みんな寿命を全うしようぜ

みんな寿命を全うしようぜ
西表島で会った昼の蝶

2011年2月28日月曜日

「本物は誰だ、本物を送り出せ」の県議選を見据えて




2月が終わった。仕事の方は今ひとつだが、3月2日からは定例議会が始まる。その準備もありなかなか忙しい。そこへもって何人かの人から「この本を読め」と進められた。塚越県議からは藻谷浩介著「デフレの正体」、他の友人からは三橋貴明著「暴走する尊農開国」を進められた。どちらも経済書だ。特に「暴走する尊農開国」はTPPを真っ向から批判する内容で興味深い。私自身、TPPは実質日米二国間協定でアメリカにいいようにしゃぶられるだけのものと考えている。小泉路線を一層推進する市場一辺倒主義で極端に社会は荒んでいくこと間違いなし。
政権交代は弱肉強食の新自由主義に一層舵をきるこんな情けない政府をつくるためにあったのではない。こんな政府は打ち倒せ。(川の底からこんにちは)しかし、その後の展望が開けないというのも悲しい現実。弱りました。
 司法書士という仕事柄、法務局へはよく行く。民事法務協会が不動産や会社の登記証明書等を提供する仕事を担っていた訳だが、「市場化テスト法」により、一般競争入札の結果、協会が落札する数が減り、11年度に落札で協会が仕事を得たのは46局のうち2局にとどまり、他は派遣会社が落札した。協会は「仕事を取れなかったのだから」と職員等(管理職89人、業務職員292人、非正規労働者381人)762人を3月31日付で解雇・雇い止めにしようとしている。
 年収300万円の賃金が高いのか。落札した会社の労働者もそれ以下の労働条件であることは間違いない。雇用年数も契約期間の数年、これで人生設計ができるのか。人件費を買いたたき公契約を民間に安く売り渡す市場化テストは新自由主義の最たるもの。こんなことが全社会的に起こるのが、TPP開国なんだと言うことを認識した方がいい。
 労働の対価としての賃金でしか生活の糧を持たない資本主義社会の労働者の数は膨大だ。バラバラにされてしまっている現状が問題なので、連携、連帯することが求められている。他人事にしてしまってはいけない。

そのような観点からこの4月の玉村町周辺の県議選を取り組みたい。すべての人々が人間として尊厳を保ちながら生きてゆける社会に向けて共に進める本物の人を議員として県政に送り出したい。
高崎選挙区・角倉邦良、後藤かつみ、前橋選挙区・小川あきら、本郷たかあき、伊勢崎選挙区・塚越紀一、藤岡選挙区・関口茂樹だ。

2011年2月26日土曜日

私たちの望むものは

チュニジアから始まった民衆運動はエジプトのムバラクを倒し、リビアのカダフィを追いつめている。カダフィの断末魔のあがきにより相当の犠牲者が出ているらしい。中東情勢は革命情勢ということだけは事実だ。
マスコミは中国や北朝鮮にまで政権転覆の民衆の動きが広がるのではないかとの期待を込めた憶測をしている。日本にも気をかけた方がいい。
 日本では全くその気配はないのか。答えは「何の心配もない。やるときゃやるさ」

永田町ではデッドロックにぶち当たった政治状況があり、「救国内閣」の声さえ上がる。さして政策の違いのない政党同士が、国民生活を人質にして政争を繰り広げる。こういう状況を戦前に経験していないか。ファシズム運動による突破だ。
耳障りのいい「減税革命」を名乗り地方議会に進出しつつある地域政党が現代版のファシズム運動といえる。そんな動きを吹き飛ばすものとして中東革命のうねりを見る必要がある。

30年ほど前に盛んに聞いた歌を改めて記す。岡林信康だ。「自由への長い旅」「それで自由になったのかい」もいいが「私たちの望むものは」が今風だろう。

私たちの望むものは 生きる苦しみではなく
私たちの 望むものは 生きる喜びなのだ

私たちの望むものは 社会のための私ではなく
私たちの 望むものは 私たちのための社会なのだ

私たちの望むものは 与えられることではなく
私たちの望むものは 奪い取ることなのだ

私たちの望むものは あなたを殺すことではなく
私たちの望むものは あなたと生きることなのだ

今ある不幸にとどまってはならない
まだ見ぬ幸せに 今跳び立つのだ

私たちの望むものは くり返すことではなく
私たちの望むものは たえず変わってゆくことなのだ

私たちの望むものは 決して私たちではなく
私たちの望むものは 私であり続けることなのだ

今ある不幸にとどまってはならない
まだ見ぬ幸せに 今跳び立つのだ

私たちの望むものは 生きる喜びではなく
私たちの望むものは 生きる苦しみなのだ

私たちの望むものは あなたと生きることではなく
私たちの望むものは あなたを殺すことなのだ

今ある不幸にとどまってはならない
まだ見ぬ幸せに 今跳び立つのだ

私たちの望むものは

(一度聴いて欲しいね。すごくいいから)

