みんな寿命を全うしようぜ

みんな寿命を全うしようぜ
西表島で会った昼の蝶

2011年7月10日日曜日

瞬悠庵で真夏の奥深山農園収穫祭

我が秋山君の農地を借りての奥深山農園も始まってから何年経ったろう。15年くらいは過ぎたのではないだろうか。農地に手を焼いていた秋山にとり有り難いことで、畑の草退治をせずにすみ、使っているに人からは喜ばれる。
その秋山君は鬼石の夏祭りの準備で忙しい。今年は映画ロケも加わるので力も入っている。彼からは何の連絡もないが、岩城さんからは「マス席取ったからおいで」との誘いはちゃんときている。
17日夜8時30分頃が最高潮とのこと。

さて奥深山農園は奥深山幸男さんとともに生きる人たちの共同農場で、年に2度収穫祭をして、お互いの健康とこれからのたたかいの前進に向け、鋭気を養う場として設けられた。
いつしかこの瞬悠庵が集いの場となってしまった。自由開放ですから。
今年はスイカもあるが今のところまだ小さく、主にジャガイモの収穫となった。大量収穫に一同大喜び、高経大を主なロケ地とした「圧殺の森」の出演者も参加し話も盛り上がった。高齢化しても未だ意気は軒昂ということ。まずは生き抜くこと、これが大事。

2011年7月9日土曜日

「原発を考える連続学習会」始まる

梅雨も明け、とにかく暑い毎日がこれからいよいよ本格化する。体調に気をつけていても集中力が続かなくなることはよくある。これだけは自信のあった目も悪くなってきた。考えて見ればもう50代後半だからね。そんな時は休み、寝ることにしている。
 しかし、この時期、さまざまな夏の企画やらの誘いがたくさん来る。できるだけ参加するつもりだが、全部というわけにはいかない。7日には平和運動センターの各自治体への要請行動があった。 
  今日からは群馬会館での「原発を考える連続学習会」が毎週土曜日午前9時から開催される。私が連絡先として新聞に載ったためか、6人ほどの人からの問い合わせがあり、関心の高さを示しているようだ。参加してみると会場いっぱいの人が集まり、原発と原爆の講義を聴いている。内容をわかりやすくした資料も揃えてあり、質疑等も平場のやりとりなのでいい感じだ。
それにしてもこれまでの原子力政策のなんと無展望・無責任のことか、そこに政・財・官・大・メデイアががっちり組み込まれて「原発は安全です」とウソを振りまき、批判する人たちを徹底的に排除してきた。
 菅首相は勿論支持できないけど、では他に変わってどうなるとでもいうのだろうか。むしろ菅の原発に懐疑的な姿勢を考えると、この際、誰にも期待できないのだからこのままやり抜け、脱原発を一層推進しろ、といいたくなる妙な感情がわいてくる。
 この酷暑の夏を生きなければならない被災地の人々、原発事故で被害を被った人々のことを思うと、政治の無力さに怒りばかりがわいてくる。

2011年7月5日火曜日

部落解放の父・松本治一郎が泣くぜ、松本龍

松本龍震災復興相にはあきれ果て、まいった。これほど単純に権力を笠にものを言う人物は珍しい。被災地の人々の悲しみと怒りはこの暑さの中でどこへ持って行けばいいのか判らないほどだろう。松本龍よ、己を何様と考えてんだ。部落解放の父といわれた松本治一郎が泣くぜ。もう解放同盟もここまで落ちたかという思いだ。
この悲惨な大惨事で新たな差別構造が生まれないとも限らないなかで、あからさまに権力的な物言いなどする奴があるか。本当にあきれ、怒り心頭だ。
これでは民主党政権も我々にとり大惨事だ。しかし自民党に戻すことは絶対拒否する。さあ、好きにやるさ。道なき道を進むだけのこと。既成政党を歴史のクズ箱に放り込め。

知事選も終わり、しかも気持ちいいくらいの圧倒的な敗北の後は、この暑さも加わり、疲れが出て、昨日は焼酎をあおって9時頃には寝てしまった。佐藤栄佐久著「知事抹殺」をやっと読み終えた。
栄佐久は東電と闘い、道州制に反対して来た。真っ当な人がいい。
今夜からは広瀬隆の本を読み出すとしよう。

2011年7月2日土曜日

アジア・アフリカ米の田植え

朝は母親宅のビワの実を取った。梅といい、ビワといいほとんど手入れをしないけど、時期になるとたわわに実る。自然は有り難い、たった1本のビワの木の恩恵をうけることにしよう。
そして伊勢崎市内の田んぼで恒例の田植え。今年で21回目になるそうだ。私が参加してから10回ほど、当初は減反政策への抗議の意味をこめて始めたそうだ。アフリカのマリに米を送っている。
そして暑い中、県知事選最終日は前橋市内へ。

2011年6月30日木曜日

知事選も最終番、吠えろ、叫べ 後藤あらた

いやあ暑い中、そして月末の忙しいなか、思いもしない人からの応援も得て、街頭にも立ちもします。ビラ入れもします。反応がいいんだ、マスコミ予想なんか吹き飛ばせ。

東京電力からの「原発とめよう群馬」への返答も届いたが、内容は無難なもので我々の危機意識を共有するものではない。後でジックリ検討するとして、今は知事選、圧倒的な陣容の現職に挑む後藤あらた50才、いい心臓している、とことん進め、進め、残り2日、群馬県内の総人脈にあたりをつけよう。勢いだぜー。

