みんな寿命を全うしようぜ

みんな寿命を全うしようぜ
西表島で会った昼の蝶

2012年7月17日火曜日

代々木公園埋め尽くす17万人の脱原発の声・声・声

 時代が大きく変わる予兆なのか、この間の首相官邸前デモ(毎週金曜日)の迫力をそのまま、いやそれ以上の迫力を込めての昨日の大集会だった。
 暑い、暑い、暑いなか、巨万の大衆が動き出した手ごたえは確かにある。野田政権や自民党を必ずや追い詰めるだろう。
 歴史から飛び出せ。

たかが電気のために、なんで命を危険にさらさないといけないのでしょうか。子どもや美しい日本の国土を守ろう。(坂本龍一)
 
原発が停止し、今後大きな地震があったら大事故が起きるかもしれない危険のなか、まだ原発にこだわっている。
 国民の生命と財産を無視する政府を徹底的に弾劾する。
原発は直ちにゼロにすべきだ。(鎌田 慧)

750万人分の署名の大半を首相あてに提出した翌日、野田政権は原発再稼働を決定した。
 大飯原発を再稼働させ、さらに再稼働を広げていこうとする政府に、侮辱されていると感じた。
 政府の目論みを打ち倒さなければならない。(大江健三郎)

野田政権に聞く。あなたたちが国民という時、誰を見て言うのか。今日ここに来ているのが国民であり、市民だ。
性懲りもなく原発を推進する人たちに、本当の民主主義は何かを教えてあげないといけない。(落合恵子)

政府に言い分があれば、口に出していいし、体に表してもいい。
たとえ空しいと思う時があっても、めげずに頑張ろう。(瀬戸内寂聴・90歳)












炎天下の集会

炎天下にもかかわらず集会に集中
 民主党の参議院議員3名が民主党を離党するという。
野田首相の原発再稼働への異議申し立てだ。
まっとうな議員は野田の元ではやっていられない。
 一連の脱原発の運動が、このようなことの引き金となっている。
恐れることはない。政治をもっともっと流動化させよう。
      【POWER TO THE PEOPLE】

2012年7月14日土曜日

汗だくで玉村花火見物

田園花火は素晴らしい


大勢さんの見物人
 昭和村村長及び議会議員と交流の後、花火大会本部会場での花火見物。長野県山之内町長と議会の方々とも一緒だった。
今年の花火もすごい迫力だ。
 藤橋誠監督もこの花火を撮影している。相当いい映像を撮ってくれていると思う。
終了後は忙しいらしく連絡も取れないが、こちらは友人から「ホルモン屋にいるから来い」との電話で、不本意ながらこれから赴く。もう水を飲むだけで充分だ。暑い一日だった。
 今日から夏の一連の行事が始まる。

Fiesta Del Sol (太陽祭)仲間の団結力で貫徹



福島から来た IN THE WIND
 


橋本美香

左から湯川れい子、千葉麗子、仲代奈緒、橋本美香

暑い中、話に聞き入る参加者

「三宅雪子も入った脱原発女子会」

 天候も心配されたが何とか雨にも降られず「太陽祭」を、多くの参加者を得て貫徹できた。
 雨が降らなければ降らないで、これまた蒸し暑い一日だったが、100人規模のスタッフは打ち合わせ通り、早いグループで午前7時集合、テント張りから準備を開始し、予定通りのスタートとなった。
 「原発とめよう群馬」で新たに購入した放射線測定器による放射線量の検査もした。
 音楽とトークショーの企画は初めてだったが、この種の人脈に通じている人たちがいて、このような幅広い人士の参加となった。
 声高には言えないが、ほとんど無報酬参加であり、各人がいかに原発事故を深刻、真剣に考えているかを現しているようだ。
 出店販売も20店ほどあっただろうか。みんな環境問題に深い関心を持つ人たちの集合企画でもあり、どのブースも賑わっていた。
 今帰ったばかりなので、まとまりはないが、原発のない社会を本気で目指す多くの人々の思いを結集するイベントは今後も継続する必要があり、当面は16日(火)代々木公園での「さよなら原発10万人集会」を大成功させることだ。
 大、中、小の脱原発集会を積み上げ、大資本にしか目を向けない野田政権を揺さぶり、倒すことがまずは手始めだ。

 一考として、この一文を添えたい。
【人々が街頭にあふれだしてきた。
 やむにやまれぬ思いで。  いても立ってもいられない氣持ちに圧されて。
 こんなことがあっていいわけがない、だから、他人頼みをしないで、自分で意思表示をする。
 こんな動きは いったいどれだけぶりだろうか。日本がまた徐々に熱く変わろうとしている。
 わたしは当日東京にいない。
 痛恨の思いだか、東京だけが日本ではない。
 日本中で同じ思いを抱えた人たちが 思いおもいの行動に出るはずだ。
 権力よ、わたしたちを あなどってはならない。】
    上野千鶴子・社会学者出典・週刊金曜日2012年7月6日通巻917号
 


  1. 不ぞろいの二人

2012年7月9日月曜日

14日は前橋公園で《フェスタ・デル・ソル》

 大飯原発3号機(118万キロワット)が再稼働し、9日午前1時原子炉の出力が100%になるフル稼働となった。
 野田首相は首相官邸前に毎週金曜日に集まり、再稼働に抗議を続けている巨万の人々の声を無視し、原発再稼働の既成事実を押し付け、無力感を与え、運動をつぶそうとしている。
そして今後も次々と他の原発の再稼働を目論んでいる。
 しかし、そうはいかない。福島原発の事故を契機に今回ばかりは本気で多くの人々が全国で、原発のない社会を目指して動き出している。
 16日代々木公園での大集会を前に、14日前橋公園で脱原発《フェスタ・デル・ソル》が開かれる。
 地元の午前10時から始まり、地元のバンドが続々登場する。
午後1時40分からは、第1部トーク&ライブ「3.11後の女たち・脱原発女子会」 
出演は湯川れい子、千葉麗子、仲代奈緒、橋本美香。
第2部トークは「生き残れ・放射能時代」として、おしどりマコ・ケン、DELI、山川健一、横川圭希、Kダブシャインが出演し、熱い思いを語る。
 この太陽祭《フェスタ・デル・ソル》はかなりダイナミックな企画と自負している。
 真夏の一日、大勢の人々に参加していただき、脱原発社会を実現する息切れしない運動をつくる一助になれば大変うれしい。

 14日は午後8時から玉村町の花火大会、夏を告げる花火として定着の感があるが、これも楽しみのひとつ。
 15日は午前中、平和行進、午後からは秋山局長の指令で鬼石夏祭り会場で古く遠い学友たちと集い、16日の代々木公園へと向かう予定になっている。

2012年7月7日土曜日

群馬県立女子大学長を囲む会

 貫井玉村町長と原玉村町商工会長を発起人とする濱口富士雄県立女子大学長を囲む会が賑やかにに開かれた。
 参加者は発起人二人が任意に人選したもので、形式にとらわれた人選ではなかったのがよかった。
 町づくり玉村塾や町映画づくりも視野に入れた人選でもあったようだ。北村上毛新聞副社長も参加していた。
町の課長も全員参加していて、もっと積極的に町づくりに関われ、と町長が促しているかのようだった。
 その濱口学長の専門は中国古典学、挨拶の中でも造詣の深さの片鱗を見せていただいた。
 今、大学も生き残り競争まっただ中、地域との共存のなかで成果を出すことも大切な要素となっているようだ。玉村町と女子大の連携を今後も深めていこうという試みの集まりだった。
 女子大は入ってみると、以外に敷居は低いように感じる。
大学として相当な知識の蓄積もあるはずだ。生涯学習を望むのであれば、聴講生になるのも一つの方法。
 先生方もいろんなところから来ているから、情報量も発進力もある。
 しかし、濱口学長も北村副社長も玉村町在住とのこと。
知らなかった。失礼しました。

