みんな寿命を全うしようぜ

みんな寿命を全うしようぜ
西表島で会った昼の蝶

2011年4月30日土曜日

原発とめよう・群馬署名用紙できました


5月1日高崎駅西口12時20分原発なくてもええじゃないか大行進。2時高崎市労使会館反原発集会(講演元群馬大学工学部教授 五十嵐高さん)を行います。みなさん集まってください。
署名用紙の準備ができました。
使ってください。

2011年4月29日金曜日

「月を指差したとき、愚者は指先を見る」ではいけません


斉藤和義の「ずっと好きだった」の替え歌聴いたことがあるかい、と友人が歌詞を持ってきた。これまでの政府を上げての原発反対運動つぶしに対し、いよいよ多方面から「異議あり」の声が堰を切ったように吹き出している。みんな未来を見ているのだ。この道を進め。
運動の見せかけだけで物事を判断するな。少々粗野でも未来に対する希望を見据えた運動こそ歩むべき道だ。「月を指差したとき、愚者は指先を見る」と仏陀が言ったかどうかは知らないが、5月1日の「集会・デモ」にはその言葉が当てはまる。

「ずっとウソだった」

この国を歩けば、原発が54基
教科書もCMも言ってたよ、安全です。

俺たちを騙して言い訳は「想定外」
懐かしいあの空、くすぐったい黒い雨。

ずっとウソだったんだぜ やっぱばれてしまったな
ホント、ウソだったんだぜ 原子力は安全です

ずっとウソだったんだぜ ほうれん草食いてえな
ホント、ウソだったんだぜ 気づいてたろ、この事態。

風に舞う放射能はもう止められない

何人が被爆すれば気がついてくれるの
この国の政府

この街を離れて、うまい水見つけたかい
教えてよ、やっぱいいや

もうどこも逃げ場はない

ずっとクソだったんだぜ
東電も、北電も、中電も、九電も
もう夢ばかり見てないけど

ずっとクソだったんだぜ

それでも続ける気だ

ホント、クソだったんだぜ

何かしたいこの気持ち

ずっと ウソだったんだぜ

2011年4月26日火曜日

5.1原発なくてもエエジャナイカ大行進


原発事故がどこまで拡大するか全く予想もつかないなか、5月1日のメーデーに合わせ高崎市で反原発集会とデモを敢行する。ここまでやられて黙っていられますか、ということのお知らせのため、今日、県庁5階の記者クラブを石川、角倉県議、加賀谷さんの3人で訪問その趣旨を説明してきた。
 待ち合わせ場所の議会棟に入ってみたが、それはそれは豪華なもので、ここへ頻繁に出入りしていると(長く議員をしていると)民衆の気分から遊離してしまうのでは、と直感した。贅沢ですよ。せめて原発事故のような大問題にはハッキリ、シッカリ声を上げる県議が複数必要だ。頼みますよ。

5月1日正午、高崎駅西口集合,30分頃からデモ出発、高崎市役所をとおり東京電力前から高崎労使会館までのコース、その後2時から五十嵐高さん(元群馬大学工学部教授)の講演会を中心に集会を開く。盛り上げて被災地に想いを届けたいものです。

2011年4月25日月曜日

いきなりの保坂展人世田谷区長誕生のニュースに驚き

統一選挙も被災地を除いて終わった。悲喜こもごもだが、今朝のテレビで保坂展人が世田谷区長選で当選したことを知った。彼のブログ「どこどこ日記」には注目していたはずだが、出馬を見逃してしまった。しかし、石原都知事にはまいっているが、保坂展人区長誕生には喝采をしたい。彼の政治感覚は絶賛したいものがある。無駄な公共工事としての八ッ場ダムに対する実地探索や見識の深さには誰もがうなってしまうほどだ。だから国会で活動して欲しかったが、なにせ今の社民党の党勢ではいかんともしがたく落選の憂き目を何度となく味わっていた。古巣での区長として真っ当な政策をすることにより、「政治は変わるもの、変えるもの」ということを区民が実感して欲しい。
エネルギー政策の転換は可能だというトップをついに誕生さることができた。多いに期待したい。

