みんな寿命を全うしようぜ

みんな寿命を全うしようぜ
西表島で会った昼の蝶

2013年5月31日金曜日

宮沢賢治童話の世界  安保愽史教授

満席の会場で宮沢賢治を語る安保先生


 安保教授による2回目の宮沢賢治の講演は童話の世界。
妹トシの死後、彼は妹の魂を求め北へ向かう。
サハリン行きと「銀河鉄道の夜」へと話は進む。

藤沢周平、五木寛之、芥川龍之介を例に、「心の鬱屈」を表現することによる<救い>を宮沢賢治にも当てはめていく。

 誰もが生きている人生は限りがある。その人生を大切に生きるとは、どういうことなのか、を現代の新自由主義による弊害を認識したうえで話を進めているから、多くのひとの共感を得ているのだろう。

 最終回は6月6日午後7時から。玉村町文化センター研修室3にて。


2013年5月27日月曜日

是枝裕和監督作品、カンヌ国際映画祭で審査員賞

県立女子大での看板 2006年
「誰も知らない」上映後の舞台あいさつ
懇親会での貫井町長と是枝監督

 是枝裕和監督の「そして父になる」がカンヌ国際映画祭で審査員賞を獲得した。
勿論まだ観ていないし、前橋市内がロケ地ということも知らなかった。
 このような映画を身近なところで撮っていただけるとはありがたい。
 是枝さんは実に人間的にも円満な人で、人間の営みの繊細さを興味深く見ているところがあり、その目線に大いに共感している。
 ときに社会的発言もキチンとする人でまだ51歳とか。これからも大いに期待したい。
 その是枝裕和監督作品の上映会を7年ほど前、玉村町の女子大で行った。
 高崎映画祭を企画運営していた茂木正男さんの紹介で「花よりもなほ」「誰も知らない」の2作品を上映し、多くの人に見ていただいた。
上映会後の懇親会も楽しかったことを思い出す。
いつかまた機会をつくり、上映会を企画できたらと思ってしまう。
 
 インド映画を見ようとシネマテークたかさきへ行ったら、時間が合わず「故郷よ」という映画を観た。
 1986年4月26日のチェルノブイリ原発事故とその10年後を描いた映画だ。
 事故から25年を経て、立ち入り制限区域内で撮影された最初のドラマ映画で、石棺と化した原発とそこで働く労働者、家族、住民たちの衝撃と慟哭の10年を描いている。
 福島原発事故後の今後数十年でどのようなことが起こるのか、気が重くなってしまう。
 シネマテークたかさきで6月7日(金)まで上映。
 
 
 
 
 
 

2013年5月26日日曜日

連合群馬ふれあいフェステイバル 伊勢崎

開会前に談笑する来賓参加者
あいさつする貫井町長

 恒例の連合群馬主催のふれあいフェステイバルが伊勢崎市あずま地区の公園で開催され、良い天候も手伝い多くの参加者を得て盛大に盛り上がった。
 五十嵐伊勢崎市長、貫井玉村町長や塚越県議はじめ連合議員懇の議員も参加した。
 政府のインフレ政策に伴う賃金の上昇が少なくても求められる訳だが、なかなかそうはいかず、むしろ賃金が下がっている状況も見受けられる中での催しだったが、連合労働運動の今後の力強い取り組みに期待したい。
 
 午後は梅林宮司と下仁田町の天台宗清泉寺での大塚政義先生の49日法要に参加、中国・北京で結婚し生活している娘さんとその子どもさんにお会いできた。
 寺の裏山の中腹にある大塚先生の墓に手を合わせてきた。
 
 
 

2013年5月24日金曜日

「宮沢賢治の心の世界」 安保博史教授講演会始まる

魂の講演をする安保教授

 アクテイブシニア遊学塾が主催する「宮沢賢治の心の世界」の第1回目講演が昨日、玉村町文化センターで行われた。
「困難な時代を生き抜く応援メッセージ」と副題された安保教授の話は、いつものようになめらかで、現代社会の競争の果てに疲れ果てた多くの人々に共感を寄せる姿勢が多くの参加者を呼んでいる。
 
 (雨ニモマケズ  風ニモマケズ・・・ホメラレモセズ サウイフモノニ ワタシハナリタイ 南無妙法蓮華経)
 
