みんな寿命を全うしようぜ

みんな寿命を全うしようぜ
西表島で会った昼の蝶

2015年7月31日金曜日

《反骨のエキスパートへ》のポスターは面白い。

反骨のエキスパートへ

 民主党の今度のポスターは気にいった。
《反骨のエキスパート募集》、国会議員候補者募集ということだが、「休みはなくなる。批判にさらされる。からだはきつい。収入は減る。当選の保証なし。しかも民主党だ。それでも日本を救う気概があるなら是非応募を」だって。
 「民主党には対案があります」?
戦争法案に対案は入らない。廃案あるのみ。どこが反骨?

2015年7月25日土曜日

沼田市内で山田正彦さんを招いてのTPP講座

主催した髙山敏也沼田市議
山田正彦元農林水産大臣

 かねてから髙山さんから聞いていた山田正彦さんを招いての「TPP って何?」の講演会出席は私の予定に入っていたので、24日は国会周辺での大規模な安倍政権への抗議行動もあったが、沼田に車を走らせた。
 高山さんに聞くと、本やインターネットでTPPの情報をとり、山田さんに連絡して今回の講演会となった、会うのは今日が初めてというから、その行動力に驚かされた。
 そういえば高山さんは群馬司法書士会の役員として、このようなチャレンジングな講演企画などを幾度もしていたので、そうたいした事ではないのだろう。

 そして、山田正彦さんの講演内容がスゴイ、五島列島の出身で農業経験もあり農業で相当苦労され、弁護士となり、人生を積み重ねた上で、民主党政権当時の農林大臣として食の安全と自給率向上に力を尽くしてきた。
 TPPは農家だけの問題ではなく、雇用、医療、教育など社会全般に悪影響を及ぼすことを例をあげて説明した。
 メキシコ人は、本来、太った人は少なかったが、アメリカとの経済協定により、経済的に貧しくなった結果、カロリーの高い食べ物を食べざるを得なくなり、肥満と病気が増えてきた。
 遺伝子組み換え作物、成長ホルモン、食品添加物、残留農薬の危険性なども指摘し、規制緩和のなかで遺伝子組み換え食品の表示すら貿易障害として、アメリカは表示義務撤廃を要求している。
 概してTPPはアメリカの多国籍企業のための条約であり、アメリカでもオーストラリアでも6割の反対がある。6割が賛成している日本は、その危険な本質を理解していないからという。
 また、ISD条項は、企業が国を訴えるもので、裁判所はニューヨークにあり、審理は一切公開されず、制度変更や巨額の賠償金支払いを命じられた例もある。
 国の主権すら多国籍企業により侵されかねず、まさにTPPは新自由主義の極地だ。

 「洪水よ、我亡き後に来たれ」と資本主義の無責任な本質を看破したマルクスの言葉が甦る。

 山田正彦弁護士はTPP交渉差止・違憲訴訟を提起している。

2015年7月22日水曜日

夏祭りの準備も祭り

練習も夏祭り(7丁目公民館)

 25日からの玉村ふるさと祭りの練習が各地で行われている。私の事務所の隣の七丁目公民館でも、夜になると子供や若者が集まり、笛と太鼓の音が聞こえる。この音と若い人の声を聞くと、また夏が来たな、という感じになる。今日も暑い一日だったが、練習は欠かさない。
 若い衆中心のふるさと祭り、住民が集う夏祭り、「コミュニテイーこそセキュリティー」、そこには長い歴史がある。
 その後、玉村町各地域での夏祭りが続く。小泉地区は25日、箱石地区は8月1日、下之宮地区は8月2日という調子で。
 いよいよ夏だ。

