みんな寿命を全うしようぜ

みんな寿命を全うしようぜ
西表島で会った昼の蝶

2016年1月31日日曜日

映画「みんなのための資本論」/シネマテークたかさき



《 ビル・クリントン大統領の政権下で労働長官を務めた経済学者で、アメリカをはじめとする先進国の格差社会到来に早くから警鐘を鳴らしてきたロバート・ライシュが、資本主義の大転換のために何をするべきかを説いたドキュメンタリー作品。
 身近な問題と論理的議論を織り交ぜたライシュの講義映像を中心に、アメリカの不平等社会の構造を論理的かつ、わかりやすく構成。
 バラク・オバマ大統領のほか、オックスフォード大学時代のクラスメイトでもあるクリントン夫妻らも登場。
 日本公開版は世界的ベストセラーとなったトマ・ピケティ「21世紀の資本」の翻訳者である山形浩生氏が字幕監修を担当している。》

 彼は大学での最終講義で学生に「社会を変える人になって欲しい」と熱く訴える。
 「革命とまでは言わないまでも、それに近いものが必要ね」と反応する学生の言葉が印象的だ。
 (シネマテークたかさきで2月5日まで)


2016年1月30日土曜日

貫井孝道町長退任式

庁舎ロビーで退任のあいさつ

 24日の町長選で惜しくも敗れた貫井孝道町長の退任式が昨日行われた。総じて4選の壁は厚かったという事だろう。
全町に目配り、気配りしながらの12年の歩みは、その方向として間違ってはいなかったと考える。
 変えるべきものは変え、護るべきものは護る姿勢がいつも求められていることは変わらない。
 日本全体としての困難度が増す中で、この町は生き続けなければならない。新町長には大きな視野での対応を望みたい。
 その後、町内のホルモン屋で総務常任委員会(笠原則孝委員長)の新年会、今後の視察対応などを協議した。

2016年1月24日日曜日

町長選最終日は同窓会と重なる

貫井町長支援の八幡宮前で応援演説
まずは生存確認の記念撮影から同窓会始まる
思い出話やら今後の事やら

 町長選最終日、貫井陣営は町内各所での街頭演説を繰り広げ、必勝の布陣を敷いた。支援議員も総出で貫井選挙勝利の街頭演説を繰り返した。
 貫井町政3期12年の歩んで来た道は、その方向性として全く正しく今後も継続する必要がある。 
 理もなくやみくもに町長交代という、後先を考えない無責任な主張は全く受け入れられない。

 夜は3年に1度開催している伊勢崎工業高校時代の同窓会、さすがに90歳近いお二人の恩師の参加は見送られたが、教え子達はまだまだ熱いものを持っている。しかし、見てくれが老けてきたことは隠しようもない。
 互いの生存確認、所在確認の意味においても、今後も一層頻繁に会う機会をつくるとしよう。

2016年1月22日金曜日

玉村町町長選もいよいよ大詰め

ウグイスを担った加賀谷県議と仲間たち
勝利への気迫全開の集会を打ち抜いた


 午前中は伊勢崎から県議の加賀谷富士子さんが友人と月田均事務所と貫井孝道事務所を訪問、急きょ貫井候補の選挙カーに乗り込んだ。

 二度の選挙で鍛えられた喉を鳴らし貫井孝道支持を訴えた。「張りがあって素晴らしかった」との声が届く。
 6時からは、文化センター大ホールでの総決起集会、集まった満員の人々と、町長選、議員補欠選の勝利を誓い合った。
 発言者は誰も気迫全開、必勝の決起集会となった。残り一日、全力で声かけしよう。

2016年1月19日火曜日

玉村町町長選始まる/貫井孝道町長、月田均町議候補の当選を勝ち取ろう。

八幡宮での出陣式
事務所開きであいさつする連合群馬伊勢崎地協根岸議長
     玉村町町長選、議会議員補欠選が始まった。午前8時から玉村八幡宮で祈願祭を行い、その足で選挙カーに乗り、昨日の雪が残る町内に繰り出して行った。町長選には現職の貫井孝道さん、議会議員補欠選挙には新人の月田均さんが立候補した。
     ただただ「町長交代」などと理もなく叫ぶ候補に勝利しよう。平地に乱を起こすようなものだ。

