているのは労働者であり、その暮らしを保証できない事態がさまざまな面で現れている。「国民の生活が第一」という言葉で、小泉政権の新自由主義路線を批判したのはそういう意味だったはず。しかし、政権を担ったとたん、自民党との違いを見つけるのが大変なほど似たような政策になっている。これが現在の民主党の限界だろう。今後、リベラル政党に飛躍できなければ後はない。
しかし、出てくる新党はどれもこれも復古調の国家主義政党ばかり。時代錯誤と簡単に言ってしまえばそのとおりだが、実はそれほど単純ではないと見る。グローバル社会の現代は、経済も情報も国境を越えて複合的に機能するため、国家というものさえ時には無用ないしは障害となって立ち現れる。それぞれの国々の人々が国家という求心力から解放されたときどんな世界が訪れるのかは、単純な話ではないのでここではすすめないが、一面極端に無秩序な世界が訪れる。世界の現秩序を維持しようとする現在の支配層はそれぞれの国家秩序を維持するため、保守主義に走り国民を国家に縛り付けようとする。
例として、アメリカはグローバルな新自由主義(ネオリベラリズム)と新保守主義の路線のもとでイラク戦争を起こしたことを忘れてはならない。
不可逆的な国際化と保守主義のバランスで何とか国家運営を乗り切ろうとしているのが現在の状況だが、この保守主義は独善的な愛国主義、差別排外主義となって思わぬ不幸を国民や周辺国に及ぼす危険性があることを、歴史からも教訓化する必要がある。
この辺から今後の流動化する政治を見ていった方がいい。
何度も言うが、小選挙区制度で生まれる二大政党は似たもの政党になることははじめから分かっていた。マスコミも小選挙区推進論者も言わなかっただけのこと。支配階級にとって、国民を支配する幅がむしろ広がったという意味では、しばらく安泰と言うこと。しかし、そうはならないのが政治の世界。経済活動を実質担っているのは労働者であり、その暮らしを保証できない事態がさまざまな面で現れている。「国民の生活が第一」という言葉で、小泉政権の新自由主義路線を批判したのはそういう意味だったはず。しかし、政権を担ったとたん、自民党との違いを見つけるのが大変なほど似たような政策になっている。これが現在の民主党の限界だろう。今後、リベラル政党に飛躍できなければ後はない。
しかし、出てくる新党はどれもこれも復古調の国家主義政党ばかり。時代錯誤と簡単に言ってしまえばそのとおりだが、実はそれほど単純ではないと見る。グローバル社会の現代は、経済も情報も国境を越えて複合的に機能するため、国家というものさえ時には無用ないしは障害となって立ち現れる。それぞれの国々の人々が国家という求心力から解放されたときどんな世界が訪れるのかは、単純な話ではないのでここではすすめないが、一面極端に無秩序な世界が訪れる。世界の現秩序を維持しようとする現在の支配層はそれぞれの国家秩序を維持するため、保守主義に走り国民を国家に縛り付けようとする。
例として、アメリカはグローバルな新自由主義(ネオリベラリズム)と新保守主義の路線のもとでイラク戦争を起こしたことを忘れてはならない。
不可逆的な国際化と保守主義のバランスで何とか国家運営を乗り切ろうとしているのが現在の状況だが、この保守主義は独善的な愛国主義、差別排外主義となって思わぬ不幸を国民や周辺国に及ぼす危険性があることを、歴史からも教訓化する必要がある。
この辺から今後の流動化する政治を見ていった方がいい。
2010年5月15日土曜日
辻元清美、保坂のぶとと語る会
11時から高崎音楽センター会議室で夏の参議院選挙に向け、辻元清美と保坂のぶとを招いての集会が開かれた。辻元は政府中枢に入っているのでそれなりの情報を持っているが、それでも保坂の情報はどうしても必要なものだという。
確かに、八ツ場ダムを中心とした公共事業に関しては保坂は1級の情報を持っている。しかし、それにはそれだけの力を注いでいることも事実。
中学卒業時の内申書に「政治活動を行っていた」と書かれたことで高校進学を拒否され、「内申書裁判」を16年間たたかい抜いた。社会の底辺で仕事を転々としながら、独学でジャーナリストになった経歴は大いに評価したい。
辻元は、子どもの頃、親子4人で、店の2階ひと部屋に住んでいた。風呂もトイレもない部屋にだ。友達の誕生会には行けても、自分の誕生会に友達を呼べない。これが今もヒガミになっている、と告白する。今、政府中枢で、住宅政策の抜本的変革に取り組んでいる。
こういうタイプの人間が社民主義政党の社民党で活躍することは大変貴重なこと、組織ではなく、多くの市民の思いを受けて、新自由主義と対決してもらうことを心から願う。
2010年5月14日金曜日
平居照朗先生の死を心から悼む
ついに10日、平居照朗先生が逝去された。とにかく並の人物ではないので表現に困ってしまうが、資本論を学問としてあそこまで深く理解していた人がこんな身近にいることに驚いた。勉強会を続けてもっと多くの人に学んでもらおうという意欲満々だった。中国語、韓国語、そして歴史に通じ教養も豊かで、俗っぽさも持ち合わせている。人の名前をよく覚えているのには驚いた。その人が鬼石町で儲かりそうもないガソリンスタンドを経営しているのだから面白い。私は先生の愚痴を聞いたことがない。資本主義の原理を知っていたから、愚痴なぞ言ってもなんの役にも立たないと思っていたのだろう。亡くなってからその評価が高まる人であることには間違いない。
