みんな寿命を全うしようぜ

みんな寿命を全うしようぜ
西表島で会った昼の蝶

2013年12月31日火曜日

一日が過ぎるだけで新年とは妙な感じだけど一年生きてきた。

 世界は明日、新年を迎える。
毎年思うことだが、いつもと同じ時間の経過の中で、一日(24時間)が経過するだけで、明日は新年となり、今日は旧年となる。
「新年、おめでとう」と言い合う姿につきあいながらも、何か笑っちゃう自分がいる。
 季節感がある国だからそれはいいとしても、人間というもの、どこかで区切りをつけないと、前へ進めない動物なのだろう。
 一年という期間が自然の摂理を合理的に受け入れたものなら、社会科学的な人類社会の進歩も合理的に受け入れることを準備する時期ではないか。そうでもないと、未来社会が悲惨すぎる。
 「資本主義の千年、万年天国」とは行くはずもない。
しかし、これは一年単位でしか先を見ることができない近視眼的な人には、まるで見えてこない。
人間が歩んできた道(歴史)にその答えはある。
《過去に目を閉ざす者は未来に対し盲目である》

 未来を知るために映画を観る。今年は参院選挙や自分の選挙もあり、思うように観ることはできなかった。また、良質の映画を提供するシネマまえばしの休館も痛い。復活を心から願う。

この一年に観た映画を羅列する。
「野いちご」監督イングマール・ベイルマン
「故郷よ」監督ミハル・ボガニム
「きっと、うまくいく」監督ラージグマール・ヒラニ
「THE FUTURE」監督ミランダ・ジュライ
「塀の中のジュリアス・シーザー」監督パイロ&ヴィットリオ・タヴィアーニ
「千年の愉楽」監督若松孝二
「最初の人間」ブリュノ・ペズリー
「ビラルの世界」監督ソーラヴ・サーランギ
「死刑弁護人」監督齊藤潤一
「声をかくす人」監督ロバート・レッドフォード
「情熱のピアニズム」監督マイケル・ラドフォード
「希望の国」監督園子温
「そして父になる」監督是枝裕和
「清洲会議」三谷幸喜
「わたしたちの宣戦布告」監督ヴァレリー・ドンゼッリ
「幕末太陽傳」監督川島雄三
「ハナ・奇跡の46日間」監督ムン・ヒョンソン
「約束・名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯」監督齊藤潤一
「パリの恋人」監督スタンリー・ドーネン
「共食い」監督青田真治
「阿賀に生きる」監督佐藤真
「シェーン」監督ジョージ・スチーブンス
「台湾アイデンテイテイ-」監督酒井充子
「恋する輪廻」監督
「天使の分け前」ケ監督ン・ローチ
「タイガー」監督カビール・カーン
「命ある限り」監督ヤシュ・チョブラ
「黄金を抱いて翔べ」監督井筒和幸
「夢売るふたり」監督西川美和
「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」監督若松孝二
「ギリギリの女たち」監督小林政広
「桐島、部活やめるってよ」監督吉田大八
「漆黒の闇で、パリに踊れ」監督フイリップ・ルフェブル
「マリリン7日間の恋」監督サイモン・カーティス
「タケヤネの里」監督青原さとし
「カムイと生きる」監督小松英樹
「故郷の詩」監督嶺豪一
「たまの映画」監督今泉力哉
「こっぴどい猫」監督今泉力哉
「死刑台のエレベーター」監督緒方明
「カルメン故郷に帰る」木下恵介
「喜劇・各駅停車」監督井上和男
「一粒の麦 地に落ちなば (求道の人・角田儀平治)」監督池田博穂
「リンダリンダリンダ」監督山下敦弘
「ばかもの」監督金子修介

 高崎映画祭とシネマテークたかさきが根拠地だが、こう書き出してみるとやはり未来が見えてくる。
ジグザグしているけどなかなか明るい未来だ。







 

2013年12月30日月曜日

安倍靖国参拝に怒り心頭の忘年会(瞬悠庵)

