みんな寿命を全うしようぜ

みんな寿命を全うしようぜ
西表島で会った昼の蝶

2010年12月30日木曜日

この1年を忘年会で締めくくる




恒例となった忘年会を昨夜おこなった。30人程の参加だが、そこは気心知れた仲間同士、激動の一年を締めくくった。中澤さん、貫井町長、そして後藤新県議の参加もあり、いつになく懇親も深まった。6時から始まり解散したのが11時だからその盛り上がりが想像できるだろう。岡田さんの打ったうどんが好評で3回も打ってもらった。女性がいないのが気になるが、どうしてもお手伝いに回ってしまうことになりかねないので、いつしか呼ばなくなってしまった。反動で女一人奮闘の連れ合いの私に対する反発は並みのものではない。後片付けは大仕事だから無理はないが。

 来年の知事選に向け決意を固めている後藤あらたさんを後援会の仲間として迎えじっくり話す機会を持てたのは良かった。無所属で通しきっているその極意を感じることができた。「後藤新報」の中で「正射必中」を言う。正しく法に適った射は発すれば必ずあたるという意味だ。中庸にも通じる。私は「不射の射」という故事を大切にしている。弓の道を究めた者は矢を射ることなく目標をとらえる、という意味だ。どちらも共通点がありそうだ。
 山あり平地ありの群馬を語るのは、深い哲学を持った人でないと務まらないだろう。張り子の虎に恐れをなすことはない。この道を歩めだ。
「政権がどう変わろうとワッハッハ われらは水よ低きに溜まる」と歌う人々の心を動かすのは哲学を持った人でなければできない。

 来年もまた騒がしい一年になるだろう。後藤あらた「新年の集い」が1月29日(土)午後2時からグリーンドーム前橋(サブイベント広場)で開かれる。思いのある人・後藤あらたに接するいい機会なのでおすすめしたい。

2010年12月28日火曜日

政権がどう変わろうとワッハッハ

歌人・門倉まさるさんからはがきが届いた。歌が5首書かれている。教師を定年退職して何年たつのだろうか。岩鼻町を拠点に娑婆を観ている人だ。町内上之手にあったプール・錦野アメリカンで数年間の夜を裸でのおつきあいさせていただいた自由人だ。ゆえあってこの数年は他のプールに通いながら、群馬の森あたりを散策し、思索にふけっているのだろう。

政権がどう変わろうがワッハッハ われらは水よ低きに溜まる 読売新聞 小池光先生 選

荒涼の河原にひとり棲む 鶏に会わんと急ぐ 霜の道なり   朝日新聞 馬場あき子先生 選

亡き兄と働きたるは烏川 護岸工事のこがらし荒ぶ   毎日新聞 篠 弘先生 選


死力尽くし紙飛行機の空中戦 滞空時間競うだけだが  毎日新聞 河野裕子先生 選

幼き日住みし坂道坂はなく 今住む岩鼻坂の道なり   NHK教育テレビ 今野 寿美先生 選


 門倉さんは一人で世界中を歩き回るスケールの大きな人物だ。南米、アフリカ、ヨーロッパは勿論、東南アジア、中国の北京経由で朝鮮民主主義人民共和国まで好奇心の向くところ、分け隔てなく足を伸ばしている自由人だ。
実は門倉さんの膨大な歌の一部を頂いているのでいつでも小出しに載せることができる。

