みんな寿命を全うしようぜ

みんな寿命を全うしようぜ
西表島で会った昼の蝶

2015年4月16日木曜日

映画「お盆の弟」玉村町試写会の準備始まる。

薄暗い町長室で懇談
貫井町長と大崎監督

 6月21日(日)予定の映画「お盆の弟」の玉村町試写会の準備で大崎章監督が玉村町に来て文化センターなどの使用条件などを確認した。午後には貫井町長を表敬訪問、この映画にかける思い、宣伝方法などを話し合った。
 映画を一本作るには、それは大変な労力がいる。大勢の人たちの協力、理解がかかせない。そして、この映画、玉村町がそのまま全面的に露出するという意味では、記念碑的な映画といえよう。
 是非、好評を得たい。大崎監督の玉村入りが今後増えてゆく。

 そんな折り、小中学校の同級生の掛川さんから手紙が届いた。玉村町出身の俳優・飯島大介さん主演の映画「時がとまっとる」の紹介だ。この町出身の人もさまざまな分野で活躍しているということ。
 かくいう掛川初江さん自身、役者をしている。6月からは日航機墜落事故をモチーフにした芝居を上演するそうだ。
 みんなガンバットルなあ。

2015年4月13日月曜日

仲間が全員当選 群馬県議会選挙

当選の乾杯
ともにたたかい抜いた仲間たちと


 かがや富士子、ついに逆転当選にたどり着いた。
昨年の秋頃から事務局体制をつくりだし、毎週水曜日の会議を持ちながら地道に運動と組織づくりを重ねてきたことが、昨日の当選につながった。
 選挙戦が始まってからの動きは非常に活発で、地域、労働組合が有機的に連携できたようだ。
 なにより、本人のがんばりは強調してもしすぎることはない。
 この勝利を閉塞感に満ちた社会を変える一歩したい。

 しかし、この間、大きな選挙は負けの連続、それは、時の時流に乗らなかったからだが、この姿勢は保ちたい。
 勝てる候補者に乗るのではなく、勝たしたい候補者を支援する。
 時代を切り開く、戦争に反対する議席を多くの仲間のたたかいにより勝ち取ったことを喜びとしたい。

2015年4月12日日曜日

かがや富士子選挙戦打ち抜く

いつも支えてくれた新井美由紀さん

 なすべきことをすべてやりきり県議選の運動を終えた。
かがや富士子を支えきった同級生の新井さんの笑顔がなんとも素敵だ。
 安倍政権の極めて乱暴な政権運営、戦争政治、弾圧政治に対する反撃の一歩とするたたかいが始まった。
 若者の未来を戦争の道に導かないための極めて重要な選挙だ。
 投票所での安倍政権に対する異議の投票を期待したい。

2015年4月11日土曜日

ピケティーよりマルクスの「共産党宣言」を読め

 

