みんな寿命を全うしようぜ

みんな寿命を全うしようぜ
西表島で会った昼の蝶

2010年1月31日日曜日

ラジオななみでの放送日程のお知らせ

今年1年の抱負など,それぞれの議員が想いを語った収録が終了、放送の日程が決まったので
お知らせします。私の発言の要約は後日掲載予定。

「ラヂオななみ」放送日等の連絡について(通知)
さて、標記の件につきまして、下記のとおり放送されることが決定しましたので、連絡いたします。

1 ラヂオななみ周波数:77.3MHz
2 放送番組:「ランチガーデン」(月・木:12:00~14:00)
3 放送時間:13:30~(7~8分程度)
4 放送日及び出演議員:

    2月 2日(火):笠原 則孝 議員

    2月 4日(木):石内 國雄 議員

    2月 9日(火):原  幹雄 議員

    2月11日(木):齊藤 嘉和 議員

    2月16日(火):筑井あけみ 議員

    2月18日(木):備前島久仁子議員

    2月23日(火):島田 榮一 議員

    2月25日(木):町田 宗宏 議員

    3月 2日(火):川端 宏和 議員

    3月 4日(木):村田 安男 議員

    3月 9日(火):髙橋 茂樹 議員

    3月11日(木):浅見 武志 議員

    3月16日(火):石川 眞男 議員

    3月18日(木):三友美惠子 議員

    3月23日(火):宇津木治宣 議員

 

2010年1月30日土曜日

喧嘩両成敗といきますか。

毎日新聞の記事によれば、1910年の「大逆事件」により処刑された菅野スガの書簡が発見されたという。

 菅野スガに関しては、私が20代の時読んだ本で、明治以降最初に処刑された女性ということで特に強い印象をもっていた。
 検閲を逃れるため、何も書いていない白い和紙に針で細かい穴を開け、光にかざすと文字が見えるように工夫されていて、この事件に全く関与していない幸徳秋水に弁護士をつけるよう依頼している。

 1910年という年は国内では「大逆事件」、国外では「日韓併合」という歴史を画する事件が起きた年だった。「大逆事件」はそのでっち上げが後世で明らかになった。海外への侵略政策を推し進めようとしたとき、国内の反対勢力をつぶしておかなければならない。「外へは侵略、内へは弾圧」は侵略国家の常道で、その暗黒の歴史に学ばなければならない。

あれから100年後の2010年まで日本はどんな歩みをしてきたか、そして今何が起きているか冷静に見る目を養っておく必要がある。

 しばらく、山口一郎北大教授の政治批評から抜粋する。
【小沢一郎民主党幹事長を巡る資金疑惑の捜査は、本来の犯罪捜査ではなく、検察と小沢の権力闘争である。はっきりした贈収賄、脱税などの重大犯罪があれば、昨年、西松建設からの不正献金に関連しての調査でわかっていたことだ。
 検察が信用できない理由は他にもある。水谷建設からの資金提供に関連し、2006年に佐藤栄佐久前福島県知事が収賄で逮捕・起訴された。東京高裁では、執行猶予付き有罪は維持されたものの賄賂の金額はゼロと認定され、検察の主張は根本から否定された。この検察の捜査の杜撰さ、悪辣さは佐藤氏自身の著書「知事抹殺」に詳しく記されている。佐藤氏だけではない。日歯連の1億円小切手事件をめぐる村岡兼造氏の起訴など、同様の政治家捜査はほかにもある。検察のこのような犯罪的行為について一切検証することもなく、「疑惑」を書き立てるメデイアにも、私は大きな不信を持っている。ほとんどの国民は依然として検察を正義と考えている。検察が逮捕・起訴すれば被疑者は悪いやつだと思いこむものである。今の政治家やメデイアがなすべきことは何か。事実に即して検察の捜査の妥当性を検証し、人権を守るための制度を作る事である。取り調べの可視化もそのひとつの手段である。同時に小沢に対しても政治資金の集め方と使い方について、より徹底した情報公開を求めていくしかない。】