2011年4月23日土曜日

福島原発周辺から子ども達を避難、疎開させよ。

すべての原発をとめよう!
日本には54基の原子力発電所があり、現在東京電力では柏崎刈羽原発の4基が稼働しています。福島第一
原発の事故をうけて、見直し・撤退の声が強まるなか、東京電力・エネルギー庁は電力不足を理由に8月の定
期検査も延期して運転を継続しようとしています。静岡県にある浜岡原発は直下型の東海大地震による甚大な
被害が警告されています。今も震度5、6の余震が続いています。手遅れになる前に、すべての原発をとめろ
の声をあげていきましょう。

原発がないと電気が足りなくなる?
原発を廃止したら電力不足になる、と言われます。しかし最大電力が「火力+水力」の発電能力を超えたことはありません。東電の2009年度末実績では発電設備出力は7769キロワット、そのうち原子力は1819キロワットです。しかしここには「揚水発電」(夜間の余剰電力を利用して下貯水池から上貯水池にポンプで水をくみ上げ日中のピーク時に水力発電する仕組み)の1050万キロワットが計算されていません。昨年夏の電力消費量のピークは5999万キロワット。原発をすべてとめても電気は足ります。

原発は安上がり?エコ?
原発の発電コストが安いという話も、福島第一原発の事故でウソであることが明らかになりました。何よりも廃炉にする、いわばリサイクル料が莫大です。最終処分場も存在しない使用済み核燃料を何百年も管理しなければなりません。また今回の事故の損害賠償額がいくらになるのか想像もつきません。
 原発はエコで環境にやさしい、というのもウソです。原発の出力は0か、100です。調整はできません。
つくった電気はムダだろうと使うしかないのです。またつくられるエネルギーの3分の2を温排水として海に
捨てています。海を熱し続けているのです。

福島県が公表した「福島県放射線モニタリング小・中学校等実施結果」等から、県内の小中学校・幼稚園・保育所等(以下「小中学校等」)における放射能汚染状況が把握されてきました。
同モニタリングの結果、調査対象の小中学校等の75.9%が、法令で定めるところの「管理区域」基準を超えうる放射線が観測され、また、全体の20.4%では職業人の被ばく限度を超えうる「個別被ばく管理」が必要な放射線が観測されています。
本来、「管理区域」とは“一般公衆”の被ばく防止のため立ち入りを制限する区域であり、「個別被ばく管理」とは“放射線業務従事者”が被ばく線量限度を超えないよう法令により管理義務が定められているものです。放射線の感受性が高い子供たちの場合、さらに厳しい基準により保護すべきことは、放射線防護の常識であります。

2011/04/19 投稿: 福島市:二児の母
今まで国、県、県のアドバイザーが安全だというのを信じて逃げたい気持ちを抑えて仕事を続けてきまし
た。2人の子供も福島市内で保育園と小学校に通っております。1ミリから20ミリシーベルトへ安全基準の
引き上げ?非常におどろきました。私の子供は私が守らなくてはと思い知らされました。
職場では既にパニックになって逃げて行った人達をあいつは逃げた…と恨みつつ、でも子供を持つ親は自
分も子供を連れて避難したいとみんな思っているのです。学童疎開、無理なら授業停止でもいい、なにか
職場に対して公然と避難の理由となるものがほしいです。みんなきっかけを待っているのです。
子供を守るために、避難してもまたいつか福島に希望を持って戻ってこれるように。お父さん、お母さん、
立ち上がりましょう。私達が動かなくては誰も子供達を守ってくれないのです。