2011年2月22日火曜日

鬼石の街からこんにちは 4月県議選勝利に向け満願祈願



龍峰会の理事会出席のため鬼石町に行った折り、秋山商工会事務局長と会食をする事になった。お日柄も良く、町おこしの話をしながら道の駅でそばを食べていると、前橋市での県議選候補小川あきらさんのお父さんから電話が入った。それは千葉の地に住んでいれば前橋ででっかい選挙に挑戦する娘の行く末は心配でしょう。
 ということで秋山局長に相談すれば、まずは満願石へ行って願かけようということに。鬼石の町おこしの次の目玉とされる長さ3間半、重さ2万余貫の大石に案内されたがその迫力には圧倒された。
「この大きな気持ちで行こうぜ。石川、なあんも問題ない」
 鬼石町の鬼と一緒ののんきな秋山局長だが、彼の人脈は広い。地下水脈を前橋、高崎につなげる仕掛けをお願いしたい。
 「あきら会」の秘密会議を今週前橋市内で公然と開く。この厳しい情勢をジワッと押し返す作戦会議だ。学問に王道なし、選挙もまた同じだ。
 
 昨日は角倉県議と3時間ほど高崎、玉村を回った。

2011年2月17日木曜日

お気に入りの1枚「井筒監督とにらみ合い」



 上映会は終わったが気持ちの中では余韻に浸っている部分もある。企画から上映準備、打ち上げまでを考えると、それは気苦労もあるが、終わった後の達成感がたまらない。土田君からの報告では何とか財政的にもトントンになったらしい。協力いただいたみなさんに感謝したい。
昨日、「ぱる」で行われた住民活動団体交流会でハーモニカクラブの湯浅正基さんと会った。彼のハーモニカはワイルドでド迫力あるもの。「ヒーローショー」とトークショウの休憩時間に入れたかった。井筒監督にはピッタリの音楽と直感した。しかし彼に会ったのは昨日が初めて。残念だ。
 何枚かの写真があるが2枚をアップする。1枚はスクリーンをつくり立てかける様子で手作り上映会を実感できる。もう1枚は、「小川あきらと井筒監督のにらみ合い」だ。お互い何者かという感じのにらみ合いだが、すぐに打ち解け合うのはやはり似た者同士か。
 とにかく濃い内容の2本だっただけにやり切った思いは強い。
いずれパワーアップし、上映会そのものをドキュメンタリー仕立てにしたい思いすら沸いてくる。

2011年2月15日火曜日

高崎市での朝・日友好親善新年ののつどい


 恒例の朝・日友好親善新年の集いに参加した。参加者は200人以上の賑わいで玉村町議会からは議長を含め4名が参加した。勿論、貫井町長も参加し、参加者同士の交流を深めた。私自身議員になって以来参加を欠かしたことはない。
最初10年前のこの席で高崎映画祭を主催していた茂木正男さんや志尾さんと出会い、玉村町での「チルソクの夏」上映のきっかけとなった。以後、在日朝鮮人の友人もでき、昔から考えていた「在日」の歴史を生きたものとして認識する契機を与えてくれた集いという意味でも大切にしている。
 今年は松浦高崎市長にとっても市長としては最後の出席となった。「国レベルでは対立していても、またそうだからこそ市民レベルの交流は大切だ。」という見識を持った人が新たな高崎市長になることを望む。何人かの人があいさつしたが、「日朝国交回復から南北統一」まで語った人もいた。ぜひともそうしたいものだ。

高校授業料無償化を朝鮮高校だけ排除するような愚かで浅はかな政治は止めろ。
エジプト情勢は日本も無縁ではない。民衆に背を向けた政治をタラタラ続けていたら民衆の力で歴史を前に進めるぞ。

「クレアモントホテル」は必見の価値あり。老婦人と孫のふりをしてもらった青年の交流。老婦人にとり最後の出会いと別れを描いている。こういう終わり方もいいと思わせる映画。シネマテーク高崎で18日まで。

2011年2月14日月曜日

井筒和幸監督、大衆迎合を拒否する想いを語る





「川の底からこんにちは」は思惑通り好評だった。しかし「ヒーローショウ」は予想以上に困惑した人がいたようだ。事実何人かの人は途中で帰ってしまった。「あれだけ殴り合うと観ていられない。気持ち悪くなった」という声を何人もの人から聞いた。
そして井筒監督。「パッチギのように暴力を夢があるかのように表現すると絶賛され、ヒーローショウのように事実に迫る形で表現すると観る人から拒絶される。それでも作るのが俺のやり方だ」と大衆迎合を拒否する姿勢を鮮明にした。
 実際に東大阪で起きた事件をモチーフにして作り上げたこの映画は、若者達の未来が追い込まれている現実に目をそらさず見据えろという思いで作ったものだ。ウソの映画では社会は変えられないという思いではないのか。
100人を越える人が最後まで観て、監督の思いを聞いてくれたこと自体が嬉しい。
 上映後は、朝鮮総連西毛地区の李委員長、前橋市議の藤江彰さん、角倉邦良県議、小川あきらさん等も参加しいつものホルモン屋で30人規模の打ち上げをした。何度も町を訪れている監督の話もいつになく弾んでいた。
 3月には高崎映画祭の受賞式があるが、その時、また来るということになった。