誤った歴史認識を徹底批判する中沢さん
岡田流和みうどんの評判は高い
 今年の後援会の忘年会は靖国参拝が何を意味するのかを議論する場になった。ついでに沖縄の基地、新自由主義の破たんの中で、さあ、どうするという話が続いていた。
 まずは中沢経吉さんが、安倍首相の靖国参拝は極めて反動的で許されざる行為、この間の、秘密保護法の強行制定など、戦争体験者として、戦争を知らない世代の政治家の振る舞いに怒り心頭。今80歳だが、あと30年は生きなければならない、と意気軒昂。「安倍のおかげで長生きできるよ」
 以下、次のような論点を話した。
※中国での経済活動体験から、まず、戦争での日本軍の残虐行為を詫びたうえで、ビジネスの話を始めるということを紹介、外交問題になることを百も承知で、個人的な靖国思想を総理大臣という立場で強行した安倍はその資格なし、即刻辞職だ。
※日本軍は銃や刀の試し撃ち、試し切りとして多くの中国人を撃ち殺し、切り殺した。その他の暴虐行為を日本人こそ忘れてはいけない。
※日本政府は、尖閣列島は日本のものと主張するが、清朝末期の中国は列強国からの干渉で、ボロボロの状態だった。
 1895年の日清戦争で日本が領土化するが、当時の中国は異議など言える状況ではなかった。そして、それ以前は中国領だった。領土問題は単純でないことを理解すべきだ。

 このような話しができるところはなかなかないのだろう。
うまい酒を飲みながら、他の参加者もそれぞれ靖国を論じ、それはそれは相当ハイレベルな忘年会となった。
 特に戦争責任について、天皇なのか、軍部なのか、全く明確になっていないことも議論された。
 戦争を煽ったマスコミが悪い、協力してしまった国民の責任もある(一億総ざんげ)というあの大戦争の総括すらできていない日本の状況こそが、靖国参拝を許している背景にある。
 越えてはならない一線を意識的に越えた安倍晋三を総理大臣に持つ不幸から一刻も早く解放されたい。

 岡田さんの手打ちうどんの評判はいつになく良く、和みの役割を十分に果たしていた。

 来年は日本帝国主義が侵略した中国の戦跡を訪ねるつもりだ。人民交流、まずは南京か撫順あたりを目指そう。

2013年12月29日日曜日

山田行雄さんの逝去を悼む

井筒監督とも馬が合っていた山田行雄さん(2010年)
映画取材に来た井筒監督と(2010年)
山田行雄さんの応援を受けてたたかった町議選(2009年10月2日)

 友人山田行雄高崎市議(59才)の葬儀が昨日行われた。
3年4ヶ月に及ぶガンとのたたかいだった。
 彼に初めて会ったのは山田さんが国労高崎支部書記長をしていた頃だった。
 玉村町文化センターでの何らかの催しの会場の後ろの方にひとり座っていた。
 髭ずらで大柄、野太い声とあの顔で話しかけられれば、気の小さい人はすくんでしまう。私も例外ではなかったが、いつのまにか、無理なくつきあいは進み、今日に至ったのは、彼の一途さ、シャイな面、気配りがそうさせたのだろう。
 外注化、民営化が極端なまでに労働者を犠牲にし、日本社会がここまで荒んだその出発点としての国鉄分割民営化という国策に彼はハッキリ反対し、行動し、誰が味方で誰が裏切り者かハッキリさせてきた。
 11月中旬に自宅を訪ねた時も、「組織拡大で運動を展開し、反動を跳ね返そう」とその展望を語っていた。

 3期目の玉村町議選(2009年)をその山田行雄さんに支援していただいたことは忘れられない。
 こちらがシッカリ立っていないと脇に追いやられそうになるほどの風圧と存在感だった。

 井筒和幸監督が「黄金を抱いて翔べ」を製作する過程で、労働組合運動の経験者の話を聞きたい、ということを土田君から聞き、山田さんに連絡すると、闘病中にもかかわらず、玉村町にまで来てくれた。
 ホルモン屋で、井筒監督と山田行雄、酒も飲まずに3時間以上話し込んでいたこともあった。
 完成後、「役にたったよ。山田さんによろしく」とは井筒監督の言葉。
 土田君を通じ井筒監督にも山田さんの訃報を知らせなければならない。

 彼が関与した高崎映画祭関係者は、これで茂木正男さん、常見次郎さんに続いて山田行雄さんを見送ることになってしまった。
また、彼が若き日にたたかった成田闘争でも、萩原進事務局次長(69歳)が亡くなり、期せずして同じ日の葬儀となった。
 自治体議員としても、初めての選挙以来、大変お世話になった元伊勢崎市議の堀込忠三さん(85歳)もこの暮れに亡くなった。
 それぞれの思いを引受け、生き続けることが、生き残った者の責任だろう。
                 合掌
 