2011年4月19日火曜日

満開の桜にも どこか心虚ろなこの4月

散歩コースの東部運動公園沿いの桜並木の満開の勢いにはなんとも圧倒される。自然は時期が来れば見事に花を咲かせるのだ。春の到来はやはり気持ちの切り替えにも役立つ。しかし今年は桜の写真を全く撮らなかった。
気持ちのざわつきが自分でも分かる。10日投票の県議選の余韻もあるだろうが、やはり、東日本大震災と福島原発の事故、特にどこまで拡大するか予想もできない原発事故と、原発に対する本質的なな議論を遠ざけてしまっている現状に対する不安と不満が多くを占めている。
 佐高信が玉村町での講演の時、「藤沢周平作品のなかで何が一番気にいっているか」との質問に「海鳴り」と一言答えたその「海鳴り」を半分ほど読み進めていた。なるほど、当時の庶民の暮らしぶりを生き生きと描くその姿に、今にも作品の中の人々の息づかいが聞こえるような感覚になる。もう一つ、週間金曜日に鎌田慧が連載中の「残夢」も楽しみの作品だ。「大逆事件」を扱ったもので、幸徳秋水ではなく坂本清馬を描いている。「日韓併合」と「大逆事件」は歴史的に見るとセットだった。外に対し侵略行為を行うときは国内的には「思想弾圧」をしている。反対者とみなされた者を徹底弾圧しなければ外に対し「悪事」などできようがないからだ。
 昨日、事務所に帰ると佐藤栄佐久著「知事抹殺」が机の上に置いてあった。土田君だろう。また読みかけの本が増えそうだ。東京電力とたたかってプルサーマル計画を白紙撤回した佐藤福島県知事は東京地検特捜部に無実の罪を着せられてその地位を失った。「国策捜査」の典型としての事件を暴き出している。只今控訴審だ。この際だから東電と特捜の犯罪性を逆に満天下に暴き出したい。世論も支援すべきだ。その佐藤栄佐久本人は、現在最も危険と言われている浜岡原発の即時停止を強く求めている。目が醒めた人は強くなる。
 藤岡市の知人から「すべての原発を中止させるための緊急署名」の用紙が送られてきた。
また、3月まで、「小島慶子キラ☆キラ」での15分間コーナーで「電気事業連合会は情報隠蔽しているんじゃないですか」と発言した直後、「3月いっぱいで止めて下さい」と番組プロデユーサーから仕事を外されたジャーナリスト上杉隆が、4月6日に衆議院第一議員会館で開かれた鳩山由紀夫前首相主催の勉強会での講演テープもある。
5月1日のデモを呼びかけるリングメールとやらも来るし何か回りがせわしくなっている。当然だろう。
 それにしてもだ。東京電力労働組合は何をしている。

2011年4月13日水曜日

今度は1万テラベクレルの放射能だと。ふざけるな。

県議選も終わり、一段落したかと思ったが、いきなり、原発事故発生時、1時間あたり1万テラベクレルの放射能が放出されていたと発表された。
どれほどの単位かと思えば、10の12乗の1万倍、1の後ろに0が16個だそうだ。めまいがするような数字がいきなり飛び出してきて、チェルノブイリと同じ「レベル7」、それも、未だ事故は終わっていないのだから、チェルノブイリを越えることは間違いない。
原発からかなりの範囲の農林魚業をはじめ全ての産業はつぶれ、大倒産と大失業の局面が到来する。今までの社会のあり方では立ちゆかない事態に全日本が直面する。
 ことここに至っても原発を推進していこうというのが、財界、民主党政府や自民党の本音だ。人間がコントロールできない原発から手を引くことを求める運動が必要になる。
 怒りの反原発集会をキチンとこの辺で打ち上げておかないと、グズグズと事態は最悪の方向に進行していきかねない。最悪とは、これだけひどい原発事故にもかかわらず、将来において、何もなかったかのように原発がこのまま維持され未来社会を脅かしていくことだ。
 5月1日、若い人々に声掛けをしながら、手作りの反原発集会を開こう。これから一気に具体化させる。
 怒っていいんだよ。こういう時に怒りの声を上げなければいつ上げるの。

2011年4月11日月曜日

県議選と映画祭が同時に終わった

昨日投票の県議選の結果は、支持した候補者のほとんどが当選しほっとした。しかし前橋で本郷候補が届かなかった。選挙は厳しいもので数字できっちり表れる。各人、1昨年の政権交代時と様変わりの逆風のなかでそれぞれ全力でたたかい抜いたことに敬意を表したい。
昨年は支援した候補が落選続きだったこともあり、久しぶりに爽快感を味わった。ベテランの塚越紀一さん、新人の小川あきらさんなど多彩な面々が群馬県の未来を語り、日本社会の有り様を語る姿が目に浮かぶようだ。
 
時期を同じくした高崎映画祭では今年は9本の作品しか観られなかった。なかでも「ヒトラー最後の12日」はよかった。戦争は始めると止めることがいかに困難か教えてくれている。ヒトラー夫妻、最後は自殺、その取り巻き連中の多くも自殺、これが戦争遂行した者たちの責任の取り方か。犠牲になった者たちはたまったものじゃない。
日本も同じことがいえる。原爆を落とされ膨大な犠牲者を出さなければ敗北を認めようとしなかった。国益、国策のもとで大衆に徹底的な犠牲を強いるのが戦争だ。そのことも喚起させてくれる。
そして原発も現在進行している福島原発事故がとことん危険な方向に進まないと止められないのか。この辺で大衆の意志を表現した方がいい。
東京都知事に78才の石原慎太郎をまたまた選んでいるようなことではいけません。