2011年2月11日金曜日

雪の中伊勢崎市での書道展から前橋市での集会へ


日中、雪が降り続くなんてこの町では久しぶりだ。そんななか、家に居られない性格のためか、用事をどんどん入れ込んでいるためか分からないが、今朝も朝のうちに伊勢崎市境町で今日から3日間開催される書道展に顔を出した。こういう趣味とは無縁だが、堀込忠三さんの作品が出ていると聞けば行かないわけにはいかない。なにせ最初の10年前の選挙の時以来さまざまな御指導を頂いている人だ。今は引退し、書を始めたとは言ってはいるが、どうもそうではないだろう。会場で五十嵐市長、山口教育長と出会う。こうして市長は市内全域の催し物に顔を出し、市民を励ましているのだろう。
305名の出品参加だから一通り見て回るだけでも1時間程かかった。字を書くことは決して字を書くことだけではない、ことが良く理解できた。
鑑賞後、堀込さん達とお茶を飲みながらの話は戦争中の話だったが、今80代半ばの人でも終戦時は内地にいた。つまり20才になるかならないかという年齢だったということ。これは戦争の本当の姿を知る人がどんどんいなくなるということ。
 そんなこともあり、午後は前橋市の教育会館での「武力で平和はつくれない。平和な北東アジアを。2.11市民集会」に参加した。「靖国問題を考える」ビデオ上映の後、ピースデボ代表の田巻一彦さんの講演を聴いた。
 北朝鮮や中国の危機を煽り、敵を作り軍拡に次ぐ軍拡、それでも安心できず、果てしなく続く軍拡競争の行き着く先は破綻しかないことがわからないのか。軍拡競争に勝者なんていない。
信頼関係の醸成のためにあるのが政治だろう。その政治が危機を国民に煽ってどうする。
 この雪模様の悪天候のなか、200人程度の人が参加したことは評価していいだろう。地方議員も私を含め4人くらいいたかな。4月県議選に臨む小川あきらさんもいたことを嬉しく思う。

15日からは一般質問の受付期間が始まるのでその準備もしなければならない。

2011年2月9日水曜日

13日上映の「ヒーローショウ」は腹を決めて観て欲しい作品

13日玉村町文化センター小ホールで午後1時20分から上映する井筒和幸監督作品「ヒーローショウ」は単なる娯楽映画ではない事を確認しておきたい。
25回高崎映画祭で「ヒーローショウ」により井筒監督は最優秀監督賞に選ばれた。にもかかわらずシネマテーク高崎でも上映されていない。理由は知らないが、観客動員という観点からみると採算が取れないとの判断もあると思う。
全国でもこのような上映会はこの「ヒーローショウ」に限ってはないそうだ。
 何故か。若者の暴力を余すことなく描いているので、「みんなで楽しく賑やかに」とはいかないのだ。しかし、敢えて多くの人に観て欲しいから、ヤバサを承知で開催する。
 私自身、本来、暴力映画は気乗りがしないので、昨年、恐る恐る観たが、見終わった後、意外や意外、言葉で表現しにくい暖かいもの、爽快感を味わった。「暴力的だ、過激だ」と批判する人もたくさんいるが、現実社会の若者に対する扱いは映画以上にモノ扱いであり、「暴力的であり過激」なのが実態だ。
 井筒監督の若者世代に対する熱い思いと生きる共感を彼の手法で描ききった商業主義を乗り越えた作品と思う。
途中、勝浦市長選の場面がある。偶然にも、13日は実際に勝浦市長選の投票日でもある。まして、私の知り合いの水野正美さんが候補者としてたたかっていることもあり、いっそうこの映画に共感を覚えてしまう。

 責任転嫁するわけではないが、「ヒーローショウ」の上映を率先仕組んだのは土田君であり、その際どさを薄めるために「川の底からこんにちは」をかませたのが石川ということか。
上映後、井筒監督に直接質問する時間も作れると思うので、楽しみにして欲しい。






