群馬県玉村町の町長「石川まさお」のブログです。 「瞬間」と「悠久」は決して対立的な言葉ではなく、「瞬間の中に悠久」が、「悠久の中に瞬間」はあります。何かと対立関係で世の中を見ようとする流れに抗すべく、みんなが集える庵を構えました。 新自由主義政策により社会の格差が広がり、荒んでいくのをくい止めるべく、地域に根ざした活動をします。
みんな寿命を全うしようぜ
2010年5月3日月曜日
憲法記念日に思う
昨日はひとり藤岡から神流の山を歩いた。そう距離はないけど春の新緑は気持ちがいい。早滝も2年ぶりに見た。滝壺に木枝が落ちていて一昨年夏のようには入れない感じだ。自然の中に身を置くことは安心感を覚える。これに尽きる。しかし、花粉には悩まされる時期だ。
今日は憲法記念日、上毛新聞紙上での憲法を守る意見広告にも、例年通り名前を何人かの仲間とともに入れさせてもらった。この意見広告を見た人が、同じことを考えている人がこんなにいるんだと感じ少しでも元気になればいいと思っている。
憲法を巡る情勢は大変厳しい状況に今後なることが予想される。世論調査によれば「9条を変えない」という割合が7割近いらしい。しかし、国会の状況を見れば、護憲派は共産党と社民党だけ、民主党も本当のところ分からない、というより本質は改憲政党といえる。自民党にいたっては「徴兵制」も書こうかという議論だし、「みんなの党」「立ち上がれ日本」その他新政党はどれも改憲派政党。彼らは、国会で議論を始めれば世論など簡単に変わってしまうことを知っている。無理矢理、世論操作すらしてしまうのだ。
憲法を語るとき、制定当時の状況をなぞるだけの牧歌的護憲論ではもはや時代遅れで、改憲勢力に対抗できない。彼らは、新自由主義を前提にその過酷な大競争に打ち勝つための軍事国家と国家総動員をも狙った改憲攻撃を仕掛けている。新自由主義の果てしない競争に終わりはなく、ついには勝者はだれもなく、荒廃と化した世界が残るだけこと。このことを認識しなければいけない。
我々は新しい社会、真の意味で人間が人間として生きることのできる社会を作れる地点に実はいることをもう認識すべきだ。高度に発達し、生産力も増大化した経済社会を作り出しているのは私たちだろう。分配さえ公平に行けば世界から貧困はなくなるほどの生産力を保持している。利己的な価値観を社会的な価値観に転化できれば、全く違う世界が広がる。終わりなき不毛の競争社会から人間性を基本に据えた協調社会への転化を進めることが改憲阻止の大きな力となる。江戸時代だって300年持たなかったのだ。資本主義も永遠ではない。
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藤岡から歩けるとこでそんな大自然もあるのですか?すごい!Google Mapsはご存知ですか?あの滝の位置情報を投稿してもらえませんか?(あるいは直接メールで)いつか行ってみたいです。
返信削除社会についても賛成です。地球の資源は、人類全員の「ニーズ」には十分ですが、人類全員の「欲」には一切足りません。だからこそ資本主義社会じゃダメですね。