みんな寿命を全うしようぜ

みんな寿命を全うしようぜ
西表島で会った昼の蝶

2012年11月20日火曜日

玉村町産業祭・「温故知新」を楽しむ/赤煉瓦倉庫

賑わいの産業祭

小慧さんに名前を書いていただく。赤煉瓦倉庫


すごいですよ

 大賑わいの産業祭だったが、役場から少し離れた赤煉瓦倉庫での「温故知新を楽しむ書展」に顔を出した。
書道とはまったく無縁なのだが、それ故、字のうまい人、筆の達つ人にはどうしても惹かれてしまう。
 会場には漢詩、楷書で小さな字を並べる「小楷作品」などがたくさん展示されている。違う字体の書もある。
 教え子のみなさんがその展示を手伝う姿はなんともほほえましい。
 気さくに何かの縁だからと名前を書いていただいた。
小慧こと羽鳥美晴さん、大変興味深い人だ。

2012年11月18日日曜日

女子大「芸術の現場へ」・・『フタバから遠く離れて』の上映

 県立女子大学の馬場教授から連絡が入った。

 これまでの授業「上映の現場で」で学生が主体となって6回の自主セミナーと3本の震災映画上映会を開催してきたが、いよいよ最後の企画が決定した。

上映日時
11月21日(水)午後4時30分群馬県立女子大学文学部棟第一教室

上映作品『フタバから遠く離れて』・・(原発を持つ国の話)公開後静かな反響を呼んでいる舩橋淳監督作品
上映後、舩橋監督と三浦哲哉氏の対談有り。
福島の現実を知り、今、何が必要か考えて欲しい。

 是非、足を運んでください。




2012年11月17日土曜日

今年の飯倉地区作品展

菊の花に囲まれてご機嫌

密照さんご自慢の小作品

満展開の枝ぶりがお気に入り(密照政彦作)

このしなり具合がなんともいい(密照作品)

自然界のバランスが絶妙に表現されている作品(密照作品)
 今年で7回目になる飯倉地区の作品展が今日、明日と飯倉公民館で開かれている。
 桜井先生の味わい深い切り絵がこの作品展を象徴しているが、写真、絵、花、盆栽等と出展作品は年を追うごとに多くなり多様化している。
 見に来る人も飯倉だけでなく町内全域にひろがり、作品展を自分の地域で行うところも出てきた。
 この町には実に多彩な人がいることを改めて教えてくれている。

2012年11月15日木曜日

全国町村議会議長会全国大会から〈だいちのワンマンライブ〉へ

歌い込むだいち
フィナーレは賑やかに

両親も満足の様子

 榛東村議会の髙橋正議長が全国町村議会議長として取り仕切る全国大会を応援しようと玉村町議会は全員でNHKホールへ詰めかけた。
途中の大渋滞で開始時間には間に合わなかったが、来賓紹介あたりから全議事を傍聴した。
 政局も混乱している中での大会は大変なこともあったろうことが予想される。
 大会終了後、あいさつに来た髙橋さんの姿はすがすがしかった。
 その後の講演は神野直彦東京大学名誉教授。
 小さな自治体の広域連合の意味を財政も含め、わかりやすく話した。
 競争一辺倒の社会の弊害を憂い、命の共存できる分権型社会をつくり、そこから国、世界へとつなげ連携していくという考え方。
 これが新自由主義の行き詰まりを打開する道という講演内容に我が町の議員も賛同の声を上げていた。
 
 その後、ひとり恵比寿LIVE GATEへ。
小林日出幸さんの長男、だいち君の初めてのワンマンライブだ。   ヘアメイクや衣装までキチンとした担当を置き、3ステージに分けてのライブはなかなかなもの。
 5月に買ったCDで聞いていた曲もあり、歌のうまさや間の持たせ方もいい。
 会場の雰囲気やだいち君を取り巻く仲間の良さもみせてもらった。
 一人で生きるには寂しい都会で仲間と前向きに生きている若者達の姿を見ることができた思いだ。
 来年あたり玉村町でもステージを準備しようか。
 
 
 
 
 

