みんな寿命を全うしようぜ

みんな寿命を全うしようぜ
西表島で会った昼の蝶

2011年5月30日月曜日

映画「六ヶ所村ラプソデイー」と「100000年後の安心」

話題の映画「100000年後の安心」をシネマテークたかさきで、「六ヶ所村ラプソデイー」をシネマまえばしで観た。
「10万年」は、大量高レベル放射性廃棄物を永久地層処分という方法で地下深く埋めこむフィンランドの計画を追ったもの。
廃棄物が一定量になると、施設は封鎖され二度と開けられることはない。しかし、10万年の間、誰がそれを保証できるだろうかという話。ここは危険ですよ、と表示し、語り続けることで10万年の未来まで現在の危機感は正しく届けられるだろうか。4000年前のピラミッドさえその建設の意味を我々は知らないから勝手に謎解きのように言い合うだけだ。むしろ、人里離れた山の中なのだからなにも言わず忘れさせた方がいい、という議論も本気である。それほど、時代の危機を未来につないでいくことは難しい事を教えている。
 話題の映画だから観た方がいい。
そして「六ヶ所村」は、何故、今まで観なかったのかと悔やんでしまうほどの作品だ。福島原発事故を予言しているような場面もある。
 核施設誘致に反対し続けた坂井留吉さんや花作りをしながら反核を訴える菊川慶子さん。今注目の原子力安全委員会委員長斑目春樹(当時、東大工学部原子力専攻の教授)も出ている。「原子力は安全じゃないからどこも引き受けない。しかし最後は金で、莫大な金で決着できる。原発はすごく儲かるんだよね」などと当時もふざけた事を言っていたんだ。これでも学者か。
一方、これまた注目されている小出裕章京都大学原子炉実験所助手も登場し、原子力政策を批判する。
 反対運動の強力な指導者はたしかにいない。しかし、ひとりひとりが反核を肝に据えて、つましくともその生活を営み続けるとき、大きな権力に立ち向かうことができることを示している。「ミツバチの羽音と地球の回転」の登場人物もそうだ。

 話はそれるが俳優の山本太郎が所属事務所を辞めたそうだ。理由は、原発反対を表明し、被災地の人々とつながったとき、事務所へ嫌がらせの電話が殺到し、芸能界での仕事が妨害を受け、廻りの人々に迷惑をこれ以上かけられないと思ったからという。「何も行動しなければ、僕は自分を許せない」という山本の良心と行動のどこが問題なんだ。彼は、福島の親たちが文科省職員と緊迫したやりとりをした場面に参加していた。自分の意思くらいみんな表明できなくて、原発が止められるか。

鎌仲ひとみ監督の3部作は6月も上映される。

2011年5月28日土曜日

第8回「記憶・反省そして友好」の追悼碑を守る会

雨模様かと心配したが何とか傘をささずにすんだ集会だった。もう8回目の集会になる。県施設に建てられている貴重な追悼碑は、群馬県民として、戦前の朝鮮植民地政策の歴史を正しく認識しキチンと反省・謝罪し、姿勢を正し、今後の友好につなげる強い意味を持っている。碑は守り続けなければいけないし、現在、在日朝鮮・韓国人の置かれている環境をなんとしても改善させなければならない。これは日本人の責務であり、このことを自らに課す集いだ。
建設当時群馬県議会議長として尽力して頂いた星野沼田市長も毎年参加している。なによりも星野さんの心を動かした猪上さんや横田さん達の強い意志と粘り強い執念が、在日の人々の信頼を獲得し、今もこの碑を守り続けている事が良く分かる。
 建設には全く係わらなかった私でも、その歴史的意味を理解し、今後も見守っていきたい。

2011年5月24日火曜日

1時30分より古川路明さん(原子力資料情報室)の講演

6月11日群馬県教育会館大ホール
開場12時45分
(原子力資料情報室)放射線の専門家です。
3時15分出発!!!
原発なくてもエエジャナイカ大行進
終了後交流会もあります。