2011年6月28日火曜日

芸術は爆発だ。犬小屋テント劇場 劇団どくんご公演 県立女子大

こういう芸術は評価は分かれる。玉村塾の町田さんからチケットを入手し行ってきた。
女子大の広場に貧相な小屋を建てその中で歌い踊る公演だが、始まった6時半頃はまだ暑さも残り汗も噴き出すほどだったが、日も落ちるころには涼風となり、一時は雨も降るといった天候すら演出にしてしまうすごみの公演だった。
出し物は「ただちに犬}、2時間に及ぶ熱演には圧倒された。非常に内容が「豊か」で「サイケ」で一晩では消化しきれない程だ。一緒に観た土田君、「麻薬でも打たなきゃ理解できない」そうだ。
 29日も夕方6時15分から女子大で公演するので、「現代の芸術」を観覧して欲しい。
「芸術は爆発だ」

県知事選もいよいよ大詰め、こちらだってほとんど主観の世界。後藤あらたで突っ込むだけよ。

2011年6月25日土曜日

後藤あらた玉村支部、朝から総決起集会で盛り上げる

昨夜はかねてから予定されていたルネサス高崎の友人達と暑気払い、流れのままに何年ぶりかの中国人スナックへ行き、帰宅したら午前2時前、というわけで眠いなかでの後藤あらたの集会準備となったが、大勢の人の協力も得て250人を越える参加者となった。
 現職のぶ厚い壁に単身挑む50才の後藤候補の思いは熱いものがある。県内全域を巡ってきたので各地の様子も感じ取っている。その意気を感じてだろうか、彼の先見性への期待だろうか、評判は結構いいのだ。大政党が機能不全の状況での完全無所属こそが県政を担うにふさわしいと感じているのだろうか。とにかく動くこと、訴えることしか後藤あらた勝利への道はない。

 そんな折り、10年ぶりに「タカラジェンヌ」から連絡があり、今日の集会があることを言うと、是非、「後藤さんに会いたい。前から会いたいと思っていた」ということで、前橋市文京町の「タカラジェンヌ」の登場となった。彼女の人脈は結構広い、けったいなものもあるけど、勝利に向け一歩前進したことは間違いない。4月の県議選のときは彼女のことが全く念頭になく小川晶さんを紹介できなかった。今度会った時、県議選は誰を書いたのか聞いてみよう。違う人を書いたとしたら、今後正しく指導しなくっちゃ。




 朝、角倉選対本部長から「明日、朝、河村たかし名古屋市長が高崎に後藤あらたの応援のために来るので対応をお願いしたい」との電話が入る。あの河村たかしねえ。減税かい。
午後には、これまた4月前橋の小川あきら選挙をともにたたかった松村健助さんからの戦況報告があった。ああ元気でやってるね、という感じだ。選挙通の松健さんの話はとても楽しい。それぞれがそれぞれのやり方で動き出している。
ここまで来ると、「小異を置いて、大同につく」と言うことですか。

2011年6月23日木曜日

群馬県知事選 6月25日午前10時玉村町文化センター小ホールへ総結集を

境町の岩崎の家へ行くと彼が晩酌していたので、上がり込みいつもの雑談。当然話は原発のウソはひどいということになっていく。これを読めよ、と渡されたのが広瀬隆著「原子炉時限爆弾」(大地震におびえる日本列島)。昨年8月に出版されたもので、8月の「広瀬隆講演会」に向けて予習をしておこうと考えていた本だ。岩崎の感性はなかなかなもので、「パパラギ」や「ノーム・チョムスキー」「秘密」などを教えてもらっていた。
その岩崎、「知事選については現職はだめだよなあ」の一言。

圧倒的な支持団体を得ている現職知事だが、本当のところ何も見えてこない。八ッ場ダムの推進などと言っているようじゃあきません。私が生まれた58年前に決定されたダムが未だにできないということは、もうできないということ、無理だからできないのだと言うことを理解できないのだろうか。ここで多くは書かないが無理なんです、八ッ場ダムは。
 
対する後藤あらた、「脱原発」「TPP反対」、これだけでも現職よりずっといい。政党が機能不全になっているとき、「無所属」で県政に挑む姿の方が支持されるだろう。まさに県民の代表だ。自民党の鎧を脱いだだけの無所属とは全く意味が違う。事実、行く先々の評判がすこぶるいいのだ。
定数50人の県議会議員の9割程の支持を得ている大沢知事が再選された場合、「翼賛的議会」となり県民の思いは全く県庁には届かなくなるだろう事は明らかだ。
 3.11震災後の県政はこれまで通りの有り様では時代に対応できない事を認識しなければならない。「これまでの大沢か、これからの後藤か」未来を見据えた重大な選挙戦だ。

 これはいけるかもしれない。政治を庶民の手に取り戻す大きなチャンスかもしれないという感じが強くしてきた。
25日(土)午前10時から玉村町文化センター小ホールで、本人の参加を得るなか、後藤あらた総決起集会を開くので多くのみなさんの参加をお願いしたい、です。