2012年11月13日火曜日

沼津市、御殿場市を文教福祉常任委員会で視察

箱根仙石原のススキ
こういうのが似合う浅見議長



御殿場市民交流センターふじざくら
御殿場アウトレットから見た富士山

 中央公民館を数年前取り壊して以来、なにかと住民交流の場が不足している玉村町にとり、福祉センター、町民交流センターの開設がどうしても必要との思いで探した視察先が沼津市のぬまず健康福祉プラザと御殿場市民交流センターふじさくら。
 参考にするならいいものをということで行ってみたが、さすがに広さといい、機能性といい玉村町で現実に建設するには比較にならない規模のものだった。
 しかし、そこで働き、集い利用するのは地域で住んでいる人たち。
 文化、健康、芸術など豊かなコミュニテーを生み出す身の丈に合った施設を目指せばいいのではないか。
 その意味では大いに参考になった。
 
 

2012年11月11日日曜日

一条さゆり・濡れた欲情 シネマテークたかさき

 昨日から始まった「生きつづけるロマンポルノシリーズ」は日活ロマンポルノ映画特集。
 1971年、斜陽期にあった映画産業の中、「映画の灯を消さない」ためチャレンジしたのが日活ロマンポルノ。
 若手クリエイター達が自由に腕を競った作品は路線終了の88年までの17年間に実に1100本。

 早速、観たのは「一条さゆり・濡れた欲情」。
出演は一条さゆり、伊佐山ひろ子。
 引退を控えた伝説のストリッパー一条とスターを目指すストリパーの日常をエネルギッシュに描いた神代辰巳監督作品。
 彼女たちとそれを取り巻くチンピラのヒモ連中のつながりが極めて人間的でゆかいだ。
 警察の手入れを何度となく受け、罰金を払いながらも、生活のため、喜んでくれる客のため、けなげに芸を磨く姿も愛らしい。
若きカフス・ボタンも出演している。
 わいせつ物陳列罪で起訴された一条さゆりの事件に関して言えば、庶民のささやかな喜び、楽しみに権力は介入するな、という空気が地に満ちていた時代だったということ。 
 ホテルの回転ベッドもでてくる。あんなに早く回っていて目が回らなかったのかなあ。そもそも目が回るくらいのことをしていたので気にもならないのか。
 ピンク映画といっても今のアダルトとは大違い、人情や町の風情を豊かに表現している芸術作品だ。
 花瓶やら扇風機がちゃんといい場所に置かれていて目隠しをしているのもおかしい。

「恋人たちは濡れた」「白い指の戯れ」「濡れた荒野を走れ」「おんなの細道・濡れた海峡」、谷ナオミ主演の「生贄婦人」など選び抜かれた絶品全14本がシネマテークたかさきで23日(金)まで上映される。
 寄ってください、観てください。触っちゃだめよ。

午後、貫井玉村町町長のお母さんの告別式に参列。気持ちの入れ替えは得意技。

2012年11月10日土曜日

昭和村議会との交流会の最中、玉村町に井筒監督急襲

紅葉の昭和の森山荘

今が盛りのりんご園



一方、ホルモン屋へは突然、井筒監督の来襲
 玉村町議会は朝からの部隊、午後からの部隊そして夕方の交流会に間に合わせる部隊の3つに編成して昭和村に向かった。    私は交流会のみの二人組、夕方、山荘に着いた感じは、まるで秋の京都に来たような雰囲気だった。山荘の周りは紅葉で囲まれ、いやあ秋だなあ、と感じさせてくれた。
 昭和村は玉村町から車で1時間ほどの距離、高度もあり野菜、果実の栽培には適地だ。
 議員も農家の人が多い。規模も大きく独立しているのでそれぞれしっかりした経営感覚や理念をもって農業経営を営んでいることがうかがえる。
 今朝は、昭和村議会事務局と議員にリンゴ園まで案内していただき、リンゴ狩りを楽しんだ。
 広大な畑で農作業をする大勢の人たちを見たとき、高地農業の神髄を見たような気がした。
 