2011年5月23日月曜日

さまざまなイベントで春を味会う



21日には高崎市内の公園で開催された「日・朝友好東日本大震災復興支援バザー」に顔を出した。知り合いが何人もいて、話に花が咲く。被災地では在日の人々も例外なく被害にあい苦しんでいる様子だ。在日韓国・朝鮮人と日本人の関わりは深く長い割には、溝が大きいのが不思議でならない。東北の被災県のひとつでは、朝鮮学校への補助金を取りやめた、との話を聞いたが、それが事実なら、人倫に反すると言うほかない。日本と朝鮮の友好の歴史こそを正史とするのが現代日本人の責任と考えている。「高校授業料無償化」から朝鮮高校だけを排除してしまった現実から押し返していかなければいけない。
 22日は、玉村町役場東側のJA駐車場での「朝市」、商工会とJAの共催ともあり、結構な人は集まったが、朝市を定期的にするには課題が余りに多いようだ。まして、町西部に高崎市との連携でつくるスマートインターチェンジ周辺に道の駅(直売所)をつくる構想があるが再考した方が良さそうだ。特産物もそれと言ってなく、町民がしらけているなかで、無理はしないほうがいい。そもそも俺がやる、という熱気がないのだ。
 10時からは伊勢崎市の東総合公園で連合群馬主催の「群馬ふれあいフェテイバル」へ。天候も良かったが午後からは雨になってしまったのは残念なことだった。もう少し政治的なメッセージが欲しい。労働者を取り巻く環境に何も問題がないならともかく、雇用環境、生活環境等どこをとっても問題だらけの現状を直視して欲しい。

2011年5月19日木曜日

「善意・善意」の合唱だけで本質を見なくていいのかい

大震災以来、どこを見ても「善意」と「善人」でこの国はあふれかえっているようだ。しかし本当か。余りの被害の大きさとどこまで続くか分からない原発事故で本質を見る目を曇らされているのではないか。善意の支援金支払とボランテイア活動だけで、どこかごまかしてしまっている自分に気づかないでいいのだろうか。特に原発事故に関しては全くの人災ということ、この責任をハッキリさせないと先に進めないのだ。「今は批判ではなく収束を」ということだけを言う人がいる。この手の人は、一層原発を改良して原発政策を今後も続けようとする人に多い。
この事故の教訓は「原発は人類とは相容れない。エネルギー政策を原発から脱却させること」だ。
 東電の役員報酬は半分にしても3600万円だそうだ。ということは7200万円も取っているんだ。その連中は政府に言われ渋々減額するという状況。補償の姿勢も「善意」からは程遠い。事故現場で働かされている作業員も虫けら扱いだ。彼ら現場労働者こそが全役員報酬全額をもらっても足りないくらいの仕事をしている。
 仕事も故郷も家族も未来も奪われている原発周辺の人々を思えば、私たちは「原発容認」とは行かない。これが善意だ。しかし、悲惨な実態を知りながらも政府や自民党、財界は原発から手を引くつもりはない。これでも善意か。
 新自由主義政策の中で、いくらも稼げない(生活に余裕のない)所に追い込まれてしまった多くの労働者・農民・自営業者、中小企業者が、善意のない政府の言う「国難・善意の嵐」に飲み込まれてしまっている。勿論、善意は悪いことじゃないが、それだけでは、この悪い状況から解放されないことを指摘したい。
「自分が変われば社会も変わる」のだ。

ということで勉強会のお知らせ。
6月11日(土)午後1時30分から前橋市の教育会館大ホールで原子力資料情報室の古川路明さんを招いて講演をしていただく事になりました。不都合な真実にも目を向けるいい機会と思います。そして3時15分から「原発なくてもエエジャナイカ大行進」となります。この日は「脱原発全国一斉100万人アクション」の日です。今、未来をかけてひとりひとりが動き出す時と考えます。