2016年1月13日水曜日

貫井孝道町長、連合群馬と政策協定を結ぶ

協定書に署名する貫井町長
これから本格的に運動は進む




 24日の玉村町長選挙に向けた貫井孝道町長と連合群馬との政策協定が連合群馬伊勢崎地協事務所で行われた。
1、憲法を守り、平和・人権を尊重する「地方自治の確立」に努める。
2、参加・分権・自治を基本に、「玉村町民の生活と福祉向上を目指す町政」の実現に努める。
3、「ゆとり・豊かさ・社会的公正」の実現に努める。
 という基本理念のもとに13項目の政策大綱が書かれている。

 私にとって「憲法を守り」などということは当然のことだが、昨今の首長には公然と改憲を声高に叫ぶ人もいる。
戦後をなんと心得ているのかと問いたい昨今だからこそ、この政策協定は重要だ。
 密照政彦貫井孝道後援会長立会いの下、連合群馬会長富澤誠、連合群馬伊勢崎地協議長根岸真一の押印が押された。
 すでに連合の運動は進んでいるが、ここから全面展開する。
地域の運動と連携しながら選挙戦に勝利しよう。

2016年1月11日月曜日

大混迷の世界情勢の中、玉村町消防出初め式

伊勢崎とび職組合のはしご乗り
見事というほかない
このあとグっと両手が伸びた

 新年いきなりサウジアラビアとイランの国交断絶、連日の株式相場の大幅下落、北朝鮮の水爆実験、トルコとロシアの対立は激化し、世界は今年も大波乱の幕開けとなっている。
中東シリアからの大量難民はヨーロッパに今もなだれ込んでいる。
 このような全情勢をどう読み解いたらいいのか、現代の時代認識を学習する機会を得た。
 資本主義が全く行き着いたと言うことだろう。資本主義にまだ勢いがあった、余裕があった頃は、新自由主義などという極端な議論は端に追いやられていたが、その矛盾が蓄積される中で、とにかく巨大資本だけでの生き残りをはからざるを得なくなり、新自由主義政策が世界を覆いだし、弱肉強食の戦争と収奪の現在となった。人間の命や再生などお構いなしの世界だ。
 マルクスが資本論で論じている「洪水よ、我なき後に来たれ」という無責任な状況が世界を苦しめている。
 学生の頃読んだ羽仁五郎の本の一節を思い出す。
〈現在の世界で起きている悲惨は、革命が起きない事に原因がある。革命は決して怖いものではないことを学ぶのが歴史学だ。〉
 ああ当時、羽仁五郎の言葉に勢いを得たが、今また、再確認する時が来たようだ。

 今日は玉村町消防出初め式、事故災害がないことを願いながらこの分野でも一年が始まった。

2016年1月10日日曜日

「お盆の弟」大崎章監督、渋川清彦さんらと新年会

関係者が集まり賑やかな新年会
左から大崎監督、渋川さん、狩野さん
プロの撮影の内情を教えてもらった
  映画「お盆の弟」はヨコハマ映画祭で、足立紳さんが脚本賞、渋川清彦さんが主演男優賞、光石研さんが助演男優賞、河井青葉さんが助演男優賞となった。
 玉村町がそのままロケ地として製作され、その映画の製作過程、撮影現場を少しは知っている者として、また低予算の映画ということも知っている者として、このような評価を得たことに感慨を覚える。
 この映画を作った大崎章監督と渋川清彦さん、プロデューサーの狩野義則さんが昨日、玉村町に来た。
 勿論、玉村町も協力したが、中心的に継続的に支えてきた小板橋さん、小池さんたち同級生の力添えがこの映画づくりに大きく寄与したといえるだろう。文化、芸術をつくるのも、育てるのも地域力という事を実感させられた作品だ。
 大崎監督、渋川さんからはプロの役者の演技や撮影について、狩野さんからは、今後の映画製作の予定などを聞くことができた。玉村町でのロケ映画は今後も続きそうだ。...
 3月には高崎映画祭がある。

