秋山豊寛宇宙飛行士と秋山博藤岡市鬼石商工会事務局長は全くの別人、お互いの名誉のためにまず一言、そしてこの写真は別宅でくつろぐ秋山局長の余裕の姿。何の問題もない。決して秋山豊寛さんと間違わないで欲しい。
しかしこの秋山局長、なかなかのアイデアマンで、鬼石町の古いたたずまいにマッチした灯籠を作ったり、桜山のライトアップを企画したり、鬼石町を元気にする映画づくりもした。世界遺産の熊野から間伐した木の切れ端に小学生の敬老の言葉を書き、桜山温泉に浮かべ集客もするなどなかなかのやり手、商工会を1度訪れた井筒和幸監督は未だに「秋さん元気?」と聞く。
いずれは〈伝説の局長〉になること間違いなしの人物だ。
その秋山局長最新の企画がこれだ。宇宙飛行士秋山豊寛さんの講演会〈鍬と宇宙船〉だ。
秋山豊寛さんは福島で農業をしていたが原発事故で福島を離れ、現在鬼石町に来て農業を営んでいる。きっと皆さんが満足出来る話になると確信する。足を運んで下さい.
日時 11月29日午後2時から
場所 鬼石町多目的ホール 入場無料
参考までに[瞬悠漂流記]から「宇宙よ」を抜粋する.
宇宙よ 立花隆 秋山豊寛 文芸春秋 1800円
日本人初の宇宙飛行士であり、世界初のジャーナリスト宇宙飛行士秋山豊寛がソ連の宇宙飛行士とともに、宇宙を飛んだのは1990年12月のこと。彼が帰還してまもなく、立花隆が彼を聞き取り調査した記録がこの一冊。徹底的なデブリーフィング(Debriefing)で、未知の世界に関する情報を引き出そうとする試み、本人が忘れていることや気がつかなかったこと、重要性を認識していなかったことなどを聞き出すため、本人の経歴、両親のことから聞き取りを始めていく。立花自身、このプロジェクトの初期から外部スタッフとして参画し、裏も表も知っているし、米ソの宇宙開発についても詳しく、NASAのスパイと疑われるほどだった。聞き出す側の知識と見識により引き出される内容が断然違ってくることが良く分かる。
生い立ちから聞き取りは始まり、青春時代の社会情勢、安保闘争から全共闘世代への過渡期を生きた秋山さんの生き方のポジションに迫り、若い日々を検証していく。
就職から宇宙飛行士への応募と落選、再浮上そして当選へと進むが検査は厳しい。
「エルゴメーター」〈台の上に自転車を置いたような装置で、これに乗ってこぐ。ペダルはどんどん重くなる〉による心肺チェック、「起立倒立」〈体を手術台のような台座に固定させ、その台を様々な角度に変化させ一定時間保持し、その間に脈や血圧がどのように変化するか調べる〉。減圧室〈5000メートル上空と同じ低い気圧に下げる。すると5000メートル級の山に無酸素登山したのと同じく低酸素状態に置かれるから、体の機能は著しく低下する。それを心電図と脳波でチェックし、指と指を合わせられるか、数字をどの程度記憶できるか(3桁から6桁までテスト)、計算はできるかなど調べる。その後5000メートル上空で放り出されたと仮定し、自然落下と同じスピードで、地上に着くまでの2分間気圧を上げていく。急激な気圧変化についていけなくて鼓膜が破れた人もいる。鼓膜が破れなくても、この検査の前後で、聴力検査を行い、この間に聴力が低下するようだったら不合格となる。〉
「コリオリス」〈平衡感覚の強さを見る。被験者は自由に回転する椅子の上に上半身裸で固定され、アイマスクをつけ、心電図をとられる。椅子は最初の1分間に右に30回回転し、次の1分間に左に30回回転する。この間、被験者は医者の指示により右や左に首を曲げて起こす、前に頭を下げて戻すという動作をくり返す。〉これは苦しいテストなので1分ごとに止めては、まだ続けるかどうか聞かれる。
この他、前庭機能を検査するために、アイマスクを着けて横たわり、耳に冷水を入れる検査もある。こうすると人間は必ず目まいを起こす。その目まいの起こり方、戻り方を、目の周囲の筋肉の筋電図をとることでチェックする。また、目のストレス能力を調べるため、体を椅子に固定し、周囲の円筒形の壁に急速に動いてゆく縞模様を映し、それを目で追わせながら、やはり目の周囲の筋力の筋電図をとるという検査もある。
ソ連に行ってからからの検査では、巨大な遠心装置で4Gから8Gの負荷をかけて重力加速度の変化にどれだれ耐えられるかを見る検査、下半身に血液が移動したときにどのような生理的変化が起きるかを調べる下半身陰圧装置を使っての検査もある。