資本論がどれほど難しいか。資本論のフランス語版にたいする序文と後書で、カール・マルクスは言う。「学問には坦々なる大道はありません。そしてただ、学問の急峻な山路をよじ登るのに疲労困憊をいとわない者だけが、輝かしい絶頂をきわめる希望をもつのです。」と。
生前、先生から「死んたときは弔辞を頼むよ」と言われていたので思いを込めて読ませていただいた。マルクスが亡くなったときエンゲルスが悼んだ言葉を援用しようかとも思ったが、いきなりは見つからないし、そこまですると、真の意味での平居照朗先生への追悼から外れてしまうので止めた。ご冥福を祈るばかりだ。塾生同士の関係も継続し「しのぶ会」を落ちついたら企画したい。
弔 辞
薫風香る5月、今は亡き平居照朗先生の御霊前に謹んで哀悼の言葉を捧げます。
7日にお見舞いしたときは、元気な様子で、短時間ではありますが、私たちとお話していただき安心していたところ、11日の朝、このような悲しいお知らせを受け、驚きとともに深い悲しみに沈んでいます。
今日は、平居塾で共に学んだ84才の小林悟さんをはじめ多くの塾生が参列していることをご報告します。
先生との出会いは、平成17年にさかのぼります。私の大学時代の友人を通じて「鬼石に経済学を講義できる先生がいるので、勉強会を企画しないか」と誘われたことからでした。どんな経済学かと尋ねると「マルクスの資本論」と言います。
私自身、若い頃から幾度となく挑戦した資本論は、あまりにも難解でそのすそ野にも入り込めない状況でした。マニフェスト(共産党宣言)すら理解したとは言えません。
半信半疑で平成18年1月から、月1回のペースで藤岡公民館を拠点にして始まった平居先生による「資本論講座」は驚きと新鮮さの連続でした。
最初は日高晋著「経済学」から経済学の考え方を学び、宇野弘藏著「経済原論」と資本論を並行学習する形での勉強会でした。そしてなんと4年間で資本論全三巻の通読解説を終えてしまったのです。参加者は当初、10人程度でしたが、その解説の分かり易さと先生の奥深いさまざまな分野に及ぶ知識の支えもあり、参加者は減るどころか、次第に増え最後には30人にも達しました。年齢も20代から80代までと全世代を縦断しています。
「この困難な時代だからこそ、資本論を学ばなければいけない」と言う平居照朗先生は、高崎経済大学から法政大学大学院を終了した宇野弘藏経済学派に属する在野の経済学者です。
先生は自由、自主を信条とし、参加者の思想・信条は全く意に介さない公平感覚あふれた人でした。勉強会の後は近くのラーメン店で、復習やら社会情勢を語り合い、夏と冬は居酒屋で酒と料理を囲んでの熱い語らいのひとときを持ちました。塾生一同、年齢も職業も信条さえも違う者同士でしたが、平居先生を中心にした4年間の学びの時間を共有した今は不思議な信頼感で結ばれるようになっています。
先生は事業経営をしながらも、時間があれば、読書、読書で、新聞はスポーツ紙も含め全紙を読み、さまざまな知識に富み、中国語、韓国語にも堪能でした。そのような人が自信を持って語る資本論は迫力があり、説得力がありました。この間の講義に対する報酬も一切拒否するなど、私たちには申し訳ない限りでした。
資本論は、資本主義社会においては、人間が資本の利益を生み出すための道具でしかないことを、一昨年秋、資本の暴走という形で起きた米国発の「リーマン・ショック」で証明しました。社会の主体が資本ではなく、人間が主体の社会に変えていかなければいけない。そのことを理解する上にも資本論学習は必要だと、みんなで議論したことを思い出します。
最終講義はどこかの大学の教室を借り「市民講座」として多くの人が参加できる企画をし、何らかの区切りにしようと考えていましたが、実現することなく、先生は私たちの元を離れてしまいました。
それは形式を嫌う平居先生の私たちに対する思いやりであり、4年間の学習をそれぞれの人生のなかで、区切りなどつけず継続して活かして生きよ、という叱咤激励と思えてなりません。
平居照朗先生、本当にお世話になりました。あなたの知識と理解度には及ぶべくもありませんが、これからも学習を続けることを御霊前にお誓い申し上げます。どうか私たちを忘れないで下さい。残されたご家族の方々をお守り下さい。そして安らかにお眠り下さい。
平成22年5月14日
資本論講座平居塾一同
代表して玉村町議会議員 石川眞男
資本論がどれほど難しいか。資本論のフランス語版にたいする序文と後書で、カール・マルクスは言う。「学問には坦々なる大道はありません。そしてただ、学問の急峻な山路をよじ登るのに疲労困憊をいとわない者だけが、輝かしい絶頂をきわめる希望をもつのです。」と。
生前、先生から「死んたときは弔辞を頼むよ」と言われていたので思いを込めて読ませていただいた。マルクスが亡くなったときエンゲルスが悼んだ言葉を援用しようかとも思ったが、いきなりは見つからないし、そこまですると、真の意味での平居照朗先生への追悼から外れてしまうので止めた。ご冥福を祈るばかりだ。塾生同士の関係も継続し「しのぶ会」を落ちついたら企画したい。
弔 辞
薫風香る5月、今は亡き平居照朗先生の御霊前に謹んで哀悼の言葉を捧げます。
7日にお見舞いしたときは、元気な様子で、短時間ではありますが、私たちとお話していただき安心していたところ、11日の朝、このような悲しいお知らせを受け、驚きとともに深い悲しみに沈んでいます。
今日は、平居塾で共に学んだ84才の小林悟さんをはじめ多くの塾生が参列していることをご報告します。
先生との出会いは、平成17年にさかのぼります。私の大学時代の友人を通じて「鬼石に経済学を講義できる先生がいるので、勉強会を企画しないか」と誘われたことからでした。どんな経済学かと尋ねると「マルクスの資本論」と言います。
私自身、若い頃から幾度となく挑戦した資本論は、あまりにも難解でそのすそ野にも入り込めない状況でした。マニフェスト(共産党宣言)すら理解したとは言えません。
半信半疑で平成18年1月から、月1回のペースで藤岡公民館を拠点にして始まった平居先生による「資本論講座」は驚きと新鮮さの連続でした。
最初は日高晋著「経済学」から経済学の考え方を学び、宇野弘藏著「経済原論」と資本論を並行学習する形での勉強会でした。そしてなんと4年間で資本論全三巻の通読解説を終えてしまったのです。参加者は当初、10人程度でしたが、その解説の分かり易さと先生の奥深いさまざまな分野に及ぶ知識の支えもあり、参加者は減るどころか、次第に増え最後には30人にも達しました。年齢も20代から80代までと全世代を縦断しています。
「この困難な時代だからこそ、資本論を学ばなければいけない」と言う平居照朗先生は、高崎経済大学から法政大学大学院を終了した宇野弘藏経済学派に属する在野の経済学者です。
先生は自由、自主を信条とし、参加者の思想・信条は全く意に介さない公平感覚あふれた人でした。勉強会の後は近くのラーメン店で、復習やら社会情勢を語り合い、夏と冬は居酒屋で酒と料理を囲んでの熱い語らいのひとときを持ちました。塾生一同、年齢も職業も信条さえも違う者同士でしたが、平居先生を中心にした4年間の学びの時間を共有した今は不思議な信頼感で結ばれるようになっています。
先生は事業経営をしながらも、時間があれば、読書、読書で、新聞はスポーツ紙も含め全紙を読み、さまざまな知識に富み、中国語、韓国語にも堪能でした。そのような人が自信を持って語る資本論は迫力があり、説得力がありました。この間の講義に対する報酬も一切拒否するなど、私たちには申し訳ない限りでした。
資本論は、資本主義社会においては、人間が資本の利益を生み出すための道具でしかないことを、一昨年秋、資本の暴走という形で起きた米国発の「リーマン・ショック」で証明しました。社会の主体が資本ではなく、人間が主体の社会に変えていかなければいけない。そのことを理解する上にも資本論学習は必要だと、みんなで議論したことを思い出します。
最終講義はどこかの大学の教室を借り「市民講座」として多くの人が参加できる企画をし、何らかの区切りにしようと考えていましたが、実現することなく、先生は私たちの元を離れてしまいました。
それは形式を嫌う平居先生の私たちに対する思いやりであり、4年間の学習をそれぞれの人生のなかで、区切りなどつけず継続して活かして生きよ、という叱咤激励と思えてなりません。
平居照朗先生、本当にお世話になりました。あなたの知識と理解度には及ぶべくもありませんが、これからも学習を続けることを御霊前にお誓い申し上げます。どうか私たちを忘れないで下さい。残されたご家族の方々をお守り下さい。そして安らかにお眠り下さい。
平成22年5月14日
資本論講座平居塾一同
代表して玉村町議会議員 石川眞男
2010年5月8日土曜日
大いなる一日、再度の竹の子狩り
2010年5月7日金曜日
結局、辺野古への移設はないでしょう。
鳩山首相、育ちも人柄もよく、真面目そうなのも理解するが、普天間問題で結局は辺野古はないでしょう。「勉強したら海兵隊の抑止力の必要性を理解した」とか。海兵隊はイラクやアフガンに真っ先に行き、突撃するもっとも危険で暴力的な部隊なのに、その暴力性を「抑止力」としてそれにすがる防衛とは何だ。日米安保はいつか日米同盟と化し、アメリカの世界戦略に深く取り込まれてきた自民党の「安全保障体制」を変えるのが政権交代だろう。日本はあくまで、専守防衛の範囲でのアメリカとのつきあいだけにすべきで、中東にまでその範囲を広げるアメリカに対し、そこまではできません、と言うのが新政権の役割のはず。「普天間基地閉鎖、撤去」でいいんだ。「軍事による安全保障」を「人間と環境の安全保障」に少しずつ変えていく外交力が決定的に求められている。
一方、我々もすっかり舐められていることに気づく必要がある。ハーバーマスの「晩期資本主義における正当化の問題」で、科学技術は進展し、識字率が高くなっているのに、何でそんな事信じちゃうのという場面がしばしばある。それは「順応性の気構え」ということ。ある情報について一つ一つ検証していけば、全部検証する基礎的な学力、能力はあるが、情報量が膨大である場合、一つ一つ検証していたら時間もかかるし疲れてしまう。とりあえず、メデイアに出る知識人の発言を正しいと受け止める気構えのこと。ワイドショウのコメンテイターの発言をとりあえず確かだろうと受け入れる。これが「順応性の気構え」、ほとんどの発言は、中国や北朝鮮の危険性を声高に叫び米軍の役割を不可欠のものとしての発言がほとんど。これでは、「普天間基地は危険だけど、どこかに移設場所を確保しないと国が守れない」などという予断が確立してしまう。反対側からの発言、検証姿勢がない中で、我々は本当の所を理解することから遠ざけられている。
本当のところ、基地を減らしながら様々な安全保障の組み合わせで近隣諸国との善隣関係を強化する道を探った方が後々いいと断言できる。