2011年4月9日土曜日

選挙戦最終日


県議選の今日が最終日、午前中は角倉事務所に顔を出し、2時からの伊勢崎市内での塚越県議の総決起集会に行く途中、藤岡の食堂で偶然、秋山局長と出くわし一緒に食事、少し遅れて土田君も来るということだったが、彼に会っている時間はなかった。それにしても秋山局長の原発事故に対する怒りはものすごいものがある。「放射能被害の深刻さは政府や御用学者がテレビで言っている軽さでは全くない。俺たちには逃げ場がないんだ。こんな原発政策を進めてきた奴らを許せない」と息巻く。全くそのとおり。
 そして夜8時、小川あきらの事務所で街宣カーの帰るのを待つ。元気に帰ってきた本人は何か吹っ切れた様子だった。厳しく長いたたかいをやりきった爽快感が漂っていた。後は結果待ち、そこへ角倉先生から「石川さん、もう一息応援頼みます」の電話、このひつこさが大事なんよねえ。

2011年4月6日水曜日

混沌情勢を突き破れ・県議選




県議選もいよいよ中盤、情勢は混沌としてきた。これからが力勝負だ。思いっきり訴えて最後の勝利をもぎ取ろう。
 4日午後6時半から角倉邦良陣営は高崎シテイーギャラリー横の広場で総決起集会を開いた。春といっても相当寒い中での集会となったが、高崎市のど真ん中で断固と訴える角倉陣営の姿勢は強い意気込みを感じさせる。厳寒の中400人程度集まったのではないか。この熱気が市内全域に一気に広がることを期待する。
 そして昨日5日には午後7時から小川あきら陣営がロイヤルチェスター前橋で総決起集会を開催した。どれほどの人が来るかと心配したが、会場は立ち見の人であふれるほどの盛況ぶり。300人から400人程度の集まりか。特徴的なことは、選挙区以外の人も相当数いたこと。この間、八ッ場ダム問題に係わっている真下さんに話を聞くと、小川あきらさんへの強い期待を寄せていた。普段から民主党を批判している人たちも相当参加している。彼女の持っている真面目さとその方向性の正しさを感じているのではないか。
私も昨日、藤岡市内の金融機関の知り合いに、そっと小川さんを依頼してみたところ、彼女は前橋在住で自宅にすでにポスターを貼っていて、父親も熱心に応援しているという。小川あきらの本当の良さを多くの人が感じ取っているようだ。だからこそ、一段力を込め最後の勝利に集中する必要がある。

 原発事故がどんどん拡大している。これまでのあり方では対応できない時代に生きていることを我々自身が認識した上で、新しい時代に対応できる議員を登場させよう。混沌情勢を突き破れ。

2011年4月3日日曜日

大震災下だからこそ大切な県議選、叫べ、訴えろ。




いよいよ県議選が始まった。私も数陣営を支持し顔出ししているが、そのなかにも宣伝カーを止め自転車遊説している陣営がある。自転車遊説はきめ細やかにゆっくり回れるという点では意味はある。しかし、被災地の人々に対する配慮からであればそれは違う。
 大震災で東日本が総崩れになろうとし、ましてや自民党・財界が推し進めてきた原子力政策が福島原発大事故という形で完全に破綻する中で、群馬県自体が放射能汚染下になりかねない状況が現にある。このような時期だからこそ県議選のもつ重要性がある。これからの対処方法や市民・県民に本当に責任を持つ政治のあり方を、これまでとは全く違った形で対応することが求められている。これまで原子力政策を推進してきた自民党や公明党には少なくてもこれからの政治は任せられないことをハッキリさせたい。彼らには対応などできっこないのだ。彼らが取るべきは、原子力政策を唯々諾々と進めてきたことに対する大きな責任だ。保守県とはいえ自民党を勝たせるなどということをしたら、原発政策さえ、若干の改善をしたうえでこれまで通り推進するに決まっている。
 現在の福島原発の危機的状況の中で体を張ってたたかい抜いている人々を誰もが賞賛する。私もその一人だ。東電社員、関連会社社員、その下請け、孫請け会社の社員、自治体労働者、消防署員や自衛官等さまざまな人たちだ。この人々は、平たく言えば「賃金労働者」だということ。労働の対価としての賃金なくして生活ができない人々によって現在の危機に対する対処がなされているという事実。原発で莫大な利益を得ている経営者(資本家)連中は東京の安全圏で、「直ちに健康に被害が出ることはない」などと世論をなだめているだけだ。
危険な現場に立ち会うこともせず賃金労働者に危ないことを押し付けているこの社会体制こそ問題にする必要がある。言葉を換えれば、現場を知り、現場で生き働く人々が政治の中心に座れば、安全・安心な社会は築かれるということ。