 教科書には宗教性を排除するため南無妙法蓮華経が書かれていないが、宮沢賢治を理解する上でこの南無妙法蓮華経は欠かせない。
 賢治は田中智学が創設した国柱会信行部に入会し、その思いを理解してくれた妹トシが死亡。そのトシの魂を鎮める鎮魂の意味を込めた「銀河鉄道の夜」は次回30日に徹底的に勉強することになった。
 
「永訣の朝」「無声慟哭」「オホーツク挽歌」「雨ニモマケズ」の資料も頂いた。
 後日、じっくり読みたい。
 
第2回 5月30日(木)午後7時から9時まで
    「宮沢賢治の童話の世界」
第3回 6月6日(木)午後7時から午後9時まで
    「宮沢賢治の宗教の世界」 
(会場はいずれも玉村町文化センター研修室3)
 

2013年5月21日火曜日

「かがや富士子」伊勢崎・佐波後援会が発足

女性からの支援も広がる
子供たちも元気に声援,彼らの未来がかかっている。
勝利に向け団結ガンバロー
 かがや富士子を支援する伊勢崎・佐波の後援会がたちあがった。
 本人の地元でもあり、会場満杯の人を結集しての意気上がる集会となった。
 特にこどもを持つ若い人たちがたくさん来ていたことが特徴的だ。
 塚越紀一県議、角田義一さん、かがやさん本人も共通して訴えたことは、安倍政権の右翼的危険性、憲法改正による戦争国家づくりを強く批判したことだ。
 戦後憲法は為政者の暴走に歯止めをかけるためものであり、そのため主権者を国民とした。それを曲がりなりにも機能させてきたことが、国家の戦争行為を戦後、今日まで防いできた。
 自民党の目指す憲法は、主権を国民から奪い、為政者に服従させようとする、まるで戦前のような時代錯誤の憲法だ。
 未来を見据え、自民党の改憲の危険性を訴え、さらに原発、TPPの危険性を浸透させ、この7月参院選に勝利しなければならない。そしてそのことは全く可能だ。
 株価上昇と円安による物価高、所得減少では生活が成り立たなくなる。
 アベノミクスなどという空虚な事象に付き合わされていたら地獄を見ることを多くの人は気づき始めている。

2013年5月19日日曜日

菅直人元総理を迎えての脱原発、再生エネルギー推進のための学習会

かがや富士子さんと角田義一さんも参加
脱原発を訴える菅直人元首相

 角倉県議が中心になって企画した菅直人元首相を講師にしての「脱原発・再生エネルギーへの道」と題する講演会が高崎市内で開かれた。
 震災当日の国会の様子から、事故原発の現状と廃炉への道の困難さを語り、安倍内閣の原発推進、輸出姿勢を強く批判した。
 放射性廃棄物の処分すら当てのない原発をこれ以上進めていいわけがない。
 再生可能エネルギーの推進に大きく舵を切るべき時期だ。
そして自民党の進める改憲の動きも強く批判し、参院選は平和憲法を守るためにも、かがや富士子さんの勝利を群馬では勝ち取りたいと述べた。
 
 そして、かがや富士子、脱原発、改憲反対、TPP反対を明確に主張し会場の参加者に支持を訴え、参加者は大きな拍手で応えた。
 いよいよ雰囲気もよくなってきた。
勢いで菅直人著「東電福島原発事故・総理大臣として考えたこと」のサイン入りの本を買っちゃいました。
 

2013年5月18日土曜日

映画・「漂泊」の演技指導はじまる



 いよいよ映画・「漂泊」出演者による脚本読み合わせと演技指導が始まった。さすがに自ら手を上げただけのことはあり、良く自習してきている。
 主演の姉妹とそれを取り巻く出演者の個性が生き生きと描ければいい作品となるだろう。
 それにしても、映画、観ると作るとでは大違いだ。その大変さに少しでも近づければ、また違った面から映画を観ることができるだろう。

2013年5月17日金曜日

かがや富士子を囲んで玉村町後援会発足

あいさつするかがや富士子
関口さんは小学校時代の校長先生
これから打って出るぜ

 7月参院選に向け玉村町でも「かがや富士子後援会」をつくろうということで、さっそく仲間に声掛けし、団結を固めた。
 相手は現職閣僚だから手ごわいことは初めから承知のこと。
しかし、昨今の政治状況の危うさ、庶民を置いてきぼりにしての強者のための経済、政治姿勢に、ただ手をこまねいているわけにはいかない。
 政権中枢部のあまりの歴史認識のお粗末さに、外交関係が破たんに瀕している。
 原発事故原因すら解明できず、地震の活動期にも関わらず原発再稼働と輸出はないでしょう。
 健康を守るための農薬、薬品等の安全基準すら対米交渉の果てにどんどん緩和させられそうなTPP。
 いったいこのままで日本に住む人の命を守れるのか、という思いを多くの人が抱いている。
 この大きな間違った流れに待ったをかけるため、35歳子育て真っ最中のかがや富士子さんが挑むのだ。
 ともにたたかうことは必然だろう。

