みんな寿命を全うしようぜ

みんな寿命を全うしようぜ
西表島で会った昼の蝶

2015年6月29日月曜日

戦後70年の節目・改めて日朝友好を考える

講演する日森議長

〈戦後70年の節目の年・改めて日朝友好を考える〉集会が前橋で開かれた。 
 朝鮮有事をひとつの口実に、戦争法をつくり国家総動員体制を目論む安倍政権のアジア外交、とくに北朝鮮に対する圧力外交は無責任極まる。
 拉致問題解決を最優先とし、脅せば必ず相手は折れるはずだ、との日朝平壌宣言(2002.9)以降の10年だったが事態は1ミリの進展もなかった。
 それはそうだ。北朝鮮は米国と休戦中つまり戦争中ということ。日本のように米国から脅されればすぐ屈服する国とは違う。
 日・米・韓の軍事重圧、経済重圧の中で、苦しみながらも戦い抜いているその悔しさも含めた強さを理解できなければ、対朝鮮外交はできない。
 米国をすら翻弄し辟易とさせるくらいの根性外交を展開する国に仕立てたのはまさに朝鮮半島を巡るこの間の歴史的経緯だ。 
 日朝国交正常化を言うなら、歴史的経緯を知り、それらを包括的に解決するしかない。決して拉致問題だけを解決しようとしても無理なことはこの10年を見ればわかること。
そのことを理解できない議員たちが「拉致議連}をつくり家族会を取り込み、悪影響を及ぼしている。
 被害者と被害者家族の高齢化を本当に心配するなら、日朝関係にある様々な課題を相互の信頼感を醸成しながら、丁寧に解決する態度こそが肝要だろうに、裏腹なことをしているのが時代錯誤の安倍政権。
 しかし、日朝友好を本気で考えている人たちがいる。政治が果たせないことを民衆の交流で実現しようという動きだ。
 群馬でも秋の訪朝団計画が持ち上がった。
秋の朝鮮は旅行するには最高の季節だろう。

2015年6月22日月曜日

「お盆の弟」玉村町試写会

試写会受付の様子
上映後のトークは志尾睦子さんが司会
乾杯の音頭は貫井町長
高崎映画祭の全面協力で試写会は行われた
大崎監督は最後のあいさつ
評判のタマタンソング


 今日入れ替えたパソコンでこぼこぼ打ち込んでいるが、こういう機器には、苦手意識が働いてしまって、前向きに向き合う気持ちになれない。いまさらパソコン、コンピューターに神経を使う気にならないなかで、しかし、この時代、全く使わないわけにもいかず、ぼちぼちやっているというのが実情だ。

 
 高崎映画祭の志尾睦子さんたちの全面協力により上映器材の設置など大変お世話になったおかげもあり、昨日の「お盆の弟」の試写会は大入りだった。
ロケ地を提供した方々の顔もたくさん見えた。この勢いを公開まで続かせたい。

 <兄弟仲良くボチボチと。
仕事は思うようにいかず、家庭では離婚を迫られているタカシの兄は病気治療中、人間社会の勢いある部分ではなく、迷いながらも前に進もうともがく人たちを描いた味わい深い作品となった>