 これらを考えた時、自粛どころではない。安全・安心社会は自民党を中心とした政治ではないことを徹底的に烈しく訴える選挙になってしかるべきで、そのことにより被災地とつながっていくことだ。
 昨日は、後藤かつみ事務所、角倉邦良事務所を訪ね、午後は伊勢崎選挙区の塚越紀一さんと市内の社会福祉法人にあいさつに行った。私自身、長年おつきあいをさせて頂いている施設だが、ここの玄関に「喜ぶ少女」という像がある。あまりに可愛いので写真に撮ってみた。
 塚越さんは5期目を目指しているが、ハッキリ格差社会を産んだ新自由主義からの転換を訴えている。本郷高明候補も弱者の側に立った政治を訴え、小川あきらさんも勿論そうだ。働く人々の代表としてなんとしても勝利したい。
 小川あきらさんは5日(火)午後7時から前橋市のロイヤルチェスター前橋(大友町1-2-11)で総決起集会を開く。自粛なんぞしていない。総結集を訴える。

2011年3月31日木曜日

自粛なんてするな、思いっきり訴えろ県議選



大震災とどこまで行くか分からない原発事故のなか、世の中自粛ムードだが、とんでもないことだ。しっかり発言、しかり行動しなければならない。
 明日からの選挙戦、宣伝カーも走らせない候補もでるらしいがそれは違う。こういう時こそ、断固、訴えなければならない。安全・安心社会は原子力政策の中にはないことはハッキリした。「想定外の事故」という面々もいるが、実際には想定されていたことも明らかになっている。「想定したくなかった」だけのことだ。半減期24000年のプルトニウムも出てきた。福島原発は廃炉に向け石棺を準備する方向にいくだろう。

 こんな時、ハッキリ意思表示できない議員など不要だ。上毛新聞のアンケート調査だけを見ても、小川あきらは群を抜いている。主張がはっきりしているのだ。自然の摂理に反する八ッ場ダムに反対し、新自由主義政策としてのTPPに反対する。未来を支える子ども達の教育や子育ての政策には賛成するその姿勢こそが、現在の私たちが望むもの。
 弁護士として3年ほどの経験のなかで、社会的正義を実現するためには政治の改革こそが必要として前橋選挙区からの立候補を決意したその意気は高い。前橋では我が友・本郷たかあき君も頑張っている。ともに勝利したい。
 選挙カーを市内全域に走らせ、叫び、訴え、市民に勇気を与える姿勢こそが震災下の選挙だ。自粛選挙は完全に間違っている。市民に失礼だ。

2011年3月27日日曜日

それでも断固・高崎映画祭開催


大震災と原発事故の渦中で世の中、自粛ムードだが25回目の高崎映画祭が昨日から始まった。最終日は4月10日。
授賞式が中止となり観客はどうなるかと心配したが、結構な人数の人が来ていた。根強い支持があるということだろう。
この4月で市長任期の終わる松浦幸雄市長があいさつをした。松浦市長が就任したときに始まった映画祭が25回を迎えたことに市長自身感慨深いものを感じているようだ。多くの市民の支えなくして継続などできないからだ。そして今後は高崎映画祭運営委員長として協力していただけるということを自身の言葉で語ってくれた。ありがたいこと。
この映画祭の良さは、体制にこびないことに尽きる。良質の作品を選び出し、提供してくれる。
 最優秀作品賞の「ヘブンズ・ストーリー」は長編だが、壊れゆく現代社会が壊れきるまでに、みんなが気づいて立て直せるという思いと希望が込められている。
 最優秀監督賞の「ヒーローショウ」も若さゆえの未熟さのなかで犯してしまった殺人行為に対してさえ、もう一度やり直させてやれないものか、という大人世代としての井筒監督からの思いが見て取れる。
原発事故という大惨事を招いても根底からの反省すらできない大人達によって、「少年達は立ち直れない」などと決めつけられ死刑にされてしまっていいのか、という問いかけでもある。
他にも「善き人のためのソナタ」「ドレスデン、運命の日」「ベルリン・天使の詩」「エス」「4分間のピアニスト」「「カテインの森」や故小林桂樹作品など盛りだくさんだ。特に最終日に上映される「海炭市叙景」は必見の作品だ。