2011年6月22日水曜日

国政がメルトダウンしても地域はどっこい生きている。芝根地区懇談会

芝根地区懇談会が保護者を中心に地元区長、民生委員、学校評議員、議員も参加し開かれた。毎年開催されるもので、子ども達の安全・安心の地域づくりをみんなで図ろうとする懇談会だ。今年はやはり原発事故が話題になった。放射能被害の本当のところがなかなか判らないので小さな子どもを持つ人たちの不安は大きい。技術としての安全すら疑われている今、安心感ある社会を築くのは本当に難しいと実感する。政治が信用されていないのだ。
地域から政治を取り戻さなければならないとつくづく思う。地域から真っ当な議論を発信することだと思う。

6月8日、横須賀を母港とする原子力空母ジョージ・ワシントンから放射性廃棄物を入れたコンテナが運び出された。「放射能にさらされた物質は、通常、外国の港にある間は、原子力潜水艦から搬出される事はない」
これは1967年アメリカが日本政府に対し提出した覚書「エード・メモワール」に記載されている。
アメリカは、陸揚げしないから良い、と言うが艦船そのものから出た時点で違反行為となる。そもそも放射性廃棄物が発生したのは、本来、横須賀基地では行わないとされた空母のメンテナンスが行われたためだ。
母港化を図る際、アメリカが横須賀市に差し出した「エード・メモワール」もどんどん骨抜きされているのが実態だ。国政がメルトダウンしていると、日本のどこで原発災害が起こるかわからない。危険なのは福島だけではない。

2011年6月19日日曜日

あぜ道のダンデイ

シネマテーク高崎で「あぜ道のダンデイ」を観る。上映初日、しかも監督・俳優の舞台あいさつもあるとのことで早速足を運んだ。
光石研さんとは玉村小学校をロケ地とした井筒監督の映画撮影で会ったのが初めて。その後、「それでも僕はやってない」「キャッチボール屋」の上映会をしたとき、わざわざ町まで足を運んで頂いた。演技のうまさと人柄の良さのためか映画の出演本数は数え切れない。しかし、今度は30年ぶりの主役だ。50男の見栄と優しさを描く家族の話だが、子どもが成長する過程での葛藤を含め描いている。ロケ地は高崎、前橋が多いが玉村町の医院での撮影もある。
その監督が「川の底からこんにちは」を作った27才の石井裕也さんだ。映画館の外で話を聞くと光石さんをとても高く評価している。光石研さんのための映画で全精力を注いで作ったそうだ。
「タラッタラッタラッタウサギのダンス」がいい。

2011年6月16日木曜日

久しぶりの梅の収穫

昨年は時期を外してしまったが今年は何とか大粒の梅がなった。ほとんど手入れをしない梅畑には申し訳ないが今年は頂きます。もう少し手をかければもっと元気な梅林になるとは思うのだがそこは天性のものぐさ、根が続きません。しかし、自然の巡りはすばらしいものを生み出してくれるとつくづく思う。一秒一秒の歩みがあらゆるものを生み出し、成長させ、命の限り生きさせ、そして最後は死滅する循環のなかで生きている。そのことを理解できれば、もう少し謙虚に穏やかにみんな生きられると思うのだけど、現実はすさまじいばかりの喧噪と闘争、嫌ですねえ。

 福島原発事故を契機にイタリアでは原発の是非を問う国民投票が行われ圧倒的多数(9割以上)が脱原発を選択した。すごいねえ。逆の事が、ヨーロッパで大きな原発事故が起きたとして、日本では国民投票とはならないだろう。過酷な原発事故が進行中にもかかわらず、全く頼りにならない政治状況に多くの人が苛立ちを深め、政治を民衆の手に取り戻すその道を歩み出したことも事実で、このことはメデイアからは意図的に伏せられる。
「この道を行け、人にはその言うにまかせよ」だ。

2011年6月12日日曜日

脱原発全国一斉100万人行動を前橋で打ち抜く

福島原発の過酷事故が全く収まらないなか、全国で事故から3ヶ月の昨日を期して反原発集会が催された。前橋では原子力資料情報室の古川路明さんの講演が行われた。「放射線が安全なわけがない」が基調の話だが、どこまで進行するか全く予想もできない状況を反映して参加者も真剣なまなざしで話を聴いていた。若い人の参加も多く、彼らの世代の問題なんだということが分かる。しかし、若い彼らにその責任はない。我々の世代が原発政策を押しとどめることができなかった事が重大なので、これだけの事故を経験している今、全世代の未来への責任として脱原発社会を目指し社会そのものの有り様を変えていかなければならない。
若い世代のデモ感覚はすごい。不安と怒りをうまく表現している。
 8月21日、玉村町文化センターで広瀬隆さんをお呼びしての講演会とイベントを予定している。何をしようかなどは全く今のところ未定なのでアイデアを出して頂きたい。