 商業主義を越えた作品を観て欲しい。

2011年2月8日火曜日

高崎市内を角倉邦良県議と歩く




 玉村町商工会新春セミナーをすっぽかす形になってしまったが、午後、4月県議選に向け、高崎市内の固い知り合いの一部を角倉邦良県議と回った。
30年以上のつきあいの上原君は富岡高校同窓生を集めてくれていた。高校野球を共有した絆は話の内容からして相当強いものを感じた。
そして帰り際に「谷間の虚構」という八ッ場ダムを書いた本を預かった。政権交代してもとんと進まない八ツ場ダム建設中止、石川が生まれた時に決定された八ツ場ダムはその年齢と同じ時間58年を費やしても未だ本体工事の着工すらできていないのだ。できないにはできない理由がある。地域住民は世代を犠牲にしているのだ。それまで地域の人々の長い長い生活を育んできた自然の大きさに畏敬の念を抱くと共に、自然を破壊する行為がいかにむごいことかを示すには余りある現在のダム建設の現状だ。
現地で生活できる環境を保証することは喫緊の課題だ。そしてダム本体の工事を止めること、吾妻峡の自然の中での生活再生を一刻も早く実現しなければばならない。
私たちは沖縄の基地問題を他人事に思うようではいけないと同じように、八ツ場ダム問題を他人事にしてはいけない。まして同じ県内の大問題ではないか。
 この点でも県議としての角倉邦良は欠かせない。

国政がどこへ向かうのか全く予断を許さない中で、地に足をつけて歩み続けている県議の姿に力強いものを感じる。

午前中は町長と懇談後、土田君と13日の映画上映会の下準備とチケット売り上げ状況の確認。もうちょいだね。

2011年2月5日土曜日

角倉県議の朝食会から午後は小川あきらを励ます会へ




かどくら邦良後援会の開く今日の朝食会のことは知っていたが、行くつもりはなかった。しかし、昨日、いきなり県議本人からの参加要請。私は寺田学内閣総理大臣補佐官には興味もなかったが、「彼は護憲派だから」等々押しの強さに負け今朝の朝食会参加となった。8時だというのにメトロポリタンの会場が満席なのには驚いた。角倉本人が進行するのだから手際いい運びとなった。寺田補佐官の話は政権交代後どんな事が霞ヶ関で変わったのかという話がメインで、私が聞きたい内容ではなかった。7月群馬県知事選をたたかう予定の後藤あらた県議、地元衆議院議員の発言があったが後藤さんの話が1番良かった。
 参加者の顔ぶれを見ると、角倉県議への期待の大きさがわかる。八ッ場ダムの建設に反対している人たちもちゃんといるし、社民党関係者もいる。
 政権中枢と直接の人脈があり、彼らと一定の関係を保っていることは評価できるし、歴史の歯車を前に回すよう働きかける事ができれば、一層すばらしい。しかし、関係が深いだけに現在の菅政権を持ち上げざるを得ない複雑な心境ではないかと思う。菅政権への批判は私がしますから安心して欲しい。
 選挙戦は「かどくらスタイル」で戦えばいい。微力ながらお手伝いしますから。

そして午後は前橋市内マーキュリーホテルでの「小川あきらを励ます会」へ。
今年還暦を迎えますます若くなった鬼石町の岩城女史と7階で中華のバイキング。
娘・あきらの「決起」にあきれているのか、さすがわが子と思ったかは分からないが、千葉県匝瑳市から駆けつけたご両親にあいさつし「励ます会」に臨んだ。
 石井一民主党選対委員長、宮﨑、桑原両衆院議員、後藤あらた県議、田辺誠さん、角田義一さんも揃う布陣は万全。会場も予定された椅子では足りない程の参加者があった。問題は集会内容、特に小川あきら本人の発言内容、姿勢だろう。
 これがすごい。話を聞いていた何人かは涙ぐんでいた。何故か。何の気負いもなく話すその中身が、今まさに私たちの社会が抱え込んでいる諸問題であり、その解決に向け20代の女性が果敢に取り組もうと決意した真っ直ぐな姿勢に大人達の気持ちが動いたのだろう。小川あきらさんの言葉が参加者の心をわしづかみにしたと言っても過言ではない。
 あの連戦錬磨の役者・石井一さんの視線が宙に釘付けになっていたように見えた。田辺さん、角田さんも「いいねえ、いいねえ」。そんなに良かったらお二人には全面的に支援していただきたい。

 矛盾あふれる現代社会をつくってしまったのは大人世代の責任だ。少なくとも20代の若者達にはその責任はない。しかし、大人達を責めることなくこの理不尽な社会の有り様を正そうと決意した28才の女性を目の前にして、私たちのとるべき道は何か。
彼女と共に進むことだろう。4月選挙に勝利することにより当面の大人達の責任を果たしたい。

 

2011年2月4日金曜日

伊勢崎市内で小川あきらさんを囲む小集会




2時から伊勢崎市内プランニング大地の2階で小川あきらさんを囲む小集会を開いた。何せ前橋市内に住んでいる人がいないという妙な顔合わせが面白い。レッドパージを受けた84才の小林悟さんや60年安保をたたかった高柳さんから一昨年衆議院選挙に挑戦した矢島笑鯉子さんまでの全世代、全産業代表のような強者の面々。それを知ってか知らずか小川さんも全く動ぜず自然に受け答えする態度はなかなかなもの。解散後も8人ほどが残り中身の深い交流になった。参加者の熱い想いが前橋市民に伝搬することを願うのみだ。
帰りがけ横田英明さん宅を訪ねると、思いもかけず著書「済州島四・三事件を生き抜いて」を頂いた。ありがたく読ませていただきます。

