みんな寿命を全うしようぜ

みんな寿命を全うしようぜ
西表島で会った昼の蝶

2011年10月30日日曜日

高崎・たまごホールで小出裕章講演会

榛名町での連合群馬の総会に引き続き、夕方、たまごホールでの京都大学原子炉実験所の小出裕章さんの「原発のウソ・汚染の真実」と題した講演に参加した。
生活クラブ生協主催の講演会で、この間の反原発運動人脈で参加させて頂いた。澤浦司法書士も来ていて、放射能、原発事故に対する怒りと不安を多くの人が抱きながら生活していることを改めて実感した。宮田恵さんにもまた会った。会場は満員。
 小出さんは40年以上原発に反対していただけあって、出世はできないが、信念は強いものがある。

止めることができない崩壊熱、
大気中に放出されたセシウムは広島原発の170倍と政府は報告しているが実態はそんなものではなく倍くらいはあるだろう。
使用済み燃料プールの今後の危険性、
核のゴミの捨て場がないのに原発を推進してきたことの罪、
強制的に避難させなければならない地域の第1次産業は残念ながら崩壊する、など丁寧に説明しながら、原子力はエネルギー浪費社会の象徴であり、エネルギー浪費社会は持続可能ではない、福島原発事故の最大の犯罪者は政府である。
そして原発に関し何の関係もない子ども達を守ることが最大の課題と主張し、この事故の教訓は原発の息の根を止めることに尽きると断言する。
良心の学者の思いを聞くことのできたひとときだ。

2011年10月28日金曜日

玉村町議会・浅見たけし新議長誕生

玉村町議会は宇津木前議長の辞職を受け、新議長に浅見たけし議員を選任した。今後2年間玉村町議会を代表することになる。何の問題もない、大丈夫ですよ。皆様方に絶大なご支援をお願いします。

 27日から、意を決して経済産業省前で福島の女性を先頭に反原発行動が果敢に行われ、群馬からも参加している。南條倖司さんの奥さんの歌声が周りに響いていた。「お休み、原発静かに眠れえ」
原発事故ですべてを失う人々が膨大に生まれようとしているのに、無関心でいることは罪深いことだ。まして原発再稼働、原発輸出そしてTPP締結などもってのほか。
 立ち上がった女性たちの座り込み行動は11月5日まで続く。

2011年10月26日水曜日

吉岡町での群馬県町村議会議員研修会

群馬県町村議会議員研修会へ参加するため会場の吉岡町文化センターに行く途中、どこかで昼食をと車を走らせていると、工事中の道の横に「陽なた坂じゅじゅ」という看板を見つけた。もしやと思って行ってみると、緩やかな坂のカーブの途中にその店を見つけた。
 トントンというステップを踏む音が聞こえる。宮田恵さんのフラメンコ教室だった。隣接して「陽なた坂じゅじゅ」があり、そこでパスタを食べた。
なかなかしゃれた店で洋服や装飾品も販売し店の活気も感じられた。最近、宮田さんに会う機会が何となくあり、その彼女の生活の拠点を見つけ、しっかり地に足をつけて生きている姿を知ることができ嬉しくなった。
 「日本の真ん中へそ踊り」をしている友人にフラメンコに路線転換するよう話してみようか。センスが違うから無理かなあ。

 さて群馬県23町村の議員が一同に会しての研修会、講師は全国町村議会議長会事務総長高田恒さん、全国町村議会議長会長の榛東村議会議長高橋正さんを事務的に補佐している人だ。
もうひとりは軍事アナリスト小川和久さん、小川さんの話は結構有意義だった。
3月の大震災当日、帰宅難民がたくさん出たが、東京周辺で大地震が起きたらその被害は想像を絶するだろう、何故、逃げ場、避難場所をつくらないでこんな大都市をつくってしまったのか、危機管理がまるで駄目な大都市と政治を指摘。
危機管理には民心の安定も含まれる。東日本大震災に際し、例えば、何故5年間、大人12万円、18歳以下5万円、住居無料というベーシックインカムを導入しないのか、ベーシックインカムがあれば計画が立つ、被災者が希望を失わないで済むと強調した。
 ベーシックインカムを小川さんが主張したのには驚いた。彼はそういう発想をする人ではないとの予断があった。
 しかし、格差社会を是正する政策のひとつとして有効なベーシックインカムを今の野田政権ができるはずがない。その理念さえないだろう。あれば、TPP締結に血眼になどならない。

 31日は群馬県民会館でのTPP反対集会に参加する。

2011年10月25日火曜日

「チェルノブイリハート」と肥田舜太郎の証言そしてTPP

映画「チェルノブイリハート」を観た。事故から16年後の2002年のベラルーシ共和国、「ホット・ゾーン」の村に住み続ける住民、放射線治療現場、小児病棟、乳児院を撮った作品。身体障害、知能障害、ガン、心臓病を持つ子供たちが続々映し出される。いたいけな子供たちに何の罪があるというのか。治療しようにも予算が足りない実態も明らかにする。

 福島原発事故から7ヶ月、すでに甲状腺異常の子供が現れている。今後のことが心配だ。子供たちを悲惨な目に合わせないためにも、遠くへ避難、疎開させる必要がある。しかし、政治が動かない。現地の原発被災者を見殺しにしようと決断したのか。

 東日本大震災で広大な地域がその復興すらままならない中、TPPへの参加を企てている野田政権は一体誰のための政権なのだ。
競争どころか地域再生すらできずに崩壊する広大な地域・国土ができても製造業の利益が上がればそれでいいというのだからあきれる。社会はバランスがとれてこそ社会として機能する。一次産業・農林漁業を壊滅させてもそれに勝る利益がTPPにあるとでも言うのか。
 アメリカに屈服した「野田売国内閣」など吹き飛ばせ。玄葉光一郎外務大臣は福島出身のはずだ。財界の提灯持ちを原発事故の地元議員がしているようじゃ地元の人たちに恥ずかしくないのか。何度も言うが松下政経塾出身の連中は政治などやるな。目先の金儲けだけしていろ。日本をアメリカに安く売りたたく結果になることを理解できない最低の連中だ。

 さて、11月3日広島陸軍病院最後の軍医・肥田舜太郎さんの証言と題し講演が開かれる。
「内部被爆の脅威」が演目だ。確か94歳という高齢だが、野田、前原、玄葉など現実を直視できない薄っぺらな若い連中とは年季が違う。
 肥田さんは、放射能が超微小でも、人体を破壊するケタ違いのエネルギーを持っていることを指摘する。その一文を紹介する。
「放射線分子の大きさは一般的な酸素、水素、窒素などの分子と同じく、細胞の約6兆分の1とされている。仮に、これを仁丹の粒(直径1ミリ㍍)の大きさに拡大すると、人間の身長は大雑把にみて富士山の約9倍になると計算される。それほど微小な世界で起きる変化を問題としていることを、私たちは理解しなければならない」(『内部被爆の脅威』ちくま新書)
「細胞の中でたくさんの分子が互いに化学反応を起こして、新陳代謝を行って命をつくっています。それぞれの元素が特有のエネルギーを持っていますが、全部100電子ボルト以下。そこに放射性分子が入ってくると、270万電子ボルトもあって、その場をメチャクチャにしてしまう」(『世界』9月号)
 また「長時間、低線量放射線を照射する方が、高線量放射線を瞬間放射するよりたやすく細胞膜を破壊する」という事実も指摘する。
 そして日本女性の乳ガン死亡数とチェルノブイリ事故との関連を推測している。
その肥田さん本人が講演してくれる。是非参加してください。

日時 11月3日午後2時45分
場所 前橋元気プラザ

申し込みはシネマまえばし
電話027.231.8000
FAX027.231.8006

「チェルノブイリハート」「100.000年後の安全」は11月3.4.5.6日の4日間上映

2011年10月23日日曜日

国際交流祭と放射能防御プロジェクト

玉村町勤労者センターで第5回国際交流祭が賑やかに開催された。町内に住む韓国、中国、フィリピン、ベトナム、インドネシアなどの人々を中心に各国の食べ物や歌、踊りを披露し交流を図ろうとするものだ。今年は群馬朝鮮学校の生徒26人の参加を得て朝鮮の踊りや歌も加わり昨年にも増して盛大なものとなった感はあるが、まだまだ工夫の余地は相当ある企画だ。本気でやろうとするとスペースが少ないのが一番の難点だ。
 終了後、昼食をみんなで食べたが生徒達のしつけの行き届いていることには驚いた。群馬朝鮮学校の全生徒数は50人を割っている。少数精鋭といえば言えない事もないが、生徒数の減少は寂しいものだ。

 午後からは文化センターで放射能防御プロジェクトの木下黄太さんの講演会、これがすごい。彼の放射能汚染に対する知識やこれまでの実績がこれだけ多くの人を集めたのだろう。子どもを連れた親たちが色んな地域から来て会場を埋めていた。杉並区から来た女性もいた。
キノコにはダメ、この冬のインフルエンザ対策も万全になど微に入り細に入りの話しにメモを取る人たちも相当いた。
 「レベル7」という原発事故を起こしながらも、原発再稼働や原発輸出などという経団連や政府の連中は正気の沙汰とは思えない。人が生きられなくなっても金儲けしたいのか。怒るで。

2011年10月21日金曜日

フラメンコライブ in上陽小学校

上陽小学校体育館でフラメンコライブが行われた。行きつけのプールにチラシが貼ってあったことにより知った訳だが、宮田恵さんが彼女の仲間と出演するということで馳せ参じた。
結構大勢の人が集まり、熱心に鑑賞していた。
アレグリアス、ペテネーラ、アルハンブラの思い出、テイエントスと続きグアヒーラ、ファルーガなどを披露した。全て知っている訳ではないが、スペインのフラメンコにのめり込む気持ちがわかるような気もした。
広い世界を知るという意味でも小学校でのこのような企画は重要と思う。
 宮田恵さんは「原発止めよう群馬」の呼びかけ人のひとりで、8月21日玉村町文化センターでの広瀬隆講演会でも踊って頂いたプロのダンサーで注




目の人だ。

2011年10月20日木曜日

泰子とゴビンダそして村木

風邪のため早く帰り、暖かい太陽の日差しの中で眠くなるまで読んだ本が、岩崎から借りた「東電OL殺人事件」と「東電OL症候群」著者佐野眞一の2冊、勿論900ページ近くの本を一日で読めるはずがない。何日もかけて読み進めていたわけだが、遅読の自分としてはかなり速いペースだった。そして昨日読み終えた。
 それは関心のあった事件だったが、深入りしないでいた。しかし、先日、新証拠が発見され再審への突破口になるか、などという新聞記事もあり、「被疑者ゴビンダはでっち上げられた」と直感していた私としては、未だ獄にとらわれているネパール人青年ゴビンダ・プラサド・マイナリへの同情の念が禁じ得ない。

