みんな寿命を全うしようぜ

みんな寿命を全うしようぜ
西表島で会った昼の蝶

2012年6月30日土曜日

時代を変えよう。首相官邸前デモ

 昨日夕方、角倉県議から電話があり「官邸前がすごいことになっている。10万くらい集まるのではないか」と二度電話があった。
 今朝テレビを見ていたら、町内の大澤さんがインタビューを受けているではないか。昨日、首相官邸前デモに参加し、テレビ局からの取材を受けたということ。
 大飯原発再稼働に突き進む野田首相に対し、怒りをぶつけ再稼働阻止をなんとしても勝ち取ろうとする大衆の怒りがこのような大集会を実現した。
 「大きな音だね」程度の感性しかない野田首相は国家の指導者としての資質はない。
福島原発事故でどんな事態が現地周辺で起こっているのかまるで関心すら抱かない人物を許せるか。
 結果、13万人とも15万人ともいう人々が結集し「再稼働反対」の意志を示した。
 ついに始まったか、日本の「あじさい革命」。
既成政党の無力さを突き破り、自分たちの未来は自らの力でつかみ取ろうとする巨大なうねりが開始された。
 7月14日の前橋公園でのフェスタ・デル・ソル(太陽祭)で勢いをつけ、16日代々木公園での「さよなら原発集会」を20万人、30万人の規模で実現しよう。
 そして原発推進、消費増税の野田政権にどでかい異議をつきつけよう。



2012年6月29日金曜日

映画・鬼に訊け(宮大工西岡常一の遺言

1990年5月、薬師寺回廊第一期工事。最晩年期の西岡常一は癌に冒されながら若者たちに最後の教えを授けていた。
「千年の檜には千年の命がある。」「木は鉄より強し」。
速さと量産だけを競う、模倣だけの技術とは根本的に違ういにしえの叡智、明快な指針。
 法輪寺三重塔、薬師寺金堂・西塔の再建を棟梁として手がけ、飛鳥時代から受け継がれていた寺院建築の技術を後世に伝えた「最後の宮大工」のドキュメンタリー。
 以前、法隆寺の棟梁をしていた西岡は国や学会などから鋼材や鉄も使用するよう要請を受けたが、木の持つ強さを確信していた西岡は頑として拒否、法隆寺との間にもすきま風が吹き、棟梁を辞していた。
 中で、「唐尺」「高麗(こま)尺」という言葉が出てくる。法隆寺を建てた時代は建築の世界でも中国や朝鮮半島の影響が強く残っていたことを示している。
法隆寺自体朝鮮様式の寺であることも指摘されていた。

 一昨年、法隆寺、薬師寺を参観したこともあり関心を持って観た映画だ。
 シネマテーク高崎で7月6日まで上映。
  
もう1作品「百合子・ダスビダーニャ」
 チェーホフなどロシア文学や演劇の名翻訳家として知られる湯浅芳子と戦後民主主義文学の旗手・中條百合子(後の宮本百合子)の出会いと濃密な青春期を描く。
「スカートをはいた侍」と呼ばれ「女を愛する女」であることを隠さずに生きた芳子と、天才少女作家としてデビューし、早くに結婚した百合子は、出会ってすぐに惹かれあった。
 類いまれな才能をもった二人の女性は、どんな恋より情熱的で深い信頼関係で結ばれていった。
 7年間生活をともにしたその最初の1ケ月半の日々を描いた作品。
 中條百合子はやがて日本共産党の宮本顕冶と結婚することになる。
     人に歴史ありだ。

2012年6月28日木曜日

公契約条例の制定でワーキングプアを防止しよう

新自由主義の流れが止まらない。そのしわ寄せが社会や弱い労働者群を追い詰めている。
 この間、競争原理の導入ということで、国や地方自治体本来の業務を民間業者や指定管理者へと渡しだすことにより、その弊害が露骨になってきた。
 委託先での雇用条件に口をはさめないため、労働者の雇用条件が極端に悪化し、事故などを起こす原因のひとつになっていることだ。
例として1. 2006年小学2年生女児が流水プール内の吸水口より吸い込まれて死亡する事故があった。
 ふじみ野市から管理委託を受けていた太陽管財は下請け会社に業務を丸投げしていた。
 プールの監視員に関してきちんとした研修、指導を行わず泳げない監視員もいた。