ここで、同僚議員から思わぬ電話が来た。「面白い映画だった。報われない状況を正直に描いてあっていい映画でした」と。

 8月1日からシネマテークたかさきで4週間上映される。



2015年6月19日金曜日

追い詰められた安倍政権を打ち倒そう

安倍こそ戦地へ行け。若者を楯ににするな。
寂聴さんの渾身の怒りを聴け


 戦争を知らず、戦争に決して行くことのない安倍晋三を取り巻く右翼議員連中が戦争法案を推し進めている。
 憲法解釈の変更による集団的自衛権行使容認そのものの違憲性がはっきりする中で、「学者の言うことを聞いていて平和は守れない」(高村副総裁)などとまくし立てる態度はまさにナチスといえよう。
 憲法すら無視する政治は独裁の始まりであり、破滅の始まりだ。
 それに対し、いよいよ多くの人々が動き出した。亀井静香、山﨑拓、武村正義、藤井裕久、もちろん村山富市、河野洋平もそうだ。自民党の古株の人たちもさすがに、安倍の戦争政治には危機感を持ったらしい。
 昨日は国会前に瀬戸内寂聴(93歳)が登場し、「当時、教育でこの戦争は天皇陛下のため、日本の将来のため、東洋平和のため、と教えられたが、戦争に良い戦争はない。すべて人殺しです。」と戦争法案への危機とたたかいへの参加を呼びかけた。  
 日本の良心はまだ健在だ。 全国で反対運動を巻き起こそう。
 戦争を始めようとしている国会を包囲し、徹底抗議しよう。

2015年6月13日土曜日

節目の今年は歴史のターニングポイント

日・朝人民の交流会
好奇心一杯の子どもは見ていてうれしくなる
最後は踊りながらの統一列車


 今年は「戦後70年」、「日韓国交正常化50年」、そして「朝鮮総連結成60年」ということ、まさに歴史の節目の年。
 しかし、お祝い気分どころか、侵略戦争を否定する安倍極右政権のあおりで、近隣国との摩擦が絶えず、自衛隊を世界中に派遣する戦争法案を数の力で押し通そうとするなど、戦争の反省などかけらもない、その反動性に、歴史学者や憲法学者までもが異議を唱える事態になっている。
 「戦争は国会から始まる」などということは絶対許さない全国的規模の反乱がこれから巻き起ころうとしている。
 そんな折り、「朝鮮総連結成60周年」の祝いに参加した。
 戦前、日本による植民地支配のなか、「日本人」として侵略戦争に動員され、敗戦後は手のひらを返したかのように「朝鮮人」として差別されてきた在日朝鮮人の団結体としての朝鮮総連の果たしてきた歴史的役割は非常に大きい。
 日本という国が、平和国家から戦争国家へ変容するターニングポイントとしての今年は、国境を越えた平和を求める人々の連帯行動こそ求められるのではないだろうか。
 熱い夏、熱い一年になりそうだ。

2015年6月6日土曜日

6.6戦争法反対集会/高崎城址公園

「ピンチはチャンス」を歌う南條さん
怒りの角田儀一弁護士
サザンの歌でアピールする堀越君
つぶせ戦争法のデモ

 
 群馬弁護士会主催の「戦争法反対」集会が高崎城址公園で開催された。
 4日、憲法審査特別委員会に参考人として招かれた憲法学者3人が安倍政権の目論む安全保障法について全員「憲法違反」と断定し、政権は泡を食っている。
 まともな憲法学者ならそういう結論になることは決まっている。いよいよ歴史学者や憲法学者が安倍政権の歴史認識や戦争策動に対して異議を言い出した。
 全国の弁護士会も「戦争法反対」で動き出している。
群馬での弁護士会主催の集会・デモは、昨年12月からこれで二度目、市民も合流する状況が生まれている。
 戦後70年の今年が歴史の分岐点となった。戦争国家にさせないための大激突情勢がついに訪れた。だから全国でたたかう活動家に対する不当弾圧が続いているのだ。
 追い詰められているのは、安倍政権だ。弾圧をはね返しながら戦争への道を阻止しよう。

2015年6月1日月曜日

6月6日、戦争法案反対集会/高崎城址公園/群馬弁護士会主催

行動する群馬弁護士会

 国会での戦争法案についての議論が始まったが、政府答弁は同じことを行ったり来たり、ただただ戦争する国に向けて一気に突き進もうとするだけで、その矛盾が吹き出しつつある。
まさに「戦争は国会から始まる」様相だ。
 一方、戦争への道絶対阻止の大きな運動のうねりは全国化していく。
 戦後70年の今年、我々は実に大きな歴史の分岐点に立ち会っている。
 新自由主義を極限的に進め、極端な経済格差と民衆の分断を引き起こし、貧困ゆえの自衛隊への入隊すら現実のものとなりつつある。
 戦争はいつも「平和」の名の下に始まることを銘記しよう。
 「若者に侵略の銃を取らせるな」、「二度と過ちは繰り返さない」との70年前の誓いを思い起こし、戦争阻止、安倍内閣打倒へ躊躇なく進むときが今だ。