国際色豊かな歌をいくつかピックアップする。

制服の白きアオサイ女子高生 それぞれ白の刺繍なり

オアシスの小さな店もうず高く ナンを重ねて客を待つなり

一日に五回の祈りウイグルのガイドの長寿の秘訣とぞ言う

若き日のサハラの旅は種赤きサボテンの実の甘き思い出

アラビア海ひとり泳げば禿鷹は 空に舞いつつ我をみており

ガンジスの流れのままに空仰ぎ浮きつつあればわが身愛しも

プラハなる路面電車の終点は レールが円となりて戻りく

「叫び」とのムンクの絵なる本物はうつろなる眼の奥ぞかなしき

中央アジアに青く小さく咲くという花の種買う君と別れて

いにしえの抗日映画ばかりなり 北朝鮮の宿のテレビは

神の使徒荒野に向い叫ぶとか 荒野とは我ら民衆

バルト海 透きたる水冷たくて 2㍍ほど泳ぎたるのみ

ガンジスで泳ぎたる後案内の少年我を友達と呼ぶ

 ということで際限なく続いてしまう門倉ワールド、果てしない宇宙の中の小さな星に生き、そのことを自覚している門倉さんだからこそ歌えるのかもしれない。
 「政権がどう変わろうとワッハッハ 我らは水よ低きに溜まる」と。しかし、本音は呆れかえって怒りまくっていると思う。しかしそこは人生の達人、このような歌になる。

2010年12月23日木曜日

小寺弘之前群馬県知事の死を悼む


 群馬県知事を4期務めた小寺弘之さんが亡くなった。最後の知事選は、私が議会議長をしていた時期でもあり、大方の議員仲間と一緒に小寺さんを応援した。小寺さんは穏やかな口調のなかにも弱者に対する思いやりや文化への造詣の深さを感じさせる人だった。良識派の政治家といえる人で群馬県にとりかけがえのない人だった。
 今年の参院選比例代表に出馬したが惜しくも敗れた。6月1日には玉村町で富岡由紀夫さんと一緒に集会を開き、その後、三和食堂で懇親会を行った。後藤あらたさんも出席し、その師弟関係の深さを印象付けられた。その時の1枚をアップする。
 小寺弘之さんのご冥福を祈る。

2010年12月21日火曜日

玉村町映画上映会で格差社会を吹っ飛ばせ


未来に希望を持てず、事件を起こしたり、自ら人生を閉じたりと、散々な状況の若者達だが、こんな状態をいつまで続けていていいはずがない。長い歴史の過程で見れば、現在は資本主義の最末期なのだ。新自由主義という怪物を退治できれば明らかに大空が開ける。新しい社会を見据える目と勇気こそが求められている。
 そこでこの2本の映画上映会を挙行する。
「川の底からこんにちは」 学校を卒業してから5年、5つめの会社に勤めている佐和子、つきあった男は5人目で子連れときた。最後は父親の経営するシジミ工場で「どうせ私は中の下の女ですから」と居直りながら格闘する毎日を描く。差別・格差社会に生きる大勢の人々に送る賛歌。石井裕也監督作品

「ヒーローショウー」 井筒和幸監督の力作だが、観客動員は弱い。しかし、内容は現代社会の矛盾のしわ寄せをもろに受けている若者達をストレートに描いている作品。なんとしても若者に向き合って欲しい現実を描くことにより、若者に対するエールと現代社会を痛烈に批判した傑作。

若い連中に観て欲しい2本だ。
2月13日(日)玉村町文化センター小ホール、
午前10時20分から 「川の底からこんにちは」
午後1時30分から「ヒーローショー」
上映後 井筒監督とのトークショー
チケット 「川の底からこんにちは」800円
     「ヒーローショー」とトークショー 1200円
      共通券 1700円