例2. ビルメンテナンス会社の契約社員のある男性は地下鉄駅の清掃を担当し、1日6.5時間働いていた。交通費などの経費を差し引いた手取り収入は月額91000円、今月生活保護の受給を市に申請したところ、男性の生活保護基準額との差額24000円が支給されることになった。
 男性が勤める会社は昨年11月、清掃業務の入札で予定価格約2億4000万円に対し約1億1600万円で落札し、落札率は48.1%と低かった。
 このような不当廉売(ダンピング)が労働者の賃金などの待遇悪化につながっている。(産経新聞2012.6.24)

例3. 関越自動車道バス事故に関し、正規運賃22万円だが受注価格は15万円(受注は17万円、途中2社が仲介)
別の会社によれば、このルートの相場は18万円前後。
国交省も「かなり安く、原価を考えれば赤字にもなりかねない」とみている。(朝日新聞) 

 これらの例をあげて、公契約条例の制定で地域社会やそこで働く人たちの生活を守ろう、という趣旨の学習会が昨日、連合群馬主催で前橋市内で開催された。

 すでに川崎市、野田市、多摩市、相模原市などでは制定されている。

民間に業務を安く渡せればそれでよいなどという感覚がそもそも間違っている。
日本は世界の中で公務員数は人口比率としては最少に分類されている。
 比較的安定している公務員という一群を多くの不安定雇用の人々が一部の人たちに煽られ、攻撃している姿はおぞましいばかりだ。
 人間をバラバラにしてしまっている新自由主義路線からの決別こそが肝要と考えるのだが。

2012年6月26日火曜日

玉村町映画製作委員会準備会結成

挨拶をする小林日出幸さん
 来年の秋完成を目指しての玉村町映画製作委員会準備会が結成され、いよいよ活動を開始する。
 貫井町長も参加しての準備会だったが、小林日出幸さんを代表として今後広く映画製作への協力を住民に呼びかけることになる。
 具体的には藤橋誠監督の映画「漂泊」の制作協力ということになるが、オール玉村町ロケということもあり、力も入ってくる。
 五料地区の水神祭りなどを背景に展開していく映画だが、現代社会の在り様や人と人のつながりを描き、それでもみんな生きていくと感じさせる内容だ。

こんな調子です。
  7月24日(火)午後6時から製作委員会を開く。

2012年6月24日日曜日

民主党は断末魔でもいいけれど、我々を巻き込まないで。

消費増税法案の対応で民主党内は断末魔の状態らしい。
自民党が一番望んでいる形になってきている。
頭でっかちの松下政経塾の政治運営では国民は生き残れない。
原発再稼働問題もそうだ。
だれもが再稼働の判断に疑問と怒りを持っている。人の命を守れずして、経済の発展などありはしない。
 その政治の基本を理解しない首相官邸前に22日、4万人を越える人々が集まり、再稼働反対デモを行った。
 政党政治が崩壊しようとしているとき、その状況を突破する運動はこのような形で始まるのかもしれない。
 民衆のこのような行動を軽く見たらいけない。
聞く耳を持たない権力者に対してはこのような形で、民衆の意思を告げ知らせる。これは歴史の必然だ。

 昨日、前橋市内で「日朝平和のつどい」(日朝連帯群馬県民会議主催)があり、宮崎、桑原議員と会ったので、消費税の増税はいけない、野田もダメ、と言っておいた。ここまでくると、腹をくくったほうがきれいだ。
 それともう一つ、国税通則法第60条の延滞税年14.6%は余りに高く、地方自治体がこれにならい有無もなく滞納処理を進めているので、滞納者の生活再建はほど遠いものになっている現実を示した。
 二人とも「本当に高すぎる」と言っていた。これくらいは改正してよ。