2012年7月5日木曜日

非核・平和のための行進

庁舎前での報告集会
 核兵器も原発も基地もいらない、子供たちに核も戦争もない未来を目指す非核・平和のための行進が玉村町に要請行動を行った。
 毎年のことだが、こうした要請行動により自治体は緊張感を持ち、記憶の中で遠くへ行ってしまった戦争の記憶を呼び起こす。
そして現在がどういう状況にあるのかを確認する。
 町長、議長が別の行事で不在のため、横堀副町長、島田副議長と石川が対応した。
  今年は特に原発事故の深刻さと原発再稼働が許しがたいものであること、米軍が沖縄に配備しようとしているオスプレイの危険さが話題になり、これらの問題を自分のこととして考えることの大切さが議論された。 
 庁舎前での報告会で島田副議長は、玉村町議会が昨年12月定例会で住民からの脱原発に向けての陳情を全員一致で採択、政府に玉村町議会として脱原発の意見書を提出したことを報告した。
 一連の要請行動は群馬県平和運動センターが主催するもので、4日から6日までかけて県内の自治体をまわり平和行政の推進を訴えていく。

2012年7月4日水曜日

中学校総合体育大会開会式

観覧車を背景にした1場面
 今年も夏を告げる伊勢崎佐波中学校総合体育大会が始まる。期間は23日まで。
今日は開会式だ。真夏の日差しの中、整然と入場行進する姿は彼らの成長ぶりを感じさせる。
伊勢崎市陸上競技場は私が高校生の時造られたので、もう40年は過ぎている。
その意味では多くの人たちが走り込んだ歴史ある競技場といえる。
 いつものことながら映画「チルソクの夏」を思いだし青春時代を懐かしんでしまう。
 しかし、人生をここまで生きてきた人間として、どうしても腑に落ちないのがそのスローガン「規律を守ろう。強いからだをつくろう。友情を深めよう」だ。ここは教育の場であり、調教の場ではない。
 何故、規律を守ろうが最初に来るのか、「ともに生きよう。自由に生きよう。真理は人を自由にする。だから学ぼう」の方がずっといい。
 人生はパソコンや機械の操縦ではない。
マニュアルの中でしか考え、生きられない若者を大量生産してしまったら、人間が未来を生きぬくために必要な本当の改革の力を奪ってしまうことになる。
それこそ社会にとり大きな損失だ。
 入場行進をため息をつきながら見ていた。しかし、しかしだ。
未来はやはり若者のものだ。
 気を取り直そう。


2012年7月3日火曜日

自民党野田派こそ除籍しろ

消費増税や原発再稼働に対して自民党は何の異議もはさまない。
それはそうだろう。自民党こそが望んでいたものだからだ。
野田政権は小沢グループを追い出しても自民党と一体になり原発再稼働、消費税の増税に突き進む構えだ。
彼らの眼中にあるのは財界のみであり、国民大衆の思いなどは二の次だ。
 保守政党である自民党に対して民主党は少なくともリベラル政党であるべきだった。民主党内はどうも自民党と寸分も違わない保守派議員に主導権を握られているようだ。
 小沢一郎の政治手法により嫌というほど煮え湯を飲まされた人はいるだろう。しかし、自民党野田派として自民党とともに消費増税に血道をあげる民主党保守派に対し、まとまって抵抗するその姿勢は大いに買いたい。
 除籍されるべきは野田グループだろう。
 群馬県からは三宅雪子が小沢に同調した。それに比べ、小沢を「革命家・師」として仰いでいたわが選挙区の石関たかしは、本会議は欠席、小沢にも同調しない。なんと腰のはいらないことか。
これだから彼は信用されないのだ。
 ここから、このカオス状況から新たな政治が始まる。
ここに大衆運動が絡んでいくと星雲が形づくられていく。
これが歴史の歩んできた道だ。
国会の中だけですべて決まるなどということはまるでない。

2012年6月30日土曜日

時代を変えよう。首相官邸前デモ

 昨日夕方、角倉県議から電話があり「官邸前がすごいことになっている。10万くらい集まるのではないか」と二度電話があった。
 今朝テレビを見ていたら、町内の大澤さんがインタビューを受けているではないか。昨日、首相官邸前デモに参加し、テレビ局からの取材を受けたということ。
 大飯原発再稼働に突き進む野田首相に対し、怒りをぶつけ再稼働阻止をなんとしても勝ち取ろうとする大衆の怒りがこのような大集会を実現した。
 「大きな音だね」程度の感性しかない野田首相は国家の指導者としての資質はない。
福島原発事故でどんな事態が現地周辺で起こっているのかまるで関心すら抱かない人物を許せるか。
 結果、13万人とも15万人ともいう人々が結集し「再稼働反対」の意志を示した。
 ついに始まったか、日本の「あじさい革命」。
既成政党の無力さを突き破り、自分たちの未来は自らの力でつかみ取ろうとする巨大なうねりが開始された。
 7月14日の前橋公園でのフェスタ・デル・ソル(太陽祭)で勢いをつけ、16日代々木公園での「さよなら原発集会」を20万人、30万人の規模で実現しよう。
 そして原発推進、消費増税の野田政権にどでかい異議をつきつけよう。



2012年6月29日金曜日

映画・鬼に訊け(宮大工西岡常一の遺言

1990年5月、薬師寺回廊第一期工事。最晩年期の西岡常一は癌に冒されながら若者たちに最後の教えを授けていた。
「千年の檜には千年の命がある。」「木は鉄より強し」。
速さと量産だけを競う、模倣だけの技術とは根本的に違ういにしえの叡智、明快な指針。
 法輪寺三重塔、薬師寺金堂・西塔の再建を棟梁として手がけ、飛鳥時代から受け継がれていた寺院建築の技術を後世に伝えた「最後の宮大工」のドキュメンタリー。
 以前、法隆寺の棟梁をしていた西岡は国や学会などから鋼材や鉄も使用するよう要請を受けたが、木の持つ強さを確信していた西岡は頑として拒否、法隆寺との間にもすきま風が吹き、棟梁を辞していた。
 中で、「唐尺」「高麗(こま)尺」という言葉が出てくる。法隆寺を建てた時代は建築の世界でも中国や朝鮮半島の影響が強く残っていたことを示している。
法隆寺自体朝鮮様式の寺であることも指摘されていた。

 一昨年、法隆寺、薬師寺を参観したこともあり関心を持って観た映画だ。
 シネマテーク高崎で7月6日まで上映。
  
もう1作品「百合子・ダスビダーニャ」
 チェーホフなどロシア文学や演劇の名翻訳家として知られる湯浅芳子と戦後民主主義文学の旗手・中條百合子(後の宮本百合子)の出会いと濃密な青春期を描く。
「スカートをはいた侍」と呼ばれ「女を愛する女」であることを隠さずに生きた芳子と、天才少女作家としてデビューし、早くに結婚した百合子は、出会ってすぐに惹かれあった。
 類いまれな才能をもった二人の女性は、どんな恋より情熱的で深い信頼関係で結ばれていった。
 7年間生活をともにしたその最初の1ケ月半の日々を描いた作品。
 中條百合子はやがて日本共産党の宮本顕冶と結婚することになる。
     人に歴史ありだ。