 

2013年12月26日木曜日

安倍首相の靖国参拝を徹底批判する



 沖縄県を侮辱するかのように、沖縄県知事を金の洪水で籠絡させて、翌日は靖国参拝とは怒り心頭だ。
 靖国参拝は決して国内問題ではないことを多くの日本人が自覚すべきだ。そうでないと、日本人が国際社会で完全孤立の道を歩むことにつながる。
 日本帝国主義は日中戦争、太平洋戦争でアジア広域に侵略戦争を展開し、2000万人とも言われる人々を死に追いやった。
 侵略戦争の加害者でもある戦死者を英霊として祀る靖国神社の存在なくして多くの国民を死に追いやることはできなかった。
 戦争の死者から敵側の死者を排除し、更に自国の死者から一般民間人の戦死者を排除した後の、日本の軍人軍属(及び日本軍の協力者)の戦死者との関係しか靖国神社は持っていない。
 
そして、死者の追悼から顕彰にすらなっている。
 靖国神社は国家の政治的意志により作られたものである。
そこにA戦犯も祀られている。
「戦争の保障問題は解決された」のだから、何をやってもいいなどという論があるが、全く話にならない。
 当時の中国政府は「侵略戦争の責任は一部の軍国主義者にあり、日本人民もその被害者」として国家賠償すら放棄した事実を忘れてはならない。
 その一部の軍国主義者が合祀されている靖国神社参拝に対し、日本が歴史の反省を忘れ、また侵略を繰り返す意図を、被害国が感じるのは当然の話だ。
 首相の公式参拝に関しては、すでに「政教分離原則に違反する憲法違反」として確定している。
 侵略戦争を正当化する歪んだ靖国思想が戦争の惨禍をアジアや国内に強制したことを銘記すべきだ。

 「靖国問題」「教育と国家」(髙橋哲哉著)の一読を進める。

 
 

2013年12月23日月曜日

今年のクリスマスデモ/高崎

           


サンタも原発反対
スパングルスでご機嫌伺い
全国の脱原発デモを取材する秋山カメラマン
オスプレイ学習会
 今年もクリスマスデモを200人で敢行。
とにかくこの一年は安倍政権の進もうとする道が誤っていることを多くの人々が知ってしまった。
 国家安全保障会議(日本版NSC)設置、特定秘密保護法の強行制定、原発再稼働、消費増税、TPP推進等新自由主義路線に一層のアクセルを踏み込むその姿勢に戦争国家への道を直感として感じ取った人は多いと思う。
 居丈高な政権にうなだれていてはいけない。彼らの強硬な姿勢は弱さの表れということを見抜く必要がある。
 ということでまつろわぬ人々の年末クリスマスデモをプレゼントした。

 その後、高崎労使会館での「オスプレイを考える学習会」
〈「中国や北朝鮮が攻めてくるからオスプレイ配備を」は真っ赤なウソ。
 ①北朝鮮は勿論、中国も内部に大きな矛盾を抱え危機的状況にある。
 かの国はかの国で、日本と同じく、自国民を騙すために、相手国を(ときには日本)を攻撃するフリをして自国民の目をそらしている。
②北朝鮮の軍事力は、隣接する韓国に初期的ダメージを与える力はあるが、その後は続かない。
中国は空母は張りぼて、日本への上陸能力はない。
③むしろ、日本の将来的な軍事的激突の相手はアメリカ。
太平洋戦争はわずか68年前のこと、アメリカ自身がそう捉え、日本に対応している。
 日米地位協定はその典型、日本がアメリカの属国だからそうなのではなく、本質的に将来的な対戦国だから、アメリカは手綱を緩めない。
 そして、日本の支配層はそれをわかっているから、彼らは独自の核武装を言う。(自民党が代弁)
 現在的に「日米安保」をさかんに強調するのは、そういう論法で軍事力を強化したいから。
(国民にも、「アメリカにそう言われたから」と言い訳しやすい)
④そのようなこと全体を理解し、国際連帯も深め、粘り強く戦争反対の声を大きくする。〉
 