2010年12月19日日曜日

連合群馬議員懇談会第21回定期総会とその後

高崎市ビューホテルで「連合群馬議員懇談会」が開かれた。後藤かつみ県議が「公契約」の具体的事例を挙げて講義をした。委託先の労働者の最低賃金などをキチンと決めて指定管理者と契約をするなどが必要、さもないと委託先での勤務条件が悪化し、かえってサービスが落ちかねないことを懸念してのことだ。
 定期総会、懇親会で多くの議員仲間と交流した。連合群馬の北川会長とも話し、大澤群馬県知事が無所属で再選を目指しているが、連合群馬へも推薦依頼をしてきたことについて、「推薦をしたら足下を完全に見られる」という私の意見に同意してくれた。なにせ協調路線で頼りないところのある連合だけに、そのくらいの決断はして欲しい。自民党とたたかう連合推薦議員の力が抜けてしまう。
 懇親会の後、シネマテーク高崎で「ばかもの」を観た。糸山秋子原作を映画化したもので高崎市が主なロケ地、というのが売り物だが、内容は結構よかった。初めて知ったセックスに溺れるのは若者の常、「セックスを知り始めて大人になったと大喜びすること、ああそれが青春・吉田拓郎」なのだ。それらが素直に表現されて違和感がなかった。
 結婚が決まっていた額子は、ヒデをその気にさせながらも、決まっていた相手と結婚した。その後ヒデは何人かの女性とつきあうが、どうしても心の底に額子のことがあり、アルコール依存症になり周囲に迷惑をかけ続ける。
事故で片腕を失い片品村で一人暮らしの額子との再会にヒデはためらいながらも向き合う。酔ったヒデに結婚披露宴を無茶苦茶にされた姉は「あんな女、絶対駄目よ」と言うが、両親はヒデには額子しかいないと感じている。母親(浅田美代子)が反対する娘の肩にそっと手を置く場面がいい。
「一生忘れられない恋がある」初恋は周囲に反対されればされるほど二人の絆は熱くなるが、自分の経験からいってもあの時期の人は忘れられない。この映画秀作です。新年まで上映しているから観て欲しい。糸山秋子はいい作品を書いている。
 映画館を出たら、屋台ラーメンがあるではないか。久しぶりに醤油味の屋台ラーメンを食べながら見知らぬ親父さんと雑談した。

2010年12月16日木曜日

玉村町第5次総合計画の説明会

平成23年度から27年度までの前期基本計画の町側の説明会が昨日行われた。5年後の人口は今の水準38000人の維持を基本においている。各分野においてもそれなりの意欲は感じられる。しかし、日本社会の今後にこのどれほどの展望がもてるのだろうか、という思いを多くの人は持っている。
しかし、人間がつくった社会なのだから人間が変えられるのだということを肝に銘じたい。イギリス、ギリシャ、スペイン、韓国など世界中で学生、労働者が街頭に出て、政治を変えようとたたかっている。目先のことしか考えられないおとなしい子羊に飼い慣らされてしまった日本社会の若者たちもこのへんで牙を剥かないと、本当に未来を奪われてしまう。資本主義は残酷なものです。
 昨日もうつ病をもちサラ金から大金を借り困り果てている子どもを持った親の相談があったが、精神疾患を思わせる人が回りにも増えているようだ。どういう経緯ではあれ、彼らを自己責任として追いつめてばかりいたら、何も解決はしない。根底的な原因を考える事が必要だ。社会から寛容さをなくしてはならない。

2010年12月12日日曜日

今年の同窓会は焼津で



毎年行っている大学時代の仲間の同窓会兼忘年会を今年は静岡県焼津市で行った。長野市から参加の金子剛を秋山と高崎駅に迎え3人で5時間程かけて現地に行った。途中、富士吉田市内の「麺許皆伝」といううどん屋さんで昼食をとった。この店が人気の店らしく客の行列があるではないか。秋山が2年程前、商工会の視察で寄ったことがあり、30分ほど並んで食にありついた。わかめうどん350円、鳥うどん400円でこれがうまい、人気の秘密は麺とスープにあり、富士吉田市はうどんで売り出しているらしい。
 気持ちに余裕のできた3人はその後、忍野八海に立ち寄り、予期せぬ絶景を拝見した。金子はその名前さえ知らなかったらしい。中国人観光客が多かったようだ。
 そして、焼津グランドホテルでご学友総勢8人が結集し、忘年会とあいなる。金子治三郎が静岡在住なのでホテル等を手配、幹事の鷲巣は日曜日に葬式ができ土浦市まで行かなければならず落ちつかない様子。
 栃木県警の狐塚は睡眠不足で眠りにきたようなもの。持田はバイク参加で悠々自適。東武建設の飯野取締役のほら話は相も変わらず快調。飯塚は母親の介護、新宮は日程調整ができず不参加。
 そして今日は、金子治三郎の現地安内人先頭に御前崎灯台周辺をドライブ、彼はお薦めの店「磯亭」で金目鯛の煮魚定食を我々に食べさせようとした。「金目鯛定食がおすすめだ、それでいいか」治三郎の言葉に「現地の人間のお薦めが一番いい」と注文したのは石川だけ、他の連中は刺身定食、金子剛にいたってはカツ定食を注文。「俺はお前らに金目鯛を食べさせようとしてこの店を選んだんだ」「治三郎の気持ちも考えろよ」再度注文をとっても石川以外は「刺身定食」勝手にしろということで、食したが金目鯛は最高だった。刺身もいいけど、金目鯛のツマとして食べればいい程度のもの。「お前ら本当にバカだよ」と治三郎はオカンムリだが、それでも続くのがご学友の関係。
 それぞれ好きなことを言い合って750キロの旅を終えた。