昨日、再入院した藤岡の平居先生を秋山、岩城さんと一緒に見舞った。夕暮れ時の訪問にも関わらず先生は喜んで迎えてくれた。4度目の見舞いになるが、少しやせた様子だった。
一方、我々もすっかり舐められていることに気づく必要がある。ハーバーマスの「晩期資本主義における正当化の問題」で、科学技術は進展し、識字率が高くなっているのに、何でそんな事信じちゃうのという場面がしばしばある。それは「順応性の気構え」ということ。ある情報について一つ一つ検証していけば、全部検証する基礎的な学力、能力はあるが、情報量が膨大である場合、一つ一つ検証していたら時間もかかるし疲れてしまう。とりあえず、メデイアに出る知識人の発言を正しいと受け止める気構えのこと。ワイドショウのコメンテイターの発言をとりあえず確かだろうと受け入れる。これが「順応性の気構え」、ほとんどの発言は、中国や北朝鮮の危険性を声高に叫び米軍の役割を不可欠のものとしての発言がほとんど。これでは、「普天間基地は危険だけど、どこかに移設場所を確保しないと国が守れない」などという予断が確立してしまう。反対側からの発言、検証姿勢がない中で、我々は本当の所を理解することから遠ざけられている。
本当のところ、基地を減らしながら様々な安全保障の組み合わせで近隣諸国との善隣関係を強化する道を探った方が後々いいと断言できる。
昨日、再入院した藤岡の平居先生を秋山、岩城さんと一緒に見舞った。夕暮れ時の訪問にも関わらず先生は喜んで迎えてくれた。4度目の見舞いになるが、少しやせた様子だった。
2010年5月4日火曜日
ひねもすのたりのたりかな
2日の山歩きのとき、花粉を浴びたためか、鼻くんくんで風邪だろうかと思う症状がまだ続く、いい機会だからゆっくり自宅で、ひねもすのたりのたりかな。さして手入れもしない庭だけどボタン、ふじ、ハナミズキの花が心を癒す。これからは草とのたたかいの季節だ。
昨夜は、土田夫妻呼びかけによる、高崎映画祭でご苦労された志尾睦子さんたちスタッフの慰労をかねて、ホルモン屋で一席設けた。偶然、「カチンの森」を観に来た緒方明監督も同席され映画談で盛り上がった。監督は「のりちゃんのり弁」「いつか読書する日」など秀作を撮り続けている。いろんな映画を観ているそうだ。ツッチーが専門的な話をし、我々がシロート衆として質問をする。「送り人、は最低の脚本と最高の演出だね」とそのシーンを細かく説明してくれた。
映画祭の話は多くはできなかったが、映画好きな若者がでてきたのは頼もしい。睡眠時間5時間の志尾支配人の気苦労はさらに続く。
2010年5月3日月曜日
憲法記念日に思う
昨日はひとり藤岡から神流の山を歩いた。そう距離はないけど春の新緑は気持ちがいい。早滝も2年ぶりに見た。滝壺に木枝が落ちていて一昨年夏のようには入れない感じだ。自然の中に身を置くことは安心感を覚える。これに尽きる。しかし、花粉には悩まされる時期だ。
今日は憲法記念日、上毛新聞紙上での憲法を守る意見広告にも、例年通り名前を何人かの仲間とともに入れさせてもらった。この意見広告を見た人が、同じことを考えている人がこんなにいるんだと感じ少しでも元気になればいいと思っている。
憲法を巡る情勢は大変厳しい状況に今後なることが予想される。世論調査によれば「9条を変えない」という割合が7割近いらしい。しかし、国会の状況を見れば、護憲派は共産党と社民党だけ、民主党も本当のところ分からない、というより本質は改憲政党といえる。自民党にいたっては「徴兵制」も書こうかという議論だし、「みんなの党」「立ち上がれ日本」その他新政党はどれも改憲派政党。彼らは、国会で議論を始めれば世論など簡単に変わってしまうことを知っている。無理矢理、世論操作すらしてしまうのだ。
憲法を語るとき、制定当時の状況をなぞるだけの牧歌的護憲論ではもはや時代遅れで、改憲勢力に対抗できない。彼らは、新自由主義を前提にその過酷な大競争に打ち勝つための軍事国家と国家総動員をも狙った改憲攻撃を仕掛けている。新自由主義の果てしない競争に終わりはなく、ついには勝者はだれもなく、荒廃と化した世界が残るだけこと。このことを認識しなければいけない。
我々は新しい社会、真の意味で人間が人間として生きることのできる社会を作れる地点に実はいることをもう認識すべきだ。高度に発達し、生産力も増大化した経済社会を作り出しているのは私たちだろう。分配さえ公平に行けば世界から貧困はなくなるほどの生産力を保持している。利己的な価値観を社会的な価値観に転化できれば、全く違う世界が広がる。終わりなき不毛の競争社会から人間性を基本に据えた協調社会への転化を進めることが改憲阻止の大きな力となる。江戸時代だって300年持たなかったのだ。資本主義も永遠ではない。
2010年5月1日土曜日
竹林の中へ
28日は前橋市議会議員の三森和也さんの結婚を祝う会に出席、角田義一さんや多くの仲間とお祝いした。参加者が多すぎて会場を二つにして、当人がそれぞれの会場を行ったり来たりという落ち着かないパターンだけど、それも三森さんらしいほほえましいひと時だった。素質があるだけに今後の彼の大きな飛躍を期待したい。1区選出の宮崎議員も2月に結婚し、夫婦で参加していた。
29日は3度目の竹の子取りへ。急に決まったため声掛けも不十分のなか、富岡市にある関口さんの実家の山へ6人で出かけた。小雨模様だったが竹藪の中まで雨が落ちてくることはほとんどなかった。とにかく山には慣れていないので、現場に行くのも疲れる。今年の天候不順の影響か、どこにも竹の子があるという状況ではなかったが、それでも悪戦苦闘の結果、結構な収穫があった。帰る頃には太陽が戻った。