2013年12月19日木曜日

中毛町村会研修会/榛東村役場

 玉村町、吉岡町、榛東村で組織する中毛町村会主催の議員研修会が榛東村役場で行われた。
 すでに合併の動きは一段落したが、現在の群馬県の町村数は23となっている。玉村町の近くの町村といえば、吉岡町と榛東村ということになる。
 玉村町から回りを見れば、東に遠く大泉町、南は藤岡の南に神流町、北を見れば赤城山の向こうの昭和村という状況の中、3町村の連携、親睦の意味は大きい。
 榛東村での講演会は、自衛隊12師団があることもあり、副司令の「防災について」という内容で、東北大震災での活動の様子を語った。
 質疑も「震災対応に絞って」ということでオスプレイ問題に質問が及ぶことを避けた。
 
 今後、大介護時代が来るというのに、外に敵をつくるような安全保障政策をする安倍政権により、防衛費が大幅に増加する。
 まして安全面で危険性が高いオスプレイを今後17機導入しよう(中期防衛力整備計画)とは、あきれるばかりだ。
税金の使い方が違うだろう。
 周辺国との友好が深まれば、防衛費をことさら増やす必要もなくなる。
 外務省が行ったアメリカでのアンケート調査では、アメリカ人にとり東アジアでの重要な国は、1位が中国、2位が日本ということ。
 アメリカへの片思いもいい加減にした方がいい。
TPPといい日米同盟といい、アメリカに貢ぐだけの関係になってしまう。
 周辺国を敵にしない外交こそが政府の仕事のはずだ。そして、軍事にまわす税金を国民生活のために使う。こういう政府が欲しいものだ。
 自衛隊施設がある自治体の複雑さを若干だが感じることができた。沖縄の苦しみはこんなもんじゃない。

 その後は町村長を交えての懇親会を焼き店でミッチリ行った。
 

2013年12月15日日曜日

23日は群馬・大デモ/高崎城址公園

この人物、目がイッチャってないかい。許してください
 23日、安倍政権にノーを突きつける今年最後のデモを高崎で行う。
原発再稼働は勿論、国家安全保障会議の設置、秘密保護法制定など暗黒の戦前を想起させる時代錯誤の法律を次々成立させ、果ては解釈改憲で集団的自衛権を容認させ、アメリカと世界戦争行脚でもしようかという勢いの安倍政権にハッキリとノーを突きつけるデモだ。
 この政権の思うようになれば、国民生活は勿論、自衛隊員にその大きなしわ寄せが及ぶ。
 自衛官は今でも厳しい「規律」で不自由を強要されているが、いよいよ「死」という局面に直面することが予想され、それすら強要されかねない状況を政府自ら引き起こそうとしている。
《政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。》とした日本国憲法の原点を踏みにじる安倍政権は明らかに反動政権であり、そのことを見抜いた韓国、中国が警戒するのは当たり前のこと。
 
  《原発なくてもエエジャナイカ大行進》
 12月23日(月)午後1時から集会、2時からデモ出発
 場所 高崎城址公園
 

ブルガリアでの1場面、世界中で民衆がたたかっている。
(この少女は泣いていて、警察官に向かって、自分や彼女の友人をぶたないように懇願していました。するとその警察官も泣き始め、彼女に向かって『お嬢さん、いいからしっかりがんばって下さい』と言っています」)

2013年12月10日火曜日

撫順水害支援コンサート「再生の大地」

 


汪婉中国大使夫人と呼びかけ人の趙詩蔓さん
「再生の大地」合唱団









前事不忘、後事之師




 八ッ場ダム建設負担金の支出差し止めを求める裁判の控訴審第2回口頭弁論の傍聴のため東京高裁へ行った。
 着いたときはすでに地質学者の坂巻幸雄先生の証言を島田久夫弁護士が引き出していた。
 「24000年前に浅間山の前身の火山が大噴火したときの堆積物で不均質、崩壊の危険性は高い」など地滑りの危険性を証言した。現地を知り尽くした学者の話は説得力がある。
 
