先週、埼玉県上里役場へ行く用事があり、ロビーで展示されている「ふるさとの偉人」というコーナーをのぞいた。
「満州開拓時代」の女性パイロット(七本木町出身)を偉人として取り上げているものだが、その説明書きには、「開拓団を悩ませたものに匪賊の出没があった」などという記載が平気でされている。 植民地政策により土地を奪われた中国人が抵抗するのは当然のこと、それを匪賊と言いなした当時の言葉そのものを使う無遠慮な感性、また植民地政策を疑問すら感ぜずに生きていた女性をパイロットだったという一点だけで「ふるさとの偉人」に仕立て上げてしまう教育になってしまった。これでは満州国建設は正しかったということになってしまうではないか。
教育基本法の改正により日本の教育はますます国際社会からは遊離した独善的な愛国心を強調するものになりつつある。要注意だ。
現実はどうか。6日付の中国夕刊紙、法制晩報は、黒竜江省方正県で、日本の旧満州開拓団員の名前を刻んだ慰霊の石碑が、6日朝までに取り壊され撤去された、という記事を載せている。石碑は7月、開拓団員の眠る共同の墓のそばに建てられた。長野、埼玉、山口県などの各県出身者の死亡者約250人の氏名が刻まれたものだが、中国国内から強い反発を受けていたもの。
日本の当事者にすれば、「碑を建てて何が悪い」と思うだろうが、侵略された側の思いは全く違うことを理解する必要がある。この観点を学ばすことが教育の基本だ。
相手のことを一切考慮しない独善的愛国心こそが戦争への道を掃き清めてしまったことを教えるのが教育のはずだ。「ふるさとに偉人なし」でいいのだ。
映画「1枚のハガキ」に思いを寄せた新藤兼人監督(99歳)の声を聞いて欲しい。
32歳で兵隊にとられ、そのとき100人の仲間がいた。「くじ」で選ばれた60人がマニラへ陸戦隊として赴くく途中、アメリカの潜水艦攻撃で死んだ。その中の一人と、二段ベッドの上と下で寝起きを共にしていた新藤は、出発前夜、彼の奥さんからのハガキを預かる。「今日はお祭りですが、あなたがいらっしゃらないので、何の風情もありません」。
マニラへ行けば必ず死ぬとわかっていた彼は返事を書かず、「もしおまえが生きて帰るようなことがあったら、このハガキをたしかに見たと、妻に伝えてくれ。たとえ死んでも霊魂となってお前を守ってやるから」と新藤に託した。
残った40人がその後どうなったかというと、また「くじ」で選ばれた30人は日本の戦地で死に、残った10人のうち、またまた「くじ」で選ばれた4人が海防鑑に乗って死んだ。まさに「鴻毛のごとし」だ。
99歳の新藤監督が描く「1枚のハガキ」、新藤も2等兵、最初に死んでいった60人も2等兵、しかし、ふるさとで待つ妻にとっては「あなたがいなければ、世の中に何の価値もない」と思わせる一人の大切な人、誰もがそうだった。94人の犠牲の上に生きているという新藤の思いがこの映画を作らせた。豊川悦司、大竹しのぶの演技が見物で監督自身、感心している。
このような繊細さが教育にも求められている。無理して偉人化するな!後始末が大変だ。
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