2011年2月1日火曜日

駐日セルビア大使館一等参事官が講演、小川あきら集会も決定


 群馬県立女子大学で駐日セルビア共和国大使館一等参事菅のスネナジャ・ヤンコビッチさんが講演した。当初はチュニジア共和国大使の予定だったが、チュニジアで政変があったため急きょ変更したものだった。
女子大での「国際理解と平和~平和について考える大使リレー~講座」によるものだが、今年度だけでも、南アフリカ共和国大使、オーストラリア大使、イエメン共和国大使、キューバ共和国大使、ロシア連邦大使、アルゼンチン共和国大使が来ている。一昨年のイスラエル大使の講演には映画「迷子の警察音楽隊」を観た直後だったので話題としても提供できた。
 玉村町にいて生々しい世界情勢を垣間見る事ができる。結構参考になる公開講座だ。今日の参加者は学生80人程度、一般参加者30人程度とか。

 話はグッと小さくなるが4月の県議選候補予定(前橋選挙区)の小川あきらさんの伊勢崎市での小集会日程が決まった。2月4日午後2時、伊勢崎市内(法務局のそば)のプランニング大地(㈱)(℡0270.30.1578)で行う。隣の小林悟さんや矢島絵鯉子さん、さらにサプライズな人も来るらしい。群馬の未来を見据えた集会になる予定なので時間の都合をつけて参加してください。

2011年1月30日日曜日

玉村チーム13位、「ガラス固化」という原子力専門用語を知っている小沢一郎

100キロ駅伝玉村チームは13位という電話報告があった。1位太田、2位高崎、3位伊勢崎だそうだ。玉村の後は14位藤岡ということだけの報告だったが、言葉ははずんでいた。何せでっかい市のチームと対等に渡り合えた自信だろう。達成感を味わうことは来年につながる。継続は力だ。

ところで、民主党の原子力政策に無関心でいられない。2030年度までに少なくとも14基以上の原子力発電所の新増設をおこなうという内容の閣議決定されたエネルギー政策。民主党全体として、原発の議論を深めたことはなく1部の推進派が主導権を取り、進めているのが実態。
2020年までに温暖化ガス削減を1990年度比で25%の削減を目指すという目標に関し、「原発は運転では二酸化炭素を出さない」として原発推進派に利用されてしまった。
前原誠司外相も「原発は安全かつクリーン」と主張している。しかし、「二酸化炭素の排出という意味で申し上げた」と言い、それだけで原発はクリーンと言い切る無邪気な民主党議員が多すぎる。 
 「暴走する民主党の原子力政策」という「金曜日」の記事から抜粋するが、1月17日、「小沢一郎懇談会」が赤坂で開かれた。「民主党はもっと自然エネルギーや代替エネルギーの開発に力を注ぐべきではないか」という質問に答えて小沢は言う。「原発はやはり過渡的エネルギーだ。低レベル放射性廃棄物も一杯になってドラム缶に入れてそれぞれの原発に置いているが、高レベル廃棄物に関し、ガラス固化の技術が完成していない。ガラス固化というのは日本ではまだ危ない。地下水がほとんど全国通じているので、割れると、全部地下水に入ってしまう。最終の高レベルの処理技術は完成していない。」
 これを聞いた記者・伊田浩之は驚いた。小沢の口から「ガラス固化」という専門用語がすらすらとでてきたことに対してだ。日本では、極めて放射能が強い廃棄物を「ガラス固体化」させ、(人がそばに立つと20秒ほどで死亡するとされる)、地下300㍍以下に「最終処分」する計画を持っている。しかし、そこには豊富な地下水があるのだ。

 小沢一郎を批判するだけでなく、単純・薄っぺら・困った君の原発推進議員連中を野放しにしておく方が危険だと認識した方がいいかもしれない。
 

2011年1月29日土曜日

群馬100キロ駅伝 玉村町チーム結団式


明日の100キロ駅伝に出場する玉村チームの結団式が2時から行われた。38000人の人口の玉村町から12人の選手を送り出すのは大変なこと。太田市にはスバルが、伊勢崎市には上武大学があり、スケールメリットもまるでない我が町はだからこそ自力で疾走する。仕事や卒論提出で結団式にも参加できない選手がいるなどアマチュアの雰囲気があふれるベストのチームだ。
昨年の11位から今年は8位を目指すという田中島務監督の鼻息も荒い。

丁度同じ時刻、前橋市内グリーンドームで後藤新県議の「新年のつどい」が開かれていたが、そういう事情で参加できなかった。先週、後藤さん本人から直接、電話をいただいたが、丁重にお断りし、連れ合いと友人に参加してもらった。なにせ、7月の群馬県知事選への出馬表明も兼ねた集会なので参加したかったが、残念だ。彼は50歳の若さの割には、落ち着いたものの考え方をし、広く物事をとらえることのできる人だ。いいと思うよ。