 帰りがけに着信があったのに気づき、かけ直すと井筒和幸監督が、土田邸に宿泊し帰るところだという。
 昨夜はホルモン屋で気心の知れた仲間を呼び出し、ご機嫌に放談をしていたらしい。秋さんこと秋山局長も登場、その奔放な話の様子は想像できる。
私自身、「黄金を抱いて翔べ」を観ていたので、帰り際、若干の感想を話した。
 映画製作という大仕事の後なので、気を紛らわすには土田社長との与太話が楽なのだろう。
                      再見。
 
 
 
 

2012年11月8日木曜日

玉村町映画・漂泊製作委員会会議

会議にも熱がはいる

会議の後はいつもの懇親会、これが大事
 
 小林代表は療養中だが、映画「漂泊」の製作に向け新たな製作委員も加わり、綿密な会議を持った。
 当面は12月6日のメデイア発表と来年2月のオーデイションが勝負だ。
 その前に後援、製作協力体制の確認をしなければならない。
製作委員は素人衆の集まりだが、これがまたいい。女子大生の一層の参加を促したい。
 藤橋誠監督も忙しくなっているようだが、同じ仕事人、少しくらい忙しい方がいい仕事ができることはわかる。
 ということで、12月忘年会の日時をキッチリ決めて締めた。
 
 
 

2012年11月7日水曜日

上州鬼石の桜山ライトアップ2012

ぼちぼち咲き出した冬桜
池に映る姿も美しい
荘厳さ感じさせる紅葉
 
 今年も来ました、上州鬼石の桜山。
霧模様だがライトアップされた桜山全体が美しく映えている。
紅葉もライトに染まりいっそう美しく夜を飾る。
冬桜はこれからだが、ぼちぼち咲き始めた。
いつもの光景に今年も会えた。
静かな夜の散策コースとしては最適といえるだろう。
霧模様のためか数人しか見かけなかったがここは穴場、是非、足を運んで欲しい。
秋山局長からみかんを一袋頂いた。
「北限の三波川みかんもうまいよ。宣伝してよ」
9時半まで山に詰めるという。
 
11月18日 桜山公園冬桜モデル撮影会
12月1日  湯原昌幸歌謡ショー
12月2日  冬桜ウオーク
12月17日 俳句大会
 ライトアップは12月17日(日)まで。
 


2012年11月6日火曜日

石関たかしの会計書類持ち逃げを許すな。

 ただただ国会議員でいたいだけのネオリベ・石関たかしが民主党から逃亡し、極右政党・日本維新の会へ逃げ込んだことは多くの人の知るところだが、未だに民主党群馬県総支部連合会の会計帳簿、預貯金、領収書等を返却していない事実が判明した。
 政治資金規制法第15条に基づく会計事務の引き継ぎは15日以内とある。
 この7年間、石関たかしが民主党群馬県連の会計まで私物化し、食い物にしてきた実態が明らかになるので引き渡せないのだ。
 退職した事務職員も総支部連合会の書類を持ち出しているという。
 新執行部はトコトンこれらの事実を究明し、石関に断固とした責任をとらせる必要がある。
 このような最悪の人物を衆院群馬2区から国会に送り込むわけにはいかない。
 必ず落選させてやる。同志、知人、友人、家族そして選挙区のみなさん。石関落選の大運動を推し進めよう。

2012年11月5日月曜日

まだまだ元気な還暦同窓会



86歳の小此木先生もお元気です

2年後の再会を期して手締め
毛呂先生宅で柿を撮る金子和夫


毛呂先生宅へお迎えの一行

 「人生これからが味わいどころなんだよ。好きなことを見つけて楽しみなさい」とは小此木先生の弁、毛呂先生も話しているうちにみるみる元気になり、「おまえ達と次の同窓会も会えそうだ」ときた。
 区切りがいいので今回の還暦同窓会で恩師を呼ぶのは終わりにしようとみんな思っていたが、この勢いでは次回も会えそうだ。
 同級生で死亡したのが3人、何とかここまで各人生きてきたが、先生を見ていると、まだまだこれからと実感する。
仲間も各地で年を重ね、役者ぶりも目についた。
集うところは伊勢崎ということか。
 川田に代わり次回は木暮清が幹事長、一年に4度ほど季節季節に、70代のダンサーが経営する居酒屋友栄で顔合わせしながら、高校同窓会は継続しそうだ。
 