竹の子狩りの楽しさは、山に入り、竹林の中に身を置くことにある。竹林から上を見上げると、まっすぐ伸びる竹の先に見える空の青さと深さが、なぜか安心感を与えてくれる。ときどき足元に届く陽射しは神秘的ですらある。自然の中に生きていることを謙虚に実感できる。それを感じるだけでも山はいい。
「カテインの森」が今日から上映、ポーランドは1939年9月1日にドイツに、17日にソ連に侵略される。ソ連の捕虜になった約15000人の将兵が行方不明となり、43年春、カテインの森で遺体が発見された。ドイツはソ連の仕業としたがソ連はドイツによる犯罪とした。戦後、ソ連の衛星国になったポーランドでは、この事件について語ることを禁じられていたが、1989年ポーランド雑誌が証拠を提示しソ連による行為と暴露した。2年後エリツイン大統領は、スターリンの命令によったものと言明した。
圧倒的な暴力で機械的にポーランド将兵を虐殺していく様子は戦争と命令のむごさ、又それに従うしかないソ連兵の身の置き所のない状況を現している。
ロシア革命の夢はスターリン反革命により完全に打ち破られ、今も社会主義は誤りとして多くの人々はとらえている。この観点から言えば、スターリンの罪はヒトラー以上だ。
ひとつの歴史を、戦争の罪を考える意味で是非観ることを進めたい。
2010年4月30日金曜日
「福島みずほ」国政報告会
先週、岩鼻での強制連行被害者慰霊祭の時、今日の報告会の件を山田ゆきお市議から聞いていた。
連休前で色んな仕事も重なっていたが、何とか工面をして高崎労使会館に駆けつけた。
福島さんとは、昨年4月の女性サミットでご一緒し、7月の衆院選の時も会ったがそれ以来だ。
大臣ということで大変なようだが、楽天的な表情は変わらない。連立政権のなかでのしんどさは
あるが、政治が違う方向に行かないようにするには、中で主張していく必要がある、と訴えていた。
現実の政治において、社民主義政党の存在の重要さは理解している。国労高崎などを主体とした実行
委員会が主催したもので、伊勢崎市議選をともに戦った81才の竹澤さんが伊勢崎から来ていた。
国労OBで、当時の活動家は年齢を重ねても強い信念を持っていることに改めて感心した。
角倉邦良、後藤かつみ両県議もいいコンビであいさつ。いい雰囲気の集会だった。
5月15日には高崎に保坂展人と辻元清美が来る。行かなくっちゃ。
2010年4月27日火曜日
「富岡ゆきお、小寺弘之」を囲む会の日程を決定
6月1日(火)玉村町下新田5丁目公民館(玉村町商工会の西)で、「富岡ゆきお、小寺弘之を囲む会」を開催することが決まりました。昨年夏の衆議院選とはまるで違う政治状況の中、いよいよ7月参院選に向けた取り組みを開始します。「時計の針を後退させるな、民主党政権をもっとリベラルに」の思いで夏の選挙をたたかいたい。現状の政治には山ほど言いたいことはあるが、政治をもう一歩前に進める事により、政治を真の意味で国民の手に取り戻したい。負けられない選挙です。多くの皆さんの参加をお願いします。
期日 6月1日(火)午後6時30分から
会場 玉村町5丁目公民館 玉村町商工会の西、玉村小学校の南
参加者 富岡ゆきお、小寺弘之
他にも様々な人士に応援に来て頂きます。
町は現在、第5次玉村町総合計画策定に向け、町内8カ所で住民意見交換会を開催している。昨日は、箱石公民館だった。道路のことになると、多くの人が集まるのだが、昨日の説明会の参加者はそう多いとはいえなかった。今日は上之手公民館、28日は角渕公民館、最後の30日は芝根公民館でそれぞれ午後7時から9時まで開催。
期日 6月1日(火)午後6時30分から
会場 玉村町5丁目公民館 玉村町商工会の西、玉村小学校の南
参加者 富岡ゆきお、小寺弘之
他にも様々な人士に応援に来て頂きます。
町は現在、第5次玉村町総合計画策定に向け、町内8カ所で住民意見交換会を開催している。昨日は、箱石公民館だった。道路のことになると、多くの人が集まるのだが、昨日の説明会の参加者はそう多いとはいえなかった。今日は上之手公民館、28日は角渕公民館、最後の30日は芝根公民館でそれぞれ午後7時から9時まで開催。
2010年4月25日日曜日
「記憶、反省、そして友好」の追悼碑を守る会の追悼集会
群馬の森の中に建立されている追悼碑の前で、7回目の強制連行犠牲者追悼集会が開かれた。私自身三度目の参加になる。日本の植民地時代、朝鮮半島から多くの人々が強制連行され、過酷な労働を強いられまたは戦場に追いやられ、女性の一部は「従軍慰安婦」を強制され、尊い青春と命を奪われていった。
今日に至っても、政府はその真相究明に誠実に取り組んでいない。そんな中、県有地に「記憶、反省、そして友好」という追悼碑を立て、未来に向けた日本と朝鮮の友好と平和の基礎にしようと運動してきたのが猪上輝雄さんを中心とする「強制連行を考える会」の人たちだった。公有地に建立されている強制連行の碑は、他にはないそうだ。だから「追悼碑を守る会」なのだろう。在日朝鮮・韓国人や多くの日本人も参加し、子ども達が歌う「イムジン川」が新緑の森の中に心地よく響いた。
「韓国併合」から100年目の今年を歴史の真実に向き合う一年にしなければならない。真理は人を自由にする。