2012年6月28日木曜日

公契約条例の制定でワーキングプアを防止しよう

新自由主義の流れが止まらない。そのしわ寄せが社会や弱い労働者群を追い詰めている。
 この間、競争原理の導入ということで、国や地方自治体本来の業務を民間業者や指定管理者へと渡しだすことにより、その弊害が露骨になってきた。
 委託先での雇用条件に口をはさめないため、労働者の雇用条件が極端に悪化し、事故などを起こす原因のひとつになっていることだ。
例として1. 2006年小学2年生女児が流水プール内の吸水口より吸い込まれて死亡する事故があった。
 ふじみ野市から管理委託を受けていた太陽管財は下請け会社に業務を丸投げしていた。
 プールの監視員に関してきちんとした研修、指導を行わず泳げない監視員もいた。

例2. ビルメンテナンス会社の契約社員のある男性は地下鉄駅の清掃を担当し、1日6.5時間働いていた。交通費などの経費を差し引いた手取り収入は月額91000円、今月生活保護の受給を市に申請したところ、男性の生活保護基準額との差額24000円が支給されることになった。
 男性が勤める会社は昨年11月、清掃業務の入札で予定価格約2億4000万円に対し約1億1600万円で落札し、落札率は48.1%と低かった。
 このような不当廉売(ダンピング)が労働者の賃金などの待遇悪化につながっている。(産経新聞2012.6.24)

例3. 関越自動車道バス事故に関し、正規運賃22万円だが受注価格は15万円(受注は17万円、途中2社が仲介)
別の会社によれば、このルートの相場は18万円前後。
国交省も「かなり安く、原価を考えれば赤字にもなりかねない」とみている。(朝日新聞) 

 これらの例をあげて、公契約条例の制定で地域社会やそこで働く人たちの生活を守ろう、という趣旨の学習会が昨日、連合群馬主催で前橋市内で開催された。

 すでに川崎市、野田市、多摩市、相模原市などでは制定されている。

民間に業務を安く渡せればそれでよいなどという感覚がそもそも間違っている。
日本は世界の中で公務員数は人口比率としては最少に分類されている。
 比較的安定している公務員という一群を多くの不安定雇用の人々が一部の人たちに煽られ、攻撃している姿はおぞましいばかりだ。
 人間をバラバラにしてしまっている新自由主義路線からの決別こそが肝要と考えるのだが。

2012年6月26日火曜日

玉村町映画製作委員会準備会結成

挨拶をする小林日出幸さん
 来年の秋完成を目指しての玉村町映画製作委員会準備会が結成され、いよいよ活動を開始する。
 貫井町長も参加しての準備会だったが、小林日出幸さんを代表として今後広く映画製作への協力を住民に呼びかけることになる。
 具体的には藤橋誠監督の映画「漂泊」の制作協力ということになるが、オール玉村町ロケということもあり、力も入ってくる。
 五料地区の水神祭りなどを背景に展開していく映画だが、現代社会の在り様や人と人のつながりを描き、それでもみんな生きていくと感じさせる内容だ。

こんな調子です。
  7月24日(火)午後6時から製作委員会を開く。

2012年6月24日日曜日

民主党は断末魔でもいいけれど、我々を巻き込まないで。

消費増税法案の対応で民主党内は断末魔の状態らしい。
自民党が一番望んでいる形になってきている。
頭でっかちの松下政経塾の政治運営では国民は生き残れない。
原発再稼働問題もそうだ。
だれもが再稼働の判断に疑問と怒りを持っている。人の命を守れずして、経済の発展などありはしない。
 その政治の基本を理解しない首相官邸前に22日、4万人を越える人々が集まり、再稼働反対デモを行った。
 政党政治が崩壊しようとしているとき、その状況を突破する運動はこのような形で始まるのかもしれない。
 民衆のこのような行動を軽く見たらいけない。
聞く耳を持たない権力者に対してはこのような形で、民衆の意思を告げ知らせる。これは歴史の必然だ。

 昨日、前橋市内で「日朝平和のつどい」(日朝連帯群馬県民会議主催)があり、宮崎、桑原議員と会ったので、消費税の増税はいけない、野田もダメ、と言っておいた。ここまでくると、腹をくくったほうがきれいだ。
 それともう一つ、国税通則法第60条の延滞税年14.6%は余りに高く、地方自治体がこれにならい有無もなく滞納処理を進めているので、滞納者の生活再建はほど遠いものになっている現実を示した。
 二人とも「本当に高すぎる」と言っていた。これくらいは改正してよ。

2012年6月21日木曜日

劇団「どくんご」2日目は好天の中絶好調・女子大

会場は満員


外山恒一さんも参入
19日の台風の中での公演はさすがだったが、昨日の好天下での演技は「どくんご」の真骨頂を見せてくれた。
私自身は別の予定があり8時過ぎの会場入りだったが、のびのびとメンバーが動き回り会場を沸かせているではないか。
 声をかけた友人たちも9割方観てくれた。見慣れたためか昨年ほどの酷評はない。
 テレビの政見放送で「政府転覆」を叫んだ男、「革命家・外山恒一」も来ている。
彼に岩城の姐さんを噛ませてみたい妄想に駆られた。
 終了後の町田さんに誘われての交流会は楽しかった。土田君も無理矢理引っ張り出された感じだ。
「どくんご」のメンバーと短時間だが深く話を聞くことができた。
この道に賭けちゃってるんだから、すごい若者たちですよ。
 色んな生き方をしていいんだ、と身をもって指し示しているようだ。
 今後の活躍が大いに期待できる前衛舞踏家集団「どくんご」に幸いあれ。

2012年6月20日水曜日

台風の中「太陽がいっぱい」劇団どくんご公演・女子大

テント芝居小屋


しっかりした演奏

昨年も風が吹き雨も降ったが今年は本物台風、テント小屋にいても風と雨の音が相当気になったが、そこはさすがにプロ、全く意に介さず次々と場面が展開していく。
ひとつひとつが洗練されたものだから見る者を圧倒する。
大雨の中、外に飛び出してのパフォーマンスもなかなかなもの。
終わった後、知り合いに感想を聞いたらやはり評価は半々、しかし台風の中でも手を抜かない演技には感心していた。
役者ぞろいの「劇団どくんご」らしさを満喫させるひと好演だった。
 

この態勢で会話が進む


テント小屋でシーソー、外で洗濯物干し
今日は台風一過、また違ったどくんごが見られると思う。
20日、県立女子大で午後6時45分から開演

2012年6月17日日曜日

《第4の革命》上映会 高崎たまごホール

15日は6月玉村町議会最終日、その後7時から前橋市内で前橋市議と山本龍市長に会う機会があった。
 山本市長とはまだ2度ほどしか会ったことはないが、市長就任後初めてだった。
 さしあたり「まえばしシネマ」の復活を強く要望した。
古き良き時代の映画を上映してくれた映画館で去年は50回ほど通ったが、階下での美術館建設工事のため休館している。
定着すれば文化都市・前橋が復活するとみる。
市長は来年は再開できる見通しと言っていた。


 野田政権の大飯原発再稼働決定と消費増税案の自民党、公明党との協議合意を見ていると、自民党政権復活に向けた地ならし政権の色合いが非常に濃くなっている。
現に、これまで原発を推進し、消費増税を目論んできた自民党からの原発再稼働批判は全くない。
 民意を離れた自・公政権にノーを突き付けて政権交代したはずの民主党政権が、「自分たちには政権担当能力がない」として、3年も経たずして旧政権の軍門に下ろうとしている様子は尋常ではない。
 ますます1%(富をも持てる少数者)のための政治が続くだろう。