2010年12月8日水曜日

文教福祉常任委員会開催

文教福祉常任委員会を開き、いじめ、就学援助制度についての議論をした。新里町小学校での小学生自殺事件を受けて、「いじめ」問題が焦点になってきたようだ。教師集団と子ども達の集団がある学校では、集団生活の中で起きたいじめは集団生活のなかで解決できる雰囲気、気風を育てることが大事だという事を主張しておいた。鋭角になりすぎてもいけない。全体の治癒力を高める方向での対応が重要だ。
 格差社会のなかで学用品すら買えない環境の子どもが増えていることを改めて思い知らされた。「援助金でパチンコをする親もいる」という枝葉末節な議論は止めて欲しい。本質はそのようなことではない。働こうとしても仕事にありつけない、ありつけても非正規雇用で収入の不安定という状況に多くの人が追い込まれている事を問題にすべきだ。さまざまな観点から議員同士で議論はできた。福祉は甘えだ、という感覚の議員がどうしてもいるんだね。社会構造が見えてないんだ。

2010年12月1日水曜日

「ヒーローショー」「川の底からこんにちは」上映は不敬罪にならないよねえ。

中井ひろし議員が国会開設120年を記念する式典に際し、秋篠宮夫妻に「早く座れよ」と言ったとか言わないとかで大騒ぎになっている。中井センセイに関しては、ろくでもない議員くらいの認識しかないが、「土下座してお詫びしろ、しなければ懲罰だ」と渡辺みんなの党代表、そうあの「アジェンダ」のおじさんがすごんでいる。
皇室に関しては、思考が止まってしまう連中が、皇室への忠誠心競争に熱を上げているようでは世もおしまい。この勢いでは戦前の「不敬罪」さえ復活しかねない。「四民平等」はどこへ行った。
 「真の文明は人を殺さない」とは明治政府とたたかった田中正造の言葉だ。田中の街頭演説を若い頃聴いていた布施辰治は弁護士となり、大日本帝国の圧政で苦しむ庶民や朝鮮人に加勢してたたかう人生を選択した。多くの人々を貧困や精神疾患、自殺へと追い込んでいる現文明は真の文明ではない、と私も思う。では、正していこう。
 そこで紹介したい。土田企画、「ヒーローショー」井筒和幸監督、「川の底からこんにちは」石井裕也監督の2作品を来年2月13日玉村町文化センターで上映することを企んでいる。只今料金設定を検討中。
先行きの見えない若者の現実をえぐり出し、そこから見えるささやかな希望に光を当てている必携の映画だ。「所詮、私なんて中の下ですから、中の下じゃない人生送っている人なんているんですか」
 格差社会の生きにくい現実を直視することから始めよう、井筒和幸監督も参加します。こんな事をしながら忍び寄る「不敬罪」におびえるのかなあ。

2010年11月29日月曜日

12月議会は2日から9日まで

12月議会が2日から始まる。私の一般質問は2日の午後3時半頃だろうか。
時間を取って傍聴に来てください。


   質  問  の  要  旨

1.情報管理は適正適切に行われているか。

公安情報や尖閣列島での漁船衝突映像の漏洩にはあきれたが,玉村町の情報管理は大丈夫か。漏洩は技術面からだけでなく、人により行われることが多い。根底に必要なのは信頼だ。民間委託している部門に対してはどのように情報管理を徹底させているか問う。