2015年7月20日月曜日

夏の新潟ひとり旅は五合庵と西生寺

 昨日までのバタバタの忙しさも終わり、明日20日は「海の日」で休日、しかも私用も公用もない。
 静かに昼寝でもしていればいいもの、もう何年も行っていない新潟の海を急に見たくなり、ひとり車で飛ばした。この年をして泳ごうという気にはならない。しかし、若い頃、毎年行っていた寺泊あたりの海が恋しくなり、ひとりで出かけた。
 行った先は良寛さんが20年ほど住んだ国上寺にある五合庵と西生寺。どちらも久しぶりだが変わっていないからいい。
 西生寺では鎌倉時代に66歳で入定した弘智法印即身仏に手を合せた。日本で24体ある即身物はほとんどが江戸時代のものだが、弘智法印即身仏は一番古い。
 戦乱の時代、五穀十穀断ちをし、これから生きる民衆の暮らしの平穏を祈りながらの入定には恐れ入る。
 西生寺には、14世紀の弘智法印と19世紀に生きた良寛が同時に生きている。松尾芭蕉も訪れ、他にも有名無名の人たちがこの寺を支えてきた。
 今日に限ってカメラを忘れたため、青い海も寺の写真もない。しかし、この歴史の深さに比べると写真など陳腐に見えてくるから不思議だ。

2015年7月19日日曜日

憲法踏みにじる戦争法許すな。/夜はたまむら花火大会

高崎城址公園での集会
たまむら花火・カウントダウンは大崎章監督
天候の見方してくれた花火日和

 昨日、午後は高崎城址公園での戦争法反対集会、小雨模様だが1000人が参加し、怒りの声を上げた。
 新国立競技場建替え予算2250億円に対する怒りの声を当初甘く見ていた安倍政権だが、ついに追い詰められ白紙撤回に追い込まれた。
 この安保戦争法案も、我々がこの夏を怒りに燃えた夏に転化すれば、国会は採決不能の立ち往生状態になり、廃案に追い込める。
 憲法蹂躙の国会に対しては、主権者が正しく介入し、廃案に追い込む。これこそ法治国家に生きる人々の責任だ。

 夕方からは昭和村議会を招いての懇親会の後、たまむら花火大会会場へ。
 354バイパス開通のため、昨年の場所では花火の打上げができず、会場は今年から上陽地区、前橋の南側地域が開催場所に変更された。
 カウントダウンは「お盆の弟」の大崎章監督が務め、夏を告げるたまむら花火を楽しんだ。

2015年7月12日日曜日

「かがや富士子」県政報告会

主催者あいさつは塚越紀一さん
小林悟さんも極めてご機嫌
支持者総結集の様相

 93歳で亡くなった田辺誠さんの葬儀が昨日行われ、その葬儀委員長を務めた角田義一さんも駆けつけての「かがや富士子県政報告会」が伊勢崎市内で行われた。五十嵐伊勢崎市長、地元市議会議員7人も含め、300人ほどの大人数の報告会となった。
 思えば、今年の冬は寒く、その中での厳しい選挙活動を思い出す。
 彼女は、今後、特にDV(家庭内暴力)被害からの被害者救済、家庭に恵まれない子どもたちの里親制度の充実に力を入れたい、と訴えた。
 4月の当選後まだ3ケ月程度だが、社会的弱者に向ける眼差しやその発言姿勢に、かがや富士子の成長ぶりを参加者の多くは実感したようだ。
 塚越紀一さんの後継として、また田辺誠さんの思いも継いでいける素質があることを如実に示してくれた。
 育て甲斐のある人だ。

