みんな寿命を全うしようぜ

みんな寿命を全うしようぜ
西表島で会った昼の蝶

2015年8月31日月曜日

全国一斉「戦争法」反対集会

国会を取り巻く12万人
廃案を訴える北島伊勢崎市議
簡単に打ち合わせ
玉村チームのトップにあいさつ
中沢さんの訴えは鋭い
伊勢崎チームは多田議員から
矢島征治さんも吠える
かがやの訴えは心に響いた
塚越紀一さんの渾身の訴え

 8月30日は全国で安保法案・戦争法案の廃案を求める集会が開かれ、国会周辺で12万人が結集し、怒りの一日となった。 
 伊勢崎では、伊勢崎市と玉村町の市議、町議などが伊勢崎ベイシアの街頭に集まり、加賀谷富士子県議、元県議の塚越紀一さんも加わり、戦争法案反対の街頭演説を行った。
 それぞれがそれぞれの言葉で語る戦争法案への思いは本当に深いものがある。
 玉村からは石川と宇津木、笠原議員、中沢経吉さん、伊勢崎からは多田、北島、長谷田、矢島市議、かがや富士子県議と塚越紀一元県議の結集となった。
 司会を群馬県平和委員会の岡田愛之助さんが務め、実りある街頭演説となった。企画した人たちに感謝したい。

2015年8月22日土曜日

高崎の九官亭で暑気払い

すっかりおいしく頂きました

 李さんの声がけで高崎の九官亭に仲間が集まり暑気払い、有意義な歓談のひとときを過ごした。
 政府間の日朝関係が全く進展しない中で、民衆間の信頼・友好を深める事は極めて重要だが、そんな深い事まで意識する必要はない。同じ地域で暮らす者として楽な関係をつくっていけばいい。
 誰も親を選べない。生まれる国も選べない。誰もが「奇跡」として生まれてきたことを思えば、差別や偏見で生きることのつまらなさを実感できるはずだ。
 歴史を知れば朝鮮と日本の近さは驚くほど。一体と言ってもいいほど。
 戦争などと言う途方もないことを決して選択してはいけない。
20世紀の教訓は、戦争からの忌避だ。
《誰もが寿命を全うできる寛容さあふれる社会を》

2015年8月19日水曜日

長野県山ノ内町、小布施町へ行政視察

山ノ内町柳澤副町長からあいさつをうける
万灯会の祈り(山ノ内町渋温泉)
夜は車を止めて、路上での昔の遊び(渋温泉)
オブセッションの説明を受ける(小布施町)


 今年の総務委員会行政視察は長野県山ノ内町と小布施町。
 8年ほど前に姉妹提携をした山ノ内町への訪問は久しぶりとなった。
 議会としては久しぶりでも、区長会などの団体や個人の山ノ内訪問、温泉宿泊はかなりの数になっているはず。
 温泉が豊富、りんごや果物、スキー場など自然に恵まれている山ノ内町はそれほどの特徴のない玉村町に住んでいるとうらやましい思いがする。しかし、人口減少、観光客確保の難しさは相当なものらしい。見ると住むとでは大違いという事だろうが、顔なじみの議員や職員と交流し、夜は渋温泉の「春蘭の宿 さかえや」でゆるりとひとときを過ごすことができた。
 路上での昔の遊びの再現や「万灯会」の荘厳さも味わった。
行基が開いた温泉、小林一茶、若山牧水の足跡、武田信玄が寄贈した温泉もある。酒造玉村本店に行くことも欠かせない。
 また、北志賀高原の夕日山近くには「玉村町民の森」もある。これからどう有効活用するかも課題だ。
 そして2日目は小布施町で「小布施若者会議」を視察研修した。
 画狂人北斎の肉筆画を展示する北斎記念館は見逃せない。

2015年8月15日土曜日

戦後70年 沖縄は問いかける「沖縄 うりずんの雨」ジャン・ユンカーマン監督

6年ほど前に行った竹富島の浜


映画「沖縄うりずんの雨」

《私たちは沖縄のことを、どれくらい知っているのだろう?