2012年11月3日土曜日

11月最初の高崎駅西口金曜日集会

小林旭の歌の替え歌で盛り上がる

AKOさん中心に脱原発コール
 11月最初の高崎駅西口金曜日集会も6.70人の人が集まり、脱原発をしぶとく闘うぞ、と訴えた。
 昨夜は全国を自転車で移動しながら、脱原発、平和、自然保護の紙芝居行脚をしているAKOさんも参加した。
 11月に入るとさすがに夜は寒くなる。
しかし、毎回、違った顔ぶれも2割くらいあり、無理のない参加形態、口コミ、フェイスブック等の情報が相当届いているようだ。
 とにかく国会レベルでは原発推進派がまだまだ勢いがあり、まして安倍自民党などに政権を任せたら、福島原発事故など全くお構いなしに原発政策を推し進めることは間違いない。
 地域からの草の根運動の大盛り上げで反撃開始だ。
なにせ99㌫の側にいるのだから、本気で怒り出せばものすごいパワーとなる。
 12月23日(日)は今年最後の「原発なくてもエエジャナイカ大行進」を高崎市内で行うことが決まった。
 
 

2012年10月30日火曜日

議会広報づくりの全国研修会をぎっしり2日間

全国から結集した町村議会広報委員
 6年ぶりだろうか、広報委員として6人のメンバーで第77回町村議会広報研修会に参加した。会場は東京・砂防会館別館会議室。
 議会広報は本当に必要か、と挑発的に講義をした半沢幹一共立大学文芸学部教授、編集・レイアウトのキーポイントをわかりやすく説明した吉村潔さん、撮影方法と表現方法を写真を見ながら具体的に話してくれた川西正幸さん、どの講義も大変勉強になった。
 議会だよりをつくる委員会に入るくらいなら、議員になりたくないという人もいるほど、敬遠される委員会だが、つくり出してみると、なかなか深いものがあり、もっと知りたいという傾向になってしまうから愉快だ。
 我が町の議会の広報委員も例外ではなく、「ほどほどでいいよ」のタイプだが、昨日の研修で、面白さも感じたようだ。
 そして今日の分科会は、「議会だよりクリニック」。
講師の吉村さんが具体的に評価し改善点などを指摘してくれた。
 取り上げられたのは「栃木県・那須町議会」「長野県・高森町議会」「兵庫県・猪名川町議会」「高知県・四万十町議会」「佐賀県・白石町議会」「熊本県・菊陽町議会」そして玉村町議会の議会だより。
 「住民が読みたくなる議会だよりに向け、こんな研修を毎年しているとはすごいね」とは、はじめて広報委員になった村田委員長の弁。
 市議会や県議会では議会広報は議会事務局がつくっているはず。
 その意味では、町村議会の議会だよりは、議員のぎこちないがぬくもりも添えてあることを知って欲しい。
 
 昨夜は、みんなで浅草演芸場で寄席を楽しみ、その後、牛すじの店に立ち寄り、ビール、ホッピー、焼酎のコーヒー割など各人好きなものを注文しながら、庶民の江戸を楽しんだ。
 
 
 


2012年10月28日日曜日

各地で秋の催し

秋山局長は商売上手



総合芸術展の様子

 文化、芸術、食の季節・秋ということで、連合群馬の定期大会の後、高崎問屋町での「上州どっと楽市」に顔を出し、鬼石商工会の秋山局長の奮闘ぶりを拝見した。
会場は大賑わい、アイスクリームシャーベットと小さなサツマイモ(3センチ程)の焼き芋、ポップコーンの販売だ。
 局長のまるで商人のような軽さには、さすが伊達に年齢を重ねていません。
 
 その後、玉村町文化センターでの総合芸術展(玉村町文化協会主催)を見学、子供から老人までの作品、その出品数の多さには、毎年ながら驚かされる。
深いところで、町の文化は育っていることを確認できただけでもうれしい。
 