2015年7月8日水曜日

高校時代同窓会幹事会を重ねて

 伊勢崎工業高校昭和46年度機械科卒業生還暦同窓会後最初の同窓会を来年に控え、いつもの友栄で幹事会を開いた。
 一声で10人ほど集まり、正式に全同級生(83名)に往復ハガキでの出欠確認をしても、30人程度の参加が実体。
 来るメンバーは知れているのだから、いつもの幹事会メンバーが手分けして電話で連絡すればいいのではとも考えるが、そこは同窓会、基本通りいくことを確認する会議だ。
 その都度、次の幹事を決めておくが、3年も経つと誰が幹事なのか分からなくなり、結局、このメンバーが幹事団となり、事を進めていく。
 ここに集う連中は少なくとも夏と冬、居酒屋友栄で酒を交わす。ママが日本舞踊の先生で75歳、店を手伝う兄夫婦は80歳という年齢、仲間一同、店を閉めるまでトコトン付き合うつもりだ。
 幹事会といってもほとんどは四方山話、肝心の議題は最初だけ、ということで「来年1月23日午後5時から伊勢崎市のプラザアリア」という期日と次の秋の幹事会を決め解散。
人恋しい同級生の面々
 その後はフィリンピンクラブでワンタイム過ごし、10時過ぎには帰宅、かかった費用は幹事会込みで10000円余だから安いといえよう。 夜は寝るに限る。

2015年7月5日日曜日

「ストロボ ライト」片元監督と鳥久で焼鳥

焼鳥「鳥久」で一献傾ける

「ストロボ ライト」二度目の観賞、よくもまあ自主製作でこういう映画を撮れたものだというのが実感だ。
 舞台挨拶の後、時間があるというので、焼鳥・鳥久で片元監督、槇徹ご両人と一献傾けた。

 出演者は無報酬、主演の宮緒舞子は東京と関西を何度も往復し熱演した。キャストの人数といい、それぞれの撮影当時の立ち位置といい、参加者はこの映画製作に何らかの希望、夢を見ていたことは確かだ。
 しかし、片元監督、当初は「好きなように映画撮れたらいいじゃん。世に出そうという気持ちはゼロだった」そう。しかし、友人の槇徹(宣伝配給担当)は当然公開を考えていた。
 伊丹市を中心ロケ地として撮影された映画の舞台は東京という設定。それらのことも理解してくれた伊丹市や市民の協力を考えると、「撮った、作った、やった」だけでは終わらせられない、というのが現在の思いで、全国にひろげていきたいと考えている。次は名古屋だそうだ。
 低予算とはいえ、名も無き若者にとっては莫大な金額、自分の生活だけに汲汲としている若者が多いなか、自分の可能性を信じてチャレンジする姿は新鮮だし、応援したい。
 片元監督、まだまだ映画のネタはもっている。

 「ストロボ ライト」 シネマテークたかさきで7月10日まで。
 上映時間は午後8時から。一見の価値あり。


2015年7月3日金曜日

「戦後70年」の平和行進

町側に申し入れする行進団代表
行進団に応える重田副町長


 7月2日、平和行進団が玉村町を訪問し町側に平和行政の一層の推進を要望した。
 今年は戦後70年の節目の年、〈政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。(日本国憲法前分)
憲法9条、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する〉 
 戦争国家になることを否定した憲法を踏みにじり、再び、政府の行為により戦争の惨禍が起きる状況を安倍政権はこの戦後70年の今年、つくりだそうとしている。
 我々は次の70年も戦争を否定する平和国家としての道筋をつけなくてはならない。本当の意味で平和運動の質と量が問われる今年だ。

2015年7月2日木曜日

大崎監督、片元監督ホルモン屋で暑気払い

急きょの呼び出しでも仲間が集まった。

水道塔を背に立つ大崎監督、いい光景です。




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映画「ストロボ ライト」の宣伝に余念がないふたり様

 「お盆の弟」製作に係わった人たちを取材したいと「パリッシュ」編集局が玉村町へ訪れ、大崎監督も来町し取材を受けた。
 私は東京での仕事がいつ終わるか分らないので、確約はできなかったが何とか4時過ぎに役場に着いた。
 取材中に見た水道塔は町のランドマークとしてとてもいい感じ。一本の映画を作るには実に多くの人の支えが必要なことを改めて実感した。
 そして、夜は監督の同級生を中心にホルモン屋で暑気払い。
ロケ地になった噂のホルモン屋で飲みたい、という映画「ストロボ ライト」の片元亮監督、宣伝広告の槇徹さんも登場し、大いに盛り上がった。「お盆の弟」と「ストロボ ライト」は趣を異にしているが、そこがまたいい。
 自主製作の「ストロボ ライト」、「お盆の弟」もそうだが、国の映画づくりの補助金などに関して、大手製作会社が作る映画には手厚いらしく、自主製作映画は資金繰りに相当苦労しているらしい。
 権威とほど遠いところから文化、芸術はつくられる、まして若者が挑戦しようとする気概に応える支援体制こそ必要なのではないか。
 7月10日まで「ストロボ ライト」はシネマテークたかさきで上映されている。
 片元監督と槇さんは安宿に泊まり込んで毎日上映後に舞台あいさつをする。
期間にもう一度観ようと思っているとてもいい映画だ。
 そして「お盆の弟」はいよいよ8月1日から上映される。