しかし、 黙っているわけにはいかない。原発再稼働に反対する数千の市民が首相官邸付近に集まり抗議の声を上げている。
大政党が庶民のための政治を実現する機能を果たさないなら、既成政党そのものにノーを突きつけたい。
そうしなければ庶民は生活していけないのだから。造反有理。


 今日17日高崎市総合福祉センター(たまごホール)で《第4の革命》(100%再生可能エネルギーシフトは可能。ドイツを変えたドキュメンタリー映画)が上映される。
1回目は午後6時15分から
2回目は午後8時から
 この種の映画を観て自信と確信を持とう。

2012年6月14日木曜日

出来レースの野田政権・原発再稼働

 野田首相、福井県知事、おおい町長の出来レース、三文芝居により大飯原発が再稼働されようとしている。
福島原発事故の収束さえままならない中での再稼働とは、野田首相には全くあきれるばかりだ。
 免賑重要棟や避難計画すらない中での再稼働は、安全神話が彼らの中にはまだ生きている証拠だ。
 人の命や安全よりも経済を優先するという、政治のイロハもわからないのが松下政経塾らしい。
 原発は止める。この方向で人類が生きる道を見出すのが政治の基本的姿勢となるべきだ。


 その財界の提灯持ち野田首相が「政治生命をかけて」消費税の増税にひた走っている。
自党(民主党)の反対派を切り捨て、自民党と組んでさえも消費増税をするというのだ。見苦しいという他ない。
社会の厳しい状況をまるでわかっていない。
 民衆オンチ、政治オンチの野田政権の総辞職こそが今求められている。
 政治生命を閉じて欲しい、一刻も早く。




 



2012年6月13日水曜日

劇団どくんご玉村町公演 チケットまだあります。

劇団どくんご玉村町公演が県立女子大学で今月19日、20日の二日間行われる。時間は夕方6時20分開場、45分から開演する。
町田さんからすでにチケットを買っていたので、もう当日に行くだけでいいかと考えていたが、今日は玉村の文化人・町田さんと県立女子大学准教授の武藤大祐さんがわざわざ訪ねて来たのでしばらく話をした。
 昨年の公演はなかなか評価は低いそうだが、前衛とはそういうもの。
 今年は「太陽がいっぱい」で挽回を計る。「何してるの?」「泳いでいるのさ」
 さあ。観てのお楽しみだ。
 私は昨年のどくんご公演をとても楽しく観た。
あまり予断をもって演劇をみると逆に疲れてしまう。
混沌とした世の中、傍流のやり方でしぶとく生きる姿がなんとも頼もしい。
 この種のイベントを企画する若き武藤先生の心意気もかって、チケットを預かった。
 そこへ早速訪れた岩城姐さんにハイ1枚、これから5枚ほど誰に協力してもらおうか。関口ケアセンター、秋山局長はもう当然の話、栗ちゃんもいたっけ。それから・・・。
 1枚2500円也。




他にも6月22日(金)午後6時半から前橋市民文化会館小ホールでの「岡村喬生・歌と映画の夕べ」と題し、オペラ歌手・岡村喬生傘寿の熱唱と飯塚俊男監督作品「プッチーニに挑む」の上映会チケットもある。
 こちらも1枚2500円也。


 そして先日100歳で亡くなった新藤兼人監督作品「一枚のハガキ」の伊勢崎での上映会チケットも預かり中。
 私もすでに観たがかなりよい映画だ。
戦争体験でトコトン懲りた思いを99歳の監督が見事に描いてくれた。若い世代の責任として受け止めたい。
 もう一度観に行く。
 7月20日(金)
  1回目上映 14時30分から
  2回目上映 18時30分から
  会場 伊勢崎市文化会館小ホール
 チケット1枚 1200円

2012年6月10日日曜日

芝根小・中学校同級生の同窓会幹事会結成

これでも同級生かと思うほどバラバラの幹事の面々
いよいよこちら小・中学校同級生も還暦同窓会開催に向け動き出した。
とにかく、集まり酒を囲みながらの打ち合わせを、ということで結集したのがこの面々。
まず、日程は来年1月5日(土)に決定。
 同級生は70人ほどだが、半数は町外、県外なので、高崎線沿線がいい、との声も出たが、翌日は日曜日なので実家に泊まるか墓参りもするだろうから、という勝手な推測のもと、玉村町内で場所は決めるということになった。
 今年、退職した木暮博道、月田好江、来年退職予定の新井正章そして小林恵子が主要幹事となり我々がバックアップする態勢が確立。
 とはいっても、何かにつけ集まって酒を飲みながら語れるだけでも楽しいではないか。
 この年になるまで、それぞれの人生を生きてきたんだ、とつくづく思う。
 還暦おばさんを前にしても「同級生の女の子」と言ってしまうからおかしい。

2012年6月9日土曜日

有馬理恵講演会「差別と戦争をなくすために」

人権学習会・教育研究集会として群馬教育会館での「差別と戦争をなくすために」(副題・ふるえるような怒りの奥底にすがるような生命の願いがあった)と題する有馬理恵さんの講演会に参加した。
 彼女は高校時代に観た「釈迦内柩唄」(水上勉原作)に衝撃を受け、芝居の道を歩み始め、1999年から「釈迦内柩唄」をライフワークとして各地で主演している。
 B級戦犯の祖父を持つ彼女の話は、部落差別、女性差別を自らの体験としているだけに迫力があり、例え少数であろうとも、差別や戦争などの迫害には一歩も引かない断固とした意志を感じさせた。
 私自身、一度だけ、「釈迦内柩唄」を観たが、それはそれはすごく感動的だったことを覚えている。
 生きること、死ぬことが誰一人の例外なく、つながっていること、みんな同じということを教えている。

2012年6月8日金曜日

東電OL殺害事件 ゴビンダ・プラサド・マイナリの再審決定

やっと再審が決定した。
有罪にするにははじめから無理があった事件。
事実、一審は無罪だった。一審無罪判決後、入国管理局の施設に送られ、不法残留の罪でネパールへ強制送還される直前、裁判所が職権で拘留を認めたため、彼は再び拘置所に移され現在に至った。
 ここまで来れたのは本当に多くの人々の精一杯の支援があったことを少しくらいは知っている。
 佐野眞一はその一人だろう。 
 ゴビンダと一緒に住んでいた友人をネパールまで訪ね、無実の心証を得、ネパール大使館は何故無実のゴビンダを支援しないのか、またその裏事情をも推測する。
 良心を示した裁判官も評価したい。
裁判官の多くは司法の流れに迎合する傾向がある。それが出世に直結するからだ。しかし、無実の人を犯人にしてはいけない。
「疑わしきは被告人の利益に」の原則を貫ける裁判官がもっと欲しい。

 ゴビンダ、とにかく、迎えに来た家族とともに一刻も早くネパールへ帰った方がいい。日本にいると今後も何が起こるかわからない。
 彼が日本から多くの援助を受けているネパールという小国の人だった故、祖国も体を張って守ってくれなかった。
小国故の差別は日本には厳然とある。
 しかし,大変厳しい状況の中、不屈に闘い抜いたゴビンダ本人と弁護団、「無実のゴビンダさんを支える会」などの力強い支援者たちもいたことがなにより嬉しい。
 「息子の人生は、ある人々により滅茶苦茶にされましたが、その彼を助けてくれたのも同じ国、日本の人々でした」とはゴビンダの母の言葉。
 日本人も捨てたものじゃないだろう。