「老人と海」で与那国島の荒々しくも美しい自然と風土を捉え、「映画日本国憲法」で平和憲法の意義を訴えた、アメリカ人映画監督 ジャン・ユンカーマンが真の平和を求め、不屈の戦いを続けている沖縄の人々の尊厳を描いた渾身のドキュメンタリー。
 1945年4月1日、アメリカ軍が沖縄本島に上陸。6月23日(現在の慰霊の日)まで12週間に及んだ沖縄地上戦では4人に一人の住民が亡くなりました。本作は、当時同じ戦場で向き合った元米兵、元日本兵、そして沖縄住民に取材を重ね、米国立公文書館所蔵の米軍による記録映像を交えて、沖縄戦の実情に迫ります。また、戦後のアメリカ占領期から今日に至るまで、米軍基地をめぐる負担を日米双方から押し付けられてきた、沖縄の差別と抑圧の歴史を描き、現在の辺野古への基地移設問題に繋がる、沖縄の人たちの深い失望と怒りの根を浮かび上がらせます。》

「沖縄を『戦利品』としての運命から解放する責任を負っているのは、沖縄の人々ではありません。アメリカの市民、そして日本の市民です。その責任をどう負っていくのか、問われているのは私たちなのです」とはジャン・ユンカーマンの言葉。

 敗戦記念日の今日観るには最適の映画だったかもしれない。
 歴史を誤魔化そうとしても誤魔化しきれず、誰が何を言っているのか分らなくなってしまった安倍首相の「戦後70年談話」は彼自身の混乱の極みを表している。。
 その中で「いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。」と言うなら戦争法案は不要だ。オウンゴールも近い。

「沖縄うりずんの雨」はシネマテークたかさきで8月21日まで上映

2015年8月9日日曜日

すっかり農業づけになった池ちゃん

小玉スイカの収穫も終わり時期
クワガタ、カブトムシが網にひっかかっている
水くれと草むしりそして収穫とフル回転
各種野菜づくりの毎日は健康づくり
自宅で直販

 30年来の友人である池上さんを川越に尋ねた。
退職後、自宅周辺で農地を借りて野菜づくりをしている、とは聞いてはいたが、どんな様子なのか、真夏の一日を尋ねた。
 行ってみれば結構な広さの畑を4ヶ所借りて、オクラ、スイカ、キュウリ、ナス、メロン、ゴマ、トウガラシ、ネギ、ジャガイモなどなど思いつくままに作っているから驚き、全部の広さにして2000㎡はあるかなあ。
 スイカ畑の周りに張った網にはクワガタやカブトムシが引っかかっている。近所には川があり、アライグマも出没するという。
 夏は朝4時起きして、4カ所の畑を回って野菜の朝取りと袋詰め、結構な売れ行きらしい。
 朝食は9時頃、その後、畑の草むしりや水くれ、暑い午後は休んだ後、夕方頃また畑に出るといった毎日。 
 晩酌は缶ビール(350CC)1缶、韓流テレビを少し見て9時半には寝る毎日。
 日曜日は東京でエイサーの踊りの練習等趣味も欠かさない。確かに体は締まり、アルコールの量はかなり減った。
 どこかで食事を、と聞けば、駅近くの韓国人が経営する焼肉店でのランチタイム。韓国通は変わらない。
 高崎にいた頃は、夜、飲みに行けば韓国の店を4軒くらいはしごをしたものだが、今は、朝、4カ所の畑をはしごしている健康の毎日。
 人間、できるときに、したいことはしておかないといかん、と痛切に感じた一日だった。

2015年8月2日日曜日

「お盆の弟」公開初日/シネマテークたかさき

舞台あいさつには渋川清彦、光石研も駆けつける
恩師はいつも教え子を見守っていた
シネマテーク入り口での一枚
映画案脇の通路での慰労会もよかった

 撮影から1年後で公開となった「お盆の弟」製作関係者が集まり、まずはここまでたどり着いたことを喜び合った。
 大崎監督は勿論、主役の渋川清彦さん、兄役の光石研さんも駆けつけての喜びの一日となった。
 昨日は高崎祭りも重なり、また酷暑の昼間は、喧噪とアッツイというしかないが、そんななか多くの人が映画館に来て、映画館での「お盆の弟」を味わった。
 それぞれの感じ方で映画を体感できればいいのではと思うう。 
 光石研さんを送ってから、地元箱石での納涼祭、そこで何人かの人に映画のことを聞かれた。
 今回は映画完成後の宣伝にも相当力を入れたので、その効果が出ているのだろう。
 製作会社の狩野さんの叔母さんが近所に住んでいるとは夢にも思わなかった。やはり世間は狭い。
 今朝、早速、チケット10枚ほど渡してきた。