2016年1月9日土曜日

今年の箱石少林山は役員として。

朝の供養から始まる
小さいけど100年近い歴史をもつ箱石少林山のお堂


 歴史的な文化、遺産を継承するのはむずかしい。何処の地でもそうだろうがここも同じ事。
 古老(といっても私の親程度)に聞けば、100年ほど前、高崎少林山から分家してここに祀られ、以来地域の人たちが少林山として親しんできた。しかし同じ古老の話だが、当の高崎少林山はそのことを認識していないという。
 では少林山の御札はどこから入手するのか聞けば、新町のどこかという。その印刷された御札に押す少林山の朱印をはここにあるのだから、間違いないという訳だが、朱印とてどこでもつくれる。
 たった100年程度のことでも正確に伝えることの難しさを考えれば、古い歴史の修正、ねつ造はそう難しい事ではない。だから歴史学は重要なのだ。
 さてこの箱石少林山の灯籠番という役を1年引受けることになり、6日午後は準備、7日は午前6時半集合、午後3時に撤去するまで、小さなお堂の中で参拝者を待つわけだが、箱石だけでなく、南玉、下之宮といった近在の人も達磨を買いながらこのお堂で手を合せる。
 私が子どもの頃は、いろんな店が並び賑やかだったことを思い出す。
 このお堂は北向きなので、とにかく寒いことが特徴、当日の午前中は穏やかだったが、昼頃からは風も吹き出し、こたつの中でジッとしていた。しかし、そこは昔からの人の知恵、交替で抜け出し、南側の陽差しの当たるところでくつろいだり、酒を飲んだり、と時間を過ごす。
 会計を仰せつかった身としてお賽銭の係もするが、結構な金額になった。
 この時勢、こういう機会がないと世代が離れた人同士の交流がもてないことも事実で、そういう意味では意味ある箱石少林山、これがいつまで、どのように伝承されていくのかはここに生きる人たちの思い次第だ。
 これから氏子の家々に御札を配りに廻ってくる。一札千円、性格上領収書は発行しません。

2016年1月5日火曜日

暖冬の多々良沼に想う。

沼の中央部にある弁天様
極端に少ない水
餌を求めて水辺を歩く白鳥さん



      所要で太田市に行ったついでに多々良沼に寄った。多々良沼は館林市と巴楽町にまたがる位置にあるが、ここへは一年に何回か行く。景観もきれいで気持ちを落ち着けるにはいい場所だから。
     この時期、沼には多くの白鳥が羽を休めているわけだが、今年はいつもより少ない感じだ。まずは水が少ない。例年の3分の1から4分の1というところか。
     真冬の今、コートもいらずセーター姿の人も目立つ極端な暖冬、異常気象による影響は計り知れないだろう。
     政府はTPP大筋合意による経済効果を強調するが、異常気象によるダメージは金額に換算するのは不可能、たとえ金額に換算したとしても、人間が、生物が生きる環境それ自体が破壊されてゆくという計り知れない打撃を受ける。
     無責任な自己過信もいい加減にしろ、と新自由主義の罪を美しい白鳥さんを見ながら思った。

2016年1月1日金曜日

2016 「新年」おめでとうございます。

元日の箱石貫前神社
鬼石町浄法寺にある永源寺で新年供養の説明を受ける

 たった一日が過ぎただけで、人は「新年」と言い、気持ちを新たにこの一年を生きようと再確認する。
 別に「新年」と言わなくてもいいのだろうが、人間様、時間の経過に何か区切りをつけないと、生きたうえでの、生きるうえでの自己点検ができないのだろう。
 天体の動きに合わせての時間の区切りだから、それはそれで納得はできる。しかし、そこまで自然の理に沿った時間の区切りをするのなら、万物争わずといけないものか、ガツガツ争いながら生きようと、誰もがいずれ消えて行く身、無限の宇宙の中での奇跡ともいえる水の惑星・地球に生まれた意味を感ずる時だろう。

 「元日」は早速、地元箱石区の新年の集いに参加、箱石貫前神社の灯籠番という役を1年間授かり、日本酒を頂き、その足で真言宗派養命寺へ「新年」のあいさつとなる。恒例の二股新年が始まった。このいい加減さが日本社会の特徴か。
 妹の家族と「新年」の酒を交わし、連れ合いの家族宅でこの一年の健康を願いトランプ遊び、その後、鬼石町浄法寺にある永源寺に行き、空海と最澄の話を聞く。
 元日に2日分の予定をこなしたので、明日は「「ヒトラー暗殺、13分の誤算」をシネマテークたかさきで観ることができる。
 3日は、玉村町議会議員の補欠選についての具体的な動きをする。
 自分の人生を生きるだけよ。本年もよろしくお願いします。