 どこかで渡辺泰子も「本当によかったねゴビンダ、もう自由だよ」と微笑んでいるようだ。

2012年6月6日水曜日

漂流する野田政権

東日本大震災と原発事故が全く収束していない中、大飯原発再稼働に踏み込み、また消費増税しようとする野田政権、そのために閣僚の入れ替えまでする姿勢は見苦しいとしか言えない。
 政府に民主党有志議員呼び掛けの「再稼働に慎重な判断を求める署名」が提出された。
民主党国会議員117人が署名している。
「信頼を失った経産省原子力安全・保安院が安全性を主張しても国民の理解は得られない」と主張。
これだけの人数がいるなら、再稼働阻止できるだろうと思うけど、「数だけが力」の政党政治の限界だろうか。
こんな事だから民主党は信頼を失う。
メンバーをみると、群馬県選出議員は宮崎岳志議員だけだ。これがまた情けない。
 「消費増税はまったなし」と主張する野田首相だが、極端な格差社会でとるべき道はむしろ富裕層への増税のはず。この間、高額所得者への減税が進み、今のような不公平な所得状況になったことを忘れてはいけない。貧しい人々に消費増税をしても消費は冷え込むだけ。
 持てる者から徴税することが正しい。
 そして、消費増税に向けた内閣改造だが、とくに森本敏防衛相の起用は問題があると考える。
内閣法制局による「文民」の定義では、「職業軍人の経歴を有する者であって、軍国主義的思想に染まっていると考えられる者、自衛官の職にある者以外の者」とある。
 言ってみれば、軍国主義的な旧職業軍人と現職自衛官以外が「文民」となる。
 森本敏防衛相は自衛官出身者で集団的自衛権の行使を公然と主張し、改憲を求めるその思想は軍国主義的といえるだろう。
 過去に自衛官出身の中谷元衆議院議員が自民党・小泉政権で防衛庁長官になった例がある。
 このときの政府答弁「現在、自衛官の職務を行っていない以上、文民にあたる」という内容だった。
 文民統制が本来、軍部の力を抑えることを想定したシステムであることから考えると、軍部と考えを共有する可能性がある自衛隊出身者を防衛相に据えることは問題であり、今後このようなことに鈍感な事態が続けば、軍部の独走、暴走すら危惧される。
 歴史を教訓にして欲しい。恐ろしいことだ。
 中谷防衛庁長官誕生の時、「自衛官であった者は文民ではないと解釈すべきだ」と当時、民主党は批判していたことを、野田政権は簡単に反故にした。
 全くとんでもない政権だ。
こんな漂流する政権に重要案件を任せることはできない。

2012年6月3日日曜日

〈フラメンコ・フラメンコ〉〈ルート・アイリッシュ〉

〈フラメンコ・フラメンコ〉は映画の中での説明は一切なく、一流人たちがフラメンコをひたすら歌い、踊る映画だ。
 フラメンコは歌、踊り、ギターの伴奏が主体となったスペイン・アンダルシア地方に伝わる民族芸術だが、情熱的でダイナミックな世界はまさに生の讃歌。
次から次へと繰り出される歌と踊りにに圧倒される映画。

〈ルート・アイリッシュ〉はケン・ローチ監督の最新作。
「真のイラク戦争終結は、すべての戦争請負人たちが、あの地から去ってはじめてなされると我々は信じている」というケン・ローチ監督の思いを映画化したもの。
 ルート・アイリッシュはバクダッド空港と市内の米軍管理区域グリーンゾーンを結ぶ12㎞の道路のことで、米軍によるイラク侵攻後は、テロ攻撃の第一目標とされる「世界一危険な道路」となった。
 監督の良心が映画化された。

〈フラメンコ・フラメンコ〉〈ルート・アイリッシュ〉ともにシネマテーク高崎で6月15日まで上映。 

 注文していた安田浩一著「ネットと愛国(在特会の闇を追いかけて)」が手に入ったので読み出した。
度を超した在特会の行動の原点を見いだせればとの思いで読んでいる。

2012年6月1日金曜日

6月議会一般質問の公開

6月7日から15日までの予定で玉村町6月議会が開かれる。
今回の一般質問の内容は以下の通り。
私の質問時間は7日午後1時30分頃の予定。
                             

一般質問通告書

質 問 事 項

質  問  の  要  旨


答弁者
福島原発事故被災者の子供達を数日でも放射能の心配のない場所で過ごせる施策を講ずべきだ。




役場東側のJAたまむら支所周辺の今後の利用について問う。


来年以降の花火大会の開場について問う。


国や県からの権限移譲と予算の配分について問う。


地域主権、地方分権に見合う職員の協働体制づくりを問う。







原発報道は本当の原発事故の重大さを伝えきっていない。
短期保養は、放射能により低下させられた免疫力の回復という意味でも効果があることは知られてきた。
今も様々な事情で「避難」「疎開」できない人たちのため、特に、子供達のために、震災直後、緊迫した中で避難者受入準備をした時の気迫で、保養できる時間と空間を提供し「絆」を深めるべきと考えるがどうか。

町として今後、勤労者センターを含めて、どのようにJAたまむら支所周辺の利用を考えているのか、もう結論を出す段階に来ていると思うが、現時点での考え方と今後の方針を問う。


今年は何とか田園花火を楽しめそうだが、来年以降の開催状況はどのような見通しか問う。


地域主権、地方分権という言葉が踊っているが、この数年間、国や県からどれくらいの権限移譲と予算の配分があり、どのような職員配置をして対応したか問う。


地域主権、地方分権の時代というなら、県や国にもキチンと対等にもの言いができる職員集団を作っておかないと、時代の要請に応えられない。
国際的に見て、日本は人口当たりの公務員の人数は少ないことなどを勘案すると、職員数をやみくもに減らすことが行財政改革の大きな柱とするだけでは町づくりは成り立たない。
職員数が一定規模を下回ると、その総合力が一気に落ち込む事が懸念され、協働の町づくりは失速し、地域主権も危うくなる。
 さまざまな経験、知識、性格や年齢、個性、職員間の人間関係をも勘案した重層的な職員の協働体制を構築し、地域主権の時代に対応すべきと考えるが、その姿勢と具体的な実践を問う。






町長







町長




町長



町長




町長

2012年5月29日火曜日

「昼下がり、ローマの恋」「ブラック・サンデー」

「ブラック・サンデー」は先週ムービックス伊勢崎「午前10時の映画祭」で観た映画。
パレスチナゲリラ「黒い九月」との戦いを描いたものだが、目が離せなかった。
一人の女性をあそこまで反米の塊にさせたのは間違いなく、イスラエルであるし、それを支援するアメリカだ。
その辺も表現しているが、最後はゲリラたちは殺されて攻撃はぎりぎりのところで失敗する。
 商業映画だからそうなってしまうのだけど、内容はとても興味深い。
現実の世界はもうたまらなく嫌になるほど暴力的だ。

そして「昼下がり、ローマの恋」は3人の大人の恋を描いたものだが、これが面白い。
 恋人のいる青年弁護士が出張先の小さな村で奔放な娘(実は人妻)と恋に落ちる話、周りにたむろする欲のない連中の存在が暖かい雰囲気を醸しだす。
 2人目は、中年有名キャスターがエキセントリックな女性につきまとわれ、恋の大騒動を起こす話。
 動揺した中年キャスターが「オサマ・ビンラデイン」を「オバマ・ビンラデイン」と発言し降格、果ては特派員としてアフリカに派遣され捕虜になってしまう。
 最後は高齢の歴史学者が、パリから帰国したアパート管理人の友人の娘と恋に落ち、ドタバタしながらも結婚、子供までつくってしまう、という話。