 東京大学卒業の父と日本女子大学卒業の母を持つ慶應義塾大学卒業後東京電力に入社した泰子が何故、売春に身をやつしていったのか、その闇を解こうとする作品だが、泰子の度はずれた生き方、例えば、会社勤務の後、毎日客を4人取ると決め、しかも最終列車で帰宅する、客の名前と金額など克明に記録する几帳面さなどは、その辺で「援助交際」をしている若い娘の軽さを吹き飛ばす迫力を持つ。「大堕落」の凄みは他の追随を許さない。
彼女が殺害された建物の隣のアパートに友人と住んでいたゴビンダは勿論、泰子の客ではあったが殺害などしていない。千葉県の仕事場から帰る時間からしても殺害時間には居合わせられないのだ。
一審裁判長は「被告人は無罪」と言い渡した。殺害を証明できないのだ。疑わしきは被告人の利益に、いうことだ。無罪となれば、不法滞在の容疑で強制退去処分になりネパールへの帰国となるはずだった。東京地検は控訴し、ゴビンダ再拘留を求めた。東京地裁は職権発動はしない旨を決定、東京高検はこれを不服とし東京高裁に職権発動を求めたが、高裁も再拘留しないことを決定した。その理由は「一審の訴訟記録がまだ届いていない段階では拘留権限がない」というものだった。その後、訴訟記録が届き、東京高検の3度目の職権発動を求めた申立てに対し今度は再拘留を認めた。この決定に関わっていた裁判官が村木だ。
 控訴審の高木裁判長は一審と同じ証拠物により今度はゴビンダを「無期懲役」とした。結果、彼は未だに他国の獄につながれる羽目に至っている。
 そして裁判官村木、彼は児童売春、児童ポルノ禁止法違反で警視庁に逮捕され有罪、弾劾裁判で法曹資格を剥奪された。
 佐野はこれらを時間進行とともに詳しく調査し、ネパールにまで足を伸ばし克明に記録する。ゴビンダの家族、友人、泰子の同僚、家族、高木高裁裁判長、そして村木の子供時代から結婚後の家族の状況を調べ、その生き方の背後関係を知ろうとする。

 判決にゴビンダがネパールという小国出身者故の差別がないのか、泰子のあまりにスケールの大きな「堕落ぶり」を他人事ではなく親近感を持って感じている女性が相当いることがわかり、今日の社会における女性の置かれている不安定さを描き出してもいる。一方、警察、検察、裁判所という権力機構のおぞましさをも押し出そうとしている作品だ。
10年前に書かれた本だが、全く古くなっていることなど感じさせない迫力ある。
ゴビンダを救おう。

2011年10月17日月曜日

井筒監督と語る社会論、映画論

昨夜、映画ロケ地の視察のため群馬入りした井筒和幸監督と二人の助監督がいつものホルモン屋に集まり、これまたいつもの懇談会。
 父親の13回忌法要を終えた私が「宗派は真言宗ですよ。」と始めれば高野山の話になり、密教そして真言密教立川流にまで進む。
 ノモンハン事件、孫文、中国革命から文化大革命時代の「造反有理」「革命無罪」という言葉を久しぶりに聞く。「天気晴朗なれど波高し」の時代を語り、キューバのカストロ、ゲバラの生き方まで議論するのだから、並みの参加者では太刀打ち出来ない。
 大阪府知事橋下徹はファシストだ、橋本の「教育改革」などは危険極まる、には全員同意。
桑原議員の佐瀬秘書も加わり、南部銃などの銃論議に話が及んだ時は、さすがについていけなかった。そこまではわかりません。
森羅万象に好奇心を持つことは映画つくりに携わる人にとって基本的なことかもしれない。
 

2011年10月15日土曜日

〈原発を考える藤岡の会〉学習会と市内デモ

鬼石町浄法寺のみその保育園の運動会はあいにくの雨のため、室内での開催となった。狭い感じもしたが、なにしろ子どもは勿論、保護者も楽しみにしている行事であり、また日程変更の調整も難しいための対応だった。室内運動会も始まってみればそれはそれで楽しいひとときとなった。無邪気全開の子ども達が友達と歌ったり走ったりと集団生活を楽しんでいる様子を見ている保護者の表情も嬉しそうだ。彼らが成長したときどんな社会になっているのか、それが気がかりだ。
 だから、今は反原発のたたかいが必須なのだ。松本先生から知らされていた反原発藤岡市内デモに参加する前に、イラン人が経営するロビンモータースでイランのお茶と菓子を頂きながらの四方山話、その後、秋山鬼石商工会事務局長と昼食に焼きそばを食しながらの内外情勢の分析と与太話、「TPPという対中国攻勢に対して日本・中国・朝鮮トライアングル戦略で対抗しようか」などと思いつくままに時間を潰す。
 そしていよいよ脱原発藤岡市内パレード、150人程が参加し、なかなか見栄えのいいデモとなった。「パレード」などという甘菓子のような言い方は私のような筋者にとってはおかしくて笑っちゃいたいけど、堅気の素人衆に乗ってきてもらい政治的な力量を強めなければならない時なので「パレード」でもいい。言葉の問題ではないほど情勢は切羽詰まっているのだ。
 角倉県議が「来年3月11日には群馬県内で大規模な反原発デモを威風堂々と挙行したい」とぶち上げ、全員で「ふるさと」を歌い解散した。

2011年10月12日水曜日

冷静になっていたいのだけれど駄目ですねえ、TPPは絶対ダメ

ユーロ危機の影響でフランス、ベルギーの金融大手デクシアが破綻した。
日本は総労働者の4割近くが非正規職待遇、年収200万円以下の労働者は1200万人を越えた(全労働者数6000万人)。労働者の使い捨てもいいところだ。生活保護者は200万人以上というから群馬県の総人口以上になってしまった。
高齢化の進展で年金もままならず、支給年齢を「68歳」にまで引き上げる議論すら出てきた。オイオイ、死亡一時金になってしまうぞ。
 そしてアメリカの財政も戦争のツケが回り債務不履行寸前、目につけたのが日本とのTPP締結。
どうせ普天間基地の辺野古への移転は無理だろうから、「TPPは何とかしろ(アメリカを儲けさせろ)」とオバマにハッパをかけられた松下政経塾純粋培養の野田首相は必死でTPPに参加しようとしている。「アメリカとの信頼関係の再構築」との意識があるのだろうが、止めなさい。一層の属国に成り下がるだけだ。
 では還太平洋連携協定(TPP)はどのような国が参加しているのか。アメリカ、ブルネイ、ニュージーランド、チリ、シンガポール、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアの9カ国だ。
 還太平洋といいながら中国は入っていない対中国貿易圏構想ということ。中国を排除した経済ブロックを構築しようとするのもので、ブロック経済が戦争への道へとつながって行った過去の歴史を忘れたのだろうか。松下政経塾ではそういう大事なことは教えない。そこは主として目先の世渡り術を学ぶハウツー塾だからだ。
 また、9カ国といっても、日本が入ればアメリカと日本の国内総生産力の合計は9割を占めてしまう実質2国間協定、アメリカのいいように日本がされてしまうということ。
日米安保の内実を見ればわかるろうに、日本を使い放題のアメリカにいよいよ全産業を差し出すと言うことを意味する。郵政民営化もアメリカの対日政策であったことを忘れてはならない。日本政府は日本国民のいうことは聞かず、アメリカ政府の顔をうかがって政治をしてきたことを銘記して欲しい。 
 結果、どうなるかと言えば、全物品の関税撤廃を原則とするから、日本農業は壊滅的になるし、それを避ける政策的手当てといっても一過性のものにすぎず、一層の競争にさらされる農業と自然環境は破壊が進むだけのこと。人間が住む国土が荒廃してしまうのだ。人間社会の底が抜けるということ。
 重要なことは農業だけではなく、すべての産業に影響が及び日本社会の崩壊がますます進行する。
 海外から安い賃金労働者が送り込まれ、それでなくても悪い労働環境は一層劣悪なものとなり、日本人、外国人労働者の連帯ではなく、憎しみ合い、敵対関係となり、ヨーロッパでしばしば起きている右翼勢力による外国人排斥運動も予想されてくる。それでいて(労働者同士を敵対させておいて)一部の大資本は際限なく富むという構図がTPPだ。
 そうアメリカで遂に若者たちが動き出した「我々は99㌫だ。」という貧困の世界が日本にも登場する。実はもうその姿を見ることができることは前述した。

 TPPは究極の新自由主義政策、つまり18世紀に始まった資本主義の最後の崩壊過程での政策で、資本主義に全く余裕のないなかでのものだけに、資本家の生き残りだけを考え、生産と労働を担う労働者(人間)の再生産すら想定されていない。行き詰まることは目に見えているが自然には止まらないのが資本主義だ。
 野田政権が財界・大資本の代弁者に成り下がってしまった今、生産と労働を担う人間主体の政府をつくらなければならない。
それは可能か。
[現実の社会を動かしているのは労働と生産を担っている99㌫の我々だ。自信をもとう]
それが答えとなるだろう。

2011年10月11日火曜日

連合群馬「産別・地協代表と議員墾意見交換会」

初めての試みとして、ホテルメトロポリタンで連合群馬主催の「産別・地協代表と連合群馬議員懇談会」の意見交換会が開かれた。議員懇はどんなことをしているのかと言う声が連合群馬の中でもあるので、この会を設けた。
黒沢代表や角倉、後藤、塚越、小川県議など全県議と市町村議会からも多くの議員懇議員が参加していた。県政の課題や特に八ツ場ダムの行方が議論になった。しかし、連合議員懇の議員のなかでも意見がまとまらない状況なのだから容易じゃない。地元群馬の議員なんだからハッキリ反対と言えればいいのだけど、足並みの乱れは自民党を利するだけだ。

帰り際、山田行男高崎市議に高崎市での「特別講演会・放射線と健康」が中止になったことにつき、お礼の電話をし今後の方針を話し合った。
この講演会は原研の小林泰彦研究主席が講師となり、放射線が人体に与える影響について「正確な知識を学ぶことを目的」に高崎市が主催したもの。
ところが内容はひどいもので「原発事故で犠牲になった人は一人もいません」「250ミリシーベルトでもたいしたことはない。一時的な不妊になる程度」「細胞に届いた線量が同じなら内部被爆も外部被爆も影響は同じ」等々、「放射線は安全です」、と言わんばかりの話に参加した市民が怒りの署名活動をし、中止を申し入れるとともに、山田市議からも直接公民館に「異議」を申し入れてもらっていた。
日本原子力研究開発機構勤務という権威者の言葉として市民を騙そうとしてもそうはいかない。政府と行政による「放射能は大丈夫、国民をだまそう」という意志をこの講演会開催で強く感じ取るとともに、それをも跳ね返す力が市民にあることを証明した意味で大きな成果だ。

