みんな寿命を全うしようぜ

みんな寿命を全うしようぜ
西表島で会った昼の蝶

2015年5月31日日曜日

玉村道の駅「玉村宿」オープン

屋上から354号パイパスを望む(5月26日)

刈入れ時期の麦畑を南に配置する玉村宿
北側から見た玉村宿

 玉村道の駅「玉村宿」が今日オープンした。初日だけに駐車場は満杯、役場から歩いて行く人もいたほど。
 店の中に入るだけでも長い行列となったため、入るのをあきらめて、外のテントで、昭和村の朝採りレタス、茨城町のメロンを買い、雑踏から抜け出した。
 友人がポツリと言う。「この勢い、いつまで続くかなあ」
多くの課題を抱えながらもスタートした玉村宿、課題を解決しながら前に進めよう。

2015年5月30日土曜日

映画「マミー」は驚きの連続

まだ26歳のグザビエ・ドラン監督
親子はいつだって親子だ。

 矯正施設から退院したばかりの注意欠陥多動性障害の息子とギリギリの生活をしている母親と、隣の家の休職中の高校教師
の3人を中心に親子の関係を描く映画。
 苦悩の連続の中で3人の表情が、本当に輝いて見えた場面がいくつかあった。
 母親が子どもを再び病院に入院させた後の希望と苦悩の表情は忘れられない。
 そして最後の場面、息子は病院からの脱走を試みる。
そんなことは不可能で職員に捕まり暴力でたたきつぶされることは分かっているのに、走り続ける。
 フランソワ・トリュフー監督「大人は判ってくれない」の海辺を走って行く場面と重なった。
 映画「MOMMY」の監督グザビエ・ドランは1989年生まれの26歳。
 みんな死に向かって生きている、という最後の曲も泣かせる。この若さでこんな映画がつくれるのかと驚いた。
 (シネマテークたかさきで6月5日まで上映)

2015年5月26日火曜日

ついに、日本の歴史学術16団体が動いた

「慰安婦」の強制連行は実証済み 日本の歴史学術16団体が声明
 安倍の歴史歪曲について、日本の歴史学者たちが正面から反論

 25日、歴史学研究会など日本の歴史学関係16団体が、都内で「『慰安婦』問題に関する日本の歴史学会・歴史教育者団体の声明」を発表。

──「慰安婦」問題に関する日本の歴史学会・歴史教育者団体の声明
『朝日新聞』による2014年8月の記事取り消しを契機として、日本軍「慰安婦」強制連行の事実が根拠を失ったかのような言動が、一部の政治家やメディアの間に見られる。われわれ日本の歴史学会・歴史教育者団体は、こうした不当な見解に対して、以下の3つの問題を指摘する。
 第一に、日本軍が「慰安婦」の強制連行に関与したことを認めた日本政府の見解表明(河野談話)は、当該記事やそのもととなった吉田清治による証言を根拠になされたものではない。したがって、記事の取り消しによって河野談話の根拠が崩れたことにはならない。強制連行された「慰安婦」の存在は、これまでに多くの史料と研究によって実証されてきた。強制連行は、たんに強引に連れ去る事例(インドネシア・スマラン、中国・山西省で確認、朝鮮半島にも多くの証言が存在)に限定されるべきではなく、本人の意思に反した連行の事例(朝鮮半島をはじめ広域で確認)も含むものと理解されるべきである。
 第二に、「慰安婦」とされた女性は、性奴隷として筆舌に尽くしがたい暴力を受けた。近年の歴史研究は、動員過程の強制性のみならず、動員された女性たちが、人権を蹂躙された性奴隷の状態に置かれていたことを明らかにしている。さらに、「慰安婦」制度と日常的な植民地支配・差別構造との連関も指摘されている。たとえ性売買の契約があったとしても、その背後には不平等で不公正な構造が存在したのであり、かかる政治的・社会的背景を捨象することは、問題の全体像から目を背けることに他ならない。
 第三に、一部マスメディアによる、「誤報」をことさらに強調した報道によって、「慰安婦」問題と関わる大学教員とその所属機関に、辞職や講義の中止を求める脅迫などの不当な攻撃が及んでいる。これは学問の自由に対する侵害であり、断じて認めるわけにはいかない。
 日本軍「慰安婦」問題に関し、事実から目をそらす無責任な態度を一部の政治家やメディアがとり続けるならば、それは日本が人権を尊重しないことを国際的に発信するに等しい。また、こうした態度が、過酷な被害に遭った日本軍性奴隷制度の被害者の尊厳を、さらに蹂躙することになる。今求められているのは、河野談話にもある、歴史研究・教育をとおして、かかる問題を記憶にとどめ、過ちをくり返さない姿勢である。
 当該政治家やメディアに対し、過去の加害の事実、およびその被害者と真摯に向き合うことを、あらためて求める。