《左まき書店の「今こそ左翼入門」という記事を見つけたのでそのまま転載する。》

虐げられた無名の者たちよ。ピケティーよりマルクスの「共産党宣言」を読め。

世界が赤く見えないか。
 それは戦火で街が炎に包まれているからか、流された血が大地をおおっているからか。あるいは憤怒で自分の眼球が血走っているためなのか。
 世界がどこまでもくすんだ灰色にしか映らない者は、引き攣った愛想笑いを浮かべながら隣人にへつらっていろ。世界が赤く染まって見える者は、途方にくれる前に左巻き書店をたずねろ。ここには、やつらに見えないものが見えてしまう者の存在に根拠を与える本が揃えてある。
 しばらく休業をもらった左巻き書店もいよいよ新装開店。左巻き書店の本棚に並ぶ本の中から、いくつかの視点に沿ってブックガイドをお届けしていく。まずは「いまこそ左翼入門」だ。世の中がそろって右へならえをし、左翼といえば唾されるいま。ほんとにみんな左翼が何かわかってるのかよ。この体制への反抗を企てる者も、左翼を批判する者も。いま、だからこそ、左翼とは何かを学べ。
「いまこそ左翼入門」ブックガイドの第一弾はもちろんこれだよ。そう。『共産党宣言』。
『共産党宣言』はカール・マルクスと盟友フリードリッヒ・エンゲルスによって共産主義者同盟の綱領として執筆された。綱領とは組織の基本方針を示した文章だ。1848年ロンドンで刊行。マルクスは執筆当時29歳の若さだった。革命組織の綱領として書かれた本書は、『資本論』などの理論研究書ではなく実践的な政治文書だ。ドイツ語原文にして1万語、岩波文庫にして50ページのこの薄いパンフレットは、世界各国語に翻訳され、長年にわたって読み継がれてきた。流布した冊数としても影響力としても『聖書』に比せられることもある。
 ところが、資本主義の暴威やその限界に関する議論がこれだけ世界中で盛りあがっているのに、『共産党宣言』は打ち捨てられたままに見える。資本主義の批判において『共産党宣言』こそが、有効な武器になるはずだのに。
 なるほど確かにいま、マルクスをマルクスとして読むのが、つまりテキストをテキストとして読むのが困難になっている。まずは『共産党宣言』を読むことを阻んでいる障壁を取り除き、もっと自由な読み方ができるテキストとして提示することからとりかかろう。
 テキストをテキストとして読めないのは、『共産党宣言』を読む際に、この書が執筆されて以降の歴史を読み込んでしまうからだ。もちろん読者も歴史に規定されているからには、それはどんな読書にも常につきまとう。しかし、『共産党宣言』においては特に過剰である。例えば「共産党」という一語をとってみても、日本共産党、あるいはソ連や中国の共産党、そしてその国家体制までを読み込んで理解してしまうのだ。マルクスの時代に存在しなかったものをマルクスのテキストに織り込んで読んでしまっている。
 それは読者の政治意識・歴史意識がそうさせているだけではなく、翻訳という作業自体が政治的な改作を忍び込ませ、巧妙に読者を誘導しているからなのだ。

2015年4月10日金曜日

最終盤の県議選

かがや支援の枝野幸男民主党幹事長
高崎市文化会館を満員にした角倉決起集会

 県議選もいよいよ最終盤、枝野幸男民主党幹事長が群馬入りし、かがや富士子事務所を激励、夕刻行われた高崎市文化会館での角倉邦良総決起集会で大演説をした。
 安全保障の急坂を転げ落ちるような安倍政権の戦争政策に待ったをかける意味でも、リベラル勢力はすべて当選する必要がある。 
 戦後70年の意味をもう一度捉え返さなければならない。
負の歴史など忘れたほうがいい、という国家主義者安倍晋三一派は,権力を掌握し、軍事国家として日本を作り直そうとしている。とんでもないことだ。あらゆる場所から反撃しなければならない。県議選もその大きな一歩だ。全員当選に向け突き進もう。

2015年4月5日日曜日

高崎映画祭最終日は「そして泥船は行く」

会場で大崎監督と太田勝一郎さんに会う

 高崎映画祭最終日は「お盆の弟」で主役を演じた渋川清彦さんが演じている「そして泥船はゆく」をどうしても観たかったのでシティーギャラリーへ向かった。
 最後の場面が予想外の展開だったが、スタッフ4人で撮った映画とすれば相当なもの。
 会場で「お盆の弟」の大崎章監督、制作担当の大田勝一郎さんに会い挨拶、午後のトークイベントに、渋川清彦さん、大崎章監督は出演する。
 私は県議選応援のため残念ながら失礼した。

 今年の高崎映画祭、都合13作品の鑑賞ができた。
ナチス・ドイツの戦争犯罪の歴史を刻んでおこうとするヨ-ロッパ映画界の意気込みには頭が下がる思いだ。
それに比べ日本はどうしたことか。しかし、高崎映画祭が健闘している。