 5月20日(月)、伊勢崎文化会館2階で午後6時からかがや富士子を支援する伊勢崎集会を開く。
伊勢崎・佐波(玉村町)を中心とする後援会組織の旗揚げ集会だ。
 多くのみなみなさまの参加をお願いしたい。


2013年5月14日火曜日

群馬芸術文化協会展そして民主党群馬参院選合同選対発足会

浦野玉胤作品の前で
展示場中央に陣取る内田作品集
馬の鈴草
あいさつするかがや富士子

 高崎シテイーギャラリーは賑やかだった。
人の数ではなく展示作品の質量が豊かであること。同時開催の展示会もあり、創作文化の展示場として広く親しまれている様子だ。
時間帯によればかなりの人が訪れる。
 内田紀満さんの作品を観ようとして会場に入れば、板井の羽鳥小慧さんがいてその作品もある。
藤岡の御供製材の社長もいるではないか。となりの展示場で自分の作品を出品しているとのこと。勿論、観させて頂いた。
みんなどこかでつながっていることを思い知らされた。それにしてもみなさん、いい趣味を持っているのには驚いた。
 
 ただの角川短歌大賞の選者ではなく、自らも短歌をつくる内田紀満さんの作品をいくつか紹介する。
 
《馬鈴草と蝶》(選者・石川眞男)
 
気晴らしに立つ屋上に 緑地あり 池あり 錯覚のビオトープ
 
天空を呼ぶ 庭園に息づくは 人寄せつけぬ 黒き幼虫
 
いかように麝香成分つくるのか 毒草に育つ幼虫いくつ
 
古代馬の首輪のごとき鈴の花 咲かせて蝶に餌をふるまう
 
毒草を食性とするDNA 神が授けし不思議つづく
 
毒食いて生き抜く揚羽に敵はなし 混交土の草みどり眩しく
 
 鑑賞後、参院選合同選対本部発足会に臨む。
いよいよ、かがや富士子勝利に向け走り出す。
 安倍自民党、橋下維新などにこの国の将来を任すことは極めて危険なこと、諸外国があきれかえっているではないか。
国際社会で通用する政治を取り戻そう。
 まずは16日夕方からの玉村町選対会議から。
 
 
 
 

2013年5月12日日曜日

隠岐の島、出雲の旅3日間

久しぶりにねずみ男と再会、元気かい。
住職か隠岐国分寺跡で後醍醐天皇の時代を語る
西の島町へ向かう途中にある三郎岩
大型フェリー内の浅見議長、気楽なもんです
岩山に上ろうとする亀岩
小雨ながら絶景の数々
本物の迫力はこんなもんじゃない
お疲れの船内

 玉村町議会は2年に一度、全議員で親睦旅行をおこなう慣習がある。
 一昨年は東北大震災のため中止となっていたので、4年ぶりの旅行先は隠岐の島、出雲の旅。2人が欠席のため14人での3日間だった。
 隠岐の島は本土から離れているだけあって、観光客が押しよせるという状況でもなさそうだった。
 学生のとき泊まった隠岐の島ユースホステルは今はないらしい。
 2日目、西郷港近くのホテルを出て、島後から島前の西ノ島町にわたり景勝地を船で案内されたが、小雨にもかかわらずその絶景に全員驚嘆の声。
今度は晴天の時、ゆっくり行きたいものだ。
 夕刻、玉造温泉に着けば、もう土産の種類やら、彩りが隠岐の島の土産とはまるで違う。しかし、本土から遠く離れた昔の遠流の地が本土と同じならそれこそおかしいというもの。
 隠岐国分寺の住職が言っていた。「流刑地と言っても八丈島や佐渡と違ってここは身分の高い人や政治犯が流されてきた。後鳥羽上皇や後醍醐天皇も流された。後醍醐天皇に至っては島を脱出し、建武の親政を打ち立てた」と。