2015年12月30日水曜日

瞬悠庵で忘年会2015

手作り甲冑で固めました。
貫井町長と握手する加賀谷県議
評判の手作り岡田うどん
町長選勝利に向け団結ガンバロー

 今年も一年が過ぎようとしている。過ぎてしまえば1年は本当に短く早い感じがする。しかし、過ごした365日の一日一日をどんなことをして過ごしたか思い出せる人はそうはいないだろう。
そういう意味では一年は長い。喜怒哀楽の繰り返しで毎日を生きてきたのだ。
その仲間が相変わらずの様子で集えることは大変意義ある事。  
 来年1月の町長選に向け運動している貫井町長、今年4月の県議選で初当選した加賀谷富士子県議も参加しての忘年会は歓談の中にも熱いものを感じさせた。
町政を混乱のるつぼにしてはいけないと。
 自然と町長選勝利に向け団結ガンバローとなったが、我が後援会の忘年会では初めてのこと。

2015年12月25日金曜日

クリスマスは高崎駅西口行動

イマジンでメリークリスマス

 今年もいよいよ大詰め、せわしい師走となってきた。
来年1月の玉村町長選に向け、両者の動きが激しくなりつつある。
 支持の理由は人それぞれでいいと思う。
私は現職の貫井町長を押しているが、まず憲法感覚がまともな事がいい。日本国憲法の意味をわきまえている。
 戦争の歴史もわきまえず改憲を主張する人たちが後押しする新人候補をどうして支持できようか。
平地に乱を起こそうとするようなものだ。
 ここにきて仕事にも追われ、今日一日、法務局だけでも伊勢崎、前橋、高崎、富岡をまわった。
 還暦を過ぎて仕事があるのはありがたいことと自覚しながら毎日を過ごしている。
 高崎に着いたのが夕暮れ時だったので、久しぶりにタカキン集会へ。
 今年最後のタカキンはクリスマス。ジョン・レノンのイマジンが静かに流れていた。
 毎週休むことなく運動を継続していることに頭が下がる。
 背景には、新自由主義が行き着いた社会状況がこのような運動をつくりだしている。あきらめず、未来を見つめている運動だ。

2015年12月23日水曜日

小栗康平監督「泥の河」には泣いた。

     小栗康平監督作品「泥の河」には泣いた。
    戦後まもなくの日本の様子が露わにしかも優しく描かれている。子ども同士の友情と別れをこんな風に描かれると、大人たちのつくった生活環境で生きるしかないこの子たちはその後、どんな大人に成長したのかと、本当に考え込んでしまう。
     政治家といわれる連中は、このような映画を観て、歴史や庶民生活の底の部分を知ることから始める必要がある。
     偉そうに安全保障環境の激変などという口実をつけて、戦争を語るな。
     田村高廣、藤田弓子、加賀まりこもいいが、3人の子どもがなんと言っても素晴らしい。...
     高崎電気館で25日まで上映している。
    その小栗監督の新作「FOUJITA」が12月26日からシネマテークたかさきで上映される。
     ふたつの国、そして戦争の時代に生き、画家を全うした藤田嗣治を描く。

2015年12月14日月曜日

お薦めの映画「みんなの学校」/シネマテークたかさき




 大空小学校が目指すは「不登校ゼロ」。特別支援教育の対象となる発達障害がある子も、自分の気持ちをうまくコントロ-ルできない子も、みんな同じ教室で学ぶ。
 ふつうの公立小学校だが、児童と教職員だけでなく、保護者や地域の人もいっしょになって、誰もが通い続ける学校をつくってきた。
 学校に行けない子、学校まで来ても教室に入れず庭に座り込んでしまう子、学校に来ても一日はいられない子、友だちに暴力をふるってしまう子。
 「そんな子はどこへ行くの。そんな子が安心して来られるのが地域の学校のはず。」と木村泰子校長は教職員といっしょに見守りながら子どもたちと向き合う。
 この取り組みは、支援が必要な児童のためだけのものではない。
 経験の浅い教師をベテラン教師が見守る。子供たちのどんな状態も、それぞれの個性として捉え、周りの子供たちは勿論、地域にとっても「自分とは違う隣人」が抱える問題をひとり一人思いやる力を培っていく。
 製作は関西テレビ放送。