2015年4月4日土曜日

県議選始まる。高崎映画祭も佳境

決意表明するかがや富士子
高崎電気館
本物映写機も展示されている


 昨日から県議選も始まり、伊勢崎選挙区のかがや富士子も元気に街頭に飛び出した。朝からポスター貼り部隊は全市を飛び回り、選挙気分も一気に盛り上がった。
 夕方からは、選挙事務所での出陣式、多くの仲間がその勝利に向け,奮闘を誓い合った。今日からは個人演説会に入る。

 高崎映画祭もいよいよ最終盤、高崎電気館での「新・平家物語」は古い映画館で観るのにふさわしい作品かもしれない。
公家政治から武士政治への時代の転換期を描いもので、歴史の激動を今、見た思いだ。

2015年4月1日水曜日

春が来た。GBGBのポスター

事務所にも貼りました。
 《GBGB 2015.4.25.グリーンドーム前橋》
変革の目撃者、集合せよ。君の行動、それが継続の力。
今年も盛大なコンサートになるだろう。
 映画「お盆の弟」のポスターも一緒に貼った。
 いよいよ県議選も始まる。玉村町は緩みっぱなしだが、選挙になる地域はそれはそれは大変な緊張感、自民党議席を一議席でも減らす方向でいきたいもの。
 地元の井田県議とは個人的な信頼関係もあるが、安倍自民党なので選挙には一切関与しない。
 安倍政権の戦争政治を止める議席増を勝ち取りたい。

 桜が満開の時期になった。季節はウソをつかない。

2015年3月27日金曜日

注目の高崎映画祭上映作品

旅人は夢を奏でる
ゾルビル、1943年10月14日午後4時

 高崎映画祭の注目は授賞式だけではない。上映作品の多彩さがすごい。これらのうち何作品を観ることができるかが勝負だ。
 とはいうものの、年度末の忙しさと県議選応援も加わり毎日映画館通いとはならない。
 それでもフィンランド映画「旅人は夢を奏でる」は素晴らしい作品だった。
デブの父親と息子の歌には圧倒された。歌でふたりの女性(親子)をぞっこんにするなどの設定も面白い。
 父親が死に際して語った話が、中国にもある「不射の射」という話と通じていたのにも驚いた。
 そしてクロード・ランズマン監督の「SHOAHショア」「ゾビブル、1943年10月14日午後4時」「不正義の果て」の3作は見物だ。 「SHOAHショア」はナチスドイツの占領下でのユダヤ人強制収容や大量虐殺の全体像を関係者からの証言のみで構成した9時間27分の大作。
 ガス室での殺害を中止に追い込んだゾビブル収容所の反乱を描いた「1943年10月14日午後4時」、アドルフ。アイヒマンが大戦中、世界を欺くために選んだ「模範収容所」テレージェン・シュタットの真実に迫るドキュメンタリー。

 戦後70年の今年、日本の戦争犯罪はまるでなかったかのようにしたい安倍政権と対決する意味でも、必見の作品だ。さすが高崎映画祭。

 この他にも甦ったフィルムたちとして、「地獄門+紅葉狩」「新・平家物語」「和製喧嘩友達+緑はるかに」が取り上げられている。
 「そして泥船はゆく」は「お盆の弟」の主役を演じた渋川清彦が出演している。

 映画祭は4月5日まで。

2015年3月25日水曜日

映画「お盆の弟」試写会準備始まる

 24日、完成した「お盆の弟」の玉村町での試写会準備などのため、大崎章監督が玉村町を訪れた。
 玉村町文化センターで6月中に予定している。
商業映画は宣伝が大事、ということで、宣伝の女性担当者、映画編集者、そしてプロデユーサーの太田勝一郎さんの4人で来た。
 監督に会うのは昨年の夏に撮影して以来のためか、撮影時の話に花が咲いたが、作品の出来具合、監督は「けっこうイケル感じ」という。楽しみにしたい。
 ロケで使わせていただいたホルモン屋での同級生仲間も加わったひとときだった。