 隠岐の島の味わいは本土と違ってそれがいい。
そこで暮らすひとびとの豊かな深みある人生に少しだけでも触れられればそれでいい。
そして離島の人々の暮らしを守るのも本土の人々の責任でもある。


 


 

2013年5月8日水曜日

内田紀満さんの全作品展示会 高崎シテイーギャラリー

蝶の標本を説明する紀満さん

 久しぶりに事務所を尋ねてきた内田紀満さん。
5月9日から15日まで高崎シティーギャラリーで行われる展示企画を紹介してくれた。
 内田さんは元NHK学園講師(23年勤務)で詩集、歌集、評論集を数多く出版し、昭和56年には「群馬短歌事典」も編纂している。歴史・野鳥・植物に詳しくその種の本も手がけている人だ。
そして現在まで角川全国短歌大賞選者でもある。
大賞の歌を紹介する。
 〈青いまま落ちるどんぐり 初めから そういう役であるかのように〉
題詠大賞
 〈老の手にまだある力たぐりつつ 朝の光のなかに米研ぐ〉 
 
 ご本人としては、未だ評価が今ひとつなので、本だけでなく,全作品を投入する、と意気込み持参したのが毒草を食べて育つ蝶の標本。
 今は昔、新町の河原で馬の鈴草という草を見つけ五料の自宅に一本持ち帰って植えた。すると何年か後、蝶が集まりだし、その草を食べながら育っていった。
 馬の鈴草には毒があり、毒草を食べた蝶々にはスズメなどの鳥は手を出さない。今では自宅周辺に蝶々がたくさんいるという。
 本当ですか、と聞くと「本当さ」と強くうなずく。
「俺の話を聞いてくれるのは石川さんくらいだ、町長は相手にしてくれない」と。
 本当の本物はなかなか理解されないもの、内田紀満さんという奇才、大塚政義さんに通じるものを感じる。
  企画展には行きますよ。
 
 
 
 
 

通級指導教室についての事務調査として平塚市訪問

通級指導教室の説明を受ける
具体的説明の後の質疑の様子

 連休後初日の7日、文教福祉常任委員会の所管事務調査として平塚市立崇善小学校にある通級教室を訪問した。
 聴力、吃音、話す、聞く等の言語機能の発達に遅れのある児童たちを対象とした「言葉の教室」、自閉症等の発達障害のある児童を対象とした「まなびの教室」が小学校内に併設されているが、児童とともに保護者にもこの教室の意味を理解してもらう工夫もなされていた。
そこで懸命に対応している教師陣には頭が下がる思いだ。
 
 日本の教育の現状は、学力テストで点数主義を横行させ、道徳の教科化で単一思考の子どもの育成の方向に向かっている。
 これらの教育方針はグローバリズムへの対応としては逆の道を歩んでいると考える者として、発達障害等により学習の遅れがちな子供たちへの支援をより強力に行うべきだ。
 OECD諸国の中で、教育への国家予算の配分率が日本は低い方から数えた方が早いくらいだ。
 政府は教育にもっとお金を使い、貧富の差による教育格差を教育の場から解消していくべきだ。
 政府や現状に従順な子供たちをつくることが教育ではない。
世界で通用する見識を持つ人間を育てる事こそが社会の力となることを忘れてはならない。
 
 

2013年5月6日月曜日

利根川沿い東部スポーツ広場でバーベキュー

還暦の同級生もまだまだ元気
利根川で遊ぶ人たち
広場は大勢さんで大賑わい
かがや富士子も一緒です。
ホルモン屋さんには感謝しきれません。

 久しぶりのバーベキューは晴天が続き、まずは場所取りが大仕事。
 前日の4日夕方に現地へ行き、バーベキューを楽しんでいるグループに声かけし、彼らの帰りがけにテープを現場に張り、5日の予約をすることから始まる。
 野外でのバーベキューは天候が一番気になる。最近は大風が吹くのでそれが気がかりだったが、昨日は風もなく50人程の仲間と楽しく楽しめた。
 急な決定でもあり、声かけも不十分だったがいつもの仲間が手伝ってくれたので大助かり。
 秋山君は藤岡市から2時間半かけて歩いてきた。伊勢崎や前橋からも友人が来てくれた。
 色々差し入れも頂き感謝で一杯、特にホルモン10㎏を頂き,焼いてもくれたホルモン屋さんには特別感謝したい。
 利根川の水辺で遊ぶ人たちを見ていると、ここはどこだろうか、思ってしまうほど。
 