2011年6月11日土曜日

「後藤あらた」玉村集会から「6.11脱原発全国一斉100万人アクション」へ

昨日、県知事選に向けた「後藤あらた」玉村支部集会が開かれた。急な呼びかけにかかわらず多くの参加者があり、発言者もそれぞれの思いを伝える話をしていた。前橋での2000人集会を終えた角倉県議も来賓として発言に立ち、「何故、今後藤あらたなのか」を訴えた。
後藤さん自身も「脱原発」を大きな政策の柱として積極的に県政を変えてゆく熱意を訴える有意義な集会となった。圧倒的な現職の壁に立ち向かう彼の胆力はすごいものがある。それは確かな展望を確信しているからだ。
16日の告示後は25日午前10時から玉村町文化センター小ホールで総決起集会を開く。

 誰が言い出したか知らないが、震災から3ヶ月の今日は「6.11脱原発全国一斉100万人アクション」の統一行動日だ。原発の過酷事故が全く収束できないなか、市民が反原発の強い意志を表明し運動として形成し、政治を獲得するのものとして勝ち取られなければなならない。これから前橋教育会館に行く。

2011年6月7日火曜日

東京電力群馬支店への申入れと記者会見

今日から議会のため参加できなくて全く申し訳なかったが、我が友・角倉邦良県議を先頭に9人の個性的な面々が東電群馬支店への申し入れ行動を行った。
一連の福島原発での重大事故を受けて5点の事項を申し入れた。
1.東電は、原発の全情報を開示すること。
2.東電は事故責任を認め謝罪し、全被害への補償を直ちにすること。
3.放射能汚染の原因者として放射性物質の除去、除染を行うこと。
4.ただちに東電の運転するすべての原発を停止・廃止すること。
5.東電と関連会社の労働者の待遇を改善すること。賃下げ、リストラをしないこと。
  概略すると以上のような内容だ。
加賀谷さんは「脱原発ダルマ」持参だからその思いの強さが理解できる。9人のうち女性が7人という構成もいい。東電の対応はまずまずだったとか、そりゃ居直れる状況じゃないよ。どんどん深刻な事態になっているのだから。収束と言葉では言うけどかなりそれも厳しいようだ。
 申入れ行動の後、県庁で記者会見をした。東電への申入れと11日午後1時から教育会館で行われる原発勉強会(講師は原子力資料情報室の古川路明さん)とその後の「原発なくてもエエジャナイカ大行進」のお知らせだ。

シネマまえばしで鎌仲ひとみ監督作品「原発を考える三部作」を緊急上映している。「六ヶ所村ラプソデイー」「ヒバクシャ・世界の終わりに」「ミツバチの羽音と地球の回転」だ。全部見たがどれもいい。監督の目線の正しさと真面目さが伝わってくる。特に「ミツバチ・・・」は24日まで上映しているから是非観て欲しい。勇気がわくぜ。11日の勉強会ではその映画の紹介もさせてもらうつもりだ。

悲しい程、既成政党が原発事故に対して何の行動も起こせない中、個人の呼びかけ人形式で始めた運動だが、大きな力に突き動かされている感じがする。このままじゃ社会が終わってしまうという現実的な危機感からだろう。政党のために社会があるのでは断じてない。人間がつくった矛盾に満ちた社会なら人間が変えればいい。「人の前に道はない」のだ。細くても確かな道を若い人たちを先頭につくりだそう。その道筋をつくり出す運動にしたい。

2011年6月5日日曜日

北信州植樹祭と志賀高原

4日、玉村町と姉妹提携している長野県山ノ内で開かれた北信州植樹祭にバス1台で参加した。朝7時頃町を出発したバスは9時30分前には現地に到着し、会場で知り合いの山ノ内町の人たちと歓談した。特に、姉妹提携当時、議長だった小林議員とは、当時からのつきあいになるので4年ほどになる。元気そうだった。天候も良く植樹祭には絶好の日和だ。式典の後、「玉村町民の森」へ歩いて移動し植樹した。私が議長当時植樹した木も元気に生長している。
途中、鳥の声に混じりセミのような声も聞こえるので係の人に尋ねると、「春蝉」だという。山ノ内はもう夏模様だ。「町民の森」は夕日山(1050メートル)への遊歩道もあり、歩いて1時間程度という。山歩きをする機会を是非つくり、温泉で1泊という計画を立てたい。とりで街道という古い街道の碑などもあり、ここにも人々の歴史があることを教えられる。
 午後からは志賀高原(1600メートル程度)散策。専門ガイドさんの説明を受けながらの「森林セラピー」も良かった。森に癒されるとはこういう事か。

2011年6月2日木曜日

永田町の茶番につきあっていられません。

昨夜から今日の昼頃までは、小沢一郎を中心としたグループは菅首相不信任の可決に向け息巻いていたが、「震災対応に一定のめどがついたら自発的に辞任するという」菅発言の後には、全く腰砕けになり不信任反対に寝返り、自民・公明の提出の不信任案を否決した。小沢は欠席、造反議員はひとりだけという惨憺たる状況。
この国の政治はどん底だ。被災地と被災民を人質にして権力闘争をしている。それも次の「名ばかり指導者」さえ示せないなかで高い税金使っての「お遊び」には怒りしか沸かない。
 福島原発事故の収束のため命がけで働いている日雇い労働者群のことを思えば、犯罪的ともいうべき政争をくり返している国会議員連中を訓練し、原発労働に従事させた方がいい。しかし、そんな大変な作業ができるわけないから国会議員をしているなんて事になったら、ホント目も当てられない現実だ。