2015年3月23日月曜日

高崎映画祭始まる。県議選の終盤態勢。

 21日から高崎映画祭が始まった。昨日は授賞式も行われ、夕方からは、高崎メトロポリタンでレセプションがあった。
 私はレセプションのみの参加だったが、「そこのみにて光輝く」の呉美保監督、「野のなななのか」の大林宣彦監督、常磐貴子さんたちも来ていた。
 特に呉監督からはサインもいただき、大林監督からはその映画論を10分ほど聞くことができた。
 映画と平和、その力への信頼を根底にすえての映画づくりには圧倒するものがある。 

 一方、県議選の準備も進む。21日には伊勢崎市民プラザでのかがや富士子集会を成功させ、今日23日は6時半から、伊勢崎市文化会館でも集会が行われる。更なる勢いで終盤戦とたたかいぬきたい。
  写真も掲載したいが、ブログのキャパの限界なのか載せられないのが残念だ。

2015年3月19日木曜日

〈目出度さもちゅう位なりおらが春 〉 の心境の3月議会

 昨日で玉村町3月議会が終わり、新年度の予算が可決された。一般会計117億2000万円、特別会計等を入れると、207億6400万円の規模で来年度が動き出すことになる。
そして3人の議員が10年表彰を受けた。しかし、議会初日の3日に原秀夫議員が亡くなったこともあり、〈目出度さもちゅう位なりおらが春〉という一茶の句が出てきた。
 生きていると、喜びも悲しみも同時に押し寄せてくることもある。原さんとは考え方も近かったこともあり、また同じ高校の先輩ということもあり、今日までいろいろお世話になってきた。ご冥福を祈 るのみだ。


そして映画「お盆の弟」がいよいよ公開される運びとなった。7月25日から新宿で、8月5日からは高崎で、という方向に進んでいる。


21日からは高崎映画祭が始まる。そして4月統一選に向けての激しい動きが一気に重なりあって押し寄せてくる時期だ。


 新聞を見れば自民党三原じゅん子が「八紘一宇」を賛美しているではないか。これほど「無知の罪」を極める言葉はない。
 アジア侵略戦争の基軸的イデオロギーで、世界をひとつの家族に見立て、その中心に天皇を置く、という極めて恣意的な思想で大東亜共栄圏構想に基づく侵略戦争を正当化していった、戦争経験者なら、聞きたくもない言葉だ。
 歴史をひとつでも学べば、こんなことは決して言えないはずだ。「戦争は国会から始まる。」
今の状況はまさにそのようになっている。


 この統一選、おごる自民・公明政権を追い詰めるためにも、ひとつでも多くの反自民議席を獲得する必要がある。公明党に対する幻想も吹き飛ばせ。
 ということで、伊勢崎選挙区のかがや富士子、前橋選挙区の本郷たかあき、小川あきら、高崎選挙区の後藤かつみ事務所を激励訪問した。

2015年3月9日月曜日

緊張感と達成感の城址公園さよなら原発集会

本部テント/カンパ隊
田中德雲住職と感謝の一枚
「おやすみ原発」を踊るフラガール
福島の高校生フラガール
除染作業着の元原発労働者大倉雅夫さん
原発はいらないデモ開始
お気に入りの一枚(建物は高崎市役所)

 8日、雨模様の空もいつの間にか晴れわたっていた。
今年の高崎城址公園での集会は原発事故の除染作業をしていた労働者や南相馬市同慶寺住職の田中德雲さん、福島の高校生フラダンスチームも参加しての多彩な集会となった。
 福島の高校生の参加は大きな感銘を与えた。彼女達は小学6年生の時、原発事故に見舞われた。
 今、元気に高校生活を送っているが、地元では反原発行動はなかなか盛り上がらないらしい。不安を口に出せない状況があるのだ。
 田中德雲住職の話などを聞いても、全国に反原発行動を広げることが、いかに福島現地にとっても大事なことか理解できる。    現に毎日7000人の労働者が事故現場で働いている。
この状況を数十年続けなければならない深刻さ、現地で生活している人の不安や怒りを我々も共有する必要がある。
子どもたちの甲状腺ガンは117人(疑いもふくむ)に達し、しかし、政府と福島県は原発事故が原因であると認めようとせず、内部被曝問題を抹殺しようとしている。
 この運動を継続発展させることが原発をなくし、原発事故の責任を追及する上でも必須条件だろう。
 いい集会だった。力を合わせることの醍醐味を味わった思いだ。
 