 鈴木宗男氏や佐藤優氏の裁判もほとんど茶番と言っていい。「足利事件」のえん罪は事実として突きつけられたが、しかし、検察は謝罪をしない。
 平成14年には当時の三井環大阪高等検察庁公安部長が、検察庁内の不正資金流用について内部告発するため鳥越俊太郎氏とインタビューする予定の数時間前に逮捕された事件を知っている人は多いと思う。彼の罪は逮捕するほどの事もない微罪で、社会的公正に反する検察の行動といえた。メデイアに暴露される前に閉じこめてしまえというわけ。その彼が出所したのがこの1月だ(参照・三井環著「検察の裏金作り」)。まさに好き放題の検察庁を洗いざらい検証する必要がある。

 また、薬事法違反、税理士法違反容疑で朝鮮総連が機動隊を動員して家宅捜査される様子をメデイアは何度も重大事件であるかのように大々的にテレビ放映した。しかし、両事件とも不起訴になったことは伝えていない。あまりに極端な落差ではないか。メデイアの予断で世論が形成されているのが実態だ。「草薙さん報道」のこともあった。ジャーナリズムはその批判を権力の行使に対し向けなければならない。小沢一郎だけでなく検察権力に対してもだ。

 戦前からの教訓は、検察の暴走は歴史を過てることにつながることを銘記したい。今はその岐路にいるという認識が必要だろう。「偉いサンのやることには疑ってかかれ」ということだ。小沢一郎幹事長と検察のバトル、これが深刻なのは、政権内の権力闘争であり、統治者側の分裂の危機ということ。

 喧嘩両成敗といきますか。

2010年1月28日木曜日

日曜日は「県100キロ駅伝」、玉村チームの疾走に注目

 昨日、「ラジオななみ」での議員としての今年の意気込みを語る収録が終わった。今日で全議員の収録が完了、近いうち放送される予定。議員も電波にさらされる時代がきたと言うこと、それぞれの思想、哲学を打ち鍛えることが求められる時代なんだとつくづく思う。

 さて、31日は、前橋市の敷島公園陸上競技場を出発点とした「県100キロ駅伝」の日。玉村町のチームは今年も断固として町単独チームで上位に挑戦する。市町村合併が進み、唯一の単独チームがその売りだ。大きな都市チームより地域の一体感と団結力ははるかに強い。大きいことばかりが決していいことではない。小さな町の意地を見せてやれ。応援の思いはどのチームにも負けてはいない。田中島務監督のもと、寒い季節を熱く疾走する玉村チームに声援を。

2010年1月26日火曜日

映画・降りてゆく生き方

連合群馬より2010年「県民意識調査」取り組み依頼が来た。去年に続いて2度目だ。
労働運動が今ほど重要な時はないと思う。労働者の置かれている環境が悪すぎるからだ。歴史の転換期に見合った労働運動の展開を望む。

シネマテーク高崎で「降りてゆく生き方」という映画上映会のチラシをもらった。「全国数カ所のみの上映にもかかわらず、クチコミだけで20000人突破した注目映画」とのこと。
好奇心をそそる宣伝文句だ。
2月14日午後1時から上映、
会場 群馬県社会福祉総合センター8階大ホール 前橋市新前橋町13-12
前売り券 1500円 当日券2000円

2010年1月25日月曜日

「白鳥の湖」を見ながら思う現実


烏川の角渕側の一角に今、白鳥が飛来している。時間のことを気にせず、その動きを観ていると何ともほほえましい。軽々と国境を越え北へ南へ生存をかけた旅をしている彼らは自由でうらやましい。彼らは彼らで大変なんだろうが。