                    2015年5月25日
                                 歴史学関係16団体      
                                日本歴史学協会     
                                 大阪歴史学会      
                                九州歴史科学研究会   
                                専修大学歴史学会    
                                総合女性史学会     
                                 朝鮮史研究会幹事会   
                                東京学芸大学史学会   
                                東京歴史科学研究会   
                               名古屋歴史科学研究会  
                               日本史研究会      
                               日本史攷究会      
                               日本思想史研究会(京都)
                               福島大学史学会     
                              歴史科学協議会     
                              歴史学研究会      
                              歴史教育者協議会

 極めて穏当で妥当な見解だが、愚かな安倍政権は、彼らが何故声明を発したか、その意味すら理解できないのだろうか。

2015年5月25日月曜日

区長会との合同研修会/総務常任委員会足利市行政視察

区長会との合同研修会(19日)
足利学校の孔子像の説明を受ける


 先週からは結構忙しい日々が続く。19日は区長会との合同研修会。各委員会がこの一年行ってきた取り組みを都合1時間程かけて説明する。
 その後質疑もあり、議会として、足跡を振り返ることができ、区長会からどのように捉えられているか点検する意味でもいい機会だ。
 夕方からは懇親会、アルコールも入るのでまた違った面をお互い知ることができる有意義な半日となる。
 21日からは一般質問受付開始、22日は足利市へ総務常任委員会としての行政視察、テーマは「行政提案公募型協働事業」、市の課題を市民力を得て協働の力で解決していこうという事業、これからはこういう時代でしょう。
 視察の後は足利学校と鑁阿(ばんな)寺周辺のまちづくりをボランティアの人の説明を受けながら歩いた。
 幾度か足利学校と鑁阿寺へはひとりで来ているが、本格的な説明員の話を聞きながらのそぞろ歩きは全く感触が違う。
歴史が生き生きと甦る感じだ。
 今後、どうまちづくりに生かせるかが我々の課題として悩ましく迫ってくる。 
 充実した視察ができるのも、お世辞ではなく優秀な議会事務局職員のおかげだと、議員は例外なく思っている。

2015年5月24日日曜日

連合群馬・ふれあいフェステイバル/伊勢崎





サーカス芸は大人気
サーカスの田中君は早朝から準備


 今年の連合群馬伊勢崎地域協議会主催の「ふれあいフェステイバル」は、天候にも恵まれ多くの人々が参加した。
 塚越紀一さんや加賀谷富士子一家も登場し、フェステイバルを盛り上げた。
 午後からの沢入国際サーカスショーはイベントとしても成功した。
 春から初夏へ向かう一日をのんびり過ごさせていただいた。