こちとら、昨夜は物資販売オルグで群馬に入った国鉄千葉動力車労組長田書記長と懇親会を開いていた。国会議員のお偉いさんより彼からの方が現代の情勢分析、歴史認識、組織論、運動論等学ぶものが多く、この混迷した時代を未来に向け突き破っていく力を持っているのは一般労働者なのだということが理解できる。事実を見つめる姿勢、勇気が求められる時代だ。

2011年5月30日月曜日

映画「六ヶ所村ラプソデイー」と「100000年後の安心」

話題の映画「100000年後の安心」をシネマテークたかさきで、「六ヶ所村ラプソデイー」をシネマまえばしで観た。
「10万年」は、大量高レベル放射性廃棄物を永久地層処分という方法で地下深く埋めこむフィンランドの計画を追ったもの。
廃棄物が一定量になると、施設は封鎖され二度と開けられることはない。しかし、10万年の間、誰がそれを保証できるだろうかという話。ここは危険ですよ、と表示し、語り続けることで10万年の未来まで現在の危機感は正しく届けられるだろうか。4000年前のピラミッドさえその建設の意味を我々は知らないから勝手に謎解きのように言い合うだけだ。むしろ、人里離れた山の中なのだからなにも言わず忘れさせた方がいい、という議論も本気である。それほど、時代の危機を未来につないでいくことは難しい事を教えている。
 話題の映画だから観た方がいい。
そして「六ヶ所村」は、何故、今まで観なかったのかと悔やんでしまうほどの作品だ。福島原発事故を予言しているような場面もある。
 核施設誘致に反対し続けた坂井留吉さんや花作りをしながら反核を訴える菊川慶子さん。今注目の原子力安全委員会委員長斑目春樹(当時、東大工学部原子力専攻の教授)も出ている。「原子力は安全じゃないからどこも引き受けない。しかし最後は金で、莫大な金で決着できる。原発はすごく儲かるんだよね」などと当時もふざけた事を言っていたんだ。これでも学者か。
一方、これまた注目されている小出裕章京都大学原子炉実験所助手も登場し、原子力政策を批判する。
 反対運動の強力な指導者はたしかにいない。しかし、ひとりひとりが反核を肝に据えて、つましくともその生活を営み続けるとき、大きな権力に立ち向かうことができることを示している。「ミツバチの羽音と地球の回転」の登場人物もそうだ。

 話はそれるが俳優の山本太郎が所属事務所を辞めたそうだ。理由は、原発反対を表明し、被災地の人々とつながったとき、事務所へ嫌がらせの電話が殺到し、芸能界での仕事が妨害を受け、廻りの人々に迷惑をこれ以上かけられないと思ったからという。「何も行動しなければ、僕は自分を許せない」という山本の良心と行動のどこが問題なんだ。彼は、福島の親たちが文科省職員と緊迫したやりとりをした場面に参加していた。自分の意思くらいみんな表明できなくて、原発が止められるか。

鎌仲ひとみ監督の3部作は6月も上映される。

2011年5月28日土曜日

第8回「記憶・反省そして友好」の追悼碑を守る会

雨模様かと心配したが何とか傘をささずにすんだ集会だった。もう8回目の集会になる。県施設に建てられている貴重な追悼碑は、群馬県民として、戦前の朝鮮植民地政策の歴史を正しく認識しキチンと反省・謝罪し、姿勢を正し、今後の友好につなげる強い意味を持っている。碑は守り続けなければいけないし、現在、在日朝鮮・韓国人の置かれている環境をなんとしても改善させなければならない。これは日本人の責務であり、このことを自らに課す集いだ。
建設当時群馬県議会議長として尽力して頂いた星野沼田市長も毎年参加している。なによりも星野さんの心を動かした猪上さんや横田さん達の強い意志と粘り強い執念が、在日の人々の信頼を獲得し、今もこの碑を守り続けている事が良く分かる。
 建設には全く係わらなかった私でも、その歴史的意味を理解し、今後も見守っていきたい。

2011年5月24日火曜日

1時30分より古川路明さん(原子力資料情報室)の講演

6月11日群馬県教育会館大ホール
開場12時45分
(原子力資料情報室)放射線の専門家です。
3時15分出発!!!
原発なくてもエエジャナイカ大行進
終了後交流会もあります。