2015年6月29日月曜日

戦後70年の節目・改めて日朝友好を考える

講演する日森議長

〈戦後70年の節目の年・改めて日朝友好を考える〉集会が前橋で開かれた。 
 朝鮮有事をひとつの口実に、戦争法をつくり国家総動員体制を目論む安倍政権のアジア外交、とくに北朝鮮に対する圧力外交は無責任極まる。
 拉致問題解決を最優先とし、脅せば必ず相手は折れるはずだ、との日朝平壌宣言(2002.9)以降の10年だったが事態は1ミリの進展もなかった。
 それはそうだ。北朝鮮は米国と休戦中つまり戦争中ということ。日本のように米国から脅されればすぐ屈服する国とは違う。
 日・米・韓の軍事重圧、経済重圧の中で、苦しみながらも戦い抜いているその悔しさも含めた強さを理解できなければ、対朝鮮外交はできない。
 米国をすら翻弄し辟易とさせるくらいの根性外交を展開する国に仕立てたのはまさに朝鮮半島を巡るこの間の歴史的経緯だ。 
 日朝国交正常化を言うなら、歴史的経緯を知り、それらを包括的に解決するしかない。決して拉致問題だけを解決しようとしても無理なことはこの10年を見ればわかること。
そのことを理解できない議員たちが「拉致議連}をつくり家族会を取り込み、悪影響を及ぼしている。
 被害者と被害者家族の高齢化を本当に心配するなら、日朝関係にある様々な課題を相互の信頼感を醸成しながら、丁寧に解決する態度こそが肝要だろうに、裏腹なことをしているのが時代錯誤の安倍政権。
 しかし、日朝友好を本気で考えている人たちがいる。政治が果たせないことを民衆の交流で実現しようという動きだ。
 群馬でも秋の訪朝団計画が持ち上がった。
秋の朝鮮は旅行するには最高の季節だろう。

2015年6月22日月曜日

「お盆の弟」玉村町試写会

試写会受付の様子
上映後のトークは志尾睦子さんが司会
乾杯の音頭は貫井町長
高崎映画祭の全面協力で試写会は行われた
大崎監督は最後のあいさつ
評判のタマタンソング


 今日入れ替えたパソコンでこぼこぼ打ち込んでいるが、こういう機器には、苦手意識が働いてしまって、前向きに向き合う気持ちになれない。いまさらパソコン、コンピューターに神経を使う気にならないなかで、しかし、この時代、全く使わないわけにもいかず、ぼちぼちやっているというのが実情だ。

 
 高崎映画祭の志尾睦子さんたちの全面協力により上映器材の設置など大変お世話になったおかげもあり、昨日の「お盆の弟」の試写会は大入りだった。
ロケ地を提供した方々の顔もたくさん見えた。この勢いを公開まで続かせたい。

 <兄弟仲良くボチボチと。
仕事は思うようにいかず、家庭では離婚を迫られているタカシの兄は病気治療中、人間社会の勢いある部分ではなく、迷いながらも前に進もうともがく人たちを描いた味わい深い作品となった>

