みんな寿命を全うしようぜ

みんな寿命を全うしようぜ
西表島で会った昼の蝶

2019年2月24日日曜日

利根川沿い樹木伐採の慰労会

斉藤あつ子さんを囲む
樹木伐採チーム


  利根川五料地区沿いの樹木伐採も完了し、参加者が集まっての懇親会を三和食堂で行った。ボランテイアの限界もあったが、そこを超える部分は河川事務所がキチンと対応してくれた。
 選抜隊は重機の運転者、生コン労働者など現場労働を担っている仲間たちだから、作業はケガもなくスムースに進んだ。
 7月参院選に挑戦する斎藤あつ子さんも加わり、樹木伐採の慰労会から、参院選出馬激励会へと会は進む。
 看護士、助産師、保健師、大学教員としての経歴から現場で命と向き合ってきたことがよくわかる。
 経済一辺倒な社会から多様性と深みのある社会に変えていくためにも最適な人と考える。ということで、猛然と運動を進めたい。

2019年2月19日火曜日

映画「眠る村」・シネマテークたかさき

ドキュメンタリー「眠る村」

『「ヤクザと憲法」「人生フルーツ」など数々の社会派作品を送り出してきた東海テレビ製作によるドキュメンタリー劇場版の第11弾。戦後唯一、司法が無罪から逆転死刑判決を下した事件として知られる「名張毒ぶどう事件」の謎を追った。三重と奈良にまたがる葛尾で昭和36年、村の懇親会でぶどう酒に混入されていた毒物による中毒で5人が死亡し、当時35歳の奥西勝が逮捕される。一審で無罪となった奥西だったが、二審で死刑判決、そして最高裁は上告を棄却。昭和47年、奥西は確定死刑囚となり、独房から再審を求め続けたが平成27年10月、獄中で帰らぬ人となる。本作では、奥西の自白の信憑性や、二転三転した関係者の供述、そして再審を拒む司法など、事件から57年を経たいまも残る多くの謎に迫っていく。獄中の奥西の半生を描いた劇映画「約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯」で奥西を演じた経験のある名優・仲代達矢がナレーションを担当。』

  何人か被疑者はいたが、厳しい取り調べにより奥西勝が「自白」後、廻りの人の供述も、その流れに沿って変わっていく。
 ぶどう酒の栓を歯で開けたとするが歯形が違う。瓶に貼ってあるラベルを貼り直した痕跡があるなど科学的な証拠を提供し再審に持ち込んでも、裁判所は「自白」を優先する。
 供述の変更をした人物に話を聞いても、「勝が自供したのだから、それが全てだ。歳をとり関係者がいなくなれば、みんな忘れる」と話をそらす。
 当時の村の中で奥西勝は若く孤立していた、相談する人や守ってくれる人がいなかった。そういう村の目に見えない大きな力関係の中で、彼が一端「自白」したら、誰も守ってくれず、むしろ「犯人」として排除することで一件落着とする村の体質も描く。
 もう一度観ておきたい作品。
3月1日までシネマテークたかさきで上映。

2019年2月17日日曜日

ベトナムでの米朝首脳会談を前に少しだけ訪朝記

朝鮮革命記念館内部
答礼宴で挨拶する孫局長
懇親会で話す桂課長
雨模様の金日成主席の生家
生家近くの売店で説明委員の女性と。ここで縁起物の乳液一本購入
平壌市内を歩く市民
ホテル近くの普通江に掛かる木橋が美しい

養老院でも丁寧な説明を受けた


児童病院の説明をする女性

マスゲームの一場面
マスゲームの中でのテコンドー演技

二度目の米朝首脳会談が2月27日、28日ベトナムのハノイで行われることになった。
それを前に、2018年の南北首脳会談、米朝首脳会談後の朝鮮民主主義人民共和国を訪問した昨秋のことを少し記したい。
 何故、この時期の訪朝かといえば、国交のない国がこんな近くにあり、日本国内では歴史的経緯を踏まえない在日朝鮮人への理不尽な偏見と差別が横行し、朝鮮を理解しようとさえしない論調が主流なので、現状視察が一番、そう、行ってみないとわかんない、という極めてニュートラルな動機。