 群馬以外にも埼玉、千葉からも傍聴に来ていてほぼ満席、関口茂樹さんにも会った。
 それにしても島田久夫弁護士の弁護活動を中心的に担ってくれる姿には頭が下がる。
 その島田先生に、また離婚や遺産分割のもめ事の依頼をしなければならない。
 八ッ場ダムは全く不要なダムだ。4600億円の大型公共事業を止めるには、やはり多くの市民があきらめずに関心を持ち、声を上げることだろう。世論の力で裁判所や政治を動かすことはできる。判はまた世論を動かすその呼び水の性格をも持つ。
 全国の住民運動と連携し、後ろ向きの裁判所の姿勢を変えさせたい。
 タイでは国会を取り巻く巨万の民衆により、政権がガタガタになっているではないか。その姿は明日の日本だ。


 夕刻からは赤羽で開かれた「中国撫順水害支援チャリテイーコンサート」へ。
 「撫順の奇跡を受け継ぐ会」や「中国帰還者連絡会」という言葉さえ知らない人が多いが、「中帰連」こそ戦後の日中の平和推進のため力を尽くしてきた団体だ。
しかし、中期連の会員も若い人で90歳代という高齢だから、その思いを継承しようとして作られたのが「撫順の奇跡を受け継ぐ会」そして「再生の大地」合唱団。
その歌声を聞くのが目的だった。

 撫順戦犯刑務所に送られた1000人の日本人戦犯がどのように遇されたか、侵略の限り、悪逆の限りを尽くした相手の中国人により、当時の中国人より恵まれた環境での学習、医療を保障され、次第に自分たちの犯した罪に気づき、自白し謝罪する。
その過程は言葉を越える壮絶なものだった。
 当時の指導者、毛沢東、周恩来の取った寛大政策により、鬼だった人間が人間として再生する。
 許され日本に帰国した人たちが組織したのが中国帰還者連絡会。
 「共産中国により洗脳された」などと罵声を浴びても、たじろがない信念は刑務所での腹の底から、心の奥深いところで人間を見据えることができたからだろう。

〈私達は「人間ー侵略戦争ー殺人鬼-戦争犯罪-戦犯-人民中国の人道的処遇ー人間的良心の回復という数奇な共通体験から得た強い反省に基づいて、及ばずながら反戦平和と日中友好の実践を続けてきました。・・・今は更に力を集めてこの日本の反動勢力の跳梁に対抗することの、わけても若き世代に先の戦争の真実を語り継ぐことの必要性を痛感せずにはいられません。〉
・・1997年3月1日 雑誌「中帰連」発刊の趣旨

 現在、日中関係が悪くなっているが、それは現在の日本の政治指導者の定見のなさ、歴史に対する不誠実さ、人間に対するあきれるほどの偏見と差別意識などが主な原因と考える。
しかし、これらのことは必ず乗り越えられる。
昨日の催しもそれを証明している。

 
 

2013年12月8日日曜日

アクテイブシニア玉村発足5周年記念の集い

あいさつする小池康雄代表
コーラスはコンセール・ミア

 「仕事人間から地域人間へステップ・アップ」をうたい文句に始まったアクテイブ・シニア玉村の発足5周年記念の集いがJAたまむらの2階で開かれた。
 貫井町長、柳澤議長、井田県議、濱口県立女子大学長も参加しての賑やかな集いとなった。
 このアクテイブには現役退職後の人たちが集い、積極的にさまざまな企画、運動に参加しているため、町としての協働の町づくり大いに役立っている。
 代表の小池康雄さんが癖や欲のないこともあり、人が集まりやすいこともあるだろう。
 そして、安保博史女子大教授の力添えも忘れることができない。
 
 今日の講演は短時間だったが、〈与えられた高齢期の時間をいかに過ごすか〉と題し、これまた結構な話をして頂いた。

 
《60才定年まで約40年の仕事時間は約10万時間、定年後の80才までの20年間の自由時間が10万時間、健康寿命を5万時間として、これを無為に過ごして良いのか、という問題提起。生産性、効率性は関係なく(生活・人生の質)重視の生活設計をすることにより人生の味わいは変わる。
自由時間がそのまま健康に暮らせる時間となるよう、健康寿命を伸ばす努力をしよう。
 最後に、「畢(おわり)」、猶(なお)「華(はな)」の面影宿すかな、という吉野弘の歌を紹介する。
 華と似た字体の畢(おわり)を使い、畢(おわり)にも華の面影を宿すような人生を送りたい、という意味。》
 
 

2013年12月5日木曜日

大崎章監督久しぶりに玉村町へ



 映画「漂泊」のチラシが藤橋監督から届いたその日、大崎章監督が玉村に来るから、と土田君から連絡があり、いつものホルモン屋で一献設けた。

また映画製作委員会結成か?