 しかし、車の混雑には閉口した。駐車場が一杯になり路上駐車となるわけだが、広場へと続く道路まで片側駐車となり、近所の人が自宅から車を出すのを遠慮するほど。
 天候の良い休日だけのことだが、何とか改善を探る必要があるだろう。
 しかし、広場利用者のゴミ処理は完璧といっていいほどでゴミの持ち帰りは徹底している。
 音楽がうるさいと言う声も聞くが、折り合いをつけられる事だろう。
 かがや富士子一家も登場し、癒やしのひとときを味わった。
 




 

 

2013年5月1日水曜日

玉村町副町長に重田正典さん選任、夜はかがや富士子激励会



玉村町でも富士子旋風を吹かせるぜ。

 この3月定年退職した前総務課長の重田正典さんが玉村町副町長に選任された。
彼は町の課題を最も熟知している人の一人で私と同年齢。
高齢化社会の入り口に立っている玉村町にとり懸案事項はたくさんある。共にひとつひとつ着実に成し遂げて行きたい。
 
 町政は町民党として議会は対応しているが、国政は別だ。
先の選挙で大勝ちした自民党の勢いに押されそうな雰囲気が一部あるが、シッカと未来を見据えてこの政治的危機を打破していきたい。
国政では各人の思いで選挙戦に突入する、そのメリハリが比較的我が議会はできていると言えよう。
 
 この参院選、争点は大きく括って憲法改正の是非、原発推進の是非、TPP推進の是非といえるだろう。
 悲惨な戦争により無条件降伏に追いやられ、アジア地域で2000万人の人々を死に追いやった戦争の末得た日本国憲法の神髄をもう一度学び直す必要が、特に国会議員と国会議員になろうとする人には必要と考える。
 憲法は為政者の暴走を防ぐための人民からの縛りだ。国民の幸福追求権、戦争の放棄、思想、表現、良心の自由、最低限度の生活を営む権利の保障等これらの条項を活かすことこそ為政者に求められているはずなのに、その真逆の道を進もうとする自民党をはじめとする改憲勢力を追い込まなければならない。
 
 福島原発事故の収束さえできないうちに原発再稼働ましてや原発輸出などとよくも言えるものだ。
 
 日本を新自由主義の餌食にさせようとする安倍政権のTPP推進路線を打ち破る必要がある。
 
 昨日、伊勢崎市内でかがや富士子夫妻を囲んで、角田義一さん、黒沢民主党県連会長、塚越県議等を中心とした支援者が集まり、一杯いただきながら腹固めをした。
 5月からは本気でうなりを上げて全県を席巻するぞー。
                 《勝利は我らに》
 
 

2013年4月30日火曜日

「漂泊」出演者・スタッフ顔合わせ


あいさつする藤橋監督

会場にはたくさんの人が集まった

 3回のオーデイションにより出演者の配役も決まり、スタッフ一同との顔合わせと台本の読み合わせが昨日、玉村町勤労者センターで行われた。
 集まってみると、出演者がこんなにいるの、と驚いてしまった。
 1度か2度しか会っていないがどの顔も見覚えがあった。それほど印象深いオーデイションだったと言えようか。 
  自己紹介の後、出演者の台本読み合わせを約90分かけて行ったが、これがなかなか迫真の読み合わせ。
今後、台本の変更も予想されるが、本番がこの調子でできれば相当の作品が期待できる。
しかし、本番は台本なしのごまかしのできない演技だから大変だろう。
 真夏の撮影に向け、我々はロケ準備を確実に対応していきたい。
 

2013年4月27日土曜日

玉村町自治まちづくり広場

安保先生と高久さんのトーク

 全国での市町村合併が一段落した後、「職員適正化計画」という職員削減政策が推し進められ、それと並行する形で「住民との協働」が以前より声高に叫ばれるようになった。
 公務員の人件費削減とともに、住民が一方の主役として踊り出し、まちづくりに関与する流れが本流となって来ている。
 玉村町では県立女子大学の安保博史教授が、この間、その指導性を発揮しさまざまな企画が動き出してきた。
 その流れの現状を「玉村町まちづくり広場」として公にするのが今日の集まりだ。 
 第1部で貫井町長が本年度の町政運営の基本方針について述べ、第2部で「楽しみ合えるまちづくり」と題して安保教授の話、その中で角渕にある水辺の森有効活用実行委員会の高久和子さんの事例(水辺の森フェスタ)紹介と内容は進んでいった。
 協働という場合、経済原理だけでは成り立たない人づくりとしてのまちづくりの観点(新しい自分づくりに生かすまちづくりの観点)が必要との安保先生の指摘には強く同意したい。
 