晩秋の平壌の表情を伝えたい。
国交がないため、10月25日、北京の朝鮮大使館でビザを取り、平壌空港までは2時間程、朝鮮対外文化連絡協会の招へいということで、その夜は歓迎宴が開かれる予定だったが、宿泊先の普通江ホテルには、東京、北海道、福岡からの訪朝団もいて対応が間に合わず、歓迎宴は二日目、26日の夜になった。
帰国前夜の29日は、訪朝団主催の答礼宴を持ち、翌日の帰国となる。

到着まもなくの歓迎宴では、まだ緊張感もあるが、答礼宴では、朝鮮(共和国)で過ごした感想などを語り、朝鮮側の人たちとの親善交流は進んだ。
朝鮮側からは朝鮮対外文化連絡協会の孫哲秀日本局局長、全日程を案内してくれた対文協の金春実さんと出版社社員が出席、答礼宴には、桂成訓日本局課長も加わって盛り上げた。桂課長は今回の担当ではなかったが、角田義一団長が強く望んでの参加となった。
乾杯までは朝鮮語で、懇親会に移ると、それは流暢な日本語をよどみなく話し、日本事情にも詳しいから、全く朝鮮語を話せない身としては、見透かされているような気にさえなる。

二日目の朝は雨模様の万景台(金日成主席の生家)訪問から始まった。まだコートまでは必要のない気温で、北海道と同じ感じとか。説明をしてくれた女性の心から金日成主席を敬愛する気持ちが伝わる。近くの売店で乳液を土産として買い込む。私にとり縁起物の一品。
その後、平壌教員大学、昼は玉流館での名物・冷麺を食し、午後からは朝鮮革命博物館、ルンラ小学校を巡った。朝鮮革命博物館は2時間程かけて見学したが、とても勉強になる。決して主観的主張ではなく、歴史的事実を丁寧に掲示している。外での観光もできない雨の日などは、館内をジックリまわるのもいい。
三日目は、9月に文在寅韓国大統領夫人が視察した玉流児童病院、説明してくれた女性も自信ありありの様子だった。大同江水産物食堂での昼食、ここも文大統領が訪れた場所。午後は強制連行犠牲者遺族との懇談。
そして四日目は念願の妙香山、紅葉も終わりかけていたが、そこは名勝、冷たい空気を吸いながらの散策と国際親善博物館見学、かつて豊臣軍と戦った普賢寺にも足を伸ばした。
そして、夜は期せず大マスゲーム見学となった。果たして、そのスケールの大きさにはびっくり、日本の金剛山歌劇団公演は途中10分程の休憩が入るが、マスゲームは息つく間もなく歌や踊り等の場面展開が1時間30分続くから凄い。
気温は低かったが風がなかったのが幸い、数万人の出演者たちも大変なご苦労だったろう。この寒い時期には通常マスゲームは行わないが、建国70年の節目でもあり、気合も入っていたのかもしれない。
驚きは、この大規模会場への入退場が実に整然としていること、我々は、特別に会場まで車で乗り付けたが、朝鮮国内の人々は長い橋を渡るほどの距離を大勢で歩いてくる。当然帰りも歩いて帰る。
五日目の、平壌金正淑製糸工場の見学では朝鮮新報社の取材を受けた。ここでは女子寮にまで案内され、恐縮した。食堂、卓球場、個人の部屋そして屋上にはプールまである。
その後は、金策工業総合大学教員の住宅、平壌養老院訪問と思い出すのも大変な日程だった。
最後はお土産売場、朝鮮人参や女性画、化粧品などがおすすめだが、笑顔で積極的に売り込む女性店員もいて、平壌も変わってきたな、の感。