 6月6日(土)高崎城址公園で午後1時から戦争法案反対集会が開かれる。 主催は群馬弁護士会。こぞっての参加を。

2015年5月31日日曜日

玉村道の駅「玉村宿」オープン

屋上から354号パイパスを望む(5月26日)

刈入れ時期の麦畑を南に配置する玉村宿
北側から見た玉村宿

 玉村道の駅「玉村宿」が今日オープンした。初日だけに駐車場は満杯、役場から歩いて行く人もいたほど。
 店の中に入るだけでも長い行列となったため、入るのをあきらめて、外のテントで、昭和村の朝採りレタス、茨城町のメロンを買い、雑踏から抜け出した。
 友人がポツリと言う。「この勢い、いつまで続くかなあ」
多くの課題を抱えながらもスタートした玉村宿、課題を解決しながら前に進めよう。

2015年5月30日土曜日

映画「マミー」は驚きの連続

まだ26歳のグザビエ・ドラン監督
親子はいつだって親子だ。

 矯正施設から退院したばかりの注意欠陥多動性障害の息子とギリギリの生活をしている母親と、隣の家の休職中の高校教師
の3人を中心に親子の関係を描く映画。
 苦悩の連続の中で3人の表情が、本当に輝いて見えた場面がいくつかあった。
 母親が子どもを再び病院に入院させた後の希望と苦悩の表情は忘れられない。
 そして最後の場面、息子は病院からの脱走を試みる。
そんなことは不可能で職員に捕まり暴力でたたきつぶされることは分かっているのに、走り続ける。
 フランソワ・トリュフー監督「大人は判ってくれない」の海辺を走って行く場面と重なった。
 映画「MOMMY」の監督グザビエ・ドランは1989年生まれの26歳。
 みんな死に向かって生きている、という最後の曲も泣かせる。この若さでこんな映画がつくれるのかと驚いた。
 (シネマテークたかさきで6月5日まで上映)

2015年5月26日火曜日

ついに、日本の歴史学術16団体が動いた

「慰安婦」の強制連行は実証済み 日本の歴史学術16団体が声明
 安倍の歴史歪曲について、日本の歴史学者たちが正面から反論

 25日、歴史学研究会など日本の歴史学関係16団体が、都内で「『慰安婦』問題に関する日本の歴史学会・歴史教育者団体の声明」を発表。

──「慰安婦」問題に関する日本の歴史学会・歴史教育者団体の声明
『朝日新聞』による2014年8月の記事取り消しを契機として、日本軍「慰安婦」強制連行の事実が根拠を失ったかのような言動が、一部の政治家やメディアの間に見られる。われわれ日本の歴史学会・歴史教育者団体は、こうした不当な見解に対して、以下の3つの問題を指摘する。
 第一に、日本軍が「慰安婦」の強制連行に関与したことを認めた日本政府の見解表明(河野談話)は、当該記事やそのもととなった吉田清治による証言を根拠になされたものではない。したがって、記事の取り消しによって河野談話の根拠が崩れたことにはならない。強制連行された「慰安婦」の存在は、これまでに多くの史料と研究によって実証されてきた。強制連行は、たんに強引に連れ去る事例(インドネシア・スマラン、中国・山西省で確認、朝鮮半島にも多くの証言が存在)に限定されるべきではなく、本人の意思に反した連行の事例(朝鮮半島をはじめ広域で確認)も含むものと理解されるべきである。
 第二に、「慰安婦」とされた女性は、性奴隷として筆舌に尽くしがたい暴力を受けた。近年の歴史研究は、動員過程の強制性のみならず、動員された女性たちが、人権を蹂躙された性奴隷の状態に置かれていたことを明らかにしている。さらに、「慰安婦」制度と日常的な植民地支配・差別構造との連関も指摘されている。たとえ性売買の契約があったとしても、その背後には不平等で不公正な構造が存在したのであり、かかる政治的・社会的背景を捨象することは、問題の全体像から目を背けることに他ならない。
 第三に、一部マスメディアによる、「誤報」をことさらに強調した報道によって、「慰安婦」問題と関わる大学教員とその所属機関に、辞職や講義の中止を求める脅迫などの不当な攻撃が及んでいる。これは学問の自由に対する侵害であり、断じて認めるわけにはいかない。
 日本軍「慰安婦」問題に関し、事実から目をそらす無責任な態度を一部の政治家やメディアがとり続けるならば、それは日本が人権を尊重しないことを国際的に発信するに等しい。また、こうした態度が、過酷な被害に遭った日本軍性奴隷制度の被害者の尊厳を、さらに蹂躙することになる。今求められているのは、河野談話にもある、歴史研究・教育をとおして、かかる問題を記憶にとどめ、過ちをくり返さない姿勢である。
 当該政治家やメディアに対し、過去の加害の事実、およびその被害者と真摯に向き合うことを、あらためて求める。