 う~んとうなってしまう場面もいくつかあった。橋下徹市長の足下でも、教育の原点ともいえる取り組みを本気で実践している学校がある。
 このような実践教育を大空小学校だけでしても、中学校に進んだとたん、その子供たちは、またはじき出されてしまうのではないか、という危惧は学校も抱いているようだ。
 だから、意味のないことというのではなく、むしろ、社会全体が大空小学校のような取り組みをできるようにすることが必要ではないか。
 OECD加盟国でGDP国内総生産に占める教育費の割合が最下位レベルの日本、もっと教育に税金を投入すべきだ。
 教師を信頼し、増員し、丁寧に子供たちと向き合う環境をつくり、一面的な競争、評価で教師を分断するのではなく、教職員の自由裁量の幅を増やすことから始めなければならないだろう。
 大企業の330兆円にも及ぶ内部留保の一部を使えば相当な事ができる。
 お薦めの作品「みんなの学校」はシネマテークたかさきで12月31日まで上映している。

2015年12月11日金曜日

玉村町議会12月定例会閉会





  今日12月定例会が閉会した。補正予算案が可否同数になり議長決裁で可決されたり、体育館の指定管理者への委託案が否決されたりとこれまでにない状況が生じた。
 来年1月に町長選を控え、今だ対抗馬が出ない中での一部議会議員からの揺さぶりなのかもしれないが、どちらにしても、緊張感を持った対応が執行部には求めれれる。

 立川談志の落語で、「湖と沼はどう違う?」「湖はブルーコメッツで沼は水木しげるだ」という分かりやすい話が気に入っていた。
 その水木しげるが亡くなり、後を追うように野坂昭如も亡くなった。
 水木の名言に、「しないではいられないことを続けなさい」
「他人との比較ではない自分の楽しさを追求すべし」
「好きの力を信じる」
「才能と収入は別、努力は人を裏切る」
「怠け者になりなさい」
「目に見えない世界を信じる」というものがある。
 戦争で仲間の悲惨な死に立ち会い、自らも傷ついた水木は権威の空虚さを骨身で知り、いかに戦争を憎んだか、世間の表層の部分だけが全部ではないことを見抜いていた。妖怪の世界にある一方の理さえ理解していたのかもしれない。どこでもゆったり生きられる人だ。
 そして野坂昭如、行儀の悪いコラム、エロチックコラムでは男女の話を微に入り、細に入り書き連ね、そのいかがわしさが読者を虜にした。
 「ソ・ソ・ソクラテスかプラトンか、みんな悩んで大きくなった」などと歌い踊りその自由奔放さが光を放った。
 願わくは、今、目白台の「永青文庫」で盛況を博している春画展で、江戸文化の話を野坂昭如から聞きたかった。
 その野坂も戦争を憎んだ。「・・・戦後の日本は平和国家だというが、たった1日で平和国家に生まれ変わったのだから、たった1日で、その平和とやらを守るという名目で、軍事国家、つまり、戦争をすることにだってなりかねない。気づいた時、二者択一など言ってられない。明日にでも、たったひとつの選択しか許されない世の中になってしまうのではないか。昭和16年12月8日を知る人がごくわずかになった今、また、ヒョイとあの時代に戻ってしまいそうな気がしてならない」が野坂の最後の手紙だそうだ。
 権力に迎合しなかった二人の生き方、お二人の冥福を祈るとともに肝に銘じて生きたい。

2015年12月5日土曜日

忘年会始まる、昨夜は神川町かんなの湯で。

保育園の発表会
 昨夜はかんなの湯で社会福祉法人龍峰会の忘年会、役員、職員合同で50人ほどの参加だろうか。年に一度の交流といったところ。懇親の席で安倍政権の手法と政策、年金資金を株の運用にまわしすでに7.8兆円の損失を被ったこと、大企業の内部留保が330兆円を越え空前の利益の中、役員報酬、株主配当が重んじられ賃金に反映されていないこと、自民、公明間での4000億円から1兆円規模の軽減税率が選挙対策用にチマチマ議論されているが、内部留保から10兆円も取り崩せばそれで解決する、という話をしたら、「理事長は自民党じゃないんですか」ときた。その後は、安倍政権、自民党の体質に対する批判が堰を切ったようにあふれ出した。地方の人たちは、保守的な人でも、安倍政権に批判すらできない今の自民党議員に相当失望しているようだ。
そして今朝は、鬼石町のみその保育園での発表会、ここでもこどもが減っている。地域のコミュニテイー維持、経営の観点からも
難しい状況が続いている。

2015年11月27日金曜日

群馬県町村議会の議会広報委員研修会

3時間半の研修に100人以上の議員が参加
玉村町議会広報委員の面々
議会報クリニックで徹底分析

 6年ぶりの広報委員会、余り細やかなことは性に合わないが避けてばかりはいられない、というわけで広報委員の議会広報研修会。
 県内町村議会の広報委員が総結集し、議会だより作成の研修を受けるもので、講師の先生がまたご丁寧で、しかし、聞いているとなかなか面白いからはまってしまう。
 今回の議会広報クリニックでは、榛東村、吉岡町、みなかみ町、昭和村の広報が、講師の芳野政明先生より徹底分析された。