2011年5月17日火曜日

東電に入ろう(倒電に廃炉)を東京電力の社歌にしよう

民衆はしたたかだ。歌で抗議する。これもそうだ。髙田渡の「自衛隊に入ろう」の替え歌。

皆さん方の中に 東京電力に入りたい人はいませんか
ひと旗上げたい人はいませんか 東電じゃ人材求めてます

東電に入ろう 入ろう 入ろう 東電に入れば この世は天国
男の中の男はみんな 東電に入って花と散る

スリルを味わいたい人いたら いつでも東電にお越しください
ウランでもプルトニウムでもなんでもありますよ
下請け使えば平気です

東電に入ろう 入ろう 入ろう 東電に入れば この世は天国
男の中の男はみんな 東電に入って花と散る

原発推進派のみなさんは 原子炉の真下にお集まり下さい
いますぐ体に悪いわけじゃありません シャワーで洗えば平気です

東電に入ろう 入ろう 入ろう 東電に入れば この世は天国
男の中の男はみんな 東電に入って花と散る

原発はクリーンなエネルギーです。プルトニウムはそんなに悪いわけじゃありません
放射能出すといっても半減期は たったの2万と4000年です

東電に入ろう 入ろう 入ろう 東電に入れば この世は天国
男の中の男はみんな 東電に入って花と散る

日本のエネルギーを支えるには 原子力に頼らないといけません
多少の犠牲はやむをえません イソジン飲んでおけば平気です

東電に入ろう 入ろう 入ろう 東電に入れば この世は天国
男の中の男はみんな 東電に入って花と散る

使用済みの核燃料は全部まとめて ドラム缶に詰めたら大丈夫
六ヶ所村のプールで冷やしてます たったの300年のガマンです

東電に入ろう 入ろう 入ろう 東電に入れば この世は天国
男の中の男はみんな 東電に入って花と散る

水が漏れてるけど騒ぐんじゃない 煙が出ているけどあわてるな
屋根が吹っ飛んだけど全然大丈夫。とにかく塩水で冷やしてます

東電に入ろう 入ろう 入ろう 東電に入れば この世は天国
男の中の男はみんな 東電に入って花と散る

今すぐ危険ってわけじゃないけど 牛乳も野菜も捨てましょう
政府のおエライさんが言ってます 補償は税金で払います

東電に入ろう 入ろう 入ろう 東電に入れば この世は天国
男の中の男はみんな 東電に入って花と散る

ガイガーカウンタは売れ切れてます 君たちそんなもの持っちゃダメですよ
放射能の値はこちらで発表します 信じる者は救われる

東電に入ろう 入ろう 入ろう 東電に入れば この世は天国
男の中の男はみんな 東電に入って花と散る

2011年5月16日月曜日

ポーゴ軍団のプロレス興行から井筒監督との語らいの場へ






町内でのジャズコンサートもあったが、何しろ久しぶりのポーゴ軍団のプロレス興行を優先した。ポーゴこと関川さんは高校の2年先輩、60才だぜ。まだやってんだからすごいよ。10年ほど前、本庄市で観たのが最後だった。あの時は場外乱闘どこではなく、会場の外まで追いかけ回し、あらかじめ決めていた車をボコンボコンにするという大騒ぎぶり。よくできた見せ物だった。翌日スポーツ紙には「ポーゴ・駐車場で車を徹底破壊し大暴れ」と出る。
八百長相撲で頭を痛めている相撲界だが、「国技・神技」などと格調高く納めようとするから、あたふたするのだ。楽しい見せ物興行くらいに考えればいい。
プロレスを八百長批判する人はいない。そんなことわかりきっているからだ。大仁田厚、グラン浜田、ジャガー横田にダンプ松本とくれば名前ぐらいは誰でも知っている。まだ現役の豪華スター勢揃いのショーだから楽しめばいい。さすがにキューテイー鈴木はいなかった。八百長試合とはいえ光る技を持っていなければ観客は入らない。随所に切れ技をみせてくれるレスラー集団の興行はやはり相当の鍛えがないと持続できない。
 メインイベントの8人タッグはすごい、ほとんどルールなしの一本勝負、ポーゴは火を吐き、鎌で相手の額を切り、鉄条網で殴りかかる。リング上でたたかっている者はいない状態。それがまた楽しみで慣れた客は「これを使って下さい」と椅子を渡し、また「これを使って下さい」とゴングを差し出す。セコンドの女子プロレスラーが「これは勘弁して下さい」と返す場面もある。みんな楽しんでいるんだ。栗原君は初めてのプロレス観戦だったがいたく満足のご様子。
 会場入口で小川晶さん、会場内で後藤あらたさんに会った。こういう猥雑な見せ物興行に来る人は面白い。「石川さん、知事選への支援お願いします」と言われれば「怪しい場所であったのも何かの縁」と妙な親近感すら覚え、「任せなさい」と言ってしまうところが失敗の始まりと分かりながら言ってしまった。