                    2015年5月25日
                                 歴史学関係16団体      
                                日本歴史学協会     
                                 大阪歴史学会      
                                九州歴史科学研究会   
                                専修大学歴史学会    
                                総合女性史学会     
                                 朝鮮史研究会幹事会   
                                東京学芸大学史学会   
                                東京歴史科学研究会   
                               名古屋歴史科学研究会  
                               日本史研究会      
                               日本史攷究会      
                               日本思想史研究会(京都)
                               福島大学史学会     
                              歴史科学協議会     
                              歴史学研究会      
                              歴史教育者協議会

 極めて穏当で妥当な見解だが、愚かな安倍政権は、彼らが何故声明を発したか、その意味すら理解できないのだろうか。

2015年5月25日月曜日

区長会との合同研修会/総務常任委員会足利市行政視察

区長会との合同研修会(19日)
足利学校の孔子像の説明を受ける


 先週からは結構忙しい日々が続く。19日は区長会との合同研修会。各委員会がこの一年行ってきた取り組みを都合1時間程かけて説明する。
 その後質疑もあり、議会として、足跡を振り返ることができ、区長会からどのように捉えられているか点検する意味でもいい機会だ。
 夕方からは懇親会、アルコールも入るのでまた違った面をお互い知ることができる有意義な半日となる。
 21日からは一般質問受付開始、22日は足利市へ総務常任委員会としての行政視察、テーマは「行政提案公募型協働事業」、市の課題を市民力を得て協働の力で解決していこうという事業、これからはこういう時代でしょう。
 視察の後は足利学校と鑁阿(ばんな)寺周辺のまちづくりをボランティアの人の説明を受けながら歩いた。
 幾度か足利学校と鑁阿寺へはひとりで来ているが、本格的な説明員の話を聞きながらのそぞろ歩きは全く感触が違う。
歴史が生き生きと甦る感じだ。
 今後、どうまちづくりに生かせるかが我々の課題として悩ましく迫ってくる。 
 充実した視察ができるのも、お世辞ではなく優秀な議会事務局職員のおかげだと、議員は例外なく思っている。

2015年5月24日日曜日

連合群馬・ふれあいフェステイバル/伊勢崎





サーカス芸は大人気
サーカスの田中君は早朝から準備


 今年の連合群馬伊勢崎地域協議会主催の「ふれあいフェステイバル」は、天候にも恵まれ多くの人々が参加した。
 塚越紀一さんや加賀谷富士子一家も登場し、フェステイバルを盛り上げた。
 午後からの沢入国際サーカスショーはイベントとしても成功した。
 春から初夏へ向かう一日をのんびり過ごさせていただいた。