案内していただいた金春実さんとも5日間一緒にいるといろんな話ができた。
 水産物食堂での昼食時、スケトウダラの刺身をみんなで食べたとき、遠慮してか最後の数切れに手が出ない雰囲気があった。彼女は「共和国は決して豊かではありませんから残さないでください」と我々の車の運転手に食べるように促した。そして「雪の中、穴の開いた靴を直すこともできず苦しい生活を経験した(苦難の行軍)世代は、何があっても前へ進めます」と笑顔で話す。

平壌教員大学だったろうか、女性教員と大学幹部の女性と金さんの3人が揃ったとき、それぞれの服装がどれもいいものだったので、どこで作った服か聞くと、「もちろん共和国です。自力更生ですから」の弁。そこへ群馬県から同行してくれている金泰浩さんが、「今着ている僕のスーツも、9月の訪朝時に平壌でつくったものです」と加わった。4日もあれば仕立てスーツができるそうなので、次回の訪朝は平壌でスーツを作る目標ができた。

 朝鮮民主主義人民共和国の政策は、歴史的経験から積み重ねられている。幾度もの中国からの干渉や日本による植民地支配を「国が弱かったため」と総括し、また、朝鮮戦争休戦後も日米韓による軍事・経済重圧とたたかうため、軍事と経済の併進路線を選択した。
 朝鮮を「歪んだ国」と見る人は、そのような国にしてしまった原因は「こちら側」にもあることを自覚しなければならない。そして、昨年の経済路線への転換は、朝鮮半島から戦争を未然に防ごうという積極的意思とみる。
平壌市民の穏やかな表情にそれは見て取れる。
 一方、過去の朝鮮植民地支配やアジア侵略戦争の歴史がないかのように、声高に「拉致問題」を最優先課題として押し出す日本は、その前提として、6ケ国協議国の日本以外の5ケ国は日本と戦った共通歴史を有する国々という認識くらい持つべきだ。

 韓国では朝鮮側が掘った軍事用地下トンネルが今は観光地となっているという。
 1989年のベルリンの壁崩壊を想像すらできなかった身としては、朝鮮半島の戦争状態解消から次への大きなステップをこの目で見たい。
 ベルリンの壁を突き崩したのが市民の力であったように、結局は、平和と友好を求める民衆の意志が原動力となり歴史を動かす。
 帰国後、姪っ子に会ったら、「北朝鮮に行って、よく帰って来られたね」と真顔で言われた。この十数年の教育の中で「北朝鮮は拉致国家」と完全にすり込まれた若者たちが日本で育ってしまった。
 ニュートラルな感性で世界や社会を見ると、全く違う面が見えてくることを知って欲しい。その視線は戦争のない未来世界へと向く。
 今は歴史の峠越えの時期、予断と偏見、偏狭だけの世界から抜け出すいい機会となった。
 それにしても大きく変わる東アジア情勢に、まるで噛めない、むしろ逆行する安倍政権にはほとほと呆れかえっている。



2019年2月16日土曜日

「所有者所在不明土地問題を考える」研修会・群馬司法書士会、群馬土地家屋調査士会

JA大ホール満席の参加者

 JAビル大ホールでの群馬司法書士会、群馬土地家屋調査士会共催による「所有者所在不明土地問題を考える」研修会はこの問題の困難性、緊急性もあり、満員の参加者。
講師は山野目章夫早稲田大学教授、この分野で深い造詣がある学者で、国会状況まで話した。
この種の問題への取り組みは始まったばかり、社会が抱える大きな課題だ。

2019年2月13日水曜日

朝日友好親善新春の集い2019・高崎

柳川町を走る統一列車
議員を代表して堀越けいにん衆院議員挨拶
力強い支援者と斉藤あつ子さん

自撮りの統一列車車掌さん

 昨日、高崎市内で朝・日友好親善新春の集いが催された。南北、米朝の緊張緩和の影響もあってか、300人に迫る参加者。富岡高崎市長、児玉高崎商工会議所会頭、堀越けいにん衆院議員、角田義一さんなど多彩な顔ぶれ。
角田さんのあいさつは東アジア情勢を語る基調提起のようだった。