このような検査でチェックされた候補者数人はソ連へ行き、最終検査を行い、様々な事情も反映し、秋山豊寛、菊池涼子が選ばれた。
これらはほんの序の口に過ぎないが、これを知っただけで、宇宙は遠い別世界といった感じを受ける。これまでして何故未知の宇宙へ人類は飛び立つのか。ヒントは500万年程前、食べ物が豊富な密林で豊かに安全に暮らしていた人類の祖先・猿の中の一部が密林から出て危険な草原で生活を始めたことの中にあるのではないか。好奇心、危険からの回避等理由は様々だろうが、それまでの住み慣れた環境から、あえて危険な環境に身をさらし、適応させるため自ら進化した猿。猿人、原人、旧人、新人と進化した猿である私達の子孫は、宇宙へ住処を求める集団が一部あっても不思議ではない。宇宙という全くの異空間に適応する未来人への助走が現在の宇宙への挑戦なのだ。こんなことを考え出すと切りがないので興味深い内容満載の本書に戻す。
星の街
秋山はモスクワから約40キロに位置するガガーリン宇宙飛行士センターという軍事基地・通称「星の街」で訓練を受けることになる。ここは地図には載っていない。ソ連の庶民は知る必要のない場所だった。「星の街」の商店はソ連の一般社会ではないようなものがたくさんある特権社会だ。そこで約1年の訓練を受ける。
3ケ月でのロシア語のマスター、ロシア語での宇宙工学、宇宙飛行力学、弾道学、コンピュータなどの学習とソユーズ、ミールの構造やシステム、飛行計画、船内文書などに基く技術訓練とともに基礎体力づくり、そのための水泳、ジョギング、テニス、クロスカントリー、ジムでの20種類くらいの機械を使ってのトレーニング等をこなさなければならない。そして実地訓練へと進み、いよいよ本番、出発となるが、これまでの道程は上述の通りかなり厳しい。
実地訓練から出発
酸素量や炭酸ガスの警報が鳴るという緊急事態を想定した訓練をこなし、いよいよ出発となる。
出発直前には浣腸もしなければならない。宇宙服を着てソユーズに乗り込んでから、軌道にあがってトイレに行けるまで、4時間程かかる。時には5、6時間トイレに行けない状態が続くので、いっそのこと浣腸をしてしまうのだという。
打ち上げ直後の音は全く聞こえず、はじめ体に感じない振動から始まって、やがて砂利道をダンプカーが走るようなガタガタという強い振動になって、膝も揺れ、Gも増してくる。そしたら、第一段階の切り離しでドーンという衝撃が走る。それ以降は切り離すたびにドーンという音がし、8分50秒後に、重力がスカッとなる空間に抜ける。
ドッキング
秋山等を乗せたソユーズは、地上400㎞を飛ぶミールに向けて次第に近づきドッキングする。宇宙開発当初のドッキングは手動だったが、今は勿論コンピューター自動システム。手動は職人芸だが、自動システムと言ってもそう簡単ではない。飛行士は管制塔からの指令をそのままに数字を打ち込むキーパンチャーではなく、軌道計算も全部頭に入っている。自動ドッキング技術もさらに進歩し、ミールに食料や機材を運搬している無人貨物船プログレスは、完全自動ドッキングシステムになっている。勿論、万一の時に備えて、手動ドッキングの訓練もしてある。訓練のほうがハードで実際の打ち上げの方がラクということもある。訓練はあらゆることを想定しているからだ。
ソユーズとミールのドッキングの最終速度は普通秒速20㎝という。船体同士が接合すると、ひとつ20トンの荷重に耐えられる8個のフックが自動的にかかって船体同士を固定する。接合部には、油圧系統のコネクター、電気系統のコネクターが並んでいて自動的に接合される。ドッキングはソ連上空でなされ、次の一周の間に、ドッキング部分の気密検査が行われ、安全性を十分に確認してから、次にソ連の上空にきたところで、ソユーズからミールへ乗員の乗り移りが行われる。
ソユーズからミ−ルに乗り移った3人は数日間の作業の後、秋山の他の二人を交代要員としてミールに残し、ミールに乗っていた二人が帰還するためソユーズに移り秋山とともに地球へ帰ってくる。
宇宙
宇宙飛行を通じてソ連に支払った金は最初15億円といわれていたが、どんどんふくらんで 最終的には50億円になったという。フライト時間で割ったら、1時間あたり2500万円にもなる。あの実験をやってみたい、というと、すぐ200万ドル、300万ドルとふっかけられるように予算がふくらんでしまうのだという。