 玉村道の駅が今月末に開業するが、今後、道の駅でのサーカスイベントにも呼びかけたい思いだ。

2015年5月18日月曜日

自由奔放な一日「畑でマルシェ」

紙芝居に子どもは大喜び
南條さんもテント張ってます。
音楽も多彩
気楽に観賞


 堀越夫妻が中心に立ち上げた自由奔放な一日〈畑でマルシェ〉は好天に恵まれ、大勢さん参加の中、歌や踊りを楽しんだ。
 命、平和、環境、人権をテーマに脱原発や戦争法案に反対する人たちがどこからか集うから不思議だ。
紙芝居もあり子どもたちも喜んでいた。
 政治色を排除した単なるお祭りはどこにでもあるが、腹に一物ある人士の自由結集、自由解散の空間が玉村町にあることは素晴らしい。


追伸
自治体議員立憲ネットワークより緊急抗議声明が発せられたので掲載する。

【緊急抗議声明】

『安倍政権の「戦争法案」閣議決定に断固抗議し、撤回と廃案を強く求める』
5月14日、政府与党は新しい「安全保障法制」として、「国際平和支援法案」「平和安全法制整備法案」等計11法案を閣議決定した。11本の法律を2本にまとめて審議する強引なやり方は、まさにファシズム政権に近づいている。
 本法案は、昨年7月1日の「集団的自衛権行使容認」の閣議決定、そして先日確定した日米新ガイドラインを法的に担保するものとして作成され、「平和」「安全」という名称とは裏腹に、まさに「戦争推進法」とも呼ぶべき内容となっている。

 自衛隊はこれまでの「専守防衛」の姿勢をかなぐり捨て、政権の判断によりいつでも・どこにでも、武力行使のできる「攻撃型」の自衛隊へと改変された。
 「武力攻撃事態法改正案」においては、「存立危機事態」という定義を加え、他国への武力攻撃であっても、「我が国の存立が脅かされ」「国民の権利が根底から覆される」と政権が判断すれば、「集団的自衛権」行使を容認している。
 また、「周辺事態法」は「重要影響事態法案」と変えられ、事実上地理的制約を撤廃し、また米国以外の軍隊をも「支援」できるものとされている。
 「国際平和支援法案」においては、本来国会の事前承認を必要とする自衛隊海外派遣が、場合によっては事後承認でも可能としている。
 その他、活動地域の拡大、「駆けつけ警護」も含めた武器使用権限の拡大等、自衛隊をまさに海外での武力行使の戦力に変え、さらに主権者の市民生活もそのなかに組み込まれ従属させられることが、各条文に盛り込まれているのである。

 これに先立ち、安倍首相は日米首脳会談において、本法案を夏までに成立させると米側に確約した。国会の審議どころか、閣議決定さえ経ない段階での発言であり、立憲主義、議会制民主主義を破壊し、愚弄する暴挙と言わざるをえない。

 5月11日の世論調査では、日米新ガイドラインも安全保障関連法案も、反対が賛成を上回っている。このような国民の意思を顧みず、一政権の思惑と利害だけで憲法を一方的に改変する安倍政権に対し、強く抗議する。

私たちは、政府に対し、本法案11本の即刻の撤回と廃案を断固求めるものである。

2015年5月14日
 自治体議員立憲ネットワーク




2015年5月6日水曜日

映画「妻への家路」/シネマテークたかさき

妻への家路


〈『紅いコーリャン』『秋菊(しゅうぎく)の物語』などのチャン・イーモウ監督とコン・リーが再びタッグを組み、文化大革命後の中国を舞台に夫婦の切ない愛を描くドラマ。20年ぶりに解放された夫が、夫を待ちすぎて記憶障害となった妻に自分を思い出してもらおうと奮闘する様子を映す。ひたすら夫を待つ妻をコン・リーが、妻に寄り添う夫を『HERO』『インファナル・アフェアIII 終極無間』などのチェン・ダオミンが演じる。いちずな夫婦の姿が感動的。 〉