 夜は井筒和幸監督が来るとの連絡があり、ホルモン屋へ行ってみれば、すでに始まっていた。しかし今回はちと違う。新作映画の出演者の役どころのイメージを深めるため、山田ゆきお高崎市議とジックリ話し込んでいた。国鉄の分割民営化当時の労働運動の現場を知っているということで、監督がわざわざ来たのだが、山ちゃんに会うなら高崎で会えばいい。しかし、玉村町へ来るには監督なりの理由があるのだ。群馬県のマネージャー役土田文月がいるし、懇意のホルモン屋がある。合併しない町ということも気にいっているのだ。
くせ者とは決して思わないが、私以外、色の濃い連中が結集した夜だった。
 追伸、6月11日の「原発なくてもエエジャナイカ大行進」の呼びかけ人を井筒和幸監督は喜んで受けてくれた。原発はコントロールできない。いよいよ危険だぞー。

2011年5月8日日曜日

実力派工務店「翼創建・THINKS」の新装社屋拝見



もうかれこれ20年以上のつきあいになるが、無理のない自然な関係できてしまったので、節目が分からない。しかし10年程前、高崎市問屋町に店舗を出してからは、実力派工務店として一段ステップアップしたことは間違いない。その本店(伊勢崎市冨塚町)がオープンした。四角い建物の空間利用は他に類をみない。社員も30代、40代を主体とした責任世代でプロ意識も抜群。稲津幸司社長の地道な努力が社員、関連業者に信頼されていることは、登記をさせてもらっていると良く分かる。税理士の評判もいい。大手ハウスメーカーが幅を利かせている昨今だが、エコ感覚豊かな中小工務店を伸ばしていくのも地域の責任だと考える。夜の本社の景観はなかなかなもの。
 仕事柄いくつかの建設業者とのつきあいはあるが、「翼創建・THINKS」は建築思想がしっかりしたおすすめ工務店である。
和風建築なら玉村町の五料産業だろう。この社長もこだわりを持つ。何に?

今年も竹の子狩りに富岡市内の山に4人で登った。不作だったがまあまあ採れた。竹の子もいいが春の山歩きで汗を流した後の風呂とビールが格別なんだねえ。

2011年5月7日土曜日

菅首相ついに「浜岡原発の全原子炉停止」を要請

福島原発事故の実相の深刻さと多くの国民の「浜岡原発は特に危険だ」という声に付き動かされて菅首相は遂に「浜岡原発の全原子炉の停止要請」を中部電力に行った。本当に期待はずれな首相だが、この決断だけは、中途半端だが評価したい。それに対し自民党が批判を行っている。とんでもない話だ。
1.原発がなくても電力は間に合う。2.原発建設から維持、将来の廃炉後の見通しのなさ、事故時の補償等を考えると、費用的にも採算が合わない。3.高レベル放射性廃棄物の処理の不確実さ等からだけ考えても原発はそもそもいらない。未来に膨大な危険を及ぼすだけだ。4.原発は核兵器への転用を可能にする。

 悲しいことに、原発誘致地域は原発関連の交付金なしでは自治体として生きていけない「麻薬漬け」状況にされ、とまどっている。政府の責任で真っ当な自治体運営ができる補償をすることは必須の課題だ。
 「期限を区切る停止要請」ではなく、全ての原発を廃止し、自然エネルギーへの全面転換を図る決断こそが求められる。そのためにも、我々は声をあげ続けなければいけない。力を抜けば原発推進派にすぐ追い込まれてしまう。
震災から3ヶ月の6月11日、前橋市の群馬教育会館で集会を開く。「原発なくてもエエジャナイカ大行進」でもっと熱い状況を作り出そう。

2011年5月5日木曜日

高峰秀子主演「稲妻」成瀬巳喜男監督はいいねえ

午前中は「藤川をきれいにする会」主催の恒例になったマスの放流に顔をだした。曇り空であったがこのくらいが川遊びにはいいのかと言う感じだ。
 午後は、シネマまえばしで「稲妻」主演高峰秀子を観た。高峰ファンはさすが高齢になっているが30人程の入りなのだから、なかなかなもの。4人兄妹は同じ母親(浦辺粂子)のこどもだが、父親はみんな違い、性格も暮らしぶりも全く違うなかでの末娘・清子(高峰)の自立を描いている。何を言われても最後は子どものことを均しく心配し、愛している母親の姿と過去へのこだわりのなさがいい。
 帰りがけに支配人の小見さんに声をかけると、「活気があり生きる力を見せつけてくれますよね」。
好きになった男に捨てられ続けても、一途についていく女性を描いた「浮き雲」とはまた違った作品だ。