還暦すぎのおじさん、おばさん必見の映画だ。
一夫一婦制社会でもこういう枠におさまらない男女の関係があるから、世の中は豊かで面白い。
 シネマテーク高崎で6月1日まで上映。

2012年5月28日月曜日

友の還暦祝いと「太陽がいっぱい」劇団どくんご公演チケット

今年某月某日某所での還暦祝いの秋山局長

秋山君の還暦祝いの写真が届いた。ちと早い感じもしたが、いや、そうでもない、彼が還暦なら私もそうだ。
思えば、よくもここまで生きながらえて来たとつくづく思う。比較的好きなように生きてきたが、まだまだ足りない。
まだまだ現役で走れる。吠えることもできる。
 過ぎた日を感慨深く思い出す余裕もない。
どこまで生きるかわからないが友人たちに言う。「誰が先に逝っても恨みっこなしだ」と。
〈私は今日まで生きてみました
時には誰かの力をかりて
時には誰かにしがみついて
私は今日まで生きてみました
そして今私は思っています
明日からもこうして生きてゆくだろうと
  ・・・・
私には私の生き方がある
それはおそらく自分というものを
知るところから始まるのでしょう
けれど それにしたって
どこでどう変わってしまうか
そうです わからないまま生きてゆく
明日からの そんな私です〉

 どうしても吉田拓郎の歌に行き着いてしまう。

そうこうしていると玉村文化人の町田さんから、劇団どくんごの女子大での公演があるというので早速、似非文化人のような顔をして1枚ゲットした。
今年は「太陽がいっぱい」という夢満載の(ような)演目だ。
しかし、昨年の芝居は私の回りでは酷評ばかりだった。
「何を言わんとしているのかわからない」「恰好が汚なすぎる」等々だが、現実社会の実態こそがそうではないか。正直に抽象的に描くと、あんなもんでしょう。
 この一年劇団どくんごが生存し続けて来たこと自体がすばらしい。わかってくれる人も同情している人もいるということ。
綺麗ごと一色に染まった社会の気持ち悪いことよ。
 酷評の張本人土田君を呼び出し、心の窓を開くよう諭しながら
一枚販売、次は還暦の秋山局長にも1枚つきあってもらい講評を頂こうか。

6月19日(火)、20日(水)毎夕6時20分開場、45分開演
群馬県立女子大広場にて


2012年5月27日日曜日

ぐんまふれあいフェステイバル IN いせさき


開会の挨拶する連合伊勢崎地協渡辺議長

 連合伊勢崎地域協議会主催の今年のふれあいフェステイバルは昨年同様、あずま総合運動公園で開かれた。
 暑いくらいの陽気のなか、昼頃には会場は参加者であふれるほどになった。
「東日本大震災復興支援」を大きなテーマとして掲げ、働く者の連帯を参加者に訴えるものとしての成果はあったと思う。
会場で元気な本郷たかあき君にも会い、久しぶりの話も弾んだ。五十嵐伊勢崎市長、貫井玉村町長、塚越県議、矢島、多田伊勢崎市議も参加した。

 その後、玉村町の北部公園フェステイバル会場に回り、午後からは玉村町消防団消防ポンプ操法大会に来賓として出席した。
 とにかく暑い日だったので、競技に参加する団員にとり、かなりきつい状況だったと思う。
 火事はいかなる時起きるかわからないことを考えれば、それでも頑張れ、というしかないが、消防団員はそれぞれの仕事を抱えながらの使命なので、そのキツサと強い思いには敬意を表したい。

2012年5月24日木曜日

たばこ1箱万引きの罪と罰 寛容さはどこへ

たばこ1箱を万引きしたとして消防署員が逮捕された。「犯罪は犯罪だ。まして社会に範を示す公務員なのに」との論調になるのだろうか。
 誰だってあるだろう。次の信号を曲がろうとしていながら、その直前、ふと違うことを考えてしまい、曲がり損ねてしまったことは。
 その一瞬、思もしないことをしてしまうことは、誰にもあること。「魔」が差したのだ。
 この事件、「故意」か「魔」が差したのかは分からない。
しかし、この程度の事件、数十年前の日本社会だったら、周囲の人々が「魔が差したのだから」と寛大に解釈し、許してくれた。
先人は「魔が差す」という寛容の知恵を授けてくれた。
その知恵を排除する非寛容の社会になろうとしている。
 この件は性犯罪や破廉恥事件とは違う性格のもの。
 社会の寛容さは、魔が差して罪を犯してしまった人を許し、教育する力を持っていた。許された人が今度は他の人を助ける。寛容は悪いことではない。
 微罪を許す寛容さを失った社会の行き着く先は、誰も信用することができない、友にも本当のことを言えない、建前だけの息詰まった社会になってしまう。社会は活気を失い衰退する。これでは暗黒ではないか。
こういう結果も新自由主義の特徴だ。
 この事件で厳罰となってしまったら、彼の人生、たばこ1箱で、全てを失うことになってしまう。
 罪と罰、それは罪に見合った「罰」こそが公平であり、それこそが本人に反省を促し、又、社会の健全性を示すものとなる。
決して見せしめにしてはいけない。許しあえることは社会生活上大切なことだ。

 はたまた、橋下大阪市長、今度は市職員の政治活動に制限を加え、罰則も盛り込んだ条例を準備しているという。
 政治活動は誰もが有する基本的権利であり、まして、お上の許しを得てするものではない。
 自分の意にそわない者を容赦なく排除するという橋下の手法に、ますます怒りがわいてくる。
 職員側もキチンと対応すべきだ。権利の上に眠る者は保護されない。長いの闘いの中で獲得した政治的権利を何の抵抗もなく放棄するなどということがあってはならない。
 先に維新の会が提出した家庭教育支援条例の差別的な内容が全社会的に批判され、取り下げたばかりではないか。
 全く懲りない橋下の権威主義的手法が破綻していることに多くの人は気づく時だ。

2012年5月22日火曜日

7月14日【Fiesta Del Sol ・太陽の祭り】 前橋公園

【Fiesta Del   Sol ・太陽の祭り】が 7月14日(土)、前橋公園で開かれる。
 その大まかな日程が決まってきた。
1部はトーク&ライブ「女性による脱原発」
 出演者は音楽評論家の湯川れい子、ヨガインストラクターの千葉麗子、女優の仲代奈緒、制服向上委員会会長の橋本美香

2部のトークは「生き残れ!放射能時代」と題して、おしどりマコリーヌ・ケンパル(夫婦漫才)、DELI(ヒップホップ)、横川圭希(オペレーション・コドモタチ代表)、山川健一(ロック評論家、東北芸術工科大学教授)

 ここまで膨らんできたが、私自身、全く聞いたことのない人もいる。
 これに地元のうるさ型ミュージシャン群が参戦するのだから暑いことこのうえない真夏のライブの一日となるだろう。
 時間は午前10時から午後5時までぶっ通し。出店もあるので、多くの人たちに気楽に参加して欲しい。
 主催は〈原発とめよう群馬〉
 最高にエエですよ。

2012年5月21日月曜日

杉を伐採し瞬悠庵への出入りがかなり楽になったが...