「上州どっと楽市」「玉村町総合芸術展」の今日28日まで。
 

2012年10月25日木曜日

《「夭折の詩人 長澤延子・中沢清 展》吉岡町図書館

 戦争と終戦直後の混乱期を足早にかけ抜け、たった17歳で自ら命を絶った長澤延子。
 残された詩や手記には懸命に生きた彼女の17年間が表現されている。

    友よ
私が死んだからとて 墓参りなんかに来ないでくれ
花を供えたり 涙を流したりして
私の深い眠りを 動揺させないでくれ

私の墓は 何の係累もない丘の上にたてて
せめて空気だけは 清浄にしておいてもらいたいのだ
旅人の訪れもまばらな 高い山の上に・・・


 中沢清にとり、詩や絵画は宇宙を感じ取り、そして表現するための手段だった。中沢清の詩を読み、絵を見つめることにより、中沢が信じていた宇宙へと通信する。

 僕らは世界を変えなければならない
 僕らはその激しい移り変わりの時代に生まれた
 世界がその古びた衣装を全く捨てねばならぬ時に
 だからといって友らよ
 ぼくらに北十字を殺すことができると思ってはならい
 ぼくらは ぼうぼうの夜の野原に あかりをともす者だ

 「夭折の詩人」の詩を読むのもいい。
彼らの感性と才能がその時代に触れ共鳴もしたろうし、拒否もされただろう。
しかし、生きることを拒否してはいけないとつくずく思う。

 今日、石原慎太郎が東京都知事を辞職し、新党を結成し、「念願」の憲法改正に向け最後のたたかいを開始すると言い出した。
 80歳の無責任右翼老人の元に老いぼれた右翼老人たちが集まり、時代錯誤の「憲法改正」に向け突っ走るというのだ。
 困ったことに出てくる新党は右翼政党ばかり、若い連中も「戦争ができる国」目指して憲法改正を迷いなく訴える。
 この一連の動きは歴史を前に進めるものではない。
まさに逆行、倒錯の極みで、世界から、アジアから孤立する道を歩むことすら理解できない最悪の反動行為だ。
 感性豊かな若者が現実に失望、絶望したとき、無遠慮で一面的価値観しか持たない右翼連中が跋扈し、暗黒の歴史を再現しようとする。
 若者は死んではならない。
老い先短い老いぼれ右翼に未来を蹂躙させてはならない。
 未来は若者のものだ。

2012年10月24日水曜日

群馬県町村議会議員研修会・吉岡町

高橋正全国町村議会議長会会長

江藤俊昭山梨学院大学大学院教授

片田敏孝群馬大学教授
 年に一度の群馬県町村議会議員研修会の会場は恒例の吉岡町文化センター。
 高橋正榛東村村議会議長は現在、全国町村議会議長会の会長。
 今年の研修会は特にいいよ、と言わんばかりの顔で玉村町議会の席にあいさつに来た。
 江藤俊昭さんは「住民自治の根幹としての議会」と題し、丁寧に話をすすめた。
 もう一人の片田敏孝さんの話は「想定を越える災害にどう備えるか」。
 実際、釜石市での防災教育の実践が多くの人たちの命を救ったこともあり、大きな関心が示された。
 群馬県は火山爆発等自然災害の危険性がたくさんあることを強く指摘、「群馬安全神話」からの脱却を訴えた。
 釜石市では防災教育を受けた子供たちが、親や祖父母を救った事実を示し、大人がキチンと防災への対応を子供たちに示さなければいけないと主張した。
 確かに二人の講演内容は豊かだった。それをどう生かしてゆくかが問われてくる。

  議員16名が2代の車に分乗し、ロイヤルホテルのバイキングで昼食をし、吉岡町に向かったが、車中、「中国の様子はどうだった?中国のどの辺に行って来た?安全だった?」と興味津々の様子で聞いてくる。
「北京を起点とした北東アジア方面、親善訪問だから勿論安全、近隣諸国と仲よくできないような外交ではいけない」と今日のところは話しておいた。
 