 玉村道の駅が今月末に開業するが、今後、道の駅でのサーカスイベントにも呼びかけたい思いだ。

2015年5月18日月曜日

自由奔放な一日「畑でマルシェ」

紙芝居に子どもは大喜び
南條さんもテント張ってます。
音楽も多彩
気楽に観賞


 堀越夫妻が中心に立ち上げた自由奔放な一日〈畑でマルシェ〉は好天に恵まれ、大勢さん参加の中、歌や踊りを楽しんだ。
 命、平和、環境、人権をテーマに脱原発や戦争法案に反対する人たちがどこからか集うから不思議だ。
紙芝居もあり子どもたちも喜んでいた。
 政治色を排除した単なるお祭りはどこにでもあるが、腹に一物ある人士の自由結集、自由解散の空間が玉村町にあることは素晴らしい。


追伸
自治体議員立憲ネットワークより緊急抗議声明が発せられたので掲載する。

【緊急抗議声明】

『安倍政権の「戦争法案」閣議決定に断固抗議し、撤回と廃案を強く求める』
5月14日、政府与党は新しい「安全保障法制」として、「国際平和支援法案」「平和安全法制整備法案」等計11法案を閣議決定した。11本の法律を2本にまとめて審議する強引なやり方は、まさにファシズム政権に近づいている。
 本法案は、昨年7月1日の「集団的自衛権行使容認」の閣議決定、そして先日確定した日米新ガイドラインを法的に担保するものとして作成され、「平和」「安全」という名称とは裏腹に、まさに「戦争推進法」とも呼ぶべき内容となっている。

 自衛隊はこれまでの「専守防衛」の姿勢をかなぐり捨て、政権の判断によりいつでも・どこにでも、武力行使のできる「攻撃型」の自衛隊へと改変された。
 「武力攻撃事態法改正案」においては、「存立危機事態」という定義を加え、他国への武力攻撃であっても、「我が国の存立が脅かされ」「国民の権利が根底から覆される」と政権が判断すれば、「集団的自衛権」行使を容認している。
 また、「周辺事態法」は「重要影響事態法案」と変えられ、事実上地理的制約を撤廃し、また米国以外の軍隊をも「支援」できるものとされている。
 「国際平和支援法案」においては、本来国会の事前承認を必要とする自衛隊海外派遣が、場合によっては事後承認でも可能としている。
 その他、活動地域の拡大、「駆けつけ警護」も含めた武器使用権限の拡大等、自衛隊をまさに海外での武力行使の戦力に変え、さらに主権者の市民生活もそのなかに組み込まれ従属させられることが、各条文に盛り込まれているのである。

 これに先立ち、安倍首相は日米首脳会談において、本法案を夏までに成立させると米側に確約した。国会の審議どころか、閣議決定さえ経ない段階での発言であり、立憲主義、議会制民主主義を破壊し、愚弄する暴挙と言わざるをえない。

 5月11日の世論調査では、日米新ガイドラインも安全保障関連法案も、反対が賛成を上回っている。このような国民の意思を顧みず、一政権の思惑と利害だけで憲法を一方的に改変する安倍政権に対し、強く抗議する。

私たちは、政府に対し、本法案11本の即刻の撤回と廃案を断固求めるものである。

2015年5月14日
 自治体議員立憲ネットワーク




2015年5月6日水曜日

映画「妻への家路」/シネマテークたかさき

妻への家路


〈『紅いコーリャン』『秋菊(しゅうぎく)の物語』などのチャン・イーモウ監督とコン・リーが再びタッグを組み、文化大革命後の中国を舞台に夫婦の切ない愛を描くドラマ。20年ぶりに解放された夫が、夫を待ちすぎて記憶障害となった妻に自分を思い出してもらおうと奮闘する様子を映す。ひたすら夫を待つ妻をコン・リーが、妻に寄り添う夫を『HERO』『インファナル・アフェアIII 終極無間』などのチェン・ダオミンが演じる。いちずな夫婦の姿が感動的。 〉