白鳥の美しさに比べ、最近の政治状況は目に余る惨状と言ったほうがいい。小沢問題は深刻になりつつある。民主党自体対応不能に落ちいっているようだ。彼自身、自民党田中派が出身母体なのでその資金集めに関しては、骨の髄までしみこんでいる。彼は、これまでの経歴を知れば明らかなように「非情な壊し屋」だ。その小沢頼りになってしまった民主党が問題なのだ。彼に真髄入れ込んでいる「小沢紅衛兵」たちの姿は滑稽としか言いようがない。
 対する自民党、これまた時代錯誤の方針を出してきた。「小さな政府論」を今さら引っ込めても遅い、またなにを勘違いしているのか保守色を全面に出し「憲法9条改正」を露骨に主張するらしい。違うでしょう。戦前のような「おくにがら」を基軸にした狭い同質価値観共同幻想社会の強制なんてごめんだ。
 今は、新自由主義政策でおのずとグローバル化されてゆく社会で起きているさまざまな矛盾に対し、保守色を強め国民の求心力を保持していこうということがそもそも無理なことに気づかなければならない時。保守的精神論では解決できない。
 二大政党論を言うなら、新自由主義政党か社民主義政党か程度の違いがなければ国民にとり、選択の余地はない。私はこれまでも小選挙区制度に反対してきたが、毎回政党の実力以上の議席の取り合いでは国民の生活はたまったものではない。
 そう遠くない先に、新自由主義か社民主義か、新保守主義かリベラル主義かを基軸にすえた政党再編をおこなうためにも現状の正しい認識が求められている。怒りつつもあきらめないで。

2010年1月24日日曜日

国会見学と参議院議長公邸・NHKツアーのお知らせ

富岡由紀夫事務所との日程調整が済み、3年ぶりの国会見学の運びとなりました。
今後、微調整はありますが、多くの方々の参加をお待ちしています。
日時 4月6日(火)
定員 50名
参加費 5000円(食事込み)
日程 役場前を午前9時30出発、12:00時から14:30国会見学(昼食)→15:00から16:00参議院議長公邸→17:00から21:30NHKホール(夕食)歌謡ショー その後帰宅なので遅くなります。
注意)NHKお客様番号の記入が必要です。

2010年1月22日金曜日

連合伊勢崎新年会

午前中、羽鳥写真館で議長室に飾る写真撮影、これで俺も一丁上がりというわけか。そうはいくもんか、これからシャウトするのよ。それにしても羽鳥さんと四方山話をしていると、町中の繁盛や衰退の様子、人と人の意外なつながりを教えられた。人に歴史あり、町に歴史ありだ。

午後は中央小学校での公開授業に参加、村田文教福祉常任委員会委員長らと今後の会議日程を調整し、それぞれ思いの教室に入る。私は5年生の「子どもとおとな、どちらが得か」の教室に入り、45分間見学させていただいた。子供の教育は時間のかかる作業で、成長と並行していかなければならない。素人ながら教員の大変さがわかる。短絡的な教員や教組批判は無責任極まる。その後、文化センターでの全体集会に参加。

6時からは桐生信用金庫の新年会、6時半からは、連合群馬伊勢崎地協の新年会、どちらもプリオパレスの3階と2階なので顔出しはできた。
連合の新年会は4月伊勢崎市議選、7月参議院選挙にむけ全力で戦い抜くことを意思統一する新年会となった。富岡由紀夫参院議員の本郷秘書の堂々たる話には驚いた。塚越県議、矢島市議、松本市議、市議初挑戦の多田稔さんの気合あふれるあいさつが続いた。私は「昨年の政権交代という歴史的快挙に続き、夏の参院選での富岡由紀夫再選で歴史の歯車をもうひとつ回せ」とアジった。

2010年1月21日木曜日

死刑が行われなかった時代が日本にもあった。

 日本に死刑が行われなかった時期が、3世紀半もあったなんて知らなかった。
今朝、朝日新聞の「裁判員元年」の特集記事で知った。
奈良時代の724年、聖武天皇が死刑中止の詔書を出した。命は一度奪ったらよみがえらない、という観点からだ。嵯峨天皇が818年に正式に廃止して以来、3世紀半にわたり死刑がなかったそう。帝銀事件の平沢貞通元死刑囚を支援していた森川哲郎は著書「日本死刑史」に《全く奇跡のように見えるが、日本史の中のまぎれもない事実》と評した。その後、武家政治の始まりとともに死刑は復活し、現在に至る。
 今、死刑制度を維持することを望む世論は8割に達する。お互いが追いつめられている現代の社会状況で、「目には目を」の復讐劇が法廷で続いてゆくのか。いよいよ、検察側が被告に死刑を求刑するとみられる事件の裁判員裁判が予定されている。
 歴史も未来も見ようとしない素人裁判員が、感情にまかせて死刑判決に加わって行く姿は無残としか思えない。古代ローマのネロの時代じゃあるまいし。