5時からは前橋での「富岡ゆきお国政報告会」、鳩山首相が来るとあって、右翼の宣伝カーが何台か怒鳴り声を上げながら走り回っていたが、鳩山首相がそんなに気にいらないのだろうか。彼は右翼が騒ぐほど左派ではないことは誰にもわかるだろう。気にいらないことは私にだってある。高校授業料の無料化の対象から朝鮮高校を除外するなんて許せない。
夜は選挙戦最終日の伊勢崎市へ。堀込清孝事務所で最後の追い込みに参加した。
2010年4月22日木曜日
群馬防災ヘリコプターを視察
全議員で前橋市下阿内町にある群馬ヘリポートを訪ね、ヘリコプター「はるな」を横に防災訓練の様子の説明を受けた。
「はるな」は就航以来13年を迎え、数々の緊急運行を行い、災害、山岳事故の救急救助では多くの人命や財産を守ってきた。平成20年度が114件、21年度は109件の出動だった。21年度からドクターヘリの運用開始により救急の件数は減ったものの、山岳での滑落事故の増加のため、全体としては例年並みとなった。緊急時に対応するには、日常訓練の重要性を隊員の皆さんは訴えていた。
近所に住む人にとり、その騒音により、「眠れない、落ち着かない」の声がある。このような声には、騒音対策を適切に行うことで対応できるはずだ。どうにもならない米軍基地の騒音とは違う。
米軍基地のことがバスの中で議員同士の話になった。「基地がどこに行っても、行った先で誰もが嫌だ、駄目だと言う。そのくせ口を合わせたように日米同盟は必要と言う。本当に必要なのか。沖縄だけに負担させることはいいことなのか。嫌な基地などいらないと言えないのか」と言うと、みんなうーんと言うだけだった。本質に突っ込まなきゃ。
「はるな」は就航以来13年を迎え、数々の緊急運行を行い、災害、山岳事故の救急救助では多くの人命や財産を守ってきた。平成20年度が114件、21年度は109件の出動だった。21年度からドクターヘリの運用開始により救急の件数は減ったものの、山岳での滑落事故の増加のため、全体としては例年並みとなった。緊急時に対応するには、日常訓練の重要性を隊員の皆さんは訴えていた。
近所に住む人にとり、その騒音により、「眠れない、落ち着かない」の声がある。このような声には、騒音対策を適切に行うことで対応できるはずだ。どうにもならない米軍基地の騒音とは違う。
米軍基地のことがバスの中で議員同士の話になった。「基地がどこに行っても、行った先で誰もが嫌だ、駄目だと言う。そのくせ口を合わせたように日米同盟は必要と言う。本当に必要なのか。沖縄だけに負担させることはいいことなのか。嫌な基地などいらないと言えないのか」と言うと、みんなうーんと言うだけだった。本質に突っ込まなきゃ。
2010年4月19日月曜日
戸澤英子の「リメイク・ファッシヨンショー」
2010年4月17日土曜日
重層的に重なる一日
明日告示の伊勢崎市議選のポスター張りの打ち合わせから始まり、さまざまなことが重なる一日だった。
「田辺誠先生の米寿を祝う会」へ参加するため高崎市内駐車場に止め車から降りると、ふと目にとまったのが「傷つけるために軍事費を使うより、生かしあう世界のために、まず、私たちが信じること、行動することから始めませんか?」の大きな文字。窓枠いっぱいに張られていた建物は立正佼成会高崎教会。こういうアピールは不動産会社などの企業宣伝が多いなか、また大学だって立て看板まるでなしの現状のなか、一瞬たじろいだ。しかし、先日の教会長の話を思い出し合点がいった。佼成会が議員を推薦するについて5項目があるという話だ。生命尊重、平和憲法擁護、憲法9条を守る、思想、信教の自由、政教分離原則の維持だ。どの項目もそのまま私にとって受け入れられるものだった。そしてこの教会建物を挙げての表現行為に背中を押されているような気分になった。
そして「田辺誠さんを祝う会」、これが盛況で、90才の田辺さんの先輩、元全逓関東地本執行委員長の清水さんの話がよかった。当時、選挙違反で誰が逮捕されても、誰もが黙秘をして組織を守ったという話。近くにいたJP労組の幹部に聴くと、「いや今は全然だめですよ」という。また田辺さん自身も記憶力鮮明に当時の裏話をし、健在をアピールした。
帰りがけに、高崎市タワー美術館で開催中の「土門拳の昭和」の展示場に入った。さまざまな写真があり、ひとつひとつゆっくり見ると時間を忘れる。なかでも「筑豊のこどもたち」がよかった。「弁当を持ってこない子」の説明が悲しい。「弁当をもってこれない子どもは、弁当を食べている子どもの隣で絵本を読んでいる。食べている子ども達が何かの拍子で笑ったとしても決して見向きはしない。」
昼ご飯を食べられない子ども達はどういう思いで大人になっていったのだろう。そして今、格差社会のなかで給食費を払えない親が出てきている。この写真が現在のことにならないようにしなければならない。
4時からの参院選対策会議(富岡、小寺両氏の当選にむけての会議)終了後、シネマテーク高崎で[ドキュメンタリー頭脳警察]。60才過ぎのパンタとトシがまだ叫んでるのには驚いた。「さよなら世界婦人よ」「銃をとれ」「コミック雑誌なんかいらない」最後は「歴史から飛び出せ」など30年ぶりに聴いた。よかったねえ、当時を思い出しながら聴いた。重信房子へ面会に行く場面もあった。「俺が中にいて逆だったかもしれないんだ」の言葉が離れない。森達也も出演、まだまだ熱い頭脳警察、3部作なのでもう2本見なくては。
今年の夏は小林一茶の生家訪問の他に頭脳警察のコンサートも加えたいね。
2010年4月15日木曜日
議会全員協議会