 いつも4月後半に花粉症となるが、今年は5月4日が特にひどく寝込んでしまった。今日も鼻をクンクンいわせながら、シネマテークたかさきで「妻への家路」を観た。
 どこの国も政治の大波に人生をさらわれて来た人たちがたくさんいることを改めて考えさせられた。
     シネマテークたかさきで5月15日まで。

2015年5月3日日曜日

これが大賑わいの朝鮮式結婚式

和服で失礼します。
李さん家族、前列は日本人
舞台へ載りきれない程の祝い人たち
「統一列車」でしょうか。
新婦の父親としてあいさつする李和雨さん
300人はいたでしょうか。あきれるほどの人数。

 とにかく大人数の結婚式と披露宴を見た。
友人の在日朝鮮人・李和雨さんの娘さんが結婚するというので、朝鮮式の結婚式を体験したいと申し出、昨日の結婚式参列となった。
 毎年、新年の集いを開催している高崎ビューホテルの同じ会場だが、会場一杯テーブルを詰め込んでの参加者は300人を越えていた。
 「人前結婚式」とでもいうのだろうか、参加者の前で、結婚と今後添い遂げることを誓い、参加者はそれに立ち会うというスタイル。それなりの厳かさの中で執り行われた。
 しかし、乾杯の後は、段々賑やかになっていく。歌ありスピーチあり、日本の披露宴と変わらないが、その規模の大きさにはさすがに驚いた。 
 私の座ったテーブルだけが日本人だった様子。その人たちも李さん家族とは長いつきあいのようで、楽しく話しもできた。
 差別の多い日本社会で生活してきた在日朝鮮人にとり、出産、子育て、教育、就職そして結婚までたどり着くことは一通りの道ではないだろう。
 それだからこそ、結婚という人生の節目を同胞たちが大勢集まり祝福する。この団結が、日本社会で生きる力を与えているのだろう。
 在日朝鮮人という歴史上の位置が、今後の北東アジアの友好・平和に資する時が必ず来ると確信する者として、若いふたりの結婚を心から祝福したい。
 未来は若者のものだ。

2015年4月30日木曜日

高崎電気館で「市川雷蔵祭」主演作品14作品上映中



市川雷蔵主演作品を高崎電気館で上映している。
 市川雷蔵、わずか15年の映画俳優としての人生のなかで、159本の作品に出演、37歳という若さで世を去ったその人の作品14作を一挙上映中、上映場所がこれまた古い高崎電気館というのもいい。1931年生まれ、1969年死亡、37歳だった。
 広い会場に数十人がバラバラに座り、映画鑑賞する風景がのどかでいい。
 私自身、市川雷蔵を知らなかった。しかし、観ると内容が詰まっていて、人の世の一通りにはいかない道がいつの世もあったのかと思い知らされるものばかりだ。
 毎日一本のペースで、今のところ「斬る」「初春狸御殿」「薄桜記」「華岡清州の妻」の4作品だが、若き勝新太郎、高峰秀子、若尾文子にも会える。
   〈5月15日まで高崎電気館で上映〉

2015年4月26日日曜日

映画「祝の島」上映会で纐纈あや監督舞台あいさつ

舞台あいさつする纐纈あや監督
「ひとりじゃ恥ずかしいから」と言われ、つい一緒にパチリ

〈古代、瀬戸内海を航行する船が危難に瀕したとき、祝島に向かって一心に祈ると、島は霊光を発し、行く先を照らしたという。
自然のなかでつましく暮らし、様々な痛みをかかえながらも,28年もの間、原発建設反対を訴え続けてきた島の人々は、力強く、温かく、潔い。
 混迷する現代社会において、祝い島とそこに暮らす人々の存在は、よりいっそう輝きを増し、私たちが進む方向を照らし出すまさに灯台となるだろう。
 その光に導かれ、本作は完成した。天と地と海とをつなぐ祝島に、今日も彼らは暮らしを紡いでいる。 監督・纐纈あや〉