2010年1月20日水曜日

パチャママの贈りもの

 真っ白な南米ボリビアのウユニ塩湖で塩を切り取る作業をする親子。貧しいながらも心豊かな日々を送っている少年コンドリ13歳。彼に変化が訪れた。祖母の死、友人の引っ越し、そして初めて父とともに行くリャマを連れての塩キャラバン。
 パチャママとはインカ帝国の末裔、アンデス先住民の言葉で「母なる大地」の意味。自然と共生して暮らすこと、家族や社会の一員であること、先祖からの知恵を大切にすること、すべての恵みを与えてくれるパチャママに感謝することを少年は成長の過程で学んでいく。
 旅の最終地マッチャ村での賑わい、インカ時代から続いているケンカ祭り、山里からやってきた少女ウララとの出会いと淡い初恋。幸せのシンボル・アルマジロも登場。家に帰ったコンドリは生まれて間もないリャマにウララと名づけたいと父親に申し出る。
 ドキュメンタリーかと思える映像の美しさ、少年たちがやたらと走る姿がまぶしい。善意の地域社会が生きていることを教えている。
 この映画を作ったのが日本人監督松下俊文だからうれしい。ぜひ観ていただきたい作品だ。
 高崎シネマテークで1月29日まで。

2010年1月19日火曜日

世界の未来予想図は

FMたまむら出演に伴う収録について準備を始めた。議員活動について、具体的にどんな細かいことを言おうかと構えると、私の場合は時代認識的なところから入ってしまう癖がある。この姿勢こそが基本と考えるからだ。
 若い国会議員がしたり顔で、現代を明治維新の激動期に例えて高説を垂れる。「そのくらい大変な時期を見事に収めるから黙ってみていろ。」と言わんばかりだ。幕末から明治が封建社会から資本主義社会への激動を指すのだとしたら、現在の激動をどういった変革期とみているのかが説明できていない。混乱をもたらしている根源的原因が資本主義そのものにあることを理解しようとしていない。
 「日米同盟の深化」という言葉が使われ出した。日米同盟とやらが未来永劫続くかのような論調だが歴史を概略知れば、それは不可能なことだと知るはずだ。1945年の敗戦まで日本は「鬼畜米英」として戦争をしていたその相手だ。まさに「昨日の敵は今日の友」か。没落するアメリカ帝国主義との同盟を深化してどこへ進もうというのか。世界の未来予想図は、平和を求めるひとりひとりの自覚と行動の中にある。権力者が決めてくれるものではない。
 

2010年1月16日土曜日

絶賛・必見  「キャピタリズム」

早朝、箱石地内に、子供を中心に大勢の村人が集まり、どんと焼きが行われた。だるまなどが勢いよく焼かれる火を見ながら甘酒をいただき、過ぎゆく正月を送った。7時頃、真っ赤な太陽が東の空に昇るのを確認し、いったん帰宅した。


午後は、中里千恵子前議員宅での数人の新年会に参加し、昨年の町議会の選挙や政権交代の意味、町の課題などを自由に語り合った。遅れて町長、茂木前議員も加わり楽しいひとときを過ごした。

そして夜、秋山、土田君の3人でムービックス伊勢崎へ。
マイケル・ムーア監督作品「キャピタリズム~マネーは踊る」を観る。噂どおりの作品で、資本主義の実態を具体的事実のなかで暴きだし、それに対抗する労働組合、人々の姿を共感をこめて追う。
資本主義を具体的に超える示唆的な場面もあり、最後のインターナショナルもよかった。

資本主義はそのことば通り、社会の主体は資本であり、資本の行動形態が自由であるのが資本主義、人間が自由なのではない。その結果、資本の論理により、人間はモノのように扱われ、捨てられ、現代のような荒んだ社会となる。社会の主体を資本から人間に置き換える転換期が今なのだ。ムーアの本気さに学びたい。