2011年10月9日日曜日

10.23木下黄太(放射能防御プロジェクト)講演会 in 玉村

文科省及び群馬県による航空機モニタリング調査による測定結果が9月27日に文科省ホームページで公開された。
群馬県の特に山間部の汚染は決して楽観できるものではない。見えない放射能から自分たちを防御する勉強を一緒に始めませんか。ということで「放射能防御プロジェクト」木下黄太さんの講演会が玉村町文化センター・視聴覚室で23日に午後2時からある。是非参加して欲しい。
連絡先は小見さん 090.3595.2403

ラジオニュースを聴いていたら選挙制度に関しての各党の考え方を述べていた。「劣化した政治は小選挙区制が原因」として議論をしていた。今頃分かったのか。小泉チルドレンからその反動としての小沢チルドレンの誕生と閉塞感一杯の政治状況下での新生・野田どじょう内閣はアメリカベッタリ政治、普天間基地の辺野古への移転、TPP参加を臆面もなく掲げる。自民党、民主党が同じ方向を向いていたら、一般大衆はたまったものじゃない。
 チュニジアから始まった民衆運動はエジプト革命、リビア革命と続き、ヨーロッパ、アメリカでも新自由主義に反対する若者の大きな動きが開始された。中国でも労働者がストライキとデモで闘い始めるなど世界はいよいよ激動期に入った。
 資本主義の最末期の今、これらの事態が起きているという認識が必要だろう。日本でも福島原発事故を契機に、民衆はにわかに動き出した。
 40兆円の税収で90兆円の支出を続ければ、破綻することは目に見えている。財政規律などと叫んでも空叫びにもならない。
 人類が種として継続して生存するための社会にリセットする準備をした方がエネルギーの正しい使い方だと考える。

2011年10月7日金曜日

日本・「原発輸出」で化石賞を見事に受賞

国際環境NGOでつくる「気候行動ネットワーク」は3日、交渉で最も後ろ向きだった国に皮肉を込めて贈る「化石賞」を日本に選んだ。原発事故が収束できていないのに、途上国への原発輸出を温暖化対策のひとつとして認めるよう主張した、という理由だ。
 事故が起きたらどれほどの被害が出るかわからない原発を途上国に輸出するなどと言うモラルのかけらもない野田政権にふさわしいなどと言ってられない。お恥ずかしい限りだ。

 先月まで首相だった菅直人、四国をお遍路さんで歩き出したという。歩く場所が違うだろう。福島へ行け。議員辞職してから旅に出ろ。政治家がいかに責任をとらないかということを露わにしている実例だ。

 昨夜は県民会館で金剛山歌劇団のショーを堪能した。朝鮮の民族舞踊などをふんだんに盛り込んだ歌や踊りで、見る者を圧倒した。多くの人に観て欲しい。

今夜は、7月に全国町村議会議長会会長に就任した榛東村議会議長高橋正さんの就任祝賀会を榛東村議会、榛東村村長、吉岡町議会、吉岡町町長を招き玉村町で開いた。タイミングもありこの役職にはなかなか就けない。もちろんタイミングもあった上で人格的にも適役だったということだ。高橋さんとは2年前まで群馬県町村議会議長会で一緒にいたこともありうれしい限りだ。
新自由主義政策で町村、特に過疎地や山村は置いてきぼりになっている。任期の2年間、全国町村のため全力で国に働きかけて欲しい。

2011年10月2日日曜日

文化の秋・実りの秋を満喫

1日午前は玉村町第4保育園の運動会、午後は永源寺境内で行われた鬼石町、龍峰会の「みたけ祭り」に参加。老人施設に入っているお年寄りも食べながらの観覧で子ども太鼓、八木節、フラダンスなどを楽しんでいた。永源寺裏にある庭園は江戸時代前期に造られたもので、整備して町おこしに使えないか、と秋山局長が視察、庭園に詳しい池田さんに説明していただいた。紅葉の時期はまた格別に美しい。
その後、秋山と桜山温泉に猿のように浸かった。

2日は芝根小学校運動会、地元だけに知っている人がたくさんいて話に花が咲いた。色んな種目があるが特に「竹取合戦」は面白かった。竹の棒の取り合いだが、知恵を駆使して意外な結果を出せる面白さがある。

そして昼からは、昭和村の「昭和の秋まつり」に議員全員が参加し、人口の3倍ほどの人が集まる「収穫祭」に驚かせられた。リンゴ園でのリンゴ狩りの後、昭和村村長、議会議員との懇親会を行った。
 
いよいよ実りの秋、収穫の秋、文化の秋、運動の秋だ。年間を通しても実りの時期としたいもの。

2011年9月30日金曜日

鬼石町の町おこし映画上映会

運動会もいよいよ本番、17日小学校3校、24日幼稚園2園、27日の中学校2校に続き明日10月1日は保育園5園、2日(日)は芝根、南小の2校そして9日の町民体育祭となる。暑さも一気に収まり、15日に熱中症で小学生が倒れた酷暑が嘘のような気候の変化だ。秋本番ということか。
 今日は戦没者追悼式、毎年のことだが戦争の風化を恐れる。日本人犠牲者300万人と一言で言うけど、ひとりひとり数えたら数え切れない。まして日本による侵略戦争の犠牲者アジア諸国で2000万人余、これもすごすぎる数だ。誰にも人生、生活があったことを描いた映画「一枚のハガキ」を思い出して欲しい。
 韓国との関係では従軍慰安婦の問題は解決されず(日本政府は日韓協定で解決済みとの見解だが私は違う)、まして北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国とは国交さえも未だになく、拉致事件を理由に経済制裁を課すな


どという悩ましい状況だ。在日朝鮮人は人質であるかのような言論さえもある。このような状況を何とか打開しないといけない。これまでのやり方では一歩も進まなかったくらいのことはわからなくちゃ。「青い拉致バッチ」をつけていれば免罪されるとでも思っているのだろうか。威勢だけいい「軍艦外交」では何もすすまない。方法を変える時だということ、それ以外に打開の道はない。
 中国でも旧日本軍が埋めてきた爆弾や化学兵器の処理が続いている。
海外で犠牲になった兵士の遺骨収集は進まず、「戦後は終わっていない」にもかかわらず日本人犠牲者に対してだけの追悼式であってはならない。戦争犠牲者を英霊という美名で棚上げしてしまうことは、彼らの本意では決してない。「間違った戦争政策には異を唱えろ」と言う言葉が聞こえないか。

そして藤岡みかぼみらい館での「しゃんしゃんしゃんしゃしゃしゃんしゃん」の上映会は満席で藤橋誠監督やオール出演者の舞台挨拶あり、バンドの生きのいい演奏もありと、ご機嫌な試写会だった。
鬼石町を舞台にした、ほとんどの出演者が素人の映画だが完成してみればなかなかなもの、満願石や三波川、古い町並みをうまく使い、アニメ部女子生徒の一夏の祭り体験とその中での少しばかりの成長を描き、鬼石町と若者の未来を希望づける。
「玉村町でも上映してよ」「玉村町でもつくったらいいのに」の声を聞き流していた訳ではない。

2011年9月24日土曜日

ヤッパリ八ツ場ダム ダメ絶対

八ツ場ダムに関しての再検証の結果、ダム建設が経費的に一番安くなるという数字を国交省がとりまとめてきたので、県知事や自民党はとにかく造れという大合唱をしているが、それがいかにペテンで危険なことかよくわかる昨日の集会だった。
 国交省が造ろうとしているダムに対し、国交省が人選した「有識者会議」なるものの「ダム建設が一番経費が安くなります」というお墨付きをもらっての自画自賛の茶番劇に我々はつきあわされているということを暴き出す内容だった。
 例えば、河動堀削1700億円、渡良瀬遊水池越流堤改築+河動堀削1800億円などに比べ八ツ場ダム残事業は700億円とし安上がりという。しかしすでに4000億円を超える金額が投じられ、未だ国道、鉄道の付け替えは終わっていない。ダムの維持費はどうする。
ハゲ山だった当時の山は今や緑となり保水力の高まっているにも関わらず何ら考慮していない。
 もう一つ重要なのが、これが決定的かもしれないが、ダム予定地の地盤問題、地滑りの危険性だ。ダム建設自体の危険性や切り土や盛り土で造成された移転先の地盤問題を出席した専門家は口をそろえて訴えた。
 国交省に丸め込まれた知名度のある学者たちの意見書を盾に「八ツ場ダムは安全です」という姿は原発を闇雲に推進したやり方と同じだ。
 今アメリカでは古くなったダムの取り壊しが行われていることも報告された。
どこから見ても八ツ場ダムは無駄であるばかりか地域にとっても危険なものとなってしまった。本体工事を止めて安全な地域作りと再生にこそ税金は使われるべきだ。 
 参加者もさまざまで深町先輩も熱心にメモをとっていた。しかし、群馬県選出の国会議員は不参加、地元国会議員に緊張感がないのはいつものことながらあきれた事態だ。

2011年9月23日金曜日

僕らもやがて土になり草も茂る 旅の途中の仲間だよ

戦争の悲惨のなかで息子の消息を探すクルド人の母親と孫の姿を追いながら、その中に,イラク戦争で犠牲になった数え切れない人々の姿を投影しようとするかのような作品「バビロンの陽光」に圧倒される。
 戦争の悲劇を繰り返すなと誰もが言いながら、しかし、なくならないのが戦争。
地上400㎞の宇宙ステーションからの地球の姿を見た人もたくさんいたはずだ。雲に一部覆われた水の惑星に多くの動植物が生息している奇跡的な姿だ。それぞれが「生」を謳歌していればいいではないか。しかし、現実は資本主義社会の中で弱肉強食の欲望が支配し、同じ人間に対して貧困や飢餓を強制してまで富を求め続ける。社会のあるべき姿や地球の行く末などまるで考えることさえできない「資本の暴走」という現実、これが戦争を起こし続ける。「洪水よ、我亡き後に来たれ」とは資本主義の無責任さを的確に表している言葉だ。
 我らが野田首相は、「電力不足により日本経済が停滞することのないよう原発の安全性を高め再稼働する」と明言した。「死の町」と化した福島原発周辺の人たちがどれだけの状況に追い込まれているか、今後、大地震があったときまた犠牲者がでることなど彼の頭脳では考えられないのだろう。彼もまた資本の手先だ。
オバマ大統領に普天間基地問題、TPP そして牛肉輸入の規制緩和までせっつかれた。オバマに忠誠など誓わないでおくれや。大きなお世話だくらい言ってやれ。松下政経塾出身者は概して駄目だ。
 しかし、政治が駄目でもしっかり庶民は本質を見て生きている。
南條倖司さんの「春のゆくえ」という歌を紹介する。