 いつも4月後半に花粉症となるが、今年は5月4日が特にひどく寝込んでしまった。今日も鼻をクンクンいわせながら、シネマテークたかさきで「妻への家路」を観た。
 どこの国も政治の大波に人生をさらわれて来た人たちがたくさんいることを改めて考えさせられた。
     シネマテークたかさきで5月15日まで。

2015年5月3日日曜日

これが大賑わいの朝鮮式結婚式

和服で失礼します。
李さん家族、前列は日本人
舞台へ載りきれない程の祝い人たち
「統一列車」でしょうか。
新婦の父親としてあいさつする李和雨さん
300人はいたでしょうか。あきれるほどの人数。

 とにかく大人数の結婚式と披露宴を見た。
友人の在日朝鮮人・李和雨さんの娘さんが結婚するというので、朝鮮式の結婚式を体験したいと申し出、昨日の結婚式参列となった。
 毎年、新年の集いを開催している高崎ビューホテルの同じ会場だが、会場一杯テーブルを詰め込んでの参加者は300人を越えていた。
 「人前結婚式」とでもいうのだろうか、参加者の前で、結婚と今後添い遂げることを誓い、参加者はそれに立ち会うというスタイル。それなりの厳かさの中で執り行われた。
 しかし、乾杯の後は、段々賑やかになっていく。歌ありスピーチあり、日本の披露宴と変わらないが、その規模の大きさにはさすがに驚いた。 
 私の座ったテーブルだけが日本人だった様子。その人たちも李さん家族とは長いつきあいのようで、楽しく話しもできた。
 差別の多い日本社会で生活してきた在日朝鮮人にとり、出産、子育て、教育、就職そして結婚までたどり着くことは一通りの道ではないだろう。
 それだからこそ、結婚という人生の節目を同胞たちが大勢集まり祝福する。この団結が、日本社会で生きる力を与えているのだろう。
 在日朝鮮人という歴史上の位置が、今後の北東アジアの友好・平和に資する時が必ず来ると確信する者として、若いふたりの結婚を心から祝福したい。
 未来は若者のものだ。

2015年4月30日木曜日

高崎電気館で「市川雷蔵祭」主演作品14作品上映中



市川雷蔵主演作品を高崎電気館で上映している。
 市川雷蔵、わずか15年の映画俳優としての人生のなかで、159本の作品に出演、37歳という若さで世を去ったその人の作品14作を一挙上映中、上映場所がこれまた古い高崎電気館というのもいい。1931年生まれ、1969年死亡、37歳だった。
 広い会場に数十人がバラバラに座り、映画鑑賞する風景がのどかでいい。
 私自身、市川雷蔵を知らなかった。しかし、観ると内容が詰まっていて、人の世の一通りにはいかない道がいつの世もあったのかと思い知らされるものばかりだ。
 毎日一本のペースで、今のところ「斬る」「初春狸御殿」「薄桜記」「華岡清州の妻」の4作品だが、若き勝新太郎、高峰秀子、若尾文子にも会える。
   〈5月15日まで高崎電気館で上映〉

2015年4月26日日曜日

映画「祝の島」上映会で纐纈あや監督舞台あいさつ

舞台あいさつする纐纈あや監督
「ひとりじゃ恥ずかしいから」と言われ、つい一緒にパチリ

〈古代、瀬戸内海を航行する船が危難に瀕したとき、祝島に向かって一心に祈ると、島は霊光を発し、行く先を照らしたという。
自然のなかでつましく暮らし、様々な痛みをかかえながらも,28年もの間、原発建設反対を訴え続けてきた島の人々は、力強く、温かく、潔い。
 混迷する現代社会において、祝い島とそこに暮らす人々の存在は、よりいっそう輝きを増し、私たちが進む方向を照らし出すまさに灯台となるだろう。
 その光に導かれ、本作は完成した。天と地と海とをつなぐ祝島に、今日も彼らは暮らしを紡いでいる。 監督・纐纈あや〉