 
 

2013年4月20日土曜日

加賀谷富士子を紹介します。

この看板がお気に入り,
真っ直ぐです。
ツッキーの留守宅でポーズ
働く女性とともに

 昨日、加賀谷富士子さんと玉村町を3時間ほど歩いた。急なことでもあり、訪問先も留守が多かったが、それでも会った人とは濃い会話ができたようだ。
名刺だけの訪問だが、高支持率の安倍政権に動じることなく立ち上がった加賀谷さんへの期待の大きさも肌で感じることができた。
 サギとペテンのアベノミクスを支持している人たちは、本当はそううまくいく経済政策などありはしないことを承知で、しかし、「これまでがひどかったから、少しぐらいなら、まただまされてみるか。」程度の心境だ。
無責任だ。こういう人々が、古い自民党の復活を支えてしまっている。
 アベノミクス後の「貧者の大行進」が目に浮かぶ。
 
キッと未来に視線を向け、人間が人間らしく生きられる社会を見据えているのはどの角度からみても加賀谷富士子だろう。
 
 
1.人間がコントロールできない原子力に依存する社会から自然エネルギーでも電力は十分まかなえる社会づくりをする。
2.すでに明らかになってきているようにTPP交渉では日本は何も獲得できない。日本の伝統と文化をも売り渡すようなTPP参加に反対する。
3.戦争を放棄する平和憲法を守り、発展させることこそが国際平和を希求する正しい道である。
 明治以降の日本の歩んだ道を考えると、戦争の歴史だった。それもアジア諸国を侵略した歴史だった。このことを直視し、世界から戦争を無くす道筋を日本国憲法に見いだすことは大切なこと。
 
 上は小学一年生、下はゼロ歳児の3人の母親が、国政選挙に打って出るその心情を想像するにつけ、今の社会の理不尽さに怒りがわいてくる。
彼女の思いを強くさせているのは、その3人の子供たちでもあるだろう。
 若い世代の本当の思いの代弁者といえる。
    〈絶大なる支援・タノムヨー〉
 
 
 
 
 
 

2013年4月18日木曜日

大塚政義先生の突然の死を悼む

八幡宮での講演打ち合わせ(2010.8)

次郎長宅前での大塚先生(右)と玉村八幡宮宮司

 「今朝、大塚政義先生が急逝された」と、夕刻、奥さんから連絡があり、玉村八幡宮の宮司梅林さんと富岡の自宅にお見舞いに行った。
 心臓が悪かったのは知っていたが、これほど急に亡くなるとは家族も予想していなかったという。
 大塚政義さんとはまだ6、7年のつきあいだが、とにかくまめな人で、玉村町でも国定忠治、水戸天狗党の講演会を4回ほど行った。
4回ほどというのは、少なくとも私と梅林宮司主催で4回は行った、しかし、伊勢崎市東村で数回、甘楽町、藤岡市、前橋市で数回の講演を聴いているので、回数は定かでなくなっているのだ。
 最初は国政選挙の投票日当日で大雨、会場は玉村八幡宮だった。
「今朝、ここへ来る前に、大戸の関所の忠治の墓に行って、玉村町で忠治親分の話をしてくると、報告したら、みなさんによろしく、とのことでした。」から始まる。
 聴く人を飽きさせない話しぶりと、全く人を平らに見る人柄に惹かれた。
 しかし、忠治の話、4回も聴くと正直のところ、もういいよ、とも思うのだが、周囲の人から大塚先生の講演会をやって欲しい、という声が上がるから不思議だ。
忠治人脈の広さに驚いたこともたびたびある。
筆まめで毛筆書きの手紙やハガキはすでに分厚くなっている。        しかし、大塚先生はむしろ水戸史学会会員で水戸天狗党がむしろ専門という郷土史家だ。
 天狗党が1864年、1000人の隊列で京都を目指し行軍した際の、下仁田町での高崎藩との戦争の実態を解明した功績は大きい。
「水戸天狗党と下仁田戦争150話」に詳しく述べられている。
 6年ほど前、下仁田町に行き、大塚先生に半日かけて下仁田での天狗党と高崎藩の戦争のいきさつと現場を案内していただいたことは特に忘れがたい。
 水戸は勿論、天狗党が処刑された敦賀まで何度となく足を運んだという。
 最後に会ったのは昨年9月に清水市に一緒に行った時だ。
清水次郎長の家に行く企画をした梅林宮司さんらと5人の日帰りの旅だったが、大塚先生がいなければ何のことはない、ただのお墓参りになるところだった。
 次郎長の人となりと時代背景、菩提寺の梅陰寺の説明は担当者より明るい。
なぜこんなにヤクザの世界を知ってるのと驚いてしまった。
「山岡鉄舟との出会いが次郎長にとっては大きい。忠治にはそれがなかった。反権力一本槍の忠治、二足のわらじをはかない忠治、いかにも上州人らしいよね」との解説はわかりやすい。
「また玉村でもお話しますから、いつでも呼んでください」が最後の言葉になってしまった。
 その後、母親の喪中はがきを年末に出すと、「ご母堂さんのご不幸を知らずに申し訳ありませんでした」と丁寧にお返しのハガキが届いた。恐縮の限りだ。