2011年1月23日日曜日

菅政権は朝鮮高校への「授業料無償化」を決断しろ。

 


昨年から積み残されていた忘年会を新年会に切り替え、朝の妙義山に浮かぶ月を目に焼き付け、仕事で埼玉県の比企郡吉見町に行った。互いに都合を付けての仕事だが、30分程度で終わったため、久しぶりに百穴に向かった。遠くへ行った時、時間があれば必ずその辺をうろちょろする習性があるのだ。
 
「吉見の百穴」は1300年前の古墳時代末期の横穴墓群で当然歴史遺産だ。そこを歩いて行くと大きな坑道の入口がある。地下軍需工場跡地だ。太平洋戦争末期、各地の軍需工場が米軍に攻撃され大被害を受けたので、この地に軍需工場を建設しようとしたのだ。戦争の論理、軍の論理は歴史遺産など関係なく、今の戦に勝てるか否かが一切の判断の基準になる。バーミヤン遺跡を爆破したタリバーンのようだ。事実、古墳時代の遺跡の相当部分を破壊し、地下に大坑道をつくり、本格的生産に着手する直前終戦となった。現在は百穴と軍需工場が合わせて歴史遺産のようになっているが、敗戦がもう少し遅れていれば、遺跡もろとも軍需工場が破壊されただろう事は予測できる。その意味で、ここにも歴史の教科書はある。そしてもう一つ忘れてはならない事は、軍需工場建設に動員されたのは、全国からかき集められた朝鮮人労働者という事実、3000人から3500人の朝鮮人は昼夜を通した突貫工事で、ダイナマイトによる発破などの危険な作業を強いられた。人海戦術の作業だった。敗戦後、掘削工事に従事した最後の朝鮮人の帰国に際し催された懇談会の席上、朝鮮と日本の平和を希望したムクゲの木を植樹することになり、今でもそのムクゲは育っている。

 大日本帝国の朝鮮植民地政策により日本に来て、強制労働に駆りたてられ、戦争に動員され、さまざまな困難を日本人以上に強いられた数多くの朝鮮人の子ども達、孫達が現在の在日朝鮮、韓国人だ。歴史的経緯からしても日本政府は彼らの生活保障に責任が有ることを自覚すべきだ。在日朝鮮人、韓国人に対してこそ真っ先に手をさしのべるべきと考えるが、何故、「高校授業料無償化」から朝鮮高校だけを排除するのか。
 こんな事をしているから日朝国交回復も「拉致問題」もその入口にさえ入っていけないのだ。在日の子ども達からうらみを買うような教育差別は未来に尾を引く。気まぐれな「支持率政治」でふらふらすることなく、「日本にいる子ども達の教育は均しく政府が責任を持つ」として毅然とした姿勢を示せばいいだけのことだ。菅政権はしっかりしろ。

 「記憶・反省そして友好」の追悼碑を守る会の要請書が送られてきたので、無断掲載する。



2011年1月16日
内閣総理大臣  菅 直人 殿
内閣官房長官  枝野幸男 殿
文部科学大臣  高木 義明 殿
                             
                                「記憶 反省 そして友好」の追悼碑を守る会
                              
    朝鮮学校への「高校無償化」即時適用を求める要請書
 今年4月に施行された「高校無償化」法から朝鮮学校だけが「一時除外」されている状態が、いまも続いています。これは民主主義の原則に反する重大な差別・人権侵害であり、また戦後ずっとつづいている在日朝鮮人の民族教育への弾圧の一貫であって、許されるべきことではありません。ゆえにわたしたちは、朝鮮学校への一刻も早い「無償化」適用を、文科省および政府にもとめてきました。
 昨年11月5日、文科省はようやく、朝鮮学校への適用の審査基準を「正式決定」しました。たびかさなる結論引き延ばしがあったにせよ、これ自体はきわめて妥当であり、評価されるべきことです。しかしながらその矢先の11月24日、前日におきた大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国との砲撃戦を受けて、朝鮮学校への適用にむけた手続きは停止させられました。わたしたちはその直後に、この不当きわまりない措置に責任のある菅首相、仙谷官房長官、高木文科相に、同措置への抗議と即時適用の要請を申し入れました(11月29日)。
 それから1ヶ月あまりが経ち、年も明けてしまいましたが、いまだ手続きは再開されていません。しかもそのあいだに、新潟、北海道など多くの道県ならびに市区町村の自治体が、朝鮮学校を無償化から排除することを求める意見書を決議し、朝鮮学校を「反日的」などと見なす悪質な風潮を煽っています。こうしたことにも、今回の政府による「手続き停止」は責任があります。昨年2月以降、政府があれこれと理由をつけて朝鮮学校への適用の是非を取り沙汰するたびに、社会や地方自治体で排外的風潮が煽り立てられてきました。それと同様、今回の「手続き停止」も、無償化適用を等しく受ける朝鮮学校生徒の当然の権利を妨げているだけでなく、在日朝鮮人全体への差別を煽り立てるものであり、二重に許せません。
 高木文科相は1月7日の記者会見で、「早ければ来週にも」手続きの再開について菅首相と話し合うと発言し、「年度内に無償化の是非を決めるのが難しいという意見もあるが、努力していきたい」と付け加えました。年度内に適用の是非を決めるためには、もう時間がありません。もし今年度に適用がなされないならば、朝鮮学校高級部を卒業する生徒たちに対しては、現在進行中の「適用除外」による差別を埋め合わせることが、永久にできなくなるでしょう。そうなる前に、一刻も早く、朝鮮学校への無償化適用手続きを再開させるべきです。
 したがって、わたしたちは日本政府および文部科学省に、以下の通り要請します。