2012年10月21日日曜日

「鬼に訊け」(宮大工・西岡常一の遺言)群馬会館で上映」


  評判の映画「鬼に訊け」が10月28日、群馬会館で午前10時、午後2時の2回上映される。
 「1000年の檜には1000年の命があります。建てるからには建物の命を第一に考えなければならんわけです。風雪に耐えて立つ、それが建築の本来の姿やないですか。木は大自然が育てた命です。1000年も1500年も山で生き続けてきた、その命を建物に生かす。それが私ら宮大工の務めです。」
 明治41年奈良県生まれの西岡常一。法輪寺三重の塔、薬師寺金堂・西塔の再建を棟梁として手がけ、飛鳥時代から受け継がれていた寺院建築の技術を後世に伝えた「最後の宮大工」。平成7年没。
 シネマテークたかさきで一度観たが、この機会にもう一度観る。

 北京・平壌の旅行から帰って3日ほど、時差はないが、色々感ずるところもあり、それに浸っているといえば聞こえはいいだろうか。
 きれいに清掃された平壌の街並みに比べ、我が家ときたら草だらけ。秋になれば枯れるだろうと放っておいたが、勢いこそなくなったがまだまだ青々としている。
 少しは草むしりをするか、と始めたものの1時間程度で、疲れ、そして飽きてしまった。
 雑な性格が自分でもよくわかる。これでよくもこの年まで世渡りをしてきたものだ。

 
平壌・朝の通勤風景
 疲れたときはどっぷり岡林信康がいい。「チューリップのアップリケ」、「手紙」、「もずが枯れ木で」、「私達の望むものは」そして「自由への長い旅」。
 
[いつの間にかわたしが わたしでないような
枯れ葉が風に舞うように 小舟がただようように
わたしがもう一度 わたしになるために
育ててくれた世界に 別れを告げて旅立つ
信じたいために 疑い続ける
自由への長い旅をひとり
自由への長い旅を今日も]
 
 

2012年10月20日土曜日

水戸天狗党・下仁田戦争始末記 大塚政義講演会

満席の会場に話にも力がはいる

撮影は秋山局長
 清水市へ次郎長の生家を見に行った時から聞いていた藤岡市神流公民館での水戸天狗党の講演会へ秋山局長と二人で聴きに行ったが会場は満席。何人かの知り合いもいた。
大塚先生の話は相変わらず冴えていて、午後の眠い時間帯にも係わらず、聴く人を飽きさせない。
 藤岡から群馬県に入り吉井、富岡を通過するときの様子、そして下仁田での高崎藩との戦いを詳細に話し、戦争悲話や水戸本陣桜井家女将のはまさんが武田耕雲斎ら天狗党幹部を一括した話、処刑場で首を打つ現場で「そんなに畳を血で汚すなら畳代を上げろ」と要求し天狗党猛者を驚かせたお縫いばあさんのことなど見ていたように話すのはおかしかった。
「遠くで見ていました」とは大塚先生の弁。
 剣術の達人の多い高崎藩に比べ天狗党は銃を使い対抗した。
下仁田戦争に勝利した天狗党は長野県和田峠で諏訪・松本連合軍と戦い真冬の街道を徳川慶喜を頼りに西に進んだが、慶喜は「党派の争い」として冷たく突き放し天狗党の期待を打ち砕く。これは武田耕雲斎の見通しの甘さと指摘する。 
 豪雪の蠅帽子峠越えと新保での加賀藩の厚い待遇。
百万石の加賀藩で厚遇の中、正月を迎えたが、幕府への引き渡し後はニシン倉に押し込められ、結局353人が首をはねられる。     
 婦女子・子供を含め総勢925人の天狗勢は下級武士や神官、農民も混在した反乱軍で騎馬武者150人、歩兵700人、鉄砲隊を持ち大砲15門も引いていた。
 筑波、那珂湊で幕府軍を打ち破ったこの武装軍団が1000キロに及ぶ大行進をしたのだから、これ自体で幕府の面目丸つぶれ。
とにかく幕末の水戸藩は壮絶だった。
天狗党といい諸生党といい、水戸藩の英傑のほとんどは「維新の祭壇」に祭られ、新政府には誰の顔も見えない。
そこの徹底性に惹かれてしまう。
 最後に先生は言う。
「歴史を動かしたのは西郷隆盛、坂本龍馬らではなく農民や民衆だ」
 