 空は夢を映し 雲はそよ風起こす
 その風は雨を生み 森に降る

 種子は風に乗り 花になり実を結ぶ
 熟して香しく 魅力的

 鳥は歌いながら 緑を広げてゆく
 大地の息吹   感じながら

 大きな流れの中 この空いっぱいの星
 生まれては消えてゆく
 そして僕らは ただそこにあるだけ

 深い谷も山に 岩さえも砂に変わる
 力強い日差し 照り続ける

 僕らもやがて 土になリ草も茂る
 旅の途中の 仲間だよ

 大きな流れの中 この空いっぱいの星
 生まれては消えてゆく
 そして僕らは ただ そこにあるだけ

2011年9月20日火曜日

さよなら原発6万人集会(明治公園)

「原発に抵抗する意志を政党幹部や経団連の実力者に思い知らせる必要がある。憲法に認められた権利だ」(大江健三郎)「次は誰が犠牲になるのかと、ストレスを絶え間なく抱いて生きていくのはもう嫌だ」(落合恵子)「原発の安全性と信頼性は破綻した」(鎌田慧)「日本は原発を持ってはいけない国だったはずだ」(澤地久枝)「電力は足りている。このままでは日本は核廃棄物の置き場になる」(山本太郎)
 いずれも発言者の思いを込めた言葉であり参加者の思いも同じだ。
事故原発周辺に大きな犠牲を出しながらも、反対する人々に対し「ヒステリックな感情」などと罵倒し、未だ原発の稼働を進めようとしている連中に思い知らせなければいけない。立錐の余地もないほどの6万人の大結集の集会だったが、これ以上の規模の大集会を今後、何度も繰り返し、街頭を大デモで熱くし、政治を取り戻さなくてはいけない。
 「制服向上委員会」という女子グループが「脱・原発の歌」を歌ってたよ。

2011年9月18日日曜日

残暑見舞い申しあげます。

玉村町の小学校の運動会が昨日、5校のうち3校が無事開催され何とか熱中症で倒れる人もなく終了した。15日、運動会の練習中、大量に子供たちが熱中症で倒れたので誰もが大いに心配していた。残り2校は10月2日を予定している。昨日はたまたま猛暑でなかったと考えた方がいい。それにしても小学校の運動会が9月に開催されるようになったのはいつ頃からだろうか。最近は夏も暑く9月といっても真夏の日差しの日々が続く。年間の学校スケジュールを立てるとき、職員間で議論にならないのだろうか。大人が暑いときは子供はもっと暑い。職員会議で、子供の対場に立ち切った発言がキチンと行われているか気がかりだ。

今日は、朝市を覗き、午前はシネマテーク高崎で「アリス・クリードの失踪」を観る。出演者は3人だけ。しかし、内容はすごい。刑務所で一緒にすごした男2人が金目当てに女性を誘拐する。完

璧に誘拐し、現金受け取り交渉のなかで、状況が変わっていく。犯人の一人と被害女性は愛情関係にあることが判明。もう少しで身代金が手に入るというときの犯人同士の会話「金が手に入ったら高級ホテルを2週間くらい借りてやりまくりてえ」そして犯人男同士のキスシーン。(小生、いかに寛容といえども同性愛に関しては未経験です。誘わないでね)
恐怖、自信、緊張、疑心暗鬼、勇気、怒り、絶望がどんでん返しで襲ってくるクライムサスペンス。誰か知らないけどいい女優だ。

午後は前橋に行き、福島さん主催の「国定忠治を偲ぶ会」での大塚政義先生の講演。忠治の話はもう5回聴いたので、今回は忠治周辺の人々、板割浅太郎、日光の円蔵、女房お鶴、愛妾お町、おとく、お貞、畔上つまの話を聴いた。これまた見てきたような話なのが面白い。本気にしちゃ駄目よ。大塚先生健在なり。その後、下田敏江の歌謡ショーと八木節でにぎやかに少人数だが過ごした。

 ということで残暑見舞い申し上げます。明日は、忠治一家とともに明治公園での「さよなら原発5万人集会」に行く。これから赤城山や大戸の関所へ行き、忠治一家全員集合のお触れに行かなくっちゃ。おっと、派閥は違うけど玉村の金蔵、主馬もいたっけ。

2011年9月15日木曜日

八ツ場ダムを中止し、地元住民の生活再建を優先しろ

八ツ場ダムは自民党時代から利権が絡むダムとして大手建設会社の食い物にされてきた。別名「福田ダム」と言われている。
何しろ58年前に建設決定された年代物のダム計画。同じ時生まれた私が還暦に届こうかという今も完成されていないのだから、それなりの理由があるのだ。
 当時、福田赳夫が推進し、中曽根康弘が反対という構図になっていた。中曽根だって本当に反対していたわけではなかったのだがそういうことになっていた。
地元の絶対反対派も長く奮闘したが、政府、県当局のさまざまな生活妨害等により、そして最先頭で闘っていた豊田さんの死などにより、泣く泣く反対の旗を降ろし、賛成に転じた。
現在、現地に絶対反対を貫いている人がいないのが大変だが、このダムを造ってはいけない。
 何せ、計画当時と社会の状況がまるで変わっている。人口減少社会が進行する中で治水、利水の環境が58年前と様変わりしているのに、未だそのままで推し進めようとしている。
 吾妻川はコンクリートをも溶かす強酸性の水なので、中和するために品木ダムを造った。しかし、そのダムでさえもう沈殿物で満杯になろうとしている。原発ではないが、沈殿物の捨て場がないのだ。そもそも八ツ場はダムを造るべき場所ではなかった。
 ここに来て「八ツ場ダムの中止」を政権交代の一つの公約にした民主党がぐらついている。この政党は何ですか。「後期高齢者医療制度」はそのまま、「普天間基地」はそのまま、「教員免許更新制」もそのまま、「日米同盟の強化」を叫び自民党に限りなく近づいて行く。
落ち目のアメリ帝国主義との関係をこれ以上深入りさせてはいけないのに。
 群馬県民主党の国会議員はまるで頼りにならない。ならば自治体議員が地元県の責任として声を上げ、未来に責任を負っていくしかないだろう。全員に期待はできないが。信念のある人が動き出すしかない。
 小選挙区制度の選挙で社会が変わるなどと言うことがいかに幻想であるかが痛いほどわかる昨今だが、社会を変えるのは選挙だけでは決してないことも理解すべきだ。

2011年9月13日火曜日

地球スイングバイで「はやぶさ」は「イトカワ」へ

宇宙科学ドキュメント「はやぶさ」を観た。高崎シネマテークで16日まで開催しているサイエンスドキュメンタリ-特集の中の一作品だ。
地球の重力を利用して速度を秒速30㎞から34㎞に加速(地球スイングバイ)した「はやぶさ」は地球の軌道を飛び出し「イトカワ」に向かう。過酷環境の広大な宇宙に広がる無数の惑星から「イトカワ」を選び出し、苦労しながらも正確に着地、地表のサンプルをカプセルに入れ、地球へと帰還するまでの7年間を追うものだが迫力がある。
 宇宙で、生物まして人間のような生物が生きられる環境は地球以外にない。
(実は他にもあっていいはずだが、余りに宇宙が広大で、人間の繁栄する期間などを考慮すると、とても巡り会えないらしい。でも会ってみたいね)
 地球まさにオアシス、人間様、この環境をありがたく生きればいいものを、走り出した資本の欲望はとどまることを知らず、核戦争や原発で地球破壊すらして恥じないという世界を作り出してしまった。
 こんな状況と闘わなければならないのが現実だ。人生ノンビリ生きたかったけどね。
 11日のデモでご機嫌な歌が流れていたのでその人に「誰の歌?」と聞くと「あげますよ」と、何も書いてないCDをもらった。桐生から来たという。聴いてみると何曲も入っていて、ほとんどの曲の題名がわからない。「放射能ツヨイ、放射能エライ、誰も差別しない、誰も逃げられない」などとラップ調で続いたりする。どこで探した曲かは知らないが、みんな、それぞれのやり方で闘っているのがうれしい。

2011年9月12日月曜日

原発事故の大きさにに見合った反対運動の強化を図ろう。油断をするな。

原発事故に伴う放射能汚染に対する大規模除染が困難になってきたためか、「放射能は安全です」と言わんばかりの宣伝がなされつつある。権威ある機関とそこに勤務する人物に安全を言いふらしてもらおうとするかのような催しが一部自治体で行われ始めた。怒りなしではいられない。怒りや不安、不満を政治力に変え、原発廃止を実現しなければならない。
「これだけの事故を起こしたんだから、黙っていても原発はなくなるよ」との声はよく聞く。しかし、何もしなければ、声を上げなければ原発は止まらない。原子力政策が国策としてある限り、国策を変更させる「人民の力」が不可欠だ。
小選挙区制度のもとで何度選挙をしても、自民、民主という同じような政党が庶民の思いとかけ離れた政策を実行し続けるだけのこと。
 彼らは「支配階級」の代弁者ということにそろそろ気づこう。両政党とも経団連(資本家階級)の言うことに忠実ではないか。「労働者階級」の言うことを聞くかい?
現実は「資本論」の世界「階級社会」なのだ。勝たなきゃ駄目よ。
 ともかく昨日は全国で反原発集会が開かれた。高崎でも500人を超える人が怒りのデモを楽しくにぎやかにやりきった。根気強く継続して闘える力を蓄える必要がある。
南條さんからCD買っちゃいました。栗拾いにも誘われたけど行けるかなあ。芝生の公園でくつろぐのは最高だ。
 19日は明治公園での6万人集会にいくつもり