 この映画は2010年に完成した。福島原発事故の前だ。
反対運動の現場だけを撮るのではなく、祝島に暮らす人々の日常を映すことにより、いかにこの島の人々にとり、海が貴重なのかを浮きだたせている。
 高齢化が進んでいるが、一方で、最近は祝島に移り住む人たちも出てきているという。その人たちがつくった「祝島のひじき」を買った。
 纐纈あや監督、1974年生まれで自由学園卒業、目線やのびのび感が自然で非常に好感の持てる女性だ。
「応援してください」と言われれば「もちろんですよ」と答えは決まっている。

2015年4月25日土曜日

杉並区議選選挙応援のついでに東京散歩

歌舞伎町にゴジラ出現

 杉並区議選に立候補している北島邦彦さんの支援にと東京へ出向いた。
 早めの2時頃には東京へ着いたので、思いついたのが高麗博物館、新大久保駅で降り、近所の人に聞いても知らない言う。
 そこで、当日、会おうとした友人に電話したらすぐ教えてくれた。職安通りを歩けばまもなくという。
 韓国風の店が並ぶ界隈を歩きながら、通りの店の人に尋ねても知らないという人が多い。しかし、知っている人もいた。
 まもなく到着、7階の高麗博物館に入ると、今日からボランテイアにきたという韓国女性が片言の日本語で話しかけてきた。
「私、韓国籍だから北へは行けません。日本人は行けますか。」「北京経由で一度行きました」「平壌とソウル、どちらが綺麗ですか」「それぞれいいよね。」「北に自由はありますか。拉致されませんか。私怖いですよ」「偏見は自分を不自由にするだけだよ」「そうですか、そうですか」
 素直に話しかけるこの女性には妙な好感をもった。
 大規模な展示ではないが、朝鮮通信使などの歴史的経緯を知るにはいい場所だ。
 新宿駅までの道を聞くと、理事の白井さんがわざわざ案内してくれた。「ゴジラが歌舞伎町に現れたんです。今度はゴジラを目標にして博物館に来てください」。
 新宿コマ劇場跡地に新宿東宝ビルがオープンし、その8階屋外テラスにゴジラの巨大オブジェ出現となった。ゴジラヘッドの重さ80トン、数百㎏のパーツに分割し、8階テラスに引き上げられた。新宿のランドマークということか。
 そして5時頃杉並の北島さんの選挙事務所に着き、7時からの駅頭での街頭演説会場へ。
〈戦争反対、安倍倒せ、フクシマの怒りとともに全原発廃炉、〉
行き着いた資本主義の現状に対し、次の時代を指し示す運動を象徴している。北島、ゴジラになれ。

2015年4月22日水曜日

映画「祝の島」上映+纐纈あや監督トーク シネマまえばし

映画「祝の島」

 4月26日、シネマまえばしで纐纈あや監督の作品「祝の島」が上映され纐纈あや監督の語りもある。
 山口県上関町祝島、この小さな島にもたらされる豊穣な海の恵みに支えられ、岩場を開墾し、暮らしを営んできた人々がいる。
 1982年、島の対岸4キロメートルに原発建設計画が持ち上がった。「海さえあれば生きていける。だからわしらの代で海は売れん」と、祝島の人々は以来、反対を続けている。 
 効率と利益追求社会が生み出した原発、大きな時間の流れと共にある島の生活。
原発予定地と祝島の集落は海をはさんで向かい合っている。1000年先の未来が、今の暮らしの続きにあると思うとき、私たちは何を選ぶのか。

 4月26日,1回目、午後1時~終了後、監督登場
        2回目、午後4時~終了後、監督登場

 この映画はまだ見ていない。26日が初めてだ。しかし、以前「ある精肉店のはなし」をシネマテークたかさきで2度観た。
 最初は纐纈監督の話を聞き、その魅力にもう一度観る必要があると思ったからだ。
 とても真っ直ぐな若い女性監督で、その姿勢に魅せられてしまった。自由学園卒業だという。きっといい作品に違いない。