そしてまた原発のことだが、今日の朝日新聞に加納時男東電顧問と河野太郎自民党議員の話が載っていた。加納は、原子力を選択したことは間違っていなかった。地元の強い要望で原発ができ、地域の雇用や所得があがったなどと居直っている。貧しい地域にカネで押し付けたのが最初だろうに。反原発論者の河野に対しては反原発の社民党で活躍すればいいとし、「低線量の放射線はむしろ健康にいい」という研究者の声を説得力があるなどという。あきれた話だが、この論調の人が結構いるのも事実だ。人間がコントロールできない原発の事態がどのような結果を招き出すのか丁寧に明らかにする必要がある。原発がなくても電気は間に合うことをまず知ることは大切。
それにしても河野太郎の反原発論は的確だ。「核のゴミを捨てる場所がないのに原発をふやしていいのか、電力業界から多額の金をもらい政・官・産・学・メデイアが「安全神話」をつくった」と暴露する。彼も自民党だからわかりにくい。

2011年5月2日月曜日

やっぱり原発 ダメ絶対



「やっぱり原発 ダメ絶対」のデモコールはよかったねえ。昨日のデモに何人くらい集まるのかと思っていたら、あれよあれよと500人規模のデモになっていた。廻りを見ても8割方は知らない人ばかり。やたらと乗りのいい一群が全体を引っ張ってくれていた。東電前での「ずっとウソだった」もよかったよ。
デモ後の集会にも300人以上の人が整然と参加するなど、その意識の高さにも驚いた。都合4時間を共有していた訳だから、パフォーマンスだけではないんだ。
今日になっても、友人から、講師の「太陽光発電はまるで採算が取れないという発言は2年前のデータで今は違う。また火力発電でのCO2問題につき地球環境温暖化とは直接関係がないような発言は間違っている」と指摘された。とにかく参加者は真剣なのだ。
 「絶対安全」だった原発の怖さを実感しつつあるだけに、これからどうなるんだ、どうすればいいんだ、と切実な問題として考えているのだろう。

毎日、世界中のいたるところで原発から出される大量の高レベル放射性廃棄物、これらは暫定的な集積所に蓄えられている。余りに長い半減期に実際のところ「結果は未来へ先送り」というところ。未来に社会が残っていたら、人々は「20世紀のご先祖様はなんて危険なものを私たちに置き土産してくれたのだろう」と嘆くだろう。
シネマテークたかさきで28日から上映される「10万年後の安全」は放射性廃棄物の埋蔵を巡ってのドキュメンタリーだ。必見の事。

今夜は「ミツバチの羽音と地球の回転」という映画のパンフレットを買い込んだので、映画を思い出しながら読もう。山口県の上関原発に反対し続けている祝島の人々の姿を描いたもので、未来社会をイメージする資料になるのではと思う。
 この不幸な原発事故を期に、ひとりひとりが勇気をもって歩み出し、国策としての原子力政策の転換を行なわなければならない。政治を動かさなければならない。群馬県知事候補者はどうするんだ。

2011年4月30日土曜日

原発とめよう・群馬署名用紙できました


5月1日高崎駅西口12時20分原発なくてもええじゃないか大行進。2時高崎市労使会館反原発集会(講演元群馬大学工学部教授 五十嵐高さん)を行います。みなさん集まってください。
署名用紙の準備ができました。
使ってください。

2011年4月29日金曜日

「月を指差したとき、愚者は指先を見る」ではいけません


斉藤和義の「ずっと好きだった」の替え歌聴いたことがあるかい、と友人が歌詞を持ってきた。これまでの政府を上げての原発反対運動つぶしに対し、いよいよ多方面から「異議あり」の声が堰を切ったように吹き出している。みんな未来を見ているのだ。この道を進め。
運動の見せかけだけで物事を判断するな。少々粗野でも未来に対する希望を見据えた運動こそ歩むべき道だ。「月を指差したとき、愚者は指先を見る」と仏陀が言ったかどうかは知らないが、5月1日の「集会・デモ」にはその言葉が当てはまる。