 7月参院選に挑戦する斎藤あつ子さんの登場もあり、最後は会場を回る統一列車で盛り上がった。
 こうした市民交流に比べて政治交流が止まっている日朝関係、大きく動く東アジア情勢に、全く噛めない安倍政権は情けないの極み。


2019年2月9日土曜日

立憲民主党群馬県連合・新春の集い

蓮舫さん、キレのいい話しはさすがです。
参議院選予定候補者の斉藤敦子さんも前向きでなにより。
乾杯のあいさつで方針提起する角田義一さん
石川と同じ年の長谷川さんもお元気でなにより

 立憲民主党群馬県連合新春の集いが前橋市内で200人を越える参加者を得て勢いよく開催された。
安倍政治への危機を率直に語る蓮舫参院議員の話は、この夏の参院選挙の重要性を会場の参加者に改めて自覚させるものとなった。
 その参院選群馬選挙区に斉藤あつ子さんという人格を得て総力で臨みたい。参院群馬選挙区に野党から挑むのは並大抵のことではない。普通に状況を知る人は腰を引いてしまう。
しかし、この斉藤あつ子という人、なかなか奥行きと幅を持ち、脳天気な面も合せ持つ逸材とみた。
 「昭和町議会定数割れで再選挙」のニュースを見て、何か役に立てるのでは、と思い立ったのが昨年暮れのこと、それを知った夫が、止めるのかと思ったら、立憲群馬に公募し、結果、参院選の候補者となった。
 全国の自治体や学校で、命の大切さや性の多様性についての講座を行うなど自死予防、医療、介護、教育問題に取り込んでいる専門家としての情熱が、「いのちを守る政治をみんなの力で」と言わせている。そしてその実現は、自民党政権下では無理なことも知る。
 時代の転化期、歴史の峠越えの時にはこういう人物が現れる。
 

2019年2月7日木曜日

玉村町人権研修会・文化センター小ホール

 玉村町の人権研修会、今年は「我が国のハンセン病対策の歴史と現状」と題し、重監房資料館主任学芸員の北原誠さんの講演だった。
 副題が「ハンセン病対策の歴史を正しく理解するために」とあるように、ハンセン病の歴史を世界史の中から展開し、いかに無知と偏見、差別の中で患者が理不尽な扱いを受けてきたか、逆に言えば、そうでない人々が、いかに残酷な仕打ちをしてきた歴史でもあることを知る機会となった。
 部落差別、ハンセン病、原発被災者、障がい者、LGBT等に対する無知、無理解、反感から起こる不幸を生じさせないためにも、行政職員、議員にとりこのような研修は意義あるものと思う。
 

2019年2月3日日曜日

参議院群馬選挙区候補齊藤敦子さん登場

気合いの入ったあいさつをする小川あきら
齊藤敦子さんを囲んでの一枚
かがや富士子食育の集いにも角田義一さんと登場

 昨日は前橋で小川あきら県議の新春の集い、今日は伊勢崎でかがや富士子県議の食育の集いが相次いで開かれ、4月県議選に向け陣営が動き出した。
 前回参院選の候補者はこの2月時点では決まっていなかったので、それぞれの県議陣営で選挙態勢をつくり動き出せばよかったが、今回は幸いにも齊藤あつこさんが立憲民主党公認候補として決定されたこともあり、仲間議員のこのような集会で紹介することができた。
 長くなりすぎた安倍政権、嘘も300回言えば本当になる、と言わんばかりの厚顔無責任強権デタラメ政権を批判すらできない与党国会議員、官僚、メデイアにキチンと怒りを表す必要があるだろう。
 4月統一選挙で仲間の全員当選を勝ち取り、参院選勝利に向け動き出そう。