2012年6月21日木曜日

劇団「どくんご」2日目は好天の中絶好調・女子大

会場は満員


外山恒一さんも参入
19日の台風の中での公演はさすがだったが、昨日の好天下での演技は「どくんご」の真骨頂を見せてくれた。
私自身は別の予定があり8時過ぎの会場入りだったが、のびのびとメンバーが動き回り会場を沸かせているではないか。
 声をかけた友人たちも9割方観てくれた。見慣れたためか昨年ほどの酷評はない。
 テレビの政見放送で「政府転覆」を叫んだ男、「革命家・外山恒一」も来ている。
彼に岩城の姐さんを噛ませてみたい妄想に駆られた。
 終了後の町田さんに誘われての交流会は楽しかった。土田君も無理矢理引っ張り出された感じだ。
「どくんご」のメンバーと短時間だが深く話を聞くことができた。
この道に賭けちゃってるんだから、すごい若者たちですよ。
 色んな生き方をしていいんだ、と身をもって指し示しているようだ。
 今後の活躍が大いに期待できる前衛舞踏家集団「どくんご」に幸いあれ。

2012年6月20日水曜日

台風の中「太陽がいっぱい」劇団どくんご公演・女子大

テント芝居小屋


しっかりした演奏

昨年も風が吹き雨も降ったが今年は本物台風、テント小屋にいても風と雨の音が相当気になったが、そこはさすがにプロ、全く意に介さず次々と場面が展開していく。
ひとつひとつが洗練されたものだから見る者を圧倒する。
大雨の中、外に飛び出してのパフォーマンスもなかなかなもの。
終わった後、知り合いに感想を聞いたらやはり評価は半々、しかし台風の中でも手を抜かない演技には感心していた。
役者ぞろいの「劇団どくんご」らしさを満喫させるひと好演だった。
 

この態勢で会話が進む


テント小屋でシーソー、外で洗濯物干し
今日は台風一過、また違ったどくんごが見られると思う。
20日、県立女子大で午後6時45分から開演

2012年6月17日日曜日

《第4の革命》上映会 高崎たまごホール

15日は6月玉村町議会最終日、その後7時から前橋市内で前橋市議と山本龍市長に会う機会があった。
 山本市長とはまだ2度ほどしか会ったことはないが、市長就任後初めてだった。
 さしあたり「まえばしシネマ」の復活を強く要望した。
古き良き時代の映画を上映してくれた映画館で去年は50回ほど通ったが、階下での美術館建設工事のため休館している。
定着すれば文化都市・前橋が復活するとみる。
市長は来年は再開できる見通しと言っていた。


 野田政権の大飯原発再稼働決定と消費増税案の自民党、公明党との協議合意を見ていると、自民党政権復活に向けた地ならし政権の色合いが非常に濃くなっている。
現に、これまで原発を推進し、消費増税を目論んできた自民党からの原発再稼働批判は全くない。
 民意を離れた自・公政権にノーを突き付けて政権交代したはずの民主党政権が、「自分たちには政権担当能力がない」として、3年も経たずして旧政権の軍門に下ろうとしている様子は尋常ではない。
 ますます1%(富をも持てる少数者)のための政治が続くだろう。


しかし、 黙っているわけにはいかない。原発再稼働に反対する数千の市民が首相官邸付近に集まり抗議の声を上げている。
大政党が庶民のための政治を実現する機能を果たさないなら、既成政党そのものにノーを突きつけたい。
そうしなければ庶民は生活していけないのだから。造反有理。


 今日17日高崎市総合福祉センター(たまごホール)で《第4の革命》(100%再生可能エネルギーシフトは可能。ドイツを変えたドキュメンタリー映画)が上映される。
1回目は午後6時15分から
2回目は午後8時から
 この種の映画を観て自信と確信を持とう。

2012年6月14日木曜日

出来レースの野田政権・原発再稼働

 野田首相、福井県知事、おおい町長の出来レース、三文芝居により大飯原発が再稼働されようとしている。
福島原発事故の収束さえままならない中での再稼働とは、野田首相には全くあきれるばかりだ。
 免賑重要棟や避難計画すらない中での再稼働は、安全神話が彼らの中にはまだ生きている証拠だ。
 人の命や安全よりも経済を優先するという、政治のイロハもわからないのが松下政経塾らしい。
 原発は止める。この方向で人類が生きる道を見出すのが政治の基本的姿勢となるべきだ。