だ。

2011年9月11日日曜日

井筒監督迎え9.11前夜祭

井筒監督の突然の来町はいつものことだが、今回もそうだ。昨夜8時過ぎの招集でも行ってみれば三々五々仲間が集まり、熱い話に花が咲いた。内容もラジカル(本質的)だから興味のある人には面白い。前橋からも小川晶さんが来て、井筒節でこってり教育されていた。みんな今日の高崎市内デモ参加予定者で、「デモに監督も来てよ」と言うものの、「甘っちょろいデモなんぞには行かんわ」。
 話題のひとつ、福島原発周辺の町を「死の町」と言った鉢呂発言に対しては、言葉狩りが過ぎるのではないか、実際いつ住民が帰れるか分からず、地域が草むら、山野と化し、ペットや家畜が放射能汚染の中、野生化している状況は「ゴーストタウン」と言っても過言ではない。むしろ「死の町」の現実を見据えた上で、このようになってしまった原発事故の原因と責任を問い、解決する道を探ることに関心を向けるべきで、本質的な意味も含む言葉としての「死の町」という語感に対する反感だけでの批判は当たらない。そこに住んでいた人たちのことを思うと「死の町」という言葉は酷だなどという感情論こそ、危険な原発事故から目をそらすことになってしまうことに気づくべきだ。いつもこのレベルで終わってしまうから日本社会は進歩しない。勿論、鉢呂自身どこまで考えた上での発言か分からないが。
とまあ、賑やかな議論ですよ。
 場所を変えて解散したのは午前1時、最後は朝鮮問題だから時間がかかるのは仕方ないけど、困難な問題を直視する姿勢には敬意を表したい。

2011年9月10日土曜日

群馬県知事へ放射能対策の申し入れ

紹介県議2人を入れて14人で県知事に放射能対策の申し入れをした。知事不在は承知していたが、秘書課職員が入り口で立ったまま要望書を受けようとしたため、強くたしなめ、別室で1時間ほどかけて要望行動をした。
職員からは放射能被害に対するそう強い危機感を感じることはできなかった。川場村等高濃度放射線汚染地域で生活している人たち、特に子供たちを内部被爆から守る強い意志が見えてこない。だからこそ、申し入れる必要がある。
 
午後は、高崎市内で山田市議と情勢分析と今後の方針を協議。 

夜、土田君から情報が入り、もしかしたら11日午後の高崎デモに大物呼びかけ人が参加できる可能性が少し出てきた。あとはオルグだ。

2011年9月7日水曜日

国労原告団の物資販売が思い出させてくれたパチャママの贈りもの

国鉄分割民営化に伴う争議をたたかっている国労原告団の物資販売の要請を受け何品か注文した。なんとそこに「ウユニ塩湖の天然塩」があるではないか。塩の味はともかくボリビアのウユニ湖で生きる家族を描いた「パチャママの贈りもの」という映画を思いだした。彼の地にまだまだ善意があることを暖かく描いた感動作だ。
 その「ウユニ塩湖の天然塩」を商品として売り出してくるとはなかなか視点がいい。「おからのかりんとう」もうまい。
「1047名の解雇撤回」を求めているたたかいだが、たたかいを継続している国労組合員を置き去りにする形で、国労本体が和解決着をして闘争に幕を下ろしたのは昨年のこと。
 和解といっても胸の内は晴れないだろう。条件が悪過ぎるし、将来展望も全くないからだ。敗北感の方が大きく「和解投降」が実態ではないか。
 国鉄分割民営化から20年以上が過ぎ、北海道、九州、四国の三島会社、貨物会社は赤字続き

、これは分割民営化が破綻状態ということを示している。労働者は物言わぬ社員となり、バラバラにされている。今はむしろ攻勢の時だ。
 新自由主義の最たる政策としての国鉄分割民営化のあの時点から、全労働者のうち非正規職が4割にも達する今日の状況は始まった。
 このような状況を打ち破ろうとするなら、現在もたたかい続ける国労原告団を支援する道を選ぶのは必然だ。客観的に見ても打ち返す時期が近づいているように思えるのは楽観的すぎるか。支配者側だって余裕なんか全くないことを知るべきだ。「敵よりも1日長く」だ。

2011年9月5日月曜日

東京からメールが、川崎からの梨が届く

東京に住んでいる小・中学校時代の同級生からメールがきた。「弁護士・布施辰治」に続き「弁護士・角田儀平治」の映画制作がスタートすることを知っているか、という内容。彼女は演劇をしている関係で布施辰治を演じた俳優・赤塚真人とは親しい。今度は赤塚の弟子が主役になるそうだ。この話は初耳ではなかったが本当に作るとまでは思っていなかった。
角田儀平治先生については実際おつきあいさせていただいたこともある。とにかく寛容で差別と貧困を心から憎んでいた歴史的人物だ。あのような人物が今の政界に欲しいものだ。
とにかく、角田義一さんに聞いてみよう。
 
川崎市の持田農園から恒例の「川崎梨」が届いた。都会の川崎から送られてくる梨を食べながら、秋もいよいよかと想うのだからおかしい。持田君は大学の同級生でいまだに毎年同窓会を重ねる仲間のひとりだ。昨年は浜岡原発近くの御前崎で金目鯛を食べた。今年はどうする。
 秋山局長と二人分まとめて送ってくるので、早速、局長を招集するとすぐに来た。「石川、映画制作費が足りないのでカンパ頼むよ」
鬼石町を舞台にした「しゃんしゃんしゃん しゃしゃしゃんしゃん」というややっこしいタイトルの映画だが、地域興しという観点から力が入っているのがよくわかる。「土田君にも協力してもらうつもり」と言ってポスターを置いて帰って行った。

2011年9月4日日曜日

日本風景 思い出は風に乗って 

日本風景 思い出は風に乗ってーこれはシネマまえばしの8、9月号パンフの題だ。古い時代の映画の数々を小見さんが拾い出して見せてくれている訳だがこれが面白い。
「むかしの歌」はもうすでに消えてしまっている当時の町並みや風景、叙情をフィルムに収めていてくれる。「喜劇・大安旅行」は確かに喜劇だが、4両の車両を引いて山を登る時の機関士を演じる伴淳三郎の姿は当時の本物の機関士が見てもうれしく思えるほどの迫力だと思う。車掌を演じるフランキー堺だって、デートの時にさえ、出発駅の時刻から途中駅、終着駅までの時間を口癖のように言う様子はたいしたもの。俳優にはそう簡単に誰もがなれるもんじゃないとつくづく思う。
 今日は「歌う弥次喜多黄金道中」高田浩吉と伴淳だぜ。色男高田浩吉に全然見劣りしない伴淳は本当にすごい。歌はうまいし女にゃ弱い、いいキャラだ、好きだねえ。トニー谷、高峯三枝子、花菱アチャコとかすごい時代の役者がそろっている見応えのある映画だ。
「我が家は楽し」「東京物語」も泣かせる。こういう作品を見て、新自由主義政策でみんな追い込まれている余裕のない現代社会から目を覚ます契機にして欲しい。
 午後は前橋公園で「さよなら原発 繰り返すな原発震災9.4群馬県集会」に参加、開始前ものすごい豪雨があったが集会、デモの時は止み、比較的涼しい中での市街デモとなった。

2011年9月3日土曜日

9.11原発なくてもエエジャナイカ大行進の宣伝

台風12号はこの玉村町にも影響を及ぼし道路冠水、床上、床下浸水という被害がでた。とにかくすさまじい勢いの雨が集中したことにより排水が間に合わないということだ。役場周辺の道路が川のようになってしまったのだから驚く。人的被害がないことがなによりだった。行事などの中止の連絡も次々あった。伊勢崎市内も豪雨で大変だったようだ。
 自宅の風対策をしてこれから高崎シネマテークに11日の原発なくてもエエジャナイカ大行進のチラシを置かせてもらいに行く。ついでに「悲しみのミルク」を観る。
 午後1時30分からは高崎南公民館で「原発推進の歴史と真実、私たちのめざす社会」という脱原発学習会がある。講師は槌田敦氏。主催は自然エネルギーを考える会群馬。

野田内閣が発足した。どんなもんでしょうか。過去の国会決議をもって「A級戦犯は戦争犯罪人ではない」と断じてしまう軽さには辟易してしまう。日本の国会でどんなに決議をしようが、アジアに侵略戦争をしかけ2000万人ものアジア人を死に追いやった事実は消せない。被害国の人々が許すかどうかを一番重視すべきではないのか、加害国が過去を真っ先に忘れてはいけない。余りの「自慰的決議」に過ぎる。こんな歴史認識の新首相なんだぜ。野田君は。
 期待できるとすれば、法務大臣になった平岡秀夫か、彼には本当のところ期待している。頼みたいこともある。いつ会えるかなあ。刑務所の処遇改善も忘れてはならない課題だ。入国管理においても人権を無視する事態がたくさん生じている。リベラル派の平岡さん、頼むよ。

11日のデモは高崎城址公園(高崎市役所正面玄関前)午後1時30分集合、2時15分出発。にぎやかにやりましょう。
19日は東京5万人集会(明治公園)へ。

「保坂のぶと世田谷区長を励ます集い」の案内が届いた。彼は真っ当な人だからこれまでも強く支援していた。八ツ場ダム問題については第一人者だと思う。世田谷区は群馬県川場村と提携しているので、川場村の放射能の問題にも適切に関与してもらえたらと思う。
ヒルトン東京ホテルまではとてもいけないが、エールだけは送ります。

2011年8月31日水曜日

トータルライフアップ学習会と広瀬講演会

8月も今日で終わりだ。お盆もあり色んなイベントもあり、そして9月議会の準備もしなければならない。
 伊勢崎市文化会館でのトータルライフアップ学習会(連合伊勢崎地協主催)に連合議員懇の4人が来賓として参加した。
 第1部の「県政報告会」として塚越紀一県議が30分ほど話をした。驚いたことにそのほとんどの時間を21日の「広瀬隆講演会」の内容に割いた。福島原発事故は津波ではなく地震で起きたということから、原発なくても電気は間に合う等々広瀬さんの話をまとめて話し、電力の自由化の中で今後は特定規模電気事業者の役割も大きくなるはずと閉めた。
 それを聞いていた伊勢崎地協の議長が広瀬さんを講師として呼べませんかねえ、ときた。ええでしょう。2500人会場、そのときは本気に構えて準備しましょう。まずはマネージャーの角倉県議へ塚越県議が電話。

 9月6日から始まる玉村町議会の一般質問には特定規模電気事業者(PPS)の選定について、を質問事項の一つとした。PPSの導入は原発を廃止する意味でもその入り口にあると考えるからだ。おそらく県下で初めての質問事項で当局もとまどうだろうが、電力会社は東電だけではないことを強く喚起していきたい。