2.地方分権、地域主権の時代の町政について問う

ア.今後町づくりの自由度が増す訳だが、自律の道を選択した今こそ、きめ細かい町づくりが可能であり、求められる。高齢化社会の地域コミュニテイーを考えた時、歩いて日常の用を足せる地域づくりは重要と思う。大店舗では対応できない小さな店舗を地域につくり、医院、学校などと合わせてコミュニテイーの強化を模索する考えはないか。

イ.政策を自主的に決められる反面、バランス感覚が求められるが、今後極端な考え方の町長がでないとも言い切れない。勿論、議会は対応するが、乱暴な予算配分をしようとする町長に対し、それをいさめる説得力ある知識と力量を合わせ持つ職員の育成も必要だ。また協働社会の担い手の一方は職員と考えるが、その職員をどのように主体的な担い手として意識改革させていこうとしているか問う。(消防団に入っている職員の意識の変化をどのように捉えているかなどを例に)

ウ.この間の行財政改革で職員数の削減をしてきたが、時代の転換期にあたり、必要なところにはきちんと職員を配置すべきではないか。職員を「減らすことから活かすこと」に力を注ぐべきだ。特に、昨今の社会事象から考えると、経済不況を原因とする行政需要、精神的不安定を疑わせる人の増加に対応する部門や学校に適応できない子ども達への一層の対応は重要と思うが、来年度の採用職員をどの程度の規模と考えているか問う。

3.各種講演会の講師依頼は女子大に積極的に依頼すべき。

生涯学習など各種講演会の講師は、知識の宝庫としての女子大学の先生方に依頼することにより、女子大と玉村町が一層連携し深みのある独自性豊かな町になると考えるがどうか。

4.新里町の小学生の自殺事件に関連して問う。

「気づき、つなぎ、見守り」が自殺予防のキーワードだ。「友達が欲しい」と言って命を絶った少女を思うと余りに胸が痛い。職員室内でのさまざまな経験を持つ教員同士の支え合いが欠けていたのではないかと考えるが、玉村町の学校の職員室の雰囲気は活力にあふれ、助け合い補い合う気風に満ちているか問う。





























町長




教育長

2010年11月28日日曜日

鬼石の桜山でみかん狩り


 昨日、冬桜が咲いている鬼石町の桜山の中腹にあるみかん畑で群馬朝鮮初中級学校の子ども達とみかん狩りをした。この場所でのみかん狩りは2度目だ。毎年何回か会っていると、子ども達の成長もうかがわれお互いが身近に感じられる。この程度の交流でもありがたがっていただけるほど日本人との交流が少ないらしい。不幸なことだ。「異文化交流社会」などと建前は言うものの、在日朝鮮人はそこからも排除されている現実は余りにも無残だ。
 戦時中、あらゆる甘言や脅迫で日本に連れてきて、さまざまな重労働や戦役を「日本人として」朝鮮人に強いた歴史をよもや忘れた訳ではあるまいに。忘れたのなら、知らないのなら、「日韓併合100年」の節目の今年に学び直せ。「日本人の構えの狭さ」に恥じ入るばかりだ。
 安重根校長先生は、北朝鮮軍と韓国軍の交戦直後でもあり、その影響を心配していたようだ。人間同士の自然の交流に影響があってはいけないし、まして子ども達に責任はない。未来は子ども達のもの、若者達のものだ。彼らの未来に責任を持つのが大人の仕事でしょう。

夕方からは、母校・伊勢崎工業高校開校100年記念の祝宴会場まで井田県議の車で送ってもらった。県議も会場でお祝いのあいさつを頼まれていたそうだ。車中、「朝鮮高校への授業料無料化プロセスを停止すると言った菅首相は全くダメだが、群馬朝鮮学校への補助金を今後も続けると明言した大澤知事は正しい。自民党も見習え」と檄を飛ばしておいた。
 そして会場で、卒業以来、森村宏先生に40年ぶりにお会いした。ガラガラ声といい声の大きさといい84才には見えない若さだ。
 思えば開校60年記念の年の文化祭の最終日、「坊主頭の強制を廃し長髪を認めろ」と大勢の仲間とロックアウトをし、一晩で長髪を認めさせたあの記念すべきたたかいをしたのが高校2年生の時(17才)だった。あれから40年、いまだ思いは青いままだ。