「桜田門外ノ変」や「生麦事件」などの歴史小説を書いた吉村昭著「史実を歩く」を読んだことがある。
 吉村昭はそれらの取材で現地に何度となく足を運び、丁寧に史実と向き合った。そういうとき必ず地元の郷土史研究家の人たちの資料や話が大いに参考になると言っていた。
大塚先生もそういう役割を十分果たすことができる位置にいたことは事実だ。

 国定忠治の本を何冊も書いている髙橋敏さんともお会いしたいと話していた。
会えていれば、当時の産業を含めた社会情勢など、より深い分析も可能だったろう。
 
 あのおおらかで親しみやすい大塚政義先生にもう会えないと思うと寂しい限りだが、いつまでも心のなかに生きていることは確かだ。
 冥福を心から祈りたい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2013年4月16日火曜日

加賀谷富士子、国政に挑戦、ともにたたかいましょう。


加賀谷富士子さんが参院選挑戦の決意をしました。
全力で勝利に向け闘い抜きましょう。情勢はわれわれ側に有利です。

以下加賀谷さんの言葉をフェイスブックから無断転載

《 既に新聞報道などで知っている人も多いかと思いますが、なんと私、今度の夏の参議院選挙に民主党から出馬する事となり、
今日は群馬県庁で記者会見してきました!
... 4月に入って民主党群馬県連から正式な要請があり、悩んで悩んで悩み抜いて、
決断するまでに体重が1週間で3㎏近く減りました(選挙ダイエット?)。
今まで人生の大事なとこを勢いで決めてきた私。貧乏神みたいな独志君との結婚だって、勢いで決めてきた程の私なんですが、人生で初めて悩み抜きました。

前回の衆議院選挙の後、選挙結果に落胆しました。
つぎの参議院選挙で自公政権、維新の対抗軸がしっかりしなきゃ、平和憲法が変えられちゃう、原発も再稼働どころか新規に建設されちゃう、
TPPだって参加ありきで前のめりに進んじゃうって、凄く危機感を持ち続けたわけです。
そんなところに、民主党から私のところに参議院選出馬の話が入ってきました。
どうやら、3.11原発事故以降、脱原発の市民運動をやっている姿を見て、白羽の矢が立ったようで。
 挑む相手はTVでお馴染みの現職大臣・山本一太先生!

しかも保守王国群馬の世襲議員!
周りからは「勝てっこない」「100%落ちる」って言われるし、
自分でも厳しい選挙だとは百も承知です。
でもでも、もし憲法が改正されて、いつか自分の子どもや子どもの旦那、恋人、友達、知り合い、子どもに関わる人たちが戦争に行って、人を殺すことは絶対にあってはならないと思うと、反旗を翻さないわけにはいかない、と。
 「戦争なんて、起こらないよ」と思う人もいるかもしれないけど、明治維新以降、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、日中戦争、第二次世界大戦と、日本は戦争を繰り返してきて、第二次世界大戦後70年近く、日本が戦争に参加しなかったのは憲法のお蔭だと思っています。
 安倍総理は国防軍なんてカッコいいこと言うけど、国防軍が何をするかと言えば、戦地へ行って人を殺すこと。