2011年8月27日土曜日

全く期待できない民主党代表選

菅降ろしの続編として始まった民主党代表選について語りたくもないが一言で言えば「全く期待なんてできません」ということか。
特に前原には要注意だ。「原発はクリーンなエネルギー」などと外務大臣時代に言ってのける浅はかな認識しかない。震災復興に関し、経済成長によるその果実(利益)を復興財源に当てるなどという小泉政権の新自由主義政策の後追いをしようとしている。今、命の危機にある被災地はこれ以上待てないことに気づかないのか。この間、最小投資で最大利益を上げるという新自由主義政策により地方は置いてきぼりにされ、あげくは原発を金の力で飲まされてきたのだ。貧しい地方を壊滅状態にしておいて都市が栄える光景など見たくもない。「国民の生活が第一」と被災地へ行って言えるか。
同じ松下政経塾出身の野田や小沢派の支持を得た海江田も同じようなもの、ほかの二人も以下チョンチョン、薄っぺらな理念保守ばかりで何の違いもない。
 さて、では今後日本の政治はどうなるか、それが問題だ。既成政党はみんな駄目ということになると、これからは危険度が増す。戦前の日本を考えたらいいだろう。
 威勢のいい言葉を自信満々の様子で連発する例えば橋下大阪府知事のような人物が登場し、閉塞感一杯な社会状況に危険な動きを仕掛けてくる。事実、大阪では「維新の会」が「改革」と称し、安定した身分保証の公務員や教員に攻撃を仕掛けてきている。このようなファシズム的状況が巻き起こる可能性がある。橋下は「今の日本の政治で一番重要なのは独裁。独裁と言われるくらいの力だ」と言ってのけている。
これにきちんと反対行動を起こせる運動こそが必要となる。その一つがこの間進めてきた全国の反原発運動だと考えている。まともな歴史認識と時代認識をもってファシズム運動を跳ね返す力を蓄えなければならない。そこにこそ未来がある。結局、他人任せでは未来を切り開くことはできないということ。

2011年8月22日月曜日

「今すぐ原発を止めよう」と広瀬さんが訴える

歌の南條倖司さんはプロ、フラメンコダンスもプロ、麦わら帽子の会もプロという方々が講演会の前を盛り上げて頂いたので、スムースに1時からの広瀬講演会に入っていけた。それにしても5月1日の高崎デモまでは知らなかった人達だ。反原発の思いは社会の深いところでつながっていることを実感した。
 広瀬さんの話は福島原発の事故の真相、地震、放射能と3時間にわたり全面的に展開された。始まるときは空いていた席もほとんど埋まるほどの盛況だ。真実を武器にたたかってきた広瀬隆さんの話を聞いて、それぞれ何かを始めたいと考えている人も多かったのではないか。他人任せでは何も始まらないということ。
 交流会では更に話しが弾み、南條さんの歌がまた始まるなど大きな達成感を味わうことの出来た1日だった。
 講演会の様子は世界に中継されたということだが、そういうことはなかなか理解出来な


い遅れた自分がいる。

2011年8月20日土曜日

21日(日)広瀬隆講演会 玉村町文化センター

会場11時30分、12時から歌やダンス、麦わら帽子の会による朗読劇「伸ちゃんのさんりんしゃ」等が始まる。
そして、1時からいよいよ広瀬隆さんの講演会となる。時間は約3時間だそうだから、聞く方も構えた方がいい。それほど広瀬さんは訴えたいのだ。
 3月11日の震災と福島原発事故は今だ収束の目途はたたず、一体どこまで広がって今後どのようになってしまうのか、と多くの人が不安と怒りのなかで生活している。
人々をこのような塗炭の苦しみに追い込む原発は人類とは相容れないものとして、改めて認識し直した。
 原発推進勢力が政治と経済を握り、「安全神話」を人々に強制し、その結果、このような惨事を招いた。しかし、彼らは、事ここに至っても原発を推進しようとしている、中には核兵器に転用する能力確保のため原発は止められないなどと明け透けに発言する政治家もいる。
 広瀬隆さんに講演依頼した理由はここにある。中途半端な原発批判ではなく、真実に根ざした徹底批判、そのことにより原発推進派から憎悪の対象となりながらも一歩も引かず闘い続けるその姿勢こそが今、我々にも求められていると考えたからだ。
幸い角倉県議が広瀬隆さんとの人脈をもっていた。そのことにより実現した講演会だ。今後反原発運動をするについても、「確信」をもって運動する事が第一に求められる。その意味でも重要だ。
 たったこの瞬間も、原発事故の収束のため多くの原発労働者が福島原発現地で命がけで働いていることを忘れてはならない。彼らを平然と使い捨てる感性の原発推進派には嫌悪感を覚えるだけだ。
 広瀬隆著「原子炉事件爆弾」を読み終えた。この本は昨年8月に出版された。その一部を書く。
【科学的・論理的に考えれば、周期的に到来する東海大地震は間違いなく起こることであり、これを否定する人間は、電力会社にも一人もいない。その時に、浜岡原発が破壊され、取り返しのつかない末期的な事故が起こる可能性は、ほぼ100%と言ってよい。これは、時限爆弾の爆発を待っている、ということになる。私たちが分からないのは、その時限爆弾が、いつ爆発するようにセットされているか、その時刻だけなのである。】

2011年8月18日木曜日

広瀬隆講演会に向けての準備は進む

いよいよ21日に近くなり盛り上がってきた。上毛新聞、朝日新聞に広瀬講演会の記事が載ったこともあり反響が出てきた。
「放射能検知機を求めたいが斡旋してくれますか」「大泉から電車で行くにはどうしたらいいですか」「車いすでも参加できますか」「チケット○枚予約」等々さまざまな電話だ。来年の町長選に向け身構えている人からも10枚買っていただいた。こわいな。何かあるかな。自分がしっかりしていれば大丈夫だ。現職にも売ってやった。これでチャラ。
昼食のため町内で大賑わいのラーメン屋に入ると、カウンターで玉村文化人の町田さんと隣合わせた。最近、結構偶然に会うから不思議だ。「6日に東京へ行ったら素人の乱がデモをしてましたよ」とお江戸の情勢を聞かせてもらった。
 土田君は高崎市内の呼びかけ人からチケット代を預かってきて、自らも10枚、関口ケアセンターもこのブログを見れば、きっと来るに違いない。田中島夫妻は京都の美味しいせんべいをスタッフのみなさんに、と差し入れながらチケット2枚、西園先輩は得意の法螺話に華を大いに咲かせながらチケット1枚(ちと少ないかなあ)、キリスト者の鈴木さん2枚、関口元教育長も1枚と大変いい雰囲気だ。西園先輩、帰ってから「当日葬式ができちゃった」と電話。もう遅い、代金は返しませんから、先輩、誰か有望な若者に回してください。秋山局長5枚、栗ちゃん3枚、岩城姉さん2枚等々どんどんさばけていく。そして今も川井地区の天田さんから「盛り上げましょう」との激励の電話とチケット予約、勢いでスタッフになってもらった。忘れちゃいけない、アンドレ山ちゃんにも電話で声がけ、けだるい声で「行きますよう」だと。
 当日売る写真雑誌デイズジャパンが95冊届く。東日本大震災救援対策本部ニュース「生きぬくために闘う」も届く。参加者に配るチラシ類も集まりだし、雰囲気だけは盛り上がってきた。 
 広瀬さん本人からもメールが届き、玉村講演会への力の入れようも伝わってきた。パソコンと新しく購入した高性能プロジェクターを持参するとのこと。
角倉県議からも「どんな状況?」おかげさまで順調、当日は確実に広瀬さんを高崎駅からお連れする役をこなして頂きたい。
 明日一日、一声かけましょう。

2011年8月15日月曜日

「前事不忘、後事之師」 中国帰還者連絡会と撫順戦犯管理所

BSNHKで「撫順戦犯管理所」の生活と思想改造の課程が放送された。「中帰連」という雑誌を購読している者として、放送内容のバランスの良さを感じた。昨夜9時からのNHKスペシャルといい、今、我々が知っていなければならない事を放送している。制作現場の人たちの良心を感じ取れる。
 戦時中,中国人の収容所として使われていた施設に1000人近くの日本人戦犯が収容された。 日本軍に家族等を奪われた当時の中国人の日本人戦犯に対する憎しみには厳しいものがあった。
当然,虐待を受け,最後は殺されるものと覚悟していたが,管理所側は当時の中国人の食事より良いものを食べさせ、本や新聞も与えられ、運動、趣味さえも保証された生活が続いた。 中国人管理者、戦犯日本人のインタビューで当時の様子を明らかにしていく。信頼関係の醸成の中,過去の事実を自白した戦犯日本兵は罪を許され帰国した。
 帰国した戦犯達は、共産主義に洗脳された、として日本社会で受け入れてもらうのに相当苦労した。
しかし、中国側は戦犯達に政治活動の要請などは一切していない。それだけに戦犯達は帰国した現在も自らの犯した罪を深く反省し、二度と戦争はしないと誓う。
 一方,撫順戦犯管理所で日本人戦犯と向き合った中国の人たちも文化大革命の時、日本人に対し甘い態度をとった右派、として批判を受けた。しかし、両者は今も交流が続く。
 将来を見据え寛大な政策をとった当時の中国共産党,周恩来という人物の大きさをここでも感じ取れる。確かに建国当時の中国共産党は輝いていた。
 「前事不忘 後事之師」(前の経験を忘れず、後の教訓とする)



2011年8月13日土曜日

酷暑の中、下之宮高侭遺跡現地説明会

まるで南国にいるようだ。子供の頃もこんなに暑かったのだろうか。広幹道の工事にあたり発掘作業が進む下之宮地区での高侭遺跡現地説明会に行った。午前10時頃からの30分程度の説明会だが、暑くて集中ができないほどだ。これから日本の夏はどうなるのだろうか。
この地区では、古代~近世に至る4面ほどの地層発掘調査をしているが、その最上位の第1面では天明3年(1783年)の浅間山の大噴火で埋もれた村の跡が発見され今回の現地説明会となった。
 天明3年から始まった噴火活動は3ケ月続き、この辺でも夜のように暗くなり、火山灰や軽石が降り積もり、一面雪景色のようになったらしい。吾妻川に流れ込んだ土砂は大規模な土石流となり勢いよく下ってきたが、下之宮に達したときは自転車程度のスピードになり、軽石の地表を真っ黒な泥流が押し包んだ。その時の民家跡が発見された。しかし、遺物がほとんど見当たらないことから、住んでいた人は荷物をまとめてどこかに避難したのだろう、との説明だった。
理路整然とした話に納得していると、先輩が近づいて耳打ちした。「石川の初恋の人がここに来ているぞ。面影があるだろう」という。視線をその方向へ向けると、うーん、確かに。もうお互い歴史の地層に入る年齢近くになって想い出せと言われても、ため息が出るだけだ。