2010年11月26日金曜日

上を向いてみかんがひとつだけ実をつけた



まだ植えて3年ほどの手入れもしないみかんの木が実をつけた。まだ1メートルの丈もない木だが一つには20個ほど実をつけ、木の大きさに比べ相当重いようだ。もう一本の木には一つだけだが、万有引力など何のその、というばかりに枝から上に向いて実をつけた。若いから起ちもいい。
いろんな実の付け方をみかんさえ教えてくれているようだ。人間もせっかくの命なんだから自由に生きた方がいいとつくづく思う。「愛してるかい」忌野清志郎の自由さが欲しい。

2010年11月25日木曜日

菅内閣、ダメですねえ。自民党とどこが違うの。

黄海で韓国領とされる島に北朝鮮軍が砲撃し、韓国軍も応戦、住民に犠牲者が出て大騒ぎになっている。どこかで抑制的にならないと戦争になりかねない事態だ。いつも北朝鮮は悪者だから今回も悪となることは分かっている。しかし、目の前で韓国軍が軍事訓練を繰り返していた。このような状態が続くなかで、北朝鮮は相当のストレスを抱え込んでいたことは事実。アメリカを後ろ盾にした韓国軍の挑発行為にまんまとひっかかったようなものだ。弱い者はいつも最悪の犯人に仕立てられる典型だ。日米韓の価値観の中で生きている我々には、その価値観の中での正義を基調とする判断報道の洪水に流されがちだが、これに疑いを持った方がいい。
対するは北朝鮮一国ではない。中露朝のタッグとなる構図が究極の姿だ。かなり複雑な国際関係のなかでしばらくは流動するだろう。
 それにしても日本外交の哀れさよ。尖閣問題ではアメリカ頼り、北朝鮮問題では中国頼りで北朝鮮のドアにノックすらできない菅首相、経済制裁はもうすでにやり切っているので思いついたのが、「朝鮮高校への授業料無料化」への動きの停止。これは恥ですよ。江戸の仇を長崎で討つようなもので、絶対に取ってはならない対応だ。これでは在日朝鮮人は日本にとり人質になってしまう。
 「政治と教育は別」として群馬朝鮮学校への補助金支給はこれからも続けると明言した自民党・大澤群馬県知事の方が立派だ。
 政権交代の幻想は見事に破られたようだ。概して島国根性で日本列島内にしか通用しない価値観の合唱で国内みんな気持ち良くなっても世界の笑われものにすぎない。そのうち総理大臣がまた交代して、「日本は余裕だねえ」と一瞥されるのが関の山でしょう。
理想を言えば、戦争の極限を体験した国として、「不射の射」としての憲法9条で暴れん坊を黙らすくらいの貫禄と座りを見せて欲しい。
 しかし、やはり軍隊は「暴力装置」だ。「武力」だの「実力」だの言っても本質は「暴力」です。その「暴力装置」発言をした仙谷官房長官、その発言故に「問責決議」だそうです。魔女狩りのような国会ですなあ。
 

2010年11月21日日曜日

玉村町産業祭


恒例の玉村町産業祭が開かれ、大勢の人々がイベント等に参加し、買い物客で役場周辺は大賑わいだった。午前中開かれた、表彰式では、TPPにより玉村町の農業は壊滅するのではないか、という声も聞かれた。
 生産と分配が世界中にスムースに行き渡ればこんな悩みはないのだが、国家の壁が流通を歪めている。情報や産業のグローバル化に対し国家が流通の阻害物となっている。産業の国際化と裏腹の新保守主義による狭い国家意識で国民を縛ろうとする矛盾に気づかなければならない。
 夕方、楽しみにしていた「パリ20区、僕たちのクラス」を観た。まるで授業をうけているような気分になった。子ども達と向き合う教師の大変さをつくづく思い知らされた映画だが、日本の教育現場での教師集団の劣化を想像するにつけ、必見の作品だと思う。

2010年11月18日木曜日

自衛隊は「暴力装置」じゃないの?