「お盆の弟」は8月28日までシネマテークたかさきで上映中

 今日は11時からの上映に間に合うように高崎に行く。
午後は前橋での「戦争展」、夕方は下之宮の納涼祭へ。
 暑い夏だが、今年は安倍の最悪の戦争推進政治との真っ正面対決も重なり、暑いこと、忙しい事極まりない。
 夜の冷えたビールのうまいことこの上ない。

2015年7月31日金曜日

《反骨のエキスパートへ》のポスターは面白い。

反骨のエキスパートへ

 民主党の今度のポスターは気にいった。
《反骨のエキスパート募集》、国会議員候補者募集ということだが、「休みはなくなる。批判にさらされる。からだはきつい。収入は減る。当選の保証なし。しかも民主党だ。それでも日本を救う気概があるなら是非応募を」だって。
 「民主党には対案があります」?
戦争法案に対案は入らない。廃案あるのみ。どこが反骨?

2015年7月25日土曜日

沼田市内で山田正彦さんを招いてのTPP講座

主催した髙山敏也沼田市議
山田正彦元農林水産大臣

 かねてから髙山さんから聞いていた山田正彦さんを招いての「TPP って何?」の講演会出席は私の予定に入っていたので、24日は国会周辺での大規模な安倍政権への抗議行動もあったが、沼田に車を走らせた。
 高山さんに聞くと、本やインターネットでTPPの情報をとり、山田さんに連絡して今回の講演会となった、会うのは今日が初めてというから、その行動力に驚かされた。
 そういえば高山さんは群馬司法書士会の役員として、このようなチャレンジングな講演企画などを幾度もしていたので、そうたいした事ではないのだろう。

 そして、山田正彦さんの講演内容がスゴイ、五島列島の出身で農業経験もあり農業で相当苦労され、弁護士となり、人生を積み重ねた上で、民主党政権当時の農林大臣として食の安全と自給率向上に力を尽くしてきた。
 TPPは農家だけの問題ではなく、雇用、医療、教育など社会全般に悪影響を及ぼすことを例をあげて説明した。
 メキシコ人は、本来、太った人は少なかったが、アメリカとの経済協定により、経済的に貧しくなった結果、カロリーの高い食べ物を食べざるを得なくなり、肥満と病気が増えてきた。
 遺伝子組み換え作物、成長ホルモン、食品添加物、残留農薬の危険性なども指摘し、規制緩和のなかで遺伝子組み換え食品の表示すら貿易障害として、アメリカは表示義務撤廃を要求している。
 概してTPPはアメリカの多国籍企業のための条約であり、アメリカでもオーストラリアでも6割の反対がある。6割が賛成している日本は、その危険な本質を理解していないからという。
 また、ISD条項は、企業が国を訴えるもので、裁判所はニューヨークにあり、審理は一切公開されず、制度変更や巨額の賠償金支払いを命じられた例もある。
 国の主権すら多国籍企業により侵されかねず、まさにTPPは新自由主義の極地だ。

 「洪水よ、我亡き後に来たれ」と資本主義の無責任な本質を看破したマルクスの言葉が甦る。

 山田正彦弁護士はTPP交渉差止・違憲訴訟を提起している。

2015年7月22日水曜日

夏祭りの準備も祭り

練習も夏祭り(7丁目公民館)

 25日からの玉村ふるさと祭りの練習が各地で行われている。私の事務所の隣の七丁目公民館でも、夜になると子供や若者が集まり、笛と太鼓の音が聞こえる。この音と若い人の声を聞くと、また夏が来たな、という感じになる。今日も暑い一日だったが、練習は欠かさない。
 若い衆中心のふるさと祭り、住民が集う夏祭り、「コミュニテイーこそセキュリティー」、そこには長い歴史がある。
 その後、玉村町各地域での夏祭りが続く。小泉地区は25日、箱石地区は8月1日、下之宮地区は8月2日という調子で。
 いよいよ夏だ。