 玉村町議会だよりには「たまむら議会川柳」がある。9月定例会号では「賑わいで 売れ切れ続出 道の駅」だった。
 住民目線、住民目線でわかりやすく、これがポイント。

2015年11月24日火曜日

今年も秋は関西・高野山巡り

京大大学祭
大学はこれがなくちゃね。
この縄跳びはミラクル、とても難しい
地図を片手に旅の栗原企画は抜群
寝るだけだから十分の3畳1間
高野山根本大塔
ゆるりと大阪城
 この連休は高野山へ、ということで京大OBの栗原君にお願いした企画も無事に終えた。なにしろ歩くこと歩くこと毎日2万歩。
 初日は京都駅で降り、その足で京大大学祭へ。古き吉田寮に入りその乱雑さの中に自治を確立している学生たちに権威への確かな反抗心を見出し、大学の戦争協力に反対しバリストをやってのけた自治会への刑事告訴を許すな、という立て看が並んだり、映画、ロック、軽音楽、縄跳び、模擬店等と「自由こそ京大の憲法」という言葉が嬉しく響く。丸一日ジックリ浸りたい気分になった。大学祭はこうでなくてはいかん。
 この観光季節は宿探しが大変、しかし博学の栗君、西成の安宿を見つけた。廻りの友人たちにそれを言うと、「そんなとこへ泊まって大丈夫かい」と返ってくる。朝鮮に行くときも「あの国に行って危なくないの」と言われた。偏見だらけの世界にはあきあきだ。「歴史から飛び出せ」という頭脳警察の曲を聞かせたい
 そして、その安宿は素泊まり2500円、3畳一間で寝るには充分、広くないロビーでは中国や欧米の若い連中がくつろぐ。若い頃過ごしたユースホステルという感じ、少々の英語くらいは話せた方が広い世界を見られるようだ。
 2日目は、南海電鉄で高野山巡り、我が家も真言宗なので一度は行ってみたいと思っていたが、改めてその大きさに驚いた。密教のなんたるかを考えたこともなかったが、ひろさちや著「空海と密教」を買い、帰りの電車で読んだが、面白い。
 805年、空海が師・惠果に会った当時の長安の青竜寺にも行きたい衝動にかられる。
 3日目は、大阪城で戦国時代から徳川時代を2時間かけてジックリ見た。城の中、関西弁と中国語とが混じり合い、どこの国にいるのかと考え込んでしまうほど確かに中国人観光客は多い。結構なことです。旅の打上げは鶴橋の焼肉店で冷たいビールと焼肉で仕上げ。
《露と落ち、露と消えにしわが身かな、浪花のことも夢のまた夢》

2015年11月18日水曜日

シリア空爆を止めろ・これ以上シリアの人々を追い詰めるな。


シリア市民の惨劇には無関心でいいのか。
空爆で人々の生活基盤は破壊去れた。


 
 「イスラム国」によるパリ襲撃の衝撃が世界中をふるわせ、早速、シリアへの大規模空爆の合唱だが、もう気づかなくてはならない。
 パリでの被害に腰を抜かす前に、いわゆる有志連合とかがシリアで行っている大規模空爆により、シリアの人々がどれほど苦しみ、憎しみ、結果としての絶望的な思いが「イスラム国」の勢力拡大につながっていることを。
 現に実行犯は「シリアで人々が感じている恐怖をお前たちに
感じさせる」と言っている。
 先進国の「国家指導者」は口をそろえて「イスラム国」の根絶を言うが、そもそも「イスラム国」のような得体のしれない集団を生み出したのは先進国の指導者たちが行ったイラク戦争ではなかったか。
 これまでも圧倒的な軍事力で対応してきたが、今後はシリア国内にいる人々を虫けらのように殺し尽くすとでもいうのか。
 そんなことは不可能だし、怒り、悲しみ、恐怖と憎しみで満身武装した命知らずのたたかいには勝てるはずがない。
 まずはシリア空爆を止めなければならない。
そして、世界から搾取と収奪をなくし、貧困と差別を解消するたたかいへと方向を転換する道を選択するしか人類の未来はないだろう。