 国会審議の中で仙谷官房長官が「自衛隊は暴力装置」と発言し、野党から大きな批判を呼び、その発言を撤回、謝罪した。しかし、「暴力装置」じゃないのかなあ。戦闘機、戦車、軍艦、潜水艦、ミサイル、爆弾、地雷、数々の銃器。これらを国家が独占し、国民は寸鉄も帯びていない。国を守るためなら、他国と戦争し、国内では治安維持名目でそれらの武器でデモ隊を鎮圧する。ビルマの軍事政権の対応を見れば誰もが「暴力装置」と理解するだろうに。
 要は国家が支配する暴力は「正しい暴力=実力」と言い換え、国家に抵抗する暴力はそのまま「暴力」と言いなし、おぞましいものと印象づけているに過ぎない。ヤクザ集団を「実力団」とは言わず「暴力団」と呼ぶ事からも理解できる。自衛隊を「暴力集団」と表現したら印象悪いもんね。。抵抗する側も「実力闘争」とはいうが「暴力闘争」とは決して言わない。同じ「暴力」が権力側により行使されたときは「実力」と呼ばれ、また、反対者が行使するときはそのまま「暴力」と呼ばれる。国家が行う死刑執行は決して殺人とは言わない。しかし殺人ですよ。要は「暴力」なんです。「実力」という言葉を使える側が支配する側に当面はあることを示しているに過ぎない。しかし、「暴力装置」という言葉にものすごい反発があったと言うことは、その矛盾を実は、批判者達自身分かっているということの証。
 仙谷センセイには国会でこの際「暴力論」やクロウゼビッツの「戦争論」を満展開して欲しかったのに。

2010年11月16日火曜日

文教福祉常任委員会視察・昭和村から長野県山ノ内町へ



昨日は「子育て、食育プランについて」を視察項目として昭和村を訪問した。農業世帯が全世帯の3分の1を越え、しかも働き世代が中軸となっている人口構成をみても、野菜づくりに自信を持っている村ということが分かる。人口7700人規模だからできる地産地消という面も理解できた。
そして今日はリンゴ収穫最盛期の長野県山ノ内町を「子どもへの行政施策・地域性を活かした教育施策について」をテーマとしての行政視察、紅葉の終わり際だが、まだ真っ赤な葉を残している木々もあり目を楽しませてくれた。玉村町と姉妹提携していることもあり、人の交流も多くなってきているようだ。まだ手つかずだが玉村町のために貸してくれた「玉村町民の森」を見て、その後、名物「岩本そばや」の店主に(瞬悠庵)を書いて頂いた。
 還太平洋パートナーシップ(TPP)が締結されると、日本農業は相当の打撃を受けるといわれているが、まさに壊滅的といっていいほどの状況に山ノ内町のような山村農業は陥るのではないか。昭和村の農業だってどれだけ生き残れるか分からない。この間、地方や経済力なきものは隅に追いやられてきた結果、さまざまな問題が事件、事故となり吹き出している。一部産業のため第1次産業(農林漁業)を犠牲にして、食の安全と山村、地方環境の保全、とどのつまりは人間の生活・文化が保たれるのか、失うものの大きさを、失わないうちに考えなければならない。
 
今日から12月議会の一般質問の受付開始、この間進めてきた「小さな政府論」の限界を示し、「職員を減らすことから活かす方向」への転換、中心部での大店舗戦略から地域での小さな店舗づくりから始まる「歩いて暮らせる町づくり」の模索などを質し、自律する自治体への確かな歩みを促したい。

2010年11月15日月曜日

天理市、談山神社、長谷寺へ



 天理市から談山神社、長谷寺をまわり京都に3時頃到着。天理市には驚いた。天理教の建物の大きさに驚いたというか独特の雰囲気と規模は圧巻だ。天理市全市が天理教のうねりの中にあるのかと思わせる程だ。しかし、教義を強要するところがないらしく政治にも深く関わらない。それが戦争の教訓らしい。
 藤原鎌足をまつる談山神社は第一のおすすめの場所で13重の塔は見物。訪れたのは10年ぶりだろうか、紅葉の季節は特にいい、この辺が「大化の改新」の裏舞台といっていい所。明日香の里も近い。平城京以前の権力の所在地だ。奈良の歴史は深く歩きだせばきりがない。
 秋山君に土田君、そして栗原君にはお世話でした。旅は想いのままがいい。
 