「ずっとウソだった」

この国を歩けば、原発が54基
教科書もCMも言ってたよ、安全です。

俺たちを騙して言い訳は「想定外」
懐かしいあの空、くすぐったい黒い雨。

ずっとウソだったんだぜ やっぱばれてしまったな
ホント、ウソだったんだぜ 原子力は安全です

ずっとウソだったんだぜ ほうれん草食いてえな
ホント、ウソだったんだぜ 気づいてたろ、この事態。

風に舞う放射能はもう止められない

何人が被爆すれば気がついてくれるの
この国の政府

この街を離れて、うまい水見つけたかい
教えてよ、やっぱいいや

もうどこも逃げ場はない

ずっとクソだったんだぜ
東電も、北電も、中電も、九電も
もう夢ばかり見てないけど

ずっとクソだったんだぜ

それでも続ける気だ

ホント、クソだったんだぜ

何かしたいこの気持ち

ずっと ウソだったんだぜ

2011年4月26日火曜日

5.1原発なくてもエエジャナイカ大行進


原発事故がどこまで拡大するか全く予想もつかないなか、5月1日のメーデーに合わせ高崎市で反原発集会とデモを敢行する。ここまでやられて黙っていられますか、ということのお知らせのため、今日、県庁5階の記者クラブを石川、角倉県議、加賀谷さんの3人で訪問その趣旨を説明してきた。
 待ち合わせ場所の議会棟に入ってみたが、それはそれは豪華なもので、ここへ頻繁に出入りしていると(長く議員をしていると)民衆の気分から遊離してしまうのでは、と直感した。贅沢ですよ。せめて原発事故のような大問題にはハッキリ、シッカリ声を上げる県議が複数必要だ。頼みますよ。

5月1日正午、高崎駅西口集合,30分頃からデモ出発、高崎市役所をとおり東京電力前から高崎労使会館までのコース、その後2時から五十嵐高さん(元群馬大学工学部教授)の講演会を中心に集会を開く。盛り上げて被災地に想いを届けたいものです。

2011年4月25日月曜日

いきなりの保坂展人世田谷区長誕生のニュースに驚き

統一選挙も被災地を除いて終わった。悲喜こもごもだが、今朝のテレビで保坂展人が世田谷区長選で当選したことを知った。彼のブログ「どこどこ日記」には注目していたはずだが、出馬を見逃してしまった。しかし、石原都知事にはまいっているが、保坂展人区長誕生には喝采をしたい。彼の政治感覚は絶賛したいものがある。無駄な公共工事としての八ッ場ダムに対する実地探索や見識の深さには誰もがうなってしまうほどだ。だから国会で活動して欲しかったが、なにせ今の社民党の党勢ではいかんともしがたく落選の憂き目を何度となく味わっていた。古巣での区長として真っ当な政策をすることにより、「政治は変わるもの、変えるもの」ということを区民が実感して欲しい。
エネルギー政策の転換は可能だというトップをついに誕生さることができた。多いに期待したい。

2011年4月23日土曜日

福島原発周辺から子ども達を避難、疎開させよ。

すべての原発をとめよう!
日本には54基の原子力発電所があり、現在東京電力では柏崎刈羽原発の4基が稼働しています。福島第一
原発の事故をうけて、見直し・撤退の声が強まるなか、東京電力・エネルギー庁は電力不足を理由に8月の定
期検査も延期して運転を継続しようとしています。静岡県にある浜岡原発は直下型の東海大地震による甚大な
被害が警告されています。今も震度5、6の余震が続いています。手遅れになる前に、すべての原発をとめろ
の声をあげていきましょう。

原発がないと電気が足りなくなる?
原発を廃止したら電力不足になる、と言われます。しかし最大電力が「火力+水力」の発電能力を超えたことはありません。東電の2009年度末実績では発電設備出力は7769キロワット、そのうち原子力は1819キロワットです。しかしここには「揚水発電」(夜間の余剰電力を利用して下貯水池から上貯水池にポンプで水をくみ上げ日中のピーク時に水力発電する仕組み)の1050万キロワットが計算されていません。昨年夏の電力消費量のピークは5999万キロワット。原発をすべてとめても電気は足ります。

原発は安上がり?エコ?
原発の発電コストが安いという話も、福島第一原発の事故でウソであることが明らかになりました。何よりも廃炉にする、いわばリサイクル料が莫大です。最終処分場も存在しない使用済み核燃料を何百年も管理しなければなりません。また今回の事故の損害賠償額がいくらになるのか想像もつきません。
 原発はエコで環境にやさしい、というのもウソです。原発の出力は0か、100です。調整はできません。
つくった電気はムダだろうと使うしかないのです。またつくられるエネルギーの3分の2を温排水として海に
捨てています。海を熱し続けているのです。