 11日には郡山市民文化会館で〈3.11反原発福島行動〉が催される。
 
〈再稼働、戦争、首切りもうたくさんだ。怒りを力に立ち上がろう、つながろう〉
 

2015年3月7日土曜日

かがや富士子事務所開き

娘の応援がうれしい
塚越県議のあいさつ
かがや富士子の決意表明は鮮明

 4月県議選に向けたかがや富士子の事務所開きが赤堀町で行われ、会場一杯の参加者の中、今後の方針を全員で確認した。
 民主党公認としてたたかう態勢を今後構築しなければならない。
 安倍政権の極めて独断的な政権運営をみて、多くの人々が不安感を覚えている。
 集団的自衛権行使に関してはあきれるほどの無茶を一気に推し進めている。
 これ以上自民党議席を増やしなどしたら、安倍の手法を容認したことになる。
 徹底的にたたかい勝利したい。

2015年3月3日火曜日

3月8日高崎城址公園へ、11日は郡山へ

3月11日は郡山市民
文化センターで反原発福島行動
3月8日は高崎城址公園へ集まろう

 福島原発事故から4年、高崎城址公園で、「さよなら原発アクション」を開く。
 事故の収束すらメドのたたないなか、毎日7000人の労働者が被曝労働をしながらも更なる被害が出ないよう必死で働いている。
 群馬からも彼らと福島の人々に連帯し、原発のない社会をつくる運動を発展させたい。
 午前11時から集会が始まり、午後1時30分からデモスタート。
 そして3月11日は郡山市民文化センターで「反原発福島行動」、原発への怒り、原発再稼働路線をまっしぐらの安倍政権への怒りを爆発させよう。
 どちらの集会にもスパングルスが登場する。

2015年2月28日土曜日

群馬司法書士会研修会

講演する茨城会の野中英樹さん

 司法書士会の研修も多彩な分野に及んでいるが、必要と思われる研修にはできるだけ参加しようと心がけている。しかし、土曜日は他でも様々な催しと重なり、思うように参加できない。
 今日の研修は「会社法の一部改正、商業登記規則等の一部改正に伴う実務上の注意点」。
 役員の就任や辞任に伴う本人確認書類の添付が主だが、これはこれまで指摘されてきたことを補強する観点からもうなずけるもの。しかし、慣れるまでには書類作成上の手間はかかりそうだ。
 一方、会社法の一部改正、これは大会社中心の改正のため、群馬での司法書士の多くは取り扱っていないのが現状のためか、とても難しく感じた。
 
 午前は玉村町に本部を置く、群馬生活クラブ生協内での報告会。
生活クラブふくしまから理事長を招いての、ふくしま現地報告だが、甲状腺がんの多発が心配される状況や福島で暮らす人々の思いを語ってくれた。質疑も多くあり参加者の問題意識の深さを示していた。
 
 司法書士会研修会後、群馬会館での「朝鮮人犠牲者追悼碑裁判」集会の会場に着いたときには、すでに集会が終わり、角田義一さん、猪上輝男さんたちとの立ち話しかできなかった。

 これから登記完了書類を依頼者宅(お寺)に持参し、四方山話をしながら日が暮れていく。
 
 