2010年11月13日土曜日

京都から奈良へ過去から現代まで歩き回って味わいまくる



昨日、京都朝鮮初級学校まで行き、右翼がデマを言いふらしながらデモをしたという公園に行った。学校の庭はとても狭く、子供たちが運動することはとてもできない状態だ。道を隔てた公園を運動場として使うのは当然で、そのことなしには運動場のない学校ということになってしまう。先生が子供たちとマットを敷いて体育の授業をしていた。市も近所の住民も当然のこととして長年容認していることを「在日特会」を称する集団は攻撃している。それを言うなら「在日米軍の特権」こそ批判すべきだろうに、強いものには弱く、弱いものには攻撃をしかけるという「最も日本人らしくない」えげつないやり方で差別排外主義をあおる。在日の歴史的経緯を少しでも学ぶべきだ。
 伏見稲荷参拝の後、宇治の平等院に行き、その足で山本宣治の墓参りをした。レンタカーでの旅は効率がいい。
 今日は、奈良駅で自転車を借り、鹿にあいさつしながら東大寺、興福寺、唐招提寺、薬師寺とじっくり回った。仏像も時間をかけて見学することができた。興福寺の阿修羅像は少年というが、少女にも見える。表情があり今を生きているようだ。平安時代の息吹を感じさせる像の数々に圧倒される。
 夕方から大阪に行き、在日朝鮮人が多く住む鶴橋商店街の店「よあけ」で軽く一杯、いや二杯、話に勢いをつけ、場所を変え三ヶ所をはしご。飛田新地に足を踏み入れたときは、その艶やかな夜の世界にびっくりした。「こんなところがあるのかよう」という感じだ。秋山先生は「行こうぜ」と乗り気だが、栗原幹事長がストップ。
 栗原企画はスリリングで面白く気まぐれ部分もあり刺激的だ。ホテルに帰ったら11時、2万歩歩いた。こんな調子の旅だ。

2010年11月11日木曜日

「日本人のあり方」をテーマに近畿へ

栗原企画による秋の旅のテーマ

沖縄基地、尖閣列島、の問題などさまざまな事象の中で、そもそも「日本人」とは何かを近畿の地で考えたい。
順番として①同和、在日、天皇制を軸として京都を地政学的な観点から俯瞰する。②労農派は何故日本において迫害されるかを考える(少数派としての視点)③「仏教寺院」を何故「神」である天皇が援護するのか。また寺院の中に神社が存在するのは何故なのか(渡来してきた宗教としての仏教と在来宗教である古来神道との相克④天理教をモデルに新宗教は何故近畿圏で発生することが多いのかを考える。(天皇制に基づく聖賤思想の文化的圧迫が強いからなのか)⑤以上すべての構造を突き詰めたとき、我々に何が残るのか。日本人はどう規定されるのか。
 
とまあ言ってくれますねえ。テーマに不足はありません。応えきれない参加者に若干の不足があるが、鹿の頭をなでながら、鹿に歴史を尋ねてよう。

2010年11月9日火曜日

榛名山の紅葉

五十嵐さんから榛名山の紅葉の写真が送られてきました。ブログに貼り付ける技術がないので見ていただく事ができず残念です。すばらしい秋模様です。
12日からは仲間と奈良に行き歴史探索をする予定もあり、奈良の紅葉にも期待しているのだけどどんなものでしょう。
 桑原功衆院議員事務所から、来年4月の県議選に前橋市から立候補予定の「本郷たかあき」のポスターを大量に友人(関口)が持ち込んできたので、1枚だけ事務所に貼っておいた。何せ、玉村は選挙区が違うので、知り合いに声がけしながらの応援になるだろう。問題は玉村選挙区(定数1)で現職への対抗馬が見当たらないことだ。