2015年7月20日月曜日

夏の新潟ひとり旅は五合庵と西生寺

 昨日までのバタバタの忙しさも終わり、明日20日は「海の日」で休日、しかも私用も公用もない。
 静かに昼寝でもしていればいいもの、もう何年も行っていない新潟の海を急に見たくなり、ひとり車で飛ばした。この年をして泳ごうという気にはならない。しかし、若い頃、毎年行っていた寺泊あたりの海が恋しくなり、ひとりで出かけた。
 行った先は良寛さんが20年ほど住んだ国上寺にある五合庵と西生寺。どちらも久しぶりだが変わっていないからいい。
 西生寺では鎌倉時代に66歳で入定した弘智法印即身仏に手を合せた。日本で24体ある即身物はほとんどが江戸時代のものだが、弘智法印即身仏は一番古い。
 戦乱の時代、五穀十穀断ちをし、これから生きる民衆の暮らしの平穏を祈りながらの入定には恐れ入る。
 西生寺には、14世紀の弘智法印と19世紀に生きた良寛が同時に生きている。松尾芭蕉も訪れ、他にも有名無名の人たちがこの寺を支えてきた。
 今日に限ってカメラを忘れたため、青い海も寺の写真もない。しかし、この歴史の深さに比べると写真など陳腐に見えてくるから不思議だ。

2015年7月19日日曜日

憲法踏みにじる戦争法許すな。/夜はたまむら花火大会

高崎城址公園での集会
たまむら花火・カウントダウンは大崎章監督
天候の見方してくれた花火日和

 昨日、午後は高崎城址公園での戦争法反対集会、小雨模様だが1000人が参加し、怒りの声を上げた。
 新国立競技場建替え予算2250億円に対する怒りの声を当初甘く見ていた安倍政権だが、ついに追い詰められ白紙撤回に追い込まれた。
 この安保戦争法案も、我々がこの夏を怒りに燃えた夏に転化すれば、国会は採決不能の立ち往生状態になり、廃案に追い込める。
 憲法蹂躙の国会に対しては、主権者が正しく介入し、廃案に追い込む。これこそ法治国家に生きる人々の責任だ。

 夕方からは昭和村議会を招いての懇親会の後、たまむら花火大会会場へ。
 354バイパス開通のため、昨年の場所では花火の打上げができず、会場は今年から上陽地区、前橋の南側地域が開催場所に変更された。
 カウントダウンは「お盆の弟」の大崎章監督が務め、夏を告げるたまむら花火を楽しんだ。

2015年7月12日日曜日

「かがや富士子」県政報告会

主催者あいさつは塚越紀一さん
小林悟さんも極めてご機嫌
支持者総結集の様相

 93歳で亡くなった田辺誠さんの葬儀が昨日行われ、その葬儀委員長を務めた角田義一さんも駆けつけての「かがや富士子県政報告会」が伊勢崎市内で行われた。五十嵐伊勢崎市長、地元市議会議員7人も含め、300人ほどの大人数の報告会となった。
 思えば、今年の冬は寒く、その中での厳しい選挙活動を思い出す。
 彼女は、今後、特にDV(家庭内暴力)被害からの被害者救済、家庭に恵まれない子どもたちの里親制度の充実に力を入れたい、と訴えた。
 4月の当選後まだ3ケ月程度だが、社会的弱者に向ける眼差しやその発言姿勢に、かがや富士子の成長ぶりを参加者の多くは実感したようだ。
 塚越紀一さんの後継として、また田辺誠さんの思いも継いでいける素質があることを如実に示してくれた。
 育て甲斐のある人だ。

2015年7月8日水曜日

高校時代同窓会幹事会を重ねて

 伊勢崎工業高校昭和46年度機械科卒業生還暦同窓会後最初の同窓会を来年に控え、いつもの友栄で幹事会を開いた。
 一声で10人ほど集まり、正式に全同級生(83名)に往復ハガキでの出欠確認をしても、30人程度の参加が実体。
 来るメンバーは知れているのだから、いつもの幹事会メンバーが手分けして電話で連絡すればいいのではとも考えるが、そこは同窓会、基本通りいくことを確認する会議だ。
 その都度、次の幹事を決めておくが、3年も経つと誰が幹事なのか分からなくなり、結局、このメンバーが幹事団となり、事を進めていく。
 ここに集う連中は少なくとも夏と冬、居酒屋友栄で酒を交わす。ママが日本舞踊の先生で75歳、店を手伝う兄夫婦は80歳という年齢、仲間一同、店を閉めるまでトコトン付き合うつもりだ。
 幹事会といってもほとんどは四方山話、肝心の議題は最初だけ、ということで「来年1月23日午後5時から伊勢崎市のプラザアリア」という期日と次の秋の幹事会を決め解散。
人恋しい同級生の面々
 その後はフィリンピンクラブでワンタイム過ごし、10時過ぎには帰宅、かかった費用は幹事会込みで10000円余だから安いといえよう。 夜は寝るに限る。