1.朝鮮学校への「高校無償化」法の適用を、すみやかに最終決定すること。
2.朝鮮学校の教育内容に対して介入しないこと。
3.朝鮮学校への適用の審査には「外交上の配慮」を含めないという政府の方針を堅持し、日本政府と朝鮮民主主義人民共和国政府との間にいかなることがあろうとも、朝鮮高校への「高校無償化」適用の手続きを停止したり、これまでの決定を覆したりしないこと。
4.本来ならば「高校無償化」法が施行された2010年4月までに結論を出しておくべきものを、いまだ結論が出ていないという事態について、また、政府の態度が結果的に朝鮮学校への差別を煽ったことについて、朝鮮学校および生徒と保護者に謝罪すること。

2011年1月22日土曜日

連合伊勢崎地協新年会から「うなぎ仙龍」へ

プラザアリアで連合伊勢崎地協の新年会があった。伊勢崎市長、玉村町長の他、塚越紀一県議、矢島征司、多田稔両伊勢崎市議と私が連合議員墾議員ということで参加した。新年会はこの1年の活動について、特に4月県議選での塚越紀一さん5選へ向けての総決起が訴えられた。懇親の後半のビンゴ大会の盛り上がりは,男所帯としてはかなりのものだった。
終了後、帰ろうとロビーに出たら、2階の別の宴会を終えてきた定方英一伊勢崎議長とバッタリ遭遇、私と多田議員が人質となり、夜の町へ。2軒目に行ったところがなんと「うなぎ仙龍」、夜10時を過ぎてうなぎを食べるというのもすごいが、注文の仕方もすごい。そしてその店こそ私自身が探していた店だった。20年程前、八坂町の歩道橋あたりで営業していたお世辞にもきれいとはいえないうなぎ屋。店主が変わっていて、注文してからできるまで1時間はかかるが、急かしても「嫌なら来なくていいよ」という調子。お世辞一つ言わずにボツボツと嫌みを言うことも。そんなオヤジさんに何とはなしに惹かれる客もいるらしく未だに店は続いていた。老けてはきたが元気で鰻に串を刺す姿は健在だった。
 こんな妙なうなぎ屋の常連なんだから定方の親分はやはり善人だ。しかし、飲み方も食べ型も型破りなのには驚きました。

2011年1月20日木曜日

4月県議選に向けて各地で動き出す。


玉村町は無投票となりそうだが、周辺市では激戦が予想され各陣営もにわかに動き出した。
 18日は伊勢崎市内で塚越紀一後援会の新年会が300人以上の参加者を集めて賑やかに行われた。五十嵐伊勢崎市長や市議会議員そして角田義一弁護士も参加して大いに喝を入れてくれた。上滑りにならないよう攻めの運動をすすめる事を確認する会となった。

 19日は前橋の小川あきらさんと前橋市役所近辺の私の知り合いをあいさつ回りした。若いわりにしっかりした彼女の考え方や話しぶりに誰もが感心したようだ。「若い正義が群馬を変える」20代で社会の矛盾を正すべくまっすぐ見据える人を私の周辺では知らない。厳寒の季節、早朝から動きだし、弱音を吐かず、自分を信じ、市民を信じ、歩き続ける小川あきらさんの姿に、次第に多くの市民が突き動かされるようになってきた。近いうち一気に駆け上るぜ。

 そして20日夕からは、高崎市内の事務所で角倉邦良県議の選対発足会、田辺誠さんが寒い中、わざわざ駆けつけ県議と参加者を心を込めて激励していた。田辺さんの顔色も良く、参加者の面々の面構えもいい、4月選挙に向けた仕掛けもありそうなしまった会議だった。自律して選対が動き出している。その証に,私の2月の日程を早速入れられた。