2015年2月26日木曜日

羽仁五郎の言葉を安倍に投げつけたい。「真理はわれらを自由にする」と。


    これを受けてみろ。

 
 批判されることを極端に恐れる安倍に我らが羽仁五郎を贈りたい。

〈自分の国だから我々は日本を批判するのだ。批判するのはよりよい日本をつくるためなのだ。批判の無いところに未来はない。無批判に日本の良さなどと言うのはナルシズムだ。鏡の中の自分の顔をながめていい気分になっているような馬鹿と同じだ。...〉

〈「大人しくしていればひどいことはならない」これは全くの間違いだ。アウシュビッツで死んだ400万のユダヤ人達は、武装蜂起など計画せず、ヒトラーの言うままにみな大人しくアウシュビッツに入れられ殺された。「大人しくなんかしていたら殺されてしまう」のが、現在の独占資本の段階の本質なのだ。〉

〈今日の我が国民の悲惨の現状は、従来の歴史が真理に基づかないで虚偽に基づいていたからだ。「真理が我らを自由にする。」この確信に立って憲法の誓約する日本の民主化と世界平和に寄与すること、これがわが国の国立国会図書館設立の使命である。〉1948年2月の参議院本会議発言
(真理がわれらを自由にする)と国立国会図書館東京本館の中央出納台の上に刻字されている。

〈パリコミューンは生きている。疑う者は三里塚を見よ〉

若い頃、自由人・羽仁五郎の影響を受けた者として、この無知と驕慢な安倍政権に対抗していく。


 

2015年2月17日火曜日

2015年「朝・日友好のつどい」

張さんにはとびっきりの酒をいただきました。
参加者の広がりがすごい
 
いつも楽しませていただきます。

金剛山歌劇団員です。

 毎年、新年会の最後とも言えるのがこの高崎ビューホテルでの「朝・日親善のつどい」。
 今年も例年通り多くの人が集い、話に盛り上がっていた。
この集い、集まる人の層の厚さと広がりが特徴で、初めての参加者は驚く。玉村町議会からは議長を入れて4人が参加した。
「敵対から交流へ」とでも言おうか、朝鮮総連というだけで構えてしまう人士がいるが、歴史を辿れば、「朝鮮半島からの渡来人がつくった日本」とさえ言える史実を知る。
 誰もそう長くはない人生を生きているんだから、楽しく生きたいものだ。
 還暦を過ぎると、政治的に深い議論は疲れるから、気楽に生きたい。
 日本政府は拉致事件を声高に叫び、在日朝鮮人と敵対し、圧力をかけっぱなしの10年が過ぎたが、何か動いたろうか。両者の心が凍ったままでは、時間が過ぎるだけ。
 今年は、戦後70年、日本のアジアでの侵略の歴史をキチンと日本人が見つめ直す時だろう。
 拉致事件の解決を被害者として訴えるなら、関東大震災時に日本人が犯した5000人にも及ぶ朝鮮人虐殺の歴史的事実に対し、加害者として向き合う必要がある。こういう姿勢なしに心は動かない。
 これは決して政治的なことではない。道義的、道徳的、常識的観点からの人間として当然な姿勢といえよう。
 子どもたちにうるさいくらい、「道徳、道徳」と説教を垂れる政治家が昨今たくさんいるが、まずは己から道徳的に生きることだ。
 というわけで、おいしい酒や朝鮮餅を頂き、思わぬ人からも声をかけられるなど、「朝日友好のつどい」ならではのひとときを満喫した。
 

2015年2月15日日曜日

昭和村・冬の花火

堤盛吉昭和村村長の歓迎のあいさつを受けて熱燗で乾杯
厳寒の花火も美しい
冬の夜空を明るく染める
雪原を赤く染める大花火
立ち見客で会場は一杯

 今年で21回になる昭和村の冬の花火に招待を受け、玉村町から19名で参加した。
 若い人たちが始めた冬の花火企画に村が支援しながら、ここまで続けてきたことはすごいこと。
 交流都市の横浜からのお客さんもいた。
私としては2度目の参加だが、昨夜の花火は天候の加減も良く、見応えあるものだった。
 昭和村との交流は5年ほどになるが、高速道路を使えば1時間程の距離なので、交流には非常に適しているようだ。
 新鮮野菜の生産地でもある昭和村の村長、議会との交流は1年に3回ほど行われてきたためか、話も深いところまでおよぶ。余り構えなくてもいい関係が、お互いの自治体にとり補完の関係を強める役割を果たすだろう。
 