2011年5月23日月曜日

さまざまなイベントで春を味会う



21日には高崎市内の公園で開催された「日・朝友好東日本大震災復興支援バザー」に顔を出した。知り合いが何人もいて、話に花が咲く。被災地では在日の人々も例外なく被害にあい苦しんでいる様子だ。在日韓国・朝鮮人と日本人の関わりは深く長い割には、溝が大きいのが不思議でならない。東北の被災県のひとつでは、朝鮮学校への補助金を取りやめた、との話を聞いたが、それが事実なら、人倫に反すると言うほかない。日本と朝鮮の友好の歴史こそを正史とするのが現代日本人の責任と考えている。「高校授業料無償化」から朝鮮高校だけを排除してしまった現実から押し返していかなければいけない。
 22日は、玉村町役場東側のJA駐車場での「朝市」、商工会とJAの共催ともあり、結構な人は集まったが、朝市を定期的にするには課題が余りに多いようだ。まして、町西部に高崎市との連携でつくるスマートインターチェンジ周辺に道の駅(直売所)をつくる構想があるが再考した方が良さそうだ。特産物もそれと言ってなく、町民がしらけているなかで、無理はしないほうがいい。そもそも俺がやる、という熱気がないのだ。
 10時からは伊勢崎市の東総合公園で連合群馬主催の「群馬ふれあいフェテイバル」へ。天候も良かったが午後からは雨になってしまったのは残念なことだった。もう少し政治的なメッセージが欲しい。労働者を取り巻く環境に何も問題がないならともかく、雇用環境、生活環境等どこをとっても問題だらけの現状を直視して欲しい。

2011年5月19日木曜日

「善意・善意」の合唱だけで本質を見なくていいのかい

大震災以来、どこを見ても「善意」と「善人」でこの国はあふれかえっているようだ。しかし本当か。余りの被害の大きさとどこまで続くか分からない原発事故で本質を見る目を曇らされているのではないか。善意の支援金支払とボランテイア活動だけで、どこかごまかしてしまっている自分に気づかないでいいのだろうか。特に原発事故に関しては全くの人災ということ、この責任をハッキリさせないと先に進めないのだ。「今は批判ではなく収束を」ということだけを言う人がいる。この手の人は、一層原発を改良して原発政策を今後も続けようとする人に多い。
この事故の教訓は「原発は人類とは相容れない。エネルギー政策を原発から脱却させること」だ。
 東電の役員報酬は半分にしても3600万円だそうだ。ということは7200万円も取っているんだ。その連中は政府に言われ渋々減額するという状況。補償の姿勢も「善意」からは程遠い。事故現場で働かされている作業員も虫けら扱いだ。彼ら現場労働者こそが全役員報酬全額をもらっても足りないくらいの仕事をしている。
 仕事も故郷も家族も未来も奪われている原発周辺の人々を思えば、私たちは「原発容認」とは行かない。これが善意だ。しかし、悲惨な実態を知りながらも政府や自民党、財界は原発から手を引くつもりはない。これでも善意か。
 新自由主義政策の中で、いくらも稼げない(生活に余裕のない)所に追い込まれてしまった多くの労働者・農民・自営業者、中小企業者が、善意のない政府の言う「国難・善意の嵐」に飲み込まれてしまっている。勿論、善意は悪いことじゃないが、それだけでは、この悪い状況から解放されないことを指摘したい。
「自分が変われば社会も変わる」のだ。

ということで勉強会のお知らせ。
6月11日(土)午後1時30分から前橋市の教育会館大ホールで原子力資料情報室の古川路明さんを招いて講演をしていただく事になりました。不都合な真実にも目を向けるいい機会と思います。そして3時15分から「原発なくてもエエジャナイカ大行進」となります。この日は「脱原発全国一斉100万人アクション」の日です。今、未来をかけてひとりひとりが動き出す時と考えます。