2015年7月5日日曜日

「ストロボ ライト」片元監督と鳥久で焼鳥

焼鳥「鳥久」で一献傾ける

「ストロボ ライト」二度目の観賞、よくもまあ自主製作でこういう映画を撮れたものだというのが実感だ。
 舞台挨拶の後、時間があるというので、焼鳥・鳥久で片元監督、槇徹ご両人と一献傾けた。

 出演者は無報酬、主演の宮緒舞子は東京と関西を何度も往復し熱演した。キャストの人数といい、それぞれの撮影当時の立ち位置といい、参加者はこの映画製作に何らかの希望、夢を見ていたことは確かだ。
 しかし、片元監督、当初は「好きなように映画撮れたらいいじゃん。世に出そうという気持ちはゼロだった」そう。しかし、友人の槇徹(宣伝配給担当)は当然公開を考えていた。
 伊丹市を中心ロケ地として撮影された映画の舞台は東京という設定。それらのことも理解してくれた伊丹市や市民の協力を考えると、「撮った、作った、やった」だけでは終わらせられない、というのが現在の思いで、全国にひろげていきたいと考えている。次は名古屋だそうだ。
 低予算とはいえ、名も無き若者にとっては莫大な金額、自分の生活だけに汲汲としている若者が多いなか、自分の可能性を信じてチャレンジする姿は新鮮だし、応援したい。
 片元監督、まだまだ映画のネタはもっている。

 「ストロボ ライト」 シネマテークたかさきで7月10日まで。
 上映時間は午後8時から。一見の価値あり。


2015年7月3日金曜日

「戦後70年」の平和行進

町側に申し入れする行進団代表
行進団に応える重田副町長


 7月2日、平和行進団が玉村町を訪問し町側に平和行政の一層の推進を要望した。
 今年は戦後70年の節目の年、〈政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。(日本国憲法前分)
憲法9条、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する〉 
 戦争国家になることを否定した憲法を踏みにじり、再び、政府の行為により戦争の惨禍が起きる状況を安倍政権はこの戦後70年の今年、つくりだそうとしている。
 我々は次の70年も戦争を否定する平和国家としての道筋をつけなくてはならない。本当の意味で平和運動の質と量が問われる今年だ。

2015年7月2日木曜日

大崎監督、片元監督ホルモン屋で暑気払い

急きょの呼び出しでも仲間が集まった。

水道塔を背に立つ大崎監督、いい光景です。




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映画「ストロボ ライト」の宣伝に余念がないふたり様

 「お盆の弟」製作に係わった人たちを取材したいと「パリッシュ」編集局が玉村町へ訪れ、大崎監督も来町し取材を受けた。
 私は東京での仕事がいつ終わるか分らないので、確約はできなかったが何とか4時過ぎに役場に着いた。
 取材中に見た水道塔は町のランドマークとしてとてもいい感じ。一本の映画を作るには実に多くの人の支えが必要なことを改めて実感した。
 そして、夜は監督の同級生を中心にホルモン屋で暑気払い。
ロケ地になった噂のホルモン屋で飲みたい、という映画「ストロボ ライト」の片元亮監督、宣伝広告の槇徹さんも登場し、大いに盛り上がった。「お盆の弟」と「ストロボ ライト」は趣を異にしているが、そこがまたいい。
 自主製作の「ストロボ ライト」、「お盆の弟」もそうだが、国の映画づくりの補助金などに関して、大手製作会社が作る映画には手厚いらしく、自主製作映画は資金繰りに相当苦労しているらしい。
 権威とほど遠いところから文化、芸術はつくられる、まして若者が挑戦しようとする気概に応える支援体制こそ必要なのではないか。
 7月10日まで「ストロボ ライト」はシネマテークたかさきで上映されている。
 片元監督と槇さんは安宿に泊まり込んで毎日上映後に舞台あいさつをする。
期間にもう一度観ようと思っているとてもいい映画だ。
 そして「お盆の弟」はいよいよ8月1日から上映される。