 
 

2015年2月12日木曜日

中毛町村会勉強会は「日本の言葉について」/新井小枝子准教授

吉岡町の視聴覚室で講演する新井小枝子さん
阿久澤榛東村村長から御礼の言葉
懇親会は居眠りをしなかった笠原議員をはさんで賑やかに

 玉村町にとり身近な町村は吉岡町と榛東村になってしまった。東は遠く大泉町、南は藤岡の南の神流町ということで、吉岡町、榛東村と中毛町村会をつくり、毎年交流をしている。
 昨年は相馬が原の自衛隊の話、今年は県立女子大学文学部国文科准教授の新井小枝子さん、演題は「日本の言葉について」。
 「絹の言葉」と群馬の春夏秋冬を重ねての話は方言の話でもあり、参加者も興味津々といったところ。
 学生の頃から、山村地域に入り込んでの聴き取りを実践してきただけに、かなり深い知識と日本の庶民文化のしたたかさを実感しているようだ。
〈真綿色したシクラメンほど清しいものはない〉
歌、シクラメンの香りの最初の言葉、真綿を説明し、その言葉を使った小椋佳に驚嘆するなど、話もわかりやすく、眠狂四郎の笠原議員すら好奇心一杯で聞いていた。
 方言はともすると「共通語」と比べ、田舎くさく自慢できるものではない、という意識が地方にはあるが、日本各地で生まれ、生き、死んでいった多くの人たちの長い生活の歴史であり、あったかいものであることの端緒を新井先生の話は教えてくれた。決して卑下するものではない。
 「お蚕言葉」だけの話をしても尽きない。
(づ)になる、という言葉が、ほとんど養蚕がなくなってしまった今も生きている。桑くれ、ドドメ、ハルゴ、晩秋蚕なども知っている。実際、私自身、子どもの頃、「桑くれ」や「ず拾い」を手伝い、桑畑でドドメを食べていた。
 養蚕こそ江戸時代以来の特に東日本での主要産業だったことの証左だろう。まさに「お蚕様」なのだ。

 懇親会では、3町村の議員もそれぞれの生きてきた地域の歴史を楽しそうに話しこんでいた。方言学は心を豊かにする。

2015年2月8日日曜日

笑顔満開のかがや富士子が届ける「生活は政治」/砂田登志子

この3人,もう60年のつきあいです。
砂田先生も富士子を応援します。
木村さんも勿論です。
会場の同志たちと熱い思いで団結ガンバロー

 伊勢崎市赤堀町で、砂田登志子さんを講師に迎えての「かがや富士子と食育を考える集い」は開場一杯の参加者を得て意義深い集会となった。
《人は食で浮かび食で沈む。人も国も食の上に立つ。今こそ食育をもっと楽しく。食育は知育・体育・徳育の分母。学歴より食暦》
 「食」という字は「人に良い」と読める。お腹だけではなく、心も満たして豊かにしてくれるのが「食」。
 健康の「健」は人がつくる食べ物でできているビルディング。だから良いものを食べている人は、姿勢もいい、表情もいい。集中力もでてくる。
 食は楽しくなければいけない。「楽」は右にハ、左にハ、下にもハ、ハハハの笑い声でできている。・・・・等々の話に参加者は驚きの声を上げながら、講演に聴き入った。
ではどんな食事がいいか。世界で評価が高まっているのは和食、と太鼓判を押した。
 そして、食育の意味を理解し、推進する女性議員を増やすことを訴え、かがや富士子がんばって、と締めた。
 人間の健康もバランスが崩れたとき病気になる。政治の世界もそうだろう。今は危機的にバランスが悪い。
 かがや富士子、出番ですよ。
 