ここで、同僚議員から思わぬ電話が来た。「面白い映画だった。報われない状況を正直に描いてあっていい映画でした」と。

 8月1日からシネマテークたかさきで4週間上映される。



2015年6月19日金曜日

追い詰められた安倍政権を打ち倒そう

安倍こそ戦地へ行け。若者を楯ににするな。
寂聴さんの渾身の怒りを聴け


 戦争を知らず、戦争に決して行くことのない安倍晋三を取り巻く右翼議員連中が戦争法案を推し進めている。
 憲法解釈の変更による集団的自衛権行使容認そのものの違憲性がはっきりする中で、「学者の言うことを聞いていて平和は守れない」(高村副総裁)などとまくし立てる態度はまさにナチスといえよう。
 憲法すら無視する政治は独裁の始まりであり、破滅の始まりだ。
 それに対し、いよいよ多くの人々が動き出した。亀井静香、山﨑拓、武村正義、藤井裕久、もちろん村山富市、河野洋平もそうだ。自民党の古株の人たちもさすがに、安倍の戦争政治には危機感を持ったらしい。
 昨日は国会前に瀬戸内寂聴(93歳)が登場し、「当時、教育でこの戦争は天皇陛下のため、日本の将来のため、東洋平和のため、と教えられたが、戦争に良い戦争はない。すべて人殺しです。」と戦争法案への危機とたたかいへの参加を呼びかけた。  
 日本の良心はまだ健在だ。 全国で反対運動を巻き起こそう。
 戦争を始めようとしている国会を包囲し、徹底抗議しよう。

2015年6月13日土曜日

節目の今年は歴史のターニングポイント

日・朝人民の交流会
好奇心一杯の子どもは見ていてうれしくなる
最後は踊りながらの統一列車


 今年は「戦後70年」、「日韓国交正常化50年」、そして「朝鮮総連結成60年」ということ、まさに歴史の節目の年。
 しかし、お祝い気分どころか、侵略戦争を否定する安倍極右政権のあおりで、近隣国との摩擦が絶えず、自衛隊を世界中に派遣する戦争法案を数の力で押し通そうとするなど、戦争の反省などかけらもない、その反動性に、歴史学者や憲法学者までもが異議を唱える事態になっている。
 「戦争は国会から始まる」などということは絶対許さない全国的規模の反乱がこれから巻き起ころうとしている。
 そんな折り、「朝鮮総連結成60周年」の祝いに参加した。
 戦前、日本による植民地支配のなか、「日本人」として侵略戦争に動員され、敗戦後は手のひらを返したかのように「朝鮮人」として差別されてきた在日朝鮮人の団結体としての朝鮮総連の果たしてきた歴史的役割は非常に大きい。
 日本という国が、平和国家から戦争国家へ変容するターニングポイントとしての今年は、国境を越えた平和を求める人々の連帯行動こそ求められるのではないだろうか。
 熱い夏、熱い一年になりそうだ。

2015年6月6日土曜日

6.6戦争法反対集会/高崎城址公園

「ピンチはチャンス」を歌う南條さん
怒りの角田儀一弁護士
サザンの歌でアピールする堀越君
つぶせ戦争法のデモ

 
 群馬弁護士会主催の「戦争法反対」集会が高崎城址公園で開催された。
 4日、憲法審査特別委員会に参考人として招かれた憲法学者3人が安倍政権の目論む安全保障法について全員「憲法違反」と断定し、政権は泡を食っている。
 まともな憲法学者ならそういう結論になることは決まっている。いよいよ歴史学者や憲法学者が安倍政権の歴史認識や戦争策動に対して異議を言い出した。
 全国の弁護士会も「戦争法反対」で動き出している。
群馬での弁護士会主催の集会・デモは、昨年12月からこれで二度目、市民も合流する状況が生まれている。
 戦後70年の今年が歴史の分岐点となった。戦争国家にさせないための大激突情勢がついに訪れた。だから全国でたたかう活動家に対する不当弾圧が続いているのだ。
 追い詰められているのは、安倍政権だ。弾圧をはね返しながら戦争への道を阻止しよう。