2011年5月17日火曜日

東電に入ろう(倒電に廃炉)を東京電力の社歌にしよう

民衆はしたたかだ。歌で抗議する。これもそうだ。髙田渡の「自衛隊に入ろう」の替え歌。

皆さん方の中に 東京電力に入りたい人はいませんか
ひと旗上げたい人はいませんか 東電じゃ人材求めてます

東電に入ろう 入ろう 入ろう 東電に入れば この世は天国
男の中の男はみんな 東電に入って花と散る

スリルを味わいたい人いたら いつでも東電にお越しください
ウランでもプルトニウムでもなんでもありますよ
下請け使えば平気です

東電に入ろう 入ろう 入ろう 東電に入れば この世は天国
男の中の男はみんな 東電に入って花と散る

原発推進派のみなさんは 原子炉の真下にお集まり下さい
いますぐ体に悪いわけじゃありません シャワーで洗えば平気です

東電に入ろう 入ろう 入ろう 東電に入れば この世は天国
男の中の男はみんな 東電に入って花と散る

原発はクリーンなエネルギーです。プルトニウムはそんなに悪いわけじゃありません
放射能出すといっても半減期は たったの2万と4000年です

東電に入ろう 入ろう 入ろう 東電に入れば この世は天国
男の中の男はみんな 東電に入って花と散る

日本のエネルギーを支えるには 原子力に頼らないといけません
多少の犠牲はやむをえません イソジン飲んでおけば平気です

東電に入ろう 入ろう 入ろう 東電に入れば この世は天国
男の中の男はみんな 東電に入って花と散る

使用済みの核燃料は全部まとめて ドラム缶に詰めたら大丈夫
六ヶ所村のプールで冷やしてます たったの300年のガマンです

東電に入ろう 入ろう 入ろう 東電に入れば この世は天国
男の中の男はみんな 東電に入って花と散る

水が漏れてるけど騒ぐんじゃない 煙が出ているけどあわてるな
屋根が吹っ飛んだけど全然大丈夫。とにかく塩水で冷やしてます

東電に入ろう 入ろう 入ろう 東電に入れば この世は天国
男の中の男はみんな 東電に入って花と散る

今すぐ危険ってわけじゃないけど 牛乳も野菜も捨てましょう
政府のおエライさんが言ってます 補償は税金で払います

東電に入ろう 入ろう 入ろう 東電に入れば この世は天国
男の中の男はみんな 東電に入って花と散る

ガイガーカウンタは売れ切れてます 君たちそんなもの持っちゃダメですよ
放射能の値はこちらで発表します 信じる者は救われる

東電に入ろう 入ろう 入ろう 東電に入れば この世は天国
男の中の男はみんな 東電に入って花と散る

2011年5月16日月曜日

ポーゴ軍団のプロレス興行から井筒監督との語らいの場へ






町内でのジャズコンサートもあったが、何しろ久しぶりのポーゴ軍団のプロレス興行を優先した。ポーゴこと関川さんは高校の2年先輩、60才だぜ。まだやってんだからすごいよ。10年ほど前、本庄市で観たのが最後だった。あの時は場外乱闘どこではなく、会場の外まで追いかけ回し、あらかじめ決めていた車をボコンボコンにするという大騒ぎぶり。よくできた見せ物だった。翌日スポーツ紙には「ポーゴ・駐車場で車を徹底破壊し大暴れ」と出る。
八百長相撲で頭を痛めている相撲界だが、「国技・神技」などと格調高く納めようとするから、あたふたするのだ。楽しい見せ物興行くらいに考えればいい。
プロレスを八百長批判する人はいない。そんなことわかりきっているからだ。大仁田厚、グラン浜田、ジャガー横田にダンプ松本とくれば名前ぐらいは誰でも知っている。まだ現役の豪華スター勢揃いのショーだから楽しめばいい。さすがにキューテイー鈴木はいなかった。八百長試合とはいえ光る技を持っていなければ観客は入らない。随所に切れ技をみせてくれるレスラー集団の興行はやはり相当の鍛えがないと持続できない。
 メインイベントの8人タッグはすごい、ほとんどルールなしの一本勝負、ポーゴは火を吐き、鎌で相手の額を切り、鉄条網で殴りかかる。リング上でたたかっている者はいない状態。それがまた楽しみで慣れた客は「これを使って下さい」と椅子を渡し、また「これを使って下さい」とゴングを差し出す。セコンドの女子プロレスラーが「これは勘弁して下さい」と返す場面もある。みんな楽しんでいるんだ。栗原君は初めてのプロレス観戦だったがいたく満足のご様子。
 会場入口で小川晶さん、会場内で後藤あらたさんに会った。こういう猥雑な見せ物興行に来る人は面白い。「石川さん、知事選への支援お願いします」と言われれば「怪しい場所であったのも何かの縁」と妙な親近感すら覚え、「任せなさい」と言ってしまうところが失敗の始まりと分かりながら言ってしまった。

 夜は井筒和幸監督が来るとの連絡があり、ホルモン屋へ行ってみれば、すでに始まっていた。しかし今回はちと違う。新作映画の出演者の役どころのイメージを深めるため、山田ゆきお高崎市議とジックリ話し込んでいた。国鉄の分割民営化当時の労働運動の現場を知っているということで、監督がわざわざ来たのだが、山ちゃんに会うなら高崎で会えばいい。しかし、玉村町へ来るには監督なりの理由があるのだ。群馬県のマネージャー役土田文月がいるし、懇意のホルモン屋がある。合併しない町ということも気にいっているのだ。
くせ者とは決して思わないが、私以外、色の濃い連中が結集した夜だった。
 追伸、6月11日の「原発なくてもエエジャナイカ大行進」の呼びかけ人を井筒和幸監督は喜んで受けてくれた。原発はコントロールできない。いよいよ危険だぞー。

2011年5月8日日曜日

実力派工務店「翼創建・THINKS」の新装社屋拝見



もうかれこれ20年以上のつきあいになるが、無理のない自然な関係できてしまったので、節目が分からない。しかし10年程前、高崎市問屋町に店舗を出してからは、実力派工務店として一段ステップアップしたことは間違いない。その本店(伊勢崎市冨塚町)がオープンした。四角い建物の空間利用は他に類をみない。社員も30代、40代を主体とした責任世代でプロ意識も抜群。稲津幸司社長の地道な努力が社員、関連業者に信頼されていることは、登記をさせてもらっていると良く分かる。税理士の評判もいい。大手ハウスメーカーが幅を利かせている昨今だが、エコ感覚豊かな中小工務店を伸ばしていくのも地域の責任だと考える。夜の本社の景観はなかなかなもの。
 仕事柄いくつかの建設業者とのつきあいはあるが、「翼創建・THINKS」は建築思想がしっかりしたおすすめ工務店である。
和風建築なら玉村町の五料産業だろう。この社長もこだわりを持つ。何に?