 勢いの中で一言書けば、小沢一郎民主党幹事長やるじゃない。検察がすべて正義ではない。鈴木宗男も検察にはとことん懲りているらしく、応援団になっている。小沢に鈴木、怪しい面々だが、屈伏せず、とことん戦い抜いて欲しい。その中で、「検察の一面的正義」をふっ飛ばし、国民の側に徹底的にたった政治を追及してくれることを望む方が現実的と考える。きれいごとだけではなりたたないのが政治だ。

2010年1月14日木曜日

第1回臨時会が開かれる

10時から、今年はじめての臨時議会が開かれた。新井新教育長の就任あいさつで始まり、上陽小学校の耐震工事予算6憶7000万円と東部工業団地関連工事予算1500万円の審議が行われ、6人の議員から質疑が行われ、採決の結果、全員一致で可決された。

夕方からは藤岡市鬼石町の永源寺で故田宮信子さん(89歳)の通夜に参加した。先代住職を支え、実子を含め10余人の子供たちを慈愛をもって育て上げたその人柄には誰もが頭が下がる思いだ。とにかく優しく怒ったところを見たことがない。時間が止まっているような永源寺の庭の陽だまりで猫エムと話をしていた姿が象徴的だった。

2010年1月12日火曜日

水戸天狗党

 時間があったので、昨年暮れ、大塚正義先生から送られてきた水戸史学第71号を読んだ。
「上州路を駆け抜けた水戸天狗党」という論文だ。太田宿から藤岡宿、吉井宿そして貫前神社から小坂坂峠を越えて下仁田戦争までを書いている。
 大塚先生は国定忠治研究を専門としているのかと思えば、実は水戸天狗党の研究者という。忠治研究はまだ20年にならないので駆け出しだそうだ。それ以前から天狗党の研究をして、「下仁田戦争」を歴史的に明らかにした功績で水戸史学会の会員になれた。「水戸人より天狗党のことは知っています」と内容豊でその話ぶりも面白いのでつい深みにはまってしまう。確かにこういう人ってどこか変わっている面はある。その先生から親しくしていただけるのだから嬉しい。
 一昨年、下仁田戦争の現場を小半日かけて案内していただいたときも、そのマメさには感心するばかりだ。

 こんな関係になるには、伏線があった。私自身、幕末の水戸藩にかなり興味があり、桜田門外の変に関する本を読んでいるうちに、開国と尊皇攘夷のせめぎ合いの中で権力闘争が行われていた時代背景に突き当たった。薩長は攘夷の困難さを身をもって体験し、倒幕に走っていた。しかし、天狗党は攘夷をあくまで敢行していた。水戸学という非常に保守的右翼的学問のためか、考えることに幅がなく、勝ち目がなくてもとことん突き進むという典型が天狗党。その天狗党にどこか同情している自分がいることに気づいた。
 天狗争乱(吉川昭)、天狗党血風録(杉田幸三)、天狗党が往く(光武敏郎),幕末の水戸藩(山川菊江著)などを読み、大塚先生にそのメモなどを読んでいただいたら、私以上の筆まめの先生からの手紙の攻勢となった次第。
 先生もそうだが、私も天狗党が押し込められたニシン倉や墓を尋ね敦賀まで行ったことがあり、その時役立ったのは、「天狗党が往く」という本。そして封建制度なんてこの程度のものと徹底暴露しているのが、「幕末の水戸藩」。

 今この時間、我が友が、水戸市内の民宿でアンコウ鍋を囲んでいることを想いながら書いた。
とにかく当時は熱い時代だったことは確か。今も熱い時代のはずなのだがねえ。

2010年1月11日月曜日

玉村町消防出初め式

 文化センターで消防出初め式が行われた。
恒例のことではあるが、5日の賀詞交歓会、昨日の成人式そして今日の消防出初め式が無事終わったことで、次第に正月気分から抜け出し、新たな一年が本格始動する。
 昨日は、成人式の後、議会と町三役の新年会も開かれた。昨年12月、8年にわたる教育長を退任された熊谷前教育長も参加し、和やかななかにも新年に向けた緊張感ある新年会となった。
 いよいよ14日には今年初めての臨時議会がある。深呼吸して臨みたい。