2011年1月17日月曜日

小泉政権を上回る新自由主義政策内閣では困る

菅政権が内閣改造をした。奇しくも東京1区選出の海江田、与謝野コンビでTPPと消費税増税を企む布陣となった。
 TPPはもともと、シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイの4ヶ国が06年に結んだ自由貿易協定が発端をなす。そこにアメリカが参加し、オーストラリアなど計9ケ国で交渉が行われており、今年11月のAPECまでの妥結を目指している。アメリカは日本の「東アジア共同体」構想を潰すためにこの道を選択したのだ。
 最大の問題点は、関税の100%撤廃、これで農業は壊滅状態になり、農林水産省の試算ですら「国内1次産業の生産高は半減する」とされる。
「食料品が安くなるから農産物自由化を」というが、このことにより、安全と労働力の再生産費を下げることで、賃金の切り下げとなる。デフレはさらに加速される。
参加する9ヶ国と日本の国内総生産を合計すると、日米両国で9割を占める。実質的には、日米自由貿易協定、本質を言えば日米経済争闘戦といえる。事実、アメリカが要求しているのは、単なる貿易品だけではない。全ての金融・サービスや労働、社会福祉分野での規制緩和を強烈に要求してくる。日本郵政が囲い込んでいる膨大な金融部門、農協などが運営している大規模共済事業(保険)などをアメリカのハゲタカ金融資本に差しだすことを要求してくる。
「労働力移動の規制緩和」がうたわれ、国境を越えた安い労働力の移動が自由になる。それがもたらすものは、日本の労働者の低賃金・リストラ・解雇・労組破壊だけでなく、アジア人労働者の強搾取・奴隷労働化の道だ。国内では外国人排斥運動などが起こり、社会はいっそう荒む。
TPPは新自由主義の最たるもの、経済を大資本の自由にさせ人間はその尊厳すら奪われていく。
 そしてTPPそれ自身が「経済のブロック化」であり、戦争への道であることを歴史から学ぶ必要がある。現に新防衛大綱にみられるように軍事大国化へと舵を切りつつある。
 菅直人首相自身が東京選挙区、所詮、地方のことには無理解なのかもしれないが、あまりにも軽薄なのにはあきれている。自民党にすらできなかった事を民主党がやってくれるなら財界は大喜びだろう。

2011年1月13日木曜日

第84回キネマ旬報ベストテン


 土田君から早速ニュースが届く。平成22年公開の映画を対象としたキネマ旬報ベストテンが発表され1位が「悪人」という。彼は「そんなにいいとは思えないけど」としきりにぼやく。
しかしだ。2月13日に玉村町で上映する「ヒーローショー」が8位、「川の底からこんにちは」は第5位という。
高崎映画祭での評価(ヒーローショーで井筒和幸監督に最優秀監督賞)といい、この2本は少なくとも昨年の映画のなかで優れた作品の10本に入っていることは事実のようだ。
 荒んだ社会の現実を見据え描ききった作品としての評価だろう。若い人たちに観てもらい、今の社会を考えるきっかけになれば何よりの歓びだ。
 井筒監督には制作にかけた思いなどを話していただきたい。

 午後は前橋選挙区から県議選に立候補予定の小川あきらさんを紹介しながら市内を何件か回った。彼女は28才の女性弁護士だ。仕事などを通じて感じた理不尽な社会のありように若者らしいまっすぐな疑問を抱き、政治の問題として解決しようとの姿勢に賛同したい。20代の代表として体制に流される事なく凜と立ち上がった小川さんを本郷たかあき君ともども支援したい。

2011年1月10日月曜日

明日から本格的始動

 昨日は成人式、執行と議会の恒例の新年会、そして今日の消防出初め式を経ていよいよ明日から、この一年が本格的に始動する。
 仕事は勿論、大きな事から小さな事まで議員としての研鑽も積みながら、一日一日積み上げていきたい。今日も午前中は恩師宅への火事見舞い、午後は町内のお悔やみに行った。玉村物産館計画の是非についてJAの理事と話し合い、映画上映会への協力を町商工会長へお願いし、女子大教授による「小林一茶講演会」の企画を練った。

 昨夜観た4時間38分の「ヘブンズストーリー」はその製作の労力に関心した。構想の大きさとそれを形にすることは並大抵のことではない。瀬々敬久監督よくもまあこんな映画を作ったものだ。「ドキュメント頭脳警察」の監督でもあるという。
 復讐をしようと決意しても時が過ぎ、それぞれの生活環境やらが変わってくると、「いざ復讐の時」、意識の半分くらいは「もうやめようか」とお互い考えている。しかし、その時、お互い武器を持ち、挑発的な言葉や仕草が少しでもあると、一気に決闘になってしまう。どちらが死んでも誰も喜ばない。悲しみだけが増幅する。そんな微妙な人間行動を人間再生まで視野に入れて映像化したものだ。錯綜する人間の相関関係も描き出した第25回高崎映画際最優秀作品。
なお2月13日、玉村町文化センターで上映する「ヒーローショー」は井筒和幸監督の最優秀監督賞受賞作品だ。