午後から全員協議会と県央処理場特別委員会に出席。町総合計画策定に関し住民との意見交換会の実施説明、庁舎外壁修繕工事、次世代育成支援地域行動計画、裁判の和解についての説明があったが、滞納処理に関し町が被告として提訴されている裁判(一審勝訴)で和解したことに関してはさまざまな批判が出た。しかし、そもそも訴えられるような疑義ある徴収をしたことも事実で、これを最高裁まで持って行き、「モデル判例にすべきだ」論には組みできない。滞納額20万円程度にどれだけの時間と弁護士費用を費やすのか考えた方がいい。採算を度外視し、一面的正義を追い求める行政でいいのかが問われている。訴えられない行政に転換すべきだ。行政はバランス。
5時から、町在住のドイツ人ツッキーさんと町長室を訪問、環境を大事にする翻訳家らしい発想で町にいろんなアイデアを提供していただけることを期待する。
5時から、町在住のドイツ人ツッキーさんと町長室を訪問、環境を大事にする翻訳家らしい発想で町にいろんなアイデアを提供していただけることを期待する。
2010年4月14日水曜日
竹原阿久根市長の手法にだまされるな
竹原阿久根市長が議会にさえ出席せず、課長にも答弁を禁じているという。マスコミの傍聴を嫌ってのことらしいがマスコミの傍聴、議会の公開は当たり前だろうに。市長という権力者の意にそわない者は排除するというファシストだねえ。
そもそもこんなに高い給料を職員はもらっていていいのか、と言わんばかりに職員の給料を張り出し、それに抵抗した職員を懲戒免職にした。裁判の結果、職権乱用で解雇無効が確定したにもかかわらず、今度は最高裁判所の裁判官の給料をブログに乗せ、「こんなに恵まれている裁判官に正しい判決は出せない。」という意味のコメントをしているという。なんというアナーキー、これは市長としての発言ではない。
一般公務員の待遇を問題にするのではなく、むしろこの経済下、全く生活できない膨大な人々が生み出されていることを問題にすべきだ。公務員がワーキングプアになり、国民みんながかつかつにしか生きていけない状況が公平で理想とでも言いたいのだろうか。世界は2割の人々が8割の富を分捕り、残り2割の富を8割の人々が分捕りあっているという事実に目を向けなければならない。そして極端な新自由主義の結果、1割の人々が9割の富を分捕り、残り1割の富の分捕り合いを9割の人々がさせられているという現状をこそ問題にしなければ何にも解決しない。株主配当で大資本家がどれほど膨大な金額を労せずして得ているか、大企業の役員配当がどれだけべらぼうに高いかを問題にすべきだ。
労働することなしに生きていけない膨大な労働者を、恵まれている公務員労働者と恵まれていない民間労働者に分け、むやみに対立させ、問題の本質から目をそらせるやり口にこれ以上だまされてはいけない。
この市長、一度議会から不信任され、失職後再度市長に当選した上での今回のご乱交。こういう人物を市長に押し上げる背景が実は怖いのだ。荒んだ社会が見えてくる。
第一次世界大戦の戦争賠償の重圧の中で、インフレにあえいだドイツ国民は、選挙で排外主義を煽るヒトラーに政権を託し、極めて残虐な戦争犯罪を犯した歴史を想起すべきだ。日本でも保守的路線の新党ができてきた。差別排外主義路線に乗ってはいけない。まさに今は時代の転換期だと言うことがよくわかる。
そもそもこんなに高い給料を職員はもらっていていいのか、と言わんばかりに職員の給料を張り出し、それに抵抗した職員を懲戒免職にした。裁判の結果、職権乱用で解雇無効が確定したにもかかわらず、今度は最高裁判所の裁判官の給料をブログに乗せ、「こんなに恵まれている裁判官に正しい判決は出せない。」という意味のコメントをしているという。なんというアナーキー、これは市長としての発言ではない。
一般公務員の待遇を問題にするのではなく、むしろこの経済下、全く生活できない膨大な人々が生み出されていることを問題にすべきだ。公務員がワーキングプアになり、国民みんながかつかつにしか生きていけない状況が公平で理想とでも言いたいのだろうか。世界は2割の人々が8割の富を分捕り、残り2割の富を8割の人々が分捕りあっているという事実に目を向けなければならない。そして極端な新自由主義の結果、1割の人々が9割の富を分捕り、残り1割の富の分捕り合いを9割の人々がさせられているという現状をこそ問題にしなければ何にも解決しない。株主配当で大資本家がどれほど膨大な金額を労せずして得ているか、大企業の役員配当がどれだけべらぼうに高いかを問題にすべきだ。
労働することなしに生きていけない膨大な労働者を、恵まれている公務員労働者と恵まれていない民間労働者に分け、むやみに対立させ、問題の本質から目をそらせるやり口にこれ以上だまされてはいけない。
この市長、一度議会から不信任され、失職後再度市長に当選した上での今回のご乱交。こういう人物を市長に押し上げる背景が実は怖いのだ。荒んだ社会が見えてくる。
第一次世界大戦の戦争賠償の重圧の中で、インフレにあえいだドイツ国民は、選挙で排外主義を煽るヒトラーに政権を託し、極めて残虐な戦争犯罪を犯した歴史を想起すべきだ。日本でも保守的路線の新党ができてきた。差別排外主義路線に乗ってはいけない。まさに今は時代の転換期だと言うことがよくわかる。
2010年4月12日月曜日
高崎映画祭終了