福島県が公表した「福島県放射線モニタリング小・中学校等実施結果」等から、県内の小中学校・幼稚園・保育所等(以下「小中学校等」)における放射能汚染状況が把握されてきました。
同モニタリングの結果、調査対象の小中学校等の75.9%が、法令で定めるところの「管理区域」基準を超えうる放射線が観測され、また、全体の20.4%では職業人の被ばく限度を超えうる「個別被ばく管理」が必要な放射線が観測されています。
本来、「管理区域」とは“一般公衆”の被ばく防止のため立ち入りを制限する区域であり、「個別被ばく管理」とは“放射線業務従事者”が被ばく線量限度を超えないよう法令により管理義務が定められているものです。放射線の感受性が高い子供たちの場合、さらに厳しい基準により保護すべきことは、放射線防護の常識であります。

2011/04/19 投稿: 福島市:二児の母
今まで国、県、県のアドバイザーが安全だというのを信じて逃げたい気持ちを抑えて仕事を続けてきまし
た。2人の子供も福島市内で保育園と小学校に通っております。1ミリから20ミリシーベルトへ安全基準の
引き上げ?非常におどろきました。私の子供は私が守らなくてはと思い知らされました。
職場では既にパニックになって逃げて行った人達をあいつは逃げた…と恨みつつ、でも子供を持つ親は自
分も子供を連れて避難したいとみんな思っているのです。学童疎開、無理なら授業停止でもいい、なにか
職場に対して公然と避難の理由となるものがほしいです。みんなきっかけを待っているのです。
子供を守るために、避難してもまたいつか福島に希望を持って戻ってこれるように。お父さん、お母さん、
立ち上がりましょう。私達が動かなくては誰も子供達を守ってくれないのです。

2011年4月19日火曜日

満開の桜にも どこか心虚ろなこの4月

散歩コースの東部運動公園沿いの桜並木の満開の勢いにはなんとも圧倒される。自然は時期が来れば見事に花を咲かせるのだ。春の到来はやはり気持ちの切り替えにも役立つ。しかし今年は桜の写真を全く撮らなかった。
気持ちのざわつきが自分でも分かる。10日投票の県議選の余韻もあるだろうが、やはり、東日本大震災と福島原発の事故、特にどこまで拡大するか予想もできない原発事故と、原発に対する本質的なな議論を遠ざけてしまっている現状に対する不安と不満が多くを占めている。
 佐高信が玉村町での講演の時、「藤沢周平作品のなかで何が一番気にいっているか」との質問に「海鳴り」と一言答えたその「海鳴り」を半分ほど読み進めていた。なるほど、当時の庶民の暮らしぶりを生き生きと描くその姿に、今にも作品の中の人々の息づかいが聞こえるような感覚になる。もう一つ、週間金曜日に鎌田慧が連載中の「残夢」も楽しみの作品だ。「大逆事件」を扱ったもので、幸徳秋水ではなく坂本清馬を描いている。「日韓併合」と「大逆事件」は歴史的に見るとセットだった。外に対し侵略行為を行うときは国内的には「思想弾圧」をしている。反対者とみなされた者を徹底弾圧しなければ外に対し「悪事」などできようがないからだ。
 昨日、事務所に帰ると佐藤栄佐久著「知事抹殺」が机の上に置いてあった。土田君だろう。また読みかけの本が増えそうだ。東京電力とたたかってプルサーマル計画を白紙撤回した佐藤福島県知事は東京地検特捜部に無実の罪を着せられてその地位を失った。「国策捜査」の典型としての事件を暴き出している。只今控訴審だ。この際だから東電と特捜の犯罪性を逆に満天下に暴き出したい。世論も支援すべきだ。その佐藤栄佐久本人は、現在最も危険と言われている浜岡原発の即時停止を強く求めている。目が醒めた人は強くなる。
 藤岡市の知人から「すべての原発を中止させるための緊急署名」の用紙が送られてきた。
また、3月まで、「小島慶子キラ☆キラ」での15分間コーナーで「電気事業連合会は情報隠蔽しているんじゃないですか」と発言した直後、「3月いっぱいで止めて下さい」と番組プロデユーサーから仕事を外されたジャーナリスト上杉隆が、4月6日に衆議院第一議員会館で開かれた鳩山由紀夫前首相主催の勉強会での講演テープもある。
5月1日のデモを呼びかけるリングメールとやらも来るし何か回りがせわしくなっている。当然だろう。
 それにしてもだ。東京電力労働組合は何をしている。