2015年4月19日日曜日

強制連行追悼碑を守る会総会

主催者あいさつする猪上輝男さん
石川は連帯のあいさつ
裁判を語る下山弁護士


「記憶、反省そして友好」の追悼碑の存続を求める集会が高崎労使会館で行われた。
 朝鮮人、韓国人強制連行犠牲者を追悼する思いを戦後70年の今年、改めて確認することは、同じ過ちを繰り返さないためにも重要なことだ。 

 〈強制連行はなかったという主張があるが、とんでもない話で、朝鮮半島で日本内地への暴力的な労務動員が広く存在していたことは、資料や証言からも否定しがたい事実。
 政府は1939年から毎年、日本人を含めた労務動員計画を立て、閣議決定した。朝鮮からの動員数も決め、日本の行政機関が役割を担った。手法は「募集」「官斡旋」「徴用」と変わったが、すべての時期でおおむね暴力を伴う動員が見られ、約70万人の朝鮮人が主に内地に送り出された。
 実際、内務省が調査のため1944年に朝鮮に派遣した職員は、動員の実情について「拉致同様な状態」と報告し、厚生省から出張した職員も45年1月、村の労務係の言葉として、「住民から袋だたきにされたり刃物をつきつけられたり命がけ」だと報告を受けている。それほど抵抗が広がっていたのに、大日本帝国は無理を重ね、逆に動員数を増やしていった。

 90年代半ばから、資料の発掘が進み、朝鮮人の待遇が日本人よりよかったとか、自ら望んで日本に来た人がいたとか、事実の断面を都合良く強調することにより、別の歴史を作り上げていく動きが強くなり、ついには「強制連行」までもが「なかった」ことにしようとする勢力が出てきた。
 この流れは、「こうあって欲しい」という歪んだ願望や妄想に近く、歴史の本流とかけ離れた例外的事実をまるで本流に入れ替えようとする悪意ある試みだ。

 戦争に勝つための国家運営や構想、政策とはほど遠かった現実が日本にはある。
 英国では労働運動が盛んだったので、労働者の意見を取り入れたほうが生産性も上がると考えたが、日本では、民主主義も労働運動も弱かったので、「とにかく働け」となった。
 朝鮮に長く住んだ役人のなかには、創氏改名に反対した人もいた。そういう声は上には届かず、現地の事情に疎い役人が無理な計画を立て、動員数を達成するため、老人や病人まで送り出し、すぐに送り返すようなことまで起きている。
 民主主義を欠いた社会が十分な準備も態勢もないまま、目標に突き進めば、結局は、その社会で最も弱い人々が犠牲になる。社会全体も人間らしさを失っていく。そういう歴史として記憶すべきだ。

 追悼碑の問題も自治体は明らかに腰が引けている。
地元の人々が強制連行の歴史を掘り起こした地域も少なくない。そういう歴史があったということを自治体トップがキチンと認め、発信する。
 歴史の真贋を見抜く力が私達に求められている。
            歴史学者・ 外村大 〉          
                 4月17日付朝日新聞記事から。

2015年4月16日木曜日

映画「お盆の弟」玉村町試写会の準備始まる。

薄暗い町長室で懇談
貫井町長と大崎監督

 6月21日(日)予定の映画「お盆の弟」の玉村町試写会の準備で大崎章監督が玉村町に来て文化センターなどの使用条件などを確認した。午後には貫井町長を表敬訪問、この映画にかける思い、宣伝方法などを話し合った。
 映画を一本作るには、それは大変な労力がいる。大勢の人たちの協力、理解がかかせない。そして、この映画、玉村町がそのまま全面的に露出するという意味では、記念碑的な映画といえよう。
 是非、好評を得たい。大崎監督の玉村入りが今後増えてゆく。

 そんな折り、小中学校の同級生の掛川さんから手紙が届いた。玉村町出身の俳優・飯島大介さん主演の映画「時がとまっとる」の紹介だ。この町出身の人もさまざまな分野で活躍しているということ。
 かくいう掛川初江さん自身、役者をしている。6月からは日航機墜落事故をモチーフにした芝居を上演するそうだ。
 みんなガンバットルなあ。