 

 

2015年2月6日金曜日

今週のタカキンは福島から椎名千恵子さんも参加


椎名千恵子さんも参加してのタカキン

今週は福島から椎名千恵子さんが参加してのタカキンとなった。 原発事故から4年、事故の収束は、毎日7000人の労働者が必死の作業をしているにも関わらず、いつになるやら展望もたたず、福島現地では子どもたちの甲状腺がんが多数発生している。
 世界では「イスラム国」が後先も考えない非道を繰り返し、「有志連合」も軍事に任せた空爆攻撃を繰り広げている。
 何という無残な有様か。こんなことでは何も解決できない。
私達が立つ大地は世界中に続いている。だから、一見、何の力もないような運動でも、あきらめず継続し、世界の人々と連帯することで必ず展望は開かれる。
 安倍の思惑は、民衆の抵抗をあきらめさせること、だからこそ、不屈に運動を継続し、安倍の思惑通にいかないことを思い知らせることだ。それこそが反戦運動だ。
 
 3月8日(日)高崎城址公園で午前11時から「力あわせる200万原発アクション」を実施する。怒りの総結集を訴える。
また、3月11日(水)正午から郡山市文化センター大ホールで「3.11反原発福島行動」が実施される。是非、参加して欲しい。   国会でおしゃべりしていても戦争は止められない。

2015年2月4日水曜日

砂田登志子さんを招いて「食育をかがや富士子と考える集い」のお知らせ

《私達は食べものでできている。人は食で沈み、食で浮かぶ。食を育み、群馬の農・命・心・愛・絆・未来を育む食育。食育こそ最も配当の高い未来への投資です。》
 砂田登志子さんを講師に招いての「食育をかがや富士子と考える集い」が2月8日開催される。
 戦争政治を進める安倍政権下、翼賛自民党一色の県議会にしてはいけない。
 4月、伊勢崎選挙区から、かがや富士子をキッチリ送り出す選挙戦の一環として、意味合いの大きな集いとしたい。
 命が大事、平和が大事、そのことを学ぶ絶好の機会を共に共有しよう。

 2月8日(日)午後2時から
 会  場   伊勢崎市赤堀町「赤堀芸術プラザホール」
 

2015年2月2日月曜日

「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる」/ワイツゼッカー死去

 ドイツ国民が犯した罪と歴史を直視しなければ、ナチスドイツが迫害したユダヤ人や近隣諸国との真の「和解」はできないとして、1985年5月に「荒れ野の40年」と題し、連邦議会で当時の大統領ワイツゼッカーが演説した言葉、「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる」は今も生きている。
 そのワイツゼッカーが94歳で亡くなった。
また、「イスラム国」に人質になっていた後藤健二さんも殺害された。
 なんと言うこと、安倍首相は「テロとの戦いを叫び、必ず償わせてやる」と息巻き、自衛隊の中東派遣さえ意図している。
 彼には日本人を守れなかったことに対する反省とか謝罪という言葉はないらしい。
 今必要な認識は、こんな残虐非道の集団「イスラム国」を生んだ責任はアメリカに負うところが多いということ。
 遡れば、イラン革命後のホメイニ体制潰しに、アメリカが仕掛けたのがイラク・イラン戦争、ソ連のアフガニスタン侵攻に対してはムジャヘディンを支援しビンラディンの登場となりタリバンに続く。
 「9.11」以降のイラク戦争では、アメリカは多くのイラク人を殺害し、その怒りがアルカイダとなって世界を震撼させ、遂にはアルカイダさえ腰を退いてしまう「イスラム国」が、敵意を世界にむき出しにする今の事態となった。
 「有志連合」の軍事力で制圧などできはしないことをいい加減に悟らないといけない。
 
 宇宙でたったひとつしかないほんのちいさな地球でなんという不幸、何という無様な現実か。
 地上から搾取、収奪、貧困を根絶することが戦争のない世界を実現する道と確信する。