みんな寿命を全うしようぜ

みんな寿命を全うしようぜ
西表島で会った昼の蝶

2010年5月23日日曜日

流動化する政治状況の中で

政治が流動化化してきた。普天間問題で鳩山首相は、ついにというか結局というか、辺野古にそれも埋め立て方式で新基地を建設することを日米合意するという。自民党案に戻ったということ。日米合意を地元や沖縄県民の合意なしにアメリカと合意するなどというやり方は本末転倒であり、民主党が一番嫌っていたことではないのか。
 何度も言うが、小選挙区制度で生まれる二大政党は似たもの政党になることははじめから分かっていた。マスコミも小選挙区推進論者も言わなかっただけのこと。支配階級にとって、国民を支配する幅がむしろ広がったという意味では、しばらく安泰と言うこと。しかし、そうはならないのが政治の世界。経済活動を実質担っているのは労働者であり、その暮らしを保証できない事態がさまざまな面で現れている。「国民の生活が第一」という言葉で、小泉政権の新自由主義路線を批判したのはそういう意味だったはず。しかし、政権を担ったとたん、自民党との違いを見つけるのが大変なほど似たような政策になっている。これが現在の民主党の限界だろう。今後、リベラル政党に飛躍できなければ後はない。

 しかし、出てくる新党はどれもこれも復古調の国家主義政党ばかり。時代錯誤と簡単に言ってしまえばそのとおりだが、実はそれほど単純ではないと見る。グローバル社会の現代は、経済も情報も国境を越えて複合的に機能するため、国家というものさえ時には無用ないしは障害となって立ち現れる。それぞれの国々の人々が国家という求心力から解放されたときどんな世界が訪れるのかは、単純な話ではないのでここではすすめないが、一面極端に無秩序な世界が訪れる。世界の現秩序を維持しようとする現在の支配層はそれぞれの国家秩序を維持するため、保守主義に走り国民を国家に縛り付けようとする。
 例として、アメリカはグローバルな新自由主義(ネオリベラリズム)と新保守主義の路線のもとでイラク戦争を起こしたことを忘れてはならない。
 不可逆的な国際化と保守主義のバランスで何とか国家運営を乗り切ろうとしているのが現在の状況だが、この保守主義は独善的な愛国主義、差別排外主義となって思わぬ不幸を国民や周辺国に及ぼす危険性があることを、歴史からも教訓化する必要がある。
 この辺から今後の流動化する政治を見ていった方がいい。

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