 その財界の提灯持ち野田首相が「政治生命をかけて」消費税の増税にひた走っている。
自党(民主党)の反対派を切り捨て、自民党と組んでさえも消費増税をするというのだ。見苦しいという他ない。
社会の厳しい状況をまるでわかっていない。
 民衆オンチ、政治オンチの野田政権の総辞職こそが今求められている。
 政治生命を閉じて欲しい、一刻も早く。




 



2012年6月13日水曜日

劇団どくんご玉村町公演 チケットまだあります。

劇団どくんご玉村町公演が県立女子大学で今月19日、20日の二日間行われる。時間は夕方6時20分開場、45分から開演する。
町田さんからすでにチケットを買っていたので、もう当日に行くだけでいいかと考えていたが、今日は玉村の文化人・町田さんと県立女子大学准教授の武藤大祐さんがわざわざ訪ねて来たのでしばらく話をした。
 昨年の公演はなかなか評価は低いそうだが、前衛とはそういうもの。
 今年は「太陽がいっぱい」で挽回を計る。「何してるの?」「泳いでいるのさ」
 さあ。観てのお楽しみだ。
 私は昨年のどくんご公演をとても楽しく観た。
あまり予断をもって演劇をみると逆に疲れてしまう。
混沌とした世の中、傍流のやり方でしぶとく生きる姿がなんとも頼もしい。
 この種のイベントを企画する若き武藤先生の心意気もかって、チケットを預かった。
 そこへ早速訪れた岩城姐さんにハイ1枚、これから5枚ほど誰に協力してもらおうか。関口ケアセンター、秋山局長はもう当然の話、栗ちゃんもいたっけ。それから・・・。
 1枚2500円也。




他にも6月22日(金)午後6時半から前橋市民文化会館小ホールでの「岡村喬生・歌と映画の夕べ」と題し、オペラ歌手・岡村喬生傘寿の熱唱と飯塚俊男監督作品「プッチーニに挑む」の上映会チケットもある。
 こちらも1枚2500円也。


 そして先日100歳で亡くなった新藤兼人監督作品「一枚のハガキ」の伊勢崎での上映会チケットも預かり中。
 私もすでに観たがかなりよい映画だ。
戦争体験でトコトン懲りた思いを99歳の監督が見事に描いてくれた。若い世代の責任として受け止めたい。
 もう一度観に行く。
 7月20日(金)
  1回目上映 14時30分から
  2回目上映 18時30分から
  会場 伊勢崎市文化会館小ホール
 チケット1枚 1200円

2012年6月10日日曜日

芝根小・中学校同級生の同窓会幹事会結成

これでも同級生かと思うほどバラバラの幹事の面々
いよいよこちら小・中学校同級生も還暦同窓会開催に向け動き出した。
とにかく、集まり酒を囲みながらの打ち合わせを、ということで結集したのがこの面々。
まず、日程は来年1月5日(土)に決定。
 同級生は70人ほどだが、半数は町外、県外なので、高崎線沿線がいい、との声も出たが、翌日は日曜日なので実家に泊まるか墓参りもするだろうから、という勝手な推測のもと、玉村町内で場所は決めるということになった。
 今年、退職した木暮博道、月田好江、来年退職予定の新井正章そして小林恵子が主要幹事となり我々がバックアップする態勢が確立。
 とはいっても、何かにつけ集まって酒を飲みながら語れるだけでも楽しいではないか。
 この年になるまで、それぞれの人生を生きてきたんだ、とつくづく思う。
 還暦おばさんを前にしても「同級生の女の子」と言ってしまうからおかしい。

2012年6月9日土曜日

有馬理恵講演会「差別と戦争をなくすために」

人権学習会・教育研究集会として群馬教育会館での「差別と戦争をなくすために」(副題・ふるえるような怒りの奥底にすがるような生命の願いがあった)と題する有馬理恵さんの講演会に参加した。
 彼女は高校時代に観た「釈迦内柩唄」(水上勉原作)に衝撃を受け、芝居の道を歩み始め、1999年から「釈迦内柩唄」をライフワークとして各地で主演している。
 B級戦犯の祖父を持つ彼女の話は、部落差別、女性差別を自らの体験としているだけに迫力があり、例え少数であろうとも、差別や戦争などの迫害には一歩も引かない断固とした意志を感じさせた。
 私自身、一度だけ、「釈迦内柩唄」を観たが、それはそれはすごく感動的だったことを覚えている。
 生きること、死ぬことが誰一人の例外なく、つながっていること、みんな同じということを教えている。

2012年6月8日金曜日

東電OL殺害事件 ゴビンダ・プラサド・マイナリの再審決定

やっと再審が決定した。
有罪にするにははじめから無理があった事件。
事実、一審は無罪だった。一審無罪判決後、入国管理局の施設に送られ、不法残留の罪でネパールへ強制送還される直前、裁判所が職権で拘留を認めたため、彼は再び拘置所に移され現在に至った。
 ここまで来れたのは本当に多くの人々の精一杯の支援があったことを少しくらいは知っている。
 佐野眞一はその一人だろう。 
 ゴビンダと一緒に住んでいた友人をネパールまで訪ね、無実の心証を得、ネパール大使館は何故無実のゴビンダを支援しないのか、またその裏事情をも推測する。
 良心を示した裁判官も評価したい。
裁判官の多くは司法の流れに迎合する傾向がある。それが出世に直結するからだ。しかし、無実の人を犯人にしてはいけない。
「疑わしきは被告人の利益に」の原則を貫ける裁判官がもっと欲しい。

 ゴビンダ、とにかく、迎えに来た家族とともに一刻も早くネパールへ帰った方がいい。日本にいると今後も何が起こるかわからない。
 彼が日本から多くの援助を受けているネパールという小国の人だった故、祖国も体を張って守ってくれなかった。
小国故の差別は日本には厳然とある。
 しかし,大変厳しい状況の中、不屈に闘い抜いたゴビンダ本人と弁護団、「無実のゴビンダさんを支える会」などの力強い支援者たちもいたことがなにより嬉しい。
 「息子の人生は、ある人々により滅茶苦茶にされましたが、その彼を助けてくれたのも同じ国、日本の人々でした」とはゴビンダの母の言葉。
 日本人も捨てたものじゃないだろう。

 どこかで渡辺泰子も「本当によかったねゴビンダ、もう自由だよ」と微笑んでいるようだ。

2012年6月6日水曜日

漂流する野田政権

東日本大震災と原発事故が全く収束していない中、大飯原発再稼働に踏み込み、また消費増税しようとする野田政権、そのために閣僚の入れ替えまでする姿勢は見苦しいとしか言えない。
 政府に民主党有志議員呼び掛けの「再稼働に慎重な判断を求める署名」が提出された。
民主党国会議員117人が署名している。
「信頼を失った経産省原子力安全・保安院が安全性を主張しても国民の理解は得られない」と主張。
これだけの人数がいるなら、再稼働阻止できるだろうと思うけど、「数だけが力」の政党政治の限界だろうか。
こんな事だから民主党は信頼を失う。
メンバーをみると、群馬県選出議員は宮崎岳志議員だけだ。これがまた情けない。
 「消費増税はまったなし」と主張する野田首相だが、極端な格差社会でとるべき道はむしろ富裕層への増税のはず。この間、高額所得者への減税が進み、今のような不公平な所得状況になったことを忘れてはいけない。貧しい人々に消費増税をしても消費は冷え込むだけ。
 持てる者から徴税することが正しい。
 そして、消費増税に向けた内閣改造だが、とくに森本敏防衛相の起用は問題があると考える。
内閣法制局による「文民」の定義では、「職業軍人の経歴を有する者であって、軍国主義的思想に染まっていると考えられる者、自衛官の職にある者以外の者」とある。
 言ってみれば、軍国主義的な旧職業軍人と現職自衛官以外が「文民」となる。
 森本敏防衛相は自衛官出身者で集団的自衛権の行使を公然と主張し、改憲を求めるその思想は軍国主義的といえるだろう。
 過去に自衛官出身の中谷元衆議院議員が自民党・小泉政権で防衛庁長官になった例がある。
 このときの政府答弁「現在、自衛官の職務を行っていない以上、文民にあたる」という内容だった。
 文民統制が本来、軍部の力を抑えることを想定したシステムであることから考えると、軍部と考えを共有する可能性がある自衛隊出身者を防衛相に据えることは問題であり、今後このようなことに鈍感な事態が続けば、軍部の独走、暴走すら危惧される。
 歴史を教訓にして欲しい。恐ろしいことだ。
 中谷防衛庁長官誕生の時、「自衛官であった者は文民ではないと解釈すべきだ」と当時、民主党は批判していたことを、野田政権は簡単に反故にした。
 全くとんでもない政権だ。
こんな漂流する政権に重要案件を任せることはできない。

2012年6月3日日曜日

〈フラメンコ・フラメンコ〉〈ルート・アイリッシュ〉

〈フラメンコ・フラメンコ〉は映画の中での説明は一切なく、一流人たちがフラメンコをひたすら歌い、踊る映画だ。
 フラメンコは歌、踊り、ギターの伴奏が主体となったスペイン・アンダルシア地方に伝わる民族芸術だが、情熱的でダイナミックな世界はまさに生の讃歌。
次から次へと繰り出される歌と踊りにに圧倒される映画。

〈ルート・アイリッシュ〉はケン・ローチ監督の最新作。
「真のイラク戦争終結は、すべての戦争請負人たちが、あの地から去ってはじめてなされると我々は信じている」というケン・ローチ監督の思いを映画化したもの。
 ルート・アイリッシュはバクダッド空港と市内の米軍管理区域グリーンゾーンを結ぶ12㎞の道路のことで、米軍によるイラク侵攻後は、テロ攻撃の第一目標とされる「世界一危険な道路」となった。
 監督の良心が映画化された。

〈フラメンコ・フラメンコ〉〈ルート・アイリッシュ〉ともにシネマテーク高崎で6月15日まで上映。 

 注文していた安田浩一著「ネットと愛国(在特会の闇を追いかけて)」が手に入ったので読み出した。
度を超した在特会の行動の原点を見いだせればとの思いで読んでいる。

2012年6月1日金曜日

6月議会一般質問の公開

6月7日から15日までの予定で玉村町6月議会が開かれる。
今回の一般質問の内容は以下の通り。
私の質問時間は7日午後1時30分頃の予定。
                             

一般質問通告書

質 問 事 項

質  問  の  要  旨


答弁者
福島原発事故被災者の子供達を数日でも放射能の心配のない場所で過ごせる施策を講ずべきだ。




役場東側のJAたまむら支所周辺の今後の利用について問う。


来年以降の花火大会の開場について問う。


国や県からの権限移譲と予算の配分について問う。


地域主権、地方分権に見合う職員の協働体制づくりを問う。







原発報道は本当の原発事故の重大さを伝えきっていない。
短期保養は、放射能により低下させられた免疫力の回復という意味でも効果があることは知られてきた。
今も様々な事情で「避難」「疎開」できない人たちのため、特に、子供達のために、震災直後、緊迫した中で避難者受入準備をした時の気迫で、保養できる時間と空間を提供し「絆」を深めるべきと考えるがどうか。

町として今後、勤労者センターを含めて、どのようにJAたまむら支所周辺の利用を考えているのか、もう結論を出す段階に来ていると思うが、現時点での考え方と今後の方針を問う。


今年は何とか田園花火を楽しめそうだが、来年以降の開催状況はどのような見通しか問う。


地域主権、地方分権という言葉が踊っているが、この数年間、国や県からどれくらいの権限移譲と予算の配分があり、どのような職員配置をして対応したか問う。


地域主権、地方分権の時代というなら、県や国にもキチンと対等にもの言いができる職員集団を作っておかないと、時代の要請に応えられない。
国際的に見て、日本は人口当たりの公務員の人数は少ないことなどを勘案すると、職員数をやみくもに減らすことが行財政改革の大きな柱とするだけでは町づくりは成り立たない。
職員数が一定規模を下回ると、その総合力が一気に落ち込む事が懸念され、協働の町づくりは失速し、地域主権も危うくなる。
 さまざまな経験、知識、性格や年齢、個性、職員間の人間関係をも勘案した重層的な職員の協働体制を構築し、地域主権の時代に対応すべきと考えるが、その姿勢と具体的な実践を問う。






町長







町長




町長



町長




町長

2012年5月29日火曜日

「昼下がり、ローマの恋」「ブラック・サンデー」

「ブラック・サンデー」は先週ムービックス伊勢崎「午前10時の映画祭」で観た映画。
パレスチナゲリラ「黒い九月」との戦いを描いたものだが、目が離せなかった。
一人の女性をあそこまで反米の塊にさせたのは間違いなく、イスラエルであるし、それを支援するアメリカだ。
その辺も表現しているが、最後はゲリラたちは殺されて攻撃はぎりぎりのところで失敗する。
 商業映画だからそうなってしまうのだけど、内容はとても興味深い。
現実の世界はもうたまらなく嫌になるほど暴力的だ。

そして「昼下がり、ローマの恋」は3人の大人の恋を描いたものだが、これが面白い。
 恋人のいる青年弁護士が出張先の小さな村で奔放な娘(実は人妻)と恋に落ちる話、周りにたむろする欲のない連中の存在が暖かい雰囲気を醸しだす。
 2人目は、中年有名キャスターがエキセントリックな女性につきまとわれ、恋の大騒動を起こす話。
 動揺した中年キャスターが「オサマ・ビンラデイン」を「オバマ・ビンラデイン」と発言し降格、果ては特派員としてアフリカに派遣され捕虜になってしまう。
 最後は高齢の歴史学者が、パリから帰国したアパート管理人の友人の娘と恋に落ち、ドタバタしながらも結婚、子供までつくってしまう、という話。


還暦すぎのおじさん、おばさん必見の映画だ。
一夫一婦制社会でもこういう枠におさまらない男女の関係があるから、世の中は豊かで面白い。
 シネマテーク高崎で6月1日まで上映。

2012年5月28日月曜日

友の還暦祝いと「太陽がいっぱい」劇団どくんご公演チケット

今年某月某日某所での還暦祝いの秋山局長

秋山君の還暦祝いの写真が届いた。ちと早い感じもしたが、いや、そうでもない、彼が還暦なら私もそうだ。
思えば、よくもここまで生きながらえて来たとつくづく思う。比較的好きなように生きてきたが、まだまだ足りない。
まだまだ現役で走れる。吠えることもできる。
 過ぎた日を感慨深く思い出す余裕もない。
どこまで生きるかわからないが友人たちに言う。「誰が先に逝っても恨みっこなしだ」と。
〈私は今日まで生きてみました
時には誰かの力をかりて
時には誰かにしがみついて
私は今日まで生きてみました
そして今私は思っています
明日からもこうして生きてゆくだろうと
  ・・・・
私には私の生き方がある
それはおそらく自分というものを
知るところから始まるのでしょう
けれど それにしたって
どこでどう変わってしまうか
そうです わからないまま生きてゆく
明日からの そんな私です〉

 どうしても吉田拓郎の歌に行き着いてしまう。

そうこうしていると玉村文化人の町田さんから、劇団どくんごの女子大での公演があるというので早速、似非文化人のような顔をして1枚ゲットした。
今年は「太陽がいっぱい」という夢満載の(ような)演目だ。
しかし、昨年の芝居は私の回りでは酷評ばかりだった。
「何を言わんとしているのかわからない」「恰好が汚なすぎる」等々だが、現実社会の実態こそがそうではないか。正直に抽象的に描くと、あんなもんでしょう。
 この一年劇団どくんごが生存し続けて来たこと自体がすばらしい。わかってくれる人も同情している人もいるということ。
綺麗ごと一色に染まった社会の気持ち悪いことよ。
 酷評の張本人土田君を呼び出し、心の窓を開くよう諭しながら
一枚販売、次は還暦の秋山局長にも1枚つきあってもらい講評を頂こうか。

6月19日(火)、20日(水)毎夕6時20分開場、45分開演
群馬県立女子大広場にて


2012年5月27日日曜日

ぐんまふれあいフェステイバル IN いせさき


開会の挨拶する連合伊勢崎地協渡辺議長

 連合伊勢崎地域協議会主催の今年のふれあいフェステイバルは昨年同様、あずま総合運動公園で開かれた。
 暑いくらいの陽気のなか、昼頃には会場は参加者であふれるほどになった。
「東日本大震災復興支援」を大きなテーマとして掲げ、働く者の連帯を参加者に訴えるものとしての成果はあったと思う。
会場で元気な本郷たかあき君にも会い、久しぶりの話も弾んだ。五十嵐伊勢崎市長、貫井玉村町長、塚越県議、矢島、多田伊勢崎市議も参加した。

 その後、玉村町の北部公園フェステイバル会場に回り、午後からは玉村町消防団消防ポンプ操法大会に来賓として出席した。
 とにかく暑い日だったので、競技に参加する団員にとり、かなりきつい状況だったと思う。
 火事はいかなる時起きるかわからないことを考えれば、それでも頑張れ、というしかないが、消防団員はそれぞれの仕事を抱えながらの使命なので、そのキツサと強い思いには敬意を表したい。

2012年5月24日木曜日

たばこ1箱万引きの罪と罰 寛容さはどこへ

たばこ1箱を万引きしたとして消防署員が逮捕された。「犯罪は犯罪だ。まして社会に範を示す公務員なのに」との論調になるのだろうか。
 誰だってあるだろう。次の信号を曲がろうとしていながら、その直前、ふと違うことを考えてしまい、曲がり損ねてしまったことは。
 その一瞬、思もしないことをしてしまうことは、誰にもあること。「魔」が差したのだ。
 この事件、「故意」か「魔」が差したのかは分からない。
しかし、この程度の事件、数十年前の日本社会だったら、周囲の人々が「魔が差したのだから」と寛大に解釈し、許してくれた。
先人は「魔が差す」という寛容の知恵を授けてくれた。
その知恵を排除する非寛容の社会になろうとしている。
 この件は性犯罪や破廉恥事件とは違う性格のもの。
 社会の寛容さは、魔が差して罪を犯してしまった人を許し、教育する力を持っていた。許された人が今度は他の人を助ける。寛容は悪いことではない。
 微罪を許す寛容さを失った社会の行き着く先は、誰も信用することができない、友にも本当のことを言えない、建前だけの息詰まった社会になってしまう。社会は活気を失い衰退する。これでは暗黒ではないか。
こういう結果も新自由主義の特徴だ。
 この事件で厳罰となってしまったら、彼の人生、たばこ1箱で、全てを失うことになってしまう。
 罪と罰、それは罪に見合った「罰」こそが公平であり、それこそが本人に反省を促し、又、社会の健全性を示すものとなる。
決して見せしめにしてはいけない。許しあえることは社会生活上大切なことだ。

 はたまた、橋下大阪市長、今度は市職員の政治活動に制限を加え、罰則も盛り込んだ条例を準備しているという。
 政治活動は誰もが有する基本的権利であり、まして、お上の許しを得てするものではない。
 自分の意にそわない者を容赦なく排除するという橋下の手法に、ますます怒りがわいてくる。
 職員側もキチンと対応すべきだ。権利の上に眠る者は保護されない。長いの闘いの中で獲得した政治的権利を何の抵抗もなく放棄するなどということがあってはならない。
 先に維新の会が提出した家庭教育支援条例の差別的な内容が全社会的に批判され、取り下げたばかりではないか。
 全く懲りない橋下の権威主義的手法が破綻していることに多くの人は気づく時だ。