昨日から群馬入りして伊香保温泉で土田夫妻と過ごした井筒和幸監督と舞台あいさつの後食事をした。一二三食堂という大衆食堂だったが結構な味を出していた。
監督とはもう何度となく会っているのでそれなりに気心も知れ、話題も明治維新の不徹底さから原発の危険性とそれを推進してきた業界、政界や御用学者批判となる。原発災害を特集している「金曜日」の今週号、広瀬隆の記事を読みたいというので、「ハイ、どうぞ」

2011年3月21日月曜日

原発事故に関しては広瀬隆の話を聞け

かつてから原発の危険性を指摘していた広瀬隆の話を聞け。彼は「原発がそんなに安全なら東京湾に作るべき」、と主張して都民に原子力発電を自分のこととして考えるよう訴えてきた人物だ。

テレビで「まだまだ安全です。健康被害はありません。」などと口をそろえて説教を垂れている学者たちを「えせ学者」、原子力安全保安院を「バカ連中」とハッキリ言える広瀬隆の主張を聞いて欲しい。チェルノブイリでしたように、福島原発をコンクリートで固め封鎖する準備をした方がいい、という。
 政府や御用学者、東電などは、最悪の事態は回避できると懸命な努力をしているのだろう。国民がパニックにならないよう抑制的にさまざまな事象を発表しているが、それが結果としてより悪い事態を招くことがあるし、今回の事故はまさにそうだ。
 原発推進派によって完全にパージされていても、その危険性を一貫して主張してきた広瀬隆に注目して欲しい。

2011年3月19日土曜日

輪番停電の夜の満月は明るい、思い出すは「じんじろ橋」

日を追うごとに震災の被害の大きさと福島原発の大規模放射能漏れへの危機はつのる一方だ。そもそも原子力発電は安全だなどという発想自体が一から間違っている妄想にすぎない。自然界にないものを作りだし、その処理の方法も見いだせないまま、安全神話を人々に強制し、今、チェルノブイリ状況に至っても、「まだまだ大丈夫」と政府や御用学者はほざいている。「二酸化炭素を出さないという意味ではクリーンな原子力発電」などと原子力発電を賛美した民主党幹部(例えば前原)連中を忘れないぞ。危機的なこの時点でも原発の中で決死でたたかっているのは東電の下請け労働者を主体とした人たちだ。東電社長や原子力安全保安院の連中は東京から移動し、福島原発の敷地内で記者会見し、原発の安全とやらを身をもって証明したらいい。

地元自民党県議は「地震騒ぎ」などという言葉を連発し、ことの重大性を直視できないでいるし、困ったものだ。

輪番停電、計画停電などで1日に2回停電されたらたまったものではない。計画がたたないのだ。「戦時下の暮らし」を強制されていると言っていい。仕方ないなどと従順になってはいけない。ふざけるなという意気が必要だ。

ところで、昨夜は初めての夜の停電、停電地域を逃れ藤岡の千湯で電気がつくまでお風呂にでも、ということで行ってみたら大賑わい。新町に自衛隊駐屯地があるためこの界隈は停電なし、ということがもっぱらの認識。しかし5グループの例外地ということならば、それはそれでまた問題だ。

しかし、真っ暗闇の中の満月は有り難かった。電気のなかった時代、月夜は本当に嬉しかった。あたりがうっすらと見えるのだから。月の満ち引きの中でさまざまな夜を過ごしてきた、余り便利ではなかった時代を生きた人たちを思った。自然の摂理の中で生きることを復活させる必要がある。
 自然と浮かんだのは「じんじろ橋」、かぐや姫の歌だ。こうせつ自身は体制迎合的でなかなか好きにはなれないけれど、ジーンとする曲をつくるんだよね。そこに共感してしまう。