 この映画は2010年に完成した。福島原発事故の前だ。
反対運動の現場だけを撮るのではなく、祝島に暮らす人々の日常を映すことにより、いかにこの島の人々にとり、海が貴重なのかを浮きだたせている。
 高齢化が進んでいるが、一方で、最近は祝島に移り住む人たちも出てきているという。その人たちがつくった「祝島のひじき」を買った。
 纐纈あや監督、1974年生まれで自由学園卒業、目線やのびのび感が自然で非常に好感の持てる女性だ。
「応援してください」と言われれば「もちろんですよ」と答えは決まっている。

2015年4月25日土曜日

杉並区議選選挙応援のついでに東京散歩

歌舞伎町にゴジラ出現

 杉並区議選に立候補している北島邦彦さんの支援にと東京へ出向いた。
 早めの2時頃には東京へ着いたので、思いついたのが高麗博物館、新大久保駅で降り、近所の人に聞いても知らない言う。
 そこで、当日、会おうとした友人に電話したらすぐ教えてくれた。職安通りを歩けばまもなくという。
 韓国風の店が並ぶ界隈を歩きながら、通りの店の人に尋ねても知らないという人が多い。しかし、知っている人もいた。
 まもなく到着、7階の高麗博物館に入ると、今日からボランテイアにきたという韓国女性が片言の日本語で話しかけてきた。
「私、韓国籍だから北へは行けません。日本人は行けますか。」「北京経由で一度行きました」「平壌とソウル、どちらが綺麗ですか」「それぞれいいよね。」「北に自由はありますか。拉致されませんか。私怖いですよ」「偏見は自分を不自由にするだけだよ」「そうですか、そうですか」
 素直に話しかけるこの女性には妙な好感をもった。
 大規模な展示ではないが、朝鮮通信使などの歴史的経緯を知るにはいい場所だ。
 新宿駅までの道を聞くと、理事の白井さんがわざわざ案内してくれた。「ゴジラが歌舞伎町に現れたんです。今度はゴジラを目標にして博物館に来てください」。
 新宿コマ劇場跡地に新宿東宝ビルがオープンし、その8階屋外テラスにゴジラの巨大オブジェ出現となった。ゴジラヘッドの重さ80トン、数百㎏のパーツに分割し、8階テラスに引き上げられた。新宿のランドマークということか。
 そして5時頃杉並の北島さんの選挙事務所に着き、7時からの駅頭での街頭演説会場へ。
〈戦争反対、安倍倒せ、フクシマの怒りとともに全原発廃炉、〉
行き着いた資本主義の現状に対し、次の時代を指し示す運動を象徴している。北島、ゴジラになれ。

2015年4月22日水曜日

映画「祝の島」上映+纐纈あや監督トーク シネマまえばし

映画「祝の島」

 4月26日、シネマまえばしで纐纈あや監督の作品「祝の島」が上映され纐纈あや監督の語りもある。
 山口県上関町祝島、この小さな島にもたらされる豊穣な海の恵みに支えられ、岩場を開墾し、暮らしを営んできた人々がいる。
 1982年、島の対岸4キロメートルに原発建設計画が持ち上がった。「海さえあれば生きていける。だからわしらの代で海は売れん」と、祝島の人々は以来、反対を続けている。 
 効率と利益追求社会が生み出した原発、大きな時間の流れと共にある島の生活。
原発予定地と祝島の集落は海をはさんで向かい合っている。1000年先の未来が、今の暮らしの続きにあると思うとき、私たちは何を選ぶのか。

 4月26日,1回目、午後1時~終了後、監督登場
        2回目、午後4時~終了後、監督登場

 この映画はまだ見ていない。26日が初めてだ。しかし、以前「ある精肉店のはなし」をシネマテークたかさきで2度観た。
 最初は纐纈監督の話を聞き、その魅力にもう一度観る必要があると思ったからだ。
 とても真っ直ぐな若い女性監督で、その姿勢に魅せられてしまった。自由学園卒業だという。きっといい作品に違いない。