2011年4月13日水曜日

今度は1万テラベクレルの放射能だと。ふざけるな。

県議選も終わり、一段落したかと思ったが、いきなり、原発事故発生時、1時間あたり1万テラベクレルの放射能が放出されていたと発表された。
どれほどの単位かと思えば、10の12乗の1万倍、1の後ろに0が16個だそうだ。めまいがするような数字がいきなり飛び出してきて、チェルノブイリと同じ「レベル7」、それも、未だ事故は終わっていないのだから、チェルノブイリを越えることは間違いない。
原発からかなりの範囲の農林魚業をはじめ全ての産業はつぶれ、大倒産と大失業の局面が到来する。今までの社会のあり方では立ちゆかない事態に全日本が直面する。
 ことここに至っても原発を推進していこうというのが、財界、民主党政府や自民党の本音だ。人間がコントロールできない原発から手を引くことを求める運動が必要になる。
 怒りの反原発集会をキチンとこの辺で打ち上げておかないと、グズグズと事態は最悪の方向に進行していきかねない。最悪とは、これだけひどい原発事故にもかかわらず、将来において、何もなかったかのように原発がこのまま維持され未来社会を脅かしていくことだ。
 5月1日、若い人々に声掛けをしながら、手作りの反原発集会を開こう。これから一気に具体化させる。
 怒っていいんだよ。こういう時に怒りの声を上げなければいつ上げるの。

2011年4月11日月曜日

県議選と映画祭が同時に終わった

昨日投票の県議選の結果は、支持した候補者のほとんどが当選しほっとした。しかし前橋で本郷候補が届かなかった。選挙は厳しいもので数字できっちり表れる。各人、1昨年の政権交代時と様変わりの逆風のなかでそれぞれ全力でたたかい抜いたことに敬意を表したい。
昨年は支援した候補が落選続きだったこともあり、久しぶりに爽快感を味わった。ベテランの塚越紀一さん、新人の小川あきらさんなど多彩な面々が群馬県の未来を語り、日本社会の有り様を語る姿が目に浮かぶようだ。
 
時期を同じくした高崎映画祭では今年は9本の作品しか観られなかった。なかでも「ヒトラー最後の12日」はよかった。戦争は始めると止めることがいかに困難か教えてくれている。ヒトラー夫妻、最後は自殺、その取り巻き連中の多くも自殺、これが戦争遂行した者たちの責任の取り方か。犠牲になった者たちはたまったものじゃない。
日本も同じことがいえる。原爆を落とされ膨大な犠牲者を出さなければ敗北を認めようとしなかった。国益、国策のもとで大衆に徹底的な犠牲を強いるのが戦争だ。そのことも喚起させてくれる。
そして原発も現在進行している福島原発事故がとことん危険な方向に進まないと止められないのか。この辺で大衆の意志を表現した方がいい。
東京都知事に78才の石原慎太郎をまたまた選んでいるようなことではいけません。

2011年4月9日土曜日

選挙戦最終日


県議選の今日が最終日、午前中は角倉事務所に顔を出し、2時からの伊勢崎市内での塚越県議の総決起集会に行く途中、藤岡の食堂で偶然、秋山局長と出くわし一緒に食事、少し遅れて土田君も来るということだったが、彼に会っている時間はなかった。それにしても秋山局長の原発事故に対する怒りはものすごいものがある。「放射能被害の深刻さは政府や御用学者がテレビで言っている軽さでは全くない。俺たちには逃げ場がないんだ。こんな原発政策を進めてきた奴らを許せない」と息巻く。全くそのとおり。
 そして夜8時、小川あきらの事務所で街宣カーの帰るのを待つ。元気に帰ってきた本人は何か吹っ切れた様子だった。厳しく長いたたかいをやりきった爽快感が漂っていた。後は結果待ち、そこへ角倉先生から「石川さん、もう一息応援頼みます」の電話、このひつこさが大事なんよねえ。