 「玉村町でも講演しますよ」とは講演後の大塚先生、昭和13年生まれのとてもお元気な人だ。
 
 
 
 
 

2012年10月19日金曜日

映画「漂泊」のマーク決まる

 北京を起点とする北東アジアの旅行については後日報告するとして、日本へ帰ってみれば、外国人から献金を受けたとかで田中法務大臣が逃げ回っているではないか。
見苦しいの一言だ。
民主党の人材難もいよいよ極まったようだ。
 攻める自民党石破幹事長も外国人からの献金が発覚し火消しに懸命だ。
「身ぎれいさ」ばかり競っていないで深みのある政治を追求しないといよいよ日本落日となるだろう。
 
 実態はほとんどの国会議員は「外国人」からの献金を受けているのではないか。これは何を意味するのか。
 多くの在日台湾人、韓国人、朝鮮人、中国人が日本社会に溶け込んでともに社会を構成していると言うことだろう。
 今後、日本の少子化と並行して進行するのは、外国人労働者の急激な増加だ。
 長い期間が経てば、当然、日本社会は変容し、外国人参政権の問題は必ず起きる。
 そのときの心づもりをしていてもいいだろうに、建前論に終始し、互いの足を引っ張り合い、まともな政治が進まない。
 このレベルの国会議員を多数抱え込んでしまったこと自体が「国難」だ。

 沖縄で女性が複数の米兵に乱暴されたニュースを聞いた。
オスプレイ配備といい、絶えることのない米兵による女性暴行事件といい、これに対して弱々しい「抗議、懇願」しかできない政府に何が期待できようか。

 
 藤橋誠監督から映画「漂泊」のマークが届いた。これを活かしながら映画製作を進めよう。



 

2012年10月11日木曜日

トガニ/幼き 瞳の告発  シネマテーク高崎

〈不条理な社会に変わらぬ良心の力で立ち向かう若者たち。
その純粋で果敢な姿に未来への一筋の希望を見た。〉と蓮池薫に言わせる映画「トガニ」を観た。
 ある聴覚障害者学校で、2000年から6年間、校長を始め教員らが複数の生徒に性的虐待を行っていた。
2005年の事件発覚後も加害者は、教壇に立ち続けていた。
 その事実に怒りを感じた韓国人の人気作家コン・ジョンが事件を題材に小説を発表、大ベストセラーになる。
 更には小説を読み大きな衝撃を受けた俳優コン・ユが映画化を熱望してできた作品が「トガニ」。
 韓国で公開されるや460万人の人々が劇場に足を運び、不条理な司法制度を批判し政府を動かすまでに発展、一大社会現象を巻き起こした。
 映画を観た李明博大統領は「意識改革の必要性」を国民に呼びかけ、事件の再調査、法律の改正、実在する学校の廃校にまで進んだ。
 俗に言う「トガニ法」だ。
国家を動かした「トガニ」は必見の作品。
 シネマテークたかさきで10月26日まで上映中。

2012年10月9日火曜日

燈籠宵まつり/玉村八幡宮

藤橋監督も納得の舞

龍舞衆の龍舞

1800本の燈籠

雅楽の舞

 昨夜の玉村八幡宮の燈籠よいまつりも今年で5回目。
まちづくり玉村塾が中心になり企画運営しているが、年々見事になる。
今年は昨年よりかなり多い1800本の燈籠を境内に並べ幻想的な雰囲気を醸し出した。
 天かける龍の舞や雅楽の演奏と舞も披露、遠い昔を偲ばせてくれる秋の宵となった。
 町の中心部でささやかながらこのような息づかいを感じることができ嬉しい。
この企画にも多くの人の協力があることを認識したい。
 来年、町映画「漂泊」を制作する藤橋誠監督も熱心にカメラを回していた。イメージが膨らんだようだ。


