みんな寿命を全うしようぜ

みんな寿命を全うしようぜ
西表島で会った昼の蝶

2018年5月14日月曜日

日朝友好時局講演会・前橋市

講演する李柄輝先生
満員の会場からも活発な質疑

 激動する朝鮮半島情勢を学ぼうと、朝鮮現代史を専攻する朝鮮大学校文学歴史地理学部准教授の李柄輝(リ・ビョンフィ)先生を招いて、群馬県勤労福祉会館で「日朝友好時局講演会」が開催された。主催は日朝友好連帯群馬県民会議。
 会場は満席で、朝鮮半島に訪れる平和の機運を歓迎する思いに満ちた講演会となった。
 「現代史から見る板門店宣言と朝鮮半島情勢の展望」と題する講演は、大学での講義を聴いているような気分にさせた。
 朝鮮半島分断と停戦体制の継続について聞いていくと、日本人の少なくない人は他人事のように考えているようだが、日本こそは戦後の朝鮮半島分断の歴史とそれまでの植民地政策の責任を痛感しなければならないことが理解できる。
 南北会議から米朝会議と続く今時点での展望を分析した。
「最大限の圧力の継続」しか言えない安倍政治と比べものにならない質の講演だった。
 
 

2018年5月6日日曜日

渡良瀬遊水地・谷中湖周辺を歩く

谷中村一帯
谷中村役場跡
延命院跡
共同墓地

 昨日は午後から当てもなく車を東に走らせた。多々良沼の様子を眺め、更に東へと行き着いたのが、渡良瀬遊水池。天気も良く行楽人が憩う緑の中を谷中村史跡保存ゾーンをゆっくり歩いた。
 この周辺は洪水に見舞われやすい地域で、上流の足尾銅山からの鉱毒の影響により森林が失われたこともあり、渡良瀬川沿いの村々は明治22年、29年と大洪水に見舞われた。田中正造を指導者とする沿線住民は大鉱毒反対運動を繰り広げた。渡良瀬遊水池は旧谷中村民の犠牲のもとにつくられた。
 田中正造(1913年没)が生きた時代は中江兆民や幸徳秋水らがいた。田中の直訴状を代筆したのは幸徳秋水。実際は、田中は何人かの人に直訴状の依頼をしたが、誰もが「後難」を恐れ、断られたというのが実態らしい。その「畏れ多い直訴状」を書いてのけた幸徳秋水は、明治政府により、1910年大逆事件をでっち上げられ処刑された。
 命がけの人々が命がけで生きていた時代だ。
(真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし)