みんな寿命を全うしようぜ

みんな寿命を全うしようぜ
西表島で会った昼の蝶

2017年6月30日金曜日

石川まさお町政報告会のお知らせ

《町はみんなで一緒に生きる場所》
【玉村町議会議員・石川まさお町政報告会】
大きく変わる時代を無関心で生きることはできません。
少しでも住みやすく、生きやすさを高めるためにも、声を出し、力を合わせて前に進みましょう。

 日時 7月2日午前10時30分から
 場所 玉村町箱石公民館(箱石226-6)

(同級生の内田典子さんがハーモニカ独奏で友情出演)

2017年6月25日日曜日

薬用小植物苑・内田紀満宅訪問

自宅入り口に咲く「墨田の花火」
多羅葉(葉書の木)
岩たばこ
とても珍しいようじの木
愛用の葉巻姿は今も健在

 久しぶりの内田宅訪問は、庭一杯に植え尽くされた「薬用小植物苑」。
 内田紀満さんは昭和56年に「群馬短歌辞典」を世に送った人でその道では知らない人はいないだろう。
 私は2013年に、その本をサイン入りで頂いたが、難しくて未だ読み終えていない。しかし、土屋文明を正しくも堂々批判する姿勢に大いに共感、今も奥さんに頭の上がらない理由となっている若き日の私生活まで話す姿は、その道(短歌です)の本流からは遠く外れているとお察しするが、その主観の世界がまた豊かで興味深い。存在が周囲を圧倒している。
 玄関先には「ひとりしずか」「ふたりしずか」の鉢がありいきなり説明が始まる。
奥には、インドで紙のなかった時代にお経を書いた「多羅葉」・はがきの木。黒文字(ようじの木)、(無患子)むくろじ、半夏生(はんげしょう)、墨田の花火、黄肌、甘茶、原爆を生き抜いた広島の木、トチノキ、岩に付くのは珍しい岩たばこ、その実はお歯黒の原料とされたきぶし、むさしあぶみ、蛍袋、馬酔木(あしび)、栴檀(せんだん)などの説明を1時間ほど受けた。
ほとんどわからなかったが庭一杯の薬用小植物苑、見事なもの。
「興味ある人がいれば山を案内するよ」と言い、聞きもしないのに、愛用の葉巻の売っている店まで教えてくれた。
善人です。

、、

2017年6月14日水曜日

久しぶりの谷中銀座散策

階段へ続く店並みは今も健在

  過日、都内での反政府集会の後、時間の余裕があったので、日暮里駅を降りて、谷中銀座を歩いた。
 24歳ころから5年間ほど、日暮里駅近くの狭いアパートに住み、東武線で越谷の職場に通っていた。
 通勤は朝は下り線なので渋滞はなく、満員の上り電車をみながら優越感に浸っていた。  
 アパートには、兵庫の垂水ユースホステルで知り合った風来坊・佐々木君が、彼女にも渡してない合鍵で出入り自由状態。そこへある日、谷中墓地近くのアパートに住む体育会系左翼の上原君が来た。
 帰ってみれば、主のいない間、二人が酒盛りをしていたので、「知り合いか」と聞けば、「今日が初めて」とのこと。他人の部屋でなんということ。ここから3人の関係は始まった。
 ルーズなひとつ年上の佐々木君は、しかし掃除好き。弁当も作り持たせてくれた。「石川ちゃん、彼女が作ってくれたといってよ」。 具のたくさん入った味噌汁をつくった上原君は、あの頃、スキーシーズンになると週末ごと夜行列車で山へ出かけていた。 
 当時付き合っていた彼女が部屋を見たいというから、あいつら来るとまずいな、と思いながら短時間部屋に入れたこともある。私が掃除がダメなことを知ってる彼女は、「だれか掃除をしてくれる人がいるの」と正しくも聞くから正直に答えた。こういうことは正直でなくちゃ。
 夕暮れの谷中銀座を歩きながら、夕食のおかずを買ったこともある。
 今から思えば本当に楽しい数年間だった。28歳のとき、それぞれがバラバラになるとき飲んだビール。それまでただの苦さしか感じなかったビールがうまいと実感した瞬間だった。
 佐々木君とはそれ以来、連絡取れず、上原君は高崎で会社を起こしマイペース稼業、彼女に関しては黙秘、完全黙秘。
 谷中銀座に続く階段は当時と変わらない。




2017年6月5日月曜日

「畑でマルシェ」自然な賑わい

歌う南條さん夫妻
自然に溶け込むマルシェ
木陰で見せ開き
堀越企画は広範に広まっていく

「畑でマルシェ」が玉村町内角渕で開かれた。好天にも誘われ、どこからともなく人々が集まり、自然の中、参加者は整然と店を開き、また歌を歌う。なんとも力みのない集まり。こんな悠々のひとときは、激しく生きる毎日へのご褒美か。大きな力になるだろう。
 

2017年6月2日金曜日

玉村町・町の花はツツジだっけ?

今がみどころのツツジ
町の花はバラなんだけど何故かツツジ咲く
見応えあります、役場前

 玉村町の花は「バラ」のはずだが、この時期、役場正面はツツジで染まる。
なかなか見応えがあり、歩く足も止まってしまう程。そして6日~15日の予定で6月定例会が開かれる。
 私は6日の一般質問で、「玉村町版生涯活躍の町のイメージ」を問い、発達障がいを持った子どもたち向けの児童発達支援センター設置、そして教員の多忙化解消に向けて現実の実態把握と負担軽減策を問う。
 教員が基本給の4%の調整額でどれだけ超過勤務しているのか、一部には過労死ラインまで働いているという。学校や教育委員会がこれを把握せず、教員を人事評価するなどは噴飯物。その実態に迫りたい、教育の質の低下を招く教員の多忙化問題を解消しよう。
 長くなった安倍政権の政治の私物化は目に余るものがあり危ういばかりだ。このような政権に共謀罪などで縛られたくない。
3日午後2時からの、高崎城址公園での「共謀罪反対集会」へ総結集しよう。

2017年5月28日日曜日

連合群馬「ふれあいフェステイバル」伊勢崎市あずま総合運動公園

オープニングでの連合推薦議員と五十嵐市長
堀越君も全開です。
 伊勢崎市内あずま総合運動公園での恒例の連合群馬主催の「ふれあいフェステイバル」は好天でむしろ暑かった。いつもより人出も多く、様々な催しも有り、午後3時まで人の交流が絶えなかった。労働者は元気でなければならない。
 これが終わると、6月議会に突入し夏が来る。安倍政治の悪政とたたかい抜くぞ。
 麦秋の季節は何故か気分がいい。
            URLは以下の通りです。

 

2017年5月24日水曜日

ホームページ開設のお知らせ

東部スポーツ広場
ホームページ製作中の面々と次の客
         《ささやかですがホームページ開設のお知らせ》
 有限会社協和プランニングの神倉利春社長からホームページをつくらないか、と申し入れがあり、好きにしてよ、ということで動き出したのが、4月初め、桜の季節。
今後、社長に就任予定の神倉貫君、粕川和紀さんと玉村町内の水道塔、旧福島橋、文化センター、東部スポーツ広場等を回った。
 神倉利春社長とは、未だ高校にプールがなかった時代、伊勢崎工水泳部員、伊勢崎商水泳部員として、伊勢崎市立女子校水泳部と一緒に、北小や、富士重工のプールを借りて合同練習をしていた。まあ、性に目覚めた不良部員といったところ。
 以来のつきあいだが、歩む道も異なり、付かず離れずいつか長いつきあいになっていた。不干渉の関係は楽でいい。
 彼の二男貫君がホームページ製作の仕事をすることになり、「石川頼むよ」と言われれば「あいよ」の二つ返事。「誰か紹介してよ」の言葉と同時に、県議の加賀谷富士子から脳天気な電話が来た。これで次の客も決まったも同じ。
 ・・・という流れで、ホームページ開設となったが、リンク先をどうしますか、と言うから、全方位・等距離外交の国際派としては、中東アルジャジーラ、ラジオ・ハバナ・キューバ、朝鮮中央通信も頼むよ、といったら、炎上しますから、と却下されたことを石川の名誉のために申し添えたい。

   URLは以下の通りです。

2017年5月18日木曜日

信州「小川の庄」のおやき村視察/総務常任委員会

入り口に立つ石碑
社長から縄文おやきの説明を受ける
職人の話は深い
 玉村町議会総務常任委員会の視察先は長野県小川村にある「小川の庄」。ここには縄文時代中期の遺跡があり、縄文おやきはここから生まれた。
1986年小川村に、おやき製造販売の会社を設立、村のお母さんや、おばあちゃんたちが、生涯現役で生きがいをもって働ける職場として現在も活況を呈している。社員は84名で年間売り上げも驚くほど高い。平日にも係わらず昼頃は多くの食事客が訪れる。
そこへの道程が厳しいだけに、この賑わいには驚く。
 玉村道の駅の繁盛に向けての指針になれば、との思いでの視察だった。
 単に売上げだけに目を奪われるのではなく、地域の歴史と住んでいる人を大切にする気持ちを底辺に持つことが基本だろう。

2017年5月13日土曜日

STOP共謀罪 (監視社会は戦争への道)市民集会/前橋市総合福祉会館

「ストップ共謀罪」(監視社会は戦争への道)と題する、群馬弁護士会主催の市民集会が今日、午後1時から前橋市総合福祉会館(日吉町2-17-10)で行われる。
第1部は憲法学者の木村草太さんが「思想・良心の自由」を共謀罪と絡めて講演し、第2部は沢友恵さんのピアノ弾き語り~「われ問う」。
 民衆に沈黙を強いる安倍政権に反撃しよう。

2017年4月27日木曜日

居酒屋友栄で毛呂先生を偲ぶ会

傘寿までもうすぐのこの若さ
年季が違うこの姿

3月に亡くなった高校時代の恩師毛呂實先生を偲んで教え子が居酒屋友栄に集まった。先生には我々の還暦同窓会にも来て頂き、還暦後の過ごし方など面白い話を聞けたし、もうお互い、お別れも遠くはない、との腹づもりもあったが、やはり別れは寂しい。
 70年安保闘争、あの頃の学校は規則や規律はあったが、適当にやっていたし、学校の縛りを感じたことはほとんどなかった。社会に若者が反乱を起こしていたし、それが当たり前だった。お行儀なんぞいいわけない。そのままここまで来てしまったが、最近、集まると安倍政治の批判は勿論のことだが、病気の話しが多くなってきた。いつも来る友人が体調不良で欠席とか、やはり年齢だろうか。
 しかし、この友栄という居酒屋、夜の繁華街(昔の話)の西からの入り口にあるが、一帯は昔の面影はない。そこで孤軍奮闘し生き抜いているのだからこれもすごい。
女主人は年季の入った踊りの先生、もうすぐ傘寿にはとても見えない若さ、姿勢がとにかくいい。
 今日は供養に踊るよ、と見事な舞を見せてくれた。夫は写真が趣味の人、そして、店を手伝っているお姉さんは92歳。本当かい、とみんな唖然としたが、「キチンと生きていれば生きられるんよ。踊りの生徒になりなさい」ときた。この店の看取りもする羽目になりそうだ。
 珍しい「14代」という焼酎をみんなで飲み、軽く二次会に行って現地解散。
1時間半かけて静かな夜を歩いて帰宅、足は強いぞ。

2017年4月16日日曜日

まだまだ楽しめる東部スポーツ広場の桜/玉村町

満開の八重桜
まだまだ桜が楽しめるスポーツ広場
ブラジルチームの日曜日サッカー

 年齢のせいか、朝5時頃目が覚め、新聞を読んだ後、6時前から散歩に出た。もう桜も見納めだろうと東部スポーツ公園に行くと、まだまだ花は頑張っているし、今はボタン桜、八重桜が満開状況。
一度帰宅し、カメラをもって再び公園に行ったら、日曜日ごとにサッカーをしているという20人ほどのブラジル人グループの試合に出くわした。桜の公園で汗を流す若い連中のそのプレイの達者な事、さすがブラジルという感じ。玉村町、伊勢崎、高崎に住んでいる人たちという。余りに見応えがあったので1時間ほどたたずんでしまった。
 今日は一日、事務所に詰め、仕事の整理に費やす予定なので、呑気にサッカー見物という訳にもいかない。
 それにしても春だねえ。
朝鮮戦争は止めてくれ。反目し合い軍事にカネなどかけないで、米・朝サッカー試合で勝負しろい。
会場は東部スポーツ広場、利根川にカールビンソンと万景峰号の模型を並べて、バクダン用火薬を花火に変えて豪華花火大会。その方がみんな幸せになれる。

2017年4月15日土曜日

ユニゾンハーモニカクラブ合同演奏会

この迫力
内田典子独奏
満席の会場もウットリ
花束も持ちきれない
ピアノ演奏から独奏までを演じた須藤斉先生

 満席の高崎シテイーギャラリーでユニゾンハーモニカクラブ合同演奏会を初めて聞いた。同級生の内田典子さんの独奏を聴きたくて行ったのだが、まあ、クラブ員、60代の人はまだ若いようで、70代、80代が中心の感じだが、見ると、若い頃、それぞれの分野で相当活躍していたやに見受ける。こんなにも生き生きとハーモニカを吹きまくるなんてすごい。故小池正夫先生のハーモニカを思い出した。
 独奏を演じた内田典子さんの見事な演奏にはアンコールもあり3曲聴くことができた。
 何より驚いたのは、最初のピアノ演奏から最後の独奏までやり抜いた88歳の須藤斉先生、ユーモアもありただ者ではない指導者とみた。囲碁の観戦記者とか。
 来年もやるそうだ。生涯学習としても最適。

2017年4月10日月曜日

桜満開

菜の花と桜道
東部スポーツ広場から見た浅間山
梨の木山古墳と浅間山

この季節になると足が向いてしまうスポットがここだ。
玉村町スポーツ公園と下茂木の桜、どちらも残雪の浅間山を背景に美しい光景が広がる。このシーンもまもなく終わり春から夏へと季節は移る。時間は猶予しない。

2017年4月8日土曜日

伊勢崎で「共謀罪」学習会

講師は吉野晶弁護士
主催者者としてあいさつ
堀越君も熱いあいさつ


 組織犯罪処罰法(共謀罪)の学習会を伊勢崎市民文化会館で開いた。
 秘密保護法、戦争法等々、次々と戦争への道へと法整備を進めている安倍政権は、いよいよ内心の自由にまで踏み込む共謀罪の成立を目指している。教育現場での教育勅語を容認するなど、その腐敗堕落ぶりには怒りしかわかない。
 吉野晶弁護士を講師とする「共謀罪」学習会を開きその危険性を共有した。キング牧師の「最大の悲劇は、悪人の圧政や残酷さではなく善人の沈黙だ」という言葉が今ほどしみ通るときはない。
 岡田愛之助さんが、国際情勢も含め、行動闘争の重要性を訴え閉会した。
 たたかう時は今しかない。

2017年4月6日木曜日

思いもかけない絵の贈り物

金さん親子と
コ・ポラムさんからの贈り物

 昨夜は濱口富士雄県立女子大学長の夜間講座「論語を読む」で、「子曰く、学びて時にこれを習う。亦説ばしからずや」等々とやっていた。 
 その頃、群馬朝鮮学校の卒業生コ・ポラムさんが母親の金春琴さん、弟さんと一緒に玉村に来て、彼女が朝までかけて一晩で一気に書き上げた絵をプレゼントしてくれた。
 今は成長し20歳になった彼女は、朝鮮大学校を卒業し美術系研究員として大学院に通うという。
 絵の特徴は、学校に通っていた頃、体験したいちご狩り、みかん狩り、ブルーベリー狩りをもとに、いちご、みかん、ブルーベリーを背景に石川農園とし、虹で結んでいる。2人の特徴も見事につかんでいる。
 私は何を求めているわけではないが、朝鮮学校の子どもたちにとり日本人との交流はそう多くはないようだ。
 昨今、日朝の政治関係の悪化の中、朝鮮学校への補助金すら打ち切る大きな動きがあるが、これは完全に間違っている。
 在日の子どもたちを日本人の子どもと一緒に育てられなくて何が国際国家だと言いたい。
 彼ら彼女らの生きる未来は私たちと同じだ。生涯のプレゼントとして大切にしたい。

2017年3月31日金曜日

「カフェ はなまめ」で八幡様の梅林宮司とランチ

ランチを前に話は神がかり

 以前から「はなまめ」に行きたいと言っていた玉村八幡宮の梅林肇宮司を誘い念願のランチタイム。
町内の女性有志が、町中を元気にしようと、運営資金を出し合って開店した「カフェ・はなまめ」。
最初は火曜日、金曜日の2日だけの営業だったが、今は火曜日、水曜日、木曜日(うどん)、金曜日と営業日も増えている。
 食材は生活クラブのもの、野菜は玉村町内野菜を軸に、健康、環境そして口にもやさしい。
 玉村八幡宮界隈には店が少ないので観光客が足を止める店がない。
 梅林宮司もその点を心配し、「はなまめ」の開店をありがたく思っていた。決して人見知りとは思えない彼だが、1人では行きづらいということで、今日の「食べて納得のランチ」となった。夜のパーテイーも可能なのできっと常連になるでしょう。
 町の賑わいを取り戻すきっかけになれば嬉しい。
(場所は旧354号線4丁目バス停前)
 
 

2017年3月27日月曜日

第31回高崎映画祭始まる

高崎映画祭レセプション会場

 高崎映画祭も回を重ねて31回となった。春を告げる映画祭ともいえる。昨日は夜のレセプションに参加。
今回の見所は、とパンフレットを見ているがドキュメンタリーセレクションや「追悼 アンジェイ・ワイダ」特集としての「夜の終わりに」「地下水道」「灰とダイヤモンド」は是非観たい作品。その他、気まぐれに見ても良い作品に当たるはず。話題作ばかりが映画じゃない。
 ということで、夜は留守がちになります。久しぶりの夜遊び期間。

2017年3月26日日曜日

堀越けいにん後援会「啓進会」発足・・玉村町

歴史に残る「啓進会」玉村支部創立メンバー諸氏
「日本会議徹底批判」の中沢経吉さん



堀越けいにんの決意は参加者を奮い立たせた
乾杯は倉林国労高崎書記長

 堀越けいにん後援会「啓進会」玉村支部の発足総会を昨日30人ほどで三和食堂で開催した。
 森友学園事件で揺れる国会状況を宮﨑たけし衆院議員に話していただき、合わせて堀越後援会発足の意義を語っていただいた。
 堀越君の後見人角田義一さん、連合群馬からは副事務局長の新井智さん、玉村町遺族会代表の中沢経吉さんは「日本会議」の始まりからその正体をわかりやすく話し、それとの対決を訴えた。友人の関根和之さんのあいさつに続き、堀越君から目の覚めるような決意表明が行われた。
 その成長ぶりに、「これまでは影ながらの応援だったが、これからは表に出て応援する」という人まで現れた。
 倉林国労高崎書記長の思いのこもった乾杯のあいさつで懇親会となったが、食事を前に1時間、勢いのある発言が飛び交っていたことになる。
 懇親会でも参加者ひとりひとりが自己紹介し会場全体の一体感が勝ち取られた。

 〈新自由主義格差社会の中、庶民は「総活躍、チャレンジ」などと持ち上げられ、その結果、失敗すれば自己責任で蹴落とされ、見捨てられる、そして敗者同士が目先のことで対立させられ、本当の敵が見えなくさせられているのが現実だ。 
 一方、森友学園、加計学園等の問題は、規制緩和、特区構想という公平さからの適用除外のなかに潜む利権、特権を日本会議等支配層が簡単に手に入れてしまうその理不尽さにある。もっと言えば、知り合い、仲間の、本来は無理な要望を体のいい諮問会議にかけ、要望が叶うまで規制を緩和したり、特区の中に入れてしまえば、それも合法というカラクリ。
 こんなことが常態の安倍政権を終わりにしなければ日本が終わってしまう。〉
 堀越けいにんを支援する人たちはこんな思いがあるのではないだろうか。

2017年3月22日水曜日

追悼 毛呂實先生

思いで話をする毛呂先生(左は小此木先生)

還暦同窓会の日、自宅前での毛呂先生

 昨日、毛呂實先生が亡くなったと息子の郁夫さんから連絡をもらった。
90歳という高齢でもあり覚悟はしていたが、それでもいざとなるとつらいものがある。
 伊勢崎工業高校機会科での恩師として、また卒業後も、先輩として、3年ごとに開く同窓会には必ず来て、いろんな話をした。
 我々が還暦になった時の同窓会には小此木先生とともに来ていただき、「還暦後の人生の生き方」とかなんとか話してもらった。
 決して高みにいない先生なので人気があったことは事実だ。
 我々が高校生の時、先生は冬はスキーに打ち込んでいた。他の季節もスポーツ三昧、担当教科は応用力学。
 クラスが荒れていた頃、席順を決めずに「朝早く来た生徒から好きな席に座れ」という破天荒なことを半年続けた。他の教師から苦情が出たそうだが、「彼らの自立性を育てるため」と理解を求めた。
遅く来た悪ガキも頭をかきながら一番前に座り、みんなが笑った。窓際の後ろの特等席に座りたければ、早く来ればいい、そんなルールを生徒は守り、対等感を実感した。
 創立60周年記念の祭りの最後、生徒達が構内にゼネスト状態をつくりだし、丸刈りから長髪を認めさせたときには、「このクラスにも中心人物がいるだろう」と責めるようでありながら褒めるようでもあったことは忘れられない。
 「たばこを吸いなーがら・・・僕の好きな先生、僕の好きなおじさん」
 茂呂實先生、安らかにお眠りください。
 通夜式 22日(水)午後6時 
 告別式 23日(木)午後1時30分 
 場 所 太田西さくら会館



 

2017年3月20日月曜日

久しぶりの再会は八ッ場・やまた旅館で

一押しのやまた旅館
本体工事の現場
八ッ場展望台から工事現場を見る

 このメンバー、つきあいだしてから40年近くになる。それなりの激動を生きてきたので、この辺でお互い元気なうちに小さな旅でも、ということで正月に企画した八ッ場の旅もいよいよその日が来た。
 会ってみれば秋山センセイ、いきなり「人生、慣性の法則、言ってみれば惰性でこれから生きてやる。鶏死ねば赤い羽根募金の羽を残し、ライオン死ねば歯磨き残す、俺は何を残そうか」といきなりの天然発言で、人間変わらないもんだと改めて痛感。
 実はこの面々、八ッ場ダムには強い思いを持っている。私の年齢(64歳)と同じ年月をかけて今、ダム建設工事をしているという事実、その間、地域の人々がどれほど苦しんできたかその一端を知れば、複雑というほかない。
 「青春は兵役に埋没 後半生ダムと対決 命たらざる」と謳った豊田嘉雄さんが経営したやまた旅館、今、息子さんが経営を引継いでいる。どうしても引き寄せられてしまう。
 熱い湯につかりながら工事現場を見ていた。