2010年1月10日日曜日

玉村町文化センターでの成人式に思う

今年の成人は町内で497人、多くの来賓もふくめ盛大に挙行された。式典の時間は40分程度で、例年と比べても静かな雰囲気の中での成人式だった。甥の悠平も当事者でもあり感慨深いものがある。「静かにできてよかった」という声がある反面、「お利口さんばかりになってしまったのかなあ」という声もある。私の認識はどちらかというと後者だ。


時間の経過が平成生まれの人たちを成人年齢に押し上げた。成人というからには、社会、政治問題に関心を示して欲しいものだが、さっぱりという感じだ。若者の置かれている環境は実に厳しいにもかかわらずどう対応していいかわからないのかもしれない。求職もままならない経済環境の中、不安定雇用の大海原に出て行くしかないのか。生きにくい社会を変えるのも未来を生きる若者の力に負うところが多いはず。

 有権者になって、投票所へ行こうとも思わない成人が成人といえるだろうか。教育に関して思うことは、教育が政治や社会問題を遠ざけてしまっていることだと以前から考えている。社会に投げ出される若者に社会、政治の有り様を学ばせなくてどうして生きていけというのだろうか。
社会の多様性を言いながら、実質、一面的な考え方しかできない人間ばかり作り出しているのではないか。教育の場を調教の場にしてはならない。

 日本の捕鯨船がニュージーランド沖でシー・シェパードの抗議行動を受けている。突進してきた抗議船が漁船に衝突し、曳航中沈没した事件が最近あった。日本では、「過激すぎる抗議」として非難しているが、彼の地では、むしろ当然な英雄的行為として称賛されている。パーテイーを開けばあの大きな船を買うほどのカンパが集まっていることも事実だ。
 このことから言えることは、物事を複眼視できる人間を育てることが肝要ということ。そうでもないと、全くの島国のなかでの一面的価値観に支配され、国際社会ではまるで通用しないというマンガ的状況になってしまう。すでに6カ国協議でその面が表れている。

 いろんな考え方、生き方、他者のそれを認めることのできる寛容な人間がどんどんできれば、さまざまな課題を解決する糸口にもなるし、それこそが真の豊な社会と言えると確信する。

 

 

2010年1月9日土曜日

「あんにょん・サヨナラ」上映会のお知らせ

日韓共同ドキュメンタリー「あんにょん・サヨナラ」
監督 キム・テイル 加藤久美子
上映会 太田会場 2月16日(火) 18:30 学習文化センター
    前橋会場 2月27日(土) 14:00 18:00 市総合福祉会館
    中之条会場 3月20日(土)14:00 ツイン・プラザ
    高崎会場 3月26日(金) 18:30 シティギャラリー
上映協力券 大人1,000円 中・高校生700円 子ども500円
※前売り  ※当日券は200円増しとなります。


今年は日本が朝鮮を植民地化した韓国併合から100年にあたります。
これを機会に日韓・日朝間の真の友好と連帯を実現していくことが目指されています。
この映画の上映を通じてアジアの平和をどう創っていくのかを考える機会となることを
願っています。

「命の山河」上映会、大成功でした


今日は「命の山河」の上映会に午前午後の2回行ってきました。両方ともほぼ満席、午前は立ち見となりました。昭和30年代に岩手県沢内村(現西和賀町)において絶望的な環境の中、村長を先頭に村民・職員が一体となり、高齢者医療費無料化を実現し年間の小児死亡0件を達成した歴史的な事実を映画化したものです。現代の極端な格差社会が抱えている諸課題を解決する一つの手立てを教えられた思いです。参加者からもいい映画だったという声を沢山聞きました。今後もこのような上映会を企画・実施していきたいものです。