昨日で24回高崎映画祭が終わった。今年は15作品しか観れなかった。それでもかなり良い作品があった。最終日は「ハーベイミルク」「デイア・ドクター」を観たがどちらもいいね。同性愛者をカミングアウトし公職に就いた初のアメリカ人ミルクの生涯を描いたドキュメンタリー映画。アメリカ帝国主義は大嫌いだが大衆文化の自由さは本当にすごいと思う。新自由主義で疲弊しきっているアメリカの大衆が本気で怒ったとき時代は変わるね。
そして西川美和監督の「デイア・ドクター」、暮れゆく山村の家々がうっすらと浮かび、そこからバイクの明かりが揺れながら近づくシーンから始まるのだが、これがよかった。信頼されるニセモノと信頼されないホンモノのどっちがいいというのではなく、世間はそんなもんで成り立っているんよ、と言いたいのか。村長が警察手帳をかざす警察官に「そんな手帳見たってホンモノかなんてわからない」というシーンなどもいい。是枝裕和監督の感性と近いところが感じられる。難しいテーマをわかりやすく映画化した作品。
シテイーギャラリーから市民文化会館に移動するとき、市民市民会館から出てきた土田君とすれ違い、「デイア・ドクター」を観て駐車場から出るとき、「母なる証明」を観るために来た岩城さん夫婦に会った。そして私が行くと必ずいると言っていい中尾司法書士もいた。錯綜する人間の行動が面白いし、それもこの映画祭が作ってくれた。全スタッフに感謝。
土曜日の午後7時からはシネマテークで「頭脳警察」。そして来週は伊勢崎市議選が始まる。
玉村町経営改革実施計画を読み出しているが、どうしても小泉構造改革路線から脱却できていない感じだ。徹底した経費削減と効率、成果を重視した事業の見直しなど「みんなの党」が喜ぶような計画が並ぶが、社会から置き去りにされている人たちにどう手をさしのべるのかも行政の大事な仕事のはず。税金の滞納に対する延滞金の税率年14.6%はどう見ても高すぎる。このあり地獄に入ってしまうと立ち直れる人も立ち直れない。生活再生のため何らかの措置はとれないものか調べたい。
そして西川美和監督の「デイア・ドクター」、暮れゆく山村の家々がうっすらと浮かび、そこからバイクの明かりが揺れながら近づくシーンから始まるのだが、これがよかった。信頼されるニセモノと信頼されないホンモノのどっちがいいというのではなく、世間はそんなもんで成り立っているんよ、と言いたいのか。村長が警察手帳をかざす警察官に「そんな手帳見たってホンモノかなんてわからない」というシーンなどもいい。是枝裕和監督の感性と近いところが感じられる。難しいテーマをわかりやすく映画化した作品。
シテイーギャラリーから市民文化会館に移動するとき、市民市民会館から出てきた土田君とすれ違い、「デイア・ドクター」を観て駐車場から出るとき、「母なる証明」を観るために来た岩城さん夫婦に会った。そして私が行くと必ずいると言っていい中尾司法書士もいた。錯綜する人間の行動が面白いし、それもこの映画祭が作ってくれた。全スタッフに感謝。
土曜日の午後7時からはシネマテークで「頭脳警察」。そして来週は伊勢崎市議選が始まる。
玉村町経営改革実施計画を読み出しているが、どうしても小泉構造改革路線から脱却できていない感じだ。徹底した経費削減と効率、成果を重視した事業の見直しなど「みんなの党」が喜ぶような計画が並ぶが、社会から置き去りにされている人たちにどう手をさしのべるのかも行政の大事な仕事のはず。税金の滞納に対する延滞金の税率年14.6%はどう見ても高すぎる。このあり地獄に入ってしまうと立ち直れる人も立ち直れない。生活再生のため何らかの措置はとれないものか調べたい。
2010年4月11日日曜日
政治の季節が始まるか
昨日「立ち上がれ日本」という新政党ができた。「家出老人の集まり」とか「立ち枯れ日本」とか言われているが、とにかく次の選挙には出られないほどの高齢者が集まり、しかも「国家主義的観念」を前面に押し出しての路線では時代錯誤も甚だしい。他にも新たな政党の話も出ているがどれも右派政党ばかり、これが日本の現状かと嘆くことしきり。新自由主義を問題にすることなしに未来はない。
昨日、高崎音楽センター前広場で蓮舫参院議員を招いて富岡由紀夫議員の街頭演説会が開かれた。7月参院選に向けての演説会だ。民主党には基本軸で自民党と重なる政策がかなりあるため、投げたブーメランが自分の所に飛んでくるような状況になりかねない。リベラル系議員は推すけど保守系は勘弁してよの思いだ。
何度も言うけど小選挙区制度はいけません。民意が政治に反映されないんだから、大雑把に集約されるから、変えるべき大きな所は変わらず、枝葉末節で小競り合いを演じるだけ。イギリスの小選挙区制も座礁しているようだ。
例えば「普天間問題」。県外移設、国外移設で神経すりつぶしているが、「普天間基地閉鎖、撤去」で腹を固め、これが民意、国民の意思、政権交代の意味としてアメリカと交渉し、押し切るしかない。アメリカの属国として世界中の戦争につきあわされるなんてまっぴら御免という態度で臨むことしかない。
昨日、ポーランド政府専用機がロシアで着陸に失敗し墜落、大統領夫妻を含む大勢の人々が死亡した。70年前に起きたポーランド将兵2万人以上をソビエト軍が虐殺した「カチンの森」事件の慰霊祭のための訪問だったという。なんと皮肉なことか。「カチンの森事件」は当事者の息子が監督として映画を作り上映されている。期待していた映画だけど複雑な思いで観ることになるだろう。
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