2015年4月19日日曜日

強制連行追悼碑を守る会総会

主催者あいさつする猪上輝男さん
石川は連帯のあいさつ
裁判を語る下山弁護士


「記憶、反省そして友好」の追悼碑の存続を求める集会が高崎労使会館で行われた。
 朝鮮人、韓国人強制連行犠牲者を追悼する思いを戦後70年の今年、改めて確認することは、同じ過ちを繰り返さないためにも重要なことだ。 

 〈強制連行はなかったという主張があるが、とんでもない話で、朝鮮半島で日本内地への暴力的な労務動員が広く存在していたことは、資料や証言からも否定しがたい事実。
 政府は1939年から毎年、日本人を含めた労務動員計画を立て、閣議決定した。朝鮮からの動員数も決め、日本の行政機関が役割を担った。手法は「募集」「官斡旋」「徴用」と変わったが、すべての時期でおおむね暴力を伴う動員が見られ、約70万人の朝鮮人が主に内地に送り出された。
 実際、内務省が調査のため1944年に朝鮮に派遣した職員は、動員の実情について「拉致同様な状態」と報告し、厚生省から出張した職員も45年1月、村の労務係の言葉として、「住民から袋だたきにされたり刃物をつきつけられたり命がけ」だと報告を受けている。それほど抵抗が広がっていたのに、大日本帝国は無理を重ね、逆に動員数を増やしていった。

 90年代半ばから、資料の発掘が進み、朝鮮人の待遇が日本人よりよかったとか、自ら望んで日本に来た人がいたとか、事実の断面を都合良く強調することにより、別の歴史を作り上げていく動きが強くなり、ついには「強制連行」までもが「なかった」ことにしようとする勢力が出てきた。
 この流れは、「こうあって欲しい」という歪んだ願望や妄想に近く、歴史の本流とかけ離れた例外的事実をまるで本流に入れ替えようとする悪意ある試みだ。

 戦争に勝つための国家運営や構想、政策とはほど遠かった現実が日本にはある。
 英国では労働運動が盛んだったので、労働者の意見を取り入れたほうが生産性も上がると考えたが、日本では、民主主義も労働運動も弱かったので、「とにかく働け」となった。
 朝鮮に長く住んだ役人のなかには、創氏改名に反対した人もいた。そういう声は上には届かず、現地の事情に疎い役人が無理な計画を立て、動員数を達成するため、老人や病人まで送り出し、すぐに送り返すようなことまで起きている。
 民主主義を欠いた社会が十分な準備も態勢もないまま、目標に突き進めば、結局は、その社会で最も弱い人々が犠牲になる。社会全体も人間らしさを失っていく。そういう歴史として記憶すべきだ。

 追悼碑の問題も自治体は明らかに腰が引けている。
地元の人々が強制連行の歴史を掘り起こした地域も少なくない。そういう歴史があったということを自治体トップがキチンと認め、発信する。
 歴史の真贋を見抜く力が私達に求められている。
            歴史学者・ 外村大 〉          
                 4月17日付朝日新聞記事から。

2015年4月16日木曜日

映画「お盆の弟」玉村町試写会の準備始まる。

薄暗い町長室で懇談
貫井町長と大崎監督

 6月21日(日)予定の映画「お盆の弟」の玉村町試写会の準備で大崎章監督が玉村町に来て文化センターなどの使用条件などを確認した。午後には貫井町長を表敬訪問、この映画にかける思い、宣伝方法などを話し合った。
 映画を一本作るには、それは大変な労力がいる。大勢の人たちの協力、理解がかかせない。そして、この映画、玉村町がそのまま全面的に露出するという意味では、記念碑的な映画といえよう。
 是非、好評を得たい。大崎監督の玉村入りが今後増えてゆく。