伐採前

伐採後の様子

確かにヒマラヤ杉があることにより出入りに不自由したことは事実だが、伐採してしまうと何かひとつの軸がなくなったようで、寂しいものがある。
50年以上つきあって来たこともあり、無意識のうちにも通わせる何かがあったのだろう。
 出入りする人たちが勢いよく道路側に出て、川に落ちなければいいと心配してしまう。
 これも時の流れだろうか。

2012年5月20日日曜日

高崎映画祭最優秀作品「サウダウヂ」を観る



2007年12月三和食堂で、右から2人目が光石さん
 「サウダーヂ」は第26回高崎映画祭最優秀作品だったが見逃してしまったので早速シネマテーク高崎へ駆けつけた。
 長引く不況のもとでの日当暮らしの土方仕事の若者たち、外国人労働者の追い込まれた状況と日本人との対立、ラップを通じた若者の社会への怒りなど日本社会の実相を多数の場面展開で観る者に迫ってくる正直な映画だ。
 新自由主義が世界を覆い尽くし、どこに居ても逃れることはできない。
若者同士が国籍の違いなどで対立している時ではない、と訴えているようだ。
 1972年生まれの富田克也監督自身苦労人なので、目線が評価出来る。
 帰り際、志尾さんから、今夜10時頃、富田監督の舞台あいさつがあるので、是非、と誘われたが、さすがにお断りした。
 〈 シネマテーク高崎で6月1日まで上映予定〉


 沢田研二の新曲「カガヤケイノチ」を買おうと4店ほど回ったがどこにも置いてない。
仕方ないので注文しつつ、何故ジュリーの新曲を置かない、と抗議はしてみたが、これも時の流れだろうか。とほほの事よ。
 ついでに安田浩一著『ネットと愛国ー在特会の「闇」を追いかけて』も注文。読んでやる。


 家へ帰ると妻が俳優の光石研さん宅へ、新鮮セロリを大量に宅配の準備中、何やら奥さんとの電話声も聞こえた。
「今度、玉村町を舞台にした映画を作ることになったんだけど、光石さんにも・・・」


 6月議会での一般質問もほぼ準備出来た。
原発事故がもう遠い過去のように考えている人も結構いる。とんでもないことだ。特に第4号炉の使用済み核燃料貯蔵プールの状況には危機感を持っている。
 報道管制により、事実から眼をそらさせられてはいけない。
注意喚起、警鐘の意味も込めた内容にしたい。

2012年5月19日土曜日

金環日食に思うこと

21日早朝、例えば名古屋では932年ぶりの金環日食が見られるという。平安時代にそれを見た人たちは何を思ったろうか。東京では173年ぶり、大阪では282年ぶりだ。
 宇宙にはそれこそ無数の惑星が存在し、宇宙の摂理に基づいて軌道を描いている。
 地球人は太陽、月、地球が一直線に並びしかも太陽の輪郭をリング状に残す現象を金環日食と名付けた。
我々はその時に丁度居合わせただけ。そのことを味わえばいいだけのこと。
 宇宙は地球人のためだけに金環日食をサービスしてくれているわけではない。
 近くの惑星に知的生命体があれば、またそこからも金環日食やそれに似た惑星の並びの美しさを発見、見物出来るかもしれない。地球の近くに知的生命体が住む惑星がないから気づかないだけのこと。
 どこかの記事で読んだが、記憶に間違いなければ、現代科学は宇宙の暗黒物質の未だ5%も解明していないそうだ。
全宇宙を解明するには未だ駆けだしと言った方がいい。しかし、それでもこれだけの事が分かってくるのは楽しいこと。
 謙虚さや寛容さこそが自然のなかで生き死にするあらゆる生物にとって最善の智惠と考える。
 喜び、悲しみ、憎しみなど人類が経験した過去のさまざまな瞬間の積み重ねが現在となり、悠久へと連なっていく。
 瞬悠庵の名前はここからきた。

地球は宇宙の絶妙なバランスのなかで存在していることにどれだけの畏敬の念を果たして我々は抱いているのか。
 現代世界の生産力をすれば、地上から飢餓はなくなるはず、資本の論理により公正な分配が極端に阻害され、差別や収奪、貧困そして戦争が世界を覆っていく。
「国益」の争い事に終始している現代世界の現実はなんとも情けない。
 国家の存在こそが人類進歩の阻害物となっている。

金環日食から世界を見る眼を問い直したい。

2012年5月15日火曜日

まち映画をつくる準備会・藤橋誠監督

藤橋監督による説明
ここから始まります
鬼石町を舞台にした映画「しゃんしゃんしゃんしゃしゃしゃんしゃん」 を3回観た。
 そんななか顔見知りになってしまった藤橋誠監督から玉村町での映画制作の話を提起され、仲間といろいろ考えたが、上映会ばかりではなく映画制作の現場を経験することも価値あるものと考え、一歩踏み出そうか、という意味での準備会を役場3階の会議室で開いた。
 会場で千代田町を舞台にした藤橋監督作品「あおとんぼ」をみんなで観た。20分程だが「うーん」とうなるほどの秀作。
 参加者の多くは、「玉村でもこういうものが作れたらいいなあ」と思ったようだ。
 しかし、多くは言わないが、私が求めている映画は悪いけどこれ以上の作品。

 藤橋監督が考えている映画のタイトルは「漂泊」、あらすじを見せてもらったがなかなかいい。
 しかし、海千山千の参加者、あれはダメ、これも入れろ、こういうのもある、との意見続出。
 とにかく、船を進めます。
 その後の二次会で一層盛り上がる。ロッカー小林頼司さんのシャイさもいい。

 今年の花火大会あたりから、監督は頻繁に町に通うことになるだろう。
 秋あたりに予定のオーデイションは女子大や町内の住民を対象にするということもあり、徐々に地熱を高くし、少しずつ制作に関わる人を増やしていきたい。
 


2012年5月13日日曜日

7.14さよなら原発アクションat前橋公園

現在、全原発が停止しているが再稼働を模索する動きがある。政府と電力業界を中心にした勢力だが、この動きを封じる行動が必要だ。
 7月16日東京・代々木公園で10万人集会が計画されているが、それを前に、7月14日(土)前橋公園で〈さよなら原発群馬アクション〉を開催する。
今回はコンサート企画が中心となり、「ウッドストック」並みの勢いをつけて、16日の代々木集会へと大挙参加しようとする試みだ。

詳細はこれからだが朝10時から午後4時まで音響使用は可能なので、存分に楽しみたい。

現在までの参加者は、音楽評論家の湯川れい子、ヨガインストラクターの千葉麗子、制服向上委員会5代目リーダーの橋本美香などが決まっている。
勿論、地元バンドがうなりを上げて参加するので楽しみにしている。

2012年5月11日金曜日

正岡子規の終焉の風景に学ぶ・ 安保博史教授

県立女子大の安保教授

第4回の遊学塾は正岡子規の「病牀六尺」の解説だが、いつものように話は逸れ、五木寛之、養老孟司、姜尚中に触れながら、「書けなかったことを書く」までに至る心の葛藤とそれを乗り越えたときの全く新たな感覚・地平を解き明かす。

畢猶(おわりなお)
華の面影 宿すかな (吉野 弘)

高く心を悟りて 俗に帰るべし(松尾芭蕉)

諸事の物に情あり。気をつけていたすべし。
不断の所に むかしより伝ひ残したる情山々あり
                   (芭蕉最晩年の言葉)

安保教授の希望学の神髄に触れるような2時間だった。その評判もあってか貫井町長も参加していた。



2012年5月7日月曜日

だいち君登場 夢に挑戦する若者を応援したい。


小林だいち

小林日出幸さんがCDを2枚持ってきた。「ダンデライオンガール」「黒チョウチョ」「本音~ジャなきゃダメ~」の3曲がはいっているもので歌っている人は長男のだいち君(26才)。