2015年6月1日月曜日

6月6日、戦争法案反対集会/高崎城址公園/群馬弁護士会主催

行動する群馬弁護士会

 国会での戦争法案についての議論が始まったが、政府答弁は同じことを行ったり来たり、ただただ戦争する国に向けて一気に突き進もうとするだけで、その矛盾が吹き出しつつある。
まさに「戦争は国会から始まる」様相だ。
 一方、戦争への道絶対阻止の大きな運動のうねりは全国化していく。
 戦後70年の今年、我々は実に大きな歴史の分岐点に立ち会っている。
 新自由主義を極限的に進め、極端な経済格差と民衆の分断を引き起こし、貧困ゆえの自衛隊への入隊すら現実のものとなりつつある。
 戦争はいつも「平和」の名の下に始まることを銘記しよう。
 「若者に侵略の銃を取らせるな」、「二度と過ちは繰り返さない」との70年前の誓いを思い起こし、戦争阻止、安倍内閣打倒へ躊躇なく進むときが今だ。

 6月6日(土)高崎城址公園で午後1時から戦争法案反対集会が開かれる。 主催は群馬弁護士会。こぞっての参加を。

2015年5月31日日曜日

玉村道の駅「玉村宿」オープン

屋上から354号パイパスを望む(5月26日)

刈入れ時期の麦畑を南に配置する玉村宿
北側から見た玉村宿

 玉村道の駅「玉村宿」が今日オープンした。初日だけに駐車場は満杯、役場から歩いて行く人もいたほど。
 店の中に入るだけでも長い行列となったため、入るのをあきらめて、外のテントで、昭和村の朝採りレタス、茨城町のメロンを買い、雑踏から抜け出した。
 友人がポツリと言う。「この勢い、いつまで続くかなあ」
多くの課題を抱えながらもスタートした玉村宿、課題を解決しながら前に進めよう。

2015年5月30日土曜日

映画「マミー」は驚きの連続

まだ26歳のグザビエ・ドラン監督
親子はいつだって親子だ。

 矯正施設から退院したばかりの注意欠陥多動性障害の息子とギリギリの生活をしている母親と、隣の家の休職中の高校教師
の3人を中心に親子の関係を描く映画。
 苦悩の連続の中で3人の表情が、本当に輝いて見えた場面がいくつかあった。
 母親が子どもを再び病院に入院させた後の希望と苦悩の表情は忘れられない。
 そして最後の場面、息子は病院からの脱走を試みる。
そんなことは不可能で職員に捕まり暴力でたたきつぶされることは分かっているのに、走り続ける。
 フランソワ・トリュフー監督「大人は判ってくれない」の海辺を走って行く場面と重なった。
 映画「MOMMY」の監督グザビエ・ドランは1989年生まれの26歳。
 みんな死に向かって生きている、という最後の曲も泣かせる。この若さでこんな映画がつくれるのかと驚いた。
 (シネマテークたかさきで6月5日まで上映)