 そんな折り、小中学校の同級生の掛川さんから手紙が届いた。玉村町出身の俳優・飯島大介さん主演の映画「時がとまっとる」の紹介だ。この町出身の人もさまざまな分野で活躍しているということ。
 かくいう掛川初江さん自身、役者をしている。6月からは日航機墜落事故をモチーフにした芝居を上演するそうだ。
 みんなガンバットルなあ。

2015年4月13日月曜日

仲間が全員当選 群馬県議会選挙

当選の乾杯
ともにたたかい抜いた仲間たちと


 かがや富士子、ついに逆転当選にたどり着いた。
昨年の秋頃から事務局体制をつくりだし、毎週水曜日の会議を持ちながら地道に運動と組織づくりを重ねてきたことが、昨日の当選につながった。
 選挙戦が始まってからの動きは非常に活発で、地域、労働組合が有機的に連携できたようだ。
 なにより、本人のがんばりは強調してもしすぎることはない。
 この勝利を閉塞感に満ちた社会を変える一歩したい。

 しかし、この間、大きな選挙は負けの連続、それは、時の時流に乗らなかったからだが、この姿勢は保ちたい。
 勝てる候補者に乗るのではなく、勝たしたい候補者を支援する。
 時代を切り開く、戦争に反対する議席を多くの仲間のたたかいにより勝ち取ったことを喜びとしたい。

2015年4月12日日曜日

かがや富士子選挙戦打ち抜く

いつも支えてくれた新井美由紀さん

 なすべきことをすべてやりきり県議選の運動を終えた。
かがや富士子を支えきった同級生の新井さんの笑顔がなんとも素敵だ。
 安倍政権の極めて乱暴な政権運営、戦争政治、弾圧政治に対する反撃の一歩とするたたかいが始まった。
 若者の未来を戦争の道に導かないための極めて重要な選挙だ。
 投票所での安倍政権に対する異議の投票を期待したい。

2015年4月11日土曜日

ピケティーよりマルクスの「共産党宣言」を読め

 

《左まき書店の「今こそ左翼入門」という記事を見つけたのでそのまま転載する。》

虐げられた無名の者たちよ。ピケティーよりマルクスの「共産党宣言」を読め。

世界が赤く見えないか。
 それは戦火で街が炎に包まれているからか、流された血が大地をおおっているからか。あるいは憤怒で自分の眼球が血走っているためなのか。
 世界がどこまでもくすんだ灰色にしか映らない者は、引き攣った愛想笑いを浮かべながら隣人にへつらっていろ。世界が赤く染まって見える者は、途方にくれる前に左巻き書店をたずねろ。ここには、やつらに見えないものが見えてしまう者の存在に根拠を与える本が揃えてある。
 しばらく休業をもらった左巻き書店もいよいよ新装開店。左巻き書店の本棚に並ぶ本の中から、いくつかの視点に沿ってブックガイドをお届けしていく。まずは「いまこそ左翼入門」だ。世の中がそろって右へならえをし、左翼といえば唾されるいま。ほんとにみんな左翼が何かわかってるのかよ。この体制への反抗を企てる者も、左翼を批判する者も。いま、だからこそ、左翼とは何かを学べ。
「いまこそ左翼入門」ブックガイドの第一弾はもちろんこれだよ。そう。『共産党宣言』。
『共産党宣言』はカール・マルクスと盟友フリードリッヒ・エンゲルスによって共産主義者同盟の綱領として執筆された。綱領とは組織の基本方針を示した文章だ。1848年ロンドンで刊行。マルクスは執筆当時29歳の若さだった。革命組織の綱領として書かれた本書は、『資本論』などの理論研究書ではなく実践的な政治文書だ。ドイツ語原文にして1万語、岩波文庫にして50ページのこの薄いパンフレットは、世界各国語に翻訳され、長年にわたって読み継がれてきた。流布した冊数としても影響力としても『聖書』に比せられることもある。
 ところが、資本主義の暴威やその限界に関する議論がこれだけ世界中で盛りあがっているのに、『共産党宣言』は打ち捨てられたままに見える。資本主義の批判において『共産党宣言』こそが、有効な武器になるはずだのに。
 なるほど確かにいま、マルクスをマルクスとして読むのが、つまりテキストをテキストとして読むのが困難になっている。まずは『共産党宣言』を読むことを阻んでいる障壁を取り除き、もっと自由な読み方ができるテキストとして提示することからとりかかろう。
 テキストをテキストとして読めないのは、『共産党宣言』を読む際に、この書が執筆されて以降の歴史を読み込んでしまうからだ。もちろん読者も歴史に規定されているからには、それはどんな読書にも常につきまとう。しかし、『共産党宣言』においては特に過剰である。例えば「共産党」という一語をとってみても、日本共産党、あるいはソ連や中国の共産党、そしてその国家体制までを読み込んで理解してしまうのだ。マルクスの時代に存在しなかったものをマルクスのテキストに織り込んで読んでしまっている。
 それは読者の政治意識・歴史意識がそうさせているだけではなく、翻訳という作業自体が政治的な改作を忍び込ませ、巧妙に読者を誘導しているからなのだ。