宇宙ステーシヨンでは材料実験が行われていて、ソ連はアメリカより15年は進んでいる。無重力状態でガリウム砒素の結晶を作ると、均質化が図られ結晶の品質が高く結晶構造がゆがまない。結晶にゆがみがないと、半導体の場合、中を走る電子のスピードが違ってきて、それを使って半導体を作ると超高速のコンピユーターができる。本当のハイテク製品だから価格も高い。ガリウムの国際価格は、グラム当たり25万円で、10キロあれば25億円。高品質なものだから当然高く売れる。ソ連の経済はガタガタでも、こと宇宙技術だけは、特に材料実験、生産技術といった面では西側を圧倒している。
今までの貨物船プログレスは上がるときだけ物資を運んで、帰りは廃棄物を詰め込んで大気圏に突入させて燃やしてしまい、廃棄物処理にしか使わなかったが、宇宙工場での製品の輸送のため今は帰りも無人のカプセルが物資を運搬して地球まで戻るようにした。
宇宙飛行士はどれくらいの星を頭にいれておくのか。地上での訓練で全天恒星図を頭に入れておくが、宇宙で、見印に決めておいた星を探そうとしても星の数がものすごく多くてどれだかわからない。結局、ソビエトの宇宙飛行士は6000個の星を覚えるという(p374)。プラネタリウムのところには、ソユーズ、ミール、ブランの三つの操縦席があり、それぞれの操縦席の中に天体観測用の機器がある。その中で訓練するのだ。
宇宙飛行士は訓練されて宇宙を飛ぶわけだが、それ自体がテストでもある。例えば、ソ連版スペースシャトル・ブランのクルー、レフチェンコは、87年に、ソユーズTM4でミールに上がり、ソユーズTM3で戻って来た。そして地球に戻って30分後ジェット機を操縦してモスクワに飛ぶ、ということを敢えてさせられた。
人生観
今世紀に起きたことは実に大きい。1917年ロシア革命からソビエト連邦が成立し、戦後、ドイツが東西に分裂し、しかも、世紀末には、絶対無理だと思われたソビエトの崩壊と東西ドイツの統一が実現した。
秋山は感じた。雲の上から地球を見ていると、本当に人間が生きているのかしら、と思えるほど人間の営みが小さく感じられる。その人間がいろんなことをして自然条件を変えてしまう。その最大のものが戦争、環境破壊。国境というものがいつまで続くかわからない感触を得た。事実ヨーロッパではEC統合に向かって動いている。次ぎの次ぎの世代になったら国境というものがなくなっているのではないだろうか。
「地球に帰ったら人生観が変わるだろうか」という問いに、「人生観なんてものは持っていないから、変わらないだろうけど、毎日毎日を大事に生きたいなという気持ちにはなると思う。」と彼らしく答える。事実今、彼は会社を辞め、福島県で農業を始めた。
科学の粋を集めた宇宙飛行で得るのものは、いろんなものがあるだろう。科学者にとっては次なる挑戦をかき立てる新たな疑問と今日までの科学の成果としての多くの果実。一方で、人間が生存することの意味を謙虚に見直すことが出来るのかもしれない。宇宙まで行かなければ、謙虚になれないのかと言うかもしれないが、宇宙は果てしなく深く遠く広い。その無限の中に浮かぶ地球という奇跡の惑星を実感しての感触の意味は大きい。生物が生息出来る自然環境の中に身を置くこと、その中で生まれ、成長し、死ぬことを繰り返し、進化しているあらゆる生物と環境。その環境を破壊することが発展ではないのだ、と思い知ること、誰も死から逃れることはできない、自然の中で生の流れに任せること、毎日の営みを大切にすることが生きることの基本なのだと教えてくれる。
ここまでくると、不思議なことに宗教と一致してくるものを感じる。私は宗教にほとんど疎いが、これが宗教としたらそれはそれでいいと思う。現在私の回りにある宗教は即物的で邪悪なものが多いが、生と死を極限的に見つめていくと哲学とも宗教ともいえるものになるのではないか。
たった一度だけ与えられた命を大切にすること、これは自分だけではなく他の命もかけがえないものとして大切にすること、これこそ今の人類に求められているものだ。特に政治に求められているものだ。21世紀を乗り越えるポイントは戦争政治、帝国主義経済をうち破ることが出来るかどうかということだ。
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