2010年1月7日木曜日

箱石少林山




箱石の少林山祭りの日。北向きなので風当たりがいい、要するに寒いことこのうえない。しかし、この地区の正月の恒例の祭りは大事にしたい。こどもの頃はいろんな店が並び賑やかだったが、今は小塚さんが出している達磨の店だけ。小塚さんには今後も頑張っていただきたい。店が何も出なくなれば、祭りは終わったも同然。小塚さんから色々露天商の話をうかがい、日本社会の一面の仕組みをのぞかせていただいた。
 今日まで学校は休みなのだから、地区をあげて子ども達も楽しめる少林山祭りの復興を考えてみようか。昔のようなほのぼのとした正月の一日を取りもどすには、人が集まらなければどうにもならない。その辺から共同体復活を考えてみたい。

2010年1月4日月曜日

真理は人に自由を与える

正月の三日間をプライベートに過ごしたのは、今日からフルスタートを切るためだった。
9時から何件かあいさつ回りを始めたが、多くの企業はまだ今日くらいまで休みらしくて、空振り
が多い。町の賀詞交歓会も明日だし、法務局への書類を提出した後、シネマまえばしで「お游さま」を観ることにした。

 時間だけはすべてのものに均しく刻みを入れいている。毎日がゆったり感じられたり、忙しく感じるのはその人の感じ方次第と言うこと。ならば、やたらと一年が早く過ぎるように感じる生活を転換することを試みる時期なのかもしれない。とは言うものの、さまざまなものとの関わりの中で生きているとそうはならないのがこれまた現実。目標を持つとつい力が入ってしまう。さりとて目標を持たないわけにはいかないし。

 しかし、一年の最初くらいは気合いを入れて動き出したい。実に生きにくい社会を私たちはつくってしまったが、私たちがつくった社会なら私たちの力で変えることもできる。江戸時代、幕府権力維持のためのがんじがらめの差別社会に生きていた人々は、永遠にそれが続くものと絶望のなかで生を終えていったのかもしれない。しかし、カムイが登場し封建社会に対し縦横無尽に闘いを挑み、人々の意識を変え、時代を変えていった。底辺にいた人々の多くの闘いの象徴がカムイだ。
 学生の頃、羽仁五郎著「明治維新」を読んだ。変革の原動力を「民衆の力」ととらえていることに、目を覚まされる思いだった。彼の言葉だろうか。「真理は人を自由にする」という言葉がある。
今の新自由主義が永遠に続くなんてあり得ないし、既に破綻していることを認識すべきだ。生活できない大量の人々を生み出す社会が長く続くことなどあり得ない。真理の前に、目の前の曇りを振り払って、自由になる時ではないだろうか。現代のカムイはすでにたくさんいる。

2010年1月2日土曜日

謹賀新年


元日は、9時から箱石公民館での新年会に来賓として出席、あいさつをさせていただいた。帰路、何人かの方から、町としての景気対策を強く要望された。私自身、昨年のプレミアム商品券の効果についても聞いている。町内パトロールや小規模な道路補修を効果的に発注することも必要と考えている。とにかく、みんなが元気にならなければならないので、休み明けに、町長に掛け合ってみるつもり。
 公民館のある箱石貫前神社、養命寺、午後には玉村八幡宮を参拝した。八幡宮には、玉村の名前の由来を語る玉を抱いた龍が、龍前衆の手により展示され、まるで生きているかのよう空を駆けていた。
 そして、シネマまえばしで「阿波の踊子」を観る。会場で早くも、ツッチ-夫妻、高崎シネマテーク支配人と出会う。思考回路が似ているのだろうか。
 マキノ雅弘監督、長谷川一夫、高峰秀子出演作品だが、その最終場面はすごい。最高潮に達した阿波踊りの大群衆が、兄の仇討ちを図る侍を支援するため、踊りながら目標の陣屋になだれ込み、その人物を踊りの渦に巻き込みながら連行する場面には、正直、圧倒された。祭りのエネルギーに政治的意図を加えれば、どんなことが起きるか教えているようなもの。制作されたのが日中戦争最中の1941年というのもすごい。熱があった時代なのだろう。
「西鶴一代女」「山椒大夫」「雨月物語」「浮雲」など一挙上映されている。
 夜、自宅でテレビを観ていたら、たまたま、「めがね」が放映されていた。「かもめ食堂」を思い出しながら観た。出演者の光石研さんには玉村町に来ていただいたこともあり、年賀状を書いた。