2015年5月26日火曜日

ついに、日本の歴史学術16団体が動いた

「慰安婦」の強制連行は実証済み 日本の歴史学術16団体が声明
 安倍の歴史歪曲について、日本の歴史学者たちが正面から反論

 25日、歴史学研究会など日本の歴史学関係16団体が、都内で「『慰安婦』問題に関する日本の歴史学会・歴史教育者団体の声明」を発表。

──「慰安婦」問題に関する日本の歴史学会・歴史教育者団体の声明
『朝日新聞』による2014年8月の記事取り消しを契機として、日本軍「慰安婦」強制連行の事実が根拠を失ったかのような言動が、一部の政治家やメディアの間に見られる。われわれ日本の歴史学会・歴史教育者団体は、こうした不当な見解に対して、以下の3つの問題を指摘する。
 第一に、日本軍が「慰安婦」の強制連行に関与したことを認めた日本政府の見解表明(河野談話)は、当該記事やそのもととなった吉田清治による証言を根拠になされたものではない。したがって、記事の取り消しによって河野談話の根拠が崩れたことにはならない。強制連行された「慰安婦」の存在は、これまでに多くの史料と研究によって実証されてきた。強制連行は、たんに強引に連れ去る事例(インドネシア・スマラン、中国・山西省で確認、朝鮮半島にも多くの証言が存在)に限定されるべきではなく、本人の意思に反した連行の事例(朝鮮半島をはじめ広域で確認)も含むものと理解されるべきである。
 第二に、「慰安婦」とされた女性は、性奴隷として筆舌に尽くしがたい暴力を受けた。近年の歴史研究は、動員過程の強制性のみならず、動員された女性たちが、人権を蹂躙された性奴隷の状態に置かれていたことを明らかにしている。さらに、「慰安婦」制度と日常的な植民地支配・差別構造との連関も指摘されている。たとえ性売買の契約があったとしても、その背後には不平等で不公正な構造が存在したのであり、かかる政治的・社会的背景を捨象することは、問題の全体像から目を背けることに他ならない。
 第三に、一部マスメディアによる、「誤報」をことさらに強調した報道によって、「慰安婦」問題と関わる大学教員とその所属機関に、辞職や講義の中止を求める脅迫などの不当な攻撃が及んでいる。これは学問の自由に対する侵害であり、断じて認めるわけにはいかない。
 日本軍「慰安婦」問題に関し、事実から目をそらす無責任な態度を一部の政治家やメディアがとり続けるならば、それは日本が人権を尊重しないことを国際的に発信するに等しい。また、こうした態度が、過酷な被害に遭った日本軍性奴隷制度の被害者の尊厳を、さらに蹂躙することになる。今求められているのは、河野談話にもある、歴史研究・教育をとおして、かかる問題を記憶にとどめ、過ちをくり返さない姿勢である。
 当該政治家やメディアに対し、過去の加害の事実、およびその被害者と真摯に向き合うことを、あらためて求める。

                    2015年5月25日
                                 歴史学関係16団体      
                                日本歴史学協会     
                                 大阪歴史学会      
                                九州歴史科学研究会   
                                専修大学歴史学会    
                                総合女性史学会     
                                 朝鮮史研究会幹事会   
                                東京学芸大学史学会   
                                東京歴史科学研究会   
                               名古屋歴史科学研究会  
                               日本史研究会      
                               日本史攷究会      
                               日本思想史研究会(京都)
                               福島大学史学会     
                              歴史科学協議会     
                              歴史学研究会      
                              歴史教育者協議会

 極めて穏当で妥当な見解だが、愚かな安倍政権は、彼らが何故声明を発したか、その意味すら理解できないのだろうか。

2015年5月25日月曜日

区長会との合同研修会/総務常任委員会足利市行政視察

区長会との合同研修会(19日)
足利学校の孔子像の説明を受ける


 先週からは結構忙しい日々が続く。19日は区長会との合同研修会。各委員会がこの一年行ってきた取り組みを都合1時間程かけて説明する。
 その後質疑もあり、議会として、足跡を振り返ることができ、区長会からどのように捉えられているか点検する意味でもいい機会だ。
 夕方からは懇親会、アルコールも入るのでまた違った面をお互い知ることができる有意義な半日となる。
 21日からは一般質問受付開始、22日は足利市へ総務常任委員会としての行政視察、テーマは「行政提案公募型協働事業」、市の課題を市民力を得て協働の力で解決していこうという事業、これからはこういう時代でしょう。
 視察の後は足利学校と鑁阿(ばんな)寺周辺のまちづくりをボランティアの人の説明を受けながら歩いた。
 幾度か足利学校と鑁阿寺へはひとりで来ているが、本格的な説明員の話を聞きながらのそぞろ歩きは全く感触が違う。
歴史が生き生きと甦る感じだ。
 今後、どうまちづくりに生かせるかが我々の課題として悩ましく迫ってくる。 
 充実した視察ができるのも、お世辞ではなく優秀な議会事務局職員のおかげだと、議員は例外なく思っている。