今年も竹の子狩りに富岡市内の山に4人で登った。不作だったがまあまあ採れた。竹の子もいいが春の山歩きで汗を流した後の風呂とビールが格別なんだねえ。

2011年5月7日土曜日

菅首相ついに「浜岡原発の全原子炉停止」を要請

福島原発事故の実相の深刻さと多くの国民の「浜岡原発は特に危険だ」という声に付き動かされて菅首相は遂に「浜岡原発の全原子炉の停止要請」を中部電力に行った。本当に期待はずれな首相だが、この決断だけは、中途半端だが評価したい。それに対し自民党が批判を行っている。とんでもない話だ。
1.原発がなくても電力は間に合う。2.原発建設から維持、将来の廃炉後の見通しのなさ、事故時の補償等を考えると、費用的にも採算が合わない。3.高レベル放射性廃棄物の処理の不確実さ等からだけ考えても原発はそもそもいらない。未来に膨大な危険を及ぼすだけだ。4.原発は核兵器への転用を可能にする。

 悲しいことに、原発誘致地域は原発関連の交付金なしでは自治体として生きていけない「麻薬漬け」状況にされ、とまどっている。政府の責任で真っ当な自治体運営ができる補償をすることは必須の課題だ。
 「期限を区切る停止要請」ではなく、全ての原発を廃止し、自然エネルギーへの全面転換を図る決断こそが求められる。そのためにも、我々は声をあげ続けなければいけない。力を抜けば原発推進派にすぐ追い込まれてしまう。
震災から3ヶ月の6月11日、前橋市の群馬教育会館で集会を開く。「原発なくてもエエジャナイカ大行進」でもっと熱い状況を作り出そう。

2011年5月5日木曜日

高峰秀子主演「稲妻」成瀬巳喜男監督はいいねえ

午前中は「藤川をきれいにする会」主催の恒例になったマスの放流に顔をだした。曇り空であったがこのくらいが川遊びにはいいのかと言う感じだ。
 午後は、シネマまえばしで「稲妻」主演高峰秀子を観た。高峰ファンはさすが高齢になっているが30人程の入りなのだから、なかなかなもの。4人兄妹は同じ母親(浦辺粂子)のこどもだが、父親はみんな違い、性格も暮らしぶりも全く違うなかでの末娘・清子(高峰)の自立を描いている。何を言われても最後は子どものことを均しく心配し、愛している母親の姿と過去へのこだわりのなさがいい。
 帰りがけに支配人の小見さんに声をかけると、「活気があり生きる力を見せつけてくれますよね」。
好きになった男に捨てられ続けても、一途についていく女性を描いた「浮き雲」とはまた違った作品だ。

そしてまた原発のことだが、今日の朝日新聞に加納時男東電顧問と河野太郎自民党議員の話が載っていた。加納は、原子力を選択したことは間違っていなかった。地元の強い要望で原発ができ、地域の雇用や所得があがったなどと居直っている。貧しい地域にカネで押し付けたのが最初だろうに。反原発論者の河野に対しては反原発の社民党で活躍すればいいとし、「低線量の放射線はむしろ健康にいい」という研究者の声を説得力があるなどという。あきれた話だが、この論調の人が結構いるのも事実だ。人間がコントロールできない原発の事態がどのような結果を招き出すのか丁寧に明らかにする必要がある。原発がなくても電気は間に合うことをまず知ることは大切。
それにしても河野太郎の反原発論は的確だ。「核のゴミを捨てる場所がないのに原発をふやしていいのか、電力業界から多額の金をもらい政・官・産・学・メデイアが「安全神話」をつくった」と暴露する。彼も自民党だからわかりにくい。

2011年5月2日月曜日

やっぱり原発 ダメ絶対



「やっぱり原発 ダメ絶対」のデモコールはよかったねえ。昨日のデモに何人くらい集まるのかと思っていたら、あれよあれよと500人規模のデモになっていた。廻りを見ても8割方は知らない人ばかり。やたらと乗りのいい一群が全体を引っ張ってくれていた。東電前での「ずっとウソだった」もよかったよ。
デモ後の集会にも300人以上の人が整然と参加するなど、その意識の高さにも驚いた。都合4時間を共有していた訳だから、パフォーマンスだけではないんだ。
今日になっても、友人から、講師の「太陽光発電はまるで採算が取れないという発言は2年前のデータで今は違う。また火力発電でのCO2問題につき地球環境温暖化とは直接関係がないような発言は間違っている」と指摘された。とにかく参加者は真剣なのだ。
 「絶対安全」だった原発の怖さを実感しつつあるだけに、これからどうなるんだ、どうすればいいんだ、と切実な問題として考えているのだろう。

毎日、世界中のいたるところで原発から出される大量の高レベル放射性廃棄物、これらは暫定的な集積所に蓄えられている。余りに長い半減期に実際のところ「結果は未来へ先送り」というところ。未来に社会が残っていたら、人々は「20世紀のご先祖様はなんて危険なものを私たちに置き土産してくれたのだろう」と嘆くだろう。
シネマテークたかさきで28日から上映される「10万年後の安全」は放射性廃棄物の埋蔵を巡ってのドキュメンタリーだ。必見の事。

今夜は「ミツバチの羽音と地球の回転」という映画のパンフレットを買い込んだので、映画を思い出しながら読もう。山口県の上関原発に反対し続けている祝島の人々の姿を描いたもので、未来社会をイメージする資料になるのではと思う。
 この不幸な原発事故を期に、ひとりひとりが勇気をもって歩み出し、国策としての原子力政策の転換を行なわなければならない。政治を動かさなければならない。群馬県知事候補者はどうするんだ。