午後は体調管理のため早めに帰り、家で3曲を立て続けに5回ほど聴いた。
いいじゃない。


(心が折れそうな時、今にも泣き出したい時、苦しくて耐えられない時、思い出して・・・。
雨雲がこぼした雨露、 狭い世界で悩みを抱えていることに嫌気が・・・涙に重なり
繰り返し繰り返し繰り返し 回り行くのはどこまで続くの
止まらない日々の時の中で 見つけたものは


 黒チョウチョ FAR AWAY AND IN THE  SKY
I WILL BE THERE  
I WILL BE THERE
I WILL BE THERE
黒チョウチョ FAR  AWAY AND IN THE  SKY
I WILL BE THERE  
I WILL BE THERE
I WILL BE THERE)
【黒チョウチョ】


私はだいち君とは面識はない。小林さんからもそう詳しい事は聞かなかった。何年か音信不通の状態があったのだという。
青春期の親子の葛藤だと理解したい。しかし、数年間、いろんな思いの中、親と連絡を取らずに一途に生き、住処と仲間を見つけ、ここまでこぎ着けた。
 極端な競争社会、御身大切で自分の夢さえ追えない若者がたくさんいる中、だいち君の経験は貴重な人生の糧となって将来きっと活きるだろう。


「夢に挑戦する若者は無条件で応援したい。」これは私の思い。
「ここまで来たらメジャーにしたいよね。」これは父親の想い。
 親の同じ思いが本人にとり、負担になる時期と応援になる時期がある。今がその端境期かもしれない。
いや、いや、日出幸さんこそ、一生夢を追える希有な人です。


 藤橋誠監督からメールが届いた。
玉村町で行われている「水神祭」や「祇園祭」を入れて中編映画製作を企画したいという。
 大崎章監督も玉村町を舞台にした映画を企画しているようだ。
藤橋監督30代、大崎監督やっと50代、まだまだ若い。

 玉村町をいろんな思いの人が縦軸、横軸、縦横無尽にクロスしていると思うと実に面白い。

小・中時代の同級生が集う

玉村町芝根小・中学校の同級生は60人くらいだ。町に残っているのは半数くらいだろうか。身近な友人もこの3月で60才を前に退職した人が何人かいるので、声掛けしたら、9人程集まった。
 風邪も治りきれないなかで、万全の体調ではなかったが、また万全の体調で臨むほどの集まりでもないので、軽い気持ちで会食をした。
場所は使い勝手のいい瞬悠庵、今回は4人の女性同級生が参加したことが特徴で、さまざまな話に花が咲いた。両親がもういない人や介護中の人もいる。「それが終われば俺たちの番だ」が共通の意識なのか、妙に話が合う。
 自分たちの体がまだまだ動く今のうち、久しぶりに同窓会を開こう、という結論になり、木暮博道、新井淳ちゃん、恵子ちゃん、郁代ちゃんあたりに中心になってもらい準備をしようという事になった。


高校の同窓会は3年ごとにしているが来年は「還暦同窓会」、12日には万年幹事として会議を伊勢崎市内の安居酒屋・友栄で開く。
1年に少なくとも2、3回幹事会を開き、幹事でもない連中も入れて飲んでいると、本当の幹事は誰だったか分からなくなり、最後はいつも飲んでいる仲間全員が幹事として責任を取りきるというすばらしい体制が出来ている。


 還暦などという言葉が我々にも当てはまってくるほど遠くへ来てしまったのかとつくづく思う。しかし、全然若いのには自分自身驚く。まだまだ走れるぜ。
 
 フランスの大統領選で現職サルコジ大統領に社会党が勝利した。社会党の勝利というより労働者に一切の犠牲を強いる緊縮財政政策一辺倒のサルコジ政権に否を突き付けたということ。
フランス革命の歴史を持つ国のドラスチックな動きにはいつも注目している。
 日本でも消費税増税などと、大資産家連中をそのままにしておいて苦しむ庶民大衆から一層むしり取ろうという政権に対しては、断固とした対応をとることになるだろう。自民党も民主党も同じだ。
 現在を資本主義の最末期ととらえる立場からすると、これからの展開状況を指をくわえて見ているだけではいられない。

2012年5月4日金曜日

自宅静養の護憲記念日

 毎年の5月3日は護憲集会に行くところだが、風邪気味でもあったので静かに自宅静養、外と一切の連絡を絶った一日だった。
 じっくり寝て休養を取るとかなり回復するのは、まだまだ体が若いからか、それとも風邪が初期のためだったのかはわからないが、回復に向かい大きく好転したことは事実だ。

 護憲派として東京、朝日、読売、上毛4紙を比べると、新聞の姿勢としては東京新聞が断トツだ。
1面に憲法13条(幸福追求権).25条(生存権)をドーンと書き出して、「今こそ憲法の出番」とくる。
幸福追求とはかけ離れた仮設住宅での生活の困難さを訴え、「生命の脅威を排除する観点からは原発は違憲」という法律家の伊藤真の言葉を載せる。
 右に左にウロウロする他紙に比べ、これくらいスッキリした論調の方がいい。


 「この道」を連載し終えた瀬戸内寂聴の話がまたいい。
(昔、瀬戸内が書いた魅力ある女性たちの烈しい生と美しい死をいま一度、今の若い人たちに読んで欲しく、わかりやすく書いた。
 昨年は1911年の大逆事件から100年に当たり、1月18日には判決、それから1週間もたたず、24日と25日に12名が処刑され、世界中の非難を浴びた。
その同じ年に平塚らいてう主宰の女性同人誌「青鞜」が誕生した。
 厚い因習の壁に取り囲まれて自由に勉強もさせてもらえなかった女たちが「青鞜」に結集して因習打破の女性解放運動を開始したのだ。
「新しい女」と揶揄に満ちた男達の嘲笑の的にされつつも、彼女たちは自分たちの生き方を発見し、世間の非難や圧迫などものともしなかった。平塚たちが「青鞜」をつくらなければ女性解放の思想はもっと遅くまで眠らされていただろう。
 そして100年後の現在、日本は最悪の時を迎えている。国民は政府を信用していないし、政府は原発事故の真実を国民に教えない。
 若者達は夢を失い、男たちは草食系とかいって生殖の情熱も失っている。
 女たちは100年前に比べたら信じられないほど自由に見える。しかし、100年前の女たちの真剣な因習との闘いにさえ無知である。
 自由らしく見える外形に比べ、内心のむなしさはどうだろうか。
 マスコミさえ2つの100年前の事件を振り返ろうとさえしないなかで、ならば私が書こう、ということで「この道」を書いた。)


 90歳になる瀬戸内寂聴が経産省前テント広場で原発再稼働阻止に向けハンストを闘っている人たちの応援に駆けつけ、一日ハンストを闘った。
「こんな悪い社会を若者に引き継ぎたくないから」と若者に対する決起を体を張って呼びかけた。



2012年5月2日水曜日

メーデーはどこへ行った

1886年、10時間以上の労働に耐えかねたアメリカの労働者が8時間労働を求めてストライキに決起したのがメーデーの始まり、その後、労働者の国際的連帯日として5月1日はデモンストレーションを含めさまざまな催しが各国で行われてきた。
 そのメーデーですら元気がないのが日本の現状、8時間以上の強労働にさらされ、無権利状態の労働者が山ほど出来てしまったではないか。
 自殺者3万人以上が14年連続などという恥ずべき現状に労働組合は何をしていると言いたい。
新自由主義のなれの果てが今の現実、大資本によりバラバラにされてしまっている労働者の現実、特に若者の行き場のない状況を打破する事が決定的に重要だろう。
このままでは自暴自棄になった社会で事件、事故の増加ばかりが予想される。
疎外された環境から信頼・連帯できる社会ヘ。それは可能だ。

新自由主義を突き破れ。