2015年6月29日月曜日

戦後70年の節目・改めて日朝友好を考える

講演する日森議長

〈戦後70年の節目の年・改めて日朝友好を考える〉集会が前橋で開かれた。 
 朝鮮有事をひとつの口実に、戦争法をつくり国家総動員体制を目論む安倍政権のアジア外交、とくに北朝鮮に対する圧力外交は無責任極まる。
 拉致問題解決を最優先とし、脅せば必ず相手は折れるはずだ、との日朝平壌宣言(2002.9)以降の10年だったが事態は1ミリの進展もなかった。
 それはそうだ。北朝鮮は米国と休戦中つまり戦争中ということ。日本のように米国から脅されればすぐ屈服する国とは違う。
 日・米・韓の軍事重圧、経済重圧の中で、苦しみながらも戦い抜いているその悔しさも含めた強さを理解できなければ、対朝鮮外交はできない。
 米国をすら翻弄し辟易とさせるくらいの根性外交を展開する国に仕立てたのはまさに朝鮮半島を巡るこの間の歴史的経緯だ。 
 日朝国交正常化を言うなら、歴史的経緯を知り、それらを包括的に解決するしかない。決して拉致問題だけを解決しようとしても無理なことはこの10年を見ればわかること。
そのことを理解できない議員たちが「拉致議連}をつくり家族会を取り込み、悪影響を及ぼしている。
 被害者と被害者家族の高齢化を本当に心配するなら、日朝関係にある様々な課題を相互の信頼感を醸成しながら、丁寧に解決する態度こそが肝要だろうに、裏腹なことをしているのが時代錯誤の安倍政権。
 しかし、日朝友好を本気で考えている人たちがいる。政治が果たせないことを民衆の交流で実現しようという動きだ。
 群馬でも秋の訪朝団計画が持ち上がった。
秋の朝鮮は旅行するには最高の季節だろう。

2015年6月22日月曜日

「お盆の弟」玉村町試写会

試写会受付の様子
上映後のトークは志尾睦子さんが司会
乾杯の音頭は貫井町長
高崎映画祭の全面協力で試写会は行われた
大崎監督は最後のあいさつ
評判のタマタンソング


 今日入れ替えたパソコンでこぼこぼ打ち込んでいるが、こういう機器には、苦手意識が働いてしまって、前向きに向き合う気持ちになれない。いまさらパソコン、コンピューターに神経を使う気にならないなかで、しかし、この時代、全く使わないわけにもいかず、ぼちぼちやっているというのが実情だ。

 
 高崎映画祭の志尾睦子さんたちの全面協力により上映器材の設置など大変お世話になったおかげもあり、昨日の「お盆の弟」の試写会は大入りだった。
ロケ地を提供した方々の顔もたくさん見えた。この勢いを公開まで続かせたい。

 <兄弟仲良くボチボチと。
仕事は思うようにいかず、家庭では離婚を迫られているタカシの兄は病気治療中、人間社会の勢いある部分ではなく、迷いながらも前に進もうともがく人たちを描いた味わい深い作品となった>

ここで、同僚議員から思わぬ電話が来た。「面白い映画だった。報われない状況を正直に描いてあっていい映画でした」と。

 8月1日からシネマテークたかさきで4週間上映される。



2015年6月19日金曜日

追い詰められた安倍政権を打ち倒そう

安倍こそ戦地へ行け。若者を楯ににするな。
寂聴さんの渾身の怒りを聴け


 戦争を知らず、戦争に決して行くことのない安倍晋三を取り巻く右翼議員連中が戦争法案を推し進めている。
 憲法解釈の変更による集団的自衛権行使容認そのものの違憲性がはっきりする中で、「学者の言うことを聞いていて平和は守れない」(高村副総裁)などとまくし立てる態度はまさにナチスといえよう。
 憲法すら無視する政治は独裁の始まりであり、破滅の始まりだ。
 それに対し、いよいよ多くの人々が動き出した。亀井静香、山﨑拓、武村正義、藤井裕久、もちろん村山富市、河野洋平もそうだ。自民党の古株の人たちもさすがに、安倍の戦争政治には危機感を持ったらしい。
 昨日は国会前に瀬戸内寂聴(93歳)が登場し、「当時、教育でこの戦争は天皇陛下のため、日本の将来のため、東洋平和のため、と教えられたが、戦争に良い戦争はない。すべて人殺しです。」と戦争法案への危機とたたかいへの参加を呼びかけた。  
 日本の良心はまだ健在だ。 全国で反対運動を巻き起こそう。
 戦争を始めようとしている国会を包囲し、徹底抗議しよう。