 村のはずれの じんじろ橋は 月の出る夜は ぬれるそうな
 花っ子18 山家の育ち 村の若衆 じんじろさに惚れて
 固い約束 したそうな 

 月が出たなら迎えに来ると  言いし別れた橋だそうな
 花っ子月見て 待ち待ち暮らす 2年3年
 じんじろさは来ずに 恋に命を捨てたそうな

 昔話のじんじろ橋で 今宵待つ人旅の人
 もしや私も 花っ子のように
 先んず月見て 別れたままで 泣いて散るのじゃないかしら 

2011年3月15日火曜日

どうしたことだ、地震、津波、原発事故

11日発生の地震の被災状況の全貌はいまだ分からない。津波の被害もさることながら、福島原発の爆発事故に至っては時々刻々深刻な状況になり、今や放射能が舞跳ぶ事態となっている。
政府は原発の上空を高さ制限をせず飛行禁止にした。
群馬司法書士会事務局から1枚のFAXが届いた。放射能等環境汚染状況によっては明日以降の業務短縮又は停止も余儀なくされる場合があるという通知だ。大げさと思ったがそれほど事態は重大・深刻ということだ。
原発は安全という神話は吹き飛んだ。自然との共生を忘れた社会の行き着いた現実だ。
 この事態に際し「天罰が下った」と発言をした石原慎太郎東京都知事、ふざけた奴だ。東北地方でつましい生活をしている被災者達に対して何という暴言を吐くのか。数々の差別発言、暴言を吐いてきた石原にこそ天罰はふさわしい。
 輪番停電、計画停電も初めての経験で嫌なもの。いつ停電になるのか実は分からないのだ。こんなことを続けたら会社や自営業者、人間社会が成り立たなくなる。計画が立てられないのだ。
 行き着いた資本主義だからこそ、この地点から新たな展望を見いだすしかない。地獄からの生還だ。

2011年3月11日金曜日

議会に缶詰状態の1週間、最後は大地震

予算特別委員会と一般質問で今週はびっしり4階の議場にいた。今日は中学校の卒業式の後の午後2時から一般質問3人ということで5時までには終わる予定だった。ところが3時前、グラグラと議場が揺れるではないか。一昨日も地震で揺れたが、これほどではなかった。揺れも次第に大きくなり天井も音を立ててきしむ。みんなオイオイこれからどうなるんだといった様子。議会は当然、休憩に入り、地震の収まるのを待ったが、職員は町内のパトロールに出るということもあり、本日は延期とし14日に残りの予定を回すことになった。
 五料橋は通行止めという情報が入った。人的な被害はこの町に限って言えば今のところ把握されていないが、東北地方は大変な状況らしい。地震の怖さを改めて知ったが、福島原発、女川原発は大丈夫か、原発政策は止めた方がいい。日本列島自体が活火山なのだから究極の安全対策などない。

2011年3月6日日曜日

カンニング行為はすぐ摘発したのに公安情報漏洩事件はどうした

京都大学入試試験での携帯電話の使用によるカンニングは3日程で摘発された。パソコンなど苦手意識一杯の自分としては、本当にそんなことができるの、という思いが今でもある。右利きの人間が左手だけで短時間に文章だけでなく記号まで書き込むなんて信じられない。また、待ってました、とばかりに回答する人が打合せもせずに存在することもすごい。
「知識のアウトソーシング」化が進んでいるという。自分の頭脳を鍛えるのではなく、回答を呼び込む道具の使用に習熟することにより回答を得る手法だ。かくして人間の能力は衰え、一方、コンピューターはどんどん高度化し、既に数年前チェスの世界チャンピョンを負かし、昨年は将棋の世界でもコンピューターに軍配が上がった。何日か前の新聞に出ていたが、答えを絞り込む事ができるコンピューターつまり相手の問いによっては回答に幅がでることがある場合、それを絞り込むと言うのだ。次は心、気持ちを持つコンピューターが出現したら、心を失いつつある人間にとって代わる時が来てしまうのではないか、と本気で危惧する。
 心も失い感情も退化する人間と感情を持つロボットの出現、どうも嘘じゃないらしいから困った。スピルバーグ監督作品「A・I」を思い出してしまう。最後の人間を知っている人間のように進化したロボットの話だ。すごい予言映画だ。大川隆法の「霊言」とは訳が違う。霊言のお告げは、花見の席での酔っぱらいの戯れ言にも劣る。八つあん、熊さん、花子さんがいた時代がいいね。