2011年8月7日日曜日

新藤兼人監督「1枚のハガキ」に寄せる99歳の思い

先週、埼玉県上里役場へ行く用事があり、ロビーで展示されている「ふるさとの偉人」というコーナーをのぞいた。
「満州開拓時代」の女性パイロット(七本木町出身)を偉人として取り上げているものだが、その説明書きには、「開拓団を悩ませたものに匪賊の出没があった」などという記載が平気でされている。  植民地政策により土地を奪われた中国人が抵抗するのは当然のこと、それを匪賊と言いなした当時の言葉そのものを使う無遠慮な感性、また植民地政策を疑問すら感ぜずに生きていた女性をパイロットだったという一点だけで「ふるさとの偉人」に仕立て上げてしまう教育になってしまった。これでは満州国建設は正しかったということになってしまうではないか。
教育基本法の改正により日本の教育はますます国際社会からは遊離した独善的な愛国心を強調するものになりつつある。要注意だ。
 現実はどうか。6日付の中国夕刊紙、法制晩報は、黒竜江省方正県で、日本の旧満州開拓団員の名前を刻んだ慰霊の石碑が、6日朝までに取り壊され撤去された、という記事を載せている。石碑は7月、開拓団員の眠る共同の墓のそばに建てられた。長野、埼玉、山口県などの各県出身者の死亡者約250人の氏名が刻まれたものだが、中国国内から強い反発を受けていたもの。
日本の当事者にすれば、「碑を建てて何が悪い」と思うだろうが、侵略された側の思いは全く違うことを理解する必要がある。この観点を学ばすことが教育の基本だ。
 相手のことを一切考慮しない独善的愛国心こそが戦争への道を掃き清めてしまったことを教えるのが教育のはずだ。「ふるさとに偉人なし」でいいのだ。

映画「1枚のハガキ」に思いを寄せた新藤兼人監督(99歳)の声を聞いて欲しい。
32歳で兵隊にとられ、そのとき100人の仲間がいた。「くじ」で選ばれた60人がマニラへ陸戦隊として赴くく途中、アメリカの潜水艦攻撃で死んだ。その中の一人と、二段ベッドの上と下で寝起きを共にしていた新藤は、出発前夜、彼の奥さんからのハガキを預かる。「今日はお祭りですが、あなたがいらっしゃらないので、何の風情もありません」。
マニラへ行けば必ず死ぬとわかっていた彼は返事を書かず、「もしおまえが生きて帰るようなことがあったら、このハガキをたしかに見たと、妻に伝えてくれ。たとえ死んでも霊魂となってお前を守ってやるから」と新藤に託した。
 残った40人がその後どうなったかというと、また「くじ」で選ばれた30人は日本の戦地で死に、残った10人のうち、またまた「くじ」で選ばれた4人が海防鑑に乗って死んだ。まさに「鴻毛のごとし」だ。
 99歳の新藤監督が描く「1枚のハガキ」、新藤も2等兵、最初に死んでいった60人も2等兵、しかし、ふるさとで待つ妻にとっては「あなたがいなければ、世の中に何の価値もない」と思わせる一人の大切な人、誰もがそうだった。94人の犠牲の上に生きているという新藤の思いがこの映画を作らせた。豊川悦司、大竹しのぶの演技が見物で監督自身、感心している。
 このような繊細さが教育にも求められている。無理して偉人化するな!後始末が大変だ。

2011年8月5日金曜日

SL号が走り抜けるなかでのブルーベリー狩り

今日は天気が心配だったが、松井田の現地は曇り空でそれほど暑くない中でのブルーベリー狩りとなった。朝鮮学校からは元気な子供達や卒業して茨城や東京の朝鮮高校へ通う高校生も参加した。安重根校長先生も同行しての賑やかなひとときとなった。ブルーベリーを食べ、お茶を飲みながらの四方山話は楽しい。
 多くの日本人が誤解しているのは、朝鮮籍を持つ人たちはいわゆる北朝鮮地域出身と思いこんでいることだ。ほとんどの人たちは朝鮮半島南部言ってみれば韓国地域出身者というのが現実だ。韓国という国ができたのは戦後のこと、それまではみんな朝鮮籍だった。日本と国交を持つ韓国籍になった方が、日本では生きやすい、都合がいい等々の理由で国籍を変えていった人たちとそのままの人たちという違いだけなのだ。
古くから、本当に古代から親密な関係にあった朝鮮半島と日本の歴史を知れば知るほど、在日朝鮮人に対する差別と偏見は恥ずべきことと思う。国家間の難問を解きほぐす鍵も在日朝鮮人と真の信頼関係をつくること、ここから全ては始まると思っている。勿論、そのためにつきあっている訳ではないが。子供達の笑顔は希望だ。
 今日はSL号が汽笛を鳴らしながら駐車場南の線路を通過するというプレゼントもあった。

2011年8月4日木曜日

周恩来総理に外交の基本を教えて頂きたい自民党3議員

独島(竹島)問題にからみ独島近くのウルルンドという島に視察名義で乗り込もうとした自民党国会議員3人が韓国に入国拒否されたことが大きな問題になっている。
一連の報道から感じたことは、戦争挑発のパフォーマンスということだ。札付きの右翼政治家らしいが、特に自衛隊出身の議員に関しては、戦前の軍部の暴走を想起させられた。こういう行動右翼が国会議員になり、我が物顔で隣国に押し入り「竹島は日本固有の領土」と主張して回る姿は尋常ではない。批判の声が小さすぎる。彼らに「恐怖」を感じ、押し黙っていれば、増長するのは戦前の歴史を少しでも知れば分かること。戦後はそのようなことを繰り返さないという誓いから始まったのだ。
「政府の行為により再び戦争の惨禍が起こる事のないよう決意し、主権が国民にあることを宣言し、この憲法を確定する」憲法前文。
 国政の力が脆弱で外交でも成果を収められず、民衆がストレスを溜めている今のような時は、保守行動派による領土問題や国益論を声高に叫ぶ威勢のいいファシズムが横行する事は歴史の必然でもある。乗せられてはならない。
 奇しくも「周恩来」がNHKで放送されている。彼は外交について「原則を持つことは当然だが、相手の立場を考えることを抜きに外交はない」と言っている。単純・まっすぐ困った君達に教えてやって頂きたい。

2011年8月3日水曜日

広瀬隆の熱い講演を聴こう

昨日は、伊勢崎市議会と玉村町議会の交流会と懇親会を伊勢崎市内の「最高の1日」を会場に約8年ふりに開いた。合併後はなにかとせわしく、議員の数も伊勢崎32人に対し、玉村16人ということもありなかなか調整もしづらく、機運も盛り上がらなかった、というのが実情だったろう。合併後の選挙を何度か経て、やっと落ち着く中で、今後も、伊勢崎・佐波の交流の大切を確認する意味でも重要な交流会だった。

今日は、21日の広瀬隆講演会に向けてのチラシを知り合いに配りながら、当日の参加を呼びかけた。広瀬隆を知らない人が意外にも多いのに驚いたが、原発事故の収束どころか、どんどん拡大過程にある現実の中、経団連などの脅しに屈服してはならない。農業が営めなくなっていく、産業が破綻していく、人が住めなくなり地域が崩壊していく、それでも原発は必要か、ふざけるな、という思いだ。
「原子炉時限爆弾」の一節を引く。「死の灰という言葉さえ知らない若い世代が、報道の中心を担っている。日本人には古来からそれなりの思考する力があり、決して世の中全体が無知であるはずはないのだが、報道が途絶えると、誰もが知っておくべき事実を誰も知らない、という「知恵あって無知な」世に中になる。そのため、日本人全体が、本書のテーマから見れば刻々と迫っている危機について何も知らずに、明日に希望を見つけようと生きているように思われる。企業経営者も、日々の作業に追われて、とても原発のことなど考えているヒマはない、というのが現状だろう。しかし、全ての日本人の生活にかかわるこの問題だからこそ、「原発震災」を全く考えずに、生きてゆけるはずがない。それを考えておかなければ、生きてゆけない可能性が高いのである。」
熱い広瀬隆の声を聞け。

BSのNHK夜9時から4日間放送されている「周恩来」の1回目を見た。昨日は見逃したが、今日、明日は必ず見るぞ。周恩来、尊敬するる人物だ。中国という国はすごい。歴史の厚みが日本とは違う。周恩来が生きていたら現代中国の姿を見てどう思うだろうか。事故を起こした列車を埋めてしまう姿を見てどう思うだろうか。

2011年7月31日日曜日

ホンモノは誰だ。メデイアの姿勢を問う。

朝日新聞の争論「カジノを日本に」を読む。建設省退官後国会議員になった民主党衆院議員古賀一成(賛成派)とパチスロライター大崎一万発(反対派)の争論だ。
本気で「カジノを日本に」などと考えている議員連中のなんと単細胞なことか。
「アフターエイトを過ごす空間、大人の社交場」といい、「カジノの売り上げは富裕層からのもの。今は熱中できるものがない世の中、高齢者を含め、遊びと社交のメニューが増える。ギャンブル依存症の増加に対しては、収益の一部を依存症対策の基金にすればいい。」ときた。脳天気も甚だしい。何の生産性もないことに全く気づこうともしない。駄目です。
 一方の大崎一万発、ふざけた名前の通りのギャンブラー、その道の達人がカジノ批判をする。「
大勝ちを夢見て、結局はスッテンテンになるギャンブル産業は人間の弱さを含めたところで成り立っている。カジノもつまりは賭博場、社交場などというきれいごとにならない」と徹底批判、怪しげな人物の方が本質を見、正論を吐くという一つの実例だろう。「清く正しく美しくカジノを」なんてあり得ません。

そして「新聞研究がボツにした原発報道批判記事㊤」という週間金曜日の記事、明石昇二郎の記事が依頼先の「新聞研究」からの「修正」要請に応じたにもかかわらず、編集長から「ボツにしたい」と掲載を断られた。広く読まれるべきと考える「金曜日」が全文掲載を始めた。読んでみると、何の問題もない、ジャーナリストはこうでなくてはならない。大手新聞は何を恐れている。民衆の新聞になれ。



30日、玉村町歴史資料館企画展「国境河川地域、玉村町の戦国時代」に際し、県立歴史博物館の簗瀬大輔先生の講演を聴いた。この手の歴史講座はいつも満員の盛況、我がふるさとの歴史を知りたい、という気持ちの強さだろう。
今年は戦国末期に玉村町に拠点を持った小領主・宇津木氏を巡る話、現に「宇津木姓」の人はたくさんいる事もあり、「子孫」の人たちも多く参加していたようだ。
当時、玉村は交通の要衝であり、利根川の福島渡河点左岸に構築された軍事施設(北玉村寄合)での「渡守」が宇津木氏の本来的家職ではないかと読み解く。時代に翻弄されていく民衆が背景にあることも見逃せない、興味深い内容だった。