 出馬するにあたって凄く悩んだ理由は、やっぱり怖いから。
一体、私たち家族に何が起こるんだろ?ある事ない事、誹謗中傷は必ずあるし、
長女は小学校入学、三女は保育園入園という大事な時期。
一太先生のブログには私の学歴、家族構成、友人関係、
過去の諸々の事ナドナドを調べるとありました(コワ~イ)。
そして周りの目も気になる。友達、仲の良いご近所さん、仕事関係の人、みんながどんな反応を示すか…。
 実際、いろんな意見もあって複雑だったけど、
悩んで悩んで悩み抜いた末、やらないで後悔するより、やって後悔したほうがイイと思い、
決断に至りました。

…………………………………………………………………

「空がまた暗くなる」  RCサクセッション
 
おとなだろ 勇気をだせよ
おとなだろ 知ってるはずさ
悲しいときも 涙なんか
誰にも 見せられない

おとなだろ 勇気をだせよ
おとなだろ 笑っていても
暗く曇った この空を
かくすことなどできない
ああ 子供の頃のように
さあ 勇気を出すのさ
きっと 道に迷わずに
君の家にたどりつけるさ

おとなだろ 勇気をだせよ
おとなだろ 知ってることが
誰にも言えないことばかりじゃ
空がまた 暗くなる
http://www.youtube.com/watch?v=Edf05-Klvrk
…………………………………………………………………

笑ってごまかしていたら、空がまた暗くなってしまう。
黙っていたら、空がまた暗くなってしまう。
勇気を持たなければいけない時が訪れてしまいました。

取り急ぎ、ご報告まで。》




2013年4月13日土曜日

僕は何をやっても駄目な男です

僕は何をやってもだめな男です
昨日歩いてて犬におしっこをかけられました
ガムをかんでも 舌をかんでしまうし
トイレに入ってチャックがしまらず
オロオロしたこともありました

僕は何をやってもだめな男です
電話で彼女の母親に愛を告白しました
パチンコやってもチューリップが開いたためしなく
電車のドアにコートをはさんで
一緒に走ったこともありました。

僕は何をやってもだめな男です
エレベーターが止まらず一日上がったり下がったり
何もしないのに機動隊にはこづかれて
こわいおばさんに囲まれ
じわじわいじめられたこともありました。
          (南こうせつとかぐや姫)
 
 この曲を思い出してしまうような一日だった。
友人と手近な中華飯店で昼食をしたのはいいが、そこで手帳と小銭入れを忘れてしまい、午後の打ち合わせの時、そのことに気づいた。
その場は何とかしのげたが、忘れた原因は思い当たる。
 友人の切羽詰まった悩み事に感情移入していたこと、自分自身、仕事上で緊急に方針を決めなければならない課題を抱えていたこと、そしてその店が居心地よかったこと。
 この店での忘れ物は2度目。なんともやるせない思いだ。年かねえ。
 その上、カバンが壊れて抱きかかえなければならないことになりさんざんな一日だった。
しかし、転んでもただでは起きない。違う発想で長い間の難問を解決し、当事者を安心させることができた。
年季も入っているからね。

 今朝の新聞をみれば、安倍政権、自動車問題でアメリカに大幅譲歩しながらTPP交渉参加に合意したという記事が載っている。「国益を守る」などと大見得を切っても、本格的交渉になったとき、農産品などの関税撤廃や引き下げを迫られることは間違いないし、それへの反撃など期待しようもない。
「財政の崖っぷち」のアメリカにみんな持って行かれるだけだ。
 新自由主義政策としてのTPP参加は日本社会を一変させ、より暮らしにくくする。そんな政策につきあうことはない。

 また、「主権回復の日」などと胸を張る安倍政権だが、前橋、榛東村上空で米軍機が戦闘訓練を繰り返している。
 群馬だけではなく日本中の空を米軍機が「日米同盟」のもと戦闘訓練をし、沖縄には極端な犠牲を強いている。
 アメリカに対する日本政府の弱々しさに、まるで主権はアメリカにあるのではないか、と思えるほど。
悲しいかな、これが主権回復国・日本の実情だ。
 過去、日本に主権を大きく侵害された中国や主権を奪われた韓国・朝鮮に対してどのように向き合おうとするのか、それこそが一番の課題のはずだというのに反省はまるでない。

 阿倍ちゃんにしろ弟分のいっちゃんにしろ、世襲の甘さゆえ、地を這うように生きている膨大な庶民の姿を真っ直ぐ見つめることはできないのだろう。
 せめて、かぐや姫の「僕は何をやってもだめな男です」くらいは繰り返し聞いて欲しいもの。これぞ庶民感覚。