2015年4月10日金曜日

最終盤の県議選

かがや支援の枝野幸男民主党幹事長
高崎市文化会館を満員にした角倉決起集会

 県議選もいよいよ最終盤、枝野幸男民主党幹事長が群馬入りし、かがや富士子事務所を激励、夕刻行われた高崎市文化会館での角倉邦良総決起集会で大演説をした。
 安全保障の急坂を転げ落ちるような安倍政権の戦争政策に待ったをかける意味でも、リベラル勢力はすべて当選する必要がある。 
 戦後70年の意味をもう一度捉え返さなければならない。
負の歴史など忘れたほうがいい、という国家主義者安倍晋三一派は,権力を掌握し、軍事国家として日本を作り直そうとしている。とんでもないことだ。あらゆる場所から反撃しなければならない。県議選もその大きな一歩だ。全員当選に向け突き進もう。

2015年4月5日日曜日

高崎映画祭最終日は「そして泥船は行く」

会場で大崎監督と太田勝一郎さんに会う

 高崎映画祭最終日は「お盆の弟」で主役を演じた渋川清彦さんが演じている「そして泥船はゆく」をどうしても観たかったのでシティーギャラリーへ向かった。
 最後の場面が予想外の展開だったが、スタッフ4人で撮った映画とすれば相当なもの。
 会場で「お盆の弟」の大崎章監督、制作担当の大田勝一郎さんに会い挨拶、午後のトークイベントに、渋川清彦さん、大崎章監督は出演する。
 私は県議選応援のため残念ながら失礼した。

 今年の高崎映画祭、都合13作品の鑑賞ができた。
ナチス・ドイツの戦争犯罪の歴史を刻んでおこうとするヨ-ロッパ映画界の意気込みには頭が下がる思いだ。
それに比べ日本はどうしたことか。しかし、高崎映画祭が健闘している。

2015年4月4日土曜日

県議選始まる。高崎映画祭も佳境

決意表明するかがや富士子
高崎電気館
本物映写機も展示されている


 昨日から県議選も始まり、伊勢崎選挙区のかがや富士子も元気に街頭に飛び出した。朝からポスター貼り部隊は全市を飛び回り、選挙気分も一気に盛り上がった。
 夕方からは、選挙事務所での出陣式、多くの仲間がその勝利に向け,奮闘を誓い合った。今日からは個人演説会に入る。

 高崎映画祭もいよいよ最終盤、高崎電気館での「新・平家物語」は古い映画館で観るのにふさわしい作品かもしれない。
公家政治から武士政治への時代の転換期を描いもので、歴史の激動を今、見た思いだ。