2012年10月8日月曜日

還暦同窓会の幹事会は年金相談会となってしまった。

年金相談会と化した幹事会
11月3日の高校同窓会に向けての最後の幹事会をいつもの居酒屋友栄で開いた。
 居酒屋友栄は伊勢崎市三光町にあり、夜の繁華街(いわゆる緑町)の一番西に位置している。
 緑町と言えば、数年前までは酔客で町も賑わったが、「浄化運動」の結果、「怪しい店」どころかその一帯に人が寄らなくなり、「怪しくない店」まで閉店に追い込まれている。
 行政の手加減ひとつで地域が衰退するいい例だろう。
しかし、我が同窓会幹事会の集合場所は、状況が変わろうと居酒屋友栄に決め決して他の店には行かない。
 高齢のダンス指導者のママが頑張っている限りおつきあいする、との暗黙の決意がある。
心地良く飲める店で気楽に集まりたいということ。
意地で店を維持している姿勢に共感、少しでも応援したいということ。こちらも意地だ。

 その幹事会、当日の役割などを20分ほどで決めた後、自然に年金の話題になっていった。
60歳とはそういうことなのだ。
各人、年金の支給環境が違うので疑問を持っているのだろう。
社会保険労務士をしている木暮清は無料相談員といったところ。
「同窓会の出席率が悪いので、木暮の年金相談会とその後の同窓会]にしようか、との声も上がった。


2012年10月6日土曜日

「厚い手のひら」井上優さんからの一冊・高崎駅前金曜日集会

深町節炸裂

詩人井上優
 
色んな人が参加する金曜日集会となってきたようだ。
 夕方、伊勢崎の深町さんから電話があり、「これから電車で高崎へ行く」との連絡があり、遅れて会場に着くと、マイクを握り講釈を垂れる深町さんの姿。
元気なお姿を拝見しホッとしつつ〈話が脱線しはみ出さなければいいのだけど〉という一抹の不安を抱いた。
その不安は案の定だったが、この日はまだまだましな方、とにかく真っ直ぐ元気でいてくれて良かった。

 
 会場で金さんから紹介されたのが詩人・井上優さん。いきなり「厚い手のひら」という本を、どうぞ、ということでいただいてしまった。
頂いただけでは悪いので、別の「脱原発・自然エネルギー218人詩集」一冊を買い込んだ。

 集会後、何人かでたまには軽く飲もうということで居酒屋に潜り込み、「現代社会の分析」を話の種にしていると、井上さんが隣のテーブルの客と話し出し、あまり部数もない貴重な写真集を差し出している。
「原発問題を理解していない人にあげてもしょうがない、もったいない、意味がない」と言われても、「そうですかね」といった調子。
 繊細で無防備な詩人・井上優、そんな感じだ。
金曜日集会に集まる人を見回すと、無防備さは共通し、熱い思いも共通する。
 夕べの8人衆は職場、住む地域は別で、何で繋がっているのかと考えたくなるメンバーだった。初めて会う人もいた。
しかし、楽しく有意義な話ができたのは共通の思いがあるからだろう。
 11時になったのでツッキーと一緒に帰ろうとしたが、ツッキー自身がまだ話し足りないとのことなので、他の人を残してひとり帰った。一番早く帰るなんてやはり年かなあ。
 こういう繋がりが実は必要で以外に強いものかもしれない。


井上優の詩集「厚い手の平」からひとつの詩を紹介する。

〈100ミリシーベルトの悪魔
被曝許容の世界基準は 年間1ミリシーベルト(国際放射線防護委員会ICRP)

福島県放射線健康リスク管理アドバイザーY教授の言説は
年間100ミリシーベルトでも大丈夫

そのために どれだけの福島の子供達が
逃げられなかったのか

10年を待たずに 結果が出てしまう

ドイツで『日本の子供を救え』15万人デモ

愛を組織しなければならない

悪魔に打ち勝つまで

ICRPは原発推進組織、そのICRPですら1年間の放射線許容限度を成人1ミリシーベルトとしている。子供は0.1ミリシーベルト、胎児はについては0.01ミリシーベルトとなる。
福島が危ない。