 ところで公安機密情報漏出事件のその後はどうなったのか全く報道がない。カンニングと比べものにならない重大犯罪のはずなのに何故真相を明らかにしない。民主党政権は何をしているのか。マスコミは何を恐れているのか。情報収集の方法、被疑者の選定等に明らかに違法性があるだろうに何故追求しないのか。こちらの情報公開こそが重要だ。
浪人生のカンニング行為より権力犯罪を追求するジャーナリズムこそ今求められている。

2011年3月3日木曜日

3月玉村町定例会始まる


2日から15日の予定で3月定例会が始まった。一般会計予算は104億6800万円、特別会計、水道事業会計全部合わせて約176億円規模だ。7日、8日の2日間使ってみっちり審議する。ちなみに国の一般会計予算は92兆4116億円、群馬県は6702億1100万円。
 9日、10日、11日は一般質問、何しろ16人中14人が質問に立つのだから町側も大変だが職員も勉強になるだろう。群馬県内の町村議会で最も一般質問の活発な議会となっているらしいが、私が議員になった10年前は、22人いて多くても10人程度だった。各人思いがあるからだが、変に競争などすることはないと考えている。各人のスタイルで行けばいい。私の出番は10日午前9時から。これ以上の所得格差を是正する観点から「公契約条例の制定」等を質問する。

 夕方からは伊勢崎市内で塚越紀一県議の県政報告会へ参加、4月の選挙では伊勢崎選挙区は新旧交代の大波に洗われる。塚越紀一さんが残らなければみんな一期議員ということになる。5期目を目指す大変厳しいたたかいだが、知恵と経験、実績の人が中心にいなければ伊勢崎市にとっても打撃は計り知れない。塚越さんを「伊勢崎市、群馬県の良心」としてなんとしてももう一度県政に送り出したい。

2011年2月28日月曜日

「本物は誰だ、本物を送り出せ」の県議選を見据えて




2月が終わった。仕事の方は今ひとつだが、3月2日からは定例議会が始まる。その準備もありなかなか忙しい。そこへもって何人かの人から「この本を読め」と進められた。塚越県議からは藻谷浩介著「デフレの正体」、他の友人からは三橋貴明著「暴走する尊農開国」を進められた。どちらも経済書だ。特に「暴走する尊農開国」はTPPを真っ向から批判する内容で興味深い。私自身、TPPは実質日米二国間協定でアメリカにいいようにしゃぶられるだけのものと考えている。小泉路線を一層推進する市場一辺倒主義で極端に社会は荒んでいくこと間違いなし。
政権交代は弱肉強食の新自由主義に一層舵をきるこんな情けない政府をつくるためにあったのではない。こんな政府は打ち倒せ。(川の底からこんにちは)しかし、その後の展望が開けないというのも悲しい現実。弱りました。
 司法書士という仕事柄、法務局へはよく行く。民事法務協会が不動産や会社の登記証明書等を提供する仕事を担っていた訳だが、「市場化テスト法」により、一般競争入札の結果、協会が落札する数が減り、11年度に落札で協会が仕事を得たのは46局のうち2局にとどまり、他は派遣会社が落札した。協会は「仕事を取れなかったのだから」と職員等(管理職89人、業務職員292人、非正規労働者381人)762人を3月31日付で解雇・雇い止めにしようとしている。
 年収300万円の賃金が高いのか。落札した会社の労働者もそれ以下の労働条件であることは間違いない。雇用年数も契約期間の数年、これで人生設計ができるのか。人件費を買いたたき公契約を民間に安く売り渡す市場化テストは新自由主義の最たるもの。こんなことが全社会的に起こるのが、TPP開国なんだと言うことを認識した方がいい。
 労働の対価としての賃金でしか生活の糧を持たない資本主義社会の労働者の数は膨大だ。バラバラにされてしまっている現状が問題なので、連携、連帯することが求められている。他人事にしてしまってはいけない。

そのような観点からこの4月の玉村町周辺の県議選を取り組みたい。すべての人々が人間として尊厳を保ちながら生きてゆける社会に向けて共に進める本物の人を議員として県政に送り出したい。
高崎選挙区・角倉邦良、後藤かつみ、前橋選挙区・小川あきら、本郷たかあき、伊勢崎選挙区・塚越紀一、藤岡選挙区・関口茂樹だ。