2011年7月27日水曜日

淡々と生きたいが四苦八苦な局面にも直面する毎日

淡々と毎日が過ぎていく、などというもんじゃない。やりなれない仕事が重層的に押し寄せ、それも急ぎのものばかりなので四苦八苦と言うところ。

1.道路用地についている古い抵当権(休眠抵当権)の抹消、それも抵当権者が3人いて住所は群馬県と埼玉県、供託地が2ヶ所ということに。共同担保関係にある何筆かの所有者が違う場合、所有者ごとに供託することに。

2.後見人が被後見人に代わり、被後見人所有土地に対して行う抵当権設定について、家庭裁判所の許可の要否につき、居住用のとらえ方がなかなか難しい。被後見人保護の観点から広く解釈しているようだ。ハウスメーカーは一刻も早く建設資金を回収したいゆえ、非居住用地として許可なくてもいいと主張、しかしそうはいきません。法務局も熊谷管轄のため移動にも時間がかかってしまう。

3.そこへ来て会社の資本増資について、自宅の土地と建物を現物出資したいという相談があった。当然500万円を越す評価だ。あまり複雑な事をすると手間暇ばかりで、かえって高くつくとアドバイス、裁判所が関与する事になると、実際時間もかかる。

4.滞納についての相談が2件、延滞金についての苦情が2件、確かに年14.6%は高い。それも1円の値引きもしないのだからこれもすごい。(納税の秩序を維持し、税の公平性を保つためにもこれ以上の滞納を放置する訳にもまいりません。)だとさ。
 時給800円程度、年収200万円以下の人がどれほどいるのか考えた方がいい。1200万人をはるかに越えている。ギリギリの生活の中で、突然のの出費があった時、滞納してしまうことはあるだろう。税の公平性を言うなら、賃金の公平性を一緒に言わなければならない。
 法務省・社会を明るくする運動で「やり直せる社会に賛成です」という標語をあちこちで見る。やり直せない社会を作ってしまったのは誰だ、自覚がなさ過ぎる。

5.息子の離婚相談、これも当事者ではないので難しい。親心はわかるけど、まずは本人同士の自覚から始めなければいけない。

等々さまざまなことに接するたびに社会は動いていると実感させられる。一生は一度だからスローに味わいながら生きたいものだ。しかし、現実はその逆になっているから、これを変えなければいけないとしてもがいてしまうのだ。

 

2011年7月24日日曜日

玉村ふるさと祭り1日目を歩く

今年のふるさと祭り1日目は昨年ほどの暑さではなかった。しかし、甲冑行列に加わることになり、やはり暑いことには変わりない。
「軍配山まつり」と称し滝川一益を将とする30人ほどの一団としてのパレードだが、結構人気があるのには驚いた。こうなったら当時の食料生産をになった百姓行列をしたらこれも見物と思う。しかし、封建時代、百姓が行列をしたのは悪代官に命がけで抗議する百姓一揆の時ぐらいだったろう。戦だって農繁期を終えた農民が動員されていたのだから。
 伝統の祭りは大切にしたい。そこには、歴史の積み重ね、庶民の生活の1年1年の積み重ねがあり、そのなかで時代も社会も大きく変わってきたという感覚を持ってこそ、その祭りの神髄に迫れる。夏が来た。

待望の「幸せの経済学」「レイチェル・カーソンの感性の森」を観た。「幸せの経済学」はグローバル経済社会の弊害をローカル経済を対置させて、どちらが未来に継続可能な社会を保障できるかを描いている。
「レイチェル・カーソン」は1964年に56才で亡くなった「沈黙の春」の著者・レイチェル・カーソンの物語。「センス・オブ・ワンダー」を映画化したもので、自然と共生する知恵と信念あふれる秀作。
「自然の神秘さや不思議さに目をみはる感性の大切さ、小鳥たちのコーラス、木の芽の感触、海辺の臭い、夜空にまたたく星を感しながら暮らすヒントがここにある」

2011年7月18日月曜日

今日はひねもすのたりのたりかな、の気分で始まった朝だったけど

今日は全く予定がないので、涼を求め、本でも読もうと朝のうちは思っていたけど、そうはいかないのが娑婆の常。
 大沢知事の知事公舎への女性連れ込み事件をこのままにしておいていいのか、「公舎を我々にも解放しろ、使わせろ」と遊び人の面々を連れてデモかけよう、などという県民の声まで来ている。とにかくこのままじゃあきません。なんらかの行動は起こします。
しかし、今日は読書と昼寝だ。西園先輩から借りた本、「伽耶を知れば日本の古代史が分かる」を読み出したら、最初からこれまでの認識がひっくり返るほどの内容なので、ジックリ取り組むつもりだ。

8月21日の広瀬隆講演会」のチラシもできた。明日から動き出す。世の中、この事故を期に、「脱原発」に動くかのように多くの人が見ているが、そんな甘いものじゃない。推進派の連中は時期を見て再度、原発推進攻撃をかけてくることは間違いない。核武装の意図を隠そうとしない連中がいるではないか。原発の真実をしり、怒りをもって、しかも冷静に原発を止め、原発に依存しない社会を創造していく事が大事。
菅首相の「脱原発発言」に対し幻想を抱いてはいけない。大衆的支持なくして、大衆が政治を獲得することを抜きにして、「脱原発社会」はつくれない。それは真実から目をそらさない勇気ある圧倒的な大衆を育てる事を抜きに語れない。そのためにも広瀬講演会の位置付けは重要だ。

「炎628」は圧倒的にすごい作品だ。家族をナチスに虐殺された少年がパルチザンに入り、戦争、虐殺を経験する中で、老人のような顔になっていく。恐怖と憎しみに満ちた少年は、ヒトラーの肖像を打ち抜く、そしてヒトラー伍長も打ち抜く。しかし母親に抱かれた幼少のヒトラーを打ち抜くことはできない。ユダヤ人を絶滅しようとしたナチス思想との相違だけを描いたのものではないが、印象的だ。
「事情によったら戦争も仕方ない」などと考える人たちに是非、戦争のむごさをもう一度考え、「戦争は絶対いけない」の決意を固めて頂きたい。
シネマ前橋で7月22日まで。小見さんがんばってるよ。

2011年7月16日土曜日

全力で玉村町「田園・夢花火」打ち上げ

暑い毎日だが今年も何とか無事に夏の風物詩、玉村町「田園・夢花火」の打ち上げが無事終了した。長野県山之内町議会、昭和村議会と加藤昭和村村長の参加を得て交流を深めながらの花火大会となった。また今年は福島県の花火屋さんにも参加して頂き、被災地を意識しての花火大会でもあった。震災当初は町民の一部からは「今年は自粛したら」の声もあったが、議会としては「断固実施、今やらずにいつやる」の声で満ちた。そして寄付金は昨年以上集まったという。気合いの花火大会だ。23回目を迎えた今、広幹道開通後の花火大会の会場などについてもぼちぼち議論をしておく必要がありそうだ。多くの人が楽しみにしていることもあり今後も継続していきたい。

午前中は群馬会館で「原発の欺瞞」「放射能とは」の勉強会、毎週土曜日の午前中の講座だが、何とはなしに20人くらいが集まり、それもさまざまな顔も知らない者同士がなんの違和感もなく、講師はどういう人と思いながらも学び会う姿は微笑ましい。

私は中座し、シネマまえばしで黒澤明監督「白痴」を観る。ここにも15人ほどいた。こういう「思い」に入れ込んでいる映画館を応援したい。先週は「僕の村は戦場だった」「誓いの休暇」を観た。ソビエト映画だ。18日には「炎628」を観るつもり。ナチスにより住民ともども焼き払われた村が白ロシア全体で628あった事から付けられた名前だという。

2011年7月13日水曜日

週間新潮どこも売り切れ 大沢知事に借りに行こうか

上毛新聞に、「今日発売の週刊新潮の記事で、大沢群馬県知事が公邸に女性を招き入れ一夜を過ごした」との記事が載ると記された。
朝、早くも西園先輩から「本屋へ行ったらもう1冊しかなかった。自民党がきっと買い占めているんだ」との電話。もうひとりの友人からも「公邸に女連れ込んじゃっていいのかい。あんなじいさんのどこがいいのかなあ」
 この話、実は選挙期間中に聞いていた。周辺では周知の事実だったのかもしれない。後藤あらたさんも知っていたけど、選挙期間中にそれを指摘することはなかった。これが暴露されていれば、断然状況は変わったと思う。情けだったのかなあ。情けは禁物ともいうけどねえ。
札付きの売らんばかりの週間新潮の記事(偏向記事も盛りだくさん)だから、相手になど普段はしていないのだが、俗世間にまみれながら生きている身ゆえ、前橋まで行く途中のコンビニへ寄ったが、どこも文春はあっても新潮はなかった。あれえ、ここで思いついたのが土田君、こういう手の話には生まれつきの才能というか週刊誌の買いに動く。その彼が全く知らなかった。この二日間、仕事で目一杯だという。そういう不正常な生活はいけません。早く真っ当な日常を取り戻すよう手助けしよう。
 西園先輩に窮状を訴えると、すぐ読み終わった新潮を持ってきてくれ説明も加えてくれた。今夜、記事の内容を詳しく分析しなくては、反動週刊誌への不信感も働かせながら熟読してやる。

ところで男と女の問題、これは人間社会を少し見ても判るように、複雑で奥深いものがあり、簡単にモラル、アンモラルでかたづけられない性格を持つ。好みが合う者同士はやはりつながってしまう。それが自然だ。その点では、私などは完全にアンモラル派だ。
「憚りながら」という本がある。山口組舎弟だった後藤忠政が書いた本だ。そのなかで、彼は書く、「苦労をかけ続けてきた妻を思うと、愛人を東京の自宅に入れることはできない。会うときは高級ホテルだ。それが妻への思いであり、愛人への思いでもある」と。
彼女を知事公邸へ連れこんじゃいけません。これじゃかばえないよ。

さて、「にしきのつうしん」の印刷が終わり7.8.9月の玉村町文化センター大ホールの予定表を見た。8月21日「広瀬隆講演会」となっている。よし、しかし前日の20日には「幸福実現党群馬大会」とある。私と全く相容れない政党だ。しかし、これがなんでもありの現実ということ。我が道を行きやしょう。