 角倉邦良県議の政策懇談会出席のため、8時半頃になってしまったが、ビール一杯頂けば、もう酔っ払いの仲間入り。
 映画を作りたい玉村町出身の大崎監督の心意気を意に感じ、何とか協力しましょう、とは言ったものの、問題は製作費。
 「いいですよ、だけどキャッチボール屋以上の映画にならなければダメですよ」とは土田社長。
 いつもはじめはこんな調子で始まるのだ。
私自身「漂泊」の出来映えはかなりなものという感触を持っている。ただの感触だけだが、この楽観的な主観が大事。
一仕事終えて休んでいればいいのに、金もないのにまた映画かい。

 《面白きこともなき世を面白く》

 《三千世界の烏を殺し 主と朝寝がしてみたい》
 
  


2013年12月3日火曜日

映画「漂泊」完成まぢか

渋く演じる植宗一郎さんと花火を背景にした五料橋のシーン



 しばらく映画「漂泊」に関しては何も書かなかったが、いよいよ完成も近い。監督から送られてきた写真をアップする。
 
また、藤橋監督の言葉をフェイスブックから転用する。
 
《玉村町映画「漂泊」、上映日程&公開日決定です!
【玉村町映画「漂泊」編集進捗報告<12/2>】
監督のフジハシです。ついに12月になってしまいました。。

現在、全84シーン中63シーンまで終了し、残すところラスト21シーンとなりました。シーン数的には結構有るように感じられるかとは思いますが、編集の難所は終了し、大きな峠を越えることができ、あとはラストに向かって一気に加速していく内容になります。
明後日水曜日には全体の尺が判明できるかと思います!
...


ということで、公開についての情報を発表します!


<玉村町映画「漂泊」上映情報>
2014年2/1(土)〜2/7(金)
MOVIX伊勢崎にて1週間限定公開決定!(1日1回上映)
※入場料金は1000円均一です。
※監督&主要キャストの舞台挨拶を初日2/1と2/2の上映後に行ないます。
また、2/2(日)はロケ地になった群馬県立女子大学講堂にて、特別上映会&主題歌を担当していただいているRaiji&Chipsのミニライブを行なう予定です。こちらの詳細は後日改めて発表させていただきます。

皆様のご来場心よりお待ちしております!

★本日は映画のクライマックスの五料橋上でのシーンと、大人キャストの植さん(焼き肉屋のマスター/康一の父親役)です!
シブい演技が光っておりますよ〜♪
もっと見る》
 

2013年12月1日日曜日

道の駅「上州おにし」で友に会う

上州おにし道の駅
はしご下りは面白い
ゴム鉄砲での命中率は低い

 いよいよ今年も残り一ヶ月、仕事の関係でいろんな所に行く。昨日は鬼石町、時間調整のため道の駅「上州おにし」に寄った。そこの木工体験教室で土、日だけ仕事をしている小・中時代の同級生の増尾弘明を訪ねた。
 ここに寄るのは平日が多く、ここで増尾君に会うのは初めてのこと。
 作業台にはカンナ、ノコギリなどの道具類、木工の材料がたくさん置いてあり、お客さん対応の準備は整っている。
 どんなものを作っているのか尋ねると、「はしご下り」を見せてくれた。
 木でできたコマが木のはしごを一段一段その溝と重力を利用して一気に下っていく。子どもでなくても喜ぶ仕掛けだ。
斜めのはしごを下ることもできる。
はしごの太さ、間隔、コマの溝の大きさ、深さなど絶妙の間合いを作る必要がある。
 ゴム鉄砲で的を狙ったが、なかなか命中しない。
他にも楽しそうな木工品がたくさんある。
 教員を退職後、自分の作業所でこつこつ作業をしていたが、こういうことだったのか。

  今日は玉村八幡宮での「宿サミット in たまむら」。
近在からも多くの参加者を得て、町づくりへの取り組みが話し合われた。
 安保博史先生が〈歴史資産を生かした協働のまちづくり〉と題し基調講演を行った。
肝要